World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iv))

バンベルクの旧市街

Town of Bamberg
バンベルクの旧市街
バンベルクは、ドイツ南部のバイエルン州北部フランケン地方に位置しています。町の基本的な構造は初期中世の都市計画をよく残しており、中世の宗教建築や世俗建築が数多く現存している中央ヨーロッパの都市の好例となっています。バイエルン公ハインリヒ2世が1007年にドイツ王となった際、彼はバンベルクを司教座の所在地とし、「第二のローマ」とすることを意図しました。現在の町が示している、農業(市場向けの菜園やブドウ畑)と都市の流通拠点との結びつきは、特に興味深いものです。10世紀以降、バンベルクはスラヴ諸民族、特にポーランドやポメラニアの人々との重要な交流拠点となりました。12世紀以降の最盛期には、この町の建築は北ドイツやハンガリーに強い影響を与えました。18世紀後半には、バンベルクは南ドイツにおける啓蒙思想の中心地となり、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルやE.T.A.ホフマンといった著名な哲学者や作家がここに住んでいました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

万里の長城

The Great Wall
万里の長城
『万里の長城』は、紀元前3世紀から17世紀まで、約2,000年にわたって築かれた中国最大の防衛施設です。総延長は2万kmを超え、河北省・山海関から甘粛省・嘉峪関まで、広大な範囲におよびます。構造は、城壁、望楼、馬道、狼煙台、関所など多様な構造からなり、地域や時代ごとに用いた素材や建築技術が異なります。特に明代には、煉瓦を用いた高度な技術が導入され、堅固な長城が形成されました。世界遺産として登録されているのは、保存状態が良好な「八達嶺」「山海関」「嘉峪関」の3つの主要なエリアです。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

ビーソトゥーン

Bisotun
ビーソトゥーン
イラン西部の古代の交易路上にあるビーソトゥーン(「神々の場所」の意)には、先史時代からメディア王国、アケメネス朝、ササン朝そしてイル・ハン国時代までの遺跡が残っています。中でも、紀元前6世紀にアケメネス朝のダレイオス1世(大王)が王位についたことを記念して彫られた摩崖碑は重要で、一般には英語読みの「ベヒストゥン碑文」として知られています。ここにはダレイオス1世の等身大の浅浮彫と並んで、彼の時代の帝国統治や歴史的事件等が楔形文字で記されています。1,200行に及ぶ碑文は、エラム語とバビロニア語そして古代ペルシャ語の3か国語でほぼ同じ内容が書かれており、この時代唯一残された歴史的文書であることもあり、古代言語学的にも歴史学的にもとても価値のあるものです。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)
詳細ページを見る Arrow-right

ヒヴァのイチャン・カラ

Itchan Kala
ヒヴァのイチャン・カラ
ウズベキスタン、ホラズム地方のアムダリヤ川の南に位置するヒヴァは、16世紀初頭に成立したヒヴァ・ハン国の首都です。この国はウズベク人が興した国であり、隣国のブハラ・ハン国とコーカンド・ハン国で、領土をめぐって激しく争いました。首都ヒヴァは17世紀頃に首都となり、その旧市街で「内城」を意味するイチャン・カラは、二重の城壁で守られています。城壁の影響もあり、保存状態が非常に良いことから、1969年に「博物館都市」に指定されて、今も手厚く保存されています。また、イチャン・カラはヒヴァ・ハン国がこの地を治める以前から栄えており、2,000年以上の歴史を有しています。古来、ペルシア地方に向かうキャラバン達の休息地となっており、オアシス都市としても栄えていました。
地域: 西・南アジア / 国名: ウズベキスタン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

ピエモンテとロンバルディアのサクロ・モンテ群

Sacri Monti of Piedmont and Lombardy
ピエモンテとロンバルディアのサクロ・モンテ群
サクロ・モンテ(聖山)とは、聖書の物語を描いた絵画や彫刻を収める聖堂を山の中に築き、それらを巡礼することで信仰を深める宗教施設群のことです。サクロ・モンテを築く運動は、エルサレムやパレスチナなど聖地に代わる祈りの場をヨーロッパにつくるのが目的で、15世紀から16世紀初頭にかけて始まりました。当時、イスラム勢力の急速な拡大で、巡礼者にとって聖地へのアクセスが困難になっていたことが背景にありました。北イタリアのピエモンテとロンバルディアにある9つのサクロ・モンテには、16世紀後半から17世紀にかけての建築的特色が残る教会群があり、キリスト教信仰のさまざまな様相が表現されています。これらは、丘陵、森林、湖といった周囲の自然と見事に調和した景観を作り上げており、その深い美しさを可能にした技法も高く評価されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ヒエラポリスとパムッカレ

Hierapolis-Pamukkale
ヒエラポリスとパムッカレ
古代都市ヒエラポリスの歴史は、紀元前2世紀にアッタロス朝(ペルガモン王国)の軍団居留地として築かれたことから始まります。後述のパムッカレの段丘の上に広がるヒエラポリスは、やがて温泉街として栄えるようになり、古代ローマに割譲されたのちに繁栄のピークを迎えます。劇場や浴場、凱旋門といったローマを象徴する建造物や、初期キリスト教建築である八角形の聖堂(マルティリウム)を現在も観ることができます。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (iii)(iv)(vii)
詳細ページを見る Arrow-right

ピエンツァの歴史地区

Historic Centre of the City of Pienza
ピエンツァの歴史地区
ピエンツァはイタリア中部のトスカーナ地方にあり、15世紀半ば、都市計画に基づいてつくられた街です。それ以前は、コルシニャーノと呼ばれた小村でしたが、この地の出身で1458年にローマ教皇に選出されたピウス2世は、ルネサンス様式による「理想の街」に改造することを決めました。翌1459年に、フィレンツェの建築家であるベルナルド・ロッセリーノに設計を依頼し、3年後の1462年に大聖堂とピウス2世広場を完成させました。そして街の名称も、創建者のピウス2世にちなんで、「ピウスの町」という意味の「ピエンツァ」に改められました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ビガンの歴史地区

Historic City of Vigan
ビガンの歴史地区
フィリピン北部、ルソン島の南シナ海を望む港街ビガンは、スペイン植民地時代の面影を色濃く残しています。 16世紀後半にスペインの植民地として築かれ、中国やメキシコとの交易の拠点として繁栄しました。街はスペインの都市計画に基づいて碁盤目状に整備されています。石畳の通りには、外観はスペイン風だが、中国やフィリピンの伝統的な建築様式が採用された家屋が並んでいます。石と木を組み合わせた家屋はタガログ語で「バハイ・ナ・バト」と呼ばれています。中国やイロカノ、フィリピンの要素が混在しているという点で、スペイン植民地であったラテンアメリカの諸都市とは顕著な違いが見られます。イロカノとは、ルソン島北西部のイロコス地域に住むマレー系の民族のことです。
地域: 東・東南アジア / 国名: フィリピン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ビキニ環礁-核実験場となった海

Bikini Atoll Nuclear Test Site
ビキニ環礁-核実験場となった海
日本から南東に約4,600㎞離れた太平洋の島国、マーシャル諸島共和国のビキニ環礁は、第2次世界大戦後に始まった冷戦下において、アメリカの核実験場となった場所です。アメリカは、住民を別の場所に強制的に移住させたうえで、1946年から1958年までマーシャル諸島のビキニ環礁及びエニウェトク環礁で合計67回の核実験を実施しました。一連の実験で使用された核兵器の累積は、広島型原爆の約7,000回分に匹敵し、環礁の地質や自然環境、生態系、被曝による人びとの健康被害など、重大な影響を及ぼしました。特に、23回もの核実験が行われたビキニ環礁はその象徴的な場所で、1946年の実験で環礁の底に沈んだ船や、1954年の水素爆弾「ブラボー」の実験でできた直径約2㎞の巨大なブラボー・クレーターなど、核実験の威力を伝える上で非常に重要かつ直接的な痕跡が残っています。アメリカによって10年あまり続いた核実験は、ビキニ環礁とマーシャル諸島の歴史を変えました。そしてビキニ環礁は、その歴史を通して、平和と地上の楽園という矛盾したイメージを持ちながらも、核時代の幕開けの象徴となり、同時に、軍縮を推進する国際的な運動の発展にもつながっていきました。マーシャル諸島で初の世界遺産として、2010年に登録されました。
地域: オセアニア / 国名: マーシャル諸島共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

ピサのドゥオーモ広場

Piazza del Duomo, Pisa
ピサのドゥオーモ広場
イタリアのトスカーナ地方にあるドゥオーモ広場は、11~14世紀にかけて建設された世界的に有名な建築が残っています。広場は「ミラコリ広場」とも呼ばれます。これは、イタリアの小説家ダヌンツィオがこの広場を訪れた際に広場の風景に感嘆して「ミラコリ広場(奇跡の広場)」と称したことに由来します。広場にはヨーロッパ中世の建築様式を代表する大聖堂や洗礼堂、斜塔(ピサの斜塔)、カンポサント(墓地)があります。 
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

ビスカヤ橋

Vizcaya Bridge
ビスカヤ橋
スペイン北部バスク地方の港湾都市ビルバオ近郊のネルビオン川に架かるビスカヤ橋は、世界で初めてのゴンドラを使った運搬橋です。ポルトゥガレテとゲチョの2つの街を結ぶこの橋は、1893年に完成し、橋げたは全長160m、船の運航に支障がないよう水面から45mにあり、橋げたに吊るされた巨大なゴンドラに人や車などを乗せて対岸へ移動します。ビスカヤ橋のゴンドラは今も現役で稼働しており、約2分で対岸へ渡ることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (i)(ii)
詳細ページを見る Arrow-right

ヒッタイトの首都ハットゥシャ

Hattusha: the Hittite Capital
ヒッタイトの首都ハットゥシャ
ハットゥシャはトルコの首都・アンカラから東へ約150kmのアナトリア高原に位置し、紀元前17世紀から紀元前13世紀に繁栄したヒッタイト王国の首都の遺跡で、全長約8kmに及ぶ城壁が都市全体を取り囲んでいました。ヒッタイト人は初めて鉄器を利用した民族として知られていて、めざましい製鉄技術を有していたのが特徴的です。鉄製の武器や馬に引かせた戦車を使うなどして戦況を優位に進め、強国として繁栄しました。紀元前12世紀頃に「海の民」と呼ばれる民族の襲撃に遭い、滅亡することになりますが、その実態の多くがわかっておらず、謎めいています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ビニャーレス渓谷

Viñales Valley
ビニャーレス渓谷
キューバ西部にあるビニャーレス渓谷は、シエラ・デ・ロス・オルガノス山脈に囲まれた渓谷です。最大300mにも達する石灰岩のドーム状の岩山「モゴーテ」が点在し、渓谷の斜面には、植民地時代には逃亡奴隷(シマロン)が、独立戦争の時代には革命家が身を隠す場として機能した洞窟が残されています。この渓谷は葉タバコの生産地として広く知られます。機械で生産すると品質が落ちるため、家畜の牽引などの数百年前からの農耕法が受け継がれています。その過程で出来た田園風景が自然の風景に溶け込み、素晴らしい文化的景観が広がっているのです。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: キューバ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iv)
詳細ページを見る Arrow-right

姫路城

Himeji-jo
姫路城
兵庫県姫路市の丘に立つ姫路城は、天守や櫓など82棟が現存し、約1.07㎢の広大な城郭を形成しています。白く統一された壁と重なる屋根のシルエットが織りなす優美な佇まいは、城下町からも一望できます。また、石垣には敵の侵入を防ぐため下部が緩やかで上部が急になる「扇の勾配」が施され、見た目の美しさと堅牢さを持っています。城壁に空けられた狭間と呼ばれる穴は、弓や鉄砲を構えるためのもので、丸や三角、四角など多彩な形状が用いられています。姫路城はまさに、美と戦略が融合した日本の城づくりの粋を体現する存在です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (i)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ピュー族の古代都市群

Pyu Ancient Cities
ピュー族の古代都市群
ミャンマー中部に位置するピュー族の古代都市群は、紀元前200年頃から紀元後900年頃にかけて繁栄したピュー族の王国の遺跡です。ピュー族は、ビルマ族がこの地域に進出する以前からエーヤワディー川流域に居住していた、チベット=ビルマ系の民族です。ハリン、ベイッタノ、シュリ・クシェートラの3つの都市遺跡は、いずれもレンガ造りの城壁で囲まれており、内側には宮殿や埋葬地、ボーボージーパゴダと呼ばれる仏塔が残されています。城壁で街を囲み、中央に宮殿を配置する都市構造は、古代インドの宗教観に影響を受けたものと考えられています。交易の拠点として栄えたこの地域には、約2,000年前に東南アジアに伝来した仏教によって経済的・社会的・文化的な変化がもたらされました。文献記録によると、ピュー族の王国は東南アジア最古の仏教都市国家とされています。しかし、9世紀に入ると中国雲南地方を基盤に勢力を拡大した南詔からの攻撃を受け、急速に衰退しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: ミャンマー連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-

Hiraizumi – Temples, Gardens and Archaeological Sites Representing the Buddhist Pure Land
平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-
平泉は東北地方の奥州に位置し、11~12世紀に栄えた、短命ながらも華やかな都でした。山々や池を巧みに取り入れた4つの浄土庭園は、極楽浄土の理想を現実に映し出す美しい景観で、仏の教えによる理想の世界「仏国土」を空間として表現しています。また、当時は仏の教えが衰えるとされる「末法の時代」と考えられていたことから、浄土への強い願いが込められていました。金鶏山を中心とした自然との調和も見どころで、日本の庭園文化の真髄を味わえる貴重な場所です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

ピリッポイの考古遺跡

Archaeological Site of Philippi
ピリッポイの考古遺跡
ギリシャ北東部にあるピリッポイは、マケドニアの王フィリッポス2世によって、紀元前356年に創建された都市です。ここはヨーロッパとアジアを結ぶエグナティア街道が通る、交通の要所として栄えました。また、紀元前42年にはフィリピの戦いが起き、それ以降しばらくは「小ローマ」として繁栄しました。また、49年から50年にかけては使徒パウロが訪れたとされ、その後はキリスト教信仰の中心地にもなりました。ギリシャ風の都市の様子を保ちながらも、交通の要所となり、キリスト教信仰の中心地となった場所でもあるため、大変価値の高い都市となっています。 
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ビリニュスの歴史地区

Vilnius Historic Centre
ビリニュスの歴史地区
リトアニアの首都ビリニュスは、13世紀から18世紀後半まで「リトアニア大公国」の中心として発展してきた歴史ある都市です。15世紀建造のケジミナス城跡や、16世紀創立のビリニュス大学などの歴史ある建物が特徴です。さらに、ゴシック様式の聖ニコライ教会やバロック様式の聖ペテロ・パウロ教会など、異なる建築様式の建物が残っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: リトアニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ビルカとホヴゴーデン

Birka and Hovgården
ビルカとホヴゴーデン
スウェーデンで3番目に広い湖、メーラレン湖には「ビョルケー島」と「アデルスエー島」が浮かんでいます。ビルカとホヴゴーデンは、この2つの島に位置しており、ヴァイキングの交易地であった遺跡が残っています。ビョルケー島のビルカは、ヴァイキングの交易地として8~10世紀にかけて繁栄したほか、9世紀にはハンブルク=ブレーメン大司教のアンスガールが訪れたことで、スウェーデンのキリスト教化のはじまりの拠点となりました。ここでは城壁や2,000を超える墳墓、ゲルマン人が用いたとされるルーン文字の石碑などが見つかっており、墳墓の副葬品からはヴァイキングが遠く離れたビザンツ帝国とも交易を行っていたことが証明されています。また、アデルスエー島のホヴゴーデンではヴァイキング時代の王宮跡と思われる遺跡も見つかっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミヒャエル聖堂

St Mary's Cathedral and St Michael's Church at Hildesheim
ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミヒャエル聖堂
ドイツ北部のヒルデスハイムにある聖ミヒャエル聖堂と聖マリア大聖堂は、どちらもロマネスク時代の建築様式を理解するうえで非常に貴重な内部装飾の要素を数多く含んでいます。2つの建物は800mほど離れており、1015年に造られた「聖マリアの青銅の扉」は創世記とキリストの生涯を描いていて、聖ミヒャエルの青銅柱(1020年頃)はトラヤヌスの柱に着想を得た螺旋装飾で新約聖書の場面を表現しています。これらは古代以来で初めての大規模な鋳造作品で、どちらもベルンヴァルト司教の依頼によって制作されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
詳細ページを見る Arrow-right

ピレネー山脈のペルデュ山

Pyrénées - Mont Perdu
ピレネー山脈のペルデュ山
フランス・スペインの国境にまたがるピレネー山脈のペルデュ山は、標高3,352mを誇る石灰岩の山で、雄大な自然の中に希少な野生動物が暮らす地域として有名です。スペイン側にはヨーロッパ最大にして最深の渓谷が2つあり、フランス側の北斜面には3つの主要なカール壁(圏谷壁)が見られます。また、ペルデュ山に残る村落、畑、牧草地などの農業生活様式は、ヨーロッパの山岳地帯では希少となった放牧を中心とした山での伝統的な暮らしを知ることのできる重要な場所となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン, フランス共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)(vii)(viii)
詳細ページを見る Arrow-right

ヒロキティアの考古遺跡

Choirokoitia
ヒロキティアの考古遺跡
「ヒロキティアの考古遺跡」はキプロス島南岸から約6㎞、マロニ川の湾曲部分に囲まれた丘陵の斜面に位置し、紀元前7,000年から前4,000年頃に造られた地中海最古級の集落遺跡と考えられています。紀元前1万年頃にアジアで興った新石器文化は,紀元前8,000年から前7,000年頃にキプロス島へ伝わり、その後地中海全域へ広がりました。ヒロキティアの考古遺跡には、この伝播の過程を見ることができる点が貴重とされています。遺跡は1934年に発見され、1936年から1946年にかけて発掘調査が行われました。1977年以来、アラン・ル・ブラン(パリ国立科学研究センター)の指揮の下で発掘調査が進められています。
地域: ヨーロッパ / 国名: キプロス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ブールジュの大聖堂

Bourges Cathedral
ブールジュの大聖堂
ブールジュは、古代ローマ時代には「アヴァリクム」と呼ばれていた都市で、現在のサントル=ヴァル・ド・ロワール地域に位置しています。ここはガリアで最初期のキリスト教共同体のひとつで、サン・テティエンヌ大聖堂は最初の殉教者である聖ステファノに捧げられ、3世紀から礼拝の場として使われてきた場所に建てられています。ブールジュのサン・テティエンヌ大聖堂は、12世紀末から13世紀末にかけて建てられたゴシック美術の傑作のひとつで、その均整の取れたプロポーションと統一感のある設計が高く評価されています。タンパン(半円形の彫刻部分)、彫像、ステンドグラスは特に印象的で、建築の美しさだけでなく、中世フランスにおけるキリスト教の力を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (i)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ファールス地方にあるササン朝の考古学的景観

Sassanid Archaeological Landscape of Fars Region
ファールス地方にあるササン朝の考古学的景観
イラン南西部のファールス地方には、3世紀から7世紀にかけてこの地を支配したササン朝時代の要塞や宮殿など8カ所の考古学遺跡が点在しています。遺跡はササン朝の最古期のものと末期のもので、最古期のものはフィールズアーバードにあるササン朝の始祖アルダシール1世の城やレリーフと円形都市跡、そしてビシャプールにある第2代シャープール1世の都市遺跡です。これらは3世紀のものです。末期の遺跡はサルヴェスターンにある7世紀の宮殿跡です。都市遺跡はいずれも周辺の自然と地形を最大限活用して建造されています。建物にはアケメネス朝やパルティアの伝統様式に加えてローマの影響も見てとれ、さらにその後のイスラム建築に大きな影響を与えました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

ファールンの大銅山地域

Mining Area of the Great Copper Mountain in Falun
ファールンの大銅山地域
スウェーデン中部、ダーラナ地方の山あいに位置する「ファールンの大銅山地域」は、かつて全世界の銅の3分の2を産出した大銅山の跡地です。この地での銅採掘の歴史は古く、8~9世紀から1992年まで、約1,000年にわたって採掘が続けられました。銅山跡には、深さ90mもある露天掘りの採掘坑や廃石・土砂の山、工場、住宅、最盛期であった17世紀頃の採掘設備などが残っています。また、旧市街地には17世紀に計画され、ファールン大聖堂をはじめとする街の繁栄を物語る歴史的な建造物が現存しています。ファールンの大銅山地域は、自由な鉱山労働者が株式を所有する共同運営組織であったこともあり、世界有数の鉱山地域におけるかつての生活様式が鮮やかに描き出されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

ファウンテンズ修道院の廃墟のあるスタッドリー・ロイヤル公園

Studley Royal Park including the Ruins of Fountains Abbey
ファウンテンズ修道院の廃墟のあるスタッドリー・ロイヤル公園
イングランド北部ノース・ヨークシャー州にあるスタッドリー・ロイヤル公園は、18世紀に築かれた英国式庭園の傑作とされています。この時代につくられた庭園のなかで、往時の姿を伝える数少ない例の一つです。ここは、政治家のジョン・エイズラビーとその息子であるウィリアムにより整備されました。庭園には、運河、池、滝、芝生、生垣があり、趣がある建物や門、彫像が配置されています。最大の特徴は、自然の景観を優先して、園内がデザインされていることです。例えば、スケル川の流れを庭に取り入れて、その周りの田園風景を「借景」していることが挙げられます。
詳細ページを見る Arrow-right

ファジル・ゲビ、ゴンダールの遺跡群

Fasil Ghebbi, Gondar Region
ファジル・ゲビ、ゴンダールの遺跡群
エチオピアの北西部、標高約2,000mの高地にあるゴンダールは、17世紀初頭にエチオピア帝国の首都として繁栄した町です。エチオピア帝国の始まりは、概ね13世紀頃で、以後長く繁栄し、19世紀末の列強によるアフリカ分割に際しても、リベリアとともに独立を保った、数少ないアフリカの国家でした。ゴンダールはエチオピア帝国の最初の定住首都として機能し、1979年に世界遺産に登録されました。首都を造営したのは皇帝ファシラダスであり、小高い丘の上に王宮群も造営し、それらは「ファジル・ゲビ」と呼ばれました。ファシラダスは庶民の崇敬を集め、エチオピア帝国の黄金時代をもたらしました。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (ii)(iii)
詳細ページを見る Arrow-right

ファテープル・シークリー

Fatehpur Sikri
ファテープル・シークリー
ファテープル・シークリーは、インドの古都アーグラ近郊にあるムガル帝国の都の遺跡です。1571年、3代皇帝アクバルは、イスラム神秘主義者スーフィーの聖者シャイフ・サリーム・チシュティーが、息子(後の4代皇帝ジャハーンギール)の誕生を予言した場所に新たな都市の建設を開始しました。当時アクバルが西部グジャラート地方での戦いに勝利したことにちなみ、「勝利の都市」を意味するファテープル・シークリーと名付けられ、1573年に完成しました。しかし水不足や酷暑、またアフガン民族との戦いから、わずか14年後の1585年にラホールへと遷都されました。1619年には、疫病が流行したアーグラから避難したジャハーンギールが約3ヵ月間滞在しましたが、その後は完全に放棄されました。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ファヤの先史景観

Faya Palaeolandscape
ファヤの先史景観
ファヤの先史景観は,アラブ首長国連邦シャルジャ首長国の中央部に位置し、西はペルシア湾、東はオマーン湾からそれぞれ内陸に約55㎞の地点にあります。資産の面積は約3万haに及び、「ジェベル」(山脈)と呼ばれるほぼ南北に伸びる石灰岩の露頭が連なる中央部、ジェベルとハジャル山脈の間に位置するムレイハ・マダム平原、そしてジェベルの西側に広がるルブ・アル・ハリ(空虚な地域)砂漠の砂丘が含まれます。乾燥した環境にもかかわらず、ここには中期旧石器時代および新石器時代(21万年前から6,000年前)の人類居住の痕跡が保存されています。
地域: 西・南アジア / 国名: アラブ首長国連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ファン・ネレ工場

Van Nellefabriek
ファン・ネレ工場
ファン・ネレ工場は、1920年代にロッテルダム北西の運河沿いに設計・建設されました。これは、20世紀の工業建築の象徴の一つであり、鉄骨とガラスを主に使用し、カーテンウォールの原理を大規模に活用した複合的な工場群です。この工場は外部に開かれた「理想的な工場」として構想され、内部の作業空間は必要に応じて変形できるように設計されています。また、自然光を最大限に取り入れ、快適な労働環境を提供しました。これは、戦間期のモダニズムと機能主義文化の象徴となった新しいタイプの工場を具現化する、極めて完成度の高い建築物です。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right