World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iii))

首長ロイ・マタの旧所領

Chief Roi Mata’s Domain
首長ロイ・マタの旧所領
バヌアツ共和国初の世界遺産で、多くの口承伝説を持つ首長ロイ・マタに関連する3つの資産で構成されています。彼の住居があったエフェテ島沿岸のマンガース、彼が絶命したレレス島のフェルス洞窟、アルトク島にある埋葬地がその構成資産となっています。首長の権威を象徴するのはもちろんですが、この景観は、彼に対する崇敬によって400年以上もその住居や埋葬地の利用が制限されてきたことにより残されました。これらの遺跡は彼にまつわる口承伝承や彼の道徳観などとも深く結びついており、この地域に住む住民にとっての精神的・道徳的にも重要な遺産となっています。
地域: オセアニア / 国名: バヌアツ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (iii)(v)(vi)
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シュトラールズントおよびヴィスマールの歴史地区

Historic Centres of Stralsund and Wismar
シュトラールズントおよびヴィスマールの歴史地区
シュトラールズントとヴィスマールは、ともに13世紀に築かれたバルト海沿岸の都市で、13世紀から15世紀にかけてはハンザ同盟の重要な役割を果たす都市として発展しました。1618年から1648年にかけて戦われた三十年戦争の講和条約であるヴェストファーレン条約によってともにスウェーデン領となった後は、スウェーデンにおける主要な行政・防衛の拠点となりました。このような経緯から、この地域の建築物は、バルト海沿岸のハンザ都市の特徴であるレンガ建築技術の伝統を伝えつつ、スウェーデン時代の軍事上における建築技術の発展の痕跡も残すという特徴を持っています。特に主要な教区教会やシュトラールズントの市庁舎、ディーレンハウスなどの商業建築には、建築技術と都市形態の発展の証拠が見られます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (ii)(iv)
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シュトルーヴェの測地弧

Struve Geodetic Arc
シュトルーヴェの測地弧
ドイツ出身のロシア人天文学者フリードリヒ・フォン・シュトルーヴェは、地球の大きさや形を調べるために約40年をかけて調査を行いました。総距離2,820㎞にわたり、265カ所を測定し、正確な子午線の長さを求めるための三角測量を繰り返しました。世界遺産に登録されたのは265カ所のうち34カ所です。この長期間にわたる測量により、地球がわずかに楕円形であることと、その大きさが科学的に証明されました。
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シュパイア、ヴォルムス、マインツのユダヤ人共同体(シュム)関連遺産群

ShUM Sites of Speyer, Worms and Mainz
シュパイア、ヴォルムス、マインツのユダヤ人共同体(シュム)関連遺産群
ライン川上流域のシュパイア、ヴォルムス、マインツの3つの都市に残る4つのユダヤ人関連資産が世界遺産として登録されています。これらの3都市にはディアスポラによって離散したユダヤ人のうちドイツや東欧に定住した人々を指す、アシュケナジムのコミュニティが存在していました。世界遺産には、シュパイアのユダヤ人裁判所、ヴォルムスのシナゴーグと旧ユダヤ人墓地、マインツの旧ユダヤ人墓地の4つの資産が登録されています。これらは10世紀以降のユダヤ人共同体の生活を示す貴重な証拠であるとされ、特に11世紀から14世紀にかけてのアシュケナジム特有の慣習の発現と共同体の発展、定住様式などを具体的に反映しています。遺産名に含まれている「シュム(ShUM)」という名称はヘブライ語でシュパイア、ヴォルムス、マインツの頭文字を表しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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シュパイアの大聖堂

Speyer Cathedral
シュパイアの大聖堂
シュパイアの大聖堂は、ドイツ南西部に位置する4つの塔と2つのドームを持つバシリカ様式の建物で、1030年にコンラート2世によって平天井のバシリカとして創建されました。その後、1077年に教皇との和解を果たしたハインリヒ4世によって再建され、ヨーロッパ初かつ最大のヴォールトを持つ教会建築となりました。また、この大聖堂は約300年間、ドイツ皇帝たちの埋葬地でもありました。シュパイアの大聖堂は、その歴史的、芸術的、建築的な重要性において、ヨーロッパのロマネスク建築を代表しています。大聖堂はヒルデスハイムの聖ミカエル教会の基本レイアウトを取り入れており、ラインラント全体で一般的に採用された設計の完成形とされており、東西ブロックのバランスと、本堂と翼廊を囲む塔の対称的で独特な配置が特徴です。ハインリヒ4世のもとで改装と拡張が行われ、大聖堂は建物全体を囲むギャラリーを最初に持つ構造として知られています。これらの改修中に追加されたアーケードシステムも、建築史上初のものでした。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (ii)
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シュルガン・タシュ洞窟の岩絵群

Rock Paintings of Shulgan-Tash Cave
シュルガン・タシュ洞窟の岩絵群
シュルガン・タシュ洞窟は2025年に新規登録された文化遺産でロシアの南西側、ウラル山脈南部のバシコルトスタン共和国に位置する遺産です。バシコルトスタン共和国の首都ウファから南へ200㎞ほどのところにあり、ベラヤ川とシュルガン川に近いカルスト山塊の中に位置しています。洞窟内の2層にわたる広大なホールと深い部屋が特徴的な造りとなっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (iii)
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書院:韓国の性理学教育機関群

Seowon, Korean Neo-Confucian Academies
書院:韓国の性理学教育機関群
書院(ソウォン)は、15〜19世紀の李氏朝鮮時代に発展した儒教の学び舎です。中国から伝わった性理学をもとに、人としての道や社会のあり方を学ぶ場所でした。この時代、ソウォンは性理学の価値観を深め、儒教を重んじた士林派(サリムパ)と呼ばれる学者たちの政治・社会活動の拠点にもなりました。彼らは教育制度を整え、学問や礼儀、人格の修養を重んじ、学者同士の交流や儒教の精神の伝承にも力を注ぎました。代表的な書院には陶山書院や屏山書院などがあり、地域文化の中心として発展しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (iii)
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城塞都市ベニー・ハンマード

Al Qal'a of Beni Hammad
城塞都市ベニー・ハンマード
アルジェリアの首都アルジェから南東へ約200km、標高1000mの盆地の斜面に、ハンマード朝の首都として栄えた城塞都市の遺跡があります。1007年に建設されたこのベニー・ハンマードには、隊商交易によって富が集中しました。街を囲んだ約7kmの城壁や宮殿、アルジェリアで2番目に大きなモスクの遺構などが今でも残っています。また、モスク付属のミナレットは装飾が施され、高さが25mもあり、アルジェリアで最古級のものです。後のモロッコやスペインなどのミナレット建築のモデルとなりました。
地域: アフリカ / 国名: アルジェリア民主人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (iii)
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城塞歴史都市ハラール・ジュゴル

Harar Jugol, the Fortified Historic Town
城塞歴史都市ハラール・ジュゴル
エチオピア高原の台地に位置するハラールは、イスラム教世界において、メッカ、メディナ、エルサレムに次ぐ第4の聖地(チュニジアの世界遺産『聖都ケルアン』を第4とすることもある)と考えられています。このハラールは、ジュゴルという約4mの要塞に囲まれた城塞都市であり、この城塞は13 世紀から16世紀にかけてつくられました。また、ハラールは1520年から1568年までハラリ王国の首都として機能し、1887年にはエチオピアに統合されました。従ってエチオピア正教にとっても重要な場所となっています。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)
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承徳の避暑山荘と外八廟

Mountain Resort and its Outlying Temples, Chengde
承徳の避暑山荘と外八廟
北京の北東約250km、河北省の承徳にある避暑山荘は、歴代清朝皇帝の避暑地でした。江南地方の水郷や北方地方の草原といった自然美と、様々な宮殿様式を組み合わせ、中国全土の縮図ともいえる景観をつくりだしました。外八廟は、避暑山荘の東と北を取り囲むよう丘陵地帯につくられた寺廟群の総称で、1713 年創建の溥仁寺に始まり、約66年の歳月をかけて完成しました。初期の寺院は漢族の伝統建築様式に則っていますが、その後はチベットの建築様式に従っていて、 少数民族との融和を目指したことがうかがえます。 
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (ii)(iv)
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城壁都市シバーム

Old Walled City of Shibam
城壁都市シバーム
アラビア半島最南部に位置するイエメン中部のシバームは、日干しレンガでつくられた高層住宅群が砂漠にそびえ立つ城壁都市です。多くは6~7階建ての建物がワディ・ハドラマウトの崖の端から垂直に約500棟集中して建っており、その独特の景観から「砂漠のマンハッタン」などと呼ばれています。都市の歴史はイスラム以前の時代に遡りますが、洪水によって街は幾度も被害を受けてきたため、現在見られる住宅の多くは16世紀以降に建てられたものです。現存する最古の建物は904年創建の金曜モスクといわれ、高層建築をベースにした都市計画として最も古く、最良の例のひとつとされています。
地域: 西・南アジア / 国名: イエメン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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ジョグジャカルタの世界観を表す軸線と歴史的建造物群

The Cosmological Axis of Yogyakarta and its Historic Landmarks
ジョグジャカルタの世界観を表す軸線と歴史的建造物群
インドネシアのジャワ島中部にあるジョグジャカルタは、1755年のマタラム王国分裂後、イスラム王朝のジョグジャカルタ王国の都として築かれました。古くはヒンドゥー教が信仰されていたジャワ島では、その影響で世界は海と陸の環に囲まれているという宇宙観(世界観)がありました。北にムラピ山、南にインド洋、東西に川が流れるこの地は、まさに宇宙観に則した土地と考えられ、都市が造られました。後にイスラム教が広まり、18世紀にイスラム王朝のマタラム王国の都として現在の町並みが建設された際にも、その宇宙観(世界観)を反映した都市計画がもとになりました。
地域: 東・東南アジア / 国名: インドネシア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (ii)(iii)
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植民都市サント・ドミンゴ

Colonial City of Santo Domingo
植民都市サント・ドミンゴ
カリブ海に浮かぶ島国ドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴは、1492年にクリストファー・コロンブスが到着してから、新大陸最古のスペイン植民地政策の活動拠点となった都市です。都市は1498年にコロンブスの弟バーソロミュー・コロンブスによって築かれました。マヨール広場を中心に格子状に街路が交わる配置は、その後の新世界における都市計画に影響を与えました。代表的な建築物には、16世紀初めに完成した新大陸最古の病院サン・ニコラス・デ・パリ病院があります。新大陸最古の大聖堂であるサンタ・マリア・ラ・メノール大聖堂はゴシック様式とルネサンス様式の特徴を併せ持っています。コロンブスの遺骨を納めた棺が安置されていましたが、1992年にコロンブス記念灯台に移されました。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: ドミニカ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ジョドレルバンク天文台

Jodrell Bank Observatory
ジョドレルバンク天文台
イングランド北西部マンチェスター郊外の田園地帯に位置するジョドレルバンク天文台は、世界最大級の電波天文観測所として知られています。送電線が無く電波干渉が最小限であることからこの地が選ばれました。広大な農村地帯に現れる巨大な望遠鏡が印象的ですが、電波天文学の発展に重要な役割を果たしている天文台でもあります。流星や月の研究、クエーサーと呼ばれるブラックホールに物質が吸い込まれる際のエネルギーによって輝く天体の発見、量子工学、宇宙船の追跡などあらゆる分野で大きな科学的成果をあげてきました。ジョドレルバンク天文台は旧来の光学天文学から電波天文学への移行を著しく証明する遺産です。また、世界遺産条約の意義の中には新しい分野の文化遺産の定義があり、ジョドレルバンク天文台はUNESCOがICOMOSやIAU(国際天文学連合)と共に進める天文遺産の分野で高い評価を受けていたこともあり、2019年に世界遺産に登録されました。
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シラクサとパンタリカの岩壁墓地遺跡

Syracuse and the Rocky Necropolis of Pantalica
シラクサとパンタリカの岩壁墓地遺跡
シチリア島東部の地中海沿岸にあるシラクサは、紀元前8世紀にギリシャのコリントス市が建設した植民都市が起源となります。紀元前5世紀には、アテネに並ぶほどの都市に発展し、ローマの政治家キケロが、「あらゆるギリシャ都市のなかで最も美しい」と讃えました。街には、古代ギリシャ時代につくられ、大聖堂に改築されたアテナ神殿や、15,000人の観客を収容する規模であったギリシャ劇場、そして古代ローマ時代の円形闘技場、要塞などが残されています。この歴史都市は、ビザンティン時代からブルボン王朝までの間に、アラブのイスラム教徒、ノルマン人、ホーエンシュタウフェン朝のフリードリヒ2世、アラゴン王国、両シチリア王国に支配されていて、3,000年にわたる地中海文明の発達を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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シリア北部の古代集落群

Ancient Villages of Northern Syria
シリア北部の古代集落群
シリア北西部のアレッポからイドリブにまたがる「シリア約40の古代集落群」は、1~7世紀に栄え、8~10世紀の間に放棄された集落遺跡です。放棄後は歴史の舞台から姿を消していましたが、19世紀にヨーロッパでその存在が再認識され、その後発掘調査が進められていきました。遺跡の状態は非常に良好であり、住居や浴場、墓碑など当時の人々の生活が垣間見える遺構も発見されました。かつては「忘れ去られた都市」「死の都」などと言われていましたが、実際には都市ではなく農村社会によって形成された古代の集落です。約40の集落遺跡は広範囲に点在し、現在8つの考古学公園に区分けされています。
地域: 西・南アジア / 国名: シリア・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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シルク・ロード:ザラフシャン・カラクム回廊

Silk Roads: Zarafshan-Karakum Corridor
シルク・ロード:ザラフシャン・カラクム回廊
2014年に世界遺産登録された『シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網』(カザフスタン、キルギス、中国)に続いて、2023年にウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタンの3ヵ国に点在するシルク・ロード関連資産が『シルク・ロード:ザラフシャン・カラクム回廊』として登録されました。「シルク・ロード」を冠する世界遺産としては2件目です。ザラフシャン・カラクム回廊は、ザラフシャン川沿いの地域からカラクム砂漠を経てメルヴ・オアシスに至る約866kmの回廊で、紀元前4~後19世紀までの長期間にわたり、シルク・ロード交易の中心地でした。世界遺産には「パンジケントの古代都市」や「ヴァプケントのミナレット」、その他集落や隊商宿(キャラバンサライ)の遺跡など、合計34の物件が登録されており、うち16件がウズベキスタンに、9件がタジキスタンとトルクメニスタンにそれぞれ存在しています。すでに別の世界遺産として登録されていたウズベキスタンの『文化交差路サマルカンド』と『ブハラの歴史地区』、トルクメニスタンの『国立歴史文化公園“メルヴ”』は、構成資産には含まれていないものの、ザラフシャン・カラクム回廊の歴史に深い関わりを持っています。 
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シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網

Silk Roads: the Routes Network of Chang'an-Tianshan Corridor
シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網
東西交流を促進させた道 『シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網』は、漢と唐の首都であった長安と洛陽から、中央アジアのカザフスタンとキルギスに至る、シルク・ロードの一部約5,000kmが登録されています。紀元前2世紀か
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シンガポール植物園

Singapore Botanic Gardens
シンガポール植物園
シンガポール中心部に位置する『シンガポール植物園』は、1859年のイギリス植民地時代に開園した熱帯植物園です。開園以来、娯楽の場、研究の場として親しまれながらも、植物の保存と教育において近代の世界最高レベルの科学機関としての役割を果たしています。風景式庭園から園芸や植物学研究を行う研究所、そして世界的な植物園へと発展してきました。植物園の配置は、設立時に景観設計を任されたローレンス・ニーベンによるものとなっています。また、英国のキュー植物園から提供された苗木を東南アジア一帯に分配する役目を担ったほか、現在でも科学、研究、植物保存などにおいて重要な拠点であり続けています。特に1875年から東南アジアで進められたゴムのプランテーションの栽培とは深い関係あがり、20世紀のゴム栽培の拡大にも大きく貢献しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: シンガポール共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (ii)(iv)
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シングヴェトリル国立公園

Þingvellir National Park
シングヴェトリル国立公園
アイスランド語で「集会の平原」を意味するシングヴェトリルは、アイスランド島の南西部、首都レイキャヴィクから北東約50kmに位置する国立公園です。930年、この地で世界最古の議会「アルシング(全島集会)」が開かれ、この集会は1798年まで同じ場所で続きました。議会は年に2週間開催され、出席者は誰でも自分の意見を述べることができました。法議長が演説を行った「法律の岩」や、石で造られた仕切り席などの遺構が現在でも残されています。この集会の記録は、ヴァイキング時代の歴史を伝える史伝集『アイスランドサガ』にも記されています。また、1944年にはアイスランド共和国樹立の宣言もこの地で行われ、国民にとって精神的な象徴の地となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: アイスランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (iii)(vi)
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シントラの文化的景観

Cultural Landscape of Sintra
シントラの文化的景観
リスボンの北西約20kmに位置するシントラは、夏は涼しく冬も温暖な気候に恵まれ、紀元前5000年頃には人々が住み始めました。12世紀半ば、初代ポルトガル国王アフォンソ1世がリスボンをイスラム教徒から奪回したことにより、シントラもキリスト教徒の街へと変化していきます。以来、代々のポルトガル王族がこの地に離宮を置き、18〜19世紀にかけては、イギリスの富豪たちも次々と別荘を建設しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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人類化石出土のサンギラン遺跡

Sangiran Early Man Site
人類化石出土のサンギラン遺跡
ジャワ島中部、ジョグジャカルタの北方のソロ川流域に広がる地域で初期人類の化石が数多く出土しています。その数は世界で発掘された数の約半数といわれます。ここでは19世紀末から人類化石が発見されていたようですが、その後20世紀になってからの本格的発掘調査で頭蓋骨や顎骨、歯などが多数出土し、これらは「ジャワ原人」(学名:ピテカントロプス・エレクトゥス)と呼ばれました。約150万年前にこの地で暮らしていた人類で、発掘当時は現生人類の祖先と思われましたが、現在では初期人類の流れのうちのひとつとして「ホモ・エレクトゥス・エレクトゥス」と呼ばれています。脳の容量は1,000cc程度で顔や身体はまだ原始的な特徴を残していますが、この遺跡では石器も多く出土し、それらから彼らが狩猟や獲物の加工を行っていたことがわかっています。われわれがイメージする「原始人」も一様ではなく、各地でさまざまな生活様式や文化的特徴を持っていたようです。
地域: 東・東南アジア / 国名: インドネシア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iii)(vi)
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スーサ

Susa
スーサ
スーサは、イランの南西部にある古代ペルシャ帝国(アケメネス朝)の古都です。紀元前6世紀に帝国の最盛期を築いたダレイオス1世がパサルガダエから遷都しました。もともとこの地は、アケメネス朝以前は紀元前3,000年ごろにまで遡る古代エラム王国の首都でした。また、アケメネス朝以後もパルティア王国等の重要都市となり、何千年にもわたり中東地域の中心的存在でした。アケメネス朝時代に帝国中に張り巡らされ、迅速な情報収集と物流により帝国の繁栄の基礎を築いた道「王の道」はすべてここを起点として各地へ伸びていました。現在のスーサには「アクロポリス」「アパダーナ」「王の都市」「技師の都市」の4つの遺構が残されています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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スースの旧市街

Medina of Sousse
スースの旧市街
チュニジアのサヘル地方に位置するスースのメディナは、海賊や海からの危険にさらされてきた歴史を持つ沿岸都市に適用されたアラブ・イスラムの都市計画を反映する調和のとれた考古学的複合体を形成しています。スースの南東約20kmに位置するモナスティルのメディナとともに、イスラム初期の軍事沿岸建築の独自の原型を示しており、今日まで受け継がれています。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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スヴィヤジツクの集落島にある生神女就寝大聖堂と修道院

Assumption Cathedral and Monastery of the town-island of Sviyazhsk
スヴィヤジツクの集落島にある生神女就寝大聖堂と修道院
生神女就寝大聖堂(アサンプション大聖堂)は、スヴィヤジスクという町全体が島となった地域に位置し、同名の修道院の一部を成しています。ロシアのヴォルガ川、スヴィヤガ川、シュチュカ川が合流する地点にあり、シルクロードとヴォルガ交易路が交差する要衝にあたります。スヴィヤジスクは、1551年にイワン雷帝によって、カザン・ハン国征服を開始するための前線基地として築かれました。就寝修道院は、征服された地域における宣教と行政の中心として機能することが期待されていました。大聖堂は、比較的短期間で完成した広範な壁画群を備えており、イスラーム王国であったカザン・ハン国を征服した直後のロシア国家が掲げた文化的・政治的な野心を反映しています。また、当時のロシアおよびヨーロッパにおける正教会美術の新しい潮流を示すものでもあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (ii)(iv)
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スヴェシュタリのトラキア人の古墳

Thracian Tomb of Sveshtari
スヴェシュタリのトラキア人の古墳
ブルガリア北東部、スヴェシュタリ村近郊で1982年に発見されたこの古墳は、紀元前3世紀ごろに築かれたトラキア人の王墓です。直径約70m、高さ11.5mの墳丘の内部は、ドロモス(通路)と3つの玄室で構成されており、トラキアの祭祀建築の基本的な構造原理を示しています。古墳は現在「スボリャノヴォ」と呼ばれる考古学保護区の一角に位置しており、周囲には40基以上のトラキア人の墳墓や複数の聖域、古代および中世の集落跡、要塞、霊廟、オスマン帝国時代のミナレットなど、多数の遺構が存在します。こうした構成は、カザンラクのトラキア人墳墓のようなクーポラをもつ墳墓とは異なり、マケドニアや小アジア、エジプトなどで確認されるヘレニズム期の建築モデルと共通しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ブルガリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(iii)
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水原の華城

Hwaseong Fortress
水原の華城
18世紀末、朝鮮王朝の第22代王・正祖は、父の荘献世子の墓を水原郊外の華山に移すために強力な防御施設を備えた華城を築きました。周囲約6km、高さ約7mの石造りの城壁には4つの主要な門があり、他にも見張り塔、弓射塔、楼塔、稜堡などの設備があります。城壁内には王の臨時の宿である行宮もつくられました。戦争や洪水によって、水門、見張り塔などの7つの建造物が失われたものの、その壮大な都城は水原のシンボルになっています。このように、当時の有力な軍事技術者のもとで建造された華城は、ヨーロッパと東アジアの最新の技術を結集させた18 世紀の軍事建築の傑作ともいえます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iii)
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スカン・グアイ

SGang Gwaay
スカン・グアイ
カナダ西部の太平洋上に浮かぶハイダ・グアイ(旧クイーン・シャーロット諸島)の最南端にある小さな島、アンソニー島に、先住民であるハイダ族の集落跡が残ります。ハイダ族は5,000年前にはハイダ・グアイに居住しており、アンソニー島には2,000年以上前に住み始めたとされています。ハイダ族は漁労や狩猟で暮らしを営んできましたが、やがて白人が持ち込んだ病気で激減し、19世紀末にこの集落は廃墟となりました。以降、ここには恒久的な居住地はありません。
地域: 北米 / 国名: カナダ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (iii)
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スクーグスシルコゴーデンの森林墓地

Skogskyrkogården
スクーグスシルコゴーデンの森林墓地
ストックホルム中心部の南に位置するスクーグスシルコゴーデンの森林墓地は、20世紀初頭に建築された「自然との調和」をテーマとする共同墓地です。1912年、ストックホルム市議会は、松林に覆われた砂利採石場の跡地を取得し、新しい墓地を建設するための国際建築コンペを開催しました。優勝したのは、当時30歳だったスウェーデン人建築家、エリック・グンナル・アスプルンドとシーグルド・レーヴェレンツの設計でした。1917年に建設工事が始まり、1920年に森林墓地と「森の礼拝堂」が完成しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (ii)(iv)
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スクルの文化的景観

Sukur Cultural Landscape
スクルの文化的景観
ナイジェリア北東部のアダマワ高原にあるスクルには、ヒディ族(族長)の宮殿が丘陵の頂上に位置し、眼下の村落を見下ろす支配的な構造を持っています。この宮殿は、壮麗な石造建築によって築かれており、コミュニティの政治的・精神的中心としての地位を象徴しています。宮殿の内部や周辺には、祭祀に使われたと考えられる陶器製の遺物を含む多数の祠が集中しています。低地に広がる村々にも、石壁や窪んだ家畜小屋、穀倉、脱穀場などの土着の建築様式が見られ、これらが社会的な境界線や防御壁としても機能していました。これらの建築群全体が、この社会のヒエラルキーと物質的文化を具現化しています。
地域: アフリカ / 国名: ナイジェリア連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)(v)(vi)
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