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世界遺産一覧

("城・宮殿"関連)

アーグラ城

Agra Fort
アーグラ城
インド北部、ニューデリーの南約200kmの古都アーグラにあるムガル帝国の旧都城です。16世紀に第3代皇帝アクバルが建設しましたが、現在城内に残る建築物の大部分は第5代シャー・ジャハーン時代の造営です。外見は赤砂岩造りの二重の城壁と門が象徴的で「赤い城」の名の由来となっています。シャー・ジャハーンの時代には宮廷建築群など華麗なムガル朝の建築が花開きましたが、17世紀のデリーへの遷都、その後の反乱や略奪などでその栄華は衰えました。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (iii)
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アヴィニョンの歴史地区:教皇庁宮殿、司教の建造物群、アヴィニョンの橋

Historic Centre of Avignon: Papal Palace, Episcopal Ensemble and Avignon Bridge
アヴィニョンの歴史地区:教皇庁宮殿、司教の建造物群、アヴィニョンの橋
フランス南部のローヌ川沿いにあるアヴィニョンは、今は小さく静かな街ですが、歴史的にみるとキリスト教カトリック世界の中心地として大きな影響力をもった場所でした。フランス王フィリップ4世と教皇ボニファティウス8世の対立から始まる、教皇権と王権の優位を巡る争いにより、フィリップ4世の意向の下でボニファティウス8世の次の教皇クレメンス5世が1309年に教皇庁をアヴィニョンに遷しました。そこから1377年までの68年間、教皇庁宮殿が築かれ、ノートルダム・デ・ドン大聖堂にゴシック様式の礼拝堂などが増築されたほか、貴族や芸術家、文化人が訪れる華やかな宗教都市として発展しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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アクスムの考古遺跡

Aksum
アクスムの考古遺跡
エチオピア北部ティグレ州にある『アクスムの考古遺跡』は、かつてのアクスム王国の繁栄を知ることができる貴重な遺跡です。アクスム王国の歴史は古く、1世紀前後に建国されたと言われています。以降、9世紀頃までビザンツ帝国やササン朝ペルシアなどと対峙しながらも象牙貿易などで繁栄しました。しかし、7世紀にイスラーム勢力が拡大すると、衰退に向かいます。滅亡した時期は未だ断定されておらず、950年頃や1137年頃という説が有力です。アクスム王国は古代アフリカの国としては珍しくキリスト教を受容し、国教としていきます。なお、このキリスト教とは、451年のカルケドン公会議で異端となったキリスト単性説を教義とするものであり、ローマ・カトリック教会とは異なります。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (i)(iv)
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アシャンティ族の伝統的建造物群

Asante Traditional Buildings
アシャンティ族の伝統的建造物群
ガーナのクマシ北東に位置するこの建造物群は、18世紀に最盛期を迎えた偉大なアシャンティ文明の現存する最後の遺構です。これらの建物には、10の祠堂などが含まれており、それらは中庭を囲むように配置されています。木材、竹、泥漆喰で造られましたが、元々は茅葺き屋根でした。これらのアシャンティの伝統的建造物群は、18世紀末から19世紀末にかけて強大で裕福だったアシャンティ王国を象徴する重要な伝統的建築様式によって成っています。
地域: アフリカ / 国名: ガーナ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (v)
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アボメーの王宮群

Royal Palaces of Abomey
アボメーの王宮群
アボメーの王宮群は、1625年から1900年にかけて栄えた強力なダホメ王国の主要な歴史的記念物です。ダホメ王国は奴隷貿易で富を得たため、これにより一帯は「奴隷海岸」と呼ばれました。12人の王が王位を継承する中で、王たちは代々、土壁で囲まれた同じ敷地内に宮殿を建て続けました。10の宮殿跡が世界遺産になっています。これらの宮殿は、当時の政治的、文化的中心地であり、失われた王国の栄光の過去を伝える貴重な証言となっています。
地域: アフリカ / 国名: ベナン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (iii)(iv)
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アラゴンのムデハル様式建築

Mudejar Architecture of Aragon
アラゴンのムデハル様式建築
スペインのアラゴン州にあるムデハル様式の建築群は、12~17世紀にかけて、レコンキスタ後もアラゴン王国への残留が許されたイスラム教徒らにより建設されました。現存する10件の建造物には、テルエルのサンタ・マリア・デ・メディアビーリャ大聖堂やサン・ペドロ聖堂、州都サラゴサのアルハフェリア宮殿やサン・パブロ聖堂などが含まれ、世界遺産に登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (iv)
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アランフエスの文化的景観

Aranjuez Cultural Landscape
アランフエスの文化的景観
マドリードの南約30km、タホ川の南岸には15〜18世紀にカスティーリャ王やスペイン王によってつくられた王家の夏の離宮と無数の庭園が今に残されています。アランフエスの文化的景観には、入り組んだ水路が幾何学的にデザインされた景観、自然と人間の営み、都市と農村の生活、森林の野生動物と洗練された建築物など、多様な要素が織り交ぜられています。王家の繁栄を今に伝える離宮と庭園はロドリーゴ作曲の『アランフエス協奏曲』によって世界中に知られました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iv)
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アレッポの旧市街

Ancient City of Aleppo
アレッポの旧市街
シリア北西部に位置するアレッポは、欧州とユーフラテス川流域のメソポタミアをつなぐ隊商都市で、紀元前2000年頃以来、ヒッタイトやローマ帝国、オスマン帝国など時代において支配する国が変わってきました。旧市街には、ウマイヤ朝時代に建設された大モスクや、世界最古のスーク「アル・マディーナ・スーク」、16世紀、17世紀に建てられた様々なマドラサなどがあり、4,000年にわたる歴史を反映した多様な文化を有しています。
地域: 西・南アジア / 国名: シリア・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (iii)(iv)
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アンジャル

Anjar
アンジャル
レバノンの東部、アンティ・レバノン山脈の麓にアンジャルという遺跡が残っています。レバノンにはフェニキア人の遺跡や古代ローマの遺跡がよく残っているのですが、このアンジャルはイスラームに関連する遺跡です。イスラーム最初の王朝とも言えるウマイヤ朝661年~750年)の第6代カリフ、アル・ワリード1世の命によって築かれた保養地です。アンジャルは当時の都であったダマスクスから約40km離れていましたが、この地には豊かな泉水があり、暑さを凌ぎやすかったので避暑地として選定されたのです。ローマ帝国やビザンツ帝国の遺構を再利用して作られたためその特色が残っており、発掘当初はそれらの帝国の遺跡だと思われていました。しかし、1940年代の調査でイスラーム王朝の都市遺跡ということが判明したのです。
地域: 西・南アジア / 国名: レバノン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (iii)(iv)
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イスタンブルの歴史地区

Historic Areas of Istanbul
イスタンブルの歴史地区
トルコ北西部のイスタンブルは、アナトリア半島、バルカン半島、黒海、地中海の間に位置し、ヨーロッパとアジアを隔てるボスフォラス海峡の両岸にまたがる、トルコ最大の都市です。その立地が表すように、ヨーロッパとアジアの文明が交差する十字路であり、ローマ帝国やビザンツ帝国、オスマン帝国といった大帝国の都が置かれてきました。都市の起源は紀元前7世紀頃に遡り、古代ギリシャの都市国家メガラが、王の名にちなみビザンティオンという名の都市を建設したことが始まりとされています。2世紀末に、ローマ帝国に占領されて「ビザンティウム」と改名。330年には帝都がローマからこの地へと遷され、当時のローマ皇帝コンスタンティヌスの名にちなんで都市名は「コンスタンティノポリス」(コンスタンティノープル)と名付けられました。395年にローマ帝国が東西に分裂すると、コンスタンティノープルはビザンツ帝国(東ローマ帝国)の都となりました。西ローマ帝国はわずか80年後の476年に滅亡したのに対し、ビザンツ帝国はその後1,000年以上も続きました。また、1054年キリスト教会が東西に分裂すると、西のローマはカトリック教会、東のコンスタンティノープルはギリシャ正教会の本拠地となりました。 
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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イスファハーンのイマーム広場

Meidan Emam, Esfahan
イスファハーンのイマーム広場
1598年、サファヴィー朝の第5代王アッバース1世(在位:1588~1629年)は首都をイスファハーンに定め、壮大な都市建設に着手しました。旧市街に隣接して新市街を建設し、その新旧をつなぐ地に築かれたのがイマーム広場です。南北510m、東西160m、面積約9万㎡の広大な長方形の広場は、上下2層構造の回廊アーケードで囲まれており、1階部分には現在も店舗などが入っています。また、アーケードの4辺にはそれぞれ重要な建造物が配置され、東にシェイフ・ロトフォッラー・モスク、西にアリー・カプー宮殿、南にイマーム・モスク、北にはバザールの入口となるカイセリーヤ門があります。現在では芝生や池が配され公園のようになっていますが、元は一面砂地の平らなグラウンドで、各種の儀式やペルシア発祥のポロ競技、さらには公開処刑などが行われていました。1979年のイラン革命以後は「王(シャー)」という名称をやめ、イスラムの宗教指導者を意味する「イマーム」という名を冠して呼ぶようになりました。ペルシア語では「世界の写絵」を意味するナクシェ・ジャハーン広場とも呼ばれています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(v)(vi)
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頤和園:北京の夏の離宮と皇帝庭園

Summer Palace, an Imperial Garden in Beijing
頤和園:北京の夏の離宮と皇帝庭園
北京の中心部から北西約15kmに位置する頤和園は、敷地総面積約290万㎡を誇り、中国に現存する最大かつ最後に建造された皇室庭園です。12世紀半ばに、金王朝時代に建造された小規模な離宮を前身とし、1750年に清の乾隆帝が広大な庭園へと整備して清漪園(せいいえん)と名付けられました。中国の名だたる庭園や名景、有名建築の精華を取り入れたものとなりました。自然景観を模倣した庭園は、建物や楼閣、橋などと見事に調和し、中国だけでなく、日本や朝鮮半島の庭園にも大きな影響を及ぼしました。第二次アヘン戦争で北京に侵攻した英仏連合軍により庭園は破壊されてしまいますが、その30年後の1886年、西太后が海軍の経費を流用して復元し、頤和園と改称しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ヴァイマール古典主義文化

Classical Weimar
ヴァイマール古典主義文化
ヴァイマール古典主義文化は、18世紀後半から19世紀初頭にかけてザクセン・ヴァイマール公国の都ヴァイマールで発展した文化・思想運動で、ドイツの文学・哲学・芸術に深い影響を与えました。文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテをはじめ、詩人で劇作家のフリードリヒ・フォン・シラーなどが街の中心に居を構え、街全体が芸術サロンのようでした。古典主義は、人間性の追求、理性と美の融合、道徳と倫理の強調を主な特徴とします。ゲーテの家、シラーの家を中心とした12の建築物が世界遺産に登録されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ヴァルトブルク城

Wartburg Castle
ヴァルトブルク城
ヴァルトブルク城は、ドイツ中部アイゼナハ市の南の田園地帯の中にある400mほどの高台に建つ城です。その歴史は古く、一説では1067頃に創建されたとの記録もあり、12世紀頃に建てられた城館は、アルプス以北で最も美しく保存状態の良いロマネスク様式の建築のひとつとされています。中世には芸術を愛したテューリンゲン方伯の居城であり、伝説的な歌合戦の舞台として知られ、これを元にリヒャルト・ワーグナーのオペラ『タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦』を作曲しています。また、ドイツの宗教改革の中心人物として知られるマルティン・ルターが、カトリック教会から破門され罪に問われていた際に、時のザクセン選帝侯にかくまわれ、新約聖書をドイツ語に翻訳した地としても知られています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ウィーンの歴史地区

Historic Centre of Vienna
ウィーンの歴史地区
「音楽の都」として名を馳せるウィーンは、世間では「ウィーン少年合唱団」などでも有名でしょう。ウィーンの起源は紀元前1世紀までに遡り、ローマ帝国においては「ウィンドボナ」と呼ばれていました。13世紀以降ハプスブルク王家から神聖ローマ皇帝が選出されるようになってから、ウィーンは王都となりました。ウィーンが劇的な変貌を遂げるのは17世紀後半なのですが、それまでの歴史を語る建造物も多く残されています。例えばオーストリア最古の修道院であるショッテン修道院や、14~15世紀に建造された聖シュテファン大聖堂などはその代表例と言えます。
地域: ヨーロッパ / 国名: オーストリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ヴェネツィアとその潟

Venice and its Lagoon
ヴェネツィアとその潟
イタリアのアドリア海に位置するヴェネツィアは118の島と176の運河、400以上の橋からなる都市です。異民族の攻撃から避難したウェネティ人が潟(イタリア語でラグーナ)に都市を築きました。7世紀には本格的な建物が建てられ、8世紀には形式上ではビザンツ帝国に従属しつつも、実質的に独立を保ち、東方貿易の拠点として発展しました。10世紀には主要な海運国となり、1797年のナポレオン1世から侵略を受けるまで約1,100年間自治都市として独立し続けました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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ヴェルサイユ宮殿と庭園

Palace and Park of Versailles
ヴェルサイユ宮殿と庭園
フランスの首都パリから20㎞ほどのところに位置するヴェルサイユ宮殿は、ルイ14世からルイ16世の時代までのフランス国王の居城でした。1661年にルイ14世の命で建造が始まると、数世代にわたる建築家や彫刻家、装飾家による建設と拡張が行われます。贅の限りを尽くして建てられたこの宮殿はフランス・バロック様式建造物の最高傑作というだけではなく、「太陽王」としてのルイ14世を象徴するとともに、フランスの絶対王政の最盛期を象徴する権威的な宮殿にもなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(ii)(vi)
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ヴェローナの市街

City of Verona
ヴェローナの市街
古都ヴェローナは、イタリア北東部、アルプス南麓を流れるアディジェ川のほとりに位置します。街の起源は紀元前1世紀のローマ時代にさかのぼります。ローマと北ヨーロッパを結ぶ要にあったので、以後、多くの勢力者の支配下にはいりました。最も繫栄したとされるのは、13~14世紀のスカーラ家が統治した時代で、北イタリアの政治と文化の中心となりました。15世紀の初めからの約400年間は、ヴェネツィア共和国の一部に属しました。多くの支配者を持ちながら、それぞれの時代の遺構を維持しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヴュルツブルクの司教館と庭園群

Würzburg Residence with the Court Gardens and Residence Square
ヴュルツブルクの司教館と庭園群
ドイツ南部に位置する豪華なヴュルツブルクの司教館は、ヨハン・フィリップ・フランツおよびフリードリヒ・カール・フォン・シェーンボルンという2代の司教の庇護のもと、18世紀に国際的な建築家、画家、彫刻家、漆喰職人によって建設・装飾されました。宮殿は、当時の司教侯たちの華美な生活を証明し、18世紀ヨーロッパ屈指の宮廷の歴史的背景を反映しています。当時の著名な建築家たちが設計を手掛けました。ウィーンのルーカス・フォン・ヒルデブラント、パリのロベール・ド・コットとジェルマン・ボフランが計画を立案し、それを司教侯の公式建築家バルタザール・ノイマンが監督しました。さらに、マインツ選帝侯の建築家マクシミリアン・フォン・ヴェルシュが支援し、彫刻家や漆喰職人はイタリア、フランドル、ミュンヘンから集まりました。ヴェネツィアの画家ジョヴァンニ・バティスタ・ティエポロは階段と帝国の間の壁にフレスコ画を描きました。この宮殿は18世紀の封建時代における宮廷文化の壮麗さを物語るとともに、現在では歴史的建築物として現代的に活用・保存されていることを示す貴重な例となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (i)(iv)
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エディンバラの旧市街と新市街

Old and New Towns of Edinburgh
エディンバラの旧市街と新市街
小高い岩山の上に建つエディンバラ城は旧市街の代表的建築物で、7世紀につくられた砦が起源だとされています。11世紀後半からスコットランド王の居城となり、王国間の抗争やイングランドとの戦いの舞台となりました。現在見られるノルマン様式を用いた城の建物は、18世紀以降に再建れたものです。城内の宮殿は軍事博物館として使用され、歴代のスコットランド王の戴冠式で使われたスクーンの石が展示されています。エディンバラ城の東には、現在でも王室の滞在地として使用されているホリールードハウス宮殿があります。エディンバラ城とこの宮殿を結ぶ道はロイヤルマイル(王宮通り)と呼ばれ、旧市街の中心街になっています。
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カステル・デル・モンテ

Castel del Monte
カステル・デル・モンテ
イタリア南部のプーリア州にある城塞で、1240年に神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2 世によって築かれました。その設計は「8」に拘っています。この城の外観を上空から見ると、八角形の中庭を、城の本体となる八角形の壁が取り囲んでいて、さらに周壁の角には八角形の小塔が8つ配置されています。また、屋根の貯水槽にたまった雨水が各部屋に供給されるといった工夫がなされています。その一方で、この時代の城郭によく見られる堀や馬小屋などはなく、軍事的な要塞としての機能が見られません。また、出入り口となる扉付近はローマ古典様式、壁の窓はゴシック様式、そして浴槽の設備などにはイスラム文化の影響も伺えて、さまざまな建築様式が美しく融合した城となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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カゼルタの18世紀の王宮と庭園、ヴァンヴィテッリの水道橋、サン・レウチョの関連遺産

18th-Century Royal Palace at Caserta with the Park, the Aqueduct of Vanvitelli, and the San Leucio Complex
カゼルタの18世紀の王宮と庭園、ヴァンヴィテッリの水道橋、サン・レウチョの関連遺産
イタリア南西部、ナポリ近郊カゼルタに、ポーランド継承戦争が終わった18世紀の終わり、混迷の時代に、ナポリ王・カルロ7世(ブルボン家・カルロス3世)の命により、ヴェルサイユとマドリードの王宮に対抗してイタリアで最も壮大な王宮と庭園、水道橋等が建築されました。建築したのはルイージ・ヴァンヴィテッリとその息子。王宮以外にも、広大な森林地帯に24の国の庁舎、付属劇場等が作られ、19世紀にはブルボン家の貴族たちが春と秋の離宮として利用されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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カトマンズの谷

Kathmandu Valley
カトマンズの谷
ネパールの首都カトマンズは、標高約1,350mの盆地に位置し、古くからチベットとインドを結ぶ交易と文化の要衝として栄えてきました。仏教とヒンドゥー教が融合することで独特の宗教文化が生まれ、直径約20㎞の範囲内に約900もの歴史的建造物が密集しています。14世紀に確立したマッラ王朝は、15世紀後半に3人の王子がカトマンズ、パタン(ラリトプル)、バクタプル(バドガオン)にそれぞれ王国を築き、栄華を競うように宮殿や寺院、堂塔などを建設しました。これらの建造物には芸術性の高い彫刻が多く見られ、独特の建築や工芸は「ネワール文化」と呼ばれています。3つの王国は18世紀にグルカ王国によって滅ぼされましたが、その後も優れた建築物は造られ続けました。2015年のネパール大地震で大きな被害を受け、現在も修復作業が進められています。
地域: 西・南アジア / 国名: ネパール / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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カルアトル・バーレーン:古代の港とディルムンの都

Qal’at al-Bahrain – Ancient Harbour and Capital of Dilmun
カルアトル・バーレーン:古代の港とディルムンの都
ディルムンは、メソポタミアとインダス文明を結ぶ交通の要衝とされた地で、正確な位置は明らかになっていないもののバーレーン等がその首都と考えられています。カルアトル・バーレーンは、紀元前24世紀頃から形成されてきたテルや古代の灯台と考えられている塔、海路、ヤシの木立等を主要な要素とする考古遺跡です。遺跡の発掘調査は全体の約25%程度しか実施されていませんが、住居や宮殿、公共施設、軍事施設等が発見されており、この地が何世紀にもわたって反映した重要な貿易港であったことの証拠となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: バーレーン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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カルタヘナの港、要塞、歴史的建造物群

Port, Fortresses and Group of Monuments, Cartagena
カルタヘナの港、要塞、歴史的建造物群
スペインが他のヨーロッパ諸国に先駆けて新大陸に進出したことは有名ですが、本遺産はそのスペイン黄金時代を今に伝えるものです。1533年6月1日、スペイン人のペドロ・デ・エレディアによって、カリブ海に面した半島に都市カルタヘナ(カルタヘナ・デ・インディアス)が建設されました。細長い地形をもつカルタヘナは、新大陸で産出された金銀やエメラルド、香辛料などを本国スペインへ積み出す港であり、多くの船が停泊できる複数の湾と天然の防御線となる狭い水路を兼ね備えた良港として発展しました。
地域: 南米 / 国名: コロンビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (iv)(vi)
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ガレリウス帝の宮殿、ガムジグラード-ロムリアーナ

Gamzigrad-Romuliana, Palace of Galerius
ガレリウス帝の宮殿、ガムジグラード-ロムリアーナ
ローマ皇帝(在位:305~311)ガイウス・ウァレリウス・マクシミアヌス・ガレリウスによって建造された街で、彼の母ロムラの名を取ってロムリアーナとも呼ばれていました。ガレリウスはローマ帝国を4分割し、二人の正帝と二人の副帝によって統治していた時代(テトラルキア時代)の皇帝で帝国の東側を統治した皇帝の一人で、古代ローマの属州モエシアの農民出身から軍人となり皇帝となった人物です。ガムジグラードは、彼が政治の表舞台を去った後の余生を過ごした地で、彼の生誕地でもあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: セルビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ギマランイスの歴史地区とコウルス地区

Historic Centre of Guimarães and Couros Zone
ギマランイスの歴史地区とコウルス地区
ポルトガル北西部の古都ギマランイスは、「国家発祥の地」と称されています。ここは、1143年に成立したポルトガル王国の初代国王アフォンソ1世の出生地であり、国民的アイデンティティと言語が確立した時代に深く関わる場所です。旧市街には、ギマランイス城やブラガンサ公爵館など、同国の歴史を象徴する建造物が保存されています。ゴシック様式やマヌエル様式など、さまざまな時代の建築様式が混在するノッサ・セニョーラ・ダ・オリヴェイラ教会は、10世紀に設立された修道院を前身としています。この修道院を守るために建てられた要塞は、後のギマランイス城となりました。また、ギマランイスで中世に開発された花崗岩と木を組み合わせたユニークな建築様式は、アフリカや当時植民地であったブラジルにも伝わりました。2023年には、皮革産業が多く営まれたコウルス地区まで登録範囲が拡大しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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慶州の歴史地区

Gyeongju Historic Areas
慶州の歴史地区
慶尚北道にある慶州は、3~10世紀に新羅王国の首都・金城として朝鮮半島の中心地として栄えました。市内外に広がる200以上の緑の丘は、新羅王たちの古墳群であり、7世紀の半島統一後には、中国の大都市を手本として都市の拡張・整備が行われました。仏像やレリーフ、仏塔、寺院跡、宮殿跡などが集中して保存され、7~10世紀に花開いた独自の仏教美術や建築様式を今に伝えています。特に南山地区には、110以上の寺院跡、80近い石仏、60以上の石塔が山中に残り、訪れる人々に壮大な歴史の痕跡を感じさせます。また、月城跡には人工池のアナプチやイムヘジョンが残されており、当時の都市計画や生活文化をうかがい知ることができます。さらに、東海岸沿いや戦略的拠点に築かれた城塞群も保存されており、新羅王朝の長期支配と文化的繁栄を示す貴重な証拠となっています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)
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クヴェートリンブルクの旧市街と聖堂参事会教会、城

Collegiate Church, Castle and Old Town of Quedlinburg
クヴェートリンブルクの旧市街と聖堂参事会教会、城
ドイツ中央部のザクセン=アンハルト州に位置するクヴェートリンブルクは、ザクセン朝時代の東フランク王国で首都として繁栄した街です。その後、中世以降も交易都市として栄え、旧市街にはハーフティンバー様式の木造家屋が1,200軒以上も残されています。その多くは17世紀から18世紀頃に建てられたものですが、旧市街ヴォルト通りに残る1350年頃に建造された最古のハーフティンバー様式の建物は、現在「木組みの家博物館」として保存されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (iv)
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グラーツ:歴史地区とエッゲンベルク城

City of Graz – Historic Centre and Schloss Eggenberg
グラーツ:歴史地区とエッゲンベルク城
ウィーンに次ぐ歴史的な都市 オーストリア南東部にあるグラーツは、シュタイアーマルク州の州都としても知られる、首都ウィーンに次ぐ同国第二位の都市です。人類がこの地に住み始めたのは、新石器時代まで遡ります。14世紀にハプスブ
地域: ヨーロッパ / 国名: オーストリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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