World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(iii))

タカリク・アバフ国立考古公園

National Archaeological Park Tak’alik Ab’aj
タカリク・アバフ国立考古公園
グアテマラの太平洋岸山麓には亜熱帯湿潤林に覆われた考古学遺跡群があります。タカリク・アバフは、紀元前800年から紀元後900年までの約1,700年の間、メキシコのテワンテペク地峡と現在のエルサルバドルとを結ぶ長距離交易の要衝でした。この交易路を通じて、思想や習俗が広く共有されていました。そうした立地条件もあり、この遺跡群の石碑や建造物の様式からは、北中米で最初期の古代文明であるオルメカ文明からマヤ文明へと移行していく過程が明確に示されています。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: グアテマラ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (ii)(iii)
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タキシラの都市遺跡

Taxila
タキシラの都市遺跡
パキスタンの首都イスラマバード近郊のタキシラは、中石器時代の洞窟や4つの異なる時代の都市遺跡、仏教寺院やイスラム教のモスクなどを含む多種多様な遺跡が残されています。シルク・ロードの支流ながら重要な位置にあったタキシラは1世紀から5世紀頃に最盛期を迎えたとされています。特にサライカラ、ビール、シルカップ、シルスークの4つの居住地遺跡はインド亜大陸における都市の発展を示す重要な遺跡です。最も古いサライカラは先史時代の最古の集落跡で、新石器時代、青銅器時代、鉄器時代の居住の痕跡が残されています。次の時代にあたるビール(ビール・マウンド)は、紀元前6世紀にアケメネス朝が築いたとされるタキシラの「都市」としては最古のもので、石壁や家屋の基礎、街路などに都市化の遺構が残されており、紀元前326年にアレクサンダー大王が凱旋入場した地としても知られています。さらに時代が下ったシルカップは紀元前180年頃にギリシャ人によって築かれた都市で、碁盤目状の都市に配置された家屋や仏塔、寺院などにはヘレニズム時代のヨーロッパ建築の影響が強く見られます。シルカップはその後クシャーナ朝によって破壊されましたが、そのクシャーナ朝が残した都市が4つめのシルスークです。ここでは発掘調査によって不規則な長方形の切石積みの城壁と丸みを帯びた堡塁が見つかっています。これらには中央アジアの建築様式の影響が見られ、インド亜大陸と中央アジアとの関連を物語っています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (iii)(vi)
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タスマニア原生地帯

Tasmanian Wilderness
タスマニア原生地帯
オーストラリア大陸の南に位置するタスマニア島は、かつてゴンドワナ大陸の一部でオーストラリアと陸続きだった島です。2万1,000年前頃に、海水面の上昇によって本土と海峡で隔てられました。タスマニア島では、太古の姿を保った植物や独自の進化を遂げた動物が見られます。1982年に自然遺産として世界遺産登録されましたが、1989年には文化遺産の価値も認められて、複合遺産になりました。氷河の流動によって大地が浸食され、平坦な山頂や荒々しい斜面、多数の湖が誕生し、世界最大規模の壮観な原生地帯だといわれています。世界遺産には7つの国立公園にまたがる、総面積約1万5,842㎢のエリアが登録されています。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)(vii)(viii)(ix)(x)
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タッシリ・ナジェール

Tassili n'Ajjer
タッシリ・ナジェール
タッシリ・ナジェールは、サハラ砂漠の深奥部にある台地で、いまから6,000年ほど前の先史時代の岩絵が多く残る地です。「タッシリ・ナジェール」とは現地のトゥアレグ族の言葉で「水流の多い地」という意味ですが、現在は砂漠のなかの不毛な地で、まるで月面のような風景が広がり、浸食された砂岩が立ち並ぶ「岩の森」とも呼ばれる景観となっています。岩のくぼみには牛の群れやワニ、小舟、狩猟や舞踏など15,000点以上の岩絵が残されています。これらにより、ここはかつて湿潤で緑豊かな地であったことがわかります。サハラの気候変動・砂漠化と動物や人々の生活を知るための重要な岩絵群です。
地域: アフリカ / 国名: アルジェリア民主人民共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (i)(iii)(vii)(viii)
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タッタとマクリの歴史的建造物群

Historical Monuments at Makli, Thatta
タッタとマクリの歴史的建造物群
パキスタン南部のタッタは、この地方を支配したサンマーン朝、アルグン朝、タルハーン朝の3王朝の首都が置かれ、インダス川の河口近くに栄えた町です。16世紀後半にはムガル帝国の支配下となり、ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンによって建設された、青を基調として彩釉タイルで有名なジャーミ・マスジド(金曜モスク)はシャー・ジャハーン・モスクとも呼ばれています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (iii)
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タドラールト・アカークスの岩絵遺跡群

Rock-Art Sites of Tadrart Acacus
タドラールト・アカークスの岩絵遺跡群
リビア南西部フェザン地方の砂漠地帯にあるタドラールト・アカークスの岩絵遺跡群は、アルジェリアのタッシリ・ナジェールにも隣接しており、数千点もの異なる様式の岩絵が残されています。これらの絵画は、紀元前約12,000年から西暦100年までの長い期間にわたって制作され、狩猟の場面や日常生活、儀式的な踊りや動物など、多様なテーマを描いており、サハラ地域で代々入れ替わった人々の様々な生活様式を鮮やかに記録しています。その広範な年代と多様な様式は、この地域における芸術的発展の歴史を物語るものです。
地域: アフリカ / 国名: リビア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (iii)
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タヌムの岩絵群

Rock Carvings in Tanum
タヌムの岩絵群
スウェーデン西部ブーヒュースレーン地方北部に位置するタヌムの岩絵群は、紀元前1500年~紀元前500年頃に描かれた青銅器時代の岩絵が残されています。この一帯は花こう岩の岩盤に覆われた土地で、氷河の浸食によって滑らかになった岩肌が岩絵のキャンバスとなりました。ブーヒュースレーン地方北部には1,500カ所以上の岩絵遺跡があり、その中でもタヌムには360以上に及ぶ岩絵が残っています。ノミや石鎚のような工具で岩肌を削り、そこに顔料で色を施された岩絵には人間、動物、船、武器、太陽などのモチーフが描かれており、スカンジナビアの先史時代の生活と文化を今に伝えています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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タプタプアテア

Taputapuātea
タプタプアテア
タプタプアテアとは、フランス領ポリネシアのライアテア島にある文化遺産です。ハワイ諸島とラパ・ニュイ(イースター島)、ニュージーランドのアオテアロアを頂点とする三角地帯は「ポリネシアン・トライアングル」と呼ばれ、ポリネシア文化圏の定義のひとつとなっていますが、ライアテア島はこの三角地帯の中心に位置しています。ここは人類が最後にたどり着いた定住の地とされており、マラエ(祭祀場)群のある島と海、ラグーン、サンゴ礁、森林に覆われた2つの谷の美しい景観で構成されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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タフテ・ソレイマーン

Takht-e Soleyman
タフテ・ソレイマーン
イラン北西部の火山地帯にあり、「火」を神聖視するゾロアスター教の聖地となっていました。ゾロアスター教は世界最古の宗教のひとつで、紀元前6世紀のアケメネス朝ペルシア時代にはすでに信仰されており、その後のササン朝ペルシア時代には国教となりました。タフテ・ソレイマーンには国家的祭祀を行った聖なる拝火壇「アザル・ゴシュナスブ」がおかれ、聖地として発展しました。歴代のササン朝の王は王位を受け継ぐ際に、この場所で火を捧げたと言われています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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タブリーズの歴史的バザール群

Tabriz Historic Bazaar Complex
タブリーズの歴史的バザール群
イラン西部のタブリーズは、この地域の商業の拠点で地域経済の中心であり、イル・ハン国やサファヴィー朝の首都となった都市です。ここは古代から交易が盛んでシルクロードの中継地として繁栄し、商業・文化の交流の重要な拠点でした。ここにあるバザールは1,000年以上の歴史を持ち、中東最古のバザールです。ひとつながりの屋根に覆われたレンガ造りの建物群の中に、多様な機能を持つ空間が点在する複合施設で、イランの伝統的な商業と文化の繋がりが見てとれる事例です。このようなバザールの形はペルシャの都市計画のモデルの一つでした。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ダマスカスの旧市街

Ancient City of Damascus
ダマスカスの旧市街
紀元前3000年頃、メソポタミアとアラビア半島、地中海をつなぐ結節点に築かれた都市。郊外にある遺跡の調査で、紀元前10000年から紀元前8000年頃には人が定住していたことが明らかになっていて、世界最古の都市の1つと言えます。ローマ帝国やビザンツ帝国、オスマン帝国などさまざまな国家に支配され、東洋と西洋が交わる要衝としていつの時代においても文化、商業の中心地として栄えました。イスラム世界初の王朝となったウマイヤ朝の首都でもあり、アラブ世界の都市の模範となりました。
地域: 西・南アジア / 国名: シリア・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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タラゴナの考古遺跡群

Archaeological Ensemble of Tarraco
タラゴナの考古遺跡群
スペイン北東部にあるタラゴナは、イベリア半島で最古級のローマ人居住地です。紀元前218年に古代ローマに占領された後、イベリア半島進出の拠点となって歴代の皇帝たちも訪れるようになりました。ローマ帝国時代にはイベリア半島における主要な行政・商業都市へと発展。イベリア半島最大規模の都市、かつ、半島全域における皇帝崇拝の中心地になりました。ローマ世界において、他の地域の属州都市のモデルにもなっており、ローマの都市計画と設計の発展を知る上でも非常に重要なものと言えます。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)
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タンバリの考古的景観にある岩絵群

Petroglyphs of the Archaeological Landscape of Tanbaly
タンバリの考古的景観にある岩絵群
カザフスタン南東部のタンバリ(タムガリ)渓谷の900万㎡に及ぶエリアに、紀元前14世紀ごろから紀元20世紀はじめまでに描かれたとされる約5,000点もの岩絵や岩刻文字が残されています。また、青銅器時代以降の墳墓も見つかっており、宗教的祭祀を行ったと思われる場所も発見されています。これらは48か所に分かれていて、それぞれが関連する集落の生活文化に密接に関連しており、遊牧民の牧畜・農耕・社会組織や儀式を示すものとなっています。
地域: 西・南アジア / 国名: カザフスタン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (iii)
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チェルヴェテリとタルクィニアのエトルリア古代古墳群

Etruscan Necropolises of Cerveteri and Tarquinia
チェルヴェテリとタルクィニアのエトルリア古代古墳群
イタリア中部ラツィオ州に位置するチェルヴェテリとタルクィニアには、エトルリア人が残した大規模な墓地遺跡があります。エトルリア人は、紀元前8 ~前1世紀頃にイタリア半島で暮らしていた先住民族で、トスカーナ地方を中心に数多くの都市国家を建設し、地中海北部で都市文明を築きました。やがてローマ帝国に併合されてローマ人に同化しましたが、その独自の文化は継承されました。2箇所の墓地遺跡は、古代からギリシャ時代に至るエトルリア人の文化水準の高さや、生活習慣などを伝えています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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チチェン・イツァの古代都市

Pre-Hispanic City of Chichen-Itza
チチェン・イツァの古代都市
チチェン・イツァはユカタン半島北部のマヤ文明の中心地の一つで、マヤ文明とトルテカ文明が融合した遺跡です。チチェン・イツァは最初にマヤ系の民族によって都市が形成されましたが、後に一度都市は放棄されました。その後10世紀にトルテカ文明(テオティワカン文明崩壊後にメキシコ全域に広がった文明)の影響を受けたイツァ人によって都市が再興されました。そのためチチェン・イツァでは10世紀以前の遺構が多く残る地域を「旧チチェン」、10世紀以後を「新チチェン」と呼び両者は建築様式等でもそれぞれ異なる特徴がみられます。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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チャコ文化

Chaco Culture
チャコ文化
ニューメキシコ州北西部に位置するチャコ・キャニオンで発見された集落は、10〜12世紀にかけて先住民アナサジ族によって築かれた集落群です。大規模な集落は12、小規模なものは400以上に及びます。アナサジ族は当時、独自の石工技術を用いて、数百の部屋を備えた多層構造の「グレートハウス」と呼ばれる巨大な石造建造物を建設しました。これらの建物は計画的に設計・建設されており、2〜5階建ての集合住宅となっています。壁は砂岩と泥モルタルで構築され、屋根梁には松材が使用されています。これらはチャコ文化の全体像を示す、良好な保存状態の考古学的遺跡です。多層構造と洗練された石積みを特徴とする高度に組織化された大規模建造物は、当時の社会構造の複雑化を物語っています。
地域: 北米 / 国名: アメリカ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (iii)
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チャタルヒュユクの新石器時代の遺跡

Neolithic Site of Çatalhöyük
チャタルヒュユクの新石器時代の遺跡
トルコのアナトリア高原南部に位置する『チャタルヒュユクの新石器時代の遺跡』は、紀元前7400年から前5200年頃の遺跡とされ、人類最初期の定住生活や農耕生活を伝える貴重な遺跡として評価されています。チャタルヒュユクはトルコ語で「分岐した丘」という意味で、ここには二つの丘(テル)があり、それぞれ年代が異なります。東側のテルは紀元前7400年から前6200年にかけて、西側のテルは前6200年から前5200年にかけて使用されたと言われています。トルコでは他にも人類史最古級の遺跡が発掘されており、それらは世界遺産にも登録されていますが、住民たちの当時の生活を垣間見ることが出来る点としては、本遺跡は特筆に値します。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (iii)(iv)
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チャビンの考古遺跡

Chavin (Archaeological Site)
チャビンの考古遺跡
チャビンの考古遺跡は紀元前1500年頃から紀元前300年頃にかけて発展した古代アンデス文明、チャビン文化の中心地です。ペルーのアンデス山脈の谷間に位置するこの場所は、南米の広範な地域に影響を与えた宗教的な中心地でした。高度な石積み技術で築かれた神殿複合体は、この文化の技術力と組織力を物語っており、後のインカ帝国にも影響を与えたとされるアンデス文明の精神的・文化的基盤を築きました。
地域: 南米 / 国名: ペルー共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (iii)
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チャムパーサックの文化的景観にあるワット・プーと関連古代遺跡群

Vat Phou and Associated Ancient Settlements within the Champasak Cultural Landscape
チャムパーサックの文化的景観にあるワット・プーと関連古代遺跡群
チャムパーサックの文化的景観は、山頂から川岸へと続く軸線を用いて、自然と人間との関係についてのヒンドゥー教のビジョンを表現するために形作られました。この軸線に沿って、寺院、神社、水道施設が幾何学的なパターンで配置され、約10㎞にわたって広がっています。この景観は1,000年以上の歴史を持ち、精神的な意義が大きな周囲の自然と融合させた傑出した例で、強い宗教的信念と献身を表現しています。
地域: 東・東南アジア / 国名: ラオス人民民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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チャンチャンの考古地区

Chan Chan Archaeological Zone
チャンチャンの考古地区
ペルー北部海岸、トルヒーヨ郊外に位置するチャンチャンの考古地区は、チムー王国の首都でした。この都市は、古代アンデス文明において最大規模の日干しレンガで造られた計画都市であり、その広大な敷地には住居、神殿、広場、そして要塞などの建造物が残されています。これらの建物は、当時の社会構造や宗教観を反映しており、高度な都市計画技術を物語っています。15世紀に最盛期を迎え、その直後インカ帝国に滅ぼされました。
地域: 南米 / 国名: ペルー共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(iii)
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昌徳宮

Changdeokgung Palace Complex
昌徳宮
昌徳宮(チャンドックン)は、景福宮の離宮として、朝鮮王朝第3代太宗によって1405年に建設されました。自然の地形を活かして設計されたこの宮殿は、伝統的な風水思想と儒教の理念を体現した希少な建築例とされています。場所は朝鮮半島の北部・白岳山の麓に位置し、敷地全体が地形と調和するように配置されました。王の居住区、政務区、儀式空間などは儒教的な原則「前朝後寢」に基づいて設計されており、空間構成そのものが儒教の思想を表しています。このようなことから、昌徳宮は単なる王宮ではなく、朝鮮王朝の精神的な世界観を象徴する場所として評価されています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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チャンパネール ‐ パーヴァガドゥ遺跡公園

Champaner-Pavagadh Archaeological Park
チャンパネール ‐ パーヴァガドゥ遺跡公園
インド西部グジャラート州にある標高800mのパーヴァガドゥの丘とその麓のチャンパネールには、先史時代の人の居住跡があり、その後のヒンドゥー教王国やイスラム王朝までの遺跡が残されています。13世紀にここを支配したラージプート族のキチ・チャウハーン朝が丘の上に要塞を築き、15世紀にはグジャラート・スルタン朝が麓の集落を再建し新都を建築しました。ここは16世紀にムガル帝国に滅ぼされ放棄されるまでグジャラートの首都として機能し、ムガル帝国以前の姿を残す貴重な都市遺跡です。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)(vi)
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チュニスの旧市街

Medina of Tunis
チュニスの旧市街
チュニジア北東部の肥沃な平野地域に位置し、海から数kmの場所にあるチュニスのメディナは、698年に設立されたマグリブ地方で最初のアラブ・イスラムの街のひとつです。12世紀から16世紀にかけて、ムワッヒド朝とハフス朝の統治下で、チュニスはアラブ世界で最も偉大で豊かな都市のひとつとされました。この時期およびそれ以前の時期の証拠は、現在も数多く残っています。16世紀から19世紀にかけては、新たな勢力が都市に多くの宮殿や邸宅、大モスク、ザウィア、マドラサを建てました。登録された土地は約3㎢におよび、アラブ・イスラム都市のすべての特徴を備えています。それは、中央メディナ(8世紀)と北と南の郊外(13世紀)から構成されています。およそ700の歴史的建造物が7つのエリアに分布しており、特に注目すべきものには、ザイトゥーナ・モスク、カスバ・モスクなどがあります。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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朝鮮王朝の王墓群

Royal Tombs of the Joseon Dynasty
朝鮮王朝の王墓群
『朝鮮王朝の王墓群』は、14世紀末から20世紀初頭にかけて築かれた歴代国王と王妃の墓で、自然と人の調和を重んじる「風水(プンス)」の思想に基づいて配置されています。山と水の調和がとれた地形を選び、俗から聖へと続く空間構成が設けられたその景観は、儒教文化における祖先崇拝の理念が体現されています。また、建築物群や石像、儀礼の道具などが体系的に配置され、自然環境と融合した独自の葬送文化を築いた点で、東アジアの墓制史における発展段階を示す重要なものになっています。現在も王室関係者や奉祭会によって年に1度の祭礼が続けられ、生きた伝統として受け継がれています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2009年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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チョンゴニの岩絵地区

Chongoni Rock-Art Area
チョンゴニの岩絵地区
チョンゴニの岩絵地区は、マラウイ中部の高原、豊かな緑に覆われた花崗岩の丘陵地帯にあり、中部アフリカで先住民の岩絵が最も集中している地域です。126.4㎢の範囲で発見された岩絵は127箇所にも及びます。ここは先住民たちにとって宗教的儀式の中心地で、今に残る多くの岩絵は彼らの文化と伝統の痕跡です。最も古い赤い岩絵は、新石器時代にこのエリアに暮らしていた狩猟採集民バトゥワ(ピグミー)族が描いたものと考えられています。また、1世紀ごろ北方からやってきた農耕民チュワ族は白い粘土で写実的な絵を残しました。チュワ族の岩絵は女性の成人儀礼に関するものが多く、現在もそれらの伝統に則った儀式が営まれています。
地域: アフリカ / 国名: マラウイ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (iii)(vi)
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チリビケテ国立公園:ジャガー崇拝の地

Chiribiquete National Park – “The Maloca of the Jaguar”
チリビケテ国立公園:ジャガー崇拝の地
チリビケテ国立公園はコロンビア中南部のアマゾン熱帯雨林にある同国最大の自然保護地域です。まず、この国立公園の最大の特徴は何といってもテプイの存在でしょう。テプイとは、切り立った砂岩の大地のことであり、テーブルマウンテンとも言います。このテプイは世界でギアナ楯状地でしか見られないものであり、チリビケテのテプイは他のものと比べてやや小規模ではあるものの外界と隔絶した世界を生み出し、そのため固有種が多く生息しています。ジャガーやピューマ、ホエザルなどの貴重な動物が生息し、またジャガーに関しては、後述するように先住民から崇拝の対象となっていました。
地域: 南米 / 国名: コロンビア共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (iii)(ix)(x)
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チレント・ディアノ渓谷国立公園及び遺跡群と修道院

Cilento and Vallo di Diano National Park with the Archeological sites of Paestum and Velia, and the Certosa di Padula
チレント・ディアノ渓谷国立公園及び遺跡群と修道院
チレント・ディアノ渓谷国立公園は、イタリアの南部、カンパニア州サレルノ県内にある広大な公園です。3つの山を中心とする山岳地帯と海に面し、断崖や岩礁が点在する入り組んだ海岸線を持つ美しい景観が見られます。この一帯には、旧石器時代後期にあたる約25万年前から人が住み始め、先史時代から中世にかけて、山の尾根を結ぶルートで多くの人々が行き来していました。交易を通じて、文化や政治の面でも重要な場所となり、ギリシャ人による入植の時代を経て、紀元前3世紀にはローマの領土となりました。現在、この公園内には、ギリシャ植民都市時代の遺跡や修道院が点在しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (iii)(iv)
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チロエの教会堂群

Churches of Chiloé
チロエの教会堂群
チリ南部にあるチロエ諸島には、1567年からのスペイン統治下で建てられた木材教会堂が残されています。17世紀のイエズス会は、年に一度各地のミッションを巡回・滞在する「巡回宣教」を行っており、その活動のため教会堂が建設されるようになりました。19世紀末までに100棟以上が建てられ、50棟あまりが現存しています。1767年にイエズス会がスペインの海外領土から追放された後は、フランシスコ会がチロエでの活動を継承しました。教会群は現在も信仰の場であり、地元コミュニティによる宗教行事が定期的に行われています。
地域: 南米 / 国名: チリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)
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ツォディロの岩絵群

Tsodilo
ツォディロの岩絵群
ツォディロは、ボツワナ北西部、カラハリ砂漠のわずか10平方キロメートルの地域に4,500点以上の壁画が保存されており、世界で最も岩絵が集中している場所の一つです。そのため、しばしば「砂漠のルーブル美術館」と呼ばれています。これらの岩絵は、正確な年代が特定されていませんが、石器時代から19世紀まで長期にわたって、厳しい環境下において何千年もの間、人々が訪れて定住してきたことを示す豊富な証拠を残しています。
地域: アフリカ / 国名: ボツワナ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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ティヴォリのエステ家別荘

Villa d'Este, Tivoli
ティヴォリのエステ家別荘
イタリア中部、ローマ郊外にある街ティヴォリは、ローマの貴族の別荘地として名高い場所でした。北イタリアの有力な貴族であったエステ家の出身である枢機卿イッポリート・デステは、1550年にティヴォリ総督に任命された際に、新しい地位にふさわしい宮殿の建設を計画しました。ベネディクト会の修道院だった建物を住居として改装して、その周囲に大規模な庭園を造らせました。別荘全体の総面積は4万5000㎡に及び、革新的な設計はナポリの建築家ピッロ・リゴーリオが担当しました。丘を削って二つの斜面をつくり、水道橋や地下運河を築いて、近くを流れるアニエーネ川からの豊富な水を確保し、500以上の噴水を持つ庭園を築き、ルネサンス庭園の代表作となりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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