World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(iii)(viii))

古都奈良の文化財

Historic Monuments of Ancient Nara
古都奈良の文化財
奈良の地には、唐の長安などをモデルとして、710年に平城京が建設され、784年まで日本の首都として栄えました。その間、仏教が国家の宗教として位置づけられ、一貫した仏教興隆政策のもとで多くの寺院や神社が建立されました。また、日本と中国、朝鮮との間における密接な文化的交流の歴史も示しています。中国や韓国では同年代の木造建築の大部分が失われていることからも、これら建造物群の世界史的な価値が極めて高いとされています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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ゴブスタン・ロック・アートの文化的景観

Gobustan Rock Art Cultural Landscape
ゴブスタン・ロック・アートの文化的景観
アゼルバイジャン中部の半砂漠地帯に位置するゴブスタンは、巨石に彫られた岩絵の宝庫です。1930年に発見され、その後本格的な調査が行われました。最終氷期以降、数万年にわたって描かれた保存状態の良い岩絵が6,000点以上残されており、有史以前の狩猟の様子や動物、植物、生活様式などが表現されています。写実的な描写を特徴とするこれらの絵には、当時この地が湿潤だった時代に生息していたと考えられるスイギュウやヤギなどの野生動物、実物よりも大きく描かれた人間、船などが題材となっています。狩猟の場面や、シカなどの動物を生贄とした宗教的あるいは呪術的な集団儀式の様子を描いたものもあり、先史時代の人々の生活様式や信仰形態を伝えています。また、この一帯には最終氷河期以降、旧石器時代後期から中世にかけてこの地に暮らしていた人々の洞窟住居や埋葬地などの遺跡も点在しています。
地域: 西・南アジア / 国名: アゼルバイジャン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (iii)
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コルドバの歴史地区

Historic Centre of Cordoba
コルドバの歴史地区
スペイン南西部、アンダルシア地方にあるコルドバは、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の文化が融合する歴史ある商業都市です。紀元前3世紀に共和制ローマの支配下に入った時にはカルタゴの植民都市が存在し、6世紀には西ゴート王国がこの地を統治します。その後イスラム勢力が制圧し、756年に後ウマイヤ朝の首都としてヨーロッパにおけるイスラム教の最重要拠点となります。10世紀には、コンスタンティノープル、ダマスカス、バクダードと並ぶ大都市として繁栄し、市街には300以上のモスクが立ち並びました。 一方、コルドバはキリスト教世界が目指すレコンキスタ(国土回復運動)の対象都市となります。1212年にムワッヒド朝が衰退すると、1236年にはカスティーリャ王国のフェルナンド3世によってコルドバは奪還され、大モスク「メスキータ」はキリスト教聖堂へ改修されるなど、キリスト教文化が浸透していきました。歴史地区では、それぞれの宗教文化の痕跡が今も残されています。その他にも、フェルディナント王子とイサベル女王が居城とした「カトリック両王のアルカサル」や、キリスト教支配の初期に築かれた「カラオーラの塔」など、レコンキスタを象徴する建築物も見ることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ゴレスタン宮殿

Golestan Palace
ゴレスタン宮殿
テヘランの歴史地区の中心部にある『ゴレスタン宮殿』は、テヘランで現存する最古の建物のひとつです。宮殿は、18世紀末に成立し、近代化を進めたカージャール朝の時代に建てられました。ペルシア伝統の芸術品や工芸品を配しながらも、西洋の建築技術やヨーロッパの建築様式を取り入れた建物です。敷地内の北側に位置するカーフ・エ・アスリー(本館)のタラー・エ・アイネは、別名「鏡の宮殿」と言われていて、壁から天井まで鏡でびっしりと飾られており、光を反射して空間全体が輝くかのように設計されています。室の居城や行政上の拠点としてだけでなく、カージャール朝時代の建築と芸術の中心地としての側面も持ち合わせていました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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サーメ人地域

Laponian Area
サーメ人地域
スウェーデン北部、北極圏のラップランドは、高い山々、原生林、広大な沼地、美しい湖や川が織りなす壮大な自然景観を有しています。この地域のうち、スウェーデン最北端に位置する4つの国立公園(パディエランタ、サーレク、ストーラ・シェーファレット、ムッドゥス)と2つの国立自然保護区(シャウンニャ、ストゥッバ)、スリチェルマ氷河地帯、チューオルタ渓谷、ラパダーレ・デルタを含む約9,400km2の地域は、氷河によって形成された自然環境と、そこに暮らすサーメ(ラップ)人の文化が息づく地域として、複合遺産に登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iii)(v)(vii)(viii)(ix)
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サーンチーの仏教遺跡

Buddhist Monuments at Sanchi
サーンチーの仏教遺跡
インド中部、マディヤプラデーシュ州にある『サーンチーの仏教遺跡』は、高さ約90mの丘の上に、宗教建築が群立しています。約50の遺跡群の中には、3つの大型のストゥーパ(仏塔)や祠堂、僧院など紀元前3世紀~後12世紀までの仏教の遺構が今に残されています。遺跡群はマウリヤ朝第3代の王であるアショーカ王がレンガ積みの小塔を建立したことから始まり、王の石柱と4頭の獅子を組み合わせた柱頭なども発見されています。また、第1ストゥーパはサーンチーを代表する建造物のひとつとして有名です。アショーカ王が各地につくった8万を超すストゥーパのひとつであり最古のもので、直径36.6m、高さ16.5mの大ストゥーパは頂上部を除いてほぼ完全な形で残されていることから、古い仏塔形式の典型として重要視されています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1989年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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済州火山島と溶岩洞窟群

Jeju Volcanic Island and Lava Tubes
済州火山島と溶岩洞窟群
韓国最南端の火山島である済州島は、漢拏山自然保護区、城山日出峰、拒文岳溶岩洞窟群の3地域が世界遺産に登録されています。これらの地域は、総面積約188.5㎢にわたります。済州島は約120万年前に誕生した火山島で、標高1,950mの漢拏山が韓国最高峰としてそびえ立っています。周辺には火山活動によって生まれた滝や奇岩、火山湖など、息を呑むような景観が広がっており、高山植物の宝庫でもあります。また、拒文岳の噴火により約30万〜10万年前に形成された拒文岳溶岩洞窟系は、その長さと複雑さから「世界で最も優れた洞窟システム」と評されています。これらの地域は、地球の形成と進化に関する重要な証拠であり、自然の壮大さを感じさせてくれます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (vii)(viii)
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ザンジバル島のストーン・タウン

Stone Town of Zanzibar
ザンジバル島のストーン・タウン
ザンジバル島の西側にあるストーン・タウンは、東アフリカにあるスワヒリ沿岸交易都市の優れた例です。この街は都市の構造や景観をほぼ完全な形で保っており、アフリカ、アラブ地域、インド、ヨーロッパなどの文化の要素を、千年以上にわたって融合させ、独自の文化を形成してきた多くの素晴らしい建造物が含まれます。なお「ザンジバル」とは、ペルシア語で「黒人の海岸」を意味する言葉に由来しています。
地域: アフリカ / 国名: タンザニア連合共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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サン・ジミニャーノの歴史地区

Historic Centre of San Gimignano
サン・ジミニャーノの歴史地区
サン・ジミニャーノはイタリアのトスカーナ地方を流れるエルサ川の渓谷を見下ろす小高い丘の上にあります。この地では、染め物の原料として珍重されたアヤメ科の多年草であるサフランの生産が盛んでした。さらに、フィレンツェやシエナとローマを結ぶ街道の中継地に位置し、大いに繁栄したことで12世紀末に自由都市として独立しました。しかしその後、皇帝派と教皇派の二つのグループに分かれて内部抗争が起き、さらにペストの流行により街は大打撃を受けて、14世紀にはフィレンツェの支配下に入り街は衰退しました。そのため、サン・ジミニャーノの街の景観はほとんど変わることがなく、中世の街並みがそのまま残されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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サン・マリノの歴史地区とティタノ山

San Marino Historic Centre and Mount Titano
サン・マリノの歴史地区とティタノ山
サン・マリノ共和国は、世界最古の共和国のひとつであり、イタリアにおいて唯一現存する都市国家です。世界遺産の登録範囲は、13世紀に共和国が都市国家として成立した時代にさかのぼるティタノ山および市の歴史地区を含む0.55㎢です。中世のイタリアでは、コムーネと呼ばれる有力な自治都市が周辺の農村地域を支配し、領域都市国家として分裂していました。これらの都市国家では、封建貴族が都市に移住し、大商人と共に市政を担うことで共和政が成立する例が多く見られました。19世紀後半、サルデーニャ王国とガリバルディによるイタリア統一運動(リソルジメント)によりイタリア全土が統一されましたが、サン・マリノのみは独立を保持しました。13世紀に誕生した共和政都市国家が現在まで700年以上にわたって継続していることは、生きた文化的伝統の証拠であり、世界遺産としての価値が認められています。
地域: ヨーロッパ / 国名: サン・マリノ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (iii)
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シーギリヤの古代都市

Ancient City of Sigiriya
シーギリヤの古代都市
スリランカ中部にそびえる『シーギリヤの古代都市』は、高さ約200mもある巨大な岩山の宮殿跡です。5世紀後半、シンハラ王国のカッサパ1世という王によって、岩山の頂上に都が築かれました。彼は王である父ダートゥセナを殺し、正当な継承者だった弟モッガラーナを追放して王に即位しました。その後罪の意識に苛まれ、復讐を恐れたカッサパ1世は、父を供養し、かつ弟の報復から身を守るために、父が構想していた城砦の建設に着手しました。カッサパ1世は人が簡単には登れない岩山の上に、宮殿や庭園、貯水池などを含んだ要塞都市をつくり、自らの安全を確保しました。わずか十数年この場所で暮らしましたが、最後は弟に敗れて命を絶ちます。短い歴史を持つ都ながら、その劇的な背景と大胆な建造物は、現代の私たちにも強い印象を残しています。
地域: 西・南アジア / 国名: スリランカ民主社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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始皇帝陵と兵馬俑坑

Mausoleum of the First Qin Emperor
始皇帝陵と兵馬俑坑
中国・陝西省西安近郊にある始皇帝陵は、紀元前3世紀に中国を初めて統一した秦の始皇帝の墓です。陵墓は高さ約51mの角錘台型の墳丘を中心に、東西 580m、南北1,355mの内城と、東西940m、南北2,165m の外城の二重の城壁で囲まれています。建設は即位直後の紀元前246年に始まり、死去までの数十年をかけて築かれました。『史記』によれば、全国から数十万人もの労働者が動員され、地下には壮大な「都市」が造られたと伝えられます。陵墓のある一帯は兵馬俑坑などを含めると約56㎢におよび、その規模と設計は古代中国の中央集権体制と権力を象徴するものとして、後世に大きな影響を与えました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)(vi)
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シ・テープの古代都市と関連するドヴァラヴァティ王国の遺跡群

The Ancient Town of Si Thep and its Associated Dvaravati Monuments
シ・テープの古代都市と関連するドヴァラヴァティ王国の遺跡群
シ・テープ古代都市は、現在のペッチャブーン県に位置しており、6世紀から10世紀にかけて繁栄したドヴァラヴァティ王朝を今に伝える貴重な遺産です。都市は、堀で囲まれた円形の「内町(ムアン・ナイ)」と長方形の「外町(ムアン・ノック)」という2つの区画からなります。主要な遺跡には、現存する最大規模のドヴァラヴァティ遺跡であるカオ・クラン・ノック、そして東南アジアで唯一とされる大乗仏教の洞窟寺院遺跡カオ・タモラットがあります。これらの遺跡は、宗教や都市計画の発展における高度な文化を物語っており、当時の社会や信仰の姿を今に伝えています。
地域: 東・東南アジア / 国名: タイ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (ii)(iii)
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シャーク湾

Shark Bay, Western Australia
シャーク湾
『シャーク湾』は、オーストラリア西岸の陸地と海域からなり、2万2,000㎢にもわたる広大な面積が世界遺産に登録されています。陸地と半島によって「W」のような形をした海岸線が延び、内湾には干潟やマングローブ林、外湾には岩礁や断崖が広がっています。この場所には世界最大級の海草藻場が存在し、世界的に絶滅の危機に瀕している多くの動植物の住処となっています。また、アオウミガメやアカウミガメなどの貴重な営巣地であり、世界有数のジュゴンの生息地ともされています。そのほかクジラやバンドウイルカ、マンタ、サメ、エイなども見ることができます。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (vii)(viii)(ix)(x)
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ジャームのミナレットと考古遺跡群

Minaret and Archaeological Remains of Jam
ジャームのミナレットと考古遺跡群
ジャームのミナレットは、アフガニスタンのヘラートの東約215km、ハリルド川とその支流ジャーム川の合流地点のほとり、そびえ立つ山々に挟まれた深い渓谷に位置しています。焼成レンガによって築かれた高さ65mの塔であり、基壇は八角形で直径9m、塔身は円筒形で4層構造となっています。ミナレットは幾何学模様のレリーフで全面を覆われており、トルコ石タイルで刻まれたクーフィー体アラビア文字の装飾が施されています。1194年、ゴール朝のスルタン、ギヤス・ウッディーン(1153〜1203)によって建立されたこのミナレットは、ゴール朝の夏の首都であった古代都市フィルーズクーの跡地を示すものと考えられています。建造の目的については不明であり、モスクが失われてミナレットのみが残ったという説など、諸説が存在しています。
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ジャイアンツ・コーズウェイとその海岸

Giant's Causeway and Causeway Coast
ジャイアンツ・コーズウェイとその海岸
緑豊かな自然が広がるアイルランド島の北端の海岸線には、正六角形をした約4万本の玄武岩の石柱が、約8㎞にわたって陸から海へとなだらかに続く石の道のように伸びています。この不思議な光景は、この地に伝わる巨人伝説にちなみ、「ジャイアンツ・コーズウェイ」(巨人の石道)と名付けられています。これらの石柱は人間が意図的に並べたように見えますが、約6,000万年前の火山の大爆発の際に、大量のマグマが冷えて固まる過程の自然現象でつくられたものです。他にも、この海岸では、12mの高さの柱が60本並ぶ「巨人のオルガン」や、浸食により崖から切り離された多くの柱が見られることから「煙突口」と呼ばれる独特の景観を見ることができます。
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ジャイプールのジャンタル・マンタル-マハラジャの天文台

The Jantar Mantar, Jaipur
ジャイプールのジャンタル・マンタル-マハラジャの天文台
18世紀初頭、ラージプート諸国の一つアンベール王国の藩王(マハラジャ)であったサワーイー・ジャイ・シング2世が建設した天体観測施設群です。彼は科学者でもあったので、山上のアンベール城から平地のジャイプールへ遷都するタイミングで、自身の居城シティ・パレスの一角に観測施設をつくりました。彼は他の北インドの領地5カ所にも同様の観測施設をつくりましたが、ここジャイプールのものが最も規模が大きく、かつ完全な形で保存されています。なお、ジャイ・シング2世が整備した新都ジャイプールは、『ラジャスタン州のジャイプール市街』として世界遺産に登録されており、ジャンタル・マンタルも含まれています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ジャテツとザーツ・ホップの景観

Žatec and the Landscape of Saaz Hops
ジャテツとザーツ・ホップの景観
チェコ北西部にある『ジャテツとザーツ・ホップの景観』は、700年以上にわたり世界的に有名なホップ「ザーツ・ホップ」の栽培・加工・流通が行われてきた地域です。構成要素のひとつであるジャテツの町は、19世紀にチェコ人、ドイツ人、ユダヤ人によるホップ産業の革新を経て、国際的なホップ貿易の中心地となりました。市街地には乾燥窯や包装施設、硫黄処理場などの特徴的な建造物も残ります。都市機能と農業活動が密接に結びつき、進化を続ける文化的景観が今も息づいています。
地域: ヨーロッパ / 国名: チェコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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シャフリサブズの歴史地区

Historic Centre of Shakhrisyabz
シャフリサブズの歴史地区
ウズベキスタン南東部のシャフリサブズは、古代にはケシュまたはキシュ(心休まる地)と呼ばれた、中央アジアでも最古の歴史をもつ都市のひとつです。紀元前1千年紀には農耕集落が存在していたことが判明しています。シルク・ロードの交易の主役であったソグド人の活動により発展し、その繁栄は玄奘の「大唐西域記」にも記されています。この地域がイスラム化した後はサマルカンドやブハラといった近隣の都市の発展により衰退していきました。
地域: 西・南アジア / 国名: ウズベキスタン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (iii)(iv)
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シュコツィアンの洞窟群

Škocjan Caves
シュコツィアンの洞窟群
スロベニア南西部のクラス高原に位置する413万㎢にも及ぶ保護区で、世界最大級の地下河川渓谷の一つでもある、類い希な石灰岩洞窟群です。この壮大な地下渓谷は、クロアチアとの国境付近を源流とするレーカ川が石灰岩を削って作り上げた地形で、レーカ川はシュコツィアン村のすぐ東側で一旦地下に入り、村のすぐ西側にあるヴェリカとマラと呼ばれる二つの大きなドリーネで顔をのぞかせた後、アドリア海の最深部のトリエステ湾にそそぐティマヴォ川の水源となるまで約30㎞以上も地下を流れていきます。長さ3.5km、幅10~60m、高さ100mを超えるシュメチャ川をはじめとする地下渓谷の延長は6kmにも及び、多数の地下空間を形成しています。中でも最大のマルテルホールは容積約220万㎥を誇り、スロベニアで発見された最大の地下空間であり、世界でも最大級の地下空間の一つと考えられています。また、洞窟群とその周辺地域は、カルスト地形の主要な場所となっており、「カルスト」や「ドリーネ」の語源としても知られています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スロベニア共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (vii)(viii)
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昌徳宮

Changdeokgung Palace Complex
昌徳宮
昌徳宮(チャンドックン)は、景福宮の離宮として、朝鮮王朝第3代太宗によって1405年に建設されました。自然の地形を活かして設計されたこの宮殿は、伝統的な風水思想と儒教の理念を体現した希少な建築例とされています。場所は朝鮮半島の北部・白岳山の麓に位置し、敷地全体が地形と調和するように配置されました。王の居住区、政務区、儀式空間などは儒教的な原則「前朝後寢」に基づいて設計されており、空間構成そのものが儒教の思想を表しています。このようなことから、昌徳宮は単なる王宮ではなく、朝鮮王朝の精神的な世界観を象徴する場所として評価されています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ジョグジャカルタの世界観を表す軸線と歴史的建造物群

The Cosmological Axis of Yogyakarta and its Historic Landmarks
ジョグジャカルタの世界観を表す軸線と歴史的建造物群
インドネシアのジャワ島中部にあるジョグジャカルタは、1755年のマタラム王国分裂後、イスラム王朝のジョグジャカルタ王国の都として築かれました。古くはヒンドゥー教が信仰されていたジャワ島では、その影響で世界は海と陸の環に囲まれているという宇宙観(世界観)がありました。北にムラピ山、南にインド洋、東西に川が流れるこの地は、まさに宇宙観に則した土地と考えられ、都市が造られました。後にイスラム教が広まり、18世紀にイスラム王朝のマタラム王国の都として現在の町並みが建設された際にも、その宇宙観(世界観)を反映した都市計画がもとになりました。
地域: 東・東南アジア / 国名: インドネシア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (ii)(iii)
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シングヴェトリル国立公園

Þingvellir National Park
シングヴェトリル国立公園
アイスランド語で「集会の平原」を意味するシングヴェトリルは、アイスランド島の南西部、首都レイキャヴィクから北東約50?に位置する国立公園です。930年、この地で世界最古の議会「アルシング(全島集会)」が開かれ、この集会は1798年まで同じ場所で続きました。議会は年に2週間開催され、出席者は誰でも自分の意見を述べることができました。法議長が演説を行った「法律の岩」や、石で造られた仕切り席などの遺構が現在でも残されています。この集会の記録は、ヴァイキング時代の歴史を伝える史伝集『アイスランドサガ』にも記されています。また、1944年にはアイスランド共和国樹立の宣言もこの地で行われ、国民にとって精神的な象徴の地となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: アイスランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (iii)(vi)
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人類化石出土のサンギラン遺跡

Sangiran Early Man Site
人類化石出土のサンギラン遺跡
ジャワ島中部、ジョグジャカルタの北方のソロ川流域に広がる地域で初期人類の化石が数多く出土しています。その数は世界で発掘された数の約半数といわれます。ここでは19世紀末から人類化石が発見されていたようですが、その後20世紀になってからの本格的発掘調査で頭蓋骨や顎骨、歯などが多数出土し、これらは「ジャワ原人」(学名:ピテカントロプス・エレクトゥス)と呼ばれました。約150万年前にこの地で暮らしていた人類で、発掘当時は現生人類の祖先と思われましたが、現在では初期人類の流れのうちのひとつとして「ホモ・エレクトゥス・エレクトゥス」と呼ばれています。脳の容量は1,000cc程度で顔や身体はまだ原始的な特徴を残していますが、この遺跡では石器も多く出土し、それらから彼らが狩猟や獲物の加工を行っていたことがわかっています。われわれがイメージする「原始人」も一様ではなく、各地でさまざまな生活様式や文化的特徴を持っていたようです。
地域: 東・東南アジア / 国名: インドネシア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iii)(vi)
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スースの旧市街

Medina of Sousse
スースの旧市街
チュニジアのサヘル地方に位置するスースのメディナは、海賊や海からの危険にさらされてきた歴史を持つ沿岸都市に適用されたアラブ・イスラムの都市計画を反映する調和のとれた考古学的複合体を形成しています。スースの南東約20kmに位置するモナスティルのメディナとともに、イスラム初期の軍事沿岸建築の独自の原型を示しており、今日まで受け継がれています。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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水原の華城

Hwaseong Fortress
水原の華城
18世紀末、朝鮮王朝の第22代王・正祖は、父の荘献世子の墓を水原郊外の華山に移すために強力な防御施設を備えた華城を築きました。周囲約6km、高さ約7mの石造りの城壁には4つの主要な門があり、他にも見張り塔、弓射塔、楼塔、稜堡などの設備があります。城壁内には王の臨時の宿である行宮もつくられました。戦争や洪水によって、水門、見張り塔などの7つの建造物が失われたものの、その壮大な都城は水原のシンボルになっています。このように、当時の有力な軍事技術者のもとで建造された華城は、ヨーロッパと東アジアの最新の技術を結集させた18 世紀の軍事建築の傑作ともいえます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iii)
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スケリッグ・マイケル

Sceilg Mhichíl
スケリッグ・マイケル
スケリッグ・マイケル島は、アイルランド語で「天使ミカエルの岩」を意味し、アイルランド南西沖12?の海上に浮かぶスケリッグ諸島に属する、面積約0.219?の小島です。島はデボン紀の砂岩による断層により、中央に「キリストの谷」や「キリストの鞍」と呼ばれる海抜130mのU字型の窪地が形成されており、その両側には北東に185m、西南西に218mの山頂がそびえる急峻な岩山となっています。島内には上陸地点が3ヵ所あり、主要な修道院遺跡へは階段でつながっています。島はシロカツオドリの大繁殖地であり、その他にも多くの海鳥が生息していることから、自然保護区に指定されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: アイルランド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iii)(iv)
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スコータイと周辺の歴史地区

Historic Town of Sukhothai and Associated Historic Towns
スコータイと周辺の歴史地区
スコータイは、タイ族がクメール族に代わって築いた初代スコータイ王朝の都で、13世紀から15世紀にかけて繁栄しました。特に、スコータイ王朝第3代ラームカムヘーン王の時代に最盛期を迎え、タイ文字を創り出したほか、上部座部仏教を受容して数多くの仏教寺院が建てられました。最大の寺院はワット・マハータートで、初代王インタラティットによって建てられたと言われています。こうしたスコータイ王朝の繁栄は、後のタイという国の形成にも大きな影響を与えることになります。いわゆるタイ文化の基礎を築いた都市であり、当時の宗教や社会、経済の発展を今に伝えています。
地域: 東・東南アジア / 国名: タイ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(iii)
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スタリ・ラスの遺跡とソポチャニの修道院

Stari Ras and Sopoćani
スタリ・ラスの遺跡とソポチャニの修道院
スタリ・ラスは、ラシュカ川とセベチェヴォ川の合流点近くの山岳地帯に位置し、セルビア王国の最初の首都となった都市です。丘の上のグラディナ要塞や麓のトゥルゴヴィシュテの待ちなど、9世紀頃から建造された建造物が残る考古学遺跡となっています。これらは、中世においてセルビア民族がスラヴ文化や他の民族の文化にもたらした独自の貢献を象徴しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: セルビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)
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ストーンヘンジ、エイヴベリーの巨石遺跡と関連遺跡群

Stonehenge, Avebury and Associated Sites
ストーンヘンジ、エイヴベリーの巨石遺跡と関連遺跡群
イギリス南部のソールズベリー平原にあるストーンヘンジとエイヴベリーは、先史時代に築かれたとされる、謎を秘めた巨石遺跡群です。ストーンヘンジの建設時期は大きく3つに分けられています。第1期は紀元前3100〜前2200年頃の直径100mもの外周部が形成された時期、第2期は前2100〜前2000年頃のブルー・ストーンと呼ばれる青みのある石でメンヒル群(直立石の上に水平に石を載せて連結したもの)が形成された時期、第3期は前2000〜前1100年頃の直径30mの環状列石とその内側に3つの石を門形に組んだトリリトン(三石塔)5組が馬蹄形に配置された時期とされています。これらの巨石遺跡が担っていた役割については未解明ですが、夏至の朝に環状列石の外にあるヒールストーン付近から太陽が昇り、中心部を照らすことなどから石の配置には天文学的な意味があるのではないかと考えられています。 ストーンヘンジ周辺にはダーリントン・ウォールズなどのています。
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