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グラナダのアルハンブラ宮殿、ヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区
Alhambra, Generalife and Albayzín, Granada
アンダルシア地方グラナダに位置するアルハンブラ宮殿、ヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区は、かつてのイスラム王朝時代の宮殿都市としての面影を残す遺構です。1232年、住民から招かれたイスラム勢力ナスル族のムハンマド1世によって、この地にグラナダ王国(ナスル朝)が興りました。当時は8世紀から続くレコンキスタ(国土回復運動)の最中にあり、周辺には小さなイスラム教国が残るのみでした。ナスル朝は、キリスト教勢力の大国カスティーリャ王国の封建的家臣として従うことで領土を守ってきました。しかし、14世紀半ばにヨーロッパでおきたペスト大流行や、キリスト教国同士の争いで滞っていたレコンキスタの最熱などにより、1479年に強大なスペイン王国が成立します。これに伴って、グラナダは1492年に陥落しレコンキスタは完結を迎えました。
グラン・プレの景観
Landscape of Grand Pré
ここはカナダ東部ノヴァスコシア州のミナス湾の湿原帯と考古遺跡群で、広さは13㎢以上あります。ここには17世紀にフランス系入植者(アカディア人)が環境に適応して農地開発を進めてきた歴史が残されています。彼らは世界で最も干満差が激しい(平均11.6m)といわれるこの地に、堤防や木製水門システム(アボトー)を用いて広大な干拓農地をつくり出しました。さらに、その土地区画の方法や作物栽培法は何世紀にもわたって受け継がれ、彼らの生活様式の跡と合わせて、きわめて重要な考古学的遺跡ともなっています。アカディア人は1755年のグラン・デランジュマンと呼ばれる出来事でこの地を追放されてしまいましたが、彼らの入植と農地開発の象徴的な風景が残されています。
グレート・ブルカン・カルドゥン山と周辺の聖なる景観
Great Burkhan Khaldun Mountain and its surrounding sacred landscape
クンタ・キンテ島と関連遺跡群
Kunta Kinteh Island and Related Sites
京杭大運河
The Grand Canal
ケベック旧市街の歴史地区
Historic District of Old Québec
ゲベル・バルカルとナパタ地域の遺跡群
Gebel Barkal and the Sites of the Napatan Region
ナイル川流域には、クシュ王国の文化を物語る重要な遺跡群が広がっています。クシュ王国はアフリカ最古級の黒人国家であり、紀元前900年から前270年にかけて栄えたナパタ文化と、前270年から後350年にかけて栄えたメロエ文化の2つに分かれています。前10世紀にクシュ王国が誕生し、前730年にはピアンキ王がエジプト全域を統治することになります。そこから約70年という長いナパタ王国時代が続きます。遺跡群にはピラミッド付きの墓、寺院、住居、宮殿などが含まれています。これらの遺跡は、古代の建築技術や宗教儀式を今に伝える貴重な証拠となっており、古代文明の深い歴史を感じさせます。また、当時の社会構造を理解するための手がかりとして非常に重要です。
ケルンの大聖堂
Cologne Cathedral
建築家ヴィクトール・オルタによる主な邸宅(ブリュッセル)
Major Town Houses of the Architect Victor Horta (Brussels)
元の上都遺跡
Site of Xanadu
コア渓谷とシエガ・ベルデの先史時代の岩絵群
Prehistoric Rock Art Sites in the Côa Valley and Siega Verde
ゴアの聖堂と修道院
Churches and Convents of Goa
コインブラ大学:アルタとソフィア
University of Coimbra – Alta and Sofia
ポルトガル中部に位置するコインブラは、リスボン、ポルトに次いで、同国第3の都市です。この街にはヨーロッパで最も古く設立された大学のひとつであるコインブラ大学があります。同大学は、教皇ニコラウス4世の認可のもと、1290年にディニス王の勅令でリスボンに創設されました。司教座付属学校を起源とし、ポルトガル最古の伝統を誇ります。大学は、リスボンにあった時期もあれば、コインブラに移った時期もあり、両都市の間で何度か行き来しましたが、1537年にはコインブラに定着し、アルカソヴァ宮殿に置かれました。700年以上の歴史をもつコインブラ大学は、ポルトガルの植民地の教育機関にも影響を与え、さまざまな学術分野に貢献してきました。
高句麗古墳群
Complex of Koguryo Tombs
北朝鮮の首都、平壌周辺の高句麗古墳群は、高句麗王国の中・後期にあたる4〜7世紀ごろに建造された63基からなる古墳群で、その多くに美しい壁画が残されています。高句麗は、現在の中国東北部と朝鮮半島にかけて栄えた最強の王国のひとつでした。これまでに中国と朝鮮半島で発見された1万以上の高句麗の古墳のうち、壁画が描かれている古墳は約90か所で、これらの古墳のほぼ半分は世界遺産登録された地域にあります。壁画の図柄は、青龍、白虎、朱雀、玄武を描いた四神図や狩猟図、それに日本の高松塚古墳のものと似た女性像など多岐にわたっています。衣装、食べ物、住居生活、埋葬の習慣、さらには宗教的儀式など、今は消えてしまった高句麗文化の豊かさを伝える証となっています。高松塚古墳やキトラ古墳の壁画との関連性も指摘されており、高句麗王国が日本を含む東アジアに大きな影響を与えていたことを示唆しています。
杭州にある西湖の文化的景観
West Lake Cultural Landscape of Hangzhou
古代高句麗王国の都城と古墳群
Capital Cities and Tombs of the Ancient Koguryo Kingdom
五台山
Mount Wutai
古代都市テーベと墓地遺跡
Ancient Thebes with its Necropolis
古代都市パルミラ
Site of Palmyra
シリアの首都・ダマスカスの砂漠の中央にあるオアシスの都市パルミラは、かつてナツメヤシが茂る地下水に恵まれた場所でした。「パルミラ」の名は、ギリシャ語でナツメヤシを意味する「パルマ」に由来しています。紀元前1世紀ごろから後3世紀の間、シルク・ロードの拠点として交易で栄え、129年にはローマ帝国のハドリアヌス帝から自由都市の資格を与えられました。パルミラの主神を祀るベル神殿や列柱道路、商人らを楽しませた円形劇場や浴場などが作られました。ギリシャ・ローマの西方文化とパルティア・ペルシアなどの東方文化の交差点に位置するパルミラの芸術と建築は、東西の文化と地元の伝統が融合し、独創的なスタイルを築きました。しかしローマ帝国からの独立に失敗したあと、街は破壊されました。
古都奈良の文化財
Historic Monuments of Ancient Nara
コトルの文化歴史地域と自然
Natural and Culturo-Historical Region of Kotor
コナーラクのスーリヤ寺院
Sun Temple, Konârak
コパンのマヤ遺跡
Maya Site of Copan
コマニの文化的景観
ǂKhomani Cultural Landscape
コルドゥアン灯台
Cordouan Lighthouse
コルドゥアン灯台は、大西洋のジロンド河口にある浅い岩礁の上に立ち、非常に過酷で外洋にさらされた環境に立っています。16世紀末から17世紀初頭にかけて、技師ルイ・ド・フォワによって設計され、18世紀後半にはジョゼフ・トゥレールによって改修されました。石灰岩の切石で造られた壮麗な塔は、ピラスター(付柱)、円柱、軒持送り(モディリオン)、ガーゴイルなどで装飾されており、海抜67mまで8層にわたってそびえています。16世紀と18世紀の二度にわたる建設によって、技術的な機能が強化され、海上信号の傑作であり、現在も使用されている現役の灯台です。華麗な姿から「海のヴェルサイユ」とも呼ばれています。建築形態は、古代様式やルネサンス期のマニエリスム、またフランスの技術者要請期間である土木技術学校の独特の建築様式の影響を受けています。
コルドバの歴史地区
Historic Centre of Cordoba
スペイン南西部、アンダルシア地方にあるコルドバは、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の文化が融合する歴史ある商業都市です。紀元前3世紀に共和制ローマの支配下に入った時にはカルタゴの植民都市が存在し、6世紀には西ゴート王国がこの地を統治します。その後イスラム勢力が制圧し、756年に後ウマイヤ朝の首都としてヨーロッパにおけるイスラム教の最重要拠点となります。10世紀には、コンスタンティノープル、ダマスカス、バクダードと並ぶ大都市として繁栄し、市街には300以上のモスクが立ち並びました。
一方、コルドバはキリスト教世界が目指すレコンキスタ(国土回復運動)の対象都市となります。1212年にムワッヒド朝が衰退すると、1236年にはカスティーリャ王国のフェルナンド3世によってコルドバは奪還され、大モスク「メスキータ」はキリスト教聖堂へ改修されるなど、キリスト教文化が浸透していきました。歴史地区では、それぞれの宗教文化の痕跡が今も残されています。その他にも、フェルディナント王子とイサベル女王が居城とした「カトリック両王のアルカサル」や、キリスト教支配の初期に築かれた「カラオーラの塔」など、レコンキスタを象徴する建築物も見ることができます。
ゴレ島
Island of Gorée
コロンビアのコーヒー農園の文化的景観
Coffee Cultural Landscape of Colombia
多くの方に嗜好品として愛されるコーヒーですが、その農園が世界遺産になるケースもあります。コロンビアのコーヒー農園はその代表例のひとつです。コロンビア西部、18の都市と6ヵ所の農業地帯からなる一帯は「エヘ・カフェテロ」(コーヒーの栽培の軸)と呼ばれて、19世紀からコロンビア北西部のアンティオキアからやってきた人々により農地が拓かれました。55度以上の傾斜をもつ急峻な山脈で、伝統的なコーヒー豆の生産が行われ、数世代にわたって今でもコーヒー豆が生産されているのが、非常に価値のあるものとみなされています。現在、コロンビアのコーヒー豆の生産量は世界3位(ブラジル、ベトナムに次ぐ)であり、この地域のコーヒー生産が少なくともそれに貢献していることは間違いありません。
コンゴーニャスのボン・ジェズス聖域
Sanctuary of Bom Jesus do Congonhas
コンドアの岩絵遺跡群
Kondoa Rock-Art Sites