World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(i)(vi))

イエン・トゥー-ヴィン・ニィエム-コン・ソンおよびキエップバックの記念碑と景観の関連遺産群

Yen Tu-Vinh Nghiem-Con Son, Kiep Bac Complex of Monuments and Landscapes
イエン・トゥー-ヴィン・ニィエム-コン・ソンおよびキエップバックの記念碑と景観の関連遺産群
2025年7月の第47回世界遺産委員会で新しく登録が決まった世界遺産です。この遺産は、森林に覆われた山、低地、川の谷にまたがる 12 の場所で構成されています。イェントゥ山脈を中心に、13世紀から14世紀にかけて陳朝(チャンちょう)の本拠地であり、大越国(ダイベト王朝)を形作ったベトナム独自の禅の宗派であるチュックラム禅宗の発祥の地でした。この複合施設には、仏塔、寺院、神社、宗教的および歴史上の人物に関連する考古学的遺跡が含まれています。地質学的に有利な環境に戦略的に位置していて、活気に満ちた巡礼地でもあり続けています。
地域: 東・東南アジア / 国名: ベトナム社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (iii)(vi)
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イスタンブルの歴史地区

Historic Areas of Istanbul
イスタンブルの歴史地区
トルコ北西部のイスタンブルは、アナトリア半島、バルカン半島、黒海、地中海の間に位置し、ヨーロッパとアジアを隔てるボスフォラス海峡の両岸にまたがる、トルコ最大の都市です。その立地が表すように、ヨーロッパとアジアの文明が交差する十字路であり、ローマ帝国やビザンツ帝国、オスマン帝国といった大帝国の都が置かれてきました。都市の起源は紀元前7世紀頃に遡り、古代ギリシャの都市国家メガラが、王の名にちなみビザンティオンという名の都市を建設したことが始まりとされています。2世紀末に、ローマ帝国に占領されて「ビザンティウム」と改名。330年には帝都がローマからこの地へと遷され、当時のローマ皇帝コンスタンティヌスの名にちなんで都市名は「コンスタンティノポリス」(コンスタンティノープル)と名付けられました。395年にローマ帝国が東西に分裂すると、コンスタンティノープルはビザンツ帝国(東ローマ帝国)の都となりました。西ローマ帝国はわずか80年後の476年に滅亡したのに対し、ビザンツ帝国はその後1,000年以上も続きました。また、1054年キリスト教会が東西に分裂すると、西のローマはカトリック教会、東のコンスタンティノープルはギリシャ正教会の本拠地となりました。 
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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イスファハーンのイマーム広場

Meidan Emam, Esfahan
イスファハーンのイマーム広場
1598年、サファヴィー朝の第5代王アッバース1世(在位:1588~1629年)は首都をイスファハーンに定め、壮大な都市建設に着手しました。旧市街に隣接して新市街を建設し、その新旧をつなぐ地に築かれたのがイマーム広場です。南北510m、東西160m、面積約9万㎡の広大な長方形の広場は、上下2層構造の回廊アーケードで囲まれており、1階部分には現在も店舗などが入っています。また、アーケードの4辺にはそれぞれ重要な建造物が配置され、東にシェイフ・ロトフォッラー・モスク、西にアリー・カプー宮殿、南にイマーム・モスク、北にはバザールの入口となるカイセリーヤ門があります。現在では芝生や池が配され公園のようになっていますが、元は一面砂地の平らなグラウンドで、各種の儀式やペルシア発祥のポロ競技、さらには公開処刑などが行われていました。1979年のイラン革命以後は「王(シャー)」という名称をやめ、イスラムの宗教指導者を意味する「イマーム」という名を冠して呼ぶようになりました。ペルシア語では「世界の写絵」を意味するナクシェ・ジャハーン広場とも呼ばれています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(v)(vi)
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イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)

Longobards in Italy. Places of the power (568-774 A.D.)
イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)
この遺産はイタリア半島全土に点在する要塞、教会、修道院を含む7つの建築群によって構成されています。6~8世紀、北欧から移住してきたロンゴバルド族はイタリア半島を広く統治し、独自の文化を発展させました。これらの建築物は在りし日のロンゴバルド王国の面影を現在に残しています。その建築様式は、古代ローマの伝統やキリスト教の精神性、ビザンツ文化、北欧のゲルマン様式を統合させたもので、古代から中世へと続く時代の変遷を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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厳島神社

Itsukushima Shinto Shrine
厳島神社
厳島神社は、平清盛によって創建され、平安時代の貴族住宅である寝殿造りの様式を採用した神社建築の代表例です。弥山の深い緑を背景に、海上に浮かぶように建てられた社殿群は、自然と人工の調和を体現しています。これらの建築は、原始的な社殿を現在のような姿に発展させた平清盛の卓越した構想力と美的センスを示すとともに、日本人の信仰心や精神文化の発展の過程を理解する上でも重要な存在です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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Ir.D.F.ヴァウダヘマール:D.F.ヴァウダ技師による蒸気水揚げポンプ場

Ir.D.F. Woudagemaal (D.F. Wouda Steam Pumping Station)
Ir.D.F.ヴァウダヘマール:D.F.ヴァウダ技師による蒸気水揚げポンプ場
オランダ北部、フリースラント州レメルにある世界最大の排水施設です。国土の大部分が海抜0mかそれ以下の低地であるオランダでは、排水設備はたいへん重要な社会インフラです。風力を利用した揚水装置「風車」はこの国の象徴となっていますが、19世紀後半以降は蒸気機関が導入され、そのひとつがこの揚水ポンプ場です。1920年に水利技師のD.F.ヴァウダが建設したもので、現在でも稼働しています。これはオランダの水力工学の頂点を極めたポンプ場で、かつ20世紀を代表する工業デザインの好例と言えます。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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イランのアルメニア教会修道院群

Armenian Monastic Ensembles of Iran
イランのアルメニア教会修道院群
イラン北西部、アルメニアとの国境に近い地域にあるアルメニア正教会の修道院と聖堂です。ここは古代アルメニアの土地でした。古代アルメニアは4世紀初頭に世界で初めてキリスト教を公認した国です(ローマ帝国より30年ほど早いです)。そしてこの地はアルメニア正教の中心地となり、現在でも重要な巡礼地となっています。アルメニア正教の遺構として残っているのが3つの修道院と聖堂です。そのうちの最古のものは7世紀に建てられた「聖タデウス修道院」で、イエスの十二使徒の一人タデイにちなんでいます。「聖ステファノ修道院」と「生神女マリア聖堂」もアルメニアの伝統様式で建てられており、貴重な遺構です。これらの建物は、地震等での倒壊はあったもののその後再建され、この地を支配したイスラム教の王朝からも保護されてきました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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頤和園:北京の夏の離宮と皇帝庭園

Summer Palace, an Imperial Garden in Beijing
頤和園:北京の夏の離宮と皇帝庭園
北京の中心部から北西約15kmに位置する頤和園は、敷地総面積約290万㎡を誇り、中国に現存する最大かつ最後に建造された皇室庭園です。12世紀半ばに、金王朝時代に建造された小規模な離宮を前身とし、1750年に清の乾隆帝が広大な庭園へと整備して清漪園(せいいえん)と名付けられました。中国の名だたる庭園や名景、有名建築の精華を取り入れたものとなりました。自然景観を模倣した庭園は、建物や楼閣、橋などと見事に調和し、中国だけでなく、日本や朝鮮半島の庭園にも大きな影響を及ぼしました。第二次アヘン戦争で北京に侵攻した英仏連合軍により庭園は破壊されてしまいますが、その30年後の1886年、西太后が海軍の経費を流用して復元し、頤和園と改称しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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殷墟

Yin Xu
殷墟
殷墟は、北京の南方に位置する河南省安陽市にあり、中国最古の古代都市遺跡のひとつです。中国で現在確認できるものとしては、最古の王朝とされる殷(商)(紀元前17世紀頃〜前1046年)の最後の首都で、紀元前1300年頃に築かれたと考えられています。殷は、紀元前17世紀に夏王朝を倒して建てた王朝とされ、多数の氏族集団(邑)が王に服属して成り立つ連合体でした。紀元前1046年、周の武王が殷の紂王を打ち破り、殷王朝は滅亡しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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インドのマラーター王国の軍事景観

Maratha Military Landscapes of India
インドのマラーター王国の軍事景観
西インドの丘陵地帯や沿岸部には17世紀から19世紀にかけてマラーター王国によって築かれた軍事施設が点在しています。これらの城塞や見張り台などはこの地の地形を利用して、きわめて戦略的に配置されており、この王国の鉄壁の防衛システムを形成していました。またこの地の伝統と他の地域からの文化を融合させたマラーター王国の文化を知る上でも貴重な遺産です。マラーター王国の創始者であるシヴァージーはいまでもこの地域の英雄であり、彼が築いた王国の首都ラーイガドの要塞などを含め全部で12の軍事施設が世界遺産に登録されています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (iv)(vi)
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ヴァティカン市国

Vatican City
ヴァティカン市国
キリスト教世界で最も神聖な場所のひとつであるヴァティカン市国は、約2,000年の歴史とカトリック教会の精神性の証として存在しています。ローマ教皇を国家元首とするこの国は人口800人、総面積0.44km2と世界最小の独立国でありながら、国全体が世界遺産に登録されている唯一の場所です。サン・ピエトロ大聖堂の立つヴァティカンの丘は、イエス・キリストの最初の弟子であり初代教皇でもある聖ペテロの墓所であったとされています。4世紀になると、ローマ帝国皇帝として最初にキリスト教を保護したコンスタンティヌス1世の命により、バシリカ式の教会堂が建てられました。主要な巡礼地でもあるヴァティカンは、キリスト教の歴史と直接的に結びついているのみならず、ルネサンスやバロック美術の理想であり、模範的な創造物でもあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ヴァティカン市国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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ヴェズレーの教会と丘

Vézelay, Church and Hill
ヴェズレーの教会と丘
現在はブルゴーニュの丘に静かに佇む小さな街にすぎないヴェズレーですが、かつては多くの巡礼者が訪れ、十字軍に向かう王たちが集うなどフランスの歴史の中にも登場する街でした。9世紀末にヴェズレーに教会が建てられると、マグダラのマリアの聖遺物が運び込まれたのをきっかけに、ヨーロッパ世界にとって重要な巡礼地となっていきます。11世紀になると、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼地の中継地として多くの巡礼者が訪れにぎわいました。そのため別の世界遺産『フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路』の構成資産にもなっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(vi)
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ヴァイマール古典主義文化

Classical Weimar
ヴァイマール古典主義文化
ヴァイマール古典主義文化は、18世紀後半から19世紀初頭にかけてザクセン・ヴァイマール公国の都ヴァイマールで発展した文化・思想運動で、ドイツの文学・哲学・芸術に深い影響を与えました。文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテをはじめ、詩人で劇作家のフリードリヒ・フォン・シラーなどが街の中心に居を構え、街全体が芸術サロンのようでした。古典主義は、人間性の追求、理性と美の融合、道徳と倫理の強調を主な特徴とします。ゲーテの家、シラーの家を中心とした12の建築物が世界遺産に登録されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ヴァッセのアポロン・エピクリオス神殿

Temple of Apollo Epicurius at Bassae
ヴァッセのアポロン・エピクリオス神殿
ペロポネソス半島中央部のアルカディア地方の緑の丘に、壮大な神殿がそびえたっています。この神殿は紀元前5世紀後半のギリシャ文明最盛期にあたる、紀元前420~前400年頃にフィガリア人により建設されました。当時、近隣ではペストが流行していたのですが、この地方には被害が及ばなかったため、市民はそれをアポロン神の加護だと信じて、標高1,160mの地に神殿を建てました。僻地に建設されたこともあり、1765年に発見されるまで1,700年以上歴史の舞台から姿を消していましたが、同時に石材などが盗まれることもなく、結果的に保存状態の良いままで遺されました。 
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ヴァルカモニカ(カモニカ渓谷の岩絵群)

Rock Drawings in Valcamonica
ヴァルカモニカ(カモニカ渓谷の岩絵群)
イタリア北部・ロンバルディア地方に位置するヴァルカモニカ(カモニカ渓谷)では、先史人類よって描かれた14万点に及ぶ岩絵が約70kmもの範囲で発見されています。その絵柄は、戦争や狩猟・農耕、宗教的儀式の様子など様々で、中には紀元前8000年頃の旧石器時代のものもあります。岩絵はこの地の人々によって、約8,000年にわたって描かれ続けましたが、紀元前1世紀のローマ軍の侵攻を境に岩絵を描く文化が途絶えたと考えられています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の都市景観群(シチリア島南東部)

Late Baroque Towns of the Val di Noto (South-Eastern Sicily)
ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の都市景観群(シチリア島南東部)
イタリアのシチリア島南東部の諸都市はエトナ火山の噴火や大地震でしばしば甚大な被害を受けました。そのうちのノート、カルタジローネ、カターニア、ラグーザなど8つの町は、1693年の壊滅的な大地震の後、統一的に再建されました。町の再建に際しては、元の町跡や隣接する場所に再建されたり、別の場所へ移転したりと、やり方も規模もいろいろですが、すべて後期バロック様式で統一されています。ここは都市計画と都市再建における革新性を示す顕著な事例と言えます。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(v)
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ヴァルトブルク城

Wartburg Castle
ヴァルトブルク城
ヴァルトブルク城は、ドイツ中部アイゼナハ市の南の田園地帯の中にある400mほどの高台に建つ城です。その歴史は古く、一説では1067頃に創建されたとの記録もあり、12世紀頃に建てられた城館は、アルプス以北で最も美しく保存状態の良いロマネスク様式の建築のひとつとされています。中世には芸術を愛したテューリンゲン方伯の居城であり、伝説的な歌合戦の舞台として知られ、これを元にリヒャルト・ワーグナーのオペラ『タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦』を作曲しています。また、ドイツの宗教改革の中心人物として知られるマルティン・ルターが、カトリック教会から破門され罪に問われていた際に、時のザクセン選帝侯にかくまわれ、新約聖書をドイツ語に翻訳した地としても知られています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ヴァロンゴ埠頭の考古遺跡

Valongo Wharf Archaeological Site
ヴァロンゴ埠頭の考古遺跡
ブラジル、リオ・デ・ジャネイロに位置するこの遺跡は、アフリカから奴隷を輸送するために1811年から建設が始まった埠頭(ヴァロンゴ埠頭)の遺跡です。当時のリオ・デ・ジャネイロは、アメリカ大陸最大の奴隷市場でした。その中でもヴァロンゴ埠頭はアメリカ大陸で最も多くのアフリカ人奴隷が上陸した場所で、推計でおよそ90万人ものアフリカ人がこの埠頭を経由してアメリカ大陸へ強制的に連れてこられたとされています。ヴァロンゴ埠頭は人類史上最大規模の強制移住を証明する重要な物的証拠であり、奴隷制度という残虐な歴史を後世に伝える場として、世界遺産に登録されています。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (vi)
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ヴィースの巡礼教会

Pilgrimage Church of Wies
ヴィースの巡礼教会
建築家ドミニクス・ツィンマーマンの指導の下、アルプスの麓の牧歌的な環境にバイエルン・ロココの最も洗練された作品のひとつです。教会は楕円形の平面を特徴とし、西側には半円形のナルテックス(玄関ホール)が設けられています。内部では、壁の前に配置された双柱が、気まぐれに形作られたコーニスや平坦なプロフィールを持つ木造アーチ型天井を支えています。この建築的特徴は、窓やオクルス(天窓)からの光が巧みに直接・間接的に拡散される二次的な内部空間を定義しています。東側には、上部と下部のギャラリーに囲まれた長く深い聖歌隊席があります。礼拝堂の特徴的な点は、芸術と田園風景の調和です。建築、彫刻、絵画、漆喰細工、彫刻、鉄細工など、すべての芸術形式と技術が、建築家によって完璧に統一された構成に融合され、光と形の透明な空間構造を作り出しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (i)(iii)
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ウィーンの歴史地区

Historic Centre of Vienna
ウィーンの歴史地区
「音楽の都」として名を馳せるウィーンは、世間では「ウィーン少年合唱団」などでも有名でしょう。ウィーンの起源は紀元前1世紀までに遡り、ローマ帝国においては「ウィンドボナ」と呼ばれていました。13世紀以降ハプスブルク王家から神聖ローマ皇帝が選出されるようになってから、ウィーンは王都となりました。ウィーンが劇的な変貌を遂げるのは17世紀後半なのですが、それまでの歴史を語る建造物も多く残されています。例えばオーストリア最古の修道院であるショッテン修道院や、14~15世紀に建造された聖シュテファン大聖堂などはその代表例と言えます。
地域: ヨーロッパ / 国名: オーストリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ヴィチェンツァの市街とヴェネト地方のパッラーディオ様式の別荘群

City of Vicenza and the Palladian Villas of the Veneto
ヴィチェンツァの市街とヴェネト地方のパッラーディオ様式の別荘群
紀元前2世紀に設立された古い街「ヴィチェンツァ」は建築家アンドレア・パッラーディオによってルネサンス調の都市に生まれ変わりました。16世紀、ヴェネツィアの支配下にあったヴィチェンツァで「後期ルネサンス期を代表する建築家」と称されたパッラーディオは街の改修を手掛けることになります。彼は古代ローマ建築を徹底的に研究して、もともとあった建築物と新たなデザインを融合させることで、街並を刷新しました。ヴィッラ・カプラは古代ローマ建築をモデルに、柱廊やドームを世俗建築に採用した「パッラーディオ様式」を代表する建築物です。彼が築き上げた建築様式は、その後ヨーロッパやアメリカ大陸で多大な影響を与えました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (i)(ii)
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ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ(古代ローマの別荘群)

Villa Romana del Casale
ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ(古代ローマの別荘群)
ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレは、イタリアのシチリア島中央部の街ピアッツァ・アルメリーナ郊外にある古代ローマ人の貴族の別荘跡です。3~4世紀に建てられたもので、ローマ帝国の時代以降も、ビザンツ帝国や東ゴート王国などの下で住居として使用されてきました。しかし、12世紀頃には放棄されて、建物は土に埋もれていました。20世紀に入って始められた発掘作業により、32本もコリント式の円柱が並ぶ大広間を中心に、40以上も部屋があり、床いっぱいにモザイク装飾がなされている豪華で広大な別荘跡であることが知られました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター・アビーとセント・マーガレット教会

Palace of Westminster and Westminster Abbey including Saint Margaret’s Church
ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター・アビーとセント・マーガレット教会
ロンドン中心部のテムズ川沿いに位置するウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター・アビー(修道院)、そしてセント・マーガレット教会は11世紀に建てられた歴史的建築物として世界中に広く知られています。何世紀にもわたって共に変化してきたこれらの建築物は、英国王室と議会、そして教会の絡み合った歴史を物語っており、今も英国の社会と政治において極めて重要な役割を果たしています。宮殿とウェストミンスター・アビーは、11世紀に敬虔なキリスト教徒であったエドワード王によって建てられました。前者は現在国会議事堂として使用されており、後者は国王及び女王の戴冠式、結婚式などの王室行事の場として機能しています。
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ヴェゼール渓谷の装飾洞窟と先史遺跡

Prehistoric Sites and Decorated Caves of the Vézère Valley
ヴェゼール渓谷の装飾洞窟と先史遺跡
ヴェゼール渓谷は、旧石器時代にさかのぼる147の遺跡と25の装飾洞窟を有する、先史時代の遺跡に恵まれた地域です。工房、原材料採取地、住居跡、狩猟場、埋葬地など、旧石器時代の居住環境を物語る遺跡のほか、50万個以上の火打石や140を超える動物化石、800以上のクロマニョン人の道具などが出土しており、考古学、民俗学、人類学上、重要な研究対象となっています。また、洞窟壁画も、ヨーロッパの先史文明の年代体系を確立する上で重要な役割を果たしています。ここで発見された出土品と壁画芸術は、先史時代の想像を超える高度な文明の存在を示す貴重な証拠なのです。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)
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ヴェネツィアとその潟

Venice and its Lagoon
ヴェネツィアとその潟
イタリアのアドリア海に位置するヴェネツィアは118の島と176の運河、400以上の橋からなる都市です。異民族の攻撃から避難したウェネティ人が潟(イタリア語でラグーナ)に都市を築きました。7世紀には本格的な建物が建てられ、8世紀には形式上ではビザンツ帝国に従属しつつも、実質的に独立を保ち、東方貿易の拠点として発展しました。10世紀には主要な海運国となり、1797年のナポレオン1世から侵略を受けるまで約1,100年間自治都市として独立し続けました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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ヴェルサイユ宮殿と庭園

Palace and Park of Versailles
ヴェルサイユ宮殿と庭園
フランスの首都パリから20㎞ほどのところに位置するヴェルサイユ宮殿は、ルイ14世からルイ16世の時代までのフランス国王の居城でした。1661年にルイ14世の命で建造が始まると、数世代にわたる建築家や彫刻家、装飾家による建設と拡張が行われます。贅の限りを尽くして建てられたこの宮殿はフランス・バロック様式建造物の最高傑作というだけではなく、「太陽王」としてのルイ14世を象徴するとともに、フランスの絶対王政の最盛期を象徴する権威的な宮殿にもなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(ii)(vi)
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ヴォーバンによる要塞建築群

Fortifications of Vauban
ヴォーバンによる要塞建築群
ヴォーバンによる要塞建築群は、フランス国王ルイ14世に仕えた高名な軍事技術者、セバスチャン・ル・プレストル・ドゥ・ヴォーバンの作品の中で最も優れた事例であり、フランスの東西南北の国境沿いに位置する12の要塞群から構成されています。これらは、近代における西洋軍事建築の典型として、古典的要塞の頂点を物語るものです。この遺産には、ヴォーバン自身が一から築いた新しい町、城塞、稜堡式塔、山岳要塞、海岸要塞など、地形や目的に応じた多様な建築物が含まれています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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ヴォルビリスの考古遺跡

Archaeological Site of Volubilis
ヴォルビリスの考古遺跡
モロッコにあるヴォルビリスの考古遺跡は、古代ローマ、キリスト教、イスラム教さらにはアフリカ民族の歴史、建築、文化を示す重要な遺跡です。先史時代からイスラム期までの10世紀以上にわたり、この地域に存在した様々な文化の痕跡を物語っています。ヴォルビリスには少なくとも紀元前3世紀には人々が居住し、紀元前3世紀~西暦40年までのマウレタニア王国時代には、日干しレンガを積み上げた城壁を備える小さな街が存在したと明らかになっています。これらの古代ローマ以前のアフリカの文化は、現代では既に失われたものであり、このようなものに焦点を当てている点でもここは重要な遺跡のひとつです。
地域: アフリカ / 国名: モロッコ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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ウシュマルの古代都市

Pre-Hispanic Town of Uxmal
ウシュマルの古代都市
ユカタン半島北部に建設されたマヤ文明の古代都市ウシュマルは7~10世紀頃に繁栄し、多くの建築物が建設されました。建物の数や種類も豊富で、ユカタン半島北部地域の政治・経済・交易の中心地として発展し、最盛期には約2万5000人が生活していたと言われています。建物の配置からは当時の文化が高度な天文知識を有していたことがうかがえます。またウシュマルにはセノーテ(地下水がたまった井戸や泉)が存在せず、雨水をためるための貯水槽が160個以上発見されています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ヴュルツブルクの司教館と庭園群

Würzburg Residence with the Court Gardens and Residence Square
ヴュルツブルクの司教館と庭園群
ドイツ南部に位置する豪華なヴュルツブルクの司教館は、ヨハン・フィリップ・フランツおよびフリードリヒ・カール・フォン・シェーンボルンという2代の司教の庇護のもと、18世紀に国際的な建築家、画家、彫刻家、漆喰職人によって建設・装飾されました。宮殿は、当時の司教侯たちの華美な生活を証明し、18世紀ヨーロッパ屈指の宮廷の歴史的背景を反映しています。当時の著名な建築家たちが設計を手掛けました。ウィーンのルーカス・フォン・ヒルデブラント、パリのロベール・ド・コットとジェルマン・ボフランが計画を立案し、それを司教侯の公式建築家バルタザール・ノイマンが監督しました。さらに、マインツ選帝侯の建築家マクシミリアン・フォン・ヴェルシュが支援し、彫刻家や漆喰職人はイタリア、フランドル、ミュンヘンから集まりました。ヴェネツィアの画家ジョヴァンニ・バティスタ・ティエポロは階段と帝国の間の壁にフレスコ画を描きました。この宮殿は18世紀の封建時代における宮廷文化の壮麗さを物語るとともに、現在では歴史的建築物として現代的に活用・保存されていることを示す貴重な例となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (i)(iv)
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