World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(i)(vi))

カカドゥ国立公園

Kakadu National Park
カカドゥ国立公園
カカドゥ国立公園は、オーストラリア北部に位置する国立公園で、マングローブが群生する干潟や雨季には沼地と化す氾濫原、熱帯雨林、サバンナなど、様々な自然環境が広がり、多くの野生動植物が見られます。植物は1,600種を超え、動物は「人食いワニ」の逸話で有名なイリエワニをはじめ123種類の爬虫類、ワラビーなど60種類以上の哺乳類、「ジャビル」と呼ばれるコウノトリ科のセイタカコウなど270種類以上の鳥類のほか、数千種にも及ぶ昆虫が生息しています。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (i)(vi)(vii)(ix)(x)
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カザンラクのトラキア人の古墳

Thracian Tomb of Kazanlak
カザンラクのトラキア人の古墳
ブルガリア中部のカザンラクにあるトラキア人の古墳は、紀元前4世紀末頃のヘレニズム時代のものです。古代トラキア人のオドリュサイ王セウテス3世が建設した首都セウトポリスの近くに位置し、大規模なトラキア人のネクロポリスの一部です。ネクロポリスとは、巨大な墓地や埋葬場所のことです。トラキアの埋葬儀式や文化を表す壁画で飾られていて、これらの壁画は、ブルガリアで最も保存状態の良いヘレニズム時代の傑作です。とりわけ、埋葬儀式の様子を描いた天井画は、紀元前6~前3 世紀にかけて花開いたトラキア芸術の最高峰とされ、同時にトラキア人を知る上で重要な史料となっています。まだ多くの謎が残る遺跡でもあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ブルガリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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カジュラーホの寺院群

Khajuraho Group of Monuments
カジュラーホの寺院群
インド中部のカジュラーホには、チャンデーラ朝時代に建設されたヒンドゥー教とジャイナ教の寺院群が残されています。10世紀から11世紀に85カ所ほどの寺院が建てられたといわれますが、現在残っているのは25カ所です。3つのエリアに分かれていて、西部はすべてヒンドゥー教寺院、東部はジャイナ教寺院が多く、南部はヒンドゥー教寺院が2つです。これらの寺院群はこの地の伝統的様式であるナガラ様式の寺院建築の独創性と高い品質を示し、北インドにおける寺院建築の頂点といわれます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(iii)
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カステル・デル・モンテ

Castel del Monte
カステル・デル・モンテ
イタリア南部のプーリア州にある城塞で、1240年に神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2 世によって築かれました。その設計は「8」に拘っています。この城の外観を上空から見ると、八角形の中庭を、城の本体となる八角形の壁が取り囲んでいて、さらに周壁の角には八角形の小塔が8つ配置されています。また、屋根の貯水槽にたまった雨水が各部屋に供給されるといった工夫がなされています。その一方で、この時代の城郭によく見られる堀や馬小屋などはなく、軍事的な要塞としての機能が見られません。また、出入り口となる扉付近はローマ古典様式、壁の窓はゴシック様式、そして浴槽の設備などにはイスラム文化の影響も伺えて、さまざまな建築様式が美しく融合した城となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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カスビのブガンダ王国の王墓

Tombs of Buganda Kings at Kasubi
カスビのブガンダ王国の王墓
首都カンパラの北西3kmにある「カスビの丘」に、ブガンダ王国の王墓群があります。ブガンダ王国は農耕民族ガンダ族主体の王国で13世紀頃建国され、ヴィクトリア湖の北西岸で発展し、19世紀に隆盛を極めました。20世紀に湖の地が「ウガンダ」として英国より独立した際も王国として存続しましたが、その後王制は廃されました。ここはいまでもガンダ族の人々の精神的なよりどころとなっています。なお、現在の国名の「ウガンダ」は、スワヒリ語で「ブガンダ」を意味します。
地域: アフリカ / 国名: ウガンダ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)(vi)
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カゼルタの18世紀の王宮と庭園、ヴァンヴィテッリの水道橋、サン・レウチョの関連遺産

18th-Century Royal Palace at Caserta with the Park, the Aqueduct of Vanvitelli, and the San Leucio Complex
カゼルタの18世紀の王宮と庭園、ヴァンヴィテッリの水道橋、サン・レウチョの関連遺産
イタリア南西部、ナポリ近郊カゼルタに、ポーランド継承戦争が終わった18世紀の終わり、混迷の時代に、ナポリ王・カルロ7世(ブルボン家・カルロス3世)の命により、ヴェルサイユとマドリードの王宮に対抗してイタリアで最も壮大な王宮と庭園、水道橋等が建築されました。建築したのはルイージ・ヴァンヴィテッリとその息子。王宮以外にも、広大な森林地帯に24の国の庁舎、付属劇場等が作られ、19世紀にはブルボン家の貴族たちが春と秋の離宮として利用されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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カトマンズの谷

Kathmandu Valley
カトマンズの谷
ネパールの首都カトマンズは、標高約1,350mの盆地に位置し、古くからチベットとインドを結ぶ交易と文化の要衝として栄えてきました。仏教とヒンドゥー教が融合することで独特の宗教文化が生まれ、直径約20㎞の範囲内に約900もの歴史的建造物が密集しています。14世紀に確立したマッラ王朝は、15世紀後半に3人の王子がカトマンズ、パタン(ラリトプル)、バクタプル(バドガオン)にそれぞれ王国を築き、栄華を競うように宮殿や寺院、堂塔などを建設しました。これらの建造物には芸術性の高い彫刻が多く見られ、独特の建築や工芸は「ネワール文化」と呼ばれています。3つの王国は18世紀にグルカ王国によって滅ぼされましたが、その後も優れた建築物は造られ続けました。2015年のネパール大地震で大きな被害を受け、現在も修復作業が進められています。
地域: 西・南アジア / 国名: ネパール / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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カパック・ニャン:アンデスの道

Qhapaq Ñan, Andean Road System
カパック・ニャン:アンデスの道
「カパック・ニャン」は、南米でかつて使われた言語・ケチュア語で「偉大な道」「王の道」を意味しており、アンデス山脈に沿うようにして南アメリカのコロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチンの6か国に張り巡らされた道です。インカ帝国の交易や防衛のための交通網で、インカ帝国の首都クスコ(現在のペルーの都市)から延びる4つの主要な経路から、各地に毛細血管のように張り巡らされたインカ道と呼ばれる細い道とつながり、広がりました。
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峨眉山と楽山大仏

Mount Emei Scenic Area, including Leshan Giant Buddha Scenic Area
峨眉山と楽山大仏
四川省にある峨眉山は、古くから霊山として信仰される中国四大仏教名山の一つで、山の中腹には、30を超える寺院があります。1世紀頃、峨眉山に中国初の仏教寺院が建立されてから、この地は仏教の聖地のひとつとなりました。約20㎞東には、世界最大の磨崖仏である楽山大仏が鎮座しています。この場所は、岷江とその支流の大渡河、大渡河の支流である青衣江の合流点にあり、流れが急で多くの水難事故や水害が引き起こされていました。そのため、水難事故の防止や安全を祈願して造られました。8世紀前半に僧の海運が大仏を堀りはじめ、約90年かけて完成しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iv)(vi)(x)
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カラカスの大学都市

Ciudad Universitaria de Caracas
カラカスの大学都市
カラカスの大学都市は、建築家カルロス・ラウル・ビリャヌエバが1940年から1960年にかけて設計・計画した、ベネズエラ中央大学の施設群であり、モダニズム建築の傑作です。彼は、建築と視覚芸術を統合し、機能的でありながらも芸術性に富んだ空間を創造しました。特に、アレクサンダー・カルダーの彫刻「雲」が設置されたアウラ・マグナ(講堂)は、この壮大な構想を象徴する代表的な例です。
地域: 南米 / 国名: ベネズエラ・ボリバル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(iv)
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カルタゴの考古遺跡

Archaeological Site of Carthage
カルタゴの考古遺跡
フェニキア人によって建設されたカルタゴは、チュニス湾とその周囲の平野を見下ろす丘に位置し、紀元前6世紀から後2世紀ごろにかけて繁栄した広大な考古学的遺跡です。ローマ時代のアフリカ属州の首都として、カルタゴは古代において重要な商業帝国の役割を果たしました。長いポエニ戦争の間、カルタゴはローマの領土を占領しましたが、最終的に146年にローマによって破壊されました。その後、ローマ人が古代都市を、カルタゴの遺跡の上に再建しました。フェニキア、ローマ、キリスト教、アラブ文化が次々と融合し、開花する特別な場所として、この大都市とその港は地中海で広範な交流を促進しました。カルタゴはハンニバルという戦士かつ策略家、探検家ハノン、有名な農学者マゴンを輩出しました。また、その歴史的・文学的な名声を通じて、カルタゴは常に世界的な想像力をかき立ててきました。カルタゴの主要な構成要素には、ビュルサの丘、プニック港、プニック・トフェット、ネクロポリス、劇場、円形劇場、サーカス、住宅地、バシリカ、アントニヌス浴場、マラガ貯水池、そして考古学保護区域が含まれます。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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カルタヘナの港、要塞、歴史的建造物群

Port, Fortresses and Group of Monuments, Cartagena
カルタヘナの港、要塞、歴史的建造物群
スペインが他のヨーロッパ諸国に先駆けて新大陸に進出したことは有名ですが、本遺産はそのスペイン黄金時代を今に伝えるものです。1533年6月1日、スペイン人のペドロ・デ・エレディアによって、カリブ海に面した半島に都市カルタヘナ(カルタヘナ・デ・インディアス)が建設されました。細長い地形をもつカルタヘナは、新大陸で産出された金銀やエメラルド、香辛料などを本国スペインへ積み出す港であり、多くの船が停泊できる複数の湾と天然の防御線となる狭い水路を兼ね備えた良港として発展しました。
地域: 南米 / 国名: コロンビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (iv)(vi)
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カルナックとモルビアン沿岸の巨石群

Megaliths of Carnac and of the shores of Morbihan
カルナックとモルビアン沿岸の巨石群
フランスブルターニュ地方に位置する『カルナックとモルビアン沿岸の巨石群』は新石器時代に建設された巨石が数多く残る遺跡で、ヨーロッパにおける巨石文化の中でも最古級の遺跡とされています。遺跡内には巨石のみならず墓や膨大な数の岩絵も発見されています。巨石群が確認される時期は、ヨーロッパで人類が定住生活を送るようになった時期でもあり、ヨーロッパにおける人類史を理解する上でも非常に重要な遺跡です。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (i)(iv)
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カンタベリー大聖堂、セント・オーガスティン修道院跡とセント・マーティン教会

Canterbury Cathedral, St Augustine's Abbey, and St Martin's Church
カンタベリー大聖堂、セント・オーガスティン修道院跡とセント・マーティン教会
ロンドンの南東80kmにある街、カンタベリーは、イギリス国教会の総本山であるカンタベリー大聖堂、セント・オーガスティン修道院跡、イングランド最古の教会であるセント・マーティン教会を擁し、イギリスにおけるキリスト教信仰の中心となっています。6世紀末、ローマ教皇がイングランドのキリスト教化のため「カンタベリーのアウグスティヌス」を送り出して以来、セント・オーガスティン(聖アウグスティヌス)修道院などが建設され、布教の中心地となりました。現在、一部を残し廃墟となっているこの修道院跡は、国内の歴史的建造物を保護する目的でイギリス政府により設立された組織「イングリッシュ・ヘリテイジ」が管理しています。
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カンチェンジュンガ国立公園

Khangchendzonga National Park
カンチェンジュンガ国立公園
インド北部シッキム州のヒマラヤ山脈に位置する『カンチェンジュンガ国立公園』は、標高8,586mの世界第3位の高峰カンチェンジュンガを中心とする国立公園です。標高差は最大でおよそ7.3km(標高1,220m〜8,586m)もあり、ヒマラヤ山脈の中でも非常に急峻な地形が特徴です。この高度差によって気候や降水量の違いが生じ、亜熱帯から高山地帯まで多彩な生態系を有しています。園内には非常に多様な動植物が生息しており、固有種や希少種の多さも評価されています。また、多数の湖や氷河が点在しており、その中には全長26kmのゼム氷河も含まれます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iii)(vi)(vii)(x)
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カンペチェ州カラクムルの古代マヤ都市と保護熱帯雨林群

Ancient Maya City and Protected Tropical Forests of Calakmul, Campeche
カンペチェ州カラクムルの古代マヤ都市と保護熱帯雨林群
ユカタン半島のカンペチェ州内陸にあるカラクムルは紀元前1000年頃から紀元後1000年頃までマヤ文明のカーン王朝の本拠地として発展した古代都市です。文明崩壊後、都市は完全に放棄され、無人状態が続きました。そのため都市は全体として非常に良い状態で保たれ、当時の都市の様子や生活、文化を鮮明に知ることができます。また象形文字の碑文やレリーフ彫刻も当時の様子を記録しています。しかし9~10世紀頃に古典マヤ文明が崩壊した理由は判明しておらず、謎ものこる古代都市です。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(ix)(x)
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カンボジアの記憶の場:抑圧の中心から平和と反省の場へ

Cambodian Memorial Sites: From centres of repression to places of peace and reflection
カンボジアの記憶の場:抑圧の中心から平和と反省の場へ
カンボジアではベトナム戦争中の1970年にロン・ノル将軍らの親米右派によるクーデターが起こり、シハヌーク元首が追放されたことからカンボジア内戦(1970~91年)が始まりました。1975年にロン・ノル政権が崩壊すると、翌1976年に赤色クメールを指導したポル・ポトによる政権が誕生しました。この政権は政治的反対勢力を抑圧し、集団農業によって階級のない農業社会を強制するために全国規模の治安システムを構築しました。カンボジア全土のあらゆる地域に約200の「治安センター」と「無数の処刑場」が建設され、都市から農村への強制移住、通貨の廃止、反対者の大量虐殺などが行われました。犠牲者は1000万人以上とされています。1978年には隣国ベトナムが 侵攻し、翌年にベトナムの支援を受けたヘン・サムリン政権が成立しましたが、ポル・ポト派によるゲリラ活動などの内戦は1991年まで続きました。「カンボジアの記憶の場:抑圧の中心から平和と反省の場へ」はポル・ポト政権によって大量虐殺が行われた3つの資産で構成されています。
地域: 東・東南アジア / 国名: カンボジア王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (vi)
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キーウ:聖ソフィア聖堂と関連修道院群、キーウ・ペチェルーシク大修道院

Kyiv: Saint-Sophia Cathedral and Related Monastic Buildings, Kyiv-Pechersk Lavra
キーウ:聖ソフィア聖堂と関連修道院群、キーウ・ペチェルーシク大修道院
9~13世紀にキリスト教圏の東端で栄えたキエフ大公国(キーウ・ルーシ)が首都キーウに残したキリスト教関連の建築物群です。キエフ大公国は10世紀末にギリシャ正教を国教として公認し、ビザンツ様式の教会や修道院が数多く建てられました。キーウの中心部にある聖ソフィア聖堂はキーウ・ルーシ全盛期の11世紀にヤロスラフ賢公によって建設されたキーウ最古の聖堂です。後にロシア各地の聖堂建築に影響を及ぼしたことから、「ロシア聖堂の母」と呼ばれます。郊外の高台に立つキーウ・ペチェルーシク大修道院はやはり11世紀に建設され、宗教・学問・教育の広い分野で中世ロシア有数の「知の中心」でした。13世紀にモンゴル軍により破壊されましたが、19世紀になって再興されました。世界遺産には、ペレストヴォ地域にある救世主聖堂も併せて登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ウクライナ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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キージ島の木造教会と集落

Kizhi Pogost
キージ島の木造教会と集落
フィンランド国境近く、オネガ湖に浮かぶキージ島にある木造教会群。教会や墓地のある集落を意味する「ポゴースト」に、釘を一本も使っていない木造教会があります。これらの教会が建造された背景には、ロシア正教が浸透してきたことで、先住民の神聖な場所に教会が建てられたことがあります。この教会が木材で造られていたことから優れた木造建築技術がこの地に発展し、「釘を使わないで造られた木造教会」が完成することになりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(iv)(v)
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紀伊山地の霊場と参詣道

Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range
紀伊山地の霊場と参詣道
紀伊山地は三重・奈良・和歌山にまたがる山岳地帯で、豊かな自然と深い森林が広がっています。古代から神々が宿る特別な場所とされ、神仏習合の宗教観に基づかれた霊場が形成されました。熊野三山、高野山、吉野・大峯の三霊場と、それらを結ぶ参詣道は、日本の宗教文化に大きな影響を与え、今も多くの信仰を集めています。それらは自然環境を中心に育まれ、今なお共存しているため、日本ではじめて文化的景観が認められました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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曲阜の孔廟、孔林、孔府

Temple and Cemetery of Confucius and the Kong Family Mansion in Qufu
曲阜の孔廟、孔林、孔府
紀元前551年頃、孔子は山東半島の付け根近くに位置する小国、魯の曲阜にて武人の父のもとに生まれました。しかし、父が晩年の時の子であったため、幼い頃に両親とも死別しています。孔子は早くから学問を志して官職に就き、54歳で魯の大臣となって国政改革を図りましたが、受け入れられることはありませんでした。その後は職を辞し、諸国を遊説して自らの理想の実現を説いて回りました。10年以上の流浪生活を経て、69歳で故郷の曲阜に帰郷し、余生を門下生の教育に捧げました。その門下生は3,000人にものぼるといわれています。紀元前479年に74歳で没しましたが、弟子の手によって編纂された言行録『論語』や、孔子の著書とされる歴史書『春秋』が、今もその思想を伝えています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (i)(iv)(vi)
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ギョベクリ・テペ

Göbekli Tepe
ギョベクリ・テペ
ギョベクリ・テペは、文明発祥の地とされるメソポタミア地域に位置し、アナトリア南東部シャンルウルファ県オレンジク村の近くにある遺跡です。ここでは、新石器時代の神殿と考えられている巨石建造物が発見されています。1994年、ドイツ考古学研究所によるの発掘調査の結果、人類がまだ狩猟採集の生活を営んでいた約1万1,500年前に、世界で最も古い信仰の痕跡が見られることが分かりました。それまでの研究では、農耕が始まることで人類が定住生活を送るようになり、貧富の差がうまれ、やがて宗教的権力者が現われ、神殿が建てられるという文明発達の過程が定説とされてきました。狩猟採集の時代、人々は食料を求めて移動生活を送っていたため、大規模な建造物は存在しないとされていたのです。しかし、ギョベクリ・テペの発見はこの定説を覆し、農耕が始まる以前から神殿を建設するほど発達した文明の存在を示しているのです。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石群

Göreme National Park and the Rock Sites of Cappadocia
ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石群
トルコの首都アンカラの南東にあるカッパドキアはアナトリア高原に位置し、キノコの形や尖塔形をした奇岩が立ち並び、トルコを代表する観光地の一つです。南と東にあるエルジェス山とハッサン山という3,000m級の山が約300万年前に起こした大噴火で、一帯が火山灰や溶岩に覆われました。それが長い年月を経て積み重ねられ、火山灰の層は凝灰岩に、溶岩は玄武岩となりました。もろさのある凝灰岩の層は雨風の浸食を受けて奇岩となり、削りやすさを生かし、住居や聖堂、修道院などがつくられました。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(iii)(v)(vii)
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キリグア遺跡公園

Archaeological Park and Ruins of Quirigua
キリグア遺跡公園
キリグアは、グアテマラ東部のホンジュラス国境近くにあるマヤ文明の都市遺跡です。紀元200年頃に、マヤの都市国家コパンの影響を受けて建設されたと考えられています。マヤ古典期の時代、この地域では金や銀などの金属が存在せず、特に翡翠は最高価値の宝石として珍重されており、周辺のモタグア川渓谷では翡翠や黒曜石が大々的に採掘されていました。そのため、キリグアは翡翠と黒曜石をほぼ独占し、カリブ海沿岸地域との交易で大いに繁栄しました。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: グアテマラ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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キレーネの考古遺跡

Archaeological Site of Cyrene
キレーネの考古遺跡
キレーネの考古遺跡は、リビア北東部にあるギリシャ式の都市の遺跡です。その起源は、エーゲ海のテラ島(現在のサントリーニ島)の人々によって築かれたとされています。言い伝えでは、人口増加や干ばつに苦しんだテラ島の人々が、デルフィで信託を受け、サントリーニ島から船でリビアへ渡り、新天地に都市を建設したといいます。都市名キレーネは、アポロンに愛された泉の女神に由来すると伝えられています。キレーネは地中海貿易の拠点として栄え、アテネやシラクサに次ぐ規模のアクロポリスも築かれました。前4世紀にはアレクサンドロス大王に服属し、その後エジプトのプトレマイオス朝の支配を経て、ローマ帝国の属州となりました。ローマ支配下ではその後、反乱による破壊、ハドリアヌス帝による再建、地震と津波などを経験し、都市は次第に衰退しました。そして7世紀後半、イスラム勢力によって征服され、歴史の舞台から姿を消しました。
地域: アフリカ / 国名: リビア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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キンデルダイク-エルスハウトの風車群

Mill Network at Kinderdijk-Elshout
キンデルダイク-エルスハウトの風車群
ロッテルダム南東に位置するキンデルダイクとエルスハウトに、18世紀に建造された19基の排水用風車は、低地で暮らす人々が水害と共生してきた創意・工夫の歴史を伝えています。オリエントに起源を持つ風車は、12世紀頃に十字軍によってオランダに伝えられたとされています。当初は製粉用に使われましたが、やがて排水用に改良され、18世紀半ばに排水用風車がつくられました。風車は水害を防ぐだけでなく、湿地帯を農地や牧草地に変え、オランダを農業大国に変貌させました。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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グアダラハラの救貧施設

Hospicio Cabañas, Guadalajara
グアダラハラの救貧施設
19世紀初期、メキシコ中西部の都市グアダラハラに、孤児や高齢者、障害者など、恵まれない人々のための施設が建設されました。この救貧施設は「オスピシオ・カバーニャス」と呼ばれた新古典主義の建物で、平面は幅164m、奥行き145mの長方形をしており、高さが7.5mある内部はバリアフリーの設計になっています。建物内部の壁や天井は、1920年代に興ったメキシコ壁画運動の一環として制作された壁画で覆われています。なかでも、併設された教会の主礼拝堂のドーム型天井を飾る『炎の人』は、壁画運動の推進者であるホセ・クレメンテ・オロスコの最高傑作といわれています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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グアナフアトの歴史地区と鉱山

Historic Town of Guanajuato and Adjacent Mines
グアナフアトの歴史地区と鉱山
グアナフアトはメキシコ中央部の標高2000mの場所に位置し、16世紀に銀鉱山が発見されたことをきっかけに植民都市が築かれました。18世紀には世界有数の銀の採掘地となり、銀産出量は全世界の4分の1を占めるほどでした。しかし銀によって富を得ていたのは一部のスペイン人であったため、19世紀初頭には都市周辺で反乱軍が蜂起し、メキシコ独立運動で反乱軍が初勝利をおさめました。また本世界遺産は2010年に登録された世界遺産「カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ」にも含まれています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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グウィネズのエドワード1世王の城郭群

Castles and Town Walls of King Edward in Gwynedd
グウィネズのエドワード1世王の城郭群
13世紀後半から14世紀初期にかけて北ウェールズのグウィネズに築かれた、ボーマリス城とハーレフ城、カーナーヴォン城と市壁、コンウィ城と市壁の4つの城と2つの市壁が世界遺産に登録されています。この一帯は、かつてグウィネズ王国が置かれた場所でした。イングランド王のエドワード1世は1277年と1282~1284年にかけてウェールズに侵攻すると、最後まで激しく抵抗したこの地に抵抗を抑えるための城と市壁を築き始めました。王の命令でウェールズ一帯に築かれた城郭群は「アイアン・リング(鉄の輪)」と呼ばれています。世界遺産に登録されている4つの城は、王に仕えた軍事建築家のジェームズ・オブ・セント・ジョージによるもので、中でもボーマリス城とハーレフ城は傑作と称されています。
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クタマク:バタマリバ人の土地

Koutammakou, the Land of the Batammariba
クタマク:バタマリバ人の土地
トーゴ北東部とベナンにまたがるクタマクには、バタマリバと呼ばれる人々が暮らしており、彼らの独特な泥で作られた塔の家々は「タキエンタ」(複数形では「シキエン」)と呼ばれています。ここでは、自然は社会の儀式や信念と深く結びついており、塔状の家々の建築が社会構造を反映していること、農地や森林、そして人々と風景の結びつきにより、特別なものとなっています。建物は村単位でまとまっており、儀式のための空間、泉、聖なる岩、そして成人の儀式のための特別な場所も含まれています。クタマクは、自然環境と調和しながら生活する人々の土地利用の卓越した例で、この文化的景観は、独特な特徴を持っています。タキエンタは、技術的・実用的・象徴的な役割を果たす基本的な家族住居で、住居スタイルは、円形や楕円形の形状を基にしており、「大地を形作る人々」を意味するディタマリ語のバタマリバによる独創的な発明です。
地域: アフリカ / 国名: トーゴ共和国, ベナン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (v)(vi)
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