うきうきの帰り道/パリまで世界遺産委員会に来ています【第16回】
この連載は、2025年7月にパリで開催された世界遺産委員会の旅行記です。

目次

頑張って欲しいところが違う
いつまでも明るい初夏のパリ
気持ちのよいブルトゥイユ通りの遊歩道

頑張って欲しいところが違う

僕は英語が得意ではないので、会議の間ずっと一言一句聞き逃さないように、耳が赤くなるんじゃないかってくらい耳に全神経を集中している。耳に集中したところで頭が理解してなかったら意味がないのだけど、そもそも聞き漏らしていたら話にならない。

これが日本語の会議だと、適当に聞き流していても大事そうなところは頭に入ってくるし、別の作業をしていても何となくの話の流れがわかるので、「むむむ、ここは聞いておかないと!」ってところだけ集中すればよいのでずっと楽だ。

会議場を見渡しても、英語系言語を話す人たちは話をしたり、別の資料を作りながら聞いていたりしている。一日会議を聞いて疲れてくると、「ずるい! 僕だってやらないといけないことあるのに!」って言いたくなる。言わないけど。だいたいから誰がずるいのかよくわからない。

そんな日々を過ごしていたせいなのか、ある日、右耳のてっぺんから真上に向かって一本だけ毛が生えてきた。今はなくなったけど、あれは何だったんだろう。頑張ってほしかったのは耳の毛穴ではない。

耳から突然生えてきた一本の毛

いつまでも明るい初夏のパリ

会議は18時に終わるのだけど、その頃には耳も頭も疲れているので、その日の審議が終わった後でアソモ世界遺産センター長が明日の議題の話や、夜のサイドイベントの紹介などをしている時にはもう、帰りにどの道を通ってどのブーランジュリーに寄って帰ろうかと、一足先に僕の頭は伸びなんかしながら軽やかに会場を出ている。

UNESCO本部の本会議場を出てまっすぐ部屋に戻ったら、10分もかからずに着いてしまう。今回の出張の自由時間はこの帰り道だけなので、いつも少し遠回りして30分くらいかけて帰ることにしていた。

「今日はアンヴァリッドに寄って帰ろう!」とか、「ネットで調べた美味しそうなブーランジュリーまで足を延ばそう!」という時もあるけど、だいたいは目的もなくパリの街をてくてくと彷徨う。初夏のパリは19時くらいでもまるで正午過ぎのように明るくて、日差しは暑くても空気が乾燥していて本当に気持ちがよい。

オスマン時代の建物や細かな装飾が施された建物、突然現れるゴシックの教会や修道院などの歴史的な建物、木々に覆われた公園や芝生の広場など、形はさまざまでも統一感のある色の建物と豊かな自然が入り混じって、この季節のパリは本当に素敵だ。UNESCO近くのエリアが高級なエリアだということもあるけど。

また個人経営の小さな精肉店やカフェ、ブーランジュリー、食料品店、書店だけでなく、普通のアパルトマンの1階に小さな印刷会社や塗装工場、自動車整備場などが入っていて、よく見ると雑多な感じがする街を眺めながら歩くのも楽しい。

パリの公園や広場、大きな通りには、本当に多くのベンチが置かれていて、この時間になると、木陰のベンチや芝生の上に人々が座ってのんびり本を読んだり、友人たちと話したりしている。何人かで芝生の上に輪になって座りバゲットのサンドウィッチを食べながらワインを飲んでいる人たちもいる。「ごめんごめん、待った?」とかいって混ぜてもらいたい気分。仕事が終わった後の時間も、こんなに明るくて気持ち良かったら、屋外でのんびり過ごしたくなる気持ちはよくわかる。

ただ歩いているだけで楽しい

気持ちのよいブルトゥイユ通りの遊歩道

一番好きだったのは、アンヴァリッドからまっすぐ伸びる芝生のブルトゥイユ通りの遊歩道。70mほどの幅の芝生の遊歩道がまっすぐ1kmほど続いていて、開放感のある公園のようになっている。その両脇には二重のプラタナスの並木に囲まれた歩道があって、木陰にたくさんのベンチが置かれている。

朝はその遊歩道の南の端からジャック・シャバン・デルマス広場を通って、ブーランジュリーに寄ってからUNESCOに向かう。雲ひとつない青空と、プラタナスの並木が建物に映す朝の木漏れ日がとても美しい。

スーツを着たサラリーマンがよく犬を散歩させている。仕事前に散歩させてから行くのかな。本当にいろんな種類の犬がいて、リードをつけずに歩いていることも多いのに、勝手にどっかにいったりはしない。そして昔と違うのが、柴犬をけっこう見かけたこと。パリで柴犬が人気らしい。

帰りはいろいろな所を遠回りして帰ったので、ブルトゥイユ通り自体を歩いたことは数回だけだったけど、隙間なく立つ建物と建物の間を抜けて急にブルトゥイユ通りの遊歩道に出た時は、はっとするほどの開放感があって、何度も似たような写真を撮ってしまった。芝生の上では、子供たちがアンヴァリッドを背景にサッカーをしたり、噴水の脇で本を読んだり、ただ寝転がったり、ペタンクをしたり、ボクシングの練習をしたり、大学生たちが何をするでもなく輪になって座り話していたり、夕方のひと時を思いのままに過ごしていた。

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(次回に続く)

写真・イラスト©宮澤光

執筆者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員

北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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