World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(vi))

パラマリボの歴史街区

Historic Inner City of Paramaribo
パラマリボの歴史街区
パラマリボは、南米大陸の北東海岸に位置するスリナムの首都です。スリナムを含むベネズエラ南部からブラジル北部にかけての地域は「ギアナ地方」と呼ばれており、15世紀末のスペイン人探検家による「発見」後は、エル・ドラド(黄金の都)が存在する場所と考えられて多くの冒険者が訪れました。17世紀には、英国植民地のバルバドスからやってきた労働者がタバコとサトウキビのプランテーションを築きましたが、1665〜1667年の英蘭戦争の結果、スリナムはオランダの植民地となりました。18世紀末にはオランダの工学技術を駆使したパラマリボの都市計画が湿地帯まで拡張されたことで、経済の発展が加速しました。都市は独特な街路計画とオランダの建築様式が融合した建物が特徴的で、スリナム川沿いに歴史的建造物が点在しています。
地域: 南米 / 国名: スリナム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (ii)(iv)
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パリのセーヌ河岸

Paris, Banks of the Seine
パリのセーヌ河岸
パリの歴史は、セーヌ川に浮かぶシテ島から始まります。今はパリのシンボルのひとつとなっているノートル・ダム大聖堂が立つ、文字通りパリの中心となる島です。この島に紀元前3世紀頃からケルト系のパリシイ人が集落を作って暮らし始めました。その後、紀元前52年頃にガリア遠征中のカエサルが率いるローマ軍に侵略されるとローマ風の都市が築かれ、河川交通の重要拠点として発展しました。4世紀中頃にパリと呼ばれるようになり、彼らが話す言葉が現在のフランス語へと発展しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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バリの文化的景観:バリ・ヒンドゥー哲学トリ・ヒタ・カラナを表す水利システム「スバック」

Cultural Landscape of Bali Province: the Subak System as a Manifestation of the Tri Hita Karana Philosophy
バリの文化的景観:バリ・ヒンドゥー哲学トリ・ヒタ・カラナを表す水利システム「スバック」
インドネシアのジャワ島の東に浮かぶバリ島には、湖、寺院、そして優れた灌漑システムを持つ棚田景観など5つの地域で構成された世界遺産があります。それらは、神、人、自然の調和を表す文化的景観として登録されました。5つの構成資産のなかで、「バトゥール湖」は泉や川の起源である女神が住むとされていて、「ウルン・ダヌ・バトゥール寺院」は、湖の水の女神を祀っています。そして、バリ島最大規模の「タマン・アユン寺院」は、水を司る王立寺院とされています。このように、バリでは水に関わる遺産が見られます。
地域: 東・東南アジア / 国名: インドネシア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (iii)(v)(vi)
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バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院

Palau de la Música Catalana and Hospital de Sant Pau, Barcelona
バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院
『バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院』は、アントニ・ガウディと同じ時代に活躍したモデルニスモ建築の巨匠、ルイス・ドメネク・イ・モンタネルによって設計された建造物群です。なかでもカタルーニャ音楽堂は、ドメネクの最高傑作との呼び声が高く、随所でユニークな設計を見ることができます。1905〜1908年にかけて建設された初期の鉄骨造りの建築で、鉄骨の骨組みの大部分をガラス張りのカーテンウォールで閉じた構造となっています。鋼鉄の骨組みを使用することで、内部の間取りを自由にできる工夫が施されていて、コンサートホールには大きなオープンスペースが連続して設けられています。ホール中央の天窓には太陽が描かれています。この天窓には、陽の光でホール内を明るく照らすなど、自然光を最大限に活用するドメネクの工夫が凝らされています。また、当時の澄明な芸術家たちが装飾を手掛けていることも特徴で、外壁には美しい虹色のモザイク・タイルで覆われています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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バレッタの市街

City of Valletta
バレッタの市街
街全体が世界遺産のバレッタは地中海に浮かぶ島国・マルタ共和国の首都です。真っ青な海の上には、ハチミツ色に輝くマルタ石でできた建物が目立ちます。ここは16世紀に、聖ヨハネ騎士団が新たな拠点とした城塞都市です。聖ヨハネ騎士団は、第1回十字軍の時代に成立しました。彼らは地中海で活躍し、ロドス島を拠点としていましたが、オスマン帝国の進出により、そこから撤退せざるを得なくなり、1530年、マルタ島に拠点を移します。1565年のマルタ大包囲戦でオスマン帝国に勝利すると、翌年から街の建設を始めました。街は、当時の聖ヨハネ騎士団団長のジャン・パリソー・ド・ラ・バレッテの名前に由来します。 
地域: ヨーロッパ / 国名: マルタ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (i)(vi)
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パレルモのアラブ・ノルマン様式の建造物群と、チェファルとモンレアーレの大聖堂

Arab-Norman Palermo and the Cathedral Churches of Cefalú and Monreale
パレルモのアラブ・ノルマン様式の建造物群と、チェファルとモンレアーレの大聖堂
長靴の形をしたイタリア半島の“つま先”近くに位置するシチリア島の北西部の海岸に、シチリア州の州都であるパレルモがあります。ノルマン人がシチリア島に入植し、1130年にノルマン・シチリア王国を建て、1194年まで存続しました。パレルモとその近郊に点在するアラブ・ノルマン様式の歴史的建造物群は、短期間に栄えたノルマン王国時代の市民生活と宗教形態を伝えています。そして、ヨーロッパやイスラム、ビザンティンなど多様な宗教や文化が、シチリアにおいて混ざり合い、受け入れられたことを示しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (ii)(iv)
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パレンケの古代都市と国立公園

Pre-Hispanic City and National Park of Palenque
パレンケの古代都市と国立公園
メキシコ南東部に位置するパレンケは、現在のチアパス州の山岳地帯からタバスコ州の平原を支配した強大な王朝の拠点であったと考えられています。紀元500~700年にかけて最盛期を迎え、9世紀頃に放棄された後は、周囲のジャングルによって遺跡が埋もれていました。18世紀にスペイン人の宣教師によって再発見されましたが、現在もほとんどは密林の中に埋もれています。しかし遺跡は当時の良好な状態で残っており、当時のパレンケでの様子が解明されつつあります。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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パンノンハルマの千年の歴史をもつベネディクト会修道院と周辺の自然環境

Millenary Benedictine Abbey of Pannonhalma and its Natural Environment
パンノンハルマの千年の歴史をもつベネディクト会修道院と周辺の自然環境
996年に創建された大修道院は、ハンガリー最古の修道院であり、中世の中央ヨーロッパにおけるキリスト教の普及に大きな役割を果たしました。現在の教会は1224年に再建されたものですが、その後も増改築が繰り返されたため、ロマネスク様式やゴシック様式、新古典様式などが混在する建造物となっています。三廊式の聖歌隊席は、この建物で最も古い部分とされ、その下にある同じく三廊式の地下聖堂は再建以前の遺構と考えられています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ハンガリー / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iv)(vi)
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ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群

Humberstone and Santa Laura Saltpeter Works
ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群
ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群は、チリ北部に位置する、世界で最も乾燥した砂漠のひとつであるパンパ地帯に存在した200以上の硝石精製所を代表する遺構です。1880年から60年以上にわたり、「パンピーノ」と呼ばれるチリ、ペルー、ボリビアから集まった数千人の労働者たちが、過酷な環境の中で世界最大級の硝石鉱床を開発し、農業用肥料である硝酸ナトリウムを生産しました。硝石は18世紀後半に爆薬として欧米に輸出されていましたが、1830年代に肥料としての効果がヨーロッパで発見されると、アメリカやロシア、アルゼンチンやブラジル、キューバなどの地域で需要が高まりました。肥料は北米・南米、ヨーロッパの農地を変革し、チリに莫大な富をもたらしました。しかし、1930年代以降、需要の低下に伴い市場は縮小し、1959年には工場は閉鎖されました。
地域: 南米 / 国名: チリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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パンプーリャの近代建造物群

Pampulha Modern Ensemble
パンプーリャの近代建造物群
パンプーリャの近代建造物群は、1940年代にブラジルのミナス・ジェライス州ベロオリゾンテで生まれた、革新的な庭園都市プロジェクトの中心です。人工湖の周囲に配置されたこれらの建造物は、建築家オスカー・ニーマイヤーが設計を手がけました。カジノ、ダンスホール、教会などからなるこの複合施設は、単なる建築物の集合ではなく、都市計画と建築が一体となった先進的なモダニズムの理念を体現しています。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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バンベルクの旧市街

Town of Bamberg
バンベルクの旧市街
バンベルクは、ドイツ南部のバイエルン州北部フランケン地方に位置しています。町の基本的な構造は初期中世の都市計画をよく残しており、中世の宗教建築や世俗建築が数多く現存している中央ヨーロッパの都市の好例となっています。バイエルン公ハインリヒ2世が1007年にドイツ王となった際、彼はバンベルクを司教座の所在地とし、「第二のローマ」とすることを意図しました。現在の町が示している、農業(市場向けの菜園やブドウ畑)と都市の流通拠点との結びつきは、特に興味深いものです。10世紀以降、バンベルクはスラヴ諸民族、特にポーランドやポメラニアの人々との重要な交流拠点となりました。12世紀以降の最盛期には、この町の建築は北ドイツやハンガリーに強い影響を与えました。18世紀後半には、バンベルクは南ドイツにおける啓蒙思想の中心地となり、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルやE.T.A.ホフマンといった著名な哲学者や作家がここに住んでいました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)
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万里の長城

The Great Wall
万里の長城
『万里の長城』は、紀元前3世紀から17世紀まで、約2,000年にわたって築かれた中国最大の防衛施設です。総延長は2万kmを超え、河北省・山海関から甘粛省・嘉峪関まで、広大な範囲におよびます。構造は、城壁、望楼、馬道、狼煙台、関所など多様な構造からなり、地域や時代ごとに用いた素材や建築技術が異なります。特に明代には、煉瓦を用いた高度な技術が導入され、堅固な長城が形成されました。世界遺産として登録されているのは、保存状態が良好な「八達嶺」「山海関」「嘉峪関」の3つの主要なエリアです。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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ビーソトゥーン

Bisotun
ビーソトゥーン
イラン西部の古代の交易路上にあるビーソトゥーン(「神々の場所」の意)には、先史時代からメディア王国、アケメネス朝、ササン朝そしてイル・ハン国時代までの遺跡が残っています。中でも、紀元前6世紀にアケメネス朝のダレイオス1世(大王)が王位についたことを記念して彫られた摩崖碑は重要で、一般には英語読みの「ベヒストゥン碑文」として知られています。ここにはダレイオス1世の等身大の浅浮彫と並んで、彼の時代の帝国統治や歴史的事件等が楔形文字で記されています。1,200行に及ぶ碑文は、エラム語とバビロニア語そして古代ペルシャ語の3か国語でほぼ同じ内容が書かれており、この時代唯一残された歴史的文書であることもあり、古代言語学的にも歴史学的にもとても価値のあるものです。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)
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ピエモンテとロンバルディアのサクロ・モンテ群

Sacri Monti of Piedmont and Lombardy
ピエモンテとロンバルディアのサクロ・モンテ群
サクロ・モンテ(聖山)とは、聖書の物語を描いた絵画や彫刻を収める聖堂を山の中に築き、それらを巡礼することで信仰を深める宗教施設群のことです。サクロ・モンテを築く運動は、エルサレムやパレスチナなど聖地に代わる祈りの場をヨーロッパにつくるのが目的で、15世紀から16世紀初頭にかけて始まりました。当時、イスラム勢力の急速な拡大で、巡礼者にとって聖地へのアクセスが困難になっていたことが背景にありました。北イタリアのピエモンテとロンバルディアにある9つのサクロ・モンテには、16世紀後半から17世紀にかけての建築的特色が残る教会群があり、キリスト教信仰のさまざまな様相が表現されています。これらは、丘陵、森林、湖といった周囲の自然と見事に調和した景観を作り上げており、その深い美しさを可能にした技法も高く評価されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ピエンツァの歴史地区

Historic Centre of the City of Pienza
ピエンツァの歴史地区
ピエンツァはイタリア中部のトスカーナ地方にあり、15世紀半ば、都市計画に基づいてつくられた街です。それ以前は、コルシニャーノと呼ばれた小村でしたが、この地の出身で1458年にローマ教皇に選出されたピウス2世は、ルネサンス様式による「理想の街」に改造することを決めました。翌1459年に、フィレンツェの建築家であるベルナルド・ロッセリーノに設計を依頼し、3年後の1462年に大聖堂とピウス2世広場を完成させました。そして街の名称も、創建者のピウス2世にちなんで、「ピウスの町」という意味の「ピエンツァ」に改められました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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ビガンの歴史地区

Historic City of Vigan
ビガンの歴史地区
フィリピン北部、ルソン島の南シナ海を望む港街ビガンは、スペイン植民地時代の面影を色濃く残しています。 16世紀後半にスペインの植民地として築かれ、中国やメキシコとの交易の拠点として繁栄しました。街はスペインの都市計画に基づいて碁盤目状に整備されています。石畳の通りには、外観はスペイン風だが、中国やフィリピンの伝統的な建築様式が採用された家屋が並んでいます。石と木を組み合わせた家屋はタガログ語で「バハイ・ナ・バト」と呼ばれています。中国やイロカノ、フィリピンの要素が混在しているという点で、スペイン植民地であったラテンアメリカの諸都市とは顕著な違いが見られます。イロカノとは、ルソン島北西部のイロコス地域に住むマレー系の民族のことです。
地域: 東・東南アジア / 国名: フィリピン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ビキニ環礁-核実験場となった海

Bikini Atoll Nuclear Test Site
ビキニ環礁-核実験場となった海
日本から南東に約4,600㎞離れた太平洋の島国、マーシャル諸島共和国のビキニ環礁は、第2次世界大戦後に始まった冷戦下において、アメリカの核実験場となった場所です。アメリカは、住民を別の場所に強制的に移住させたうえで、1946年から1958年までマーシャル諸島のビキニ環礁及びエニウェトク環礁で合計67回の核実験を実施しました。一連の実験で使用された核兵器の累積は、広島型原爆の約7,000回分に匹敵し、環礁の地質や自然環境、生態系、被曝による人びとの健康被害など、重大な影響を及ぼしました。特に、23回もの核実験が行われたビキニ環礁はその象徴的な場所で、1946年の実験で環礁の底に沈んだ船や、1954年の水素爆弾「ブラボー」の実験でできた直径約2㎞の巨大なブラボー・クレーターなど、核実験の威力を伝える上で非常に重要かつ直接的な痕跡が残っています。アメリカによって10年あまり続いた核実験は、ビキニ環礁とマーシャル諸島の歴史を変えました。そしてビキニ環礁は、その歴史を通して、平和と地上の楽園という矛盾したイメージを持ちながらも、核時代の幕開けの象徴となり、同時に、軍縮を推進する国際的な運動の発展にもつながっていきました。マーシャル諸島で初の世界遺産として、2010年に登録されました。
地域: オセアニア / 国名: マーシャル諸島共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (iv)(vi)
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ピサのドゥオーモ広場

Piazza del Duomo, Pisa
ピサのドゥオーモ広場
イタリアのトスカーナ地方にあるドゥオーモ広場は、11~14世紀にかけて建設された世界的に有名な建築が残っています。広場は「ミラコリ広場」とも呼ばれます。これは、イタリアの小説家ダヌンツィオがこの広場を訪れた際に広場の風景に感嘆して「ミラコリ広場(奇跡の広場)」と称したことに由来します。広場にはヨーロッパ中世の建築様式を代表する大聖堂や洗礼堂、斜塔(ピサの斜塔)、カンポサント(墓地)があります。 
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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ビスカヤ橋

Vizcaya Bridge
ビスカヤ橋
スペイン北部バスク地方の港湾都市ビルバオ近郊のネルビオン川に架かるビスカヤ橋は、世界で初めてのゴンドラを使った運搬橋です。ポルトゥガレテとゲチョの2つの街を結ぶこの橋は、1893年に完成し、橋げたは全長160m、船の運航に支障がないよう水面から45mにあり、橋げたに吊るされた巨大なゴンドラに人や車などを乗せて対岸へ移動します。ビスカヤ橋のゴンドラは今も現役で稼働しており、約2分で対岸へ渡ることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (i)(ii)
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ヒッタイトの首都ハットゥシャ

Hattusha: the Hittite Capital
ヒッタイトの首都ハットゥシャ
ハットゥシャはトルコの首都・アンカラから東へ約150kmのアナトリア高原に位置し、紀元前17世紀から紀元前13世紀に繁栄したヒッタイト王国の首都の遺跡で、全長約8kmに及ぶ城壁が都市全体を取り囲んでいました。ヒッタイト人は初めて鉄器を利用した民族として知られていて、めざましい製鉄技術を有していたのが特徴的です。鉄製の武器や馬に引かせた戦車を使うなどして戦況を優位に進め、強国として繁栄しました。紀元前12世紀頃に「海の民」と呼ばれる民族の襲撃に遭い、滅亡することになりますが、その実態の多くがわかっておらず、謎めいています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ピマチオウィン・アキ

Pimachiowin Aki
ピマチオウィン・アキ
カナダ中部のマニトバ州にあるマニトバ湖東岸からオンタリオ州にかけて広がる面積約2万9,000㎢の広大な土地がカナダ初の複合遺産として登録されました。ベレンズ川、ブラッドベイン川、ピジョン川、ポップラー川の源流にある「ピマチオウィン・アキ」とは、先住民アニシナアベ族の言葉で「命を与えてくれる土地」という意味です。ピマチオウィン・アキには「ブラッドベイン川」「リトル・グランド・ラピッズ」「パウインガッシ」「ポップラー川」という4つのアニシナアベ族の共同体の伝統的な土地が含まれています。川や湖、湿地によって分断された森林地帯で、アニシナアベ族は7,000年以上にわたり狩猟や漁労、採集などを行いながら自然と共存してきました。
地域: 北米 / 国名: カナダ / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (iii)(vi)(ix)
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ピュー族の古代都市群

Pyu Ancient Cities
ピュー族の古代都市群
ミャンマー中部に位置するピュー族の古代都市群は、紀元前200年頃から紀元後900年頃にかけて繁栄したピュー族の王国の遺跡です。ピュー族は、ビルマ族がこの地域に進出する以前からエーヤワディー川流域に居住していた、チベット=ビルマ系の民族です。ハリン、ベイッタノ、シュリ・クシェートラの3つの都市遺跡は、いずれもレンガ造りの城壁で囲まれており、内側には宮殿や埋葬地、ボーボージーパゴダと呼ばれる仏塔が残されています。城壁で街を囲み、中央に宮殿を配置する都市構造は、古代インドの宗教観に影響を受けたものと考えられています。交易の拠点として栄えたこの地域には、約2,000年前に東南アジアに伝来した仏教によって経済的・社会的・文化的な変化がもたらされました。文献記録によると、ピュー族の王国は東南アジア最古の仏教都市国家とされています。しかし、9世紀に入ると中国雲南地方を基盤に勢力を拡大した南詔からの攻撃を受け、急速に衰退しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: ミャンマー連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-

Hiraizumi – Temples, Gardens and Archaeological Sites Representing the Buddhist Pure Land
平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-
平泉は東北地方の奥州に位置し、11~12世紀に栄えた、短命ながらも華やかな都でした。山々や池を巧みに取り入れた4つの浄土庭園は、極楽浄土の理想を現実に映し出す美しい景観で、仏の教えによる理想の世界「仏国土」を空間として表現しています。また、当時は仏の教えが衰えるとされる「末法の時代」と考えられていたことから、浄土への強い願いが込められていました。金鶏山を中心とした自然との調和も見どころで、日本の庭園文化の真髄を味わえる貴重な場所です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(vi)
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ビリニュスの歴史地区

Vilnius Historic Centre
ビリニュスの歴史地区
リトアニアの首都ビリニュスは、13世紀から18世紀後半まで「リトアニア大公国」の中心として発展してきた歴史ある都市です。15世紀建造のケジミナス城跡や、16世紀創立のビリニュス大学などの歴史ある建物が特徴です。さらに、ゴシック様式の聖ニコライ教会やバロック様式の聖ペテロ・パウロ教会など、異なる建築様式の建物が残っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: リトアニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミヒャエル聖堂

St Mary's Cathedral and St Michael's Church at Hildesheim
ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミヒャエル聖堂
ドイツ北部のヒルデスハイムにある聖ミヒャエル聖堂と聖マリア大聖堂は、どちらもロマネスク時代の建築様式を理解するうえで非常に貴重な内部装飾の要素を数多く含んでいます。2つの建物は800mほど離れており、1015年に造られた「聖マリアの青銅の扉」は創世記とキリストの生涯を描いていて、聖ミヒャエルの青銅柱(1020年頃)はトラヤヌスの柱に着想を得た螺旋装飾で新約聖書の場面を表現しています。これらは古代以来で初めての大規模な鋳造作品で、どちらもベルンヴァルト司教の依頼によって制作されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ヒロキティアの考古遺跡

Choirokoitia
ヒロキティアの考古遺跡
「ヒロキティアの考古遺跡」はキプロス島南岸から約6㎞、マロニ川の湾曲部分に囲まれた丘陵の斜面に位置し、紀元前7,000年から前4,000年頃に造られた地中海最古級の集落遺跡と考えられています。紀元前1万年頃にアジアで興った新石器文化は,紀元前8,000年から前7,000年頃にキプロス島へ伝わり、その後地中海全域へ広がりました。ヒロキティアの考古遺跡には、この伝播の過程を見ることができる点が貴重とされています。遺跡は1934年に発見され、1936年から1946年にかけて発掘調査が行われました。1977年以来、アラン・ル・ブラン(パリ国立科学研究センター)の指揮の下で発掘調査が進められています。
地域: ヨーロッパ / 国名: キプロス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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広島平和記念碑(原爆ドーム)

Hiroshima Peace Memorial (Genbaku Dome)
広島平和記念碑(原爆ドーム)
原爆ドームは、1945年8月6日に広島に投下された人類史上初の原子爆弾によって被曝した建物です。爆心地からわずか西北約150mの至近距離で壊滅的な被害を受けながらも、中心部分は倒壊を免れ、今なお当時の姿をとどめています。この建物は核兵器の悲惨さを伝える象徴であり、核兵器廃絶と世界の恒久平和を願う平和記念碑として、国境を越えて半世紀以上にわたり平和の尊さを伝え続けています。毎年8月6日には、原爆慰霊碑の前で「平和記念式典」が行われ、原爆投下の時刻に合わせて黙とうが捧げられます。この式典では平和宣言が読み上げられ、未来に向けた核兵器廃絶の誓いが世界に向けて発信されます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (vi)
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ファールス地方にあるササン朝の考古学的景観

Sassanid Archaeological Landscape of Fars Region
ファールス地方にあるササン朝の考古学的景観
イラン南西部のファールス地方には、3世紀から7世紀にかけてこの地を支配したササン朝時代の要塞や宮殿など8カ所の考古学遺跡が点在しています。遺跡はササン朝の最古期のものと末期のもので、最古期のものはフィールズアーバードにあるササン朝の始祖アルダシール1世の城やレリーフと円形都市跡、そしてビシャプールにある第2代シャープール1世の都市遺跡です。これらは3世紀のものです。末期の遺跡はサルヴェスターンにある7世紀の宮殿跡です。都市遺跡はいずれも周辺の自然と地形を最大限活用して建造されています。建物にはアケメネス朝やパルティアの伝統様式に加えてローマの影響も見てとれ、さらにその後のイスラム建築に大きな影響を与えました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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ファールンの大銅山地域

Mining Area of the Great Copper Mountain in Falun
ファールンの大銅山地域
スウェーデン中部、ダーラナ地方の山あいに位置する「ファールンの大銅山地域」は、かつて全世界の銅の3分の2を産出した大銅山の跡地です。この地での銅採掘の歴史は古く、8~9世紀から1992年まで、約1,000年にわたって採掘が続けられました。銅山跡には、深さ90mもある露天掘りの採掘坑や廃石・土砂の山、工場、住宅、最盛期であった17世紀頃の採掘設備などが残っています。また、旧市街地には17世紀に計画され、ファールン大聖堂をはじめとする街の繁栄を物語る歴史的な建造物が現存しています。ファールンの大銅山地域は、自由な鉱山労働者が株式を所有する共同運営組織であったこともあり、世界有数の鉱山地域におけるかつての生活様式が鮮やかに描き出されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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ファジル・ゲビ、ゴンダールの遺跡群

Fasil Ghebbi, Gondar Region
ファジル・ゲビ、ゴンダールの遺跡群
エチオピアの北西部、標高約2,000mの高地にあるゴンダールは、17世紀初頭にエチオピア帝国の首都として繁栄した町です。エチオピア帝国の始まりは、概ね13世紀頃で、以後長く繁栄し、19世紀末の列強によるアフリカ分割に際しても、リベリアとともに独立を保った、数少ないアフリカの国家でした。ゴンダールはエチオピア帝国の最初の定住首都として機能し、1979年に世界遺産に登録されました。首都を造営したのは皇帝ファシラダスであり、小高い丘の上に王宮群も造営し、それらは「ファジル・ゲビ」と呼ばれました。ファシラダスは庶民の崇敬を集め、エチオピア帝国の黄金時代をもたらしました。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (ii)(iii)
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