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チャビンの考古遺跡
Chavin (Archaeological Site)
チャムパーサックの文化的景観にあるワット・プーと関連古代遺跡群
Vat Phou and Associated Ancient Settlements within the Champasak Cultural Landscape
チャン・アンの景観関連遺産群
Trang An Landscape Complex
チャンチャンの考古地区
Chan Chan Archaeological Zone
昌徳宮
Changdeokgung Palace Complex
チャンパネール ‐ パーヴァガドゥ遺跡公園
Champaner-Pavagadh Archaeological Park
中国南部のカルスト地帯
South China Karst
中国の丹霞地形
China Danxia
チュニスの旧市街
Medina of Tunis
チュニジア北東部の肥沃な平野地域に位置し、海から数kmの場所にあるチュニスのメディナは、698年に設立されたマグリブ地方で最初のアラブ・イスラムの街のひとつです。12世紀から16世紀にかけて、ムワッヒド朝とハフス朝の統治下で、チュニスはアラブ世界で最も偉大で豊かな都市のひとつとされました。この時期およびそれ以前の時期の証拠は、現在も数多く残っています。16世紀から19世紀にかけては、新たな勢力が都市に多くの宮殿や邸宅、大モスク、ザウィア、マドラサを建てました。登録された土地は約3㎢におよび、アラブ・イスラム都市のすべての特徴を備えています。それは、中央メディナ(8世紀)と北と南の郊外(13世紀)から構成されています。およそ700の歴史的建造物が7つのエリアに分布しており、特に注目すべきものには、ザイトゥーナ・モスク、カスバ・モスクなどがあります。
澄江の化石出土地域
Chengjiang Fossil Site
朝鮮王朝の王墓群
Royal Tombs of the Joseon Dynasty
チョンゴニの岩絵地区
Chongoni Rock-Art Area
チリビケテ国立公園:ジャガー崇拝の地
Chiribiquete National Park – “The Maloca of the Jaguar”
チレント・ディアノ渓谷国立公園及び遺跡群と修道院
Cilento and Vallo di Diano National Park with the Archeological sites of Paestum and Velia, and the Certosa di Padula
チロエの教会堂群
Churches of Chiloé
ツォディロの岩絵群
Tsodilo
ティヴォリのエステ家別荘
Villa d'Este, Tivoli
イタリア中部、ローマ郊外にある街ティヴォリは、ローマの貴族の別荘地として名高い場所でした。北イタリアの有力な貴族であったエステ家の出身である枢機卿イッポリート・デステは、1550年にティヴォリ総督に任命された際に、新しい地位にふさわしい宮殿の建設を計画しました。ベネディクト会の修道院だった建物を住居として改装して、その周囲に大規模な庭園を造らせました。別荘全体の総面積は4万5000㎡に及び、革新的な設計はナポリの建築家ピッロ・リゴーリオが担当しました。丘を削って二つの斜面をつくり、水道橋や地下運河を築いて、近くを流れるアニエーネ川からの豊富な水を確保し、500以上の噴水を持つ庭園を築き、ルネサンス庭園の代表作となりました。
ティヴォリのハドリアヌス別荘
Villa Adriana (Tivoli)
ティヴォリは、ローマの東方30㎞に位置するラツィオ州の田園地帯を見下ろす丘の上にあります。穏やかな気候と豊かな自然に恵まれた一帯は、古くからローマ人達の別荘地として利用されて来ました。ヴィッラ・アドリアーナは、ローマ帝国の五賢帝のひとりであるハドリアヌス帝が、紀元117年から138年にかけて建設した別荘で、その敷地面積は1.2㎢に及びます。彼が帝国の属州を視察する中で、感銘を受けたエジプト、ギリシア、ローマなどの優れた景色や建造物の様々な要素を組み合わせて、「理想の都市」を再現しました。ハドリアヌス帝の死後、別荘は放棄されましたが、1461年に再発見されました。この別荘の建造物を研究することで、後世、特にルネサンス、バロック時代の建築家に大きな影響を与えました。
ティエベレの王宮
Royal Court of Tiébélé
ティエラデントロ国立考古公園
National Archeological Park of Tierradentro
ティカル国立公園
Tikal National Park
グアテマラの北部の密林にあるティカル国立公園には、ユカタン半島で興ったマヤ文明の最大級の都市遺跡が残っています。1696年にスペイン人によって発見されたこの都市は、当時ローマ帝国の遺跡と間違えられた程。また、マヤ文字が解読されていなかったので詳しいことはわかりませんでした。ところが19世紀半ばのアメリカの外交官、ジョン・ロイド・ステファンズの徹底的な調査の結果、これらはローマ帝国の遺跡ではなく、先住民の祖先が築いたものだということがわかり始めました。さらに1950年代後半にマヤ文字の解読が進むと、強大な権力をもつ王のもと、周辺国家と戦争や政略結婚を繰り返し、交易で繁栄した都市国家であったということが判明しました。少なくとも33人の王がいたとされ、王の遺体なども発見されています。
ディキスの石球のある先コロンブス期の首長制集落群
Precolumbian chiefdom settlements with stone spheres of the Diquís
テイデ国立公園
Teide National Park
ティパサの考古遺跡
Tipasa
ティムガッドの考古遺跡
Timgad
ティムリカ・オヒンガの考古遺跡
Thimlich Ohinga Archaeological Site
ディルムンの墳墓群
Dilmun Burial Mounds
ティワナク:ティワナク文化の宗教的・政治的中心地
Tiwanaku: Spiritual and Political Centre of the Tiwanaku Culture
インカ帝国以前に繁栄したティワナクは、ボリビアの西部、チチカカ湖南岸の標高3,850mにある都市遺跡です。その起源は400年頃にまで遡ります。6~10世紀ころに絶頂期を迎え、ボリビア全土、ペルー南部、チリ、アルゼンチン北部までの広大な地域を支配しました。元々は7つの基壇から成っていたというピラミッド神殿のアカパナや、天文台として機能していたカラササヤ神殿などは、複雑な行政と宗教体系を表しています。そして、重さが10t以上の一枚石が乗せられている太陽の門などの建造物は、入植者らが高度な石工技術を持っていたことを示唆しています。しかし、文字を持たない社会であったことと、12世紀前半にはこの社会は崩壊してしまったため、多くは謎に包まれています。
テオティワカンの古代都市
Pre-Hispanic City of Teotihuacan
テ・ヘヌア・エナタ:マルケサス諸島
Te Henua Enata – The Marquesas Islands