World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iv))

隊商都市ペトラ

Petra
隊商都市ペトラ
ヨルダン南部のペトラは紀元前2世紀にナバテア人によって築かれた隊商都市です。ナバテア王国の首都として機能し、古代ローマやアラビア半島、インドや中国との主要な交易中心地として発展しました。2世紀にローマ帝国に併合され、4~5世紀にはキリスト教関連の宗教施設も建設されました。ペトラは4世紀の大地震による被害と、交易路が変化されたことにより、1812年スイス人のイスラム学者によって再発見されるまで砂に埋もれていました。
地域: 西・南アジア / 国名: ヨルダン・ハシェミット王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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大足石刻

Dazu Rock Carvings
大足石刻
重慶市の北西に位置する大足石刻は、唐代末期の9世紀から南宋時代の13世紀にかけて、山の岩壁に掘られた彫刻群の総称です。一帯には、石像が5万体以上、石碑文は10万点以上が現存し、75ヵ所ある文化財保護区域のうち、5ヵ所が世界遺産に登録されています。多くは大乗仏教の石刻ですが、道教や儒教の像も刻まれており、中国三大宗教の石刻がそろっているのが大きな特徴となっています。中でも宝頂山石刻群の石刻は評価が高く、特に大仏湾と呼ばれる崖の磨崖仏群、全長およそ31mの釈迦涅槃像が有名です。中国には、世界遺産に登録されている『雲岡石窟』や『龍門石窟』などの石窟芸術が残りますが、大足石刻はその中でも最も保存状態の良いものひとつに数えられています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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大チョーラ朝寺院群

Great Living Chola Temples
大チョーラ朝寺院群
9世紀から数百年にわたり南インドを支配したチョーラ朝の王たちが残したヒンドゥー教の寺院群です。11世紀から12世紀にかけて建てられた3つの大寺院があり、最初の首都タンジャーヴールには「ブリハディーシュワラ寺院」、次に遷都したガンガイコンダチョーラプラムにも同名の「ブリハディーシュワラ寺院」、そしてダラシュラムの「アイラーヴァテシュヴァラ寺院」です。これらの寺院は、建築・彫刻におけるチョーラ朝のすばらしい業績を今に伝えています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (ii)(iii)
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タウリカ半島の古代都市とチョーラ

Ancient City of Tauric Chersonese and its Chora
タウリカ半島の古代都市とチョーラ
黒海に面するクリミア半島南端のケルソネソスには、古代ギリシャの植民都市の遺跡が残っています。そこには「チョーラ」と呼ばれる区分けされた土地も含まれています。この地はワイン生産の中心地として発展し、ギリシャ、ローマ、ビザンツ、黒海以北の人々との交流拠点となってきました。また、石器時代や青銅器時代の集落跡、ローマ時代の要塞や給水システムなども残されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ウクライナ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (ii)(v)
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タオス・プエブロの伝統的集落

Taos Pueblo
タオス・プエブロの伝統的集落
タオス・プエブロは、ニューメキシコ州北部、タオス川沿いに位置する先住民タオス・プエブロ族の伝統的な集落です。タオス渓谷の古代遺跡は、タオス・プエブロ族が約1,000年前からこの地に定住していたことを示しています。現在の集落は14世紀に建設されたもので、タオス川の両岸に位置する「北の家」と「南の家」と呼ばれる集合住宅に分かれています。いずれも5階建てで、現在でも約150人がこの集落内で生活しています。そのため、タオス・プエブロはアメリカに現存する最古の現役住居群といえます。
地域: 北米 / 国名: アメリカ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (iv)
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タカリク・アバフ国立考古公園

National Archaeological Park Tak’alik Ab’aj
タカリク・アバフ国立考古公園
グアテマラの太平洋岸山麓には亜熱帯湿潤林に覆われた考古学遺跡群があります。タカリク・アバフは、紀元前800年から紀元後900年までの約1,700年の間、メキシコのテワンテペク地峡と現在のエルサルバドルとを結ぶ長距離交易の要衝でした。この交易路を通じて、思想や習俗が広く共有されていました。そうした立地条件もあり、この遺跡群の石碑や建造物の様式からは、北中米で最初期の古代文明であるオルメカ文明からマヤ文明へと移行していく過程が明確に示されています。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: グアテマラ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (ii)(iii)
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タスマニア原生地帯

Tasmanian Wilderness
タスマニア原生地帯
オーストラリア大陸の南に位置するタスマニア島は、かつてゴンドワナ大陸の一部でオーストラリアと陸続きだった島です。2万1,000年前頃に、海水面の上昇によって本土と海峡で隔てられました。タスマニア島では、太古の姿を保った植物や独自の進化を遂げた動物が見られます。1982年に自然遺産として世界遺産登録されましたが、1989年には文化遺産の価値も認められて、複合遺産になりました。氷河の流動によって大地が浸食され、平坦な山頂や荒々しい斜面、多数の湖が誕生し、世界最大規模の壮観な原生地帯だといわれています。世界遺産には7つの国立公園にまたがる、総面積約1万5,842㎢のエリアが登録されています。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)(vii)(viii)(ix)(x)
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タヌムの岩絵群

Rock Carvings in Tanum
タヌムの岩絵群
スウェーデン西部ブーヒュースレーン地方北部に位置するタヌムの岩絵群は、紀元前1500年~紀元前500年頃に描かれた青銅器時代の岩絵が残されています。この一帯は花こう岩の岩盤に覆われた土地で、氷河の浸食によって滑らかになった岩肌が岩絵のキャンバスとなりました。ブーヒュースレーン地方北部には1,500カ所以上の岩絵遺跡があり、その中でもタヌムには360以上に及ぶ岩絵が残っています。ノミや石鎚のような工具で岩肌を削り、そこに顔料で色を施された岩絵には人間、動物、船、武器、太陽などのモチーフが描かれており、スカンジナビアの先史時代の生活と文化を今に伝えています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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タプタプアテア

Taputapuātea
タプタプアテア
タプタプアテアとは、フランス領ポリネシアのライアテア島にある文化遺産です。ハワイ諸島とラパ・ニュイ(イースター島)、ニュージーランドのアオテアロアを頂点とする三角地帯は「ポリネシアン・トライアングル」と呼ばれ、ポリネシア文化圏の定義のひとつとなっていますが、ライアテア島はこの三角地帯の中心に位置しています。ここは人類が最後にたどり着いた定住の地とされており、マラエ(祭祀場)群のある島と海、ラグーン、サンゴ礁、森林に覆われた2つの谷の美しい景観で構成されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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タフティ・バヒーの仏教遺跡とサリ・バロールの歴史的都市

Buddhist Ruins of Takht-i-Bahi and Neighbouring City Remains at Sahr-i-Bahlol
タフティ・バヒーの仏教遺跡とサリ・バロールの歴史的都市
タフティ・バヒーの仏教遺跡とサリ・バロールの歴史的都市は、パキスタンのガンダーラ地方で最も印象的な仏教遺跡のひとつで、同じ時代に属する2つの全く異なる要素で構成されています。タフティ・バヒーの仏教遺跡は1世紀初頭に建設された僧院群で、標高約36~152mの丘陵地帯に位置しています。7世紀頃まで使用されたタフティ・バヒーは、複数の仏塔を中心とした僧院や中庭、屋根付きの階段状の通路などで構成され、石材を石灰とモルタルで固めるというガンダーラ様式の技法が見られます。一方のサリ・バロールの歴史的都市は、タフティ・バヒーから5㎞ほど離れた地の細長い丘陵の上に築かれた古代の要塞都市の遺跡で、往時はガンダーラ様式の城壁に囲まれていたと考えられています。しかしながらサリ・バロールの遺跡は集落・住宅地の拡大によってその遺産の境界の管理が不十分で都市拡大による危機にさらされています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (iv)
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タフテ・ソレイマーン

Takht-e Soleyman
タフテ・ソレイマーン
イラン北西部の火山地帯にあり、「火」を神聖視するゾロアスター教の聖地となっていました。ゾロアスター教は世界最古の宗教のひとつで、紀元前6世紀のアケメネス朝ペルシア時代にはすでに信仰されており、その後のササン朝ペルシア時代には国教となりました。タフテ・ソレイマーンには国家的祭祀を行った聖なる拝火壇「アザル・ゴシュナスブ」がおかれ、聖地として発展しました。歴代のササン朝の王は王位を受け継ぐ際に、この場所で火を捧げたと言われています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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ダフニ、オシオス・ルカス、ヒオスのネア・モニの修道院群

Monasteries of Daphni, Hosios Loukas and Nea Moni of Chios
ダフニ、オシオス・ルカス、ヒオスのネア・モニの修道院群
『ダフニ、オシオス・ルカス、ヒオスのネア・モニの修道院群』は、いずれも11世紀に建造されました。ダフニ修道院はアテネ近郊にあり、南ギリシャで最も美しい修道院と言われています。オシオス・ルカス修道院はデルフィ近郊の、オリーブが茂る丘の中腹にあります。ネア・モニ修道院はエーゲ海東部にあるヒオス島に存在し、「新しい修道院」を意味しています。3つの修道院は地理的にも離れているのですが、同じ建築様式を有しており、いずれのドーム天井はモザイク画で飾られています。これらの修道院は、ビザンツ帝国が政治的に安定し、富を惜しみなく使った時代の建造物で、ビザンツ美術の粋が集められています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(iv)
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タブリーズの歴史的バザール群

Tabriz Historic Bazaar Complex
タブリーズの歴史的バザール群
イラン西部のタブリーズは、この地域の商業の拠点で地域経済の中心であり、イル・ハン国やサファヴィー朝の首都となった都市です。ここは古代から交易が盛んでシルクロードの中継地として繁栄し、商業・文化の交流の重要な拠点でした。ここにあるバザールは1,000年以上の歴史を持ち、中東最古のバザールです。ひとつながりの屋根に覆われたレンガ造りの建物群の中に、多様な機能を持つ空間が点在する複合施設で、イランの伝統的な商業と文化の繋がりが見てとれる事例です。このようなバザールの形はペルシャの都市計画のモデルの一つでした。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ダマスカスの旧市街

Ancient City of Damascus
ダマスカスの旧市街
紀元前3000年頃、メソポタミアとアラビア半島、地中海をつなぐ結節点に築かれた都市。郊外にある遺跡の調査で、紀元前10000年から紀元前8000年頃には人が定住していたことが明らかになっていて、世界最古の都市の1つと言えます。ローマ帝国やビザンツ帝国、オスマン帝国などさまざまな国家に支配され、東洋と西洋が交わる要衝としていつの時代においても文化、商業の中心地として栄えました。イスラム世界初の王朝となったウマイヤ朝の首都でもあり、アラブ世界の都市の模範となりました。
地域: 西・南アジア / 国名: シリア・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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タラゴナの考古遺跡群

Archaeological Ensemble of Tarraco
タラゴナの考古遺跡群
スペイン北東部にあるタラゴナは、イベリア半島で最古級のローマ人居住地です。紀元前218年に古代ローマに占領された後、イベリア半島進出の拠点となって歴代の皇帝たちも訪れるようになりました。ローマ帝国時代にはイベリア半島における主要な行政・商業都市へと発展。イベリア半島最大規模の都市、かつ、半島全域における皇帝崇拝の中心地になりました。ローマ世界において、他の地域の属州都市のモデルにもなっており、ローマの都市計画と設計の発展を知る上でも非常に重要なものと言えます。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)
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ダラム城と大聖堂

Durham Castle and Cathedral
ダラム城と大聖堂
『ダラム城と大聖堂』は、イングランド北部、スコットランドとの国境近くにあるU字形に湾曲して流れるウェア川を見下ろす小高い丘の上に立っています。ダラム城はイングランド最大のノルマン様式の城で、1072年、ウィリアム1世がスコットランドの侵攻に備えて築きました。国王はイングランド北部の境界を守る見返りとして、実質的な自治権を歴代のダラム司教に与え、城での居住を認めました。それにより、司教は「王子司教」として宗教指導者と世俗権力の両方を握りました。1837年に城はダラム大学に寄付され、1840年以降は大学の学生寮として使用されています。
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タリンの歴史地区

Historic Centre (Old Town) of Tallinn
タリンの歴史地区
バルト三国の一国であるエストニアの首都タリンにある歴史地区は、バルト海周辺における北ヨーロッパの交易都市として現在でも非常に良い状態で街並が保存されています。タリンの都市開発は、13世紀にドイツ騎士修道会が城を建築したことから始まり、13世紀後半からハンザ都市として栄えました。この都市を中心に、13世紀から16世紀まで北ヨーロッパの交易の重要な拠点として交易が盛んに行われました。15世紀以降、ハンザ同盟が次第に衰退する一方で、タリンは商業都市としての地位を失うことなく、街には公共建築や住居が整備されていきました。
地域: ヨーロッパ / 国名: エストニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)
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タルノフスキェ・グルィの鉛・銀・亜鉛鉱山とその地下水管理システム

Tarnowskie Góry Lead-Silver-Zinc Mine and its Underground Water Management System
タルノフスキェ・グルィの鉛・銀・亜鉛鉱山とその地下水管理システム
ポーランド南部のシロンスクに位置するタルノフスキェ・グルィ地域は、ヨーロッパ有数の鉛、銀、亜鉛鉱山として知られています。16世紀半ばから19世紀後半にかけて、鉱山の発展とともに、地下水の大量流入という難題に直面し、これを解決するために50㎞以上の主要排水トンネルや、無数の坑道・竪坑を含む広大な排水網が築かれました。18世紀後半にはイギリスから蒸気機関が導入され、地下深くの水を汲み上げることができるようになりました。重力による排水坑道と蒸気揚水技術が組み合わさることで、排水に加え、鉱山水を周辺都市や産業地区の飲料水・工業用水として活用する画期的なシステムが実現しました。このシステムは、19世紀には上シレジア工業地帯(カトヴィツェ周辺)など広域への給水も担い、2001年まで稼働が続きました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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ダルムシュタットのマチルデンフーエ(マチルダの丘)

Mathildenhöhe Darmstadt
ダルムシュタットのマチルデンフーエ(マチルダの丘)
ドイツ中西部の街、ダルムシュタットで最も標高の高いマチルデンフーエ(マチルダの丘)に、19世紀末のヘッセ大公エルンスト・ルートヴィヒの招きにより多くの芸術家や建築家が集まるコロニーが形成されました。彼らを中心として、1901年から1914年にかけて4つの国際的な建築博覧会が開催され、実験的で機能的な建築や革新的な家具を備えた部屋など多くの初期モダニズムを代表するデザインが紹介されました。これらの建築物は建築史に残る重要な「総合芸術」作品として高い評価を受けています。19世紀末から20世紀初頭のアーツ・アンド・クラフツ運動やウィーン分離派からも大きな影響を受けていると共に、後のドイツ工作連盟やバウハウスにも影響を与えており、20世紀のモダニズムにおいて、大きな位置を占める存在と言えます。マチルデンフーエの最も印象的な建物の一つであるウエディング・タワーは、ヘッセ大公エルンスト・ルートヴィヒの結婚を記念して、1908年のヘッセン州博覧会のために、ヨーゼフ・マリア・オルブリッヒの設計により建設されたものです。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)(iv)
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チェスキー・クルムロフの歴史地区

Historic Centre of Český Krumlov
チェスキー・クルムロフの歴史地区
チェコ南部、ヴルタヴァ川(モルダウ川)のほとりに位置するチェスキー・クルムロフは、13世紀に築かれた城を中心に発展した南ボヘミアの小都市です。ヴルタヴァ川の蛇行と岩山に囲まれた自然美と都市構造が見事に調和しています。貴族の支配下で政治・文化の要所として栄え、ゴシックからバロックまでの建築様式が混在する歴史的中心地には、5世紀以上にわたる発展がみられます。ファサードや屋根、内部の装飾などからは、計画都市としての特徴を今も感じ取ることができます。このように、チェスキー・クルムロフは建築、自然、歴史が融合したヨーロッパ小都市の典型例として知られています。
地域: ヨーロッパ / 国名: チェコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (iv)
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チェルヴェテリとタルクィニアのエトルリア古代古墳群

Etruscan Necropolises of Cerveteri and Tarquinia
チェルヴェテリとタルクィニアのエトルリア古代古墳群
イタリア中部ラツィオ州に位置するチェルヴェテリとタルクィニアには、エトルリア人が残した大規模な墓地遺跡があります。エトルリア人は、紀元前8 ~前1世紀頃にイタリア半島で暮らしていた先住民族で、トスカーナ地方を中心に数多くの都市国家を建設し、地中海北部で都市文明を築きました。やがてローマ帝国に併合されてローマ人に同化しましたが、その独自の文化は継承されました。2箇所の墓地遺跡は、古代からギリシャ時代に至るエトルリア人の文化水準の高さや、生活習慣などを伝えています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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チキトスのイエズス会ミッション

Jesuit Missions of the Chiquitos
チキトスのイエズス会ミッション
ボリビア東部に位置するチキトスのイエズス会ミッションは、ヨーロッパのキリスト教建築と地域の伝統が融合した顕著な例です。教会堂は、大きな家屋に似ており、切妻屋根が西側のギャラリーの上を覆い、ポーチとして張り出しています。木製の柱で区切られた3つの内部通路と、同じく柱で支えられた2つの外部ギャラリーを区切る長い壁で構成され、非常にユニークな建築様式を持っており、彫刻が施された木製の柱と手すりが特徴的です。これらの教会には、彫刻、絵画、祭壇、説教壇などの注目すべき民衆による芸術品が収蔵されています。
地域: 南米 / 国名: ボリビア多民族国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (iv)(v)
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チチェン・イツァの古代都市

Pre-Hispanic City of Chichen-Itza
チチェン・イツァの古代都市
チチェン・イツァはユカタン半島北部のマヤ文明の中心地の一つで、マヤ文明とトルテカ文明が融合した遺跡です。チチェン・イツァは最初にマヤ系の民族によって都市が形成されましたが、後に一度都市は放棄されました。その後10世紀にトルテカ文明(テオティワカン文明崩壊後にメキシコ全域に広がった文明)の影響を受けたイツァ人によって都市が再興されました。そのためチチェン・イツァでは10世紀以前の遺構が多く残る地域を「旧チチェン」、10世紀以後を「新チチェン」と呼び両者は建築様式等でもそれぞれ異なる特徴がみられます。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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チャタルヒュユクの新石器時代の遺跡

Neolithic Site of Çatalhöyük
チャタルヒュユクの新石器時代の遺跡
トルコのアナトリア高原南部に位置する『チャタルヒュユクの新石器時代の遺跡』は、紀元前7400年から前5200年頃の遺跡とされ、人類最初期の定住生活や農耕生活を伝える貴重な遺跡として評価されています。チャタルヒュユクはトルコ語で「分岐した丘」という意味で、ここには二つの丘(テル)があり、それぞれ年代が異なります。東側のテルは紀元前7400年から前6200年にかけて、西側のテルは前6200年から前5200年にかけて使用されたと言われています。トルコでは他にも人類史最古級の遺跡が発掘されており、それらは世界遺産にも登録されていますが、住民たちの当時の生活を垣間見ることが出来る点としては、本遺跡は特筆に値します。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (iii)(iv)
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チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(旧名ヴィクトリア・ターミナス)

Chhatrapati Shivaji Terminus (formerly Victoria Terminus)
チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(旧名ヴィクトリア・ターミナス)
チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅は、インドのムンバイにある鉄道の駅です。1661年に英国の支配下に置かれたムンバイ(当時はボンベイ)は、造船業と綿花貿易の拠点として発展し、駅舎の建設が計画されました。英国の建築家フレデリック・ウィリアム・スティーブンスによって設計され、1878年に工事が始まりました。英国のヴィクトリア女王の即位50周年にあたる1887年に完成し、当初は「ヴィクトリア・ターミナス駅」と命名されました。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iv)
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チャムパーサックの文化的景観にあるワット・プーと関連古代遺跡群

Vat Phou and Associated Ancient Settlements within the Champasak Cultural Landscape
チャムパーサックの文化的景観にあるワット・プーと関連古代遺跡群
チャムパーサックの文化的景観は、山頂から川岸へと続く軸線を用いて、自然と人間との関係についてのヒンドゥー教のビジョンを表現するために形作られました。この軸線に沿って、寺院、神社、水道施設が幾何学的なパターンで配置され、約10㎞にわたって広がっています。この景観は1,000年以上の歴史を持ち、精神的な意義が大きな周囲の自然と融合させた傑出した例で、強い宗教的信念と献身を表現しています。
地域: 東・東南アジア / 国名: ラオス人民民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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チャンキーヨの天文考古学遺産群

Chankillo Archaeoastronomical Complex
チャンキーヨの天文考古学遺産群
ペルー北中部の乾燥した渓谷にあるチャンキーヨは、紀元前250年~前200年頃に建設された先史時代の天文観測所と考えられています。丘陵に一列に並ぶ13の立方体状の塔は、人工的に作られた地平線上のマーカーとして機能し、日の出と日の入りの位置から一年を通して日付を正確に特定していました。これらの遺跡群は太陽崇拝の儀式的中心地であったと推測され、東西両側の観測地点から季節の移り変わりや夏至・冬至・春分・秋分などの重要な日を特定していました。
地域: 南米 / 国名: ペルー共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (i)(iv)
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昌徳宮

Changdeokgung Palace Complex
昌徳宮
昌徳宮(チャンドックン)は、景福宮の離宮として、朝鮮王朝第3代太宗によって1405年に建設されました。自然の地形を活かして設計されたこの宮殿は、伝統的な風水思想と儒教の理念を体現した希少な建築例とされています。場所は朝鮮半島の北部・白岳山の麓に位置し、敷地全体が地形と調和するように配置されました。王の居住区、政務区、儀式空間などは儒教的な原則「前朝後寢」に基づいて設計されており、空間構成そのものが儒教の思想を表しています。このようなことから、昌徳宮は単なる王宮ではなく、朝鮮王朝の精神的な世界観を象徴する場所として評価されています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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チャンパネール ‐ パーヴァガドゥ遺跡公園

Champaner-Pavagadh Archaeological Park
チャンパネール ‐ パーヴァガドゥ遺跡公園
インド西部グジャラート州にある標高800mのパーヴァガドゥの丘とその麓のチャンパネールには、先史時代の人の居住跡があり、その後のヒンドゥー教王国やイスラム王朝までの遺跡が残されています。13世紀にここを支配したラージプート族のキチ・チャウハーン朝が丘の上に要塞を築き、15世紀にはグジャラート・スルタン朝が麓の集落を再建し新都を建築しました。ここは16世紀にムガル帝国に滅ぼされ放棄されるまでグジャラートの首都として機能し、ムガル帝国以前の姿を残す貴重な都市遺跡です。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)(vi)
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中世アナトリアの木造多柱式モスク群

Wooden Hypostyle Mosques of Medieval Anatolia
中世アナトリアの木造多柱式モスク群
『中世アナトリアの木造多柱式モスク群』は、13世紀後半から14世紀半ばにかけてトルコに建てられた、木製の列柱をもつモスク群です。建物の外観は石造りですが、内部には木製の列柱と天井、扉やミンバル(説教壇)をもつという点が特徴です。世界遺産には、首都アンカラにある「アヒ・シュレフェッディンモスク(アルスランハーネ・モスク)」、アフィヨンカラヒサールの「アフィヨンの大モスク」、エスキシェヒルの「シヴリヒサールの大モスク」、コンヤの「エシレフォール・モスク」、カスタモヌの「マフムート・ベイ・モスク」の5つのモスクが登録されており、それぞれ異なる県に存在しています。モスクを始め、イスラム建築は石やレンガ造りが主流で、木造多柱式のモスクは非常に珍しいため、イスラム建築の歴史における重要な段階を示す優れた例となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (ii)(iv)
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