World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(iii))

スピエンヌにある新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)

Neolithic Flint Mines at Spiennes (Mons)
スピエンヌにある新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)
モンス市の南東に位置するスピエンヌの新石器時代の火打石鉱山は、100㏊以上の面積を有しており、ヨーロッパ北西部における最も広大かつ最古の古代鉱山の集積地です。紀元前5千年紀の最終四半期から紀元前3千年紀の前半にかけて、この場所は集中的な火打石採掘の中心地でした。地表には数百万もの加工された火打石の破片が散乱し、地下には、新石器時代の人々が掘った垂直の立坑と地上に繋がった広大な坑道網が広がっており、その規模と歴史は特筆すべきものです。
地域: ヨーロッパ / 国名: ベルギー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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スプリトのディオクレティアヌス帝の宮殿と歴史的建造物群

Historical Complex of Split with the Palace of Diocletian
スプリトのディオクレティアヌス帝の宮殿と歴史的建造物群
クロアチア南部の港町スプリトには、ローマ皇帝ディオクレティアヌス帝(在位:284〜305年)が退位後に余生を過ごした宮殿が存在しました。ディオクレティアヌスは、軍人皇帝時代を終結させた後に専制君主政を始め、またローマ帝国最大かつ最後のキリスト教徒迫害を行ったことで知られている人物です。305年に帝国の再建を見届けると、故郷サロナ近郊のスプリトに造営していた宮殿に移り住みました。東京ドーム3分の2ほどの大きさを誇る広大な宮殿に、ディオクレティアヌスは11年間過ごしたと言われていますが、没後は帝国の衰退とともに宮殿は放置されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: クロアチア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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スホクラントと周辺の干拓地

Schokland and Surroundings
スホクラントと周辺の干拓地
6,000年に及ぶ海との闘いの歴史を象徴する干拓地 スホクラントは元々半島でしたが、15世紀までに島となり、海の侵食によって人が住めなくなったため1859年に避難を余儀なくされました。しかし、20世紀初頭に始まった大規模
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (iii)(v)
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西夏王陵群

Xixia Imperial Tombs
西夏王陵群
中国寧夏回族自治区・銀川市の西方、賀蘭山東麓に広がるのが「西夏王陵群」です。11世紀から13世紀にかけてタングート族が築いた西夏王朝(1038~1227)の皇帝陵墓群です。約40㎢にわたる広大なエリアに、9基の皇帝陵を中心に271基の陪葬墓、宮殿や防御施設、治水遺構などが点在しています。中国における西夏時代最大かつ最も保存状態の良い考古遺跡であり、タングート王朝の皇統を示す唯一無二の証拠としても評価されています。その墓制や建築技術、葬送儀礼には農耕文化と遊牧文化、中国的な帝権観念、さらには仏教の要素が複雑に融合しており、多民族交流の成果が具体的な形で残されています。シルクロードの交通拠点として栄えたこの地は、中国文明の多元性と多民族融合を象徴するとともに、世界文明史においても重要な位置を占めています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (ii)(iii)
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聖カトリーナ修道院地域

Saint Catherine Area
聖カトリーナ修道院地域
聖カトリーナ修道院は、エジプト北東部のシナイ半島南部、シナイ山(標高2285m)北麓にあるギリシア正教の修道院です。この山のふもとは、『旧約聖書』でモーセが神から「十戒」を授けられた場所とされ、古くからユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒にとって宗教的に重要な意味を持つ聖地とされてきました。険しい山岳地帯の続く過酷な環境にもかかわらず、一帯には数多くの考古学的・宗教的遺跡やモニュメントがあり、巡礼者らにインスピレーションや心の平穏をもたらす景観を形成しています。初期キリスト教会では、辺境地に修道院共同体を設立して禁欲的な修道生活を送ることが広く行われましたが、聖カトリーナ修道院は、そうした修道院の中でも最も初期のものの一つです。今も修道士たちが静かな祈りの生活を続ける、世界最古のキリスト教修道院となっています。
地域: アフリカ / 国名: エジプト・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)(vi)
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聖山スレイマン・トー

Sulaiman-Too Sacred Mountain
聖山スレイマン・トー
キルギスのフェルガナ渓谷のオシ市に位置するスレイマン・トーはイスラーム以前から信仰されていた聖なる山です。この山は中央アジアシルクロードの重要な街道の交差点に位置しており、旅人にとっては灯台の役割を果たしていました。スレイマン・トーはイスラーム以前からも信仰の対象とされていて、また、イスラーム以前とイスラームの文化がうまく融合した結果、さまざまな遺跡や建築物が残っているところが非常に特徴的だと言えるでしょう。
地域: 西・南アジア / 国名: キルギス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2009年 / 登録基準: (iii)(vi)
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聖書ゆかりの遺丘群:メギド、ハゾル、ベエル・シェバ

Biblical Tels - Megiddo, Hazor, Beer Sheba
聖書ゆかりの遺丘群:メギド、ハゾル、ベエル・シェバ
遺丘(テル)とは、地中海東岸、特にイスラエル、シリア、レバノン、トルコ東部の平野部に、先史時代の居住地が長期間にわたり積み重なってできた丘状の遺跡です。イスラエル国内にある200以上の遺丘のうち、メギド、ハゾル、ベエル・シェバには、聖書にまつわる重要な都市遺跡が残っています。数千年にわたる遺構は、強力な中央集権的な権威、豊かな農耕活動、そしてエジプトとシリア、アナトリアとメソポタミアを結ぶ重要な交易ルートが存在したことを物語っています。これらは青銅器時代と鉄器時代の都市の富と権力を示し、失われた文明を今に伝える証拠でもあります。
地域: 西・南アジア / 国名: イスラエル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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聖地アヌラーダプラ

Sacred City of Anuradhapura
聖地アヌラーダプラ
スリランカのアヌラーダプラは、シンハラ王朝最初にして最長の都です。紀元前5世紀に興ったとされるシンハラ王朝において、ティッサ王はインドからやってきたマヒンダ王子の説法を聞きます。マヒンダ王子はマウリヤ朝の王、アショーカ王の息子であり、その説法に感銘を受けたティッサ王はすぐに仏教に帰依し、ここからスリランカ仏教の歴史が始まりました。それ以降、アヌラーダプラはシンハラ朝の都としてあり続け、10世紀末まで栄えました。10世紀には南インドのチョーラ朝の侵攻を受け衰退しましたが、ブッダにゆかりのある品々が遺されており、今でも聖地として多くの参拝者が訪れます。
地域: 西・南アジア / 国名: スリランカ民主社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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聖地群を経てウィリクタへと至るウィハリカの道(タテウアリ・ウアフイエ)

Wixárika Route through Sacred Sites to Wirikuta (Tatehuarí Huajuyé)
聖地群を経てウィリクタへと至るウィハリカの道(タテウアリ・ウアフイエ)
自然と精神世界が融合する重要な巡礼路 ウィハリカ(Wixárika)ルートはメキシコ中北部の5州にまたがり、全長500㎞以上におよぶ20の構成資産から形成される連続的文化遺産です。この巡礼路は「我が祖先の火の道(Tate
地域: 中米・カリブ海 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (iii)(vi)
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青銅器時代のサンマルラハデンマキ墓群

Bronze Age Burial Site of Sammallahdenmäki
青銅器時代のサンマルラハデンマキ墓群
フィンランド南東部にあるサンマルラハデンマキ墓群は、紀元前1500年から紀元前500年頃にかけてのスカンジナビア地方の青銅器文化の遺跡群で、36㏊の敷地には33基の埋葬墓が点在しています。墓は崖から採取された花崗岩の巨石で作られるのが通常でしたが、「フルート長石塚」と呼ばれる古い石壁に囲まれたものや「教会の床」として知られる大きな四角形をしたものなど、他では見ることのできない珍しいものも現存しています。これらの墓は、この地域に広まった太陽崇拝という新しい信仰に関係しており、農耕の導入と共に現れたと考えられている親族集団による土地所有の在り方を示しているとも考えられています。墓群は、この地域における社会的・宗教的構造を示す貴重な証拠であり、死者崇拝の文化や独特の埋葬法方など、当時の風習を物語る重要な遺産です。
地域: ヨーロッパ / 国名: フィンランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)(iv)
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聖都カイラワーン

Kairouan
聖都カイラワーン
チュニジアの中央部、海と山からほぼ等距離に位置する平野に670年に創建されたカイラワーンは、マグレブにおける最古のアラブ・イスラムの拠点であり、9世紀にアグラブ朝のもとで繁栄しました。12世紀に政治的首都がチュニスへ移された後も、カイラワーンはマグレブ地方における主要な聖都であり続けました。その豊かな建築遺産には、大理石やポルフィリー(紫斑岩)の柱を持つ壮麗な大モスク、9世紀に建てられた「三つの扉のモスク」が含まれています。5世紀にわたりイフリキヤの首都であったこの都市は、アラブ・イスラム文明の卓越した普及の場となりました。カイラワーンは、この文明の初期の時代とその建築的・都市的発展を独自に証言する存在です。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(v)(vi)
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聖都カラル・スペ

Sacred City of Caral-Supe
聖都カラル・スペ
ペルーのスペ川渓谷を見下ろす乾燥した砂漠の台地に位置する聖都カラル・スペは、およそ5,000年前の中央アンデス後期アルカイック期に遡る、アメリカ大陸で最も古い文明のひとつです。高度に発達した社会政治体制を備えており、この地域の文明の興隆を示す重要な証拠となっています。 6.26㎢にわたりデザインの洗練さと建築の複雑さが垣間見える遺跡となっており、特に、石と土で築かれた記念碑的な基壇状の構築物や、くぼんだ円形広場が特徴的です。6つの巨大なピラミッド構造物を含む複雑な都市計画は、強力な宗教的イデオロギーに基づいた祭祀機能を持っていたことも示唆しています。 遺跡から発見された「キープ」は、カラル社会が高度に発達し、複雑な情報を記録・伝達する能力を持っていたことを証明しています。この遺産は早期の放棄により、非常に良好な状態で保存されており、古代のアンデス文明を理解する上で貴重な資料となっています。
地域: 南米 / 国名: ペルー共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2009年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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聖ヒラリオン修道院/テル・ウンム・アメル

Saint Hilarion Monastery/ Tell Umm Amer
聖ヒラリオン修道院/テル・ウンム・アメル
パレスチナのガザ地区中部、ヌセイラート市域の海岸沿いの砂丘に位置する聖ヒラリオン修道院(テル・ウンム・アメル)は、4世紀に修道者ヒラリオンによって創設された、中東で最も古い修道院遺跡のひとつです。聖地における最初の修道共同体とされ、初期キリスト教修道制の成立と発展を理解するうえで極めて重要な遺跡です。古代においてこの地は、アジアとアフリカを結ぶ主要な交易路と巡礼路が交差する要衝にあり、宗教・文化・経済の交流拠点として大きな役割を果たしました。こうした立地条件により、修道院はビザンツ時代における「砂漠の修道院」文化の拠点のひとつとして発展し、周辺地域の宗教的・知的活動に大きな影響を与えました。
地域: 西・南アジア / 国名: パレスチナ国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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セゴビアの旧市街とローマ水道橋

Old Town of Segovia and its Aqueduct
セゴビアの旧市街とローマ水道橋
スペインの中心部、カスティーリャ・イ・レオン州にあるセゴビアは、エレスマ川とクラモレス川の2つの川に挟まれた地形を有効活用した要塞都市です。紀元前80年にはローマ帝国の支配下に入ったこの地は、ローマ帝国の重要拠点であり、イベリア半島の交通の要所でした。ローマ人が築いた水道橋は128本の柱が支える2層アーチで構成され、全長813m、最高部の高さ28.5mの規模を誇ります。ローマ水道橋は西暦50年頃に建設されたと考えられていますが保存状態も良好で、歴史的なセゴビアの街並みから切り離すことのできない街のシンボルとなっています。12世紀には、カスティーリャ王国のアルフォンソ6世によって、ローマ時代に要塞として建造された建物をアルカサル(王宮)へ改築します。また、1525年に建設が始まったカテドラル(司教座大聖堂)は完成までに約200年以上の歳月を要しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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セネガンビアのストーン・サークル遺跡群

Stone Circles of Senegambia
セネガンビアのストーン・サークル遺跡群
西アフリカ最西部のガンビア川沿いの長さ約350㎞、幅約100㎞の帯状地域には1,000以上の遺跡が点在しており、そのうちの4つの巨石環状列石群が世界遺産に登録されています。ガンビアのワッスとケルバッチ、セネガルのワナルとシネ・ンガネエの4か所には、合わせて93の環状列石と関連遺跡があり、その一部では発掘調査も行われています。調査によって、紀元1千年紀から2千年紀、さらに現代に至るまでの陶器や鉄器、装飾品、人骨などの考古学的資料が発見されています。これら4つの巨石遺跡は広大な地域に広がる伝統的な記念碑的巨石遺跡の象徴であり、顕著な普遍的価値を有しています。
地域: アフリカ / 国名: ガンビア共和国, セネガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (i)(iii)
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セビーリャの大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館

Cathedral, Alcázar and Archivo de Indias in Seville
セビーリャの大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館
スペイン南西部の都市セビーリャに残る大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館は、イスラム文化の痕跡、カトリック教会の権力、王室の主権、そしてスペインがアメリカ大陸の植民地を通じて獲得した貿易力を示す建造物群です。1403年にモスクの跡地に建設された大聖堂は、五廊式の構造をもつ世界で最も広大で豪華な宗教建築のひとつです。クリストファー・コロンブスの墓があることでも知られています。隣接する「ヒラルダの塔」は、1172〜98年にムワッヒド朝のヤアクーブ・アルマンスールが、大モスクのミナレットとして建設したもので、レコンキスタ(国土回復運動)後に鐘楼に転用されました。頂上には塔の名前の由来となった、キリスト教信仰の勝利を表す女性の銅像「ヒラルディージョ」が設置されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(vi)
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セラ・ダ・カピバラ国立公園

Serra da Capivara National Park
セラ・ダ・カピバラ国立公園
ブラジル北東部のピアウイ州に位置するセラ・ダ・カピバラ国立公園は、アメリカ大陸における最古の人類の痕跡が発見された場所のひとつです。この公園には、旧石器時代から新石器時代にかけての人類が描いたと考えられている数万点に及ぶ岩絵が残されており、この地域の歴史や文化の変遷を物語っています。最古の遺物はおよそ5万年前に遡るものもあります。これらの発見は「人類はベーリング海峡を経て約1万2,000年前にアメリカ大陸に到達した」という従来の定説を覆し、南米における人類定住の歴史を大きく書き換えるものとなりました。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iii)
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先史時代のサルディーニャ島の葬送の伝統:ドムス・デ・ヤナス

Funerary Tradition in the Prehistory of Sardinia – The domus de janas
先史時代のサルディーニャ島の葬送の伝統:ドムス・デ・ヤナス
イタリア本土の西に浮かぶサルディーニャ島は、地中海ではシチリア島に次ぐ大きな島です。この島で人類が暮らし始めたのは新石器時代に遡り、早くからヨーロッパやアフリカからいろいろな民族が移り住んで、紀元前18世紀頃からは「ヌラーゲ文明」と呼ばれる先史文化を発展させました。現在もピラミッド状の要塞ヌラーゲが点在しており、これらは『バルーミニのスー・ヌラージ』として1997年に世界遺産に登録されています。 
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (iii)
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セント・キルダ諸島

St Kilda
セント・キルダ諸島
スコットランド北西部の沖合にあるセント・キルダ諸島は、2,000年以上にわたって厳しい環境の中で人々が生活していた証拠を残しており、農耕や羊の飼育など自給自足による土地利用がみられる文化的景観です。また、火山活動後の風化と氷河による浸食作用によって生まれた険しい断崖や海食柱といった景観を有しています。海鳥の繁殖地でもあり、ニシツノメドリやシロカツオドリなど多様な鳥類約100万羽が営巣しています。2026年3月時点で、イギリス唯一の複合遺産でもあります。
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蘇州の園林

Classical Gardens of Suzhou
蘇州の園林
江蘇省東部、長江デルタに位置する蘇州は、いくつもの水路が張り巡らされた水郷の街です。紀元前514年に春秋時代に呉の都として築かれ、北方への物流の拠点として発展してきました。蘇州における庭園の歴史は紀元前6世紀に遡り、呉の王がつくった王室狩猟庭園が先駆けと言われています。4世紀頃に私的な庭園が築かれるようになり、18世紀に最盛期を迎えました。蘇州には50以上の庭園が残り、そのうちの9つは中国で最も優れた山水庭園であるとされています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)
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ソチカルコの古代遺跡地帯

Archaeological Monuments Zone of Xochicalco
ソチカルコの古代遺跡地帯
ソチカルコは、テオティワカンやパレンケ、ティカルなどメソアメリカの大国が崩壊した後の動乱期(紀元650〜900年頃)に築かれた要塞都市遺跡です。マヤ文化の影響に加え、メキシコ湾岸やオアハカなどメソアメリカの諸文明と交流していたことが判明しており、様々な文化が混ざり合って発展した時期の文化的・宗教的特徴が見られます。名称はナワトル語で「花々の館」を意味し、保存状態が非常に良く、当時の都市構造を今に伝えています。都市は最も高い丘を中心に6つの低い丘が取り囲み、大規模な土木工事によって階段やテラス、斜路が複雑に結ばれ、南北の大通りは基壇やピラミッドで空間が区切られていました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ソルターニーイェ

Soltaniyeh
ソルターニーイェ
「ソルターニーイェ」とは、アラビア語の『スルタンに関するもの』から転じて『スルタンの居場所』そして『首都』という意味になります。チンギス・ハンの孫のフラグが建てたイル・ハン国の古都で、第8代君主のオルジェイトゥによって14世紀初頭に都市が建設されました。ここはイラン北東部にあり、広大で緩やかな丘陵地に草原が広がり、もともとモンゴル語で「黄褐色の草地」という意味の「クンクル・ウラン」と呼ばれていた土地で、イル・ハン国の多くの君主が夏営地としていたところです。イル・ハン国はイスラム教を国教としていましたので、その世俗の君主はスルタンと呼ばれました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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第一次世界大戦(西部戦線)の慰霊と記憶の場

Funerary and memory sites of the First World War (Western Front)
第一次世界大戦(西部戦線)の慰霊と記憶の場
1914年から1918年に、人類史上最初の世界大戦がありました。第一次世界大戦はイギリス・フランス・ロシアを軸とする連合国側と、ドイツ・オーストリアを軸とする同盟国側が衝突した戦争です。この戦争は、主にヨーロッパで展開されましたが、多くの植民地の人たちが徴兵されたことからも、世界大戦の性質を帯びています。また、これまでの戦争は、戦場における兵士たちが戦うという設定でしたが、この戦争では先述した植民地の人たちが徴兵されたり、各国の経済力・工業力・技術力、そして武器工場に従事する女性を含めた国民の全体が戦争に動員されたため、「総力戦」とも呼ばれています。以上のことから、誰もがすぐに終わると考えていたこの戦争は、実に四年間にわたり繰り広げられ、非常に多くの戦死者を出しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国, ベルギー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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泰山

Mount Taishan
泰山
中国東部の山東省にそびえる標高1,535mの泰山は、世界遺産の登録基準(i)から(vii)までの全てを認められている唯一の世界遺産です。東岳の泰山、西岳の崋山(陝西省)、南岳の衡山(湖南省)、北岳の恒山(山西省)、中岳の嵩山(河南省)という中国五岳の筆頭であり、多くの人々の信仰を集める道教の聖地です。『史記』 によると紀元前219年、秦の始皇帝はこの山の山頂で天を、そして山麓で地を祀る 「封禅」という儀式を行いました。これは始皇帝以前に72人の王が行っていた儀式を再現したものであるとされます。前漢(前202~後8年)の7代皇帝の武帝はこの儀式を国家的な祭祀として採用し、清(1636~1912年)の康熙帝まで、歴代の皇帝がこの地で封禅を行いました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)(vii)
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隊商都市ウワダン、シンゲッティ、ティシット、ウワラタ

Ancient Ksour of Ouadane, Chinguetti, Tichitt and Oualata
隊商都市ウワダン、シンゲッティ、ティシット、ウワラタ
ウワダン、シンゲッティ、ティシット、ウワラタはモーリタニア国内の4カ所に点在する都市です。これらはサハラ砂漠における重要な隊商交易路の中継地でした。サハラ砂漠の北から織物や武器、中央部からは塩、サハラ以南からは金と奴隷が運ばれ、この地を行き交いました。また、交易だけでなく宗教や文化の中心地としても発展しました。現代では砂漠化や水不足など、さまざまな環境問題に直面していますが、中世の街の特徴や機能を比較的良好な状態で残しています。
地域: アフリカ / 国名: モーリタニア・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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隊商都市ペトラ

Petra
隊商都市ペトラ
ヨルダン南部のペトラは紀元前2世紀にナバテア人によって築かれた隊商都市です。ナバテア王国の首都として機能し、古代ローマやアラビア半島、インドや中国との主要な交易中心地として発展しました。2世紀にローマ帝国に併合され、4~5世紀にはキリスト教関連の宗教施設も建設されました。ペトラは4世紀の大地震による被害と、交易路が変化されたことにより、1812年スイス人のイスラム学者によって再発見されるまで砂に埋もれていました。
地域: 西・南アジア / 国名: ヨルダン・ハシェミット王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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隊商都市ボスラ

Ancient City of Bosra
隊商都市ボスラ
シリア南部のハウラン平原に広がるボスラは、1世紀頃、ナバテア王国の北の都でありましたが、2世紀初頭にローマ帝国アラビア属州の州都になると穀倉地帯として繁栄しました。この一帯は湧水が多く、肥沃な土壌に恵まれていました。町には他のローマの都市にあるような聖堂、娯楽施設、公共浴場などが作られていきました。また、長さ100mにも及ぶ地下道は、倉庫の役割を果たしていました。これは、ボスラが地中海とアラビア海を結ぶ通商路の途中にあり、様々な物資を保存しなければならなかったためと考えられています。興味深いのが、この遺跡が全体的に黒っぽいことです。これは、建材が黒い玄武岩であるからであり、他のローマ遺跡が大理石などを使用して全体的に白っぽいので、対照的であります。また、イスラーム勢力が入ってきてからの遺構も残されており、特にアル・オマリ・モスクは8世紀初頭の建造であり、イスラーム世界でも最古のモスクの一つと言われています。
地域: 西・南アジア / 国名: シリア・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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大ジンバブエ遺跡

Great Zimbabwe National Monument
大ジンバブエ遺跡
ジンバブエ中南部の都市マスビンゴから約30kmの場所にある『大ジンバブエ遺跡』は、11〜15世紀頃にバンツー語系のショナ族によって築かれた巨大な都市遺跡群です。遺跡群は丘の上に築かれた「アクロポリス(丘の遺跡)」、高い石壁に囲まれた「大神殿(大囲壁)」、石の住居が並ぶ「谷の遺跡」の3つの要素で構成されています。宗教的中心地だったアクロポリスは、王族の居住地や儀式の場があったと考えられています。大神殿は14世紀に築かれたもので、その囲いはモルタルを用いず、加工した花崗岩を積み上げてつくられました。高さ約11mの円錐形の塔や住居跡が残されています。谷の遺跡は谷間に点在する住居群で、日干しレンガや石積みの壁でつくられた建物が特徴です。
地域: アフリカ / 国名: ジンバブエ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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大足石刻

Dazu Rock Carvings
大足石刻
重慶市の北西に位置する大足石刻は、唐代末期の9世紀から南宋時代の13世紀にかけて、山の岩壁に掘られた彫刻群の総称です。一帯には、石像が5万体以上、石碑文は10万点以上が現存し、75ヵ所ある文化財保護区域のうち、5ヵ所が世界遺産に登録されています。多くは大乗仏教の石刻ですが、道教や儒教の像も刻まれており、中国三大宗教の石刻がそろっているのが大きな特徴となっています。中でも宝頂山石刻群の石刻は評価が高く、特に大仏湾と呼ばれる崖の磨崖仏群、全長およそ31mの釈迦涅槃像が有名です。中国には、世界遺産に登録されている『雲岡石窟』や『龍門石窟』などの石窟芸術が残りますが、大足石刻はその中でも最も保存状態の良いものひとつに数えられています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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大チョーラ朝寺院群

Great Living Chola Temples
大チョーラ朝寺院群
9世紀から数百年にわたり南インドを支配したチョーラ朝の王たちが残したヒンドゥー教の寺院群です。11世紀から12世紀にかけて建てられた3つの大寺院があり、最初の首都タンジャーヴールには「ブリハディーシュワラ寺院」、次に遷都したガンガイコンダチョーラプラムにも同名の「ブリハディーシュワラ寺院」、そしてダラシュラムの「アイラーヴァテシュヴァラ寺院」です。これらの寺院は、建築・彫刻におけるチョーラ朝のすばらしい業績を今に伝えています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (ii)(iii)
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