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アルルのローマ遺跡とロマネスク建築
Arles, Roman and Romanesque Monuments
フランス南部のプロヴァンス地方に位置するアルルは、ローヌ川のデルタ地帯の始まり場所とされ、旧市街のすぐ脇をローヌ川が流れています。この地中海からも近いアルルが重要な都市となったのは、古代ローマが紀元前123年にこの地を占領して都市の整備を行ってからです。前104年には地中海につながる運河が築かれたほか、紀元前90年頃から円形闘技場やローマ劇場、地下回廊なども築かれ、軍事と貿易の両方で重要な拠点として都市が拡大しました。世界遺産には、こうした古代とロマネスクの時代から受け継がれてきた建造物や街並み、街路などの構造が中世ヨーロッパにうまく適応していったことが評価され、旧市街の街並みがエリアで登録されました。
ヴェズレーの教会と丘
Vézelay, Church and Hill
ヴェローナの市街
City of Verona
エヴォラの歴史地区
Historic Centre of Évora
王立展示館とカールトン庭園
Royal Exhibition Building and Carlton Gardens
ギマランイスの歴史地区とコウルス地区
Historic Centre of Guimarães and Couros Zone
ポルトガル北西部の古都ギマランイスは、「国家発祥の地」と称されています。ここは、1143年に成立したポルトガル王国の初代国王アフォンソ1世の出生地であり、国民的アイデンティティと言語が確立した時代に深く関わる場所です。旧市街には、ギマランイス城やブラガンサ公爵館など、同国の歴史を象徴する建造物が保存されています。ゴシック様式やマヌエル様式など、さまざまな時代の建築様式が混在するノッサ・セニョーラ・ダ・オリヴェイラ教会は、10世紀に設立された修道院を前身としています。この修道院を守るために建てられた要塞は、後のギマランイス城となりました。また、ギマランイスで中世に開発された花崗岩と木を組み合わせたユニークな建築様式は、アフリカや当時植民地であったブラジルにも伝わりました。2023年には、皮革産業が多く営まれたコウルス地区まで登録範囲が拡大しました。
クラクフの歴史地区
Historic Centre of Kraków
コソボの中世建造物群
Medieval Monuments in Kosovo
サラマンカの旧市街
Old City of Salamanca
スペイン西部に位置するサラマンカは、2,000年以上の歴史をもつ都市であり、イベリア半島でも有数の文化遺産が存在します。街の南西を流れるトルメス川に架かる古代ローマ時代の橋をはじめ、12世紀に完成したロマネスク様式の旧大聖堂やサン・マルコス教会、16世紀完成のサリナ宮殿やモンテレイ宮殿などがその歴史を物語っています。特に18世紀に完成したマヨール広場は、スペインで最も壮麗なバロック様式の広場と謳われています。旧市街とその周辺には、ロマネスク様式からゴシック、ルネサンス、バロックに至るまでの宗教建築が点在し、都市全体が歴史的景観を形成しています。また、旧市街の建造物の多くは微少の酸化鉄を含んでおり、その影響で陽光を受けると旧市街全体が金色に輝いて見えることから、「ラ・ドラーダ(黄金都市)」の異名でも知られています。
サン・サヴァン・シュール・ガルタンプの修道院教会
Abbey Church of Saint-Savin sur Gartempe
フランス西部、現在のヌーヴェル・アキテーヌ地域圏に位置するサン・サヴァン・シュール・ガルタンプの修道院教会は、11世紀末から12世紀初頭にかけて制作された大規模な壁画装飾で知られています。修道院の起源については、伝承によるとカロリング朝のカール大帝の時代に遡り、西方修道制の改革者として知られるアニアヌのベネディクトゥスによって創建、あるいは再興されたと伝わります。9世紀ごろには修道院の勢力は拡大し、地域のキリスト教化において重要な役割を果たす存在となりました。現在見られるロマネスク様式の教会は11世紀に再建されたもので、宗教戦争後の17世紀後半には修道院の大規模な再建プロジェクトが実施されました。この修道院教会の名声は、とりわけ11世紀末から12世紀初頭にかけて制作された、壁画装飾によって確立されたものと言えるでしょう。
サン・ジミニャーノの歴史地区
Historic Centre of San Gimignano
サンティアゴ・デ・コンポステーラ(旧市街)
Santiago de Compostela (Old Town)
スペイン北西部、ガリシア地方の都市「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」はキリスト教三大巡礼地のひとつとして知られています。この地はかつて8〜10世紀に栄華を誇ったアストゥリアス王国の領土でした。イエス・キリストの愛弟子であるサンティアゴ(聖ヤコブのスペイン名)の遺骸が発見されたという噂から、9世紀初頭に当時の王アルフォンソ2世によって聖ヤコブをまつる聖堂が築かれます。この地はキリスト教において重要な巡礼地のひとつとなりますが、キリスト教徒とイスラム教徒との激しい争いの場にもなりました。997年にはアル・マンスールによって聖堂や市街が破壊されます。しかし、翌11世紀に街が再建されると、現在まで残る聖ヤコブの眠る聖堂が建造され、再びキリスト教の重要な巡礼地として名を馳せていきました。
サン・ミリャン・ユソとスソの修道院群
San Millán Yuso and Suso Monasteries
シエナの歴史地区
Historic Centre of Siena
シュパイアの大聖堂
Speyer Cathedral
シュパイアの大聖堂は、ドイツ南西部に位置する4つの塔と2つのドームを持つバシリカ様式の建物で、1030年にコンラート2世によって平天井のバシリカとして創建されました。その後、1077年に教皇との和解を果たしたハインリヒ4世によって再建され、ヨーロッパ初かつ最大のヴォールトを持つ教会建築となりました。また、この大聖堂は約300年間、ドイツ皇帝たちの埋葬地でもありました。シュパイアの大聖堂は、その歴史的、芸術的、建築的な重要性において、ヨーロッパのロマネスク建築を代表しています。大聖堂はヒルデスハイムの聖ミカエル教会の基本レイアウトを取り入れており、ラインラント全体で一般的に採用された設計の完成形とされており、東西ブロックのバランスと、本堂と翼廊を囲む塔の対称的で独特な配置が特徴です。ハインリヒ4世のもとで改装と拡張が行われ、大聖堂は建物全体を囲むギャラリーを最初に持つ構造として知られています。これらの改修中に追加されたアーケードシステムも、建築史上初のものでした。
スタリ・ラスの遺跡とソポチャニの修道院
Stari Ras and Sopoćani
ストゥデニツァ修道院
Studenica Monastery
ストラスブール:グラン・ディルからヌースタットのヨーロッパの都市景観
Strasbourg, Grande-Île and Neustadt
ダラム城と大聖堂
Durham Castle and Cathedral
ドゥブロヴニクの旧市街
Old City of Dubrovnik
クロアチア南部のアドリア海に面するドゥブロヴニクは、7世紀初頭から地中海交易の拠点として繁栄した自治都市です。かつてイギリスの劇作家バーナード・ショーが「ドゥブロヴニクを見ずして天国を語るなかれ」と称していたように、まるで天国のような景観のドゥブロヴニクは、1979年と、かなり早い段階で世界遺産に登録されました。ところが、ユーゴスラヴィア内戦が1991年に勃発すると、同年10月に最初の砲弾が落とされて、なんと建物の7割が損壊しました。市民たちは「世界遺産の街は攻撃しないだろう」という期待をしていたようですから、これは非常に衝撃的な出来事です。その結果、ドゥブロヴニクは危機遺産に登録されたのですが、内戦が終了すると、復旧工事が進み、1998年に危機遺産リストから削除され、復活を遂げました。
トゥルネーのノートル・ダム大聖堂
Notre-Dame Cathedral in Tournai
トリーアのローマ遺跡、聖ペトロ大聖堂と聖母聖堂
Roman Monuments, Cathedral of St Peter and Church of Our Lady in Trier
ドイツ西部、モーゼル川沿いに位置するトリーアは、1世紀にローマのアウグスティヌス帝が建設した植民都市を起源とし、次の世紀の初めには大きな交易都市として発展しました。3世紀末にはテトラルキア(四分統治)の首都の一つとなり、「第二のローマ」と呼ばれました。アルプス以北で、これほど多くの重要なローマ建築物やローマ時代の遺構が集中して残されている場所は他になく、その規模と質は、ローマ文明の卓越した証拠です。後期古典時代には、トリーアはローマ帝国最大級の都市の一つであり、ガリア、ゲルマニア、ブリタニア、ヒスパニアの長官府が置かれ、ディオクレティアヌス帝の改革後には西方帝国の副帝(カエサル)の座所となりました。
ナウムブルクの大聖堂
Naumburg Cathedral
ノール=パ・ドゥ・カレの鉱山地帯
Nord-Pas de Calais Mining Basin
ヨーロッパ随一の農業国の印象があるフランスですが、工業の分野でも発展している地帯があります。フランス北端にある『ノール=パ・ドゥ・カレの鉱山地帯』はフランス屈指の工業地帯であり、1,200㎢の中になんと109もの構成資産が存在しています。カレ地方は百年戦争でイギリスに約200年近く占領されたことでも有名です。この地で石炭の層が発見されたのは17世紀。イギリスやベルギーが産業革命を迎え、19世紀半ばにフランスも産業革命を迎えると、この地域の石炭や鉄鉱石の重要度が急激に高まりました。1850年代にはフランスで最も重要な鉱山地帯となり、坑道や石炭輸出のインフラに加えて、労働者が暮らす住宅やコミュニティ施設も次々に作られていきました。現在は閉山しているものの、20世紀後半まで現役であったため、150年近くにわたって機能してきた炭鉱都市の姿を今でもうかがえるのが貴重です。
ハンザ都市ヴィスビー
Hanseatic Town of Visby
バルト海に浮かぶゴットランド島の中心にある都市ヴィスビーは古くはバイキングの拠点でした。12世紀になるとドイツ商人が住みついたことで交易地として発展し、ハンザ同盟の主要な拠点となります。旧市街を取り囲む全長3.5km、高さ最高10mの城壁は13世紀にドイツ商人が自衛のために築いたものです。多くの建物は16世紀にライバル関係であったリューベックによって破壊されますが、この城壁は残っています。中世のヴィスビーにはスウェーデンの他のどの町よりも多くの教会があり、ロマネスク様式とゴシック様式の特徴を持つ17の聖堂がありました。しかし、16世紀の宗教改革によってそのほとんどが破壊され、現存するのは1225年に建造された聖母マリア大聖堂のみとなっています。
パンノンハルマの千年の歴史をもつベネディクト会修道院と周辺の自然環境
Millenary Benedictine Abbey of Pannonhalma and its Natural Environment
ピサのドゥオーモ広場
Piazza del Duomo, Pisa
ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミヒャエル聖堂
St Mary's Cathedral and St Michael's Church at Hildesheim
フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路
Routes of Santiago de Compostela in France
ベルギーとフランスの鐘楼群
Belfries of Belgium and France