World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii))

テサロニキの初期キリスト教とビザンツ様式の建造物群

Paleochristian and Byzantine Monuments of Thessalonika
テサロニキの初期キリスト教とビザンツ様式の建造物群
ギリシャ北部の都市テサロニキが建設されたのは、紀元前315年のことです。テサロニキとは、アレクサンドロス大王の後継者とされるカッサンドロスの妻「テサロニケ」に由来します。マケドニアの王となった彼は、王妃の名をこの街に与えました。街は初期キリスト教が確立していくなかで、その布教の拠点となりました。また、その立地の良さから交通の要衝となり、ビザンツ帝国時代でも首都コンスタンティノープルに次ぐ第二の都市として繁栄しました。オスマン帝国の支配下(1430年~1912年)では、多くの教会がモスクへと転用され、イスラム教のモスクも新たに建設されました。1912年にギリシャ領となった後も、テサロニキはアテネに次ぐギリシャ第二の都市として、現在も繁栄を続けています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国

Garden Kingdom of Dessau-Wörlitz
デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国
18世紀後半、アンハルト=デッサウ侯レオポルド3世・フリードリヒ・フランツと、友人の建築家フリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・エルトマンスドルフは、旅行で訪れたイギリスの風景式庭園やイタリアの古代建築の影響を受けて、エルベ川流域のヴェルリッツに、ヨーロッパ大陸では初の風景式庭園を造園しました。その後40年以上にわたり、ヴェルリッツとその周辺には、視線軸(視覚的なつながり)や、並木道や小道(空間的なつながり)によって結ばれた庭園群がつくられ、ヨーロッパでは他に類を見ない規模での庭園景観が生まれました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iv)
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テトゥアンの旧市街(旧名ティタウィン)

Medina of Tétouan (formerly known as Titawin)
テトゥアンの旧市街(旧名ティタウィン)
モロッコの北部、地中海沿岸に位置するテトゥアン。ここは8世紀頃から始まるイスラーム期に、モロッコとイベリア半島を結ぶ戦略的拠点として重要視されていました。14世紀に入るとマリーン朝が街を築きましたが、100年も経たないうちに、スペイン軍に破壊されてしまいました。その後、レコンキスタ(国土回復運動)でスペインからこの地に逃げてきたムスリムやユダヤ教徒ら避難民によって街は再建され、城塞化された都市として歩むことになりました。デルサ山の急斜面につくられた旧市街は約5㎞の城壁に囲まれています。
地域: アフリカ / 国名: モロッコ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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デリーのフマユーン廟

Humayun's Tomb, Delhi
デリーのフマユーン廟
インドの首都デリーにあるムガル帝国の第2代皇帝フマユーンの墓廟です。初代皇帝バーブルの跡を継いだフマユーンは生涯戦いに明け暮れ、一時インドから追われてペルシャに亡命するなど波乱の生活を送りましたが、16世紀半ばにようやく北インドの支配を奪還しました。しかしその翌年に不慮の事故で亡くなったことから、「悲劇の皇帝」ともいわれます。彼の死後にペルシア出身でイスラム教徒である王妃のベーグムによりこの墓廟が建設されました。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)
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テル・アビーブの近代都市ホワイト・シティ

White City of Tel-Aviv – the Modern Movement
テル・アビーブの近代都市ホワイト・シティ
ヘブライ語で「春の丘」を意味するテル・アビーブは、エルサレムの北西56㎞、地中海に面したイスラエル有数の大都市です。1909年に建設され、イギリス委任統治領パレスチナの下で発展しました。1948年にはこの地でイスラエルの独立が宣言されています。そのテル・アビーブで、1930年代初頭から1950年代にかけて建設された白い住居やビルなど近代建築の密集する地区がホワイト・シティです。建築物群は機能性を重視し、テル・アビーブの気候に合うようにデザインされており、近代都市の優れた例と言われています。
地域: 西・南アジア / 国名: イスラエル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (ii)(iv)
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デルフィの考古遺跡

Archaeological Site of Delphi
デルフィの考古遺跡
デルフィはギリシャ中部のパルナソスの山腹にあります。ここは、古代ギリシャの予言の神アポロンの聖地として、当時広く知られていました。「世界のへそ」と言われているのは、神々の指導者であるゼウスが世界の中心がどこかを探るため、世界の両端から2羽の鷲を放ち、その2がこの地の上空で出会い、舞い降りたためとされています。この地には先述したアポロンを祀る神殿があり、また古代オリンピックに起源であるオリュンピアと同様のピュティア競技会場もあったため、数多くの巡礼者が訪れました。なお、ピュティアとはデルフィの神託所に仕えた巫女のことを指します。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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デロス島

Delos
デロス島
エーゲ海のほぼ中央、キクラデス諸島にあるデロス島は、伝説によると太陽神アポロンと月の女神アルテミスが誕生したとされている島です。紀元前3世紀に活躍した詩人カリマコスは、デロス島を「すべての島の中で最も神聖な島」と評しています。特にアポロンはオリンポス十二神の一柱であり、ゼウスの息子でもあることから、非常に重要な神とされていましいた。デロス島全体が考古遺跡となっており、ギリシャの遺跡の中でも最大級の規模を誇ります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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伝説の都市トンブクトゥ

Timbuktu
伝説の都市トンブクトゥ
現在はマリ共和国の地方都市に過ぎないトンブクトゥですが、かつては「黄金の都」と称えられ、ヨーロッパではその栄華が伝説となるほどの繁栄を極めました。元々は遊牧民トゥアレグ族の宿営地だったトンブクトゥは、13世紀、マリ帝国の時代に金や岩塩の交易地として栄え、16世紀にはソンガイ帝国の支配下で最盛期を迎えます。しかし、ヨーロッパ人が大西洋岸航路を発達させたことで地域の情況は変わり、また、1591年にサハラの塩床をめぐる紛争が引き金となってモロッコ軍に占領されるなどして、次第にトンブクトゥは衰退の道をたどります。19世紀には、黄金伝説を信じた探検家がヨーロッパから訪れますが、すでに荒廃していました。
地域: アフリカ / 国名: マリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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天壇:北京の皇帝祭壇

Temple of Heaven: an Imperial Sacrificial Altar in Beijing
天壇:北京の皇帝祭壇
北京市にある天壇は、1420年に明の第3代皇帝・永楽帝(在位:1402〜1424年)が造営した祭祀施設です。1402年に即位した永楽帝は、南京から北京へ都を移し、紫禁城の造営とともに天地壇をつくりました。1530年、第9代皇帝の嘉靖帝の時代に、天と地を祀る祭壇に分けられ、元の天地壇は「天壇」と呼ばれました。明・清代の歴代皇帝はこの地を訪れ、天と地の仲介役として祈りと犠牲を捧げました。1911年に祭祀が禁止されるまで、約490年にわたり儀式が執り行われていました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ドゥッガの考古遺跡

Dougga / Thugga
ドゥッガの考古遺跡
チュニジア北西部に位置し、紀元前46年に標高571mの高台に築かれた町ドゥッガは、ローマ帝国によってヌミディアが併合される前の600年以上にもわたり存在しており、おそらくヌミディア王国の最初の首都だったと考えられています。その形跡は、ハンニバルに対抗した軍長官アテバンの霊廟などにわずかながら残されています。ローマツ帝国の支配下で繁栄しましたが、ビザンツ~イスラム時代には衰退しました。現在目にすることができる壮大な遺跡は、帝国の辺境に位置する小さなローマ都市の豊かさを物語っています。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iii)
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トゥルグジウにあるブランクーシの彫刻作品群

Brâncuși Monumental Ensemble of Târgu Jiu
トゥルグジウにあるブランクーシの彫刻作品群
コンスタンティン・ブランクーシはルーマニア出身の彫刻家で、20世紀を代表する芸術家の一人です。代表作には、鳥の飛翔の本質を流線形に飛躍させて表現した「空間の鳥」などがあります。1937年から1938年にかけて制作された、トゥルグジウにある「モニュメンタル・アンサンブル」は、第一次世界大戦で街を守って命を落とした人々を追悼するために制作されました。主要な作品として、「無限柱(Endless Column)」「接吻の門(Gate of the Kiss)」「沈黙のテーブル(The table of Silence)」があります。これらは「英雄の並木道(Avenue of Heroes)」と呼ばれる約1.5㎞の軸線上に配置され、2つの公園を結んでいます。この軸線の中央には聖ペテロ・パウロ教会が位置し、全体で都市空間と一体化しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ルーマニア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (i)(ii)
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トゥルネーのノートル・ダム大聖堂

Notre-Dame Cathedral in Tournai
トゥルネーのノートル・ダム大聖堂
トゥルネーのノートル・ダム大聖堂は、1130年に建設が開始されました。この建築物は、ロマネスク様式の身廊と翼廊、ゴシック様式の内陣という、年代と構想が異なる三つの一貫したプロジェクトの結果として成り立っています。特に、並外れた規模を持つロマネスク様式の身廊、豊かな彫刻が施された柱頭、そしてゴシック様式の始まりを示唆する五つの塔を持つ翼廊が際立っています。一方、13世紀に再建された内陣は純粋なゴシック様式であり、フランスのイル・ド・フランス地方から急速に広がった最新技術を用い、時代を代表する建築の例となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ベルギー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iv)
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トジェビーチのユダヤ人街とプロコピウス聖堂

Jewish Quarter and St Procopius' Basilica in Třebíč
トジェビーチのユダヤ人街とプロコピウス聖堂
トジェビーチは、チェコ共和国南部の第2の都市ブルノから西へ約60kmの位置にあり、イフラヴァ河畔にある人口4万人ほどの小さな街です。この街では中世から第二次世界大戦にかけて、ユダヤ教文化とキリスト教文化が共存していました。川から丘の斜面にかけてユダヤ人が居住していた地区が広がり、ユダヤ人墓地が居住地区に隣接しています。そして、丘の上に建つキリスト教のプロコピウス聖堂がユダヤ人街を見下ろしていて、2つの文化の共存を示しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: チェコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (ii)(iii)
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土司の遺跡群

Tusi Sites
土司の遺跡群
この遺跡群は、中国南西部の山岳地帯に分布する複数の部族の領域の遺構であり、13世紀から20世紀初頭にかけて、その指導者たちが中央政府によって世襲の統治者「土司(トゥシ、どし)」として任命されました。この土司制度は、少数民族が独自の慣習と生活様式を保持することを許容しながら、同時に国家全体の行政を統一することを目的とした行政統治システムでした。この遺跡群は、このユニークな統治形態に対する例外的な証言となっています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (ii)(iii)
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トスカーナのメディチ家の別荘と庭園

Medici Villas and Gardens in Tuscany
トスカーナのメディチ家の別荘と庭園
フィレンツェのメディチ家は15世紀に銀行業で成功し、莫大な財を蓄えました。その資金力を背景に政治力を発揮して、市政の実質的な支配権を握りました。その後は、トスカーナ大公国の君主になり、一族からローマ教皇も輩出し、300年間にわたりフィレンツェに君臨しました。一方で、文化・芸術の保護に力を入れ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ボッティチェリなどの芸術家を支援し、ルネサンス期の文化の形成に大きな影響を与えました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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富岡製糸場と絹産業遺産群

Tomioka Silk Mill and Related Sites
富岡製糸場と絹産業遺産群
富岡製糸場と絹産業遺産群は、高品質な生糸の大量生産を実現させた技術革新と交流の証です。構成遺産は「富岡製糸場」「田島弥平旧宅」「高山社跡」「荒船風穴」の4件で、生糸の大量生産に必要な製糸技術と、原料となる繭の増産を支える養蚕技術の両面で大きな発展がありました。中心的な役割を担ったのが、1872年に日本政府がフランスから最新の器械製糸技術を導入して設立した富岡製糸場です。その後日本は、独自の伝統と西洋技術の融合によって、世界に通用する絹の生産拠点となっていきました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (ii)(iv)
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トラコタルパンの歴史的建造物地区

Historic Monuments Zone of Tlacotalpan
トラコタルパンの歴史的建造物地区
メキシコ湾岸に位置するトラコタルパンは色鮮やかな建物と、スペイン植民地時代に設計された都市が良好な状態で残る街です。18世紀末に壊滅的な火災を経験したため、現在の都市の姿は18世紀末に計画されたものです。街はスペイン地区と先住民地区との2つのセクターに分かれており、そこにはスペインとカリブ海の伝統が混合した色彩豊かな建物が建ち並んでいます。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iv)
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トラムンタナ山脈の文化的景観

Cultural Landscape of the Serra de Tramuntana
トラムンタナ山脈の文化的景観
地中海に浮かぶスペイン領マヨルカ島の北西岸に連なる険しい山岳地帯の急傾斜地には、段々畑のなかに村落や水車などの水利施設が点在する景観が広がっています。ここでは資源の乏しい環境下にもかかわらず数千年間にわたり農耕が行われてきており、特に10世紀からのイスラム支配の時代には、アラブ系の人々が得意とする地下水路カナートや用水路・貯水池などの技術が生かされ、オリーヴなどの栽培が発展しました。山の斜面に蜘蛛の巣のように張り巡らされた当時の集水・貯水と排水の高度な水利システムは現在も利用されています。13世紀末からのキリスト教勢力の支配の時代にもこれら水利施設は引き継がれて、加えて入植者のための水と土地の管理システムが構築され、さらに発展していきました。ここでは、地中海世界におけるイスラム世界とキリスト教世界の農業文化の交流の典型を見ることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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トリノのサヴォイア家の王宮と邸宅

Residences of the Royal House of Savoy
トリノのサヴォイア家の王宮と邸宅
サヴォイア家の王宮と邸宅は、イタリア北部ピエモンテ州の州都であるトリノとその周辺に立地します。サヴォイア家は、11世紀初頭にフランス領内のアルプス地方に興った王家で、13~15世紀に北イタリアに領土を拡大しサヴォイア公国となりました。さらに、18世紀にサルディーニャ島を領有してサルディーニャ王国へと名を変え、イタリア統一運動を牽引し、統一後のイタリア王国の王家となりました。サヴォイア公国時代の1562年、サヴォイア公エマヌエーレ・フィリベルトは首都をトリノに移しました。支配者としての権力を誇示するため、大規模な王宮と邸宅群の建築を指示しました。そして、フィリベルトの後継者たちも建設を継続しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(v)
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トリポリのラシード・カラーミー国際見本市会場

Rachid Karami International Fair-Tripoli
トリポリのラシード・カラーミー国際見本市会場
レバノン第二の都市、地中海に面したトリポリには、「ラシード・カラーミー国際見本市会場」があります。これはブラジルの建築家であるオスカー・ニーマイヤーによって、1962年から1967年にかけて設計されたもので、1943年に独立を果たしたレバノンにとって近代化政策の中心的なプロジェクトでした。国際見本市のメインの建物は、ブーメランの形をした、幅70m長さ750mの巨大なホールです。各国の展示パビリオンが、一つのコンクリート製屋根の下に設置できました。
地域: 西・南アジア / 国名: レバノン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (ii)(iv)
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トルンの中世都市

Medieval Town of Toruń
トルンの中世都市
トルンは13世紀中頃にドイツ騎士修道会がプロイセン征服とキリスト教伝道の拠点として城を建設したことに始まります。街はヴィスワ川沿いに発展し、バルト海と東欧を結ぶ交易の要衝として発展しました。その後、ハンザ同盟の主要都市、穀物や木材、金属、毛皮などを取引する商業拠点となりました。14世紀から15世紀の数多くの壮大な公共建築や民間建築が数多く建てられ、コペルニクスの生家もこの時期に建設されました。特に、城と二つの都市が防衛壁で囲まれた構造は、中世の集落としては稀な形態をとっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)
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トロイアの考古遺跡

Archaeological Site of Troy
トロイアの考古遺跡
「トロイアの考古遺跡」は、トルコ西部、ダーダネルス海峡の南入口から4.8km離れたヒサルルック(トルコ語で「城塞のある丘」)の地に位置し、紀元前3000年頃から500年頃までの9の層を成している東西約240m、南北180mの都市の遺跡です。紀元前8世紀頃、ホメロスは、紀元前1250年頃の出来事とされるトロイア戦争を『イリアス』で描きました。特に、「トロイの木馬」とその陥落劇はよく知られています。しかし、長い間これらは、過去の神話上の物語であるとみなされてきました。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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トロオドス地方の壁画教会群

Painted Churches in the Troodos Region
トロオドス地方の壁画教会群
キプロス島西部のトロオドス山脈南麓の丘陵地帯に残る11世紀から16世紀にかけて建造された10の教会が世界遺産に登録されています。キプロス島は7世紀から10世紀まではイスラム勢力に支配されていましたが、11世紀以降は西欧からの聖地回復の動きとともに十字軍の前線基地となりました。11世紀以降に建造されたこれらの教会は、石造りの土台の上に木造で建てられており、外見はとても素朴に見えます。しかし、内部は華麗なフレスコ画のイコンが壁一面に描かれており、これらは当時のビザンティン美術の傑作群と言えます。加えて、これらは約500年間に亘り描かれ続けてきましたので、各時代の多様な様式が見られ、ポストビザンツの宗教画の歴史を示す貴重な例ともなっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: キプロス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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敦煌の莫高窟

Mogao Caves
敦煌の莫高窟
莫高窟は、中国甘粛省敦煌市郊外にある仏教遺跡で、五胡十六国時代の前秦(351~394年)の4世紀半ばから元代の13世紀までのおよそ1,000年にわたって造営された、世界最大級の仏教石窟寺院です。鳴沙山の東側断崖面の南北1,700mには735の石窟があり、そのうち492の石窟が保存されています。敦煌の歴史は、前漢(前202~後8年)の武帝が辺境の軍事拠点として築いたことに始まり、シルク・ロードの中継地点として発展しました。莫高窟が掘り始められたのは、366年のことで、西方出身の仏僧・楽僔が築いたとされています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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ナウムブルクの大聖堂

Naumburg Cathedral
ナウムブルクの大聖堂
ナウムブルク大聖堂は、1028年に建設が始まったチューリンゲン州の大聖堂で、ロマネスク後期からゴシック初期にかけての建築様式の変遷を示しています。内部の西側聖歌隊席や創設者像、ロッドスクリーンは無名の「ナウムブルクのマイスター」と呼ばれる彫刻家の傑作で、建築、彫刻、ステンドグラスを一体化した中世美術の頂点を示しています。特に12体の等身大創設者像はリアリズムを追求し、自然観察や古典文化を反映しています。建築全体が調和する様子からは、13世紀の宗教・芸術の変化を感じることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (i)(ii)
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ナポリの歴史地区

Historic Centre of Naples
ナポリの歴史地区
ナポリはヨーロッパ最古の街の一つで、イタリア南部カンパーニャ州のナポリ湾に面しています。街は2,500年の歴史があり、紀元前5世紀に古代ギリシャにより地中海貿易の拠点となる植民都市して建設されました。その地名は、「新しい都市」を意味するネアポリスが転じて、ナポリと呼ばれるようになりました。その後、多くの強国から支配を受けることになります。ローマ帝国や東ゴート王国により支配された後、6世紀にはビザンツ帝国の統治下に入りました。8世紀からはナポリ公国として自治を確保しましたが、12世紀にノルマン人によるシチリア王国に征服されました。シチリア王はナポリに宮廷を移して、多くの人文学者や芸術家を招いて保護し、文化の面で繁栄をもたらしました。その後、フランスやスペインなどの支配下を経て、イタリア統一運動により1861年に成立したイタリア王国の一都市となりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (ii)(iv)
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南漢山城(ナムハンサンソン)

Namhansanseong
南漢山城(ナムハンサンソン)
ソウルの南東約25㎞、標高の高い山地に築かれた『南漢山城(ナムハンサンソン)』は、1392〜1910年の朝鮮王朝が有事の際に首都を移すために設けた要塞都市です。その起源は7世紀の古代要塞にさかのぼりますが、17世紀初頭、清の侵攻を警戒して全面的に再建されました。険しい地形を利用した堅固な石造の城壁が山々を取り囲み、内部には王宮や役所、寺院、兵舎などが整備されました。建設と防衛には僧兵も参加し、国家の存亡をかけた防衛拠点としての役割を果たしました。朝鮮王朝が直面した危機の象徴であり、山の中の首都として人々を守り続けた場所です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ニース:リヴィエラの冬のリゾート都市

Nice, Winter Resort Town of the Riviera
ニース:リヴィエラの冬のリゾート都市
地中海沿岸、アルプス山脈の麓に位置するニースは、その温暖な気候と、海と山に挟まれた美しい自然環境を活かし、18世紀半ば頃から冬のリゾート地として発展してきました。とりわけイギリスから訪れた貴族階級の家族に人気を集め、冬の避寒地として定着していきました。その後の約1世紀にわたり、滞在者の増加と社会的・文化的な多様性が、旧市街周辺での新たな都市区画の段階的な開発を促進しました。こうした冬の訪問者による影響に加え、気候や風景を最大限に活かそうとする意識が都市計画や建築様式に反映され、ニースは国際的な冬のリゾート都市としての地位を確立していきます。また、1860年までサルデーニャ王国に属していたこと、さらに欧州各地や世界中からの旅行者の流入により、ニースは特に建築の分野において、多様な文化的影響が交差する場ともなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)
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ニサのパルティア王国の要塞

Parthian Fortresses of Nisa
ニサのパルティア王国の要塞
ニサはトルクメニスタン南西部に位置するパルティア王国最初期の重要都市です。紀元前3世紀から紀元後3世紀にかけて政治・経済の中心として繁栄し、ローマ帝国の東方進出を食い止めた拠点としても知られています。現在は「旧ニサ」と「新ニサ」という2つの丘状遺跡から成り、旧ニサでは40もの塔に囲まれた王の城砦跡が残ります。ここからは宮殿・神殿・貯水池に加え、美術品が数多く出土しています。さらに、中央アジアの南北・東西の主要交易路が交差する都市として、文化と情報が行き交う拠点でもありました。自然侵食によって姿を変えていますが、城壁の規模や遺跡の配置は当時の威容が色濃く残されています。パルティア帝国の政治・経済の中心として栄えたこの場所は、ローマと対等に渡り合った富と文化の広がりを今に伝えています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルクメニスタン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iii)
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ニュー・ラナーク

New Lanark
ニュー・ラナーク
英国スコットランドのグラスゴーの南にある美しい渓谷に綿紡績工場を中心とした村があります。紡績工場は1785年の設立で、リチャード・アークライトが開発した水力紡績機を導入し、品質の向上と大量生産を可能にしました。紡績工場や付属設備の他に、工場労働者のための住宅や諸施設があります。ここを建設したのは実業家のデヴィッド・デイルで、その娘婿のロバート・オーウェンの人道主義思想を取り入れ、数々の労働者福祉の施設を設けました。
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