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テオティワカンの古代都市
Pre-Hispanic City of Teotihuacan
テサロニキの初期キリスト教とビザンツ様式の建造物群
Paleochristian and Byzantine Monuments of Thessalonika
ギリシャ北部の都市テサロニキが建設されたのは、紀元前315年のことです。テサロニキとは、アレクサンドロス大王の後継者とされるカッサンドロスの妻「テサロニケ」に由来します。マケドニアの王となった彼は、王妃の名をこの街に与えました。街は初期キリスト教が確立していくなかで、その布教の拠点となりました。また、その立地の良さから交通の要衝となり、ビザンツ帝国時代でも首都コンスタンティノープルに次ぐ第二の都市として繁栄しました。オスマン帝国の支配下(1430年~1912年)では、多くの教会がモスクへと転用され、イスラム教のモスクも新たに建設されました。1912年にギリシャ領となった後も、テサロニキはアテネに次ぐギリシャ第二の都市として、現在も繁栄を続けています。
デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国
Garden Kingdom of Dessau-Wörlitz
テトゥアンの旧市街(旧名ティタウィン)
Medina of Tétouan (formerly known as Titawin)
デリーのクトゥブ・ミナールとその関連施設
Qutb Minar and its Monuments, Delhi
デリーのフマユーン廟
Humayun's Tomb, Delhi
テル・アビーブの近代都市ホワイト・シティ
White City of Tel-Aviv – the Modern Movement
テルチの歴史地区
Historic Centre of Telč
デルフィの考古遺跡
Archaeological Site of Delphi
デルベントのシタデル、古代都市、要塞建築物群
Citadel, Ancient City and Fortress Buildings of Derbent
デロス島
Delos
テワカンとクイカトランの渓谷:メソアメリカの起源となる環境
Tehuacán-Cuicatlán Valley: originary habitat of Mesoamerica
伝説の都市トンブクトゥ
Timbuktu
ドーラヴィーラ:ハラッパーの都市
Dholavira: a Harappan City
「古代四大文明」のひとつ「インダス文明(別名ハラッパー文明)」の代表的遺跡です。インダス側流域には紀元前3000年頃から人々が住み始め「モヘンジョ・ダーロ」や「ハラッパー」などの都市ができましたが、紀元前2000年頃から徐々に衰退して紀元前1500年頃にはほぼ廃墟となりました。文明衰退の理由は、川筋の移動や気候変動などが推測されていますが定かではありません。ドーラヴィーラはインダス川本流から少し離れた、インド西部のカッチ湿原に浮かぶカディール島にあり、雨季には2つの川が出現し水に囲まれます。また出土する工芸品などから、メソポタミア文明との交流があったことが窺われ、ここは古代文明間の水運交易の中継地であったとも言われます。
ドゥブロヴニクの旧市街
Old City of Dubrovnik
クロアチア南部のアドリア海に面するドゥブロヴニクは、7世紀初頭から地中海交易の拠点として繁栄した自治都市です。かつてイギリスの劇作家バーナード・ショーが「ドゥブロヴニクを見ずして天国を語るなかれ」と称していたように、まるで天国のような景観のドゥブロヴニクは、1979年と、かなり早い段階で世界遺産に登録されました。ところが、ユーゴスラヴィア内戦が1991年に勃発すると、同年10月に最初の砲弾が落とされて、なんと建物の7割が損壊しました。市民たちは「世界遺産の街は攻撃しないだろう」という期待をしていたようですから、これは非常に衝撃的な出来事です。その結果、ドゥブロヴニクは危機遺産に登録されたのですが、内戦が終了すると、復旧工事が進み、1998年に危機遺産リストから削除され、復活を遂げました。
トゥルネーのノートル・ダム大聖堂
Notre-Dame Cathedral in Tournai
トスカーナのメディチ家の別荘と庭園
Medici Villas and Gardens in Tuscany
富岡製糸場と絹産業遺産群
Tomioka Silk Mill and Related Sites
トラコタルパンの歴史的建造物地区
Historic Monuments Zone of Tlacotalpan
トラムンタナ山脈の文化的景観
Cultural Landscape of the Serra de Tramuntana
地中海に浮かぶスペイン領マヨルカ島の北西岸に連なる険しい山岳地帯の急傾斜地には、段々畑のなかに村落や水車などの水利施設が点在する景観が広がっています。ここでは資源の乏しい環境下にもかかわらず数千年間にわたり農耕が行われてきており、特に10世紀からのイスラム支配の時代には、アラブ系の人々が得意とする地下水路カナートや用水路・貯水池などの技術が生かされ、オリーヴなどの栽培が発展しました。山の斜面に蜘蛛の巣のように張り巡らされた当時の集水・貯水と排水の高度な水利システムは現在も利用されています。13世紀末からのキリスト教勢力の支配の時代にもこれら水利施設は引き継がれて、加えて入植者のための水と土地の管理システムが構築され、さらに発展していきました。ここでは、地中海世界におけるイスラム世界とキリスト教世界の農業文化の交流の典型を見ることができます。
トリーアのローマ遺跡、聖ペトロ大聖堂と聖母聖堂
Roman Monuments, Cathedral of St Peter and Church of Our Lady in Trier
ドイツ西部、モーゼル川沿いに位置するトリーアは、1世紀にローマのアウグスティヌス帝が建設した植民都市を起源とし、次の世紀の初めには大きな交易都市として発展しました。3世紀末にはテトラルキア(四分統治)の首都の一つとなり、「第二のローマ」と呼ばれました。アルプス以北で、これほど多くの重要なローマ建築物やローマ時代の遺構が集中して残されている場所は他になく、その規模と質は、ローマ文明の卓越した証拠です。後期古典時代には、トリーアはローマ帝国最大級の都市の一つであり、ガリア、ゲルマニア、ブリタニア、ヒスパニアの長官府が置かれ、ディオクレティアヌス帝の改革後には西方帝国の副帝(カエサル)の座所となりました。
トリニダとロス・インヘニオス渓谷
Trinidad and the Valley de los Ingenios
キューバではスペイン人の入植とほぼ同時にサトウキビ栽培や製糖が始まりましたが、18世紀末に「砂糖革命」が起き、この産業は大規模産業へと発展します。その中心的な存在となったのがトリニダ近郊に広がる肥沃な盆地でした。ロス・インヘニオスとは「砂糖工場」という意味であり、まさしくこの渓谷に56もの砂糖工場が存在したと言われています。砂糖によって巨万の富を得た農園主の一部は、現在の首都であるハバナに豪華な邸宅を建て不在地主となるのですが、トリニダに残った農園主もそれに対抗するように、トリニダに豪華な宮殿を建てるようになりました。その結果、ブルネート邸やカンテロ邸のようなバロック様式の館が中心広場の周辺にいくつも並びました。
トリノのサヴォイア家の王宮と邸宅
Residences of the Royal House of Savoy
サヴォイア家の王宮と邸宅は、イタリア北部ピエモンテ州の州都であるトリノとその周辺に立地します。サヴォイア家は、11世紀初頭にフランス領内のアルプス地方に興った王家で、13~15世紀に北イタリアに領土を拡大しサヴォイア公国となりました。さらに、18世紀にサルディーニャ島を領有してサルディーニャ王国へと名を変え、イタリア統一運動を牽引し、統一後のイタリア王国の王家となりました。サヴォイア公国時代の1562年、サヴォイア公エマヌエーレ・フィリベルトは首都をトリノに移しました。支配者としての権力を誇示するため、大規模な王宮と邸宅群の建築を指示しました。そして、フィリベルトの後継者たちも建設を継続しました。
トリポリのラシード・カラーミー国際見本市会場
Rachid Karami International Fair-Tripoli
トルンの中世都市
Medieval Town of Toruń
トロオドス地方の壁画教会群
Painted Churches in the Troodos Region
キプロス島西部のトロオドス山脈南麓の丘陵地帯に残る11世紀から16世紀にかけて建造された10の教会が世界遺産に登録されています。キプロス島は7世紀から10世紀まではイスラム勢力に支配されていましたが、11世紀以降は西欧からの聖地回復の動きとともに十字軍の前線基地となりました。11世紀以降に建造されたこれらの教会は、石造りの土台の上に木造で建てられており、外見はとても素朴に見えます。しかし、内部は華麗なフレスコ画のイコンが壁一面に描かれており、これらは当時のビザンティン美術の傑作群と言えます。加えて、これらは約500年間に亘り描かれ続けてきましたので、各時代の多様な様式が見られ、ポストビザンツの宗教画の歴史を示す貴重な例ともなっています。
ドロットニングホルムの王領地
Royal Domain of Drottningholm
ストックホルムの西、メーラレン湖に浮かぶローヴェン島にある『ドロットニングホルムの王領地』は、17〜18世紀に建設されたスウェーデン王家の宮殿を含む建造物群です。「ドロットニングホルム」とは「王妃(女王)の小島」を意味し、その名の通り歴代のスウェーデン王妃と深いかかわりをもっています。この地には16世紀末に王妃カタリーナ・ヤーゲロニカのために建てられた夏の離宮が存在していましたが、後に焼失してしまいます。その後、1661年に王妃ヘドヴィーク・エレオノーラが建築家ニコデムス・テッシンに再建を依頼し、テッシンの息子に工事は引き継がれました。建設はおよそ100年にわたって続けられ、バロック様式の宮殿と庭園が完成しました。
トロンデック・クロンダイク
Tr’ondëk-Klondike
カナダ北西部のユーコン川流域には、先住民(ファースト・ネーションズ)のトロンデック・フェチン族(Tr’ondëk Hwëch’in)が数千年にわたり暮らしてきた故郷があります。ユーコン川は北米有数の大河で、その流域は亜寒帯の気候帯に位置します。夏は比較的暖かく冬は非常に寒冷で、豊かな自然環境が広がる土地でした。この地域では、サケやヘラジカ(ムース)、トナカイ(カリブー)などの動物が数多く生息し、トロンデック・フェチン族は狩猟や採集、交易を行い、資源を求めて1年を通じて小集団で移動する生活を営んでいました。季節ごとに資源が豊富な場所を選び、土地を枯渇させないようにするための先祖の知恵を受け継いで暮らしていました。なお、トロンデック・フェチン族の“Tr’o”はサケ漁用の仕掛けを川の河口に打ち込む石(ハンマーストーン)を意味し、“ndëk”は「川の河口」、“Hwëch’in” は「人々」を意味します。
敦煌の莫高窟
Mogao Caves
ナーランダ・マハーヴィハーラの遺跡群
Archaeological Site of Nalanda Mahavihara at Nalanda, Bihar