World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(iii))

オルホン渓谷の文化的景観

Orkhon Valley Cultural Landscape
オルホン渓谷の文化的景観
オルホン渓谷はモンゴル中北部オルホン川の両岸に広がる雄大な牧草地です。広大な渓谷の範囲には6世紀にまで遡る考古遺跡が数多く残り、遊牧民とその社会の様子を現代に伝えています。この地は古くから東西交易の交差点であり、突厥やウイグルの拠点として発展しました。13~14世紀にはモンゴル帝国の首都として繁栄しました。また最古のモンゴル仏教寺院も残っており、モンゴル仏教の発展の舞台でもあります。
地域: 東・東南アジア / 国名: モンゴル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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海港都市バルパライソの歴史地区

Historic Quarter of the Seaport City of Valparaíso
海港都市バルパライソの歴史地区
チリ中部、首都サンティアゴの北約130kmに位置するバルパライソは、チリ第2の都市であり、南米太平洋岸最大の貿易港でもあります。1536年にスペイン人のフアン・デ・サアベドラが「発見」し、以後「バルパライソ(天国の谷)」と名付けられました。バルパライソは、マゼラン海峡を介して大西洋と太平洋を結ぶ航路の要所として、1880年代〜1914年のパナマ運河開通まで、一帯に大きな商業的影響を与えてきました。
地域: 南米 / 国名: チリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (iii)
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開平の望楼群と村落

Kaiping Diaolou and Villages
開平の望楼群と村落
中国南部、広東省の開平に広がる田園地帯には、望楼(ディアオロウ)と呼ばれる塔状の建造物が約1,800棟も点在しています。そのうち20棟が世界遺産に登録されています。望楼とは、複数の家族が非常時に利用した共同塔、裕福な個人が建てた要塞兼住居である住宅塔、そして監視塔という3つの形態を持つ多層構造物です。これらは、16世紀以降に増加した盗賊の襲撃や河川の氾濫から身を守るための住居として建設されました。その背景には、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、北米やオーストラリア、南アジアなどへ渡った開平出身の華僑の存在があります。彼らの資金提供によって、1920~30年代には望楼建設の最盛期を迎えました。建材には石、レンガ、コンクリートなどが用いられ、中国の伝統建築と西洋の建築様式が融合した独特の姿をしながらも、周囲の景観と見事に調和して立ち並んでいます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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カザン・クレムリンの歴史的関連建造物群

Historic and Architectural Complex of the Kazan Kremlin
カザン・クレムリンの歴史的関連建造物群
ロシア西部タタールスタン共和国の首都カザンのクレムリンには、ロシアで現存する唯一のタタール要塞が残ります。カザンは10~13世紀にかけてはヴォルガ・ブルガール人の都市で、10世紀末から11世紀初頭には現在のクレムリンの場所に要塞化した集落が出現しました。12世紀には石造の要塞も造られましたが、13世紀からは200年以上にわたり「タタールのくびき」と呼ばれるモンゴルの支配下に置かれました。15世紀にカザン・ハン国の都となると、クレムリンの地にはハンの宮殿が建てられ、カザンはタタール文化の中心都市として栄えました。しかし1552年、およそ15万の大軍を率いるイヴァン4世(雷帝)によってカザンは陥落し、ロシアに編入されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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カザンラクのトラキア人の古墳

Thracian Tomb of Kazanlak
カザンラクのトラキア人の古墳
ブルガリア中部のカザンラクにあるトラキア人の古墳は、紀元前4世紀末頃のヘレニズム時代のものです。古代トラキア人のオドリュサイ王セウテス3世が建設した首都セウトポリスの近くに位置し、大規模なトラキア人のネクロポリスの一部です。ネクロポリスとは、巨大な墓地や埋葬場所のことです。トラキアの埋葬儀式や文化を表す壁画で飾られていて、これらの壁画は、ブルガリアで最も保存状態の良いヘレニズム時代の傑作です。とりわけ、埋葬儀式の様子を描いた天井画は、紀元前6~前3 世紀にかけて花開いたトラキア芸術の最高峰とされ、同時にトラキア人を知る上で重要な史料となっています。まだ多くの謎が残る遺跡でもあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ブルガリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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カジュラーホの寺院群

Khajuraho Group of Monuments
カジュラーホの寺院群
インド中部のカジュラーホには、チャンデーラ朝時代に建設されたヒンドゥー教とジャイナ教の寺院群が残されています。10世紀から11世紀に85カ所ほどの寺院が建てられたといわれますが、現在残っているのは25カ所です。3つのエリアに分かれていて、西部はすべてヒンドゥー教寺院、東部はジャイナ教寺院が多く、南部はヒンドゥー教寺院が2つです。これらの寺院群はこの地の伝統的様式であるナガラ様式の寺院建築の独創性と高い品質を示し、北インドにおける寺院建築の頂点といわれます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(iii)
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カステル・デル・モンテ

Castel del Monte
カステル・デル・モンテ
イタリア南部のプーリア州にある城塞で、1240年に神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2 世によって築かれました。その設計は「8」に拘っています。この城の外観を上空から見ると、八角形の中庭を、城の本体となる八角形の壁が取り囲んでいて、さらに周壁の角には八角形の小塔が8つ配置されています。また、屋根の貯水槽にたまった雨水が各部屋に供給されるといった工夫がなされています。その一方で、この時代の城郭によく見られる堀や馬小屋などはなく、軍事的な要塞としての機能が見られません。また、出入り口となる扉付近はローマ古典様式、壁の窓はゴシック様式、そして浴槽の設備などにはイスラム文化の影響も伺えて、さまざまな建築様式が美しく融合した城となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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カスビのブガンダ王国の王墓

Tombs of Buganda Kings at Kasubi
カスビのブガンダ王国の王墓
首都カンパラの北西3kmにある「カスビの丘」に、ブガンダ王国の王墓群があります。ブガンダ王国は農耕民族ガンダ族主体の王国で13世紀頃建国され、ヴィクトリア湖の北西岸で発展し、19世紀に隆盛を極めました。20世紀に湖の地が「ウガンダ」として英国より独立した際も王国として存続しましたが、その後王制は廃されました。ここはいまでもガンダ族の人々の精神的なよりどころとなっています。なお、現在の国名の「ウガンダ」は、スワヒリ語で「ブガンダ」を意味します。
地域: アフリカ / 国名: ウガンダ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)(vi)
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カゼルタの18世紀の王宮と庭園、ヴァンヴィテッリの水道橋、サン・レウチョの関連遺産

18th-Century Royal Palace at Caserta with the Park, the Aqueduct of Vanvitelli, and the San Leucio Complex
カゼルタの18世紀の王宮と庭園、ヴァンヴィテッリの水道橋、サン・レウチョの関連遺産
イタリア南西部、ナポリ近郊カゼルタに、ポーランド継承戦争が終わった18世紀の終わり、混迷の時代に、ナポリ王・カルロ7世(ブルボン家・カルロス3世)の命により、ヴェルサイユとマドリードの王宮に対抗してイタリアで最も壮大な王宮と庭園、水道橋等が建築されました。建築したのはルイージ・ヴァンヴィテッリとその息子。王宮以外にも、広大な森林地帯に24の国の庁舎、付属劇場等が作られ、19世紀にはブルボン家の貴族たちが春と秋の離宮として利用されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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カセレスの旧市街

Old Town of Cáceres
カセレスの旧市街
カセレスの旧市街は、イベリア半島南西部に位置する1,174mの城壁に取り囲まれた街です。かつてローマ帝国によって築かれた旧市街は、8世紀初頭にイスラム教徒の支配下になりました。現存する城壁はローマ時代の基盤を利用して、12世紀のムワッヒド朝時代に大規模に再建されたものです。城壁沿いには旧市街を見渡せるブハコの塔や、八角形の形が特徴のモチャダの塔、近くにパン焼き窯があったことからその名がついたオルノの塔(オルノはスペイン語で「オーブン」の意)など、イスラム建築の特徴を持つ塔が複数現存しています。一方、城壁内にはイスラム時代の建造物はあまり残っていません。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (iii)(iv)
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カディーシャ渓谷(聖なる谷)と神の杉の森(ホルシュ・アルツ・エルラブ)

Ouadi Qadisha (the Holy Valley) and the Forest of the Cedars of God (Horsh Arz el-Rab)
カディーシャ渓谷(聖なる谷)と神の杉の森(ホルシュ・アルツ・エルラブ)
レバノン国旗には同国の象徴であるレバノン杉が描かれています。〝神の杉〟と言われるこの樹木の数少ない群生地がカディーシャ渓谷です。この渓谷は国を南北に貫くレバノン山脈の北側に広がっており、それは険しい岩山と崖から成る景観です。ここはまた、キリスト教が伝播していく最初期に、求道者たちが隠れ住んだ場所の一つで、それはやがてマロン派という東方典礼カトリック教会の一派の拠点になりました。また、迫害から逃れる他教派の人々の避難所としても機能するようになりました。
地域: 西・南アジア / 国名: レバノン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (iii)(iv)
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カトマンズの谷

Kathmandu Valley
カトマンズの谷
ネパールの首都カトマンズは、標高約1,350mの盆地に位置し、古くからチベットとインドを結ぶ交易と文化の要衝として栄えてきました。仏教とヒンドゥー教が融合することで独特の宗教文化が生まれ、直径約20㎞の範囲内に約900もの歴史的建造物が密集しています。14世紀に確立したマッラ王朝は、15世紀後半に3人の王子がカトマンズ、パタン(ラリトプル)、バクタプル(バドガオン)にそれぞれ王国を築き、栄華を競うように宮殿や寺院、堂塔などを建設しました。これらの建造物には芸術性の高い彫刻が多く見られ、独特の建築や工芸は「ネワール文化」と呼ばれています。3つの王国は18世紀にグルカ王国によって滅ぼされましたが、その後も優れた建築物は造られ続けました。2015年のネパール大地震で大きな被害を受け、現在も修復作業が進められています。
地域: 西・南アジア / 国名: ネパール / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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カパック・ニャン:アンデスの道

Qhapaq Ñan, Andean Road System
カパック・ニャン:アンデスの道
「カパック・ニャン」は、南米でかつて使われた言語・ケチュア語で「偉大な道」「王の道」を意味しており、アンデス山脈に沿うようにして南アメリカのコロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチンの6か国に張り巡らされた道です。インカ帝国の交易や防衛のための交通網で、インカ帝国の首都クスコ(現在のペルーの都市)から延びる4つの主要な経路から、各地に毛細血管のように張り巡らされたインカ道と呼ばれる細い道とつながり、広がりました。
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カホキア・マウンド州立史跡

Cahokia Mounds State Historic Site
カホキア・マウンド州立史跡
イリノイ州南西部、ミシシッピ川左岸に位置するカホキア・マウンド州立史跡は、メキシコ以北において最大の古代先住民集落の遺跡です。本遺跡は、ミシシッピ文化(800〜1350年)の文化、宗教、経済の中心地として栄え、ミシシッピ渓谷およびアメリカ合衆国南東部にまで広がったミシシッピ文化を代表するものです。この農耕社会は、最盛期である1050年から1150年の間において1万人から2万人の人口を有していたと推定されており、これは当時のヨーロッパの多くの都市の人口に匹敵する規模でした。「太陽の都市」とも呼ばれたカホキアは、かつては16?以上の広さを誇り、およそ120基の土塁(マウンド)が残されています。
地域: 北米 / 国名: アメリカ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (iii)(iv)
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カミ遺跡

Khami Ruins National Monument
カミ遺跡
この遺跡はジンバブエで二番目に大きな石造建築の遺跡で、標高1,300mのジンバブエ高原の西部に位置しています。近くにカミ川が流れるこの地には先史時代より人類が住んでいたといわれますが、15世紀の中頃、大ジンバブエを放棄したロズウィ族がここに移住し、トルワ王朝を興して新たな都市を建設しました。時代としては、大ジンバブエ時代と後期ジンバブエ時代の間になります。建造物は、花こう岩を直方体に切り出して交互に積み重ねて建てられており、モルタル等を使わない精巧な石積みの技術が特徴です。この遺跡からは、中国の青磁や白磁、ヨーロッパ各国の陶器類が出土しており、この一帯から産出される金をもとに広範囲の国々と交易をおこなっていたことがわかります。また、ポルトガルの宣教師が作ったとされる花こう岩の十字架も残されているなど、ここは数少ない未盗掘の遺跡としても貴重です。
地域: アフリカ / 国名: ジンバブエ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (iii)(iv)
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「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群

Sacred Island of Okinoshima and Associated Sites in the Munakata Region
「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群
沖ノ島は、玄界灘に浮かぶ周囲約4kmの孤島で、4世紀後半から9世紀末の約500年間の古代祭祀の祭祀の変遷を伝える考古遺跡がほぼ手つかずの状態で残っています。ここでは宗像三女神の信仰が生まれ現在にまで伝えられており、古代から今日に至るまで発展し継承されてきたことを示す貴重な証拠になっています。沖ノ島への上陸は原則禁止されており、神職が交代で奉仕を行うなど、厳格な禁忌が守られています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (ii)(iii)
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伽耶古墳群

Gaya Tumuli
伽耶古墳群
伽耶は1世紀から6世紀半ばまで、朝鮮半島南部に存在した複数の小国家の連合体です。各国は独立性を保ちながらも文化を共有し、柔軟に政治的交流を行っていました。特に鉄の生産や海上交易で大いに栄え、中央集権的な強国と隣接しながらも、互いに対等な関係を築き上げていました。『伽耶古墳群』は7つに分かれており、慶尚北道の高霊池山洞古墳群、慶尚南道の金海大成洞古墳群、威安末伊山古墳群などが含まれます。これらは有力者が小高い丘に築いた墳墓で、石室や伽耶式陶器といった共通の埋葬文化が見られる一方、細部の違いから各国の自治性も確認することができます。さらに鉄製武器や交易品、精巧な墓の造りからは、異なる地域の小国が互いに対等な立場で共存・交流していた様子がうかがえます。このように『伽耶古墳群』は東アジア古代文明の多様性を示す貴重な証拠となっています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iii)
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カルアトル・バーレーン:古代の港とディルムンの都

Qal’at al-Bahrain – Ancient Harbour and Capital of Dilmun
カルアトル・バーレーン:古代の港とディルムンの都
ディルムンは、メソポタミアとインダス文明を結ぶ交通の要衝とされた地で、正確な位置は明らかになっていないもののバーレーン等がその首都と考えられています。カルアトル・バーレーンは、紀元前24世紀頃から形成されてきたテルや古代の灯台と考えられている塔、海路、ヤシの木立等を主要な要素とする考古遺跡です。遺跡の発掘調査は全体の約25%程度しか実施されていませんが、住居や宮殿、公共施設、軍事施設等が発見されており、この地が何世紀にもわたって反映した重要な貿易港であったことの証拠となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: バーレーン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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カルタゴの考古遺跡

Archaeological Site of Carthage
カルタゴの考古遺跡
フェニキア人によって建設されたカルタゴは、チュニス湾とその周囲の平野を見下ろす丘に位置し、紀元前6世紀から後2世紀ごろにかけて繁栄した広大な考古学的遺跡です。ローマ時代のアフリカ属州の首都として、カルタゴは古代において重要な商業帝国の役割を果たしました。長いポエニ戦争の間、カルタゴはローマの領土を占領しましたが、最終的に146年にローマによって破壊されました。その後、ローマ人が古代都市を、カルタゴの遺跡の上に再建しました。フェニキア、ローマ、キリスト教、アラブ文化が次々と融合し、開花する特別な場所として、この大都市とその港は地中海で広範な交流を促進しました。カルタゴはハンニバルという戦士かつ策略家、探検家ハノン、有名な農学者マゴンを輩出しました。また、その歴史的・文学的な名声を通じて、カルタゴは常に世界的な想像力をかき立ててきました。カルタゴの主要な構成要素には、ビュルサの丘、プニック港、プニック・トフェット、ネクロポリス、劇場、円形劇場、サーカス、住宅地、バシリカ、アントニヌス浴場、マラガ貯水池、そして考古学保護区域が含まれます。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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カルハットの古代都市

Ancient City of Qalhat
カルハットの古代都市
オマーンの東海岸に位置するカルハットは、11~16世紀にかけてのホルムズ王国の主要港として栄えた都市です。都市は二重の壁で囲われており、城壁の外には共同墓地も存在していました。アラビア半島東岸沿いの重要な港として、インドと東アジア、東南アジア、そしてアラビア半島を結ぶ貿易の中心地として機能していました。ナツメヤシや真珠、馬や香料といった交易品を輸出することにより潤いましたが、ポルトガルの攻撃を受けた後、16世紀に放棄されました。
地域: 西・南アジア / 国名: オマーン国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (ii)(iii)
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カルパティア山脈のスロバキア側の木造教会群

Wooden Churches of the Slovak part of the Carpathian Mountain Area
カルパティア山脈のスロバキア側の木造教会群
スロバキア、ポーランド、ウクライナ、ルーマニアなどにまたがるカルパティア山脈の北西部、スロバキア地方に点在する教会群です。この地方には16世紀から18世紀に建造されたカトリック、プロテスタント、ギリシャ正教の木造教会が50棟ほど点在していますが、その内の8棟が世界遺産に登録されています。その立地からラテン文化とビザンツ文化との双方の影響を受けつつも、外観や構造などはそれぞれの宗派の信仰に基づいた多様な形態を継承しています。ヨーロッパ各地の文化の影響と地元のスラヴ人の文化とが融合したことによって生まれた、この地域の宗教的な寛容性を示す証拠と言えます。
地域: ヨーロッパ / 国名: スロバキア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (iii)(iv)
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カルパティア地方のポーランドとウクライナ領にある木造教会群

Wooden Tserkvas of the Carpathian Region in Poland and Ukraine
カルパティア地方のポーランドとウクライナ領にある木造教会群
16~19世紀にかけて東方正教会とギリシャ・カトリックのコミュニティによって建設された計16棟(ポーランドに8つ、ウクライナに8つ)の木造教会が世界遺産に登録されています。これらは過去100万年の間に繰り返した氷河期を生き延びてきたヨーロッパブナ(Fagus sylvatica)が、今も残る比較的手つかずの温帯林(世界遺産『カルパティア山脈と他のヨーロッパ地域のブナ原生林』として登録されている)が広がる、カルパティア山脈の一部に点在します。またこの地域の教会は「ツェールクヴァ」と呼ばれ、三部構成の平面図、ピラミッド型のドーム、クーポラ、そして鐘楼を備えた建築が特徴的です。山岳地帯のために別々に発展した地域社会の文化的伝統を反映しながら造られました。このため、外観も内装も異なり、大天使ミカエル、聖母マリア、聖ゲオルギウスなど、それぞれ異なる信仰対象の名称にちなんで呼称されています。16棟のうち13棟が教会として現役で使用されており、地域における信仰の場として機能しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ウクライナ, ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (iii)(iv)
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カルメル山の人類の進化を示す遺跡群:ナハル・メアロット/ワディ・エル・ムガラ洞窟

Sites of Human Evolution at Mount Carmel: The Nahal Me’arot / Wadi el-Mughara Caves
カルメル山の人類の進化を示す遺跡群:ナハル・メアロット/ワディ・エル・ムガラ洞窟
カルメル山脈西斜面にある本遺跡群は、タブーン、ジャマル、エル・ワド、スフールの4つの洞窟から構成されています。90年にわたる考古学的研究の結果、この54ヘクタールの敷地から、前期旧石器時代のアシュール文化から後期旧石器時代に至るまで、少なくとも50万年にも及ぶ人類の進化を示す文化堆積物が発見されました。これは世界でも類を見ない長期的な文化の連続性を示すもので、南西アジアにおける初期の人類の記録となっています。本遺跡は、人類進化全般、特にレバント地方の先史時代に関する極めて重要な遺跡となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: イスラエル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (iii)(v)
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ガレリウス帝の宮殿、ガムジグラード-ロムリアーナ

Gamzigrad-Romuliana, Palace of Galerius
ガレリウス帝の宮殿、ガムジグラード-ロムリアーナ
ローマ皇帝(在位:305~311)ガイウス・ウァレリウス・マクシミアヌス・ガレリウスによって建造された街で、彼の母ロムラの名を取ってロムリアーナとも呼ばれていました。ガレリウスはローマ帝国を4分割し、二人の正帝と二人の副帝によって統治していた時代(テトラルキア時代)の皇帝で帝国の東側を統治した皇帝の一人で、古代ローマの属州モエシアの農民出身から軍人となり皇帝となった人物です。ガムジグラードは、彼が政治の表舞台を去った後の余生を過ごした地で、彼の生誕地でもあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: セルビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (iii)(iv)
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カンチェンジュンガ国立公園

Khangchendzonga National Park
カンチェンジュンガ国立公園
インド北部シッキム州のヒマラヤ山脈に位置する『カンチェンジュンガ国立公園』は、標高8,586mの世界第3位の高峰カンチェンジュンガを中心とする国立公園です。標高差は最大でおよそ7.3km(標高1,220m〜8,586m)もあり、ヒマラヤ山脈の中でも非常に急峻な地形が特徴です。この高度差によって気候や降水量の違いが生じ、亜熱帯から高山地帯まで多彩な生態系を有しています。園内には非常に多様な動植物が生息しており、固有種や希少種の多さも評価されています。また、多数の湖や氷河が点在しており、その中には全長26kmのゼム氷河も含まれます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iii)(vi)(vii)(x)
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カンペチェ州カラクムルの古代マヤ都市と保護熱帯雨林群

Ancient Maya City and Protected Tropical Forests of Calakmul, Campeche
カンペチェ州カラクムルの古代マヤ都市と保護熱帯雨林群
ユカタン半島のカンペチェ州内陸にあるカラクムルは紀元前1000年頃から紀元後1000年頃までマヤ文明のカーン王朝の本拠地として発展した古代都市です。文明崩壊後、都市は完全に放棄され、無人状態が続きました。そのため都市は全体として非常に良い状態で保たれ、当時の都市の様子や生活、文化を鮮明に知ることができます。また象形文字の碑文やレリーフ彫刻も当時の様子を記録しています。しかし9~10世紀頃に古典マヤ文明が崩壊した理由は判明しておらず、謎ものこる古代都市です。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(ix)(x)
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キーウ:聖ソフィア聖堂と関連修道院群、キーウ・ペチェルーシク大修道院

Kyiv: Saint-Sophia Cathedral and Related Monastic Buildings, Kyiv-Pechersk Lavra
キーウ:聖ソフィア聖堂と関連修道院群、キーウ・ペチェルーシク大修道院
9~13世紀にキリスト教圏の東端で栄えたキエフ大公国(キーウ・ルーシ)が首都キーウに残したキリスト教関連の建築物群です。キエフ大公国は10世紀末にギリシャ正教を国教として公認し、ビザンツ様式の教会や修道院が数多く建てられました。キーウの中心部にある聖ソフィア聖堂はキーウ・ルーシ全盛期の11世紀にヤロスラフ賢公によって建設されたキーウ最古の聖堂です。後にロシア各地の聖堂建築に影響を及ぼしたことから、「ロシア聖堂の母」と呼ばれます。郊外の高台に立つキーウ・ペチェルーシク大修道院はやはり11世紀に建設され、宗教・学問・教育の広い分野で中世ロシア有数の「知の中心」でした。13世紀にモンゴル軍により破壊されましたが、19世紀になって再興されました。世界遺産には、ペレストヴォ地域にある救世主聖堂も併せて登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ウクライナ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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紀伊山地の霊場と参詣道

Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range
紀伊山地の霊場と参詣道
紀伊山地は三重・奈良・和歌山にまたがる山岳地帯で、豊かな自然と深い森林が広がっています。古代から神々が宿る特別な場所とされ、神仏習合の宗教観に基づかれた霊場が形成されました。熊野三山、高野山、吉野・大峯の三霊場と、それらを結ぶ参詣道は、日本の宗教文化に大きな影響を与え、今も多くの信仰を集めています。それらは自然環境を中心に育まれ、今なお共存しているため、日本ではじめて文化的景観が認められました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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キナリグ人の文化的景観と移牧の道「カッチ・ヨル」

Cultural Landscape of Khinalig People and “Köç Yolu” Transhumance Route
キナリグ人の文化的景観と移牧の道「カッチ・ヨル」
キナリグ人の文化的景観と移牧の道「カッチ・ヨル」は,アゼルバイジャン北部の大コーカサス山脈に位置するキナリグ村と,夏営地(ヤイラク)および段々畑,さらにアゼルバイジャン中部の低地平野にある冬営地(キシュラク),そしてそれらを結ぶ200kmに及ぶ季節的な移牧ルート「カッチ・ヨル」から成る,連続した文化的景観です。標高約2,200mのキナリグ村は,半農半牧生活を営むキナリグ人の故郷であり,彼らの文化と生活様式は,ヤイラクとキシュラク間の季節的な垂直移動によって特徴づけられています。キナリグ人は,古代から伝わる長距離の移牧の方法を現在も受け継いでいます。
地域: 西・南アジア / 国名: アゼルバイジャン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iii)(v)
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ギマランイスの歴史地区とコウルス地区

Historic Centre of Guimarães and Couros Zone
ギマランイスの歴史地区とコウルス地区
ポルトガル北西部の古都ギマランイスは、「国家発祥の地」と称されています。ここは、1143年に成立したポルトガル王国の初代国王アフォンソ1世の出生地であり、国民的アイデンティティと言語が確立した時代に深く関わる場所です。旧市街には、ギマランイス城やブラガンサ公爵館など、同国の歴史を象徴する建造物が保存されています。ゴシック様式やマヌエル様式など、さまざまな時代の建築様式が混在するノッサ・セニョーラ・ダ・オリヴェイラ教会は、10世紀に設立された修道院を前身としています。この修道院を守るために建てられた要塞は、後のギマランイス城となりました。また、ギマランイスで中世に開発された花崗岩と木を組み合わせたユニークな建築様式は、アフリカや当時植民地であったブラジルにも伝わりました。2023年には、皮革産業が多く営まれたコウルス地区まで登録範囲が拡大しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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