World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(vi))

曲阜の孔廟、孔林、孔府

Temple and Cemetery of Confucius and the Kong Family Mansion in Qufu
曲阜の孔廟、孔林、孔府
紀元前551年頃、孔子は山東半島の付け根近くに位置する小国、魯の曲阜にて武人の父のもとに生まれました。しかし、父が晩年の時の子であったため、幼い頃に両親とも死別しています。孔子は早くから学問を志して官職に就き、54歳で魯の大臣となって国政改革を図りましたが、受け入れられることはありませんでした。その後は職を辞し、諸国を遊説して自らの理想の実現を説いて回りました。10年以上の流浪生活を経て、69歳で故郷の曲阜に帰郷し、余生を門下生の教育に捧げました。その門下生は3,000人にものぼるといわれています。紀元前479年に74歳で没しましたが、弟子の手によって編纂された言行録『論語』や、孔子の著書とされる歴史書『春秋』が、今もその思想を伝えています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (i)(iv)(vi)
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ギョベクリ・テペ

Göbekli Tepe
ギョベクリ・テペ
ギョベクリ・テペは、文明発祥の地とされるメソポタミア地域に位置し、アナトリア南東部シャンルウルファ県オレンジク村の近くにある遺跡です。ここでは、新石器時代の神殿と考えられている巨石建造物が発見されています。1994年、ドイツ考古学研究所によるの発掘調査の結果、人類がまだ狩猟採集の生活を営んでいた約1万1,500年前に、世界で最も古い信仰の痕跡が見られることが分かりました。それまでの研究では、農耕が始まることで人類が定住生活を送るようになり、貧富の差がうまれ、やがて宗教的権力者が現われ、神殿が建てられるという文明発達の過程が定説とされてきました。狩猟採集の時代、人々は食料を求めて移動生活を送っていたため、大規模な建造物は存在しないとされていたのです。しかし、ギョベクリ・テペの発見はこの定説を覆し、農耕が始まる以前から神殿を建設するほど発達した文明の存在を示しているのです。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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慶州の歴史地区

Gyeongju Historic Areas
慶州の歴史地区
慶尚北道にある慶州は、3~10世紀に新羅王国の首都・金城として朝鮮半島の中心地として栄えました。市内外に広がる200以上の緑の丘は、新羅王たちの古墳群であり、7世紀の半島統一後には、中国の大都市を手本として都市の拡張・整備が行われました。仏像やレリーフ、仏塔、寺院跡、宮殿跡などが集中して保存され、7~10世紀に花開いた独自の仏教美術や建築様式を今に伝えています。特に南山地区には、110以上の寺院跡、80近い石仏、60以上の石塔が山中に残り、訪れる人々に壮大な歴史の痕跡を感じさせます。また、月城跡には人工池のアナプチやイムヘジョンが残されており、当時の都市計画や生活文化をうかがい知ることができます。さらに、東海岸沿いや戦略的拠点に築かれた城塞群も保存されており、新羅王朝の長期支配と文化的繁栄を示す貴重な証拠となっています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)
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キリグア遺跡公園

Archaeological Park and Ruins of Quirigua
キリグア遺跡公園
キリグアは、グアテマラ東部のホンジュラス国境近くにあるマヤ文明の都市遺跡です。紀元200年頃に、マヤの都市国家コパンの影響を受けて建設されたと考えられています。マヤ古典期の時代、この地域では金や銀などの金属が存在せず、特に翡翠は最高価値の宝石として珍重されており、周辺のモタグア川渓谷では翡翠や黒曜石が大々的に採掘されていました。そのため、キリグアは翡翠と黒曜石をほぼ独占し、カリブ海沿岸地域との交易で大いに繁栄しました。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: グアテマラ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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キレーネの考古遺跡

Archaeological Site of Cyrene
キレーネの考古遺跡
キレーネの考古遺跡は、リビア北東部にあるギリシャ式の都市の遺跡です。その起源は、エーゲ海のテラ島(現在のサントリーニ島)の人々によって築かれたとされています。言い伝えでは、人口増加や干ばつに苦しんだテラ島の人々が、デルフィで信託を受け、サントリーニ島から船でリビアへ渡り、新天地に都市を建設したといいます。都市名キレーネは、アポロンに愛された泉の女神に由来すると伝えられています。キレーネは地中海貿易の拠点として栄え、アテネやシラクサに次ぐ規模のアクロポリスも築かれました。前4世紀にはアレクサンドロス大王に服属し、その後エジプトのプトレマイオス朝の支配を経て、ローマ帝国の属州となりました。ローマ支配下ではその後、反乱による破壊、ハドリアヌス帝による再建、地震と津波などを経験し、都市は次第に衰退しました。そして7世紀後半、イスラム勢力によって征服され、歴史の舞台から姿を消しました。
地域: アフリカ / 国名: リビア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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キンデルダイク-エルスハウトの風車群

Mill Network at Kinderdijk-Elshout
キンデルダイク-エルスハウトの風車群
ロッテルダム南東に位置するキンデルダイクとエルスハウトに、18世紀に建造された19基の排水用風車は、低地で暮らす人々が水害と共生してきた創意・工夫の歴史を伝えています。オリエントに起源を持つ風車は、12世紀頃に十字軍によってオランダに伝えられたとされています。当初は製粉用に使われましたが、やがて排水用に改良され、18世紀半ばに排水用風車がつくられました。風車は水害を防ぐだけでなく、湿地帯を農地や牧草地に変え、オランダを農業大国に変貌させました。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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グアダラハラの救貧施設

Hospicio Cabañas, Guadalajara
グアダラハラの救貧施設
19世紀初期、メキシコ中西部の都市グアダラハラに、孤児や高齢者、障害者など、恵まれない人々のための施設が建設されました。この救貧施設は「オスピシオ・カバーニャス」と呼ばれた新古典主義の建物で、平面は幅164m、奥行き145mの長方形をしており、高さが7.5mある内部はバリアフリーの設計になっています。建物内部の壁や天井は、1920年代に興ったメキシコ壁画運動の一環として制作された壁画で覆われています。なかでも、併設された教会の主礼拝堂のドーム型天井を飾る『炎の人』は、壁画運動の推進者であるホセ・クレメンテ・オロスコの最高傑作といわれています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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グアナフアトの歴史地区と鉱山

Historic Town of Guanajuato and Adjacent Mines
グアナフアトの歴史地区と鉱山
グアナフアトはメキシコ中央部の標高2000mの場所に位置し、16世紀に銀鉱山が発見されたことをきっかけに植民都市が築かれました。18世紀には世界有数の銀の採掘地となり、銀産出量は全世界の4分の1を占めるほどでした。しかし銀によって富を得ていたのは一部のスペイン人であったため、19世紀初頭には都市周辺で反乱軍が蜂起し、メキシコ独立運動で反乱軍が初勝利をおさめました。また本世界遺産は2010年に登録された世界遺産「カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ」にも含まれています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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クエンカのサンタ・アナ・デ・ロス・リオス歴史地区

Historic Centre of Santa Ana de los Ríos de Cuenca
クエンカのサンタ・アナ・デ・ロス・リオス歴史地区
クエンカのサンタ・アナ・デ・ロス・リオス歴史地区はエクアドル南部、キトの南約300㎞、標高2,580mの高地にあります。ここは1557年にスペインのカルロス5世の命で建設された植民都市で、ラテンアメリカにおけるスペインの都市計画(ルネサンス様式)の代表的な例です。ここには先住民インカ・カナリ族が住んでいましたが、彼らの文化とこの地の気候風土にスペイン建築を融合させ、独特の様式となりました。主要な建物としては、新旧の大聖堂、サント・ドミンゴ教会そしてカルメル会修道院があります。この街は19世紀に抗マラリア薬の「キニーネ」とパナマ帽の生産と輸出で繁栄しました。
地域: 南米 / 国名: エクアドル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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クサントスとレトーン

Xanthos-Letoon
クサントスとレトーン
クサントスとレトーンは2つの隣り合った遺跡で、トルコ南西部アンタルヤ県とムグラ県の境界、地中海沿岸のリュキア地方にあります。海洋民族のリュキア人は、アナトリア、ギリシャ、ローマ、ビザンツの異なる時代の文明が混じり合った独自の文化を作り上げました。その政治的・宗教的中心地となったクサントスとレトーンには、岩や石柱にリュキア語とギリシャ語で書かれた文字が刻まれ、紀元前5世紀のクサントスの王子ケレイの人生や、彼らが使っていたインド・ヨーロッパ語族の言語を知る重要な手掛かりになっています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (ii)(iii)
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クタマク:バタマリバ人の土地

Koutammakou, the Land of the Batammariba
クタマク:バタマリバ人の土地
トーゴ北東部とベナンにまたがるクタマクには、バタマリバと呼ばれる人々が暮らしており、彼らの独特な泥で作られた塔の家々は「タキエンタ」(複数形では「シキエン」)と呼ばれています。ここでは、自然は社会の儀式や信念と深く結びついており、塔状の家々の建築が社会構造を反映していること、農地や森林、そして人々と風景の結びつきにより、特別なものとなっています。建物は村単位でまとまっており、儀式のための空間、泉、聖なる岩、そして成人の儀式のための特別な場所も含まれています。クタマクは、自然環境と調和しながら生活する人々の土地利用の卓越した例で、この文化的景観は、独特な特徴を持っています。タキエンタは、技術的・実用的・象徴的な役割を果たす基本的な家族住居で、住居スタイルは、円形や楕円形の形状を基にしており、「大地を形作る人々」を意味するディタマリ語のバタマリバによる独創的な発明です。
地域: アフリカ / 国名: トーゴ共和国, ベナン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (v)(vi)
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クトナー・ホラ歴史地区の聖バルボラ教会とセドレツ地区の聖母マリア大聖堂

Kutná Hora: Historical Town Centre with the Church of St Barbara and the Cathedral of Our Lady at Sedlec
クトナー・ホラ歴史地区の聖バルボラ教会とセドレツ地区の聖母マリア大聖堂
クトナー・ホラは、チェコ共和国の中央部にある都市で、首都プラハから東へ65㎞に位置します。中部ボヘミア地方の山あいにある小さな街でしたが、13世紀後半に銀鉱脈が発見されたことで、一躍ボヘミア王国にとって経済的な要地として発展しました。銀生産による富を得て、14世紀から15世紀に聖堂などの多くの壮麗な建物がつくられ、ヨーロッパ中央部の建築物に影響を与えました。18世紀には銀鉱脈の枯渇により街は衰退していきましたが、繁栄した時代の記憶を残す街並みは残されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: チェコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (ii)(iv)
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クフナ ‐ ウルゲンチ

Kunya-Urgench
クフナ ‐ ウルゲンチ
『クフナ‐ウルゲンチ』は、トルクメニスタン北西部のアム川のほとりに広がる古代都市です。古くはアケメネス朝の一部で、10世紀末にはホラズム朝の都として大きく発展しました。旧市街には11~16世紀の遺跡が残り、モスクや隊商宿の門、要塞都市跡、霊廟、そして高さ60mのミナレットなどが点在します。これらは当時の建築技術の粋を集めたもので、土や焼成レンガで作られた建物からは中央アジアのイスラム建築の多様な装飾や工法を学ぶことができます。その優れた技術は周辺地域やムガル帝国にも大きな影響を与えました。
地域: 西・南アジア / 国名: トルクメニスタン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)
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グラーツ:歴史地区とエッゲンベルク城

City of Graz – Historic Centre and Schloss Eggenberg
グラーツ:歴史地区とエッゲンベルク城
ウィーンに次ぐ歴史的な都市 オーストリア南東部にあるグラーツは、シュタイアーマルク州の州都としても知られる、首都ウィーンに次ぐ同国第二位の都市です。人類がこの地に住み始めたのは、新石器時代まで遡ります。14世紀にハプスブ
地域: ヨーロッパ / 国名: オーストリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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クラック・デ・シュヴァリエとカラット・サラーフ・アッディーン

Crac des Chevaliers and Qal’at Salah El-Din
クラック・デ・シュヴァリエとカラット・サラーフ・アッディーン
シリアに十字軍時代の様子を表す二つの要塞が残っています。その内の一つクラック・デ・シュヴァリエとは「騎士の城」という意味であり、1142年から1271年にかけて聖ヨハネ騎士団によって建設されました。小高い丘の上に建てられ、当時の建築技術の粋を集めたので、難攻不落の要塞として有名です。また、13世紀後半にはマムルーク朝によってさらに建設が進められ、十字軍時代の要塞の中でも最も保存状態の良い要塞の一つとなっています。そのことから、映画『アラビアのロレンス』で知られるT.E.ロレンスも「世界で最も美しい城」という言葉を残しています。
地域: 西・南アジア / 国名: シリア・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iv)
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グラン・プレの景観

Landscape of Grand Pré
グラン・プレの景観
ここはカナダ東部ノヴァスコシア州のミナス湾の湿原帯と考古遺跡群で、広さは13㎢以上あります。ここには17世紀にフランス系入植者(アカディア人)が環境に適応して農地開発を進めてきた歴史が残されています。彼らは世界で最も干満差が激しい(平均11.6m)といわれるこの地に、堤防や木製水門システム(アボトー)を用いて広大な干拓農地をつくり出しました。さらに、その土地区画の方法や作物栽培法は何世紀にもわたって受け継がれ、彼らの生活様式の跡と合わせて、きわめて重要な考古学的遺跡ともなっています。アカディア人は1755年のグラン・デランジュマンと呼ばれる出来事でこの地を追放されてしまいましたが、彼らの入植と農地開発の象徴的な風景が残されています。
地域: 北米 / 国名: カナダ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (v)(vi)
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グレート・ブルカン・カルドゥン山と周辺の聖なる景観

Great Burkhan Khaldun Mountain and its surrounding sacred landscape
グレート・ブルカン・カルドゥン山と周辺の聖なる景観
モンゴル北東部ヘンティー山脈の中央に位置し、古くからモンゴルのシャーマニズムの信仰の聖地でオボーと呼ばれる石塚がたてられています。オボーには祖先の霊が宿っていると考えられており、神の象徴となるものや絹などが木の棒に結びつけられています。この地ではモンゴル古来のシャーマニズムと仏教が融合した祭事が行われています。またこの地は中央アジアステップとシベリア・タイガが交わる特殊な自然景観が広がり、レッドリストに登録されている動植物も生息しています。
地域: 東・東南アジア / 国名: モンゴル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (iv)(vi)
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クロムニェジーシュの庭園と宮殿

Gardens and Castle at Kroměříž
クロムニェジーシュの庭園と宮殿
クロムニェジーシュはチェコ東部の都市です。1497年にオロモウツの司教が就任したのを機に、街の再建が始まりました。三十年戦争で荒廃しましたが、その後、再興を遂げていく中で、バロック様式が採用されました。イタリアを起源とする初期バロック建築の様式が、絵画をはじめとする美術や庭園のあり方にも影響を与え、発展していきました。バロック建築様式がもたらした文化は、ドナウ川流域へと広がっていきました。
地域: ヨーロッパ / 国名: チェコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iv)
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クンタ・キンテ島と関連遺跡群

Kunta Kinteh Island and Related Sites
クンタ・キンテ島と関連遺跡群
クンタ・キンテ島は、ガンビア共和国の西部、ガンビア川の河口に浮かぶ小さな島です。川の河口に位置することから、水路を制圧するうえで戦略的な要衝となっていました。ガンビア川はアフリカ内陸部に向かうルートとして重要な役割を担っていました。クンタ・キンテ島にはインドへの航路を探る探検家や商人が訪れ、アフリカとヨーロッパの初期の文化交流地の一つとなりました。ポルトガルが地元の支配者から島を1456年までに奪い取り,要塞の建設を始めました。島には15世紀から20世紀にかけてヨーロッパ各国が築いた要塞や、奴隷の収容所などの遺構が残っています。
地域: アフリカ / 国名: ガンビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (iii)(vi)
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京杭大運河

The Grand Canal
京杭大運河
『京杭大運河』は、中国の東部から中央部の平原を縦断する運河であり、北は北京市から南は杭州市までを結んでいます。紀元前5世紀から開削が始まり、604年に隋の煬帝が即位すると、これまでに掘られていた運河に加えて、新たに黄河と淮河を結ぶ通済渠や、黄河と天津を結ぶ永済渠、長江から杭州を結ぶ江南河が開削され、大運河が完成しました。これによって政治の中心である河北と、経済の中心である河南が結ばれ、江南の穀物・物産の河北への供給や、軍隊の移動などに活用されました。しかし、このような大運河の建設や、周辺諸国への遠征が隋の経済を圧迫し、各地で反乱が起きて隋は倒されることになりました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)(vi)
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ゲガルト修道院とアザート渓谷上流域

Monastery of Geghard and the Upper Azat Valley
ゲガルト修道院とアザート渓谷上流域
アルメニア中西部、アザート峡谷上流域の標高1,700mの地に、4~13世紀に築かれた修道院や墓が多数残されています。岩山に囲まれたこの場所に修道院が造られ始めたのは、アルメニアでキリスト教が国教となった4世紀初頭のことです。初期には岩をくり抜いて建てられたことから「アイリヴァンク(洞窟の修道院)」とも呼ばれました。ゲガルトとは「槍」を意味しており、イエス・キリストが十字架刑に処された時、イエスの死を確認するために脇腹を刺したとされる「ロンギヌスの槍」がこの地で発見されたことに由来しています。槍は使徒タッデウスにより持ち込まれたとされ、聖遺物として500年間この修道院に安置されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: アルメニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)
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開城歴史遺跡地区

Historic Monuments and Sites in Kaesong
開城歴史遺跡地区
北朝鮮南部にある開城(ケソン)は、10~14世紀まで繁栄した高麗(918~1392年)の都となった場所です。高麗は、新羅を倒して王建が建てた王朝で、モンゴルの支配を受けながらも1392年に朝鮮王朝が出来るまでは朝鮮半島で圧倒的な力を有していました。その都でもあった開城の歴史遺跡地区は、満月台(マンウォルデ)宮殿跡や王建の陵墓、天文・気象観測所であった瞻星台(チョムソンデ)、二つの教育機関や三重の城壁跡など、12の構成資産から成り立っています。教育機関とは、高麗時代の最高学府であった高麗成均館(ソンギュングァン)と、儒教の私塾であった崧陽(スンヤン)書院を指します。
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ゲディの旧市街と考古遺跡

The Historic Town and Archaeological Site of Gedi
ゲディの旧市街と考古遺跡
ケニア南東部の沿岸にあるゲディの都市は、10世紀から17世紀にかけて東アフリカ沿岸で最も重要なスワヒリ都市のひとつでした。スワヒリとはアラビア語で「海岸」を意味し、東アフリカの沿岸部で使用されているスワヒリ語などが有名です。この地域ではアラブ商人が頻繁に往来し、アフリカの言語とアラビア語が混ざって独自の文化が形成されました。その中で、特に15世紀から17世紀にかけてゲディは栄えたと言われています。17世紀には水不足などが原因で放棄されたので、現在は遺構だけが残っていますが、当時の繁栄ぶりを示してくれます。
地域: アフリカ / 国名: ケニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ケブラーダ・デ・ウマウアカ

Quebrada de Humahuaca
ケブラーダ・デ・ウマウアカ
アルゼンチン北西端、アンデス山脈上に位置する「ケブラーダ・デ・ウマウアカ」は、グランデ川の浸食作用によって形成された、南北に約155kmにわたる渓谷です。アンデス高地の寒冷な高地砂漠高原から、温暖で湿潤な気候をもつフフイ渓谷まで広がるこの地には、1万年以上にわたり交易路として渓谷が利用されてきたことを示す遺跡が点在しています。 これらの遺跡には、先史時代の狩猟採集民および初期農耕社会(紀元前9000〜後400年)、大規模に組織化された農業社会(400〜900年)、繁栄した町や村(900〜1430年または1480年)、インカ帝国時代(1430年または1480〜1535年)、さらにはスペインによる町や村、教会(1535〜1810年)、アルゼンチン独立闘争(1810年〜20世紀)の痕跡が含まれています。
地域: 南米 / 国名: アルゼンチン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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ケベック旧市街の歴史地区

Historic District of Old Québec
ケベック旧市街の歴史地区
カナダ東部のケベックは、1608年にフランスの探検家サミュエル・ド・シャンプランが丸太造りの砦を築いたことに始まる、北米で唯一城塞が保存されている都市です。当時、イギリスとフランスは北米における植民地建設をめぐって争っており、ケベックはフランスの植民地「ヌーヴェル・フランス(新しいフランス)」の要衝として建設されました。その後、ケベックはイギリス領となりましたが、街にはフランス文化の香りが色濃く残りました。1774年にはイギリスによってケベック法が制定され、フランスの民法の効力、信仰の自由、そしてフランス語の使用が認められています。
地域: 北米 / 国名: カナダ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (iv)(vi)
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ゲベル・バルカルとナパタ地域の遺跡群

Gebel Barkal and the Sites of the Napatan Region
ゲベル・バルカルとナパタ地域の遺跡群
ナイル川流域には、クシュ王国の文化を物語る重要な遺跡群が広がっています。クシュ王国はアフリカ最古級の黒人国家であり、紀元前900年から前270年にかけて栄えたナパタ文化と、前270年から後350年にかけて栄えたメロエ文化の2つに分かれています。前10世紀にクシュ王国が誕生し、前730年にはピアンキ王がエジプト全域を統治することになります。そこから約70年という長いナパタ王国時代が続きます。遺跡群にはピラミッド付きの墓、寺院、住居、宮殿などが含まれています。これらの遺跡は、古代の建築技術や宗教儀式を今に伝える貴重な証拠となっており、古代文明の深い歴史を感じさせます。また、当時の社会構造を理解するための手がかりとして非常に重要です。
地域: アフリカ / 国名: スーダン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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ケルンの大聖堂

Cologne Cathedral
ケルンの大聖堂
1248年の着工から途中約300年の中断を経て、着工開始から632年後の1880年にこの大聖堂は完成しました。フランスでの大聖堂建築に携わっていたゲルハルトによる構想が幾世代もの設計担当者によって引き継がれ、また、度重なる資金不足等の影響から幾段階にも分けて建設が行われたにも拘わらず、カトリックへの信仰と原設計(当初の設計)を忠実に継承した純粋なゴシック様式の聖堂として建設されました。ラテン十字型の五廊式のバシリカは全長144m、翼廊幅86m、ファサードの塔高は157mの規模を誇ります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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ケレタロ州シエラ・ゴルダのフランシスコ会ミッション

Franciscan Missions in the Sierra Gorda of Querétaro
ケレタロ州シエラ・ゴルダのフランシスコ会ミッション
シエラ・ゴルダの五つのフランシスコ会ミッションは、18世紀半ばのメキシコ内陸部におけるキリスト教化の最終段階として建設されました。教会の豪華な装飾が施された正面のファサードには、宣教師と先住民族との異文化交流の模範を示しています。この価値観などの融合の結果で生まれた建築は、二つの社会と自然環境と文化的な共存を証言しています。豊かで複雑な図像的要素は、両文化の精神性とビジョンを忠実に反映した創造的な作品です。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (ii)(iii)
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ケレタロの歴史的建造物地区

Historic Monuments Zone of Querétaro
ケレタロの歴史的建造物地区
ケレタロの歴史的建造物地区は、スペイン征服者たちが築いた幾何学的な街路計画と、先住民居住区の曲がりくねった街路が隣り合わせに残るという、他に例を見ない都市です。それは17世紀に急激に発展し、18世紀にかけて華麗なバロック様式の建築が数多く建てられました。都市はメキシコ・シティに向かう道の通過点に位置していたこともあり、重要な拠点でした。また19世紀にはメキシコ皇帝マクシミリアーノが処刑された地としても知られており、メキシコの歴史的転換期にも立ち会った都市でもあります。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (ii)(iv)
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建築家ヴィクトール・オルタによる主な邸宅(ブリュッセル)

Major Town Houses of the Architect Victor Horta (Brussels)
建築家ヴィクトール・オルタによる主な邸宅(ブリュッセル)
ヴィクトール・オルタは、19世紀末の建築に革命をもたらしたアール・ヌーヴォー様式の創始者の一人です。ベルギーの首都ブリュッセルにある彼が設計したタッセル邸、ソルヴェイ邸、ヴァン・エドヴェルド邸、そして自身の住宅兼アトリエの4つの主要な邸宅は、この新しい芸術運動の最も優れた初期の作品群であり、その影響力は現代建築にも及んでいます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ベルギー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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