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アマルフィ海岸
Costiera Amalfitana
ソレントからサレルノに至る約30kmにわたる絶景の海岸線とその街並みが世界遺産に登録されています。この町は中世初期から漁村群にはじまり、そそり立つ岩壁に沿うように家屋や吊り橋、風の塔などが作られ、町として発展していきました。限られた平坦な土地にはワインになるブドウ畑やレモン畑が作られ、海岸線と町と相まった文化的景観も評価されています。アマルフィは、9世紀から11世紀にかけて海洋貿易によって繁栄した海洋国家でした。イスラムの国々とも貿易を通して交流し、家々が迷路のように路地や階段でつながった様子は、トルコのスークのよう。漁師の守り神・聖アンドレアに捧げられた「アマルフィ大聖堂」や、「聖アンドリュー大聖堂」は「アラブ・ノルマン」様式として知られる東洋と西洋の要素の融合が見て取れます。
アランフエスの文化的景観
Aranjuez Cultural Landscape
アル・アハサ・オアシス:進化する文化的景観
Al-Ahsa Oasis, an Evolving Cultural Landscape
アルト・ドウロのワイン生産地域
Alto Douro Wine Region
アンブヒマンガの丘の王領地
Royal Hill of Ambohimanga
マダガスカル島の首都アンタナナリボ郊外、標高1,468メートルにあるアンブヒマンガの丘は、かつて島を初めて統一したメリナ王国の都でした。二重の城壁と外堀に囲われた王領地には、14の石造りの門があります。歴代の王の墓地、聖なる池や林が点在し、マダガスカルの人々にとってのアイデンティティを象徴する場となっています。アンブヒマンガは、マダガスカル語で〝青く美しい丘〟という意味です。この遺産は、15世紀から19世紀にかけてマダガスカル中央高地で発展した文明や、そこに密接に関わる精神的伝統、さらには王や祖先崇拝などの習俗を今に伝えます。今日も多くのマダガスカル人にとって、畏敬の念を抱かせる神聖な場でありつづけています。
石見銀山遺跡とその文化的景観
Iwami Ginzan Silver Mine and its Cultural Landscape
ヴァッハウ渓谷の文化的景観
Wachau Cultural Landscape
ドイツ南部から中・東欧を抜けて黒海へと注ぐドナウ川の流域のうち、オーストリア北東部の都市メルクとクレムスの間に広がるヴァッハウ渓谷は、特に風光明媚なことで知られ、訪れる人に感動を与えてくれます。この地域の歴史は非常に古く、先史時代の遺物が数多く出土しており、ガルケンベルクでは約3万2,000年前の、ヴィレンドルフでは約2万6,000年前のものと推定される像が発見されています。その後の青銅器時代、鉄器時代を経て、ケルト人の王国ノリクムや、ローマ帝国の国境都市マウテルンが置かれるなど、歴史の舞台となりました。中世にはバーベンベルク家の支配下で町や修道院が発展し、11〜12世紀には現在の街の基礎が築かれました。ヴァッハウはドイツ叙事詩『ニーベルンゲンの歌』にも登場し、地域の歴史的重要性を物語っています。
ヴィルヘルムスヘーエ丘陵公園
Bergpark Wilhelmshöhe
ヴェガエイヤン:ヴェガ群島
Vegaøyan – The Vega Archipelago
エーランド島南部の農業景観
Agricultural Landscape of Southern Öland
スウェーデン南東部バルト海に浮かぶエーランド島の南部には、先史時代から現代に至るまで、人々が農業とともに生きたことを伝える景観が残っています。石灰岩質の痩せた土壌にもかかわらず約5,000年もの間、人々はこの島の地形に適応しながら暮らしてきました。現在見られる農業景観や地域社会には、鉄器時代にまで遡る土地利用・区分、地名といった独自の文化的伝統が残されています。また、青銅器時代や鉄器時代の墓所や、16~18世紀につくられた大小400基もの風車も残っています。島民は現在でも、何世代にも渡って耕されてきた土地を耕し、何千年と受け継いできた牧草地で家畜の放牧を行っています。この類稀な文化継承は「生きた農業景観」として将来世代へ受け継ぐ重要性を語っています。
普洱(プーアル)の景邁山古茶林の文化的景観
Cultural Landscape of Old Tea Forests of the Jingmai Mountain in Pu’er
中国南西部の雲南省普洱(プーアル)市にある景邁(けいまん)山は、普洱茶の原産地と考えられている場所です。10~14世紀頃にこの地へ移り住み、野生の茶樹を発見した少数民族の布朗族(プーラン族)と傣族(タイ族)は、自然林の一部の樹木と低木を間引きし、そこに茶樹を植える林下栽培という手法で茶の生産を行ってきました。古茶林は高木層、低木層、草本層の3つに分かれ、茶樹は主に低木層に生育します。森林の生態系を生かし、普洱茶の生育に理想的な環境をつくり出しました。また、布朗族と傣族がもつ茶祖信仰や伝統的な儀式は、千年以上にわたり古茶林の景観を維持するのに重要な役割を果たしてきました。布朗族と傣族は景邁山に定住し茶樹を発見して栽培を始めた先祖を「茶祖」として崇拝しており、毎年4月に茶祖に祈りを捧げる祭りがとり行われています。世界遺産には古茶林のほか、集落や防護林なども登録されています。
エルツ山地/クルシュネー山地鉱業地域
Erzgebirge/Krušnohoří Mining Region
オアハカの中部渓谷にあるヤグルとミトラの先史洞窟
Prehistoric Caves of Yagul and Mitla in the Central Valley of Oaxaca
オスン-オソボの聖林
Osun-Osogbo Sacred Grove
オリーヴとワインの土地-バッティールの丘:南エルサレムの文化的景観
Palestine: Land of Olives and Vines – Cultural Landscape of Southern Jerusalem, Battir
オルチア渓谷
Val d'Orcia
オルホン渓谷の文化的景観
Orkhon Valley Cultural Landscape
カディーシャ渓谷(聖なる谷)と神の杉の森(ホルシュ・アルツ・エルラブ)
Ouadi Qadisha (the Holy Valley) and the Forest of the Cedars of God (Horsh Arz el-Rab)
カルヴァリア・ゼブジドフスカ:マニエリスム様式の建築と公園に関連する景観と巡礼公園
Kalwaria Zebrzydowska: the Mannerist Architectural and Park Landscape Complex and Pilgrimage Park
紀伊山地の霊場と参詣道
Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range
キナリグ人の文化的景観と移牧の道「カッチ・ヨル」
Cultural Landscape of Khinalig People and “Köç Yolu” Transhumance Route
キューの王立植物園
Royal Botanic Gardens, Kew
キューバ南東部におけるコーヒー農園発祥地の景観
Archaeological Landscape of the First Coffee Plantations in the South-East of Cuba
キューバがスペインの植民地だった19世紀につくられた、初めてのコーヒー農園の跡です。世界遺産に登録された範囲は、東京23区の総面積の約1.3倍の814.75㎢にもおよびます。171のプランテーションからなる広大な敷地には、所有者の家、水道橋、製粉所、発酵タンク、乾燥小屋のほか、加工したコーヒー豆を市場に運ぶための道路なども含まれ、開拓当時のコーヒー生産と、農業技術を示す文化的景観が残されています。コーヒー農園は20世紀まで続けられましたが、他国の新しい生産の手法におされ、やがてキューバでの生産は衰退していきました。現在は、農園のオーナーの屋敷跡や農園跡地が点在しています。19世紀に本格化したコーヒー農園の経営は、原生林を開拓した当時の農業形態を今に伝える世界で唯一の遺構とされています。
クジャター・グリーンランド:氷冠周縁部におけるノース人とイヌイットの農業地域
Kujataa Greenland: Norse and Inuit Farming at the Edge of the Ice Cap
クタマク:バタマリバ人の土地
Koutammakou, the Land of the Batammariba
トーゴ北東部とベナンにまたがるクタマクには、バタマリバと呼ばれる人々が暮らしており、彼らの独特な泥で作られた塔の家々は「タキエンタ」(複数形では「シキエン」)と呼ばれています。ここでは、自然は社会の儀式や信念と深く結びついており、塔状の家々の建築が社会構造を反映していること、農地や森林、そして人々と風景の結びつきにより、特別なものとなっています。建物は村単位でまとまっており、儀式のための空間、泉、聖なる岩、そして成人の儀式のための特別な場所も含まれています。クタマクは、自然環境と調和しながら生活する人々の土地利用の卓越した例で、この文化的景観は、独特な特徴を持っています。タキエンタは、技術的・実用的・象徴的な役割を果たす基本的な家族住居で、住居スタイルは、円形や楕円形の形状を基にしており、「大地を形作る人々」を意味するディタマリ語のバタマリバによる独創的な発明です。
クラドルビ・ナド・ラベムにある式典馬車用の馬の繁殖・訓練地の景観
Landscape for Breeding and Training of Ceremonial Carriage Horses at Kladruby nad Labem
グラン・プレの景観
Landscape of Grand Pré
ここはカナダ東部ノヴァスコシア州のミナス湾の湿原帯と考古遺跡群で、広さは13㎢以上あります。ここには17世紀にフランス系入植者(アカディア人)が環境に適応して農地開発を進めてきた歴史が残されています。彼らは世界で最も干満差が激しい(平均11.6m)といわれるこの地に、堤防や木製水門システム(アボトー)を用いて広大な干拓農地をつくり出しました。さらに、その土地区画の方法や作物栽培法は何世紀にもわたって受け継がれ、彼らの生活様式の跡と合わせて、きわめて重要な考古学的遺跡ともなっています。アカディア人は1755年のグラン・デランジュマンと呼ばれる出来事でこの地を追放されてしまいましたが、彼らの入植と農地開発の象徴的な風景が残されています。
クルスキー砂洲
Curonian Spit
クルスキー砂洲は、リトアニアのクライペダ地方とロシアのカリーニングラード地方にまたがる、幅0.4~4㎞、長さ98㎞の細長い砂洲です。バルト海からの風と潮が砂を運び、約5,000年前に形成されたといわれています。日本三景の一つ、天橋立と同じような形状を持ちますが、比較してみるとその規模は20倍以上もあります。砂洲の大半は森林で、人々は先史時代からこの地域に暮らしてきました。風や波による浸食を防ぐため、19世紀以降に植林などの取り組みが行われ、人間と自然が共存する文化的景観として評価されています。この遺産はリトアニアとロシアの国境をまたぐトランスバウンダリー・サイトで、リトアニア側にはヨーロッパ最大級の「ニダ砂丘」があることでも知られています。
ケノゼロ湖の文化的景観
Cultural Landscape of Kenozero Lake
ケブラーダ・デ・ウマウアカ
Quebrada de Humahuaca
アルゼンチン北西端、アンデス山脈上に位置する「ケブラーダ・デ・ウマウアカ」は、グランデ川の浸食作用によって形成された、南北に約155kmにわたる渓谷です。アンデス高地の寒冷な高地砂漠高原から、温暖で湿潤な気候をもつフフイ渓谷まで広がるこの地には、1万年以上にわたり交易路として渓谷が利用されてきたことを示す遺跡が点在しています。 これらの遺跡には、先史時代の狩猟採集民および初期農耕社会(紀元前9000〜後400年)、大規模に組織化された農業社会(400〜900年)、繁栄した町や村(900〜1430年または1480年)、インカ帝国時代(1430年または1480〜1535年)、さらにはスペインによる町や村、教会(1535〜1810年)、アルゼンチン独立闘争(1810年〜20世紀)の痕跡が含まれています。