World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iv))

ヴェルサイユ宮殿と庭園

Palace and Park of Versailles
ヴェルサイユ宮殿と庭園
フランスの首都パリから20㎞ほどのところに位置するヴェルサイユ宮殿は、ルイ14世からルイ16世の時代までのフランス国王の居城でした。1661年にルイ14世の命で建造が始まると、数世代にわたる建築家や彫刻家、装飾家による建設と拡張が行われます。贅の限りを尽くして建てられたこの宮殿はフランス・バロック様式建造物の最高傑作というだけではなく、「太陽王」としてのルイ14世を象徴するとともに、フランスの絶対王政の最盛期を象徴する権威的な宮殿にもなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(ii)(vi)
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ヴェルラの砕木パルプ・板紙工場

Verla Groundwood and Board Mill
ヴェルラの砕木パルプ・板紙工場
フィンランド南東部のヴェルラは、19~20世紀初頭にかけて北欧と北米で栄えた、パルプ、紙、板紙生産に関連した小規模な産業集落の典型例の一つです。この地に現存する砕木パルプ・板紙工場は、フィンランドの基幹産業であった製材・製紙産業を支えた工場の一つで、最初の砕木工場が建設されたのは1872年のことです。その後10年後に操業を開始した板紙工場と共に1964年に操業を停止しましたが、生産し使用された機械や備品は全て操業停止当時のままに工場内に残されました。1972年からは博物館として公開され建物や機械なども維持管理されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フィンランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iv)
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ヴェローナの市街

City of Verona
ヴェローナの市街
古都ヴェローナは、イタリア北東部、アルプス南麓を流れるアディジェ川のほとりに位置します。街の起源は紀元前1世紀のローマ時代にさかのぼります。ローマと北ヨーロッパを結ぶ要にあったので、以後、多くの勢力者の支配下にはいりました。最も繫栄したとされるのは、13~14世紀のスカーラ家が統治した時代で、北イタリアの政治と文化の中心となりました。15世紀の初めからの約400年間は、ヴェネツィア共和国の一部に属しました。多くの支配者を持ちながら、それぞれの時代の遺構を維持しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヴォーバンによる要塞建築群

Fortifications of Vauban
ヴォーバンによる要塞建築群
ヴォーバンによる要塞建築群は、フランス国王ルイ14世に仕えた高名な軍事技術者、セバスチャン・ル・プレストル・ドゥ・ヴォーバンの作品の中で最も優れた事例であり、フランスの東西南北の国境沿いに位置する12の要塞群から構成されています。これらは、近代における西洋軍事建築の典型として、古典的要塞の頂点を物語るものです。この遺産には、ヴォーバン自身が一から築いた新しい町、城塞、稜堡式塔、山岳要塞、海岸要塞など、地形や目的に応じた多様な建築物が含まれています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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ヴォルビリスの考古遺跡

Archaeological Site of Volubilis
ヴォルビリスの考古遺跡
モロッコにあるヴォルビリスの考古遺跡は、古代ローマ、キリスト教、イスラム教さらにはアフリカ民族の歴史、建築、文化を示す重要な遺跡です。先史時代からイスラム期までの10世紀以上にわたり、この地域に存在した様々な文化の痕跡を物語っています。ヴォルビリスには少なくとも紀元前3世紀には人々が居住し、紀元前3世紀~西暦40年までのマウレタニア王国時代には、日干しレンガを積み上げた城壁を備える小さな街が存在したと明らかになっています。これらの古代ローマ以前のアフリカの文化は、現代では既に失われたものであり、このようなものに焦点を当てている点でもここは重要な遺跡のひとつです。
地域: アフリカ / 国名: モロッコ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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ウシュマルの古代都市

Pre-Hispanic Town of Uxmal
ウシュマルの古代都市
ユカタン半島北部に建設されたマヤ文明の古代都市ウシュマルは7~10世紀頃に繁栄し、多くの建築物が建設されました。建物の数や種類も豊富で、ユカタン半島北部地域の政治・経済・交易の中心地として発展し、最盛期には約2万5000人が生活していたと言われています。建物の配置からは当時の文化が高度な天文知識を有していたことがうかがえます。またウシュマルにはセノーテ(地下水がたまった井戸や泉)が存在せず、雨水をためるための貯水槽が160個以上発見されています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ウベダとバエーサのルネサンス様式の記念碑的建造物群

Renaissance Monumental Ensembles of Úbeda and Baeza
ウベダとバエーサのルネサンス様式の記念碑的建造物群
スペイン南部アンダルシア地方にある2つの小都市ウベダとバエーサは、スペインで初めてルネサンス様式の理念に基づいて改修された街です。9世紀にはイスラム教徒の支配下にありましたが、13世紀にレコンキスタ(国土回復運動)によってキリスト教徒のもとに戻ります。やがて、16世紀に都市改修計画が行われ、ルネサンスの影響を受けた街として発展を遂げました。ウベダのエル・サルバドル教会やバスケス・デ・モリーナ宮殿(現在の市庁舎)、パラドール、バエーサの大聖堂など8件が世界遺産に登録されています。改修では、建築家アンドレス・デ・ヴァンデルヴィラの貢献が石工技術を大きく発展させ、後にラテンアメリカの建築へも大きな影響を与えました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヴュルツブルクの司教館と庭園群

Würzburg Residence with the Court Gardens and Residence Square
ヴュルツブルクの司教館と庭園群
ドイツ南部に位置する豪華なヴュルツブルクの司教館は、ヨハン・フィリップ・フランツおよびフリードリヒ・カール・フォン・シェーンボルンという2代の司教の庇護のもと、18世紀に国際的な建築家、画家、彫刻家、漆喰職人によって建設・装飾されました。宮殿は、当時の司教侯たちの華美な生活を証明し、18世紀ヨーロッパ屈指の宮廷の歴史的背景を反映しています。当時の著名な建築家たちが設計を手掛けました。ウィーンのルーカス・フォン・ヒルデブラント、パリのロベール・ド・コットとジェルマン・ボフランが計画を立案し、それを司教侯の公式建築家バルタザール・ノイマンが監督しました。さらに、マインツ選帝侯の建築家マクシミリアン・フォン・ヴェルシュが支援し、彫刻家や漆喰職人はイタリア、フランドル、ミュンヘンから集まりました。ヴェネツィアの画家ジョヴァンニ・バティスタ・ティエポロは階段と帝国の間の壁にフレスコ画を描きました。この宮殿は18世紀の封建時代における宮廷文化の壮麗さを物語るとともに、現在では歴史的建築物として現代的に活用・保存されていることを示す貴重な例となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (i)(iv)
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ウラジーミルとスーズダリの白い建造物群

White Monuments of Vladimir and Suzdal
ウラジーミルとスーズダリの白い建造物群
モスクワから東へ約200kmの場所にある『ウラジーミルとスーズダリの白い建造物群』はウラジーミル、スーズダリ、そしてキデクシャの建造物から構成されるシリアル・サイトです。白い石灰岩の石積み、洗練されたプロポーション、精巧な石工彫刻、そして建物と周囲の自然景観の調和がこの遺産の特徴となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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ヴルコリニェツの伝統的集落

Vlkolínec
ヴルコリニェツの伝統的集落
集落の起源は10~12世紀まで遡り、「ヴルク」がスロバキア語でオオカミを意味することからもオオカミ狩りの猟師が住む村として成立したとされています。現存する45棟の建物はそのほとんどが18~19世紀のものです。構成資産には43件の家屋と聖母マリア受胎告知教会、学校などが含まれています。山岳地帯特有の石積みの土台の上に丸太造りを組んだ伝統的な建築様式を持っており、それらが良好な保存状態で残されています。集落自体の起源は10世紀にまで遡りますが、1469年までに5本の道路が整備されたという記録が残っており、集落としての配置は14世紀後半頃に計画されたのではないかと考えられます。
地域: ヨーロッパ / 国名: スロバキア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (iv)(v)
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ウルネスの木造教会

Urnes Stave Church
ウルネスの木造教会
ノルウェーの西海岸にあるソグネフィヨルドの更に奥まった場所に位置するルストラフィヨルドを見下ろす120mの崖の上に立つ、1130年代初頭に建造されたノルウェーで最古の木造教会です。一部の資材は以前この場所にあった教会のものを再利用していますが、木材のみを使用しており、屋根や柱などはもちろん半円アーチ構造の身廊部分もすべて木造となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ノルウェー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ウルビーノの歴史地区

Historic Centre of Urbino
ウルビーノの歴史地区
イタリア中部、マルケ地方の都市ウルビーノは、ルネサンス芸術の中心地の一つとなった文化都市です。15世紀にモンテフェルトロ家の当主フェデリーコが文芸を手厚く保護したため、イタリア国内外から画家や建築家、学者などが来訪し、ルネサンス文化が花開きました。ヨーロッパ各地の文化発展にも大きな影響を与えましたが、16世紀以降になると、ウルビーノは経済的・文化的に停滞するようになりました。このことが皮肉にも、ルネサンス期の面影を色濃く残す街、ウルビーノを形作る要因となったのです。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヴロツワフの百周年記念ホール

Centennial Hall in Wrocław
ヴロツワフの百周年記念ホール
ポーランドのヴロツワフの百周年記念ホールは、ライプツィヒの戦い(諸国民戦争)の百周年を記念する展示会のために、1911年から1913年にかけて建築家マックス・ベルクによって建てられました。この建物は、鉄筋コンクリート建築の歴史において画期的な作品として位置付けられています。当時としては非常に大規模な構造を鉄筋コンクリートで実現し、その後の建築技術の発展に大きな影響を与えました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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雲岡石窟

Yungang Grottoes
雲岡石窟
雲岡石窟は、山西省武周山南麓の断崖面の全長およそ1kmの範囲に現存する、252の石窟です。452年に即位した北魏の文成帝が、高僧曇曜(どんよう)の提言に従い、460年に開鑿を行ったのがその始まりです。文成帝は「曇曜五窟」と呼ばれる5つの石窟に、自身を含めた5人の皇帝を模した大仏を建立しました。494年、洛陽に遷都したことを機に造営は終息に向かい、石窟は存在を忘れられていきましたが、1902年に建築家の伊東忠太が建築研究のため中国を訪れ再発見しました。仏像は5万体以上あり、第20窟の如来坐像は傑作とされています。仏像は制作年によって様式が異なり、徐々に中国独自のものになっていった様子がうかがえます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ウンム・アッラサス(カストロム・メファア)

Um er-Rasas (Kastrom Mefa'a)
ウンム・アッラサス(カストロム・メファア)
ヨルダン中部にあるウンム・アッラサスは、ローマ軍の駐屯地として始まり、5世紀以降町へと発展した考古学遺跡で、ローマ時代、ビザンチン時代、そして初期イスラム時代(3世紀末から9世紀)の遺構が残されています。16の教会があり、そのうちいくつかは保存状態の良いモザイク床を有しています。中でも聖ステファノ教会のモザイク床は特筆すべきもので、当時の町々の様子が描かれており、芸術的にも地理的記録としても特別な意義を持っています。しかし、要塞化されたローマ軍の駐留地を含む遺跡の大部分は未だ発掘されていません。
地域: 西・南アジア / 国名: ヨルダン・ハシェミット王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (i)(iv)(vi)
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エーランド島南部の農業景観

Agricultural Landscape of Southern Öland
エーランド島南部の農業景観
スウェーデン南東部バルト海に浮かぶエーランド島の南部には、先史時代から現代に至るまで、人々が農業とともに生きたことを伝える景観が残っています。石灰岩質の痩せた土壌にもかかわらず約5,000年もの間、人々はこの島の地形に適応しながら暮らしてきました。現在見られる農業景観や地域社会には、鉄器時代にまで遡る土地利用・区分、地名といった独自の文化的伝統が残されています。また、青銅器時代や鉄器時代の墓所や、16~18世紀につくられた大小400基もの風車も残っています。島民は現在でも、何世代にも渡って耕されてきた土地を耕し、何千年と受け継いできた牧草地で家畜の放牧を行っています。この類稀な文化継承は「生きた農業景観」として将来世代へ受け継ぐ重要性を語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (iv)(v)
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エアフルトの中世ユダヤ関連遺産

Jewish-Medieval Heritage of Erfurt
エアフルトの中世ユダヤ関連遺産
ドイツ中部のテューリンゲン州エアフルト旧市街の中心に位置する旧シナゴーグ、ミクヴェ、ストーンハウスから構成され、中央ヨーロッパにおけるユダヤ建築の希少かつ非常に良好に保存された例です。これらの建物は、その構造、建築的な細部、装飾プログラムを通じて、都市の特有の空間的・社会的条件への適応と、主にキリスト教徒が占める社会の中でユダヤ人コミュニティが共存していた様子を示しています。中世の中央ヨーロッパにおいて、重要な交易路の交差点に位置するエアフルトの都市発展の中で、これらの建物はその歴史を物語っています。この遺産は、11世紀後半から14世紀半ばにかけての中世において、貿易と交流に積極的に関わっていたユダヤ人コミュニティの最盛期の様子を伝えるものであり、ペストの流行に伴う迫害(ポグロム)の波が訪れるまでの時代を象徴しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iv)
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英国の湖水地方

The English Lake District
英国の湖水地方
約2,300㎢の湖水地方と呼ばれる地域は、氷河によって削られた大地ですが、18世紀以降にこの地へやってきた人々により、この険しい環境下ながらも農地を切り開き、豪華な邸宅、庭園、公園が意図的に造られ、美しい大地へと変えられてきました。そしてこれらの景観はイギリス人にとって行楽の場になり、ロマン主義運動によって高く評価され、絵画、デッサン、そして詩や言葉を通して称えられてきたのです。近年においてはピーターラビットの舞台になった場所としても有名になりました。
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エヴォラの歴史地区

Historic Centre of Évora
エヴォラの歴史地区
なだらかな平原にコルク樫やオリーブの木が点在するアレンテージョ地方の中心都市、エヴォラ。紀元前2世紀から人が暮らしてきたとされるエヴォラの旧市街は、二重の城壁に囲まれています。ここには2000年におよぶ歳月のなかで築かれた各時代の多彩な建造物が残されており、「博物館都市」の異名も持ちます。コリント式柱頭が印象的なディアナ神殿や水道橋は、ローマ帝国時代からこの街が発達していたことを示すものです。また、イスラム教徒に支配された時代の城門やモーロ人街跡も残っています。 
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (ii)(iv)
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エチミアジンの大聖堂と教会群、およびズヴァルトノツの考古遺跡

Cathedral and Churches of Echmiatsin and the Archaeological Site of Zvartnots
エチミアジンの大聖堂と教会群、およびズヴァルトノツの考古遺跡
アルメニアのエチミアジン市に位置する当遺産は、市内および近郊地域から石器時代、青銅器時代、鉄器時代の遺跡が数多く確認されています。またアルメニア正教会の総本山としても機能しており、アルメニア独自の中央ドームを備えた教会建築が残されています。世界遺産には教会群や遺跡を含む3つのエリアが登録されており、世界最初のキリスト教国家であるアルメニアのキリスト教の歴史や教会建築の発展の様子を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: アルメニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)
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エッサウィーラ(旧名モガドール)の旧市街

Medina of Essaouira (formerly Mogador)
エッサウィーラ(旧名モガドール)の旧市街
絵描きやミュージシャンなど、多くの芸術家をも魅了するエッサウィーラは、モロッコの大西洋岸に位置します。ここが今のような街並みに形成されたのは、1765年です。当時この地域を支配していたアラウィー朝のスルタンは、外に開かれたモロッコ最大の国際貿易拠点にすることを目指しました。街の設計を担ったのが、フランス人建築家のニコラ・テオドール・コルニュです。ヴォーバン様式の影響を受けていたコルニュは、北アフリカにおけるこの港町にヨーロッパの機能的な軍事建築を取り入れ、再構築しました。イスラームの伝統的な街並みとそれらは調和し、異文化が融合した独自の景観を生み出しています。エッサウィーラという名は、「見事な設計」を意味します。
地域: アフリカ / 国名: モロッコ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iv)
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エッセンのツォルフェライン炭鉱業遺産群

Zollverein Coal Mine Industrial Complex in Essen
エッセンのツォルフェライン炭鉱業遺産群
19世紀から20世紀にかけてヨーロッパの重要な基幹産業の代表例とされる歴史的な炭鉱施設です。坑道やコークス工場、鉄道、鉱滓堆積場、鉱員の住居、消費・福祉施設など、当時の炭鉱業の全設備が含まれ、特にモダン・ムーブメントを象徴する建築の高い品質が特徴です。ツォルフェラインは、ドイツの政治・経済が大きく変動した時期の終盤に創設され、その変化は表現主義からキュビズム、機能主義への移行に反映されています。また、二度の世界大戦の間に訪れた短い経済的繁栄、いわゆる「狂騒の20年代」を象徴する存在でもあります。さらに、この炭鉱は産業史においても重要な意味を持ち、世界的な経済の相互依存とグローバリゼーションの時代が始まったことを示す歴史的な記念碑のひとつと言えます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iii)
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エディルネのセリミエ・モスクとその関連施設

Selimiye Mosque and its Social Complex
エディルネのセリミエ・モスクとその関連施設
エディルネはブルサに代わるオスマン帝国2番目の都であり、1453年に都がイスタンブルに移るまで都として栄えました。そのエディルネに、オスマン帝国を代表する建築家、ミマール・スィナンがセリミエ・モスクを設計したのは16世紀後半。イスタンブルが都になってからもエディルネは副都として機能し、特にセリム2世がこの地を気に入っていたため、壮大なモスクの建設をスィナンに命じました。巨大なドームと4本の細いミナレット(尖塔)からなるこのモスクは、イスタンブルにある多くのモスクにも負けない存在感を放っています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (i)(iv)
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エディンバラの旧市街と新市街

Old and New Towns of Edinburgh
エディンバラの旧市街と新市街
小高い岩山の上に建つエディンバラ城は旧市街の代表的建築物で、7世紀につくられた砦が起源だとされています。11世紀後半からスコットランド王の居城となり、王国間の抗争やイングランドとの戦いの舞台となりました。現在見られるノルマン様式を用いた城の建物は、18世紀以降に再建れたものです。城内の宮殿は軍事博物館として使用され、歴代のスコットランド王の戴冠式で使われたスクーンの石が展示されています。エディンバラ城の東には、現在でも王室の滞在地として使用されているホリールードハウス宮殿があります。エディンバラ城とこの宮殿を結ぶ道はロイヤルマイル(王宮通り)と呼ばれ、旧市街の中心街になっています。
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エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域

Sanctuary of Asklepios at Epidaurus
エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域
ペロポネソス半島東部の谷間に位置するエピダウロスは、医療の神アスクレピオスが祀られている聖地です。元々は先史時代から治癒の力をもつ神々に捧げられ、紀元前800年頃に治癒の神・アポロンの聖域となった丘がありました。その後紀元前6世紀頃までに、ギリシャ神話においてアポロンの息子とされ、人間の健康と幸福の守護神であるアスクレピオスに捧げられた聖域が、アポロンの聖域の丘から1kmほど離れた平地に築かれました。二柱の治癒の神の聖地であるエピダウロスには、ギリシャ中から病で苦しむ人々が訪れるようになりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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エフェソス

Ephesus
エフェソス
トルコ西部の地中海岸、かつてのカイストロス川の河口付近にヘレニズム時代からローマ帝国時代の都市遺跡があります。エフェソスの起源はもっと古く、青銅器時代に遡るとされていますが、紀元前4世紀ごろに現在の地に移り、紀元前2世紀にはローマ帝国の港湾都市としてアナトリア地方で最も繁栄した都市となりました。また、アルテミス信仰を背景にして古代世界有数の巡礼地ともなり、哲学や医学の中心地でもありました。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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エルサレムの旧市街とその城壁群

Old City of Jerusalem and its Walls
エルサレムの旧市街とその城壁群
西アジアの地中海東岸地域(レバント地方)に位置するエルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教にとってきわめて重要な意味を持つ聖地です。エルサレムの歴史は非常に古く、約6,000年前には人類が居住していた可能性があります。紀元前14世紀の古代エジプトの文書に登場する「ウルサリム」という記述は、エルサレムに関する初めての確実な言及とされています。ウルサリムは西セム諸語の「シャリムの都市」を意味する語に由来し、それが転訛してエルサレムとなったと考えられています。現代アラビア語では「神聖」を意味する語に定冠詞(Al)が付いたAl Quds(アル・クドゥス)と呼ばれます。これはエルサレム神殿のヘブライ語名である「聖なる家」をアラビア語に翻訳したバイト・アル・マクディスという名称が短縮したものとされています。現在、エルサレムは西エルサレムと東エルサレムに分かれており、世界遺産に登録されている旧市街は東エルサレムに位置しています。旧市街は約1km四方の範囲に広がり、周囲を囲う城壁の全長は約4kmあります。城壁はオスマン帝国のスレイマン1世によって再建されたもので、8つの門のうち7つが現在も使用されています。
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エル・ジェムの円形闘技場

Amphitheatre of El Jem
エル・ジェムの円形闘技場
チュニジアの平野部に位置する『エル・ジェムの円形闘技場』は、西暦238年頃に建設された古代ローマの遺構です。「ローマの穀倉地帯」と呼ばれたエル・ジェムは、オリーブオイルや 穀物の輸出で栄え、闘技場はその富で建設されました。切り石を積み上げてつくられ、長径148m、短径122m、高さ36m、アリーナ(中央の舞台)は64×39m、収容人数はおよそ3万5,000人でした。古代ローマ時代に各地に築かれた円形闘技場の中でも3番目、あるいは4番目の規模を誇りました。ローマ帝国が衰退した後は要塞として利用され、 17世紀にオスマン帝国軍によって西側部分が破壊されましたが、3層部分を残しているなど保存状態は良好といえます。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (iv)(vi)
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エル・タヒンの古代都市

El Tajin, Pre-Hispanic City
エル・タヒンの古代都市
メキシコ湾沿岸に位置する『エル・タヒンの古代都市』はテオティワカン文明滅亡後からアステカ帝国が台頭するまでの、メソアメリカ北東部における文化や経済の様子を紐解くための重要な遺跡です。9~13世紀初頭にかけて繁栄し、精巧な装飾が施された彫刻をもつ建築が特徴です。当時の推定人口は1万5000~2万人と考えられ、その文化的影響はメキシコ湾岸全域からマヤ地域、メキシコの中央高原にまで及びました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (iii)(iv)
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エルチェの椰子園

Palmeral of Elche
エルチェの椰子園
スペイン地中海沿岸、バレンシア地方南部の街エルチェには、かつてイベリア半島を支配したイスラム教徒によってつくられた椰子園があります。67の果樹園によって構成されており、中東・北アフリカ原産のナツメヤシが約4万5,000本も植えられています。中には、高さ30m以上に成長し300年以上も生き続けている個体もあります。用水路に沿ってヤシの木が1~2列で並んでおり、イスラムの高度な灌漑技術も垣間見えます。ここで育った白色のヤシの葉は、イベリア半島各地で装飾や棕櫚の主日(聖枝祭、エルサレム入城の日)の用途として広く利用されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(v)
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