World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(vi))

ダラム城と大聖堂

Durham Castle and Cathedral
ダラム城と大聖堂
『ダラム城と大聖堂』は、イングランド北部、スコットランドとの国境近くにあるU字形に湾曲して流れるウェア川を見下ろす小高い丘の上に立っています。ダラム城はイングランド最大のノルマン様式の城で、1072年、ウィリアム1世がスコットランドの侵攻に備えて築きました。国王はイングランド北部の境界を守る見返りとして、実質的な自治権を歴代のダラム司教に与え、城での居住を認めました。それにより、司教は「王子司教」として宗教指導者と世俗権力の両方を握りました。1837年に城はダラム大学に寄付され、1840年以降は大学の学生寮として使用されています。
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タリンの歴史地区

Historic Centre (Old Town) of Tallinn
タリンの歴史地区
バルト三国の一国であるエストニアの首都タリンにある歴史地区は、バルト海周辺における北ヨーロッパの交易都市として現在でも非常に良い状態で街並が保存されています。タリンの都市開発は、13世紀にドイツ騎士修道会が城を建築したことから始まり、13世紀後半からハンザ都市として栄えました。この都市を中心に、13世紀から16世紀まで北ヨーロッパの交易の重要な拠点として交易が盛んに行われました。15世紀以降、ハンザ同盟が次第に衰退する一方で、タリンは商業都市としての地位を失うことなく、街には公共建築や住居が整備されていきました。
地域: ヨーロッパ / 国名: エストニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)
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タルノフスキェ・グルィの鉛・銀・亜鉛鉱山とその地下水管理システム

Tarnowskie Góry Lead-Silver-Zinc Mine and its Underground Water Management System
タルノフスキェ・グルィの鉛・銀・亜鉛鉱山とその地下水管理システム
ポーランド南部のシロンスクに位置するタルノフスキェ・グルィ地域は、ヨーロッパ有数の鉛、銀、亜鉛鉱山として知られています。16世紀半ばから19世紀後半にかけて、鉱山の発展とともに、地下水の大量流入という難題に直面し、これを解決するために50㎞以上の主要排水トンネルや、無数の坑道・竪坑を含む広大な排水網が築かれました。18世紀後半にはイギリスから蒸気機関が導入され、地下深くの水を汲み上げることができるようになりました。重力による排水坑道と蒸気揚水技術が組み合わさることで、排水に加え、鉱山水を周辺都市や産業地区の飲料水・工業用水として活用する画期的なシステムが実現しました。このシステムは、19世紀には上シレジア工業地帯(カトヴィツェ周辺)など広域への給水も担い、2001年まで稼働が続きました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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ダルムシュタットのマチルデンフーエ(マチルダの丘)

Mathildenhöhe Darmstadt
ダルムシュタットのマチルデンフーエ(マチルダの丘)
ドイツ中西部の街、ダルムシュタットで最も標高の高いマチルデンフーエ(マチルダの丘)に、19世紀末のヘッセ大公エルンスト・ルートヴィヒの招きにより多くの芸術家や建築家が集まるコロニーが形成されました。彼らを中心として、1901年から1914年にかけて4つの国際的な建築博覧会が開催され、実験的で機能的な建築や革新的な家具を備えた部屋など多くの初期モダニズムを代表するデザインが紹介されました。これらの建築物は建築史に残る重要な「総合芸術」作品として高い評価を受けています。19世紀末から20世紀初頭のアーツ・アンド・クラフツ運動やウィーン分離派からも大きな影響を受けていると共に、後のドイツ工作連盟やバウハウスにも影響を与えており、20世紀のモダニズムにおいて、大きな位置を占める存在と言えます。マチルデンフーエの最も印象的な建物の一つであるウエディング・タワーは、ヘッセ大公エルンスト・ルートヴィヒの結婚を記念して、1908年のヘッセン州博覧会のために、ヨーゼフ・マリア・オルブリッヒの設計により建設されたものです。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)(iv)
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チチェン・イツァの古代都市

Pre-Hispanic City of Chichen-Itza
チチェン・イツァの古代都市
チチェン・イツァはユカタン半島北部のマヤ文明の中心地の一つで、マヤ文明とトルテカ文明が融合した遺跡です。チチェン・イツァは最初にマヤ系の民族によって都市が形成されましたが、後に一度都市は放棄されました。その後10世紀にトルテカ文明(テオティワカン文明崩壊後にメキシコ全域に広がった文明)の影響を受けたイツァ人によって都市が再興されました。そのためチチェン・イツァでは10世紀以前の遺構が多く残る地域を「旧チチェン」、10世紀以後を「新チチェン」と呼び両者は建築様式等でもそれぞれ異なる特徴がみられます。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(旧名ヴィクトリア・ターミナス)

Chhatrapati Shivaji Terminus (formerly Victoria Terminus)
チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(旧名ヴィクトリア・ターミナス)
チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅は、インドのムンバイにある鉄道の駅です。1661年に英国の支配下に置かれたムンバイ(当時はボンベイ)は、造船業と綿花貿易の拠点として発展し、駅舎の建設が計画されました。英国の建築家フレデリック・ウィリアム・スティーブンスによって設計され、1878年に工事が始まりました。英国のヴィクトリア女王の即位50周年にあたる1887年に完成し、当初は「ヴィクトリア・ターミナス駅」と命名されました。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iv)
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チャムパーサックの文化的景観にあるワット・プーと関連古代遺跡群

Vat Phou and Associated Ancient Settlements within the Champasak Cultural Landscape
チャムパーサックの文化的景観にあるワット・プーと関連古代遺跡群
チャムパーサックの文化的景観は、山頂から川岸へと続く軸線を用いて、自然と人間との関係についてのヒンドゥー教のビジョンを表現するために形作られました。この軸線に沿って、寺院、神社、水道施設が幾何学的なパターンで配置され、約10㎞にわたって広がっています。この景観は1,000年以上の歴史を持ち、精神的な意義が大きな周囲の自然と融合させた傑出した例で、強い宗教的信念と献身を表現しています。
地域: 東・東南アジア / 国名: ラオス人民民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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昌徳宮

Changdeokgung Palace Complex
昌徳宮
昌徳宮(チャンドックン)は、景福宮の離宮として、朝鮮王朝第3代太宗によって1405年に建設されました。自然の地形を活かして設計されたこの宮殿は、伝統的な風水思想と儒教の理念を体現した希少な建築例とされています。場所は朝鮮半島の北部・白岳山の麓に位置し、敷地全体が地形と調和するように配置されました。王の居住区、政務区、儀式空間などは儒教的な原則「前朝後寢」に基づいて設計されており、空間構成そのものが儒教の思想を表しています。このようなことから、昌徳宮は単なる王宮ではなく、朝鮮王朝の精神的な世界観を象徴する場所として評価されています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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チャンパネール ‐ パーヴァガドゥ遺跡公園

Champaner-Pavagadh Archaeological Park
チャンパネール ‐ パーヴァガドゥ遺跡公園
インド西部グジャラート州にある標高800mのパーヴァガドゥの丘とその麓のチャンパネールには、先史時代の人の居住跡があり、その後のヒンドゥー教王国やイスラム王朝までの遺跡が残されています。13世紀にここを支配したラージプート族のキチ・チャウハーン朝が丘の上に要塞を築き、15世紀にはグジャラート・スルタン朝が麓の集落を再建し新都を建築しました。ここは16世紀にムガル帝国に滅ぼされ放棄されるまでグジャラートの首都として機能し、ムガル帝国以前の姿を残す貴重な都市遺跡です。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)(vi)
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中世アナトリアの木造多柱式モスク群

Wooden Hypostyle Mosques of Medieval Anatolia
中世アナトリアの木造多柱式モスク群
『中世アナトリアの木造多柱式モスク群』は、13世紀後半から14世紀半ばにかけてトルコに建てられた、木製の列柱をもつモスク群です。建物の外観は石造りですが、内部には木製の列柱と天井、扉やミンバル(説教壇)をもつという点が特徴です。世界遺産には、首都アンカラにある「アヒ・シュレフェッディンモスク(アルスランハーネ・モスク)」、アフィヨンカラヒサールの「アフィヨンの大モスク」、エスキシェヒルの「シヴリヒサールの大モスク」、コンヤの「エシレフォール・モスク」、カスタモヌの「マフムート・ベイ・モスク」の5つのモスクが登録されており、それぞれ異なる県に存在しています。モスクを始め、イスラム建築は石やレンガ造りが主流で、木造多柱式のモスクは非常に珍しいため、イスラム建築の歴史における重要な段階を示す優れた例となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (ii)(iv)
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中世市場都市プロヴァン

Provins, Town of Medieval Fairs
中世市場都市プロヴァン
フランスのパリから南東へ約90kmにあるプロヴァンは、紀元前1~4世紀頃に古代ローマ帝国軍が築いた都市でした。11世紀末に、この一帯を支配し強大な勢力を誇ったシャンパーニュ伯の領地となって以降、毎年この地で「シャンパーニュの大市」と呼ばれる、ヨーロッパ各地から商人が集まる市場が開かれ発展していきました。プロヴァンは、地中海とパリなどヨーロッパ北部の都市を結ぶ交通の要衝となり、北からはフランドル地方の毛織物、南からはイタリアの香辛料やスペインの革製品、そしてフランスのワインなどが売買される交易地となりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iv)
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チュニスの旧市街

Medina of Tunis
チュニスの旧市街
チュニジア北東部の肥沃な平野地域に位置し、海から数kmの場所にあるチュニスのメディナは、698年に設立されたマグリブ地方で最初のアラブ・イスラムの街のひとつです。12世紀から16世紀にかけて、ムワッヒド朝とハフス朝の統治下で、チュニスはアラブ世界で最も偉大で豊かな都市のひとつとされました。この時期およびそれ以前の時期の証拠は、現在も数多く残っています。16世紀から19世紀にかけては、新たな勢力が都市に多くの宮殿や邸宅、大モスク、ザウィア、マドラサを建てました。登録された土地は約3㎢におよび、アラブ・イスラム都市のすべての特徴を備えています。それは、中央メディナ(8世紀)と北と南の郊外(13世紀)から構成されています。およそ700の歴史的建造物が7つのエリアに分布しており、特に注目すべきものには、ザイトゥーナ・モスク、カスバ・モスクなどがあります。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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朝鮮王朝の王墓群

Royal Tombs of the Joseon Dynasty
朝鮮王朝の王墓群
『朝鮮王朝の王墓群』は、14世紀末から20世紀初頭にかけて築かれた歴代国王と王妃の墓で、自然と人の調和を重んじる「風水(プンス)」の思想に基づいて配置されています。山と水の調和がとれた地形を選び、俗から聖へと続く空間構成が設けられたその景観は、儒教文化における祖先崇拝の理念が体現されています。また、建築物群や石像、儀礼の道具などが体系的に配置され、自然環境と融合した独自の葬送文化を築いた点で、東アジアの墓制史における発展段階を示す重要なものになっています。現在も王室関係者や奉祭会によって年に1度の祭礼が続けられ、生きた伝統として受け継がれています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2009年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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チョンゴニの岩絵地区

Chongoni Rock-Art Area
チョンゴニの岩絵地区
チョンゴニの岩絵地区は、マラウイ中部の高原、豊かな緑に覆われた花崗岩の丘陵地帯にあり、中部アフリカで先住民の岩絵が最も集中している地域です。126.4㎢の範囲で発見された岩絵は127箇所にも及びます。ここは先住民たちにとって宗教的儀式の中心地で、今に残る多くの岩絵は彼らの文化と伝統の痕跡です。最も古い赤い岩絵は、新石器時代にこのエリアに暮らしていた狩猟採集民バトゥワ(ピグミー)族が描いたものと考えられています。また、1世紀ごろ北方からやってきた農耕民チュワ族は白い粘土で写実的な絵を残しました。チュワ族の岩絵は女性の成人儀礼に関するものが多く、現在もそれらの伝統に則った儀式が営まれています。
地域: アフリカ / 国名: マラウイ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (iii)(vi)
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チロエの教会堂群

Churches of Chiloé
チロエの教会堂群
チリ南部にあるチロエ諸島には、1567年からのスペイン統治下で建てられた木材教会堂が残されています。17世紀のイエズス会は、年に一度各地のミッションを巡回・滞在する「巡回宣教」を行っており、その活動のため教会堂が建設されるようになりました。19世紀末までに100棟以上が建てられ、50棟あまりが現存しています。1767年にイエズス会がスペインの海外領土から追放された後は、フランシスコ会がチロエでの活動を継承しました。教会群は現在も信仰の場であり、地元コミュニティによる宗教行事が定期的に行われています。
地域: 南米 / 国名: チリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)
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ツォディロの岩絵群

Tsodilo
ツォディロの岩絵群
ツォディロは、ボツワナ北西部、カラハリ砂漠のわずか10平方キロメートルの地域に4,500点以上の壁画が保存されており、世界で最も岩絵が集中している場所の一つです。そのため、しばしば「砂漠のルーブル美術館」と呼ばれています。これらの岩絵は、正確な年代が特定されていませんが、石器時代から19世紀まで長期にわたって、厳しい環境下において何千年もの間、人々が訪れて定住してきたことを示す豊富な証拠を残しています。
地域: アフリカ / 国名: ボツワナ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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ディアマンティーナの歴史地区

Historic Centre of the Town of Diamantina
ディアマンティーナの歴史地区
ブラジルのディアマンティーナの歴史地区は、18世紀にダイヤモンド探鉱者の村として誕生し、ミナス・ジェライス州の険しい岩山という特異な環境に適応しながら発展しました。都市計画の規則に縛られることなく、自然の地形に沿って形成された不規則な街路や、主に木材を用いた独創的な建築様式は、ヨーロッパのモデルをアメリカの厳しい現実に融合させた、人間の創造力の証です。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ティヴォリのエステ家別荘

Villa d'Este, Tivoli
ティヴォリのエステ家別荘
イタリア中部、ローマ郊外にある街ティヴォリは、ローマの貴族の別荘地として名高い場所でした。北イタリアの有力な貴族であったエステ家の出身である枢機卿イッポリート・デステは、1550年にティヴォリ総督に任命された際に、新しい地位にふさわしい宮殿の建設を計画しました。ベネディクト会の修道院だった建物を住居として改装して、その周囲に大規模な庭園を造らせました。別荘全体の総面積は4万5000㎡に及び、革新的な設計はナポリの建築家ピッロ・リゴーリオが担当しました。丘を削って二つの斜面をつくり、水道橋や地下運河を築いて、近くを流れるアニエーネ川からの豊富な水を確保し、500以上の噴水を持つ庭園を築き、ルネサンス庭園の代表作となりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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ティヴォリのハドリアヌス別荘

Villa Adriana (Tivoli)
ティヴォリのハドリアヌス別荘
ティヴォリは、ローマの東方30㎞に位置するラツィオ州の田園地帯を見下ろす丘の上にあります。穏やかな気候と豊かな自然に恵まれた一帯は、古くからローマ人達の別荘地として利用されて来ました。ヴィッラ・アドリアーナは、ローマ帝国の五賢帝のひとりであるハドリアヌス帝が、紀元117年から138年にかけて建設した別荘で、その敷地面積は1.2㎢に及びます。彼が帝国の属州を視察する中で、感銘を受けたエジプト、ギリシア、ローマなどの優れた景色や建造物の様々な要素を組み合わせて、「理想の都市」を再現しました。ハドリアヌス帝の死後、別荘は放棄されましたが、1461年に再発見されました。この別荘の建造物を研究することで、後世、特にルネサンス、バロック時代の建築家に大きな影響を与えました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ティムガッドの考古遺跡

Timgad
ティムガッドの考古遺跡
アルジェリア北東部、オーレス山地に連なる高原に位置するティムガッドは、古代ローマ時代の都市遺跡です。1世紀頃、ローマ帝国全盛期に在位したトラヤヌス帝の時代に築かれました。この街は旧名をタムガディといい、当初は、ローマ帝国の第3軍団アウグスタの駐屯地としてつくられました。その後、多くの退役軍人らが居住しましたが、街はローマ時代の典型的な計画都市として碁盤の目状に区画されていました。また、周囲に暮らすベルベル人の侵入を阻止するための砦としても機能しました。
地域: アフリカ / 国名: アルジェリア民主人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ディライーヤのツライフ地区

At-Turaif District in ad-Dir'iyah
ディライーヤのツライフ地区
サウジアラビアの首都リヤドの北西に位置するディライーヤは、アラビア半島に存在したサウード朝の最初の首都でした。15世紀に築かれたツライフ地区は、アラビア半島中心部特有のナジャディ様式の建築様式を今に伝えてくれています。ナジャディ様式とは、砂漠という環境に適合するために、日干しレンガやヤシの木を利用し、三角形の開口部を設けたアラビア半島のオアシス独特の建築様式のことです。多くの建物が廃墟になってしまっているものの、ほとんど構成要素の大部分が現存しており、急激な近代化の開発を免れていたため、保存状態も良好です。
地域: 西・南アジア / 国名: サウジアラビア王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (iv)(v)(vi)
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テオティワカンの古代都市

Pre-Hispanic City of Teotihuacan
テオティワカンの古代都市
メキシコ・シティから北東に約50㎞ほどの場所に位置するテオティワカンは2~8世紀にかけて栄えた古代都市です。この都市を築いた民族は未だに不明です。テオティワカンとは「神々が集まる場所」という意味でナワトル語の神話では太陽と月が創造された場所として表されています。350~650年には最盛期を迎えますが、8世紀中頃には廃墟となりました。理由は7世紀に発生した大規模火災と考えられていますが、内戦や紛争という説も指摘されています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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テサロニキの初期キリスト教とビザンツ様式の建造物群

Paleochristian and Byzantine Monuments of Thessalonika
テサロニキの初期キリスト教とビザンツ様式の建造物群
ギリシャ北部の都市テサロニキが建設されたのは、紀元前315年のことです。テサロニキとは、アレクサンドロス大王の後継者とされるカッサンドロスの妻「テサロニケ」に由来します。マケドニアの王となった彼は、王妃の名をこの街に与えました。街は初期キリスト教が確立していくなかで、その布教の拠点となりました。また、その立地の良さから交通の要衝となり、ビザンツ帝国時代でも首都コンスタンティノープルに次ぐ第二の都市として繁栄しました。オスマン帝国の支配下(1430年~1912年)では、多くの教会がモスクへと転用され、イスラム教のモスクも新たに建設されました。1912年にギリシャ領となった後も、テサロニキはアテネに次ぐギリシャ第二の都市として、現在も繁栄を続けています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国

Garden Kingdom of Dessau-Wörlitz
デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国
18世紀後半、アンハルト=デッサウ侯レオポルド3世・フリードリヒ・フランツと、友人の建築家フリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・エルトマンスドルフは、旅行で訪れたイギリスの風景式庭園やイタリアの古代建築の影響を受けて、エルベ川流域のヴェルリッツに、ヨーロッパ大陸では初の風景式庭園を造園しました。その後40年以上にわたり、ヴェルリッツとその周辺には、視線軸(視覚的なつながり)や、並木道や小道(空間的なつながり)によって結ばれた庭園群がつくられ、ヨーロッパでは他に類を見ない規模での庭園景観が生まれました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iv)
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テトゥアンの旧市街(旧名ティタウィン)

Medina of Tétouan (formerly known as Titawin)
テトゥアンの旧市街(旧名ティタウィン)
モロッコの北部、地中海沿岸に位置するテトゥアン。ここは8世紀頃から始まるイスラーム期に、モロッコとイベリア半島を結ぶ戦略的拠点として重要視されていました。14世紀に入るとマリーン朝が街を築きましたが、100年も経たないうちに、スペイン軍に破壊されてしまいました。その後、レコンキスタ(国土回復運動)でスペインからこの地に逃げてきたムスリムやユダヤ教徒ら避難民によって街は再建され、城塞化された都市として歩むことになりました。デルサ山の急斜面につくられた旧市街は約5㎞の城壁に囲まれています。
地域: アフリカ / 国名: モロッコ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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テ・ヘヌア・エナタ:マルケサス諸島

Te Henua Enata – The Marquesas Islands
テ・ヘヌア・エナタ:マルケサス諸島
南太平洋中心に位置するマルケサス諸島は海洋生態系と陸上生態系が共存する生物多様性のホットスポットです。固有種の割合が非常に高く維管束植物、鳥類、陸生・海生軟体動物、淡水魚の固有種の数において世界1,2位を争います。特に沿岸魚類と海生軟体生物の固有率が高いです。地理的に孤立した環境下にあるため海洋島環境下における種の進化のモデルとなっています。また世界最後の手つかずの海洋地域の一つとも言われ、世界で最もよく保存された沿岸生態系の一部になっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (iii)(vi)(vii)(ix)(x)
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デリーのフマユーン廟

Humayun's Tomb, Delhi
デリーのフマユーン廟
インドの首都デリーにあるムガル帝国の第2代皇帝フマユーンの墓廟です。初代皇帝バーブルの跡を継いだフマユーンは生涯戦いに明け暮れ、一時インドから追われてペルシャに亡命するなど波乱の生活を送りましたが、16世紀半ばにようやく北インドの支配を奪還しました。しかしその翌年に不慮の事故で亡くなったことから、「悲劇の皇帝」ともいわれます。彼の死後にペルシア出身でイスラム教徒である王妃のベーグムによりこの墓廟が建設されました。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)
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テル・アビーブの近代都市ホワイト・シティ

White City of Tel-Aviv – the Modern Movement
テル・アビーブの近代都市ホワイト・シティ
ヘブライ語で「春の丘」を意味するテル・アビーブは、エルサレムの北西56㎞、地中海に面したイスラエル有数の大都市です。1909年に建設され、イギリス委任統治領パレスチナの下で発展しました。1948年にはこの地でイスラエルの独立が宣言されています。そのテル・アビーブで、1930年代初頭から1950年代にかけて建設された白い住居やビルなど近代建築の密集する地区がホワイト・シティです。建築物群は機能性を重視し、テル・アビーブの気候に合うようにデザインされており、近代都市の優れた例と言われています。
地域: 西・南アジア / 国名: イスラエル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (ii)(iv)
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デルフィの考古遺跡

Archaeological Site of Delphi
デルフィの考古遺跡
デルフィはギリシャ中部のパルナソスの山腹にあります。ここは、古代ギリシャの予言の神アポロンの聖地として、当時広く知られていました。「世界のへそ」と言われているのは、神々の指導者であるゼウスが世界の中心がどこかを探るため、世界の両端から2羽の鷲を放ち、その2がこの地の上空で出会い、舞い降りたためとされています。この地には先述したアポロンを祀る神殿があり、また古代オリンピックに起源であるオリュンピアと同様のピュティア競技会場もあったため、数多くの巡礼者が訪れました。なお、ピュティアとはデルフィの神託所に仕えた巫女のことを指します。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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デロス島

Delos
デロス島
エーゲ海のほぼ中央、キクラデス諸島にあるデロス島は、伝説によると太陽神アポロンと月の女神アルテミスが誕生したとされている島です。紀元前3世紀に活躍した詩人カリマコスは、デロス島を「すべての島の中で最も神聖な島」と評しています。特にアポロンはオリンポス十二神の一柱であり、ゼウスの息子でもあることから、非常に重要な神とされていましいた。デロス島全体が考古遺跡となっており、ギリシャの遺跡の中でも最大級の規模を誇ります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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