World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii))

オリンダの歴史地区

Historic Centre of the Town of Olinda
オリンダの歴史地区
16世紀にポルトガル人によって設立されたオリンダは、ブラジル北東部のペルナンブーコ州にある歴史的な都市です。豊かな自然景観の中に、植民地時代に建設された建物や教会、修道院などが調和して配置されています。この独特な景観は、オランダ植民者による略奪と破壊、そしてその後の再建を経て形成されました。この都市構造は18世紀まで遡り、現在もその姿を保ち続けています。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iv)
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オリンピアの考古遺跡

Archaeological Site of Olympia
オリンピアの考古遺跡
オリンピアの考古遺跡は、首都アテネから西へ190kmにあるクロノスの丘の麓にオリンピアはあります。神々の山であるオリンポス山にその名を由来とするこの町では、紀元前8世紀頃から神々の父でもあるゼウスを奉納するための競技が定期的に開かれ、やがてこの競技会はギリシャ世界だけでなく、近隣諸国から参加者を集める国際的なスポーツ祭典となりました。長らく続いた祭典でしたが、キリスト教が国教となった4世紀末には、異教の祭典という理由から開催が禁止となりました。以降、長い間埋もれていましたが、18世紀に遺跡が発見されます。ローマ皇帝の命令で数多くの建築物が破壊されましたが、ゼウス神殿やヘラ神殿、短距離走などの練習場であったギムナシオンなどの基盤が一部残ります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1989年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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オルホン渓谷の文化的景観

Orkhon Valley Cultural Landscape
オルホン渓谷の文化的景観
オルホン渓谷はモンゴル中北部オルホン川の両岸に広がる雄大な牧草地です。広大な渓谷の範囲には6世紀にまで遡る考古遺跡が数多く残り、遊牧民とその社会の様子を現代に伝えています。この地は古くから東西交易の交差点であり、突厥やウイグルの拠点として発展しました。13~14世紀にはモンゴル帝国の首都として繁栄しました。また最古のモンゴル仏教寺院も残っており、モンゴル仏教の発展の舞台でもあります。
地域: 東・東南アジア / 国名: モンゴル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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カールスクローナの軍港

Naval Port of Karlskrona
カールスクローナの軍港
バルト海に臨むカールスクローナは、17世紀後半に建設された、ヨーロッパ初の近代的な軍港都市です。ヨーロッパの列強が戦争と海戦によって地位を確保していた当時、スウェーデンはバルト海の覇権をめぐり他国と争っていました。1680年、国王カール11世によってカールスクローナの軍港は建設されます。ここは、スウェーデンにとって他国の船舶に睨みを利かせるために理想的な場所でした。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iv)
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海事都市グリニッジ

Maritime Greenwich
海事都市グリニッジ
ロンドン南東部、テムズ川沿いに位置するグリニッジはイギリスにおける水上交通の要となった海事都市です。かつては王宮のひとつに過ぎなかったグリニッジですが、大航海時代~19世紀末までイギリスの海の玄関口として大いにその役割を果たしてきました。その大航海時代の名残を見られるのが1675年建造のグリニッジ天文台です。バロック様式の天文台で観測された恒星図によってイギリスの位置と時間が定められました。そして1884年の国際会議によってグリニッジ天文台が経度0度の本初子午線が通る基点として決定されます。その後、天文台はサセックスへ移転しますが、子午線の位置が変わることはありませんでした。王立天文台でのロバート・フックとジョン・フラムスティードの研究は、地球の動きを正確に測定することを可能にし、航海術の発展にも貢献しました。
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開平の望楼群と村落

Kaiping Diaolou and Villages
開平の望楼群と村落
中国南部、広東省の開平に広がる田園地帯には、望楼(ディアオロウ)と呼ばれる塔状の建造物が約1,800棟も点在しています。そのうち20棟が世界遺産に登録されています。望楼とは、複数の家族が非常時に利用した共同塔、裕福な個人が建てた要塞兼住居である住宅塔、そして監視塔という3つの形態を持つ多層構造物です。これらは、16世紀以降に増加した盗賊の襲撃や河川の氾濫から身を守るための住居として建設されました。その背景には、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、北米やオーストラリア、南アジアなどへ渡った開平出身の華僑の存在があります。彼らの資金提供によって、1920~30年代には望楼建設の最盛期を迎えました。建材には石、レンガ、コンクリートなどが用いられ、中国の伝統建築と西洋の建築様式が融合した独特の姿をしながらも、周囲の景観と見事に調和して立ち並んでいます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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カザン・クレムリンの歴史的関連建造物群

Historic and Architectural Complex of the Kazan Kremlin
カザン・クレムリンの歴史的関連建造物群
ロシア西部タタールスタン共和国の首都カザンのクレムリンには、ロシアで現存する唯一のタタール要塞が残ります。カザンは10~13世紀にかけてはヴォルガ・ブルガール人の都市で、10世紀末から11世紀初頭には現在のクレムリンの場所に要塞化した集落が出現しました。12世紀には石造の要塞も造られましたが、13世紀からは200年以上にわたり「タタールのくびき」と呼ばれるモンゴルの支配下に置かれました。15世紀にカザン・ハン国の都となると、クレムリンの地にはハンの宮殿が建てられ、カザンはタタール文化の中心都市として栄えました。しかし1552年、およそ15万の大軍を率いるイヴァン4世(雷帝)によってカザンは陥落し、ロシアに編入されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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カザン連邦大学の天体観測所群

Astronomical Observatories of Kazan Federal University
カザン連邦大学の天体観測所群
ロシア連邦の東部、タタールスタン共和国の首都カザンにあるカザン連邦大学は、ロシアでモスクワ大学に次ぐ2番目に長い歴史を持つ大学であり、1804年に創立されました。かの革命家レーニンはこの大学で学んでおり、彼はソビエト連邦の「建国の父」となったため、大学本館前に彼の銅像が立っています。この大学に付属している二つの天文台が2023年に世界遺産に登録されました。その内の一つであるカザン天文台は、大学のキャンパス内にあり1837年に建てられました。古典様式のこの建物は、天文機器を収容するために建てられたドーム付きの三つの塔が特徴的です。もう一つのエンゲルハルト天文台は、西近郊の森林の中にあり1901年に完成しました。この天文台は天体観測専用の複数の建物と住宅棟で構成されています。この天文台内にある「太陽儀」は1908年に設置されて以降、世界で唯一使用されている装置となります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (ii)(iv)
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カステル・デル・モンテ

Castel del Monte
カステル・デル・モンテ
イタリア南部のプーリア州にある城塞で、1240年に神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2 世によって築かれました。その設計は「8」に拘っています。この城の外観を上空から見ると、八角形の中庭を、城の本体となる八角形の壁が取り囲んでいて、さらに周壁の角には八角形の小塔が8つ配置されています。また、屋根の貯水槽にたまった雨水が各部屋に供給されるといった工夫がなされています。その一方で、この時代の城郭によく見られる堀や馬小屋などはなく、軍事的な要塞としての機能が見られません。また、出入り口となる扉付近はローマ古典様式、壁の窓はゴシック様式、そして浴槽の設備などにはイスラム文化の影響も伺えて、さまざまな建築様式が美しく融合した城となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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カゼルタの18世紀の王宮と庭園、ヴァンヴィテッリの水道橋、サン・レウチョの関連遺産

18th-Century Royal Palace at Caserta with the Park, the Aqueduct of Vanvitelli, and the San Leucio Complex
カゼルタの18世紀の王宮と庭園、ヴァンヴィテッリの水道橋、サン・レウチョの関連遺産
イタリア南西部、ナポリ近郊カゼルタに、ポーランド継承戦争が終わった18世紀の終わり、混迷の時代に、ナポリ王・カルロ7世(ブルボン家・カルロス3世)の命により、ヴェルサイユとマドリードの王宮に対抗してイタリアで最も壮大な王宮と庭園、水道橋等が建築されました。建築したのはルイージ・ヴァンヴィテッリとその息子。王宮以外にも、広大な森林地帯に24の国の庁舎、付属劇場等が作られ、19世紀にはブルボン家の貴族たちが春と秋の離宮として利用されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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カパック・ニャン:アンデスの道

Qhapaq Ñan, Andean Road System
カパック・ニャン:アンデスの道
「カパック・ニャン」は、南米でかつて使われた言語・ケチュア語で「偉大な道」「王の道」を意味しており、アンデス山脈に沿うようにして南アメリカのコロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチンの6か国に張り巡らされた道です。インカ帝国の交易や防衛のための交通網で、インカ帝国の首都クスコ(現在のペルーの都市)から延びる4つの主要な経路から、各地に毛細血管のように張り巡らされたインカ道と呼ばれる細い道とつながり、広がりました。
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カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ-メキシコ内陸部の王の道

Camino Real de Tierra Adentro
カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ-メキシコ内陸部の王の道
カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロは「大地にある王の道」という意味で「銀の道」としても知られています。メキシコシティからアメリカのサンタフェまで全長2,600kmの道で、そのうちメキシコ内陸部の1,400km区間の鉱山や聖堂、市街などが世界遺産に登録されています。16世紀から約300年間使用されたこのルートは主にメキシコの銀山で採掘した銀やヨーロッパから輸入した水銀の輸送路として使用されました。ここからヨーロッパへ運ばれた銀はヨーロッパ各地の経済へ影響を与え、インフレの要因にもなりました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (ii)(iv)
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「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群

Sacred Island of Okinoshima and Associated Sites in the Munakata Region
「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群
沖ノ島は、玄界灘に浮かぶ周囲約4kmの孤島で、4世紀後半から9世紀末の約500年間の古代祭祀の祭祀の変遷を伝える考古遺跡がほぼ手つかずの状態で残っています。ここでは宗像三女神の信仰が生まれ現在にまで伝えられており、古代から今日に至るまで発展し継承されてきたことを示す貴重な証拠になっています。沖ノ島への上陸は原則禁止されており、神職が交代で奉仕を行うなど、厳格な禁忌が守られています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (ii)(iii)
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カルアトル・バーレーン:古代の港とディルムンの都

Qal’at al-Bahrain – Ancient Harbour and Capital of Dilmun
カルアトル・バーレーン:古代の港とディルムンの都
ディルムンは、メソポタミアとインダス文明を結ぶ交通の要衝とされた地で、正確な位置は明らかになっていないもののバーレーン等がその首都と考えられています。カルアトル・バーレーンは、紀元前24世紀頃から形成されてきたテルや古代の灯台と考えられている塔、海路、ヤシの木立等を主要な要素とする考古遺跡です。遺跡の発掘調査は全体の約25%程度しか実施されていませんが、住居や宮殿、公共施設、軍事施設等が発見されており、この地が何世紀にもわたって反映した重要な貿易港であったことの証拠となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: バーレーン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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カルヴァリア・ゼブジドフスカ:マニエリスム様式の建築と公園に関連する景観と巡礼公園

Kalwaria Zebrzydowska: the Mannerist Architectural and Park Landscape Complex and Pilgrimage Park
カルヴァリア・ゼブジドフスカ:マニエリスム様式の建築と公園に関連する景観と巡礼公園
カルヴァリア・ゼブジドフスカは、17世紀前半に遡るマニエリスム様式の建築と公園の景観複合体であり、傑出した精神的意義を持つ文化的景観です。キリストの受難と聖母マリアの生涯に関連する象徴的な礼拝所群が、17世紀初頭に建設されました。自然の風景の中にこれらの礼拝所を象徴的に表現した結果、自然と人工の要素が見事に調和した美しさと精神的な品格に満ちたものが生まれました。この複合体は、反宗教改革時代におけるカルヴァリアを祀る聖地の優れた事例であり、ポーランドで最初に建設された大規模なカルヴァリアとなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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カルカッソンヌの歴史的城塞都市

Historic Fortified City of Carcassonne
カルカッソンヌの歴史的城塞都市
カルカソンヌの都市は、オクシタニー地方のオード県の大西洋と地中海を結ぶ歴史的な交通路に位置し、オード川の流れを見下ろす岩の上に立っています。ローマ以前の時代から、この丘には要塞が築かれてきました。現在の姿は、主に13世紀に開発された大規模な防御システムを備えた中世の城塞都市の傑出した例です。この防御システムには、住居、通り、壮麗なゴシック様式の大聖堂、城、及びそれに関連する主要な建築物を取り囲む二重の囲いが含まれています。内側の城壁には26の円形塔、外側の城壁には19の円形塔があり、囲いは堀に囲まれ、中世都市への主要な二つの入口であるナルボネーズ門とロード門は特に精巧な構造をしています。12世紀の伯爵の城及び関連する主要建築物はローマ城壁の西側部分に建設されました。聖ナゼールと聖セルスに捧げられたバシリカは、とび梁(フライング・バットレス)がなく、内部のヴォールト構造によって安定性が確保されています。カルカソンヌがその特別な重要性を持つのは、1853年から1879年まで行われた近代保存科学の創設者の一人、ヴィオレ=ル=デュクによる長い修復プロジェクトのおかげでもあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)
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カルタゴの考古遺跡

Archaeological Site of Carthage
カルタゴの考古遺跡
フェニキア人によって建設されたカルタゴは、チュニス湾とその周囲の平野を見下ろす丘に位置し、紀元前6世紀から後2世紀ごろにかけて繁栄した広大な考古学的遺跡です。ローマ時代のアフリカ属州の首都として、カルタゴは古代において重要な商業帝国の役割を果たしました。長いポエニ戦争の間、カルタゴはローマの領土を占領しましたが、最終的に146年にローマによって破壊されました。その後、ローマ人が古代都市を、カルタゴの遺跡の上に再建しました。フェニキア、ローマ、キリスト教、アラブ文化が次々と融合し、開花する特別な場所として、この大都市とその港は地中海で広範な交流を促進しました。カルタゴはハンニバルという戦士かつ策略家、探検家ハノン、有名な農学者マゴンを輩出しました。また、その歴史的・文学的な名声を通じて、カルタゴは常に世界的な想像力をかき立ててきました。カルタゴの主要な構成要素には、ビュルサの丘、プニック港、プニック・トフェット、ネクロポリス、劇場、円形劇場、サーカス、住宅地、バシリカ、アントニヌス浴場、マラガ貯水池、そして考古学保護区域が含まれます。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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カルハットの古代都市

Ancient City of Qalhat
カルハットの古代都市
オマーンの東海岸に位置するカルハットは、11~16世紀にかけてのホルムズ王国の主要港として栄えた都市です。都市は二重の壁で囲われており、城壁の外には共同墓地も存在していました。アラビア半島東岸沿いの重要な港として、インドと東アジア、東南アジア、そしてアラビア半島を結ぶ貿易の中心地として機能していました。ナツメヤシや真珠、馬や香料といった交易品を輸出することにより潤いましたが、ポルトガルの攻撃を受けた後、16世紀に放棄されました。
地域: 西・南アジア / 国名: オマーン国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (ii)(iii)
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カンタベリー大聖堂、セント・オーガスティン修道院跡とセント・マーティン教会

Canterbury Cathedral, St Augustine's Abbey, and St Martin's Church
カンタベリー大聖堂、セント・オーガスティン修道院跡とセント・マーティン教会
ロンドンの南東80kmにある街、カンタベリーは、イギリス国教会の総本山であるカンタベリー大聖堂、セント・オーガスティン修道院跡、イングランド最古の教会であるセント・マーティン教会を擁し、イギリスにおけるキリスト教信仰の中心となっています。6世紀末、ローマ教皇がイングランドのキリスト教化のため「カンタベリーのアウグスティヌス」を送り出して以来、セント・オーガスティン(聖アウグスティヌス)修道院などが建設され、布教の中心地となりました。現在、一部を残し廃墟となっているこの修道院跡は、国内の歴史的建造物を保護する目的でイギリス政府により設立された組織「イングリッシュ・ヘリテイジ」が管理しています。
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カンペチェ州カラクムルの古代マヤ都市と保護熱帯雨林群

Ancient Maya City and Protected Tropical Forests of Calakmul, Campeche
カンペチェ州カラクムルの古代マヤ都市と保護熱帯雨林群
ユカタン半島のカンペチェ州内陸にあるカラクムルは紀元前1000年頃から紀元後1000年頃までマヤ文明のカーン王朝の本拠地として発展した古代都市です。文明崩壊後、都市は完全に放棄され、無人状態が続きました。そのため都市は全体として非常に良い状態で保たれ、当時の都市の様子や生活、文化を鮮明に知ることができます。また象形文字の碑文やレリーフ彫刻も当時の様子を記録しています。しかし9~10世紀頃に古典マヤ文明が崩壊した理由は判明しておらず、謎ものこる古代都市です。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(ix)(x)
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キーウ:聖ソフィア聖堂と関連修道院群、キーウ・ペチェルーシク大修道院

Kyiv: Saint-Sophia Cathedral and Related Monastic Buildings, Kyiv-Pechersk Lavra
キーウ:聖ソフィア聖堂と関連修道院群、キーウ・ペチェルーシク大修道院
9~13世紀にキリスト教圏の東端で栄えたキエフ大公国(キーウ・ルーシ)が首都キーウに残したキリスト教関連の建築物群です。キエフ大公国は10世紀末にギリシャ正教を国教として公認し、ビザンツ様式の教会や修道院が数多く建てられました。キーウの中心部にある聖ソフィア聖堂はキーウ・ルーシ全盛期の11世紀にヤロスラフ賢公によって建設されたキーウ最古の聖堂です。後にロシア各地の聖堂建築に影響を及ぼしたことから、「ロシア聖堂の母」と呼ばれます。郊外の高台に立つキーウ・ペチェルーシク大修道院はやはり11世紀に建設され、宗教・学問・教育の広い分野で中世ロシア有数の「知の中心」でした。13世紀にモンゴル軍により破壊されましたが、19世紀になって再興されました。世界遺産には、ペレストヴォ地域にある救世主聖堂も併せて登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ウクライナ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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紀伊山地の霊場と参詣道

Sacred Sites and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range
紀伊山地の霊場と参詣道
紀伊山地は三重・奈良・和歌山にまたがる山岳地帯で、豊かな自然と深い森林が広がっています。古代から神々が宿る特別な場所とされ、神仏習合の宗教観に基づかれた霊場が形成されました。熊野三山、高野山、吉野・大峯の三霊場と、それらを結ぶ参詣道は、日本の宗教文化に大きな影響を与え、今も多くの信仰を集めています。それらは自然環境を中心に育まれ、今なお共存しているため、日本ではじめて文化的景観が認められました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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キトの市街

City of Quito
キトの市街
アンデス山脈の高地に築かれたエクアドルの首都キトは、新大陸における宗教の中心地のひとつとなった都市です。もともとこの地は、先住民のキトス族が築いた街でしたが、15世紀末にインカ帝国の支配下に入ると、クスコに次ぐインカ第2の都市として繁栄しました。しかし、1533年にスペイン人による侵略が始まると、インカの人々は自ら街を焼き払い、16世紀半ばには廃墟と化した街の跡にスペイン人が都市計画に沿った植民都市キトを建設しました。
地域: 南米 / 国名: エクアドル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1978年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ギマランイスの歴史地区とコウルス地区

Historic Centre of Guimarães and Couros Zone
ギマランイスの歴史地区とコウルス地区
ポルトガル北西部の古都ギマランイスは、「国家発祥の地」と称されています。ここは、1143年に成立したポルトガル王国の初代国王アフォンソ1世の出生地であり、国民的アイデンティティと言語が確立した時代に深く関わる場所です。旧市街には、ギマランイス城やブラガンサ公爵館など、同国の歴史を象徴する建造物が保存されています。ゴシック様式やマヌエル様式など、さまざまな時代の建築様式が混在するノッサ・セニョーラ・ダ・オリヴェイラ教会は、10世紀に設立された修道院を前身としています。この修道院を守るために建てられた要塞は、後のギマランイス城となりました。また、ギマランイスで中世に開発された花崗岩と木を組み合わせたユニークな建築様式は、アフリカや当時植民地であったブラジルにも伝わりました。2023年には、皮革産業が多く営まれたコウルス地区まで登録範囲が拡大しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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キューの王立植物園

Royal Botanic Gardens, Kew
キューの王立植物園
ロンドン南西部、テムズ川沿いに位置する『キューの王立植物園』は132万m2の敷地面積を持つ世界最大規模の植物園です。1759年、イギリス王室のジョージ3世の母によって創建されて以来、何世紀にもわたって集められてきた莫大な植物学的コレクション(希少植物、海外から採集した植物、資料など)が展示されています。また国際的に知られている造園家のチャールズ・ブリッジマンやウィリアム・ケント、ランスロット・ブラウンなどの作品も見ることができます。キュー植物園の景観デザインや庭園、建物、植物コレクションは後に世界中に広まったガーデンアートと植物科学の発展の礎となっており、文化的景観の価値も認められています。
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ギョベクリ・テペ

Göbekli Tepe
ギョベクリ・テペ
ギョベクリ・テペは、文明発祥の地とされるメソポタミア地域に位置し、アナトリア南東部シャンルウルファ県オレンジク村の近くにある遺跡です。ここでは、新石器時代の神殿と考えられている巨石建造物が発見されています。1994年、ドイツ考古学研究所によるの発掘調査の結果、人類がまだ狩猟採集の生活を営んでいた約1万1,500年前に、世界で最も古い信仰の痕跡が見られることが分かりました。それまでの研究では、農耕が始まることで人類が定住生活を送るようになり、貧富の差がうまれ、やがて宗教的権力者が現われ、神殿が建てられるという文明発達の過程が定説とされてきました。狩猟採集の時代、人々は食料を求めて移動生活を送っていたため、大規模な建造物は存在しないとされていたのです。しかし、ギョベクリ・テペの発見はこの定説を覆し、農耕が始まる以前から神殿を建設するほど発達した文明の存在を示しているのです。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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慶州の歴史地区

Gyeongju Historic Areas
慶州の歴史地区
慶尚北道にある慶州は、3~10世紀に新羅王国の首都・金城として朝鮮半島の中心地として栄えました。市内外に広がる200以上の緑の丘は、新羅王たちの古墳群であり、7世紀の半島統一後には、中国の大都市を手本として都市の拡張・整備が行われました。仏像やレリーフ、仏塔、寺院跡、宮殿跡などが集中して保存され、7~10世紀に花開いた独自の仏教美術や建築様式を今に伝えています。特に南山地区には、110以上の寺院跡、80近い石仏、60以上の石塔が山中に残り、訪れる人々に壮大な歴史の痕跡を感じさせます。また、月城跡には人工池のアナプチやイムヘジョンが残されており、当時の都市計画や生活文化をうかがい知ることができます。さらに、東海岸沿いや戦略的拠点に築かれた城塞群も保存されており、新羅王朝の長期支配と文化的繁栄を示す貴重な証拠となっています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)
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キリグア遺跡公園

Archaeological Park and Ruins of Quirigua
キリグア遺跡公園
キリグアは、グアテマラ東部のホンジュラス国境近くにあるマヤ文明の都市遺跡です。紀元200年頃に、マヤの都市国家コパンの影響を受けて建設されたと考えられています。マヤ古典期の時代、この地域では金や銀などの金属が存在せず、特に翡翠は最高価値の宝石として珍重されており、周辺のモタグア川渓谷では翡翠や黒曜石が大々的に採掘されていました。そのため、キリグアは翡翠と黒曜石をほぼ独占し、カリブ海沿岸地域との交易で大いに繁栄しました。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: グアテマラ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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キレーネの考古遺跡

Archaeological Site of Cyrene
キレーネの考古遺跡
キレーネの考古遺跡は、リビア北東部にあるギリシャ式の都市の遺跡です。その起源は、エーゲ海のテラ島(現在のサントリーニ島)の人々によって築かれたとされています。言い伝えでは、人口増加や干ばつに苦しんだテラ島の人々が、デルフィで信託を受け、サントリーニ島から船でリビアへ渡り、新天地に都市を建設したといいます。都市名キレーネは、アポロンに愛された泉の女神に由来すると伝えられています。キレーネは地中海貿易の拠点として栄え、アテネやシラクサに次ぐ規模のアクロポリスも築かれました。前4世紀にはアレクサンドロス大王に服属し、その後エジプトのプトレマイオス朝の支配を経て、ローマ帝国の属州となりました。ローマ支配下ではその後、反乱による破壊、ハドリアヌス帝による再建、地震と津波などを経験し、都市は次第に衰退しました。そして7世紀後半、イスラム勢力によって征服され、歴史の舞台から姿を消しました。
地域: アフリカ / 国名: リビア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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キンデルダイク-エルスハウトの風車群

Mill Network at Kinderdijk-Elshout
キンデルダイク-エルスハウトの風車群
ロッテルダム南東に位置するキンデルダイクとエルスハウトに、18世紀に建造された19基の排水用風車は、低地で暮らす人々が水害と共生してきた創意・工夫の歴史を伝えています。オリエントに起源を持つ風車は、12世紀頃に十字軍によってオランダに伝えられたとされています。当初は製粉用に使われましたが、やがて排水用に改良され、18世紀半ばに排水用風車がつくられました。風車は水害を防ぐだけでなく、湿地帯を農地や牧草地に変え、オランダを農業大国に変貌させました。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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