World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii))

龍門石窟

Longmen Grottoes
龍門石窟
中国・河南省洛陽市の南にある龍門石窟は、伊水両岸に1kmにわたって連なる中国最大規模の石窟寺院です。493年、北魏の孝文帝が洛陽に遷都したことを機に、唐代までの4世紀以上にわたって造営が続けられました。なかでも5世紀末から8世紀半ばにかけて、石窟造営が最も集中的に行われました。石窟と仏龕の数は合計2,345で、仏像約10万体、石碑は 2,500以上が残っています。力強く大規模な雲岡の石仏に比べ、龍門の石仏は繊細な装飾が施されています。龍門石窟は北魏から唐代への長期にわたる造営を通して、芸術様式の変遷を示す例となっています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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リヨンの歴史地区

Historic Site of Lyon
リヨンの歴史地区
フランス南東部、ローヌ・アルプ地域圏に位置する都市、リヨン。ローヌ川とソーヌ川が交わり、西にフルヴィエールの丘、東にクロワ=ルースの丘を望む地に広がっています。 紀元前1世紀、ローマ時代にガリア三州の首都として築かれて以来、リヨンはヨーロッパの政治や商業、文化において重要な役割を担ってきました。16世紀にはフランス初の証券取引所が開設され、商業都市として発展。同じ頃、フランソワ1世の後押しでイタリアから絹織物産業が導入され、リヨンは世界的な絹の街として名を馳せました。さらに、イタリアとの往来が盛んな位置にあることから、芸術文化も早くから流入し、フランス・ルネサンスの先駆けともなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ルーレオにあるガンメルスタードの教会街

Church Town of Gammelstad, Luleå
ルーレオにあるガンメルスタードの教会街
スウェーデン北部のボスニア湾奥部、ルーレ川河口に位置するガンメルスタードの教会街は15世紀頃に教会が建てられたのを機に、教区として栄えた村です。この地に石造りの教会が誕生して以来、遠方からも信者が訪れるようになり、木造平屋コテージの宿泊施設が建てられました。やがて16世紀に入ると47の村々からなる大規模な教区へとなり、より多くの人々が集まる集落へと発展を遂げます。これに伴って、教会を中心に放射状に広がる道や、教会を一周する道路が出来るなど次々と都市計画が進み、コテージの戸数は400戸を超えるまで増えていきました。教会に向かって立ち並ぶ、赤い壁と白い窓枠の小さなコテージと家屋はこの地域のシンボルとなっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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ル・アーヴル:オーギュスト・ペレにより再建された街

Le Havre, the City Rebuilt by Auguste Perret
ル・アーヴル:オーギュスト・ペレにより再建された街
ノルマンディー地方、イギリス海峡に面した都市ル・アーヴルは、第二次世界大戦中に激しい爆撃を受け、壊滅的な被害を受けました。破壊された地域は、当時70歳だったフランスの建築家オーギュスト・ペレ率いるチームの計画に基づき、1945年から1964年にかけて再建されました。旧市街の構造や現存する歴史的建築物の面影を残しつつ、新しい都市計画や建築技術の理念を融合させており、特に6.24mを基準とする碁盤目状の都市計画やプレハブ工法、鉄筋コンクリートの革新的な活用が特徴です。再建された地区は、ル・アーヴルの行政・商業・文化の中心を形成していて、数ある戦後再建都市の中でも、統一性と完全性において際立っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ルイス・バラガン邸と仕事場

Luis Barragán House and Studio
ルイス・バラガン邸と仕事場
ルイス・バラガン邸と仕事場はメキシコシティ郊外に1947~1948年に建築家ルイス・バラガン自身によって設計された彼の邸宅兼仕事場です。バラガンの作品は近代の建築運動の潮流をその土地特有の要素と適合させて作り上げられています。特に現代の庭園、広場などの景観デザインに大きな影響を与えました。バラガンは「家は決して完成することはなく、常に進化し続ける有機体である」と信じており、その言葉通り、邸宅は多くの改修が行われました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (i)(ii)
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ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献

The Architectural Work of Le Corbusier, an Outstanding Contribution to the Modern Movement
ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献
フランスで活躍した近代建築家ル・コルビュジエの建築作品のうち、日本を含む3大陸7ヵ国に点在する17の資産が、2016年に世界で初めて「トランス・コンチネンタル・サイト」として世界遺産に登録されました。これら建築作品は、建築史上初めて、ある近代建築の概念が地球規模で広がり、実際に実践されたことを証明するものです。ル・コルビュジエは20世紀を代表する建築家の1人で、「住宅は住むための機械である」という言葉に象徴されるように、機能主義の建築家として近代建築運動を推進しました。彼は、建築の際の基準となる「モデュロール」や「近代建築の五原則」、「ドミノ・システム」などの重要な概念を次々と打ち出し、過去の伝統的な建築家たちと決別を図ったのです。
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ルネサンス都市フェッラーラとポー川のデルタ地帯

Ferrara, City of the Renaissance, and its Po Delta
ルネサンス都市フェッラーラとポー川のデルタ地帯
イタリア北東部、ポー川のデルタ地帯は数千年にわたり人が定住し、中世より発展してきましたが、14世紀からのエステ家の統治下でさらに有力な都市へと発展しました。エステ家は広範な干拓事業と建設プロジェクトを展開し、都市と周辺の田園風景の調和をはかり、独特の景観を作り出しました。さらに各地からルネサンスの芸術家たちを招き、創作活動を支援しました。建築物としてはエステンセ城やスキファノイア宮殿、サン・ジョルジョ大聖堂などがあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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レーゲンスブルク旧市街とシュタットアムホーフ

Old town of Regensburg with Stadtamhof
レーゲンスブルク旧市街とシュタットアムホーフ
ドイツ南東部、ドナウ河畔にあるレーゲンスブルクは、古くは石器時代から人の居住が始まり、西暦80年頃にローマ軍による砦が築かれて以降、2000年もの歴史を持つ都市です。特に中世以降はイタリア、ボヘミア、ロシア、ビザンツ帝国へと続く大陸交易路の重要な中継地として栄えました。9世紀以降は政治的、宗教的、経済的にも重要な位置を占めた都市であり、古代ローマ様式、ロマネスク様式、ゴシック様式といった様々な時代の建築物が混在して保存されています。また、中世から近世のドイツを統治していた神聖ローマ帝国の帝国議会が置かれた都市としても知られ、当初は各地の持ち回りで開催されていた議会でしたが、17世紀以降は常設議会として頻繁に開催されました。その後、神聖ローマ帝国の終焉・解体につながる決議がなされた地もレーゲンスブルクであり、帝国内において重要な位置を占める都市でした。旧市街には帝国の文化的伝統を伝える証拠として9世紀の宮殿の遺跡や多数の教会群、ゴシック様式に市庁舎など多くの歴史的建造物が残されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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麗江の旧市街

Old Town of Lijiang
麗江の旧市街
中国南西部、雲南省にある麗江は、12世紀の宋代末にチベット・ビルマ語族に属する少数民族納西族(ナシ族)によって建設された古都で、万年雪が積もる標高5,596mの玉龍雪山の麓に位置する高地の街です。世界遺産に登録されているのは、麗江の旧市街の保護区と、白沙、東河の近郊2村です。麗江の旧市街は「大研鎮(だいけんちん)」と呼ばれ、かつて交易の広場だった四方街を中心に、約800年にわたって歴史を重ねてきました。この街を建設した納西族は、茶葉などの交易のためにやってきた漢族やチベット族などの諸民族の文化を取り入れて、旧市街に残された壁画や、象形文字の一種である東巴文字(トンパ文字)などをはじめとする独自の文化を生み出しました。建造物や音楽も、納西族の伝統と異文化の交流を感じさせます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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レオン大聖堂

León Cathedral
レオン大聖堂
ここはニカラグア西部レオン市にある大聖堂で、グアテマラ人建築家のディエゴ・ホセ・デ・ポレス・エスキベルの設計によって1747年から19世紀初頭にかけて建設されました。この時期は後期バロック様式から新古典主義様式への移行期にあたり、それらの折衷的特徴を有しています。豊富な自然光と落ち着きのある質素な内装をベースにしながらも、堂内の至聖所の天井周りには豪華な装飾が施されています。また、聖堂の横幅を広く柱を太くして、地震の多いこの地の環境にも配慮しているなど、スペインと現地の文化が混淆した当時の様式を反映しています。美術作品としては、フランドル様式の木製祭壇やニカラグアの芸術家アントニオ・サッリアの絵画「十字架への道の14の場面」などが残されています。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: ニカラグア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iv)
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歴史的要塞都市カンペチェ

Historic Fortified Town of Campeche
歴史的要塞都市カンペチェ
メキシコ湾岸に位置し、カンペチェ州の州都でもあるカンペチェは16世紀に入植してきたスペイン人によって建設された都市です。スペイン入植以前はマヤ地域の重要な集落で内陸部と海上交易を結ぶ拠点でもありました。スペイン入植後はスペイン本国と植民地を結ぶ貿易拠点として発展しました。カラフルな街には1,000を超えるバロック様式の建造物が点在しています。碁盤の目のような都市景観をしており、当時の植民都市のモデルにもなりました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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歴史都市トレド

Historic City of Toledo
歴史都市トレド
トレドは首都マドリードから南に70kmの場所に位置する古都として有名です。三方をタホ川が取り囲む小高い丘の上に築かれた都市は、三大宗教の共存が息づく比類のない景観を今も保っています。伝承には、「方舟伝説」で知られるノアの末裔によって築かれたと伝わっています。ローマ帝国の支配下に置かれ、西ゴート王国時代は首都となり、711年からはイスラム勢力の統治下に置かれました。その後、レコンキスタによってキリスト教徒の手に戻るとカスティーリャ王国の王都となりました。当時トレドでは、キリスト、イスラム、ユダヤ教の信者が宗派を問わず暮らしていました。しかし、1492年のレコンキスタ完了後、キリスト教徒による迫害が始まると、イスラム教徒は去っていきました。街には、イスラム色の強い建物や、ユダヤ教徒の装飾品の数々が残り続け、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の三大宗教の要素が共存する特有の街並が今日のトレドに残されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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歴史都市トロギール

Historic City of Trogir
歴史都市トロギール
歴史都市トロギールは、クロアチア南部アドリア海に浮かぶ要塞都市です。ここは紀元前4世紀に古代ギリシャの植民都市として建設され、その後ずっと現在まで存続している貴重な都市です。その連続性を示すものが直角に交差する街路で、これはヘレニズム時代由来のものです。その後の支配者たちにより建てられた美しいロマネスク様式の建築群のなかに、ヴェネツィア支配の時代のルネサンス建築やバロック建築が残されています。市庁舎はルネサンス様式の外観を保ち、チピコ宮殿をはじめとする有力氏族の宮殿はロマネスク様式の建物の上にゴシックからバロックまでの様々な様式で建てられています。完成に3世紀を要したとされる聖ロヴロ大聖堂にはルネサンスからバロックまでの建築様式が見られ、中世から伝わる装飾写本や絵画なども保存されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: クロアチア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)
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歴史都市ブリッジタウンとその要塞

Historic Bridgetown and its Garrison
歴史都市ブリッジタウンとその要塞
バルバドスは、カリブ海に浮かぶ小アンティル諸島南東端に位置する島国です。この島国にある、英国植民地時代の17世紀から19世紀にかけて建設された都市が世界遺産に登録されています。中南米地域からヨーロッパに向かう航路上で、カーライル湾は最初の大きな中継基地であったため、イギリス人による都市開発が進みました。多くの歴史的建造物から構成されている他、一部には 軍の駐屯地が含まれています。ブリッジタウンの街路は不規則に配置されており、格子状の都市が多い他国とは異なった植民地都市計画であったことがわかります。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: バルバドス / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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レッド・フォート建造物群

Red Fort Complex
レッド・フォート建造物群
ムガル帝国を大国へと導いた皇帝アクバルの孫であり、同帝国の最盛期を築いた5代皇帝シャー・ジャハーンは、世界遺産『タージ・マハル』の建造者として広く知られています。しかし彼の建築への情熱はそれだけにとどまらず、生涯に数々の壮麗な建造物を残しました。その一つが、デリーにあるレッド・フォート(ヒンディー語で「ラール・キラー」)です。レッド・フォートは、シャー・ジャハーンが17世紀半ばに都をアーグラからシャージャハナバード(現在のデリー)へ移した際に築いた居城で、赤い砂岩の城壁が特徴的です。また、隣接する16世紀建造の城塞サリームガルとともに世界遺産に登録され、シャー・ジャハーンの建築美学とムガル帝国の栄華を象徴する重要な遺構となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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レドニツェ-ヴァルチツェの文化的景観

Lednice-Valtice Cultural Landscape
レドニツェ-ヴァルチツェの文化的景観
チェコのモラヴィア地方南部にあるレドニツェ-ヴァルチツェの文化的景観は、17世紀から20世紀にかけてこの地を支配したリヒテンシュタイン公爵家によって計画的に形作られてきました。17世紀にヴァルチツェと領地の他の部分を結ぶ大通りの建設から始まり、数世紀にわたって意図的に設計・創造されました。世界遺産には143㎢が登録されており、広大な面積を持ち、ヨーロッパ最大級の人工景観のひとつとなっています。この景観は、公爵家の娯楽の場であると同時に、その威信と権力を視覚的に示す象徴的な空間でもありました。
地域: ヨーロッパ / 国名: チェコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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レブカ歴史的港湾都市

Levuka Historical Port Town
レブカ歴史的港湾都市
フィジーは、南太平洋に位置する300以上の島々からなる島嶼国家です。オバラウ島はフィジーで6番目に大きな島で、ロマイビチ諸島最大の島です。この島の港街レブカに残る港湾都市の歴史地区が世界遺産に登録されています。海岸沿いのココナッツやマンゴーの木々に囲まれた一帯に、オセアニアとヨーロッパの文化交流を伝えるコロニアル様式の低層の建造物が立ち並んでいます。この地域には、19世紀半ばからヨーロッパ人の入植者が増え、キリスト教関連の建造物が建てられました。南太平洋におけるアメリカとヨーロッパの商業活動の中心として発展し、倉庫や港湾施設、貿易保険会社、住宅、宗教施設や教育施設などが次々と建てられました。
地域: オセアニア / 国名: フィジー共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (ii)(iv)
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レプティス・マグナの考古遺跡

Archaeological Site of Leptis Magna
レプティス・マグナの考古遺跡
レプティス・マグナは、紀元前10世紀にフェニキア人が築いた古代植民都市レプティスを起源としています。海洋国家カルタゴの衛星都市として発展し、後にローマ支配下では商業・港湾都市として繁栄を極めました。同名の別都市と区別するため、「マグナ(偉大な)」という形容詞を冠したとされています。紀元前146年の第3次ポエニ戦争によるカルタゴの滅亡後、ローマ人の入植が進むと、アウグストゥス帝の時代以降多くのローマ式建築物が建てられ、ハドリアヌス帝の時代には大公共浴場が建設されました。この地出身の皇帝セプティミウス・セウェルスは地中海の海上輸送網を整備し、街はローマの都に匹敵する巨大都市へ成長して、黄金期を迎えました。
地域: アフリカ / 国名: リビア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ロータス城塞

Rohtas Fort
ロータス城塞
ロータス城塞は、スール朝の創始者シェール・シャーが1541年に現在のパキスタン北部の戦略拠点、ロータスに築いた強固な要塞群です。初期イスラム軍事建築の優れた例として知られ、城塞の主要な部分は良好な状態のまま残されています。0.7㎢の規模を誇る要塞の主要部分は、周囲4㎞を超える巨大な石積みの城壁で構成され、68の稜堡と12の門を備えています。城壁は最大12m以上もの厚さを持ち、高いところでは18mにも達する規模で、丘の頂上の地形に沿って建造されています。堅固な城壁の内部にはバオリ(階段井戸)による給水設備を備えていたため、水を確保することもできました。ほかにもカブーリ門の近くのシャーヒー・マスジド(王のモスク)と呼ばれるモスクや、ムガル帝国時代後期には宮殿風の邸宅(ハヴェリ)も建設されています。ロータス城塞は、火薬や大砲の導入によって発展したトルコの軍事建築を基本としつつ、インド亜大陸の様式も取り入れる形で発展した要塞建築の代表例となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ローマ帝国の境界線

Frontiers of the Roman Empire
ローマ帝国の境界線
歴史上最も広大な領地を治めた帝国のひとつであるローマ帝国は、「リーメス」と呼ばれる防衛網によって、帝国の国境線を防御してきました。その防衛網は、西は大西洋沿岸から東は黒海に至り、北はスコットランド中部、南はサハラ砂漠の北縁に至り、総延長は5,000kmを超えていました。これらのリーメスの大部分は、帝国が最大版図を築いた2世紀に主に構築されました。リーメスの遺跡はヨーロッパ各地に残されていますが、そのうち帝国北西部に位置したイギリス北部の「ハドリアヌスの長城」と「アントニヌスの長城」、およびドイツに残るリーメスが『ローマ帝国の境界線』として世界遺産に登録されています。なお、「ローマ帝国の境界線」という括りとしては、オーストリア、ドイツ、スロバキアにまたがる「ドナウのリーメス(西側部分)」と、オランダとドイツ間に広がる「低地ゲルマニアのリーメス」、ルーマニアの「ダキア」がそれぞれ別の世界遺産として登録されています。
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ローマ帝国の境界線:ダキア

Frontiers of the Roman Empire – Dacia
ローマ帝国の境界線:ダキア
『ローマ帝国の境界線:ダキア』は、ルーマニアに残るローマ帝国の国境線(リーメス)の遺産です。ルーマニアのカルパティア山脈から黒海西方にかけての地域には、ダキア人と呼ばれる人々が暮らしていましたが、ローマ帝国との2度の戦争を経てダキアは征服されました。106年から271年まで、ダキアの国境線はローマの支配下に置かれ、ドナウ川以北に位置する唯一のローマ属州となりました。ダキアの国境線は、ドナウ川下流域から、カルパティア山脈の内縁に沿うように敷設されました。ヨーロッパにおけるローマ帝国の国境線の中で最長かつ最も複雑な区間でもあります。周辺の部族から帝国を守り、「貴重な金と塩資源」へのアクセスを提供する重大な役割も有していました。世界遺産には、1,000kmを越える国境線に沿って立つ277の要素で構成されています。要塞や土塁、監視塔、仮設野営地、民間人の居住地などの構成資産から形成されます。北方国境の強化のためローマ帝国の権力が最大限に広がった証拠といえます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ルーマニア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ローマ帝国の境界線:低地ゲルマニアのリーメス

Frontiers of the Roman Empire – The Lower German Limes
ローマ帝国の境界線:低地ゲルマニアのリーメス
オランダとドイツに跨る「ローマ帝国の境界線」の遺産で2021年に新規登録されました。ライン川下流に沿った約400㎞の防衛線で、ローマ帝国がゲルマン民族の侵攻から守るために築いた防壁です。102の構成遺産からなり、要塞や、砦、宿営地、市民の集落や街、円形劇場、宮殿なども含まれています。遺跡のほとんどは土に埋もれていますが、軍事拠点はローマ帝国の直線的防衛の始まりであり、紀元前2世紀には3つの大陸に跨る防衛線システムへと発展することとなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国, ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ローマ帝国の境界線:ドナウのリーメス(西側部分)

Frontiers of the Roman Empire – The Danube Limes (Western Segment)
ローマ帝国の境界線:ドナウのリーメス(西側部分)
2021年に登録された「ローマ帝国の境界線:ドナウのリーメス(西側部分)」はドイツ、オーストリア、スロバキアの3カ国にまたがる遺産です。400年以上利用された要塞や砦、土塁などの77の構成遺産がドナウ川に沿って約600㎞にわたって続いています。
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ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂

Historic Centre of Rome, the Properties of the Holy See in that City Enjoying Extraterritorial Rights and San Paolo Fuori le Mura
ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂
ローマは、「ローマの七丘」のひとつパラティーノの丘で紀元前753年に建国されたと伝わります。その後、共和制を経て、地中海沿岸から西アジア、グレートブリテン島南部までを支配する大帝国となりました。しかし、拡大しすぎた繁栄はやはり終わりを迎えます。395年にローマ帝国が東西に分割すると次第に都市としてのローマの重要性は薄れていきました。再び脚光を浴びるのはローマ教皇領としてルネサンスの中心地のひとつとなってからのことです。強大な力をもつ教皇の下、ミケランジェロなどの芸術家が活躍し、芸術の都として教皇の威光を示しました。世界遺産には、教皇ウルバヌス8世が築いた城壁の内部と、唯一城壁の外にあるサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂を含む、サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ聖堂の3つのヴァティカン市国直轄の聖堂も含まれています。
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廬山国立公園

Lushan National Park
廬山国立公園
長江中流域の南岸に位置する、標高1,474mの漢陽峰を中心に171もの峰々、森林、湖、 断崖絶壁などが至るところに見られる景勝地です。秦の始皇帝など歴代皇帝が訪れた他、李白や杜甫、百居易(白楽天)など中国を代表する詩人たちがこの地で多くの山水詩を詠みました。後漢時代にいち早く仏教寺院が開かれた場所でもあり、4世紀後半に創建され、来日前の鑑真も訪れたという東林寺は浄土教発祥の地です。また中国古代の最高学府のひとつ・白鹿洞(はくろくどう)書院は朱子学を興した朱熹が再建しました。20世紀前半には中国共産党高官の山荘が多く建てられ、毛沢東はここで「廬山会議」を開きました。廬山会議とは中国共産党が大躍進政策の継続を決めた会議のことです。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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ロシア・モンタナの鉱山景観

Roșia Montană Mining Landscape
ロシア・モンタナの鉱山景観
ロシア・モンタナの鉱山景観は、ルーマニアのアプセニ山脈に位置し、2,000年近くにわたるヨーロッパで最も重要かつ広範囲な地下金採掘活動の傑出した例です。この地での採掘は、西暦106年に始まり、166年間にわたりローマ人によって約500tの金が抽出されました。この場所はアルブルヌス・マヨルとして知られ、ローマ帝国にとって唯一の新たな金銀の供給源であり、トラヤヌス帝のダキア征服の動機の一つであった可能性が高いといわれています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ルーマニア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ロスキレの大聖堂

Roskilde Cathedral
ロスキレの大聖堂
コペンハーゲン近郊のロスキレにある大聖堂は、スカンジナビアで最初のゴシック様式で建造されたレンガ造りの側廊付きの大規模なバシリカで、双塔と半円形のギャラリーを備えています。ロスキレ・フィヨルドを見下ろす小高い丘の上に建てられており、重要なランドマークとなっています。その周囲には中世の町の構造が今も残っており、中世の建物のほか、17世紀および18世紀の立派な住宅が数多く残っています。1170年頃に建設が始まった当初の大聖堂はロマネスク様式でしたが、建設途中でフランスから流入したゴシック様式の影響を受けて設計が変更されました。その後の数世紀にわたり、礼拝堂や玄関ポーチなどが時代ごとの建築様式で次々と追加されていきました。その結果、この大聖堂はヨーロッパ建築史の縮図とも言える構造となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: デンマーク王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ロドス島の中世都市

Medieval City of Rhodes
ロドス島の中世都市
エーゲ海のトルコ沖約20kmに位置するロドス島は、淡路島の2倍程の面積を有する島です。その歴史は長く、紀元前1000年頃には人々が暮らし始めていたとされます。古代ギリシャ時代には「世界の七不思議」のひとつ、太陽神ヘリオスの巨像がつくられたと言われていますが、紀元前227年の大地震で倒壊し現存していません。紀元前42年にはローマに征服されて衰退しましたが、14世紀にエルサレムから逃れてきた聖ヨハネ騎士団(ホスピタル騎士団)がこの地に要塞都市を築いたことで再び脚光を浴びました。現在、世界遺産に登録されているのは、全長4kmの城壁に囲まれたこの中世都市です。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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ロワール渓谷:シュリー・シュル・ロワールからシャロンヌまで

The Loire Valley between Sully-sur-Loire and Chalonnes
ロワール渓谷:シュリー・シュル・ロワールからシャロンヌまで
フランス最長の川・ロワール川は全長約1,000kmにわたって流れています。その中流域のおよそ280kmにわたる範囲が世界遺産に登録されています。ロワール川は、ガロ・ローマ時代から19世紀にかけて主要な交通と商業の要衝として機能し、渓谷や沿岸の町の経済発展に大きく貢献してきました。14世紀、イギリスとの百年戦争が始まると、川沿いには城塞が築かれましたが、15世紀に戦争が終結すると、それらはやがて豪華な宮殿へと姿を変えていきました。以降、16世紀末にかけて貴族たちは次々とこの渓谷に壮麗な城を築いていきました。世界遺産としては、渓谷に点在する建築物の質の高さや、2,000年以上にわたり形成されてきた農村・都市の文化的景観が高く評価されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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ロンドン塔

Tower of London
ロンドン塔
ロンドン市内、テムズ川のほとりに、多くの塔を含む六角形のような壁に囲まれた建築がそびえたちます。征服王とも呼ばれる11世紀にイングランド王ウィリアム1世によって、ローマ時代の城壁の一部を利用して、テムズ川を外敵から守るために建設された要塞が現在残る原型となり、歴代の王によって増改築されてきました。壁の内部で古くから造られたのは「ホワイトタワー」と呼ばれる中央に位置する宮殿のような建物で、他にも宝物庫や礼拝堂等も備えています。全体として窓は小さく、石造りで重厚な建築はノルマン様式と呼ばれ、その後のイギリス各地における要塞建築のモデルとなりました。なお軍事施設としての機能以外にも、要塞のあとは王立造幣局や、王立武器庫、さらには動物園であった時代もあり、そして刑務所や監獄として使われていた時代もありました。中世イングランドの黄金期の君主であったエリザベス1世も、若き日に異母姉のメアリー1世によって陰謀論によって一時投獄され、また母アン・ブーリンも処刑されました。(428)
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