World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(iii))

レッド・フォート建造物群

Red Fort Complex
レッド・フォート建造物群
ムガル帝国を大国へと導いた皇帝アクバルの孫であり、同帝国の最盛期を築いた5代皇帝シャー・ジャハーンは、世界遺産『タージ・マハル』の建造者として広く知られています。しかし彼の建築への情熱はそれだけにとどまらず、生涯に数々の壮麗な建造物を残しました。その一つが、デリーにあるレッド・フォート(ヒンディー語で「ラール・キラー」)です。レッド・フォートは、シャー・ジャハーンが17世紀半ばに都をアーグラからシャージャハナバード(現在のデリー)へ移した際に築いた居城で、赤い砂岩の城壁が特徴的です。また、隣接する16世紀建造の城塞サリームガルとともに世界遺産に登録され、シャー・ジャハーンの建築美学とムガル帝国の栄華を象徴する重要な遺構となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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レッド・ベイのバスク人捕鯨基地

Red Bay Basque Whaling Station
レッド・ベイのバスク人捕鯨基地
カナダ北東部、ベルアイル海峡沿岸に位置するレッド・ベイは、16世紀にバスク人船乗りたちの北極海航海の基地として栄えました。1530年代に基地を設立した人々はここをグラン・ベイヤと呼び、夏の沿岸捕鯨や捕獲した鯨の解体、鯨の脂肪を絞って油を精製・貯蔵をするための拠点として利用。やがて鯨油の主要な供給地となり、輸出された鯨油は主に灯火用としてヨーロッパで販売されるようになりました。基地は、地元の鯨の個体数が激減するまで約70年間、使用されました。
地域: 北米 / 国名: カナダ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (iii)(iv)
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レプティス・マグナの考古遺跡

Archaeological Site of Leptis Magna
レプティス・マグナの考古遺跡
レプティス・マグナは、紀元前10世紀にフェニキア人が築いた古代植民都市レプティスを起源としています。海洋国家カルタゴの衛星都市として発展し、後にローマ支配下では商業・港湾都市として繁栄を極めました。同名の別都市と区別するため、「マグナ(偉大な)」という形容詞を冠したとされています。紀元前146年の第3次ポエニ戦争によるカルタゴの滅亡後、ローマ人の入植が進むと、アウグストゥス帝の時代以降多くのローマ式建築物が建てられ、ハドリアヌス帝の時代には大公共浴場が建設されました。この地出身の皇帝セプティミウス・セウェルスは地中海の海上輸送網を整備し、街はローマの都に匹敵する巨大都市へ成長して、黄金期を迎えました。
地域: アフリカ / 国名: リビア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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レンゴン渓谷の考古遺跡

Archaeological Heritage of the Lenggong Valley
レンゴン渓谷の考古遺跡
マレー半島北西部にあるレンゴン渓谷・ペラ川流域には、200万年近くにわたる歴史をもった遺跡群があります。初期人類が居住していたことを示す記録という点で、アフリカ大陸以外で最古の遺跡の一つであり、その期間もまた世界最長級です。本遺産は2つの集落の4つの遺跡から成っています。旧石器時代から新石器時代、そして青銅器時代の考古遺物が出土しており、比較的大規模で、半定住生活を送る集団が存在していたことを示唆しています。野外や洞窟遺跡からは旧石器時代の作業場跡も見つかっており、人類が道具を製造していたことを示す証拠が残っています。
地域: 東・東南アジア / 国名: マレーシア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ローマ帝国の境界線

Frontiers of the Roman Empire
ローマ帝国の境界線
歴史上最も広大な領地を治めた帝国のひとつであるローマ帝国は、「リーメス」と呼ばれる防衛網によって、帝国の国境線を防御してきました。その防衛網は、西は大西洋沿岸から東は黒海に至り、北はスコットランド中部、南はサハラ砂漠の北縁に至り、総延長は5,000kmを超えていました。これらのリーメスの大部分は、帝国が最大版図を築いた2世紀に主に構築されました。リーメスの遺跡はヨーロッパ各地に残されていますが、そのうち帝国北西部に位置したイギリス北部の「ハドリアヌスの長城」と「アントニヌスの長城」、およびドイツに残るリーメスが『ローマ帝国の境界線』として世界遺産に登録されています。なお、「ローマ帝国の境界線」という括りとしては、オーストリア、ドイツ、スロバキアにまたがる「ドナウのリーメス(西側部分)」と、オランダとドイツ間に広がる「低地ゲルマニアのリーメス」、ルーマニアの「ダキア」がそれぞれ別の世界遺産として登録されています。
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ローマ帝国の境界線:ダキア

Frontiers of the Roman Empire – Dacia
ローマ帝国の境界線:ダキア
『ローマ帝国の境界線:ダキア』は、ルーマニアに残るローマ帝国の国境線(リーメス)の遺産です。ルーマニアのカルパティア山脈から黒海西方にかけての地域には、ダキア人と呼ばれる人々が暮らしていましたが、ローマ帝国との2度の戦争を経てダキアは征服されました。106年から271年まで、ダキアの国境線はローマの支配下に置かれ、ドナウ川以北に位置する唯一のローマ属州となりました。ダキアの国境線は、ドナウ川下流域から、カルパティア山脈の内縁に沿うように敷設されました。ヨーロッパにおけるローマ帝国の国境線の中で最長かつ最も複雑な区間でもあります。周辺の部族から帝国を守り、「貴重な金と塩資源」へのアクセスを提供する重大な役割も有していました。世界遺産には、1,000kmを越える国境線に沿って立つ277の要素で構成されています。要塞や土塁、監視塔、仮設野営地、民間人の居住地などの構成資産から形成されます。北方国境の強化のためローマ帝国の権力が最大限に広がった証拠といえます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ルーマニア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ローマ帝国の境界線:低地ゲルマニアのリーメス

Frontiers of the Roman Empire – The Lower German Limes
ローマ帝国の境界線:低地ゲルマニアのリーメス
オランダとドイツに跨る「ローマ帝国の境界線」の遺産で2021年に新規登録されました。ライン川下流に沿った約400㎞の防衛線で、ローマ帝国がゲルマン民族の侵攻から守るために築いた防壁です。102の構成遺産からなり、要塞や、砦、宿営地、市民の集落や街、円形劇場、宮殿なども含まれています。遺跡のほとんどは土に埋もれていますが、軍事拠点はローマ帝国の直線的防衛の始まりであり、紀元前2世紀には3つの大陸に跨る防衛線システムへと発展することとなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国, ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ローマ帝国の境界線:ドナウのリーメス(西側部分)

Frontiers of the Roman Empire – The Danube Limes (Western Segment)
ローマ帝国の境界線:ドナウのリーメス(西側部分)
2021年に登録された「ローマ帝国の境界線:ドナウのリーメス(西側部分)」はドイツ、オーストリア、スロバキアの3カ国にまたがる遺産です。400年以上利用された要塞や砦、土塁などの77の構成遺産がドナウ川に沿って約600㎞にわたって続いています。
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ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂

Historic Centre of Rome, the Properties of the Holy See in that City Enjoying Extraterritorial Rights and San Paolo Fuori le Mura
ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂
ローマは、「ローマの七丘」のひとつパラティーノの丘で紀元前753年に建国されたと伝わります。その後、共和制を経て、地中海沿岸から西アジア、グレートブリテン島南部までを支配する大帝国となりました。しかし、拡大しすぎた繁栄はやはり終わりを迎えます。395年にローマ帝国が東西に分割すると次第に都市としてのローマの重要性は薄れていきました。再び脚光を浴びるのはローマ教皇領としてルネサンスの中心地のひとつとなってからのことです。強大な力をもつ教皇の下、ミケランジェロなどの芸術家が活躍し、芸術の都として教皇の威光を示しました。世界遺産には、教皇ウルバヌス8世が築いた城壁の内部と、唯一城壁の外にあるサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂を含む、サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ聖堂の3つのヴァティカン市国直轄の聖堂も含まれています。
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廬山国立公園

Lushan National Park
廬山国立公園
長江中流域の南岸に位置する、標高1,474mの漢陽峰を中心に171もの峰々、森林、湖、 断崖絶壁などが至るところに見られる景勝地です。秦の始皇帝など歴代皇帝が訪れた他、李白や杜甫、百居易(白楽天)など中国を代表する詩人たちがこの地で多くの山水詩を詠みました。後漢時代にいち早く仏教寺院が開かれた場所でもあり、4世紀後半に創建され、来日前の鑑真も訪れたという東林寺は浄土教発祥の地です。また中国古代の最高学府のひとつ・白鹿洞(はくろくどう)書院は朱子学を興した朱熹が再建しました。20世紀前半には中国共産党高官の山荘が多く建てられ、毛沢東はここで「廬山会議」を開きました。廬山会議とは中国共産党が大躍進政策の継続を決めた会議のことです。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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ロシア・モンタナの鉱山景観

Roșia Montană Mining Landscape
ロシア・モンタナの鉱山景観
ロシア・モンタナの鉱山景観は、ルーマニアのアプセニ山脈に位置し、2,000年近くにわたるヨーロッパで最も重要かつ広範囲な地下金採掘活動の傑出した例です。この地での採掘は、西暦106年に始まり、166年間にわたりローマ人によって約500tの金が抽出されました。この場所はアルブルヌス・マヨルとして知られ、ローマ帝国にとって唯一の新たな金銀の供給源であり、トラヤヌス帝のダキア征服の動機の一つであった可能性が高いといわれています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ルーマニア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ロック・アイランドの南部ラグーン

Rock Islands Southern Lagoon
ロック・アイランドの南部ラグーン
パラオ最大の都市コロールのあるコロール島の南西に浮かぶ、サンゴ由来の石灰岩でできた445もの島々がロック・アイランドです。世界遺産の登録範囲だけで1,002㎢にも及び、広大な地域は385種類を超えるサンゴをはじめとして、13種のサメやエイ、7種の巨大な貝類、固有種のオウムガイなど様々な生物の生息地となっています。また、淡水、汽水、海水の様々な湖も特徴的で、タコクラゲの生息地として知られる「ジェリーフィッシュ・レイク」などの海水湖は固有種を含んだ多様な生態系を有しており、「自然の実験室」として科学的な研究にも寄与しています。
地域: オセアニア / 国名: パラオ共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (iii)(v)(vii)(ix)(x)
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ロペ-オカンダの生態系と残存する文化的景観

Ecosystem and Relict Cultural Landscape of Lopé-Okanda
ロペ-オカンダの生態系と残存する文化的景観
ここは、ガボン中央部の熱帯雨林とサバンナという異なる自然環境をあわせ持つ地域で、多様な動植物の生息地となっています。特に植物は最近の20年間で発見された40以上の種を含め計1,550種が確認されています。またここは、先史時代からの集落跡と多数の岩彫刻・岩絵が残されていることから複合遺産となっています。オゴウェ川沿いの一帯は先住民バンツー族などが、大西洋沿岸部と内陸部を結ぶ要所としてきた地といわれています。
地域: アフリカ / 国名: ガボン共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (iii)(iv)(ix)(x)
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ロベン島

Robben Island
ロベン島
南アフリカ南部、ケープタウンの沖合に浮かぶロベン島は、今でこそ島全体が博物館になり、観光客が日々訪れていますが、1991年までは監獄として使われていました。この島には、人種差別や人権抑圧に抵抗し、民主主義と自由のために闘った歴史を伝える建造物が残っています。周囲の海流が激しく、自力で脱出することは困難であったため、17世紀頃、オランダやイギリスの植民地時代から流刑地として使われていました。また、時代によって、ハンセン病患者の隔離施設や精神病院、さらには国防訓練基地としても用いられてきました。
地域: アフリカ / 国名: 南アフリカ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ロルシュの修道院遺跡

Abbey and Altenmünster of Lorsch
ロルシュの修道院遺跡
ドイツ中西部、ヘッセン州の小都市ロルシュにある修道院遺跡は、8世紀のカロリング朝時代に政治・文化の拠点として栄えた施設の名残です。修道院は764年頃にフランク人の貴族によって設立されましたが、その翌年の765年には聖ナザリウスの聖遺物(遺骨)がこの地にもたらされ、多くの巡礼者によって大いに栄えました。その後772年にはカール大帝の保護下に置かれることとなって以降は、王立修道院・帝国修道院として特権的な地位を与えられ,13世紀にその地位が失われるまで政治的、宗教的な中心地として繁栄しました。特に修道院の重要な施設であった写本室、図書室はその名声を高める拠点となり、現存する蔵書は世界中の73の図書館に伝えられています。修道院はまた、医学分野でも大きな貢献を果たしており、8世紀後半のロルシュ薬局方は、古典期以降で現存する最古の医学・薬学の写本として知られています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ロロペニの遺跡群

Ruins of Loropéni
ロロペニの遺跡群
ロロペニの遺跡群は、堂々たる石壁を持つ11,130㎡の広さの敷地を持ち、ロビ地域にある10の要塞の中で最も保存状態が良いものです。この要塞は、サハラ砂漠を横断する金取引の力を物語る100もの石造要塞群の一部になっています。近年の発掘調査により、ロロペニの石積みの囲いは少なくとも11世紀にまで遡ることが示されており、14世紀から17世紀に最盛期を迎え、集落のネットワークの重要な一部であったことが立証されました。これらは、金貿易によって生み出された独自の集落を示す類まれな証拠となっています。
地域: アフリカ / 国名: ブルキナファソ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2009年 / 登録基準: (iii)
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ワディ・ラム保護地域

Wadi Rum Protected Area
ワディ・ラム保護地域
ヨルダン南部のアカバの北側58㎞に位置する「ワディ・ラム保護地域」は、720平方㎞に及ぶ広大な砂漠地域です。1978年に同国の自然保護地域に指定され、細い谷や自然に形成された岩のアーチ、岸壁、洞窟など、捌く独自の景観美で知られています。百万年にわたる地質的な変化が作り上げたワディ・ラムは、T・E・ロレンス(通称「アラビアのロレンス」)の著作によって、美しい砂漠景観美のイメージが定着したと言えます。その後多くの人気映画のロケが行われていることも、その圧倒的な景観に拠るものです。
地域: 西・南アジア / 国名: ヨルダン・ハシェミット王国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (iii)(v)(vii)
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ンバンザ・コンゴ:旧コンゴ王国の首都遺跡

Mbanza Kongo, Vestiges of the Capital of the former Kingdom of Kongo
ンバンザ・コンゴ:旧コンゴ王国の首都遺跡
標高570mの高原に位置するンバンザ・コンゴは14から19世紀にかけての南アフリカ最大の都市であった旧コンゴ王国の首都でした。15世紀にポルトガル人が到来する以前の建築物や考古遺跡が残っており、ヨーロッパ入植以前の南アフリカの様子を知ることのできる場所の一つです。王家の墓地や王宮、聖樹などが残っています。ンバンザ・コンゴはポルトガル入植以前から旧コンゴ王国の政治的・宗教的な都市として既に発展していました。そのため15世紀にポルトガル人が初めてンバンザ・コンゴを訪れたときにポルトガルのエヴォラに匹敵するほど美しいと称されたと言われています。
地域: アフリカ / 国名: アンゴラ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (iii)(iv)
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