1~30件を表示中(全74件中)
アヴィニョンの歴史地区:教皇庁宮殿、司教の建造物群、アヴィニョンの橋
Historic Centre of Avignon: Papal Palace, Episcopal Ensemble and Avignon Bridge
アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と関連建造物群
Assisi, the Basilica of San Francesco and Other Franciscan Sites
アミアンの大聖堂
Amiens Cathedral
アルコバサの修道院
Monastery of Alcobaça
ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター・アビーとセント・マーガレット教会
Palace of Westminster and Westminster Abbey including Saint Margaret’s Church
ヴェローナの市街
City of Verona
エヴォラの歴史地区
Historic Centre of Évora
カステル・デル・モンテ
Castel del Monte
イタリア南部のプーリア州にある城塞で、1240年に神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2 世によって築かれました。その設計は「8」に拘っています。この城の外観を上空から見ると、八角形の中庭を、城の本体となる八角形の壁が取り囲んでいて、さらに周壁の角には八角形の小塔が8つ配置されています。また、屋根の貯水槽にたまった雨水が各部屋に供給されるといった工夫がなされています。その一方で、この時代の城郭によく見られる堀や馬小屋などはなく、軍事的な要塞としての機能が見られません。また、出入り口となる扉付近はローマ古典様式、壁の窓はゴシック様式、そして浴槽の設備などにはイスラム文化の影響も伺えて、さまざまな建築様式が美しく融合した城となっています。
カンタベリー大聖堂、セント・オーガスティン修道院跡とセント・マーティン教会
Canterbury Cathedral, St Augustine's Abbey, and St Martin's Church
ギマランイスの歴史地区とコウルス地区
Historic Centre of Guimarães and Couros Zone
ポルトガル北西部の古都ギマランイスは、「国家発祥の地」と称されています。ここは、1143年に成立したポルトガル王国の初代国王アフォンソ1世の出生地であり、国民的アイデンティティと言語が確立した時代に深く関わる場所です。旧市街には、ギマランイス城やブラガンサ公爵館など、同国の歴史を象徴する建造物が保存されています。ゴシック様式やマヌエル様式など、さまざまな時代の建築様式が混在するノッサ・セニョーラ・ダ・オリヴェイラ教会は、10世紀に設立された修道院を前身としています。この修道院を守るために建てられた要塞は、後のギマランイス城となりました。また、ギマランイスで中世に開発された花崗岩と木を組み合わせたユニークな建築様式は、アフリカや当時植民地であったブラジルにも伝わりました。2023年には、皮革産業が多く営まれたコウルス地区まで登録範囲が拡大しました。
グラーツ:歴史地区とエッゲンベルク城
City of Graz – Historic Centre and Schloss Eggenberg
クラクフの歴史地区
Historic Centre of Kraków
グラナダのアルハンブラ宮殿、ヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区
Alhambra, Generalife and Albayzín, Granada
アンダルシア地方グラナダに位置するアルハンブラ宮殿、ヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区は、かつてのイスラム王朝時代の宮殿都市としての面影を残す遺構です。1232年、住民から招かれたイスラム勢力ナスル族のムハンマド1世によって、この地にグラナダ王国(ナスル朝)が興りました。当時は8世紀から続くレコンキスタ(国土回復運動)の最中にあり、周辺には小さなイスラム教国が残るのみでした。ナスル朝は、キリスト教勢力の大国カスティーリャ王国の封建的家臣として従うことで領土を守ってきました。しかし、14世紀半ばにヨーロッパでおきたペスト大流行や、キリスト教国同士の争いで滞っていたレコンキスタの最熱などにより、1479年に強大なスペイン王国が成立します。これに伴って、グラナダは1492年に陥落しレコンキスタは完結を迎えました。
ケルンの大聖堂
Cologne Cathedral
コルドバの歴史地区
Historic Centre of Cordoba
スペイン南西部、アンダルシア地方にあるコルドバは、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の文化が融合する歴史ある商業都市です。紀元前3世紀に共和制ローマの支配下に入った時にはカルタゴの植民都市が存在し、6世紀には西ゴート王国がこの地を統治します。その後イスラム勢力が制圧し、756年に後ウマイヤ朝の首都としてヨーロッパにおけるイスラム教の最重要拠点となります。10世紀には、コンスタンティノープル、ダマスカス、バクダードと並ぶ大都市として繁栄し、市街には300以上のモスクが立ち並びました。
一方、コルドバはキリスト教世界が目指すレコンキスタ(国土回復運動)の対象都市となります。1212年にムワッヒド朝が衰退すると、1236年にはカスティーリャ王国のフェルナンド3世によってコルドバは奪還され、大モスク「メスキータ」はキリスト教聖堂へ改修されるなど、キリスト教文化が浸透していきました。歴史地区では、それぞれの宗教文化の痕跡が今も残されています。その他にも、フェルディナント王子とイサベル女王が居城とした「カトリック両王のアルカサル」や、キリスト教支配の初期に築かれた「カラオーラの塔」など、レコンキスタを象徴する建築物も見ることができます。
サラマンカの旧市街
Old City of Salamanca
スペイン西部に位置するサラマンカは、2,000年以上の歴史をもつ都市であり、イベリア半島でも有数の文化遺産が存在します。街の南西を流れるトルメス川に架かる古代ローマ時代の橋をはじめ、12世紀に完成したロマネスク様式の旧大聖堂やサン・マルコス教会、16世紀完成のサリナ宮殿やモンテレイ宮殿などがその歴史を物語っています。特に18世紀に完成したマヨール広場は、スペインで最も壮麗なバロック様式の広場と謳われています。旧市街とその周辺には、ロマネスク様式からゴシック、ルネサンス、バロックに至るまでの宗教建築が点在し、都市全体が歴史的景観を形成しています。また、旧市街の建造物の多くは微少の酸化鉄を含んでおり、その影響で陽光を受けると旧市街全体が金色に輝いて見えることから、「ラ・ドラーダ(黄金都市)」の異名でも知られています。
サン・サヴァン・シュール・ガルタンプの修道院教会
Abbey Church of Saint-Savin sur Gartempe
フランス西部、現在のヌーヴェル・アキテーヌ地域圏に位置するサン・サヴァン・シュール・ガルタンプの修道院教会は、11世紀末から12世紀初頭にかけて制作された大規模な壁画装飾で知られています。修道院の起源については、伝承によるとカロリング朝のカール大帝の時代に遡り、西方修道制の改革者として知られるアニアヌのベネディクトゥスによって創建、あるいは再興されたと伝わります。9世紀ごろには修道院の勢力は拡大し、地域のキリスト教化において重要な役割を果たす存在となりました。現在見られるロマネスク様式の教会は11世紀に再建されたもので、宗教戦争後の17世紀後半には修道院の大規模な再建プロジェクトが実施されました。この修道院教会の名声は、とりわけ11世紀末から12世紀初頭にかけて制作された、壁画装飾によって確立されたものと言えるでしょう。
サン・ジミニャーノの歴史地区
Historic Centre of San Gimignano
サンタ・マリア・デ・グアダルーペ王立修道院
Royal Monastery of Santa María de Guadalupe
スペイン西部、山々に囲まれた渓谷を見下ろす美しい街グアダルーペにある『サンタ・マリア・デ・グアダルーペ王立修道院』は、スペインにおけるマリア信仰の中心地です。ここには、聖人ルカが1世紀に彫ったとされる黒い木彫りの聖母像(マリア像)が祀られています。8世紀、イスラム勢力から逃れたキリスト教徒が水辺に聖母像を隠しました。13世紀後半に聖母像が発見されると、その場所に教会が建てられます。一連の噂は時のカスティーリャ王アルフォンソ11世の耳に届き、この地へ訪れると教会は拡張されました。その後も4世紀にわたって増改築が繰り返され、現在ではムデハル様式、ゴシック様式の回廊を含む、多種多様な建築様式を持つ8つの主要建造物が王立修道院を構成しています。
サンティアゴ・デ・コンポステーラ(旧市街)
Santiago de Compostela (Old Town)
スペイン北西部、ガリシア地方の都市「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」はキリスト教三大巡礼地のひとつとして知られています。この地はかつて8〜10世紀に栄華を誇ったアストゥリアス王国の領土でした。イエス・キリストの愛弟子であるサンティアゴ(聖ヤコブのスペイン名)の遺骸が発見されたという噂から、9世紀初頭に当時の王アルフォンソ2世によって聖ヤコブをまつる聖堂が築かれます。この地はキリスト教において重要な巡礼地のひとつとなりますが、キリスト教徒とイスラム教徒との激しい争いの場にもなりました。997年にはアル・マンスールによって聖堂や市街が破壊されます。しかし、翌11世紀に街が再建されると、現在まで残る聖ヤコブの眠る聖堂が建造され、再びキリスト教の重要な巡礼地として名を馳せていきました。
シエナの歴史地区
Historic Centre of Siena
シギショアラの歴史地区
Historic Centre of Sighişoara
シギショアラ歴史地区は、ハンガリー王国の移民政策によって入植したドイツ人(トランシルヴァニア・ザクセン人)が築いた城塞都市です。ゴシック様式のニコラウス教会を宗教的中心地とし、トランシルヴァニア地方の重要都市として発展しました。ドイツ人の職人や商人によってギルドが形成され、城壁には「靴職人の塔」や「仕立屋の塔」といった、ギルドの名前を冠した塔が残っています。また、中央ヨーロッパの重要な商業的役割を担ったシギショアラは、「吸血鬼ドラキュラ」のモデルとなったヴラド3世の生家があることでも有名です。1676年の大火で焼失した後、バロック様式で再建された時計塔は街のシンボルであり、14世紀に建造されたものです。現在も最上階の展望デッキから歴史ある街並みを望むことができます。
司教座都市アルビ
Episcopal city of Albi
フランス南西部にある『アルビの旧市街』は、13世紀にキリスト教の異端とされたカタリ派(アルビジョワ派)の拠点の一つでした。当時、ヨーロッパでは十字軍運動が展開されており、フランス王フィリップ2世が、1209年に教皇庁の支持のもと、カタリ派を撃破するために「アルビジョワ十字軍」を結成しました。カタリとは「清純者」を意味し、ペルシア起源のマニ教の影響を受けた思想を持っていました。彼らは過激に教会制度を批判したため、異端とみなされたのです。カタリ派は1229年のルイ9世の時に殲滅させられてしまい、この地はカトリック教会が支配する司教座都市となりました。司教座都市とは、キリスト教の大司教や司教が置かれた都市のことであり、宗教・政治的に重要な地位を占めました。
シャルトルの大聖堂
Chartres Cathedral
シャルトル大聖堂は、13世紀初頭の宗教建築の中でも最も完全で、中世西ヨーロッパで最も人気のあった聖母マリアへの巡礼地として知られています。その建築と装飾の統一性、フランスを代表するゴシック建築であること、中世キリスト教美術に及ぼした巨大な影響により、シャルトル大聖堂は中世建築史における重要なランドマークとして位置づけられています。特に、12世紀と13世紀の際立ったステンドグラス群、記念碑的な彫刻は、シャルトル大聖堂をゴシック美術の中でも最も素晴らしく、最も保存状態の良い例の一つとしています。シャルトル大聖堂は1210年から1250年にかけて製作されたステンドグラスの窓の統一された装飾をほぼ完全に保存しています。これに加えて、王室の玄関の上に12世紀の3つのステンドグラスの窓、そして13世紀の3つのファサードに施された大きなバラ窓があります。これら3つのファサードの大きなバラ窓はそれぞれ西側が「最後の審判」、北側が「聖母の栄光」、そして南側が「キリストの栄光」と呼ばれています。
シュトラールズントおよびヴィスマールの歴史地区
Historic Centres of Stralsund and Wismar
シュトラールズントとヴィスマールは、ともに13世紀に築かれたバルト海沿岸の都市で、13世紀から15世紀にかけてはハンザ同盟の重要な役割を果たす都市として発展しました。1618年から1648年にかけて戦われた三十年戦争の講和条約であるヴェストファーレン条約によってともにスウェーデン領となった後は、スウェーデンにおける主要な行政・防衛の拠点となりました。このような経緯から、この地域の建築物は、バルト海沿岸のハンザ都市の特徴であるレンガ建築技術の伝統を伝えつつ、スウェーデン時代の軍事上における建築技術の発展の痕跡も残すという特徴を持っています。特に主要な教区教会やシュトラールズントの市庁舎、ディーレンハウスなどの商業建築には、建築技術と都市形態の発展の証拠が見られます。
植民都市サント・ドミンゴ
Colonial City of Santo Domingo
カリブ海に浮かぶ島国ドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴは、1492年にクリストファー・コロンブスが到着してから、新大陸最古のスペイン植民地政策の活動拠点となった都市です。都市は1498年にコロンブスの弟バーソロミュー・コロンブスによって築かれました。マヨール広場を中心に格子状に街路が交わる配置は、その後の新世界における都市計画に影響を与えました。代表的な建築物には、16世紀初めに完成した新大陸最古の病院サン・ニコラス・デ・パリ病院があります。新大陸最古の大聖堂であるサンタ・マリア・ラ・メノール大聖堂はゴシック様式とルネサンス様式の特徴を併せ持っています。コロンブスの遺骨を納めた棺が安置されていましたが、1992年にコロンブス記念灯台に移されました。
シントラの文化的景観
Cultural Landscape of Sintra
ストラスブール:グラン・ディルからヌースタットのヨーロッパの都市景観
Strasbourg, Grande-Île and Neustadt
スプリトのディオクレティアヌス帝の宮殿と歴史的建造物群
Historical Complex of Split with the Palace of Diocletian
セゴビアの旧市街とローマ水道橋
Old Town of Segovia and its Aqueduct
スペインの中心部、カスティーリャ・イ・レオン州にあるセゴビアは、エレスマ川とクラモレス川の2つの川に挟まれた地形を有効活用した要塞都市です。紀元前80年にはローマ帝国の支配下に入ったこの地は、ローマ帝国の重要拠点であり、イベリア半島の交通の要所でした。ローマ人が築いた水道橋は128本の柱が支える2層アーチで構成され、全長813m、最高部の高さ28.5mの規模を誇ります。ローマ水道橋は西暦50年頃に建設されたと考えられていますが保存状態も良好で、歴史的なセゴビアの街並みから切り離すことのできない街のシンボルとなっています。12世紀には、カスティーリャ王国のアルフォンソ6世によって、ローマ時代に要塞として建造された建物をアルカサル(王宮)へ改築します。また、1525年に建設が始まったカテドラル(司教座大聖堂)は完成までに約200年以上の歳月を要しました。