World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(i)(vi))

ウラジーミルとスーズダリの白い建造物群

White Monuments of Vladimir and Suzdal
ウラジーミルとスーズダリの白い建造物群
モスクワから東へ約200kmの場所にある『ウラジーミルとスーズダリの白い建造物群』はウラジーミル、スーズダリ、そしてキデクシャの建造物から構成されるシリアル・サイトです。白い石灰岩の石積み、洗練されたプロポーション、精巧な石工彫刻、そして建物と周囲の自然景観の調和がこの遺産の特徴となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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ウルネスの木造教会

Urnes Stave Church
ウルネスの木造教会
ノルウェーの西海岸にあるソグネフィヨルドの更に奥まった場所に位置するルストラフィヨルドを見下ろす120mの崖の上に立つ、1130年代初頭に建造されたノルウェーで最古の木造教会です。一部の資材は以前この場所にあった教会のものを再利用していますが、木材のみを使用しており、屋根や柱などはもちろん半円アーチ構造の身廊部分もすべて木造となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ノルウェー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ウルル、カタ・ジュタ国立公園

Uluru-Kata Tjuta National Park
ウルル、カタ・ジュタ国立公園
『ウルル、カタ・ジュタ国立公園』は、オーストラリア中央の半砂漠地帯に位置し、一枚岩のウルル(エアーズ・ロック)と、そこから約45km西にある36の巨岩群カタ・ジュタから構成されています。ウルルは周囲約9km、高さ348m、全長3,400mの巨大な花崗砂岩で、一枚岩としては世界2位の大きさを誇ります。約3~4億年前の造山運動により、水平だった砂岩層がほぼ垂直に立ち上がって地表に現れ、硬い岩質のため浸食や風化を免れて現在の姿が残りました。地中には岩全体の3分の2以上が埋まっていると考えられています。カタ・ジュタも同じ過程で形成されましたが、より軟らかい岩石でできていたため浸食と風化が進み、異なる形状になりました。名称は先住民アボリジナル・ピープルのアナング族の言葉で、ウルルは「日陰の場所」、カタ・ジュタは「たくさんの頭」を意味します。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (v)(vi)(vii)(viii)
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ヴロツワフの百周年記念ホール

Centennial Hall in Wrocław
ヴロツワフの百周年記念ホール
ポーランドのヴロツワフの百周年記念ホールは、ライプツィヒの戦い(諸国民戦争)の百周年を記念する展示会のために、1911年から1913年にかけて建築家マックス・ベルクによって建てられました。この建物は、鉄筋コンクリート建築の歴史において画期的な作品として位置付けられています。当時としては非常に大規模な構造を鉄筋コンクリートで実現し、その後の建築技術の発展に大きな影響を与えました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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雲岡石窟

Yungang Grottoes
雲岡石窟
雲岡石窟は、山西省武周山南麓の断崖面の全長およそ1kmの範囲に現存する、252の石窟です。452年に即位した北魏の文成帝が、高僧曇曜(どんよう)の提言に従い、460年に開鑿を行ったのがその始まりです。文成帝は「曇曜五窟」と呼ばれる5つの石窟に、自身を含めた5人の皇帝を模した大仏を建立しました。494年、洛陽に遷都したことを機に造営は終息に向かい、石窟は存在を忘れられていきましたが、1902年に建築家の伊東忠太が建築研究のため中国を訪れ再発見しました。仏像は5万体以上あり、第20窟の如来坐像は傑作とされています。仏像は制作年によって様式が異なり、徐々に中国独自のものになっていった様子がうかがえます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ウンム・アッラサス(カストロム・メファア)

Um er-Rasas (Kastrom Mefa'a)
ウンム・アッラサス(カストロム・メファア)
ヨルダン中部にあるウンム・アッラサスは、ローマ軍の駐屯地として始まり、5世紀以降町へと発展した考古学遺跡で、ローマ時代、ビザンチン時代、そして初期イスラム時代(3世紀末から9世紀)の遺構が残されています。16の教会があり、そのうちいくつかは保存状態の良いモザイク床を有しています。中でも聖ステファノ教会のモザイク床は特筆すべきもので、当時の町々の様子が描かれており、芸術的にも地理的記録としても特別な意義を持っています。しかし、要塞化されたローマ軍の駐留地を含む遺跡の大部分は未だ発掘されていません。
地域: 西・南アジア / 国名: ヨルダン・ハシェミット王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (i)(iv)(vi)
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英国の湖水地方

The English Lake District
英国の湖水地方
約2,300㎢の湖水地方と呼ばれる地域は、氷河によって削られた大地ですが、18世紀以降にこの地へやってきた人々により、この険しい環境下ながらも農地を切り開き、豪華な邸宅、庭園、公園が意図的に造られ、美しい大地へと変えられてきました。そしてこれらの景観はイギリス人にとって行楽の場になり、ロマン主義運動によって高く評価され、絵画、デッサン、そして詩や言葉を通して称えられてきたのです。近年においてはピーターラビットの舞台になった場所としても有名になりました。
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エゲ(現代名ヴェルギナ)の考古遺跡

Archaeological Site of Aigai (modern name Vergina)
エゲ(現代名ヴェルギナ)の考古遺跡
現代名をヴェルギナとするエゲ(当時の発音ではアイガイ)は、古代のマケドニア王国の最初の首都とされています。19世紀後半から、ナポレオン3世の支援を受けた考古学者レオン・ユーゼによる発掘が始まり、その結果宮殿跡などが発見されました。さらに調査が進められた結果、1977年頃にはアレクサンドロス大王の父であるフィリッポス2世の墓が発見されたのです。フィリッポス2世は紀元前4世紀を生きた人物であり、前338年のカイロネイアの戦いで、ギリシャのポリス連合軍を破って本土を制圧した人物として名高い王です。そのような王の墓が発見されたことで当時世界中に衝撃を与え、またこの地がエゲであるという可能性が強くなったのです。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(iii)
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ESMA 博物館と記憶の場:拘禁と拷問、虐殺のかつての機密拠点

ESMA Museum and Site of Memory – Former Clandestine Centre of Detention, Torture and Extermination
ESMA 博物館と記憶の場:拘禁と拷問、虐殺のかつての機密拠点
『ESMA 博物館と記憶の場:拘禁と拷問、虐殺のかつての機密拠点』は、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに所在する旧海軍技術学校(ESMA)の敷地内に位置する旧士官宿舎です。ESMAは1928年から2004年まで使用されていました。アルゼンチンでは、1976年から1983年にかけて軍事独裁政権が続き、その間に国家主導によるゲリラ組織や左翼勢力への弾圧が行われました。この時代は「汚い戦争」とも呼ばれ、反政府的と見なされた活動家、ジャーナリスト、学生など、約3万人の市民が秘密裏に誘拐・殺害されたとされています。ESMAはその拠点のひとつであり、アルゼンチン海軍によって5,000人以上の人々が拘禁されたとされています。
地域: 南米 / 国名: アルゼンチン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (vi)
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エディルネのセリミエ・モスクとその関連施設

Selimiye Mosque and its Social Complex
エディルネのセリミエ・モスクとその関連施設
エディルネはブルサに代わるオスマン帝国2番目の都であり、1453年に都がイスタンブルに移るまで都として栄えました。そのエディルネに、オスマン帝国を代表する建築家、ミマール・スィナンがセリミエ・モスクを設計したのは16世紀後半。イスタンブルが都になってからもエディルネは副都として機能し、特にセリム2世がこの地を気に入っていたため、壮大なモスクの建設をスィナンに命じました。巨大なドームと4本の細いミナレット(尖塔)からなるこのモスクは、イスタンブルにある多くのモスクにも負けない存在感を放っています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (i)(iv)
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エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域

Sanctuary of Asklepios at Epidaurus
エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域
ペロポネソス半島東部の谷間に位置するエピダウロスは、医療の神アスクレピオスが祀られている聖地です。元々は先史時代から治癒の力をもつ神々に捧げられ、紀元前800年頃に治癒の神・アポロンの聖域となった丘がありました。その後紀元前6世紀頃までに、ギリシャ神話においてアポロンの息子とされ、人間の健康と幸福の守護神であるアスクレピオスに捧げられた聖域が、アポロンの聖域の丘から1kmほど離れた平地に築かれました。二柱の治癒の神の聖地であるエピダウロスには、ギリシャ中から病で苦しむ人々が訪れるようになりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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エフェソス

Ephesus
エフェソス
トルコ西部の地中海岸、かつてのカイストロス川の河口付近にヘレニズム時代からローマ帝国時代の都市遺跡があります。エフェソスの起源はもっと古く、青銅器時代に遡るとされていますが、紀元前4世紀ごろに現在の地に移り、紀元前2世紀にはローマ帝国の港湾都市としてアナトリア地方で最も繁栄した都市となりました。また、アルテミス信仰を背景にして古代世界有数の巡礼地ともなり、哲学や医学の中心地でもありました。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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エルサレムの旧市街とその城壁群

Old City of Jerusalem and its Walls
エルサレムの旧市街とその城壁群
西アジアの地中海東岸地域(レバント地方)に位置するエルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教にとってきわめて重要な意味を持つ聖地です。エルサレムの歴史は非常に古く、約6,000年前には人類が居住していた可能性があります。紀元前14世紀の古代エジプトの文書に登場する「ウルサリム」という記述は、エルサレムに関する初めての確実な言及とされています。ウルサリムは西セム諸語の「シャリムの都市」を意味する語に由来し、それが転訛してエルサレムとなったと考えられています。現代アラビア語では「神聖」を意味する語に定冠詞(Al)が付いたAl Quds(アル・クドゥス)と呼ばれます。これはエルサレム神殿のヘブライ語名である「聖なる家」をアラビア語に翻訳したバイト・アル・マクディスという名称が短縮したものとされています。現在、エルサレムは西エルサレムと東エルサレムに分かれており、世界遺産に登録されている旧市街は東エルサレムに位置しています。旧市街は約1km四方の範囲に広がり、周囲を囲う城壁の全長は約4kmあります。城壁はオスマン帝国のスレイマン1世によって再建されたもので、8つの門のうち7つが現在も使用されています。
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エル・ジェムの円形闘技場

Amphitheatre of El Jem
エル・ジェムの円形闘技場
チュニジアの平野部に位置する『エル・ジェムの円形闘技場』は、西暦238年頃に建設された古代ローマの遺構です。「ローマの穀倉地帯」と呼ばれたエル・ジェムは、オリーブオイルや 穀物の輸出で栄え、闘技場はその富で建設されました。切り石を積み上げてつくられ、長径148m、短径122m、高さ36m、アリーナ(中央の舞台)は64×39m、収容人数はおよそ3万5,000人でした。古代ローマ時代に各地に築かれた円形闘技場の中でも3番目、あるいは4番目の規模を誇りました。ローマ帝国が衰退した後は要塞として利用され、 17世紀にオスマン帝国軍によって西側部分が破壊されましたが、3層部分を残しているなど保存状態は良好といえます。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (iv)(vi)
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エレファンタ島の石窟寺院群

Elephanta Caves
エレファンタ島の石窟寺院群
インド西部のムンバイ湾に浮かぶ島(旧名ガラブリー島)は、16世紀にポルトガル人が上陸した際、巨大な象の石像があったことから「エレファンタ島」と名付けられました。ここにはヒンドゥー教の石窟寺院があり、シヴァ信仰の中心地となっています。石窟寺院の建造時期は諸説ありますが、概ね6世紀ごろから8世紀にかけて造られたようです。この島には他に古代の考古学遺跡がいくつか存在し、紀元前2世紀ごろから人々の居住の痕跡がみられます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(iii)
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エローラーの石窟寺院群

Ellora Caves
エローラーの石窟寺院群
『エローラーの石窟寺院群』は、5世紀頃から10世紀頃にかけて造営された石窟寺院群です。インドのデカン高原西部の岩山の南西面に約2kmにわたって、仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の3つの宗教の石窟寺院が34存在します。最初に掘られたのは仏教窟で、5世紀〜8世紀に第1窟から第12窟までつくられました。そのうち第10窟(ヴィシュヴァカルマ窟、「大工の石窟」とも)は最も有名な仏教窟のひとつで、内部には木造を模した高い天井が広がり、仏陀が椅子に座っている様子を表現した仏倚坐像が、仏塔(ストゥーパ)を背にして鎮座しています。このように、石窟寺院の内部に仏塔や仏像を安置して礼拝する祠堂をチャイティヤ窟といいます。仏教窟の最北端に位置する第12窟(ティーン・タル窟)は3層構造でつくられており、仏教窟の中では最も大きな窟です。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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円形都市ハトラ

Hatra
円形都市ハトラ
イラク北部に位置するハトラは、ユーフラテス川とチグリス川にはさまれた半砂漠地帯にある古代の要塞都市で、パルティア王国(紀元前200年頃~紀元後220年)の中で保存状態も良く、宗教的、商業的な中心地として栄えました。ハトラは二重壁による都市防衛網を有する円形のデザインが特徴で、トラヤヌス帝率いるローマ軍を退け、難攻不落の都市として名を上げました。中心部に残る神殿などは、ギリシャやパルティア、ローマ文明の影響を受けながら発展したバビロニア文明を示す証拠となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラク共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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オークニー諸島の新石器時代遺跡

Heart of Neolithic Orkney
オークニー諸島の新石器時代遺跡
オークニー諸島はスコットランドの海岸から北へ15km離れた沖合にあります。この遺産は、諸島最大の島、メインランド島にある4つの新石器時代遺跡によって構成されています。紀元前4,000年ごろ、農耕文化は北西ヨーロッパにまで広まり、この地で定着していきました。遺跡からは、消滅した5,000年前の生活様式や社会構造、祭祀や埋葬に対する考え方に至るまで、当時の文化を垣間見ることができます。また、この地の巨石文化は北西ヨーロッパを象徴するだけでなく、イギリスのストーンヘンジやアイルランドのボイン渓谷の起源でもあると考えられています。
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オーストラリアの囚人収容所遺跡群

Australian Convict Sites
オーストラリアの囚人収容所遺跡群
『オーストラリアの囚人収容所遺跡群』は、18世紀から19世紀に大英帝国によってオーストラリアにつくられた約3,000の刑務所のうち、ポート・アーサーの刑務所、カスケーズ女子工場、ダーリントン保護観察所、フリーマントル刑務所など11の施設で構成されています。当時のオーストラリアは大英帝国の流刑地で、1787年から1868年までの約80年の間に、約17万人もの成人男女や子どもが囚人としてオーストラリアに送られ、港や道路、農地、造船所の建設などインフラ整備に従事させられました。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (iv)(vi)
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オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古遺跡

Historic Centre of Oaxaca and Archaeological Site of Monte Albán
オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古遺跡
メキシコ南部のオアハカ州に位置する「オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古遺跡」はモンテ・アルバンの考古遺跡とオアハカ・デ・フアレス(オアハカ)の歴史地区の異なる2つの文化遺産で構成されます。モンテ・アルバン考古遺跡はサポテカ文明の中心都市として繁栄したオアハカ渓谷における重要な考古遺跡です。一方でオアハカは16世紀のスペイン植民地時代の植民都市や都市計画の好例となった歴史都市です。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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オウロ・プレトの歴史都市

Historic Town of Ouro Preto
オウロ・プレトの歴史都市
17世紀末に創設されたオウロ・プレトは、18世紀のブラジルの「黄金時代」の中心地として栄え、金鉱採掘によって莫大な富を築きました。険しい山岳地帯に都市計画を施すという、人間の創意工夫と才能の証であるこの町は、その経済的繁栄の象徴として、多くの教会や橋、噴水を建設し、バロック様式の都市景観を形成しました。金鉱が枯渇した19世紀に経済的影響力は衰えたものの、都市は現代まで保存されています。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (i)(iii)
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オスン-オソボの聖林

Osun-Osogbo Sacred Grove
オスン-オソボの聖林
オソボ市の郊外にあるオスン聖林の密林は、ナイジェリア南部に残された高地原生林の最後の名残の一つです。この聖林をオスン川が蛇行しながら流れており、この景観全体が豊穣の女神オスンというヨルバ族の神々の一人の住処と見なされています。この聖林は、あらゆる集落の外側には聖なる森が広がっているというヨルバ族の世界観が普及していた証であり、ヨルバ文化における最後の聖林となっています。
地域: アフリカ / 国名: ナイジェリア連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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オフリド地方の自然及び文化遺産

Natural and Cultural Heritage of the Ohrid region
オフリド地方の自然及び文化遺産
オフリド湖は、北マケドニア最高峰であるコラブ山などの高峰のふもとに位置し、地殻変動によって形成された深くて古い湖です。およそ200万年から300万年にわたり、絶え間なく存在し続けてきました。ロシアのバイカル湖、アフリカのタンガニーカ湖と並び、世界最古の湖の一つとされています。湖は透明度が高く、冬でも凍結しないため、他の地域では絶滅した水生生物が残っています。藻類、渦虫類、巻貝、甲殻類、2種のマスを含む17種の固有魚類など、湖固有の動植物は200種を超えています。また、鳥類も豊富に生息しています。
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オランジュの凱旋門、ローマ劇場とその周辺

Roman Theatre and its Surroundings and the "Triumphal Arch" of Orange
オランジュの凱旋門、ローマ劇場とその周辺
フランス南部のアヴィニョンの北にあるオランジュは、紀元前1世紀、ローマ帝国の植民都市になり、古代ローマ時代の遺跡が残る街です。紀元10年から25年の間に築かれた凱旋門には、「ローマの平和(パクス・ロマーナ)」が打ち立てられていく様子がレリーフで表現されています。これは、今も現存する初代皇帝アウグストゥスの時代の地方凱旋門のなかでも、最も美しいと評価されているものです。凱旋門は13世紀には要塞へと改変されましたが、その後1824年には修復されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (iii)(vi)
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オリンピアの考古遺跡

Archaeological Site of Olympia
オリンピアの考古遺跡
オリンピアの考古遺跡は、首都アテネから西へ190kmにあるクロノスの丘の麓にオリンピアはあります。神々の山であるオリンポス山にその名を由来とするこの町では、紀元前8世紀頃から神々の父でもあるゼウスを奉納するための競技が定期的に開かれ、やがてこの競技会はギリシャ世界だけでなく、近隣諸国から参加者を集める国際的なスポーツ祭典となりました。長らく続いた祭典でしたが、キリスト教が国教となった4世紀末には、異教の祭典という理由から開催が禁止となりました。以降、長い間埋もれていましたが、18世紀に遺跡が発見されます。ローマ皇帝の命令で数多くの建築物が破壊されましたが、ゼウス神殿やヘラ神殿、短距離走などの練習場であったギムナシオンなどの基盤が一部残ります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1989年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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オルチア渓谷

Val d'Orcia
オルチア渓谷
この地域の歴史は古く、紀元前のエトルリア時代にまで遡り、ローマ帝国の時代に発展していきました。この頃は農業と牧畜の生産量が減少し、多くが放棄されていきますが、10世紀から11世紀にかけて、経済の復興とともにローマと北イタリアを結ぶ重要な宗教および貿易ルートとして使用され、封建制度の下で修道院が造られ、そして街道沿いに村が出来ていきました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (iv)(vi)
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オロモウツの聖三位一体記念柱

Holy Trinity Column in Olomouc
オロモウツの聖三位一体記念柱
チェコ東部の北モラヴィア地方のオロモウツ旧市街、ホルニー広場にそびえ立つ聖三位一体記念柱は、中央ヨーロッパを代表する宗教的記念碑のひとつです。18世紀初め、この地方を襲ったペストの終息に対して記念柱を建てることを考えたオロモウツ市民は、当時すでにあった別の記念柱よりも素晴らしいものを作りたいと考えました。そこで1714年、建築家ヴァーツラフ・レンダーと弟子たちが、高さ約35mの聖三位一体記念柱の建築を始めました。レンダーの死後も建築が続けられ、1754年の完成を祝う献堂式には女帝マリア・テレジアが臨席しています。この記念柱はオロモウツ市民の大きな誇りとなり、プロイセン軍に街が包囲された時には、市民が敵方の将軍に聖三位一体記念柱を撃たないよう直談判に行くほどでした。将軍はその訴えを聞き入れて記念柱は破壊されずに残り、現在もその美しい姿を見ることができるのです。
地域: ヨーロッパ / 国名: チェコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(iv)
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ガーナのベナン湾沿いの城塞群

Forts and Castles, Volta, Greater Accra, Central and Western Regions
ガーナのベナン湾沿いの城塞群
西アフリカ・ガーナのベナン湾沿いには、およそ500㎞にわたり城塞群が点在します。これは、15世紀末から18世紀末にかけてヨーロッパ人により築かれたものです。もとは、ポルトガルからの航海者たちが、この地の金鉱脈に目をつけ、交易拠点として建設したのが始まりです。ガーナは「黄金(ゴールド)海岸(コースト)」という呼び名があるほどの金の産地で、そのほかにも、象牙や香辛料などが取引されていました。やがて、スペイン人、デンマーク人、スウェーデン人、オランダ人、ドイツ人、イギリス人も交易に参入し、覇権争いが繰り広げられることになります。そのような歴史のなかで築かれた城塞は60にも及びました。そのうちの3分の1程度が現存し、博物館や学校として活用されているものもあります。
地域: アフリカ / 国名: ガーナ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (vi)
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海事都市グリニッジ

Maritime Greenwich
海事都市グリニッジ
ロンドン南東部、テムズ川沿いに位置するグリニッジはイギリスにおける水上交通の要となった海事都市です。かつては王宮のひとつに過ぎなかったグリニッジですが、大航海時代~19世紀末までイギリスの海の玄関口として大いにその役割を果たしてきました。その大航海時代の名残を見られるのが1675年建造のグリニッジ天文台です。バロック様式の天文台で観測された恒星図によってイギリスの位置と時間が定められました。そして1884年の国際会議によってグリニッジ天文台が経度0度の本初子午線が通る基点として決定されます。その後、天文台はサセックスへ移転しますが、子午線の位置が変わることはありませんでした。王立天文台でのロバート・フックとジョン・フラムスティードの研究は、地球の動きを正確に測定することを可能にし、航海術の発展にも貢献しました。
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カイロの歴史地区

Historic Cairo
カイロの歴史地区
現在のエジプトの首都カイロは、7世紀にアラビアから攻めてきたイスラム・アラブ軍の軍事拠点フスタートを起源とします。10世紀の中頃にファーティマ朝がここに新都市を建設し、そこを「勝利者の都市(ミスル・アル・カーヒラ)」と名づけました。カーヒラの英語読みが「カイロ」です。その後交易等で発展し、政治・経済の面だけでなく、イスラム教の学問と芸術の中心地となりました。13世紀のマムルーク朝の時代にはさらに発展をとげ、町中にモスクやミナレットが建設され「1,000のミナレットが立つ街」と呼ばれました。
地域: アフリカ / 国名: エジプト・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(v)(vi)
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