World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(iv))

北京と瀋陽の故宮

Imperial Palaces of the Ming and Qing Dynasties in Beijing and Shenyang
北京と瀋陽の故宮
故宮とは「昔の宮殿」という意味です。北京の中心部にある故宮と、中国東北部の瀋陽にある故宮はともに明・清王朝の皇帝が居城とした宮殿の遺構で、かつては紫禁城と呼ばれていました。禁城は一般人が立ち入ることを禁じるということを意味します。北京と瀋陽にある故宮は、15世紀から20世紀にかけて、封建時代後期の中国における国家権力の中心でした。今も残る建築群の配置や設計、装飾など宮殿のさまざまな構成要素の中に、明清時代の王族の生活様式や価値観が反映され、当時の宮廷文化を物語っています。中国の官営建築として最高の技術的・芸術的成果といえる木造建築が保たれていることも高く評価されています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

北京の中軸線:中国首都の理想的秩序を示す建造物群

Beijing Central Axis: A Building Ensemble Exhibiting the Ideal Order of the Chinese Capital
北京の中軸線:中国首都の理想的秩序を示す建造物群
中国の首都・北京の中心部を南北に貫く中軸線は、北の鐘鼓楼から万寧橋、景山公園、紫禁城(故宮)、天安門などを経て、南の永定門に至るまで、全長7.8kmにわたって延びています。この都市軸は、北京の歴史的中核を形づくるとともに、中国の皇帝制と伝統的都市計画の理念を現在に伝えるものです。歴史的には、元代(1271~1368年)の首都・大都の建設とともに1267年に初めて建設され、明代(1368~1644年)、清代(1636~1912年)にかけて拡張・形成されました。元代に大都が建設された際、現在の什刹海(シチャハイ)東岸周辺を基準点として、南方向に都市の軸線が設定されました。これに沿って宮城が築かれ、都市の四方の境界が画定されるとともに、街路は碁盤目状に整備されました。この軸線は中国古代に編纂された、儒教に関わる経書のひとつ『周礼』の「考工記」で示された理想的な都城のモデルが具体化されたものでした。明代に入ると、紫禁城を中心とする内城とその南側に外城が建設され、南北へと延長されました。15世紀前半には、紫禁城の北側に景山が築かれ、東西には太廟と社稷壇(しゃしょくだん)が配置されました。さらに内城の南には天安門と正陽門が整備され、16世紀半ばまでに外城が完成すると、中軸線は永定門まで延び、現在見られる7.8kmの全体像が成立しました。その後の清代にかけて、建造物の改修や景観の整備が進められ、中軸線は皇帝制のもとで維持・発展していきました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ペタヤヴェシの古教会

Petäjävesi Old Church
ペタヤヴェシの古教会
1763年から1765年にかけて、フィンランドの伝統的な木造建築技術を用いて建造されたルター派の教会です。教会の建設は、地元の建築職人であったヤッコ・レッパネンの指揮の下に行われ、鐘楼と渡り廊下は彼の孫であるエルッキ・レッパネンによって1821年に増築されました。この教会は針葉樹林地帯に住む地元の農民が用いてきた伝統的な丸太造りの建築技術の独特な形状を有しており、教会部分はギリシャ十字型の身廊を持ち、丸太を横に組んだ日本の校倉造に似たような外壁と板をうろこ状に並べた寄棟造が特徴的です。教会のレイアウトや内装は、ヴォールトや中央のクーポラなど、ルネサンス、バロック、ゴシックといった各建築様式の影響を受けつつ、フィンランド特有の木造技術の伝統が融合しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フィンランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ヘブロン:アル・ハリールの旧市街

Hebron/Al-Khalil Old Town
ヘブロン:アル・ハリールの旧市街
パレスチナ西岸地区の南部に位置するヘブロンは、マムルーク朝時代に築かれた市街地です。しかし、それより以前にも隊商交易の要衝でもあり、紀元前1世紀には最初の預言者とされるアブラハムとその家族の墓も築かれました。『旧約聖書』によると、アブラハムは「マクペラの洞穴」に葬られたとされ、その洞穴がヘブロンにあると信じられたため、ここに墓が築かれました。アブラハムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教徒にとって、「啓典の民」の始祖とされるため、ヘブロンは三つの宗教の巡礼地となっています。都市の構造としては、マムルーク朝からオスマン帝国と、やはりイスラム王朝の支配が続いたので、イスラム都市の要素が多いです。マムルーク朝時代のスークやモスク、ハマムなども現存しています。
地域: 西・南アジア / 国名: パレスチナ国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

ベラトとギロカストラの歴史地区

Historic Centres of Berat and Gjirokastra
ベラトとギロカストラの歴史地区
ベラトとギロカストラは、オスマン帝国時代の建造物が良好な状態で残されている貴重な遺産です。アルバニア中部に位置するベラトは、要塞としての機能を持ちながらも開放的な雰囲気の街で、古くから職人や商人たちが暮らしてきました。丘一帯には、オレンジ色の屋根に白い壁、そして大きな窓が特徴的な同じ形の建物が立ち並んでいます。その特徴的な景観から、ベラトは「千の窓の町」という名で親しまれています。地元で「カラ」と呼ばれる城の起源は紀元前4世紀にまでさかのぼりますが、現存するものの多くは13世紀に建てられたものです。城内の地区には、主に13世紀のビザンチン様式の教会が数多く残されているほか、1417年からのオスマン帝国時代に建てられたモスクも点在しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: アルバニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ベリンツォーナ旧市街にある三つの城、城壁と要塞群

Three Castles, Defensive Wall and Ramparts of the Market-Town of Bellinzona
ベリンツォーナ旧市街にある三つの城、城壁と要塞群
スイス南東部、ティチーノ州にあるベリンツォーナ城塞群は、アルプス山麓においてかつて渓谷全体を封鎖し、市民を守るために町ごと取り囲む城壁で結んだ城塞からなる中世ヨーロッパの軍事建造物群です。この一帯はイタリアと西ヨーロッパを結ぶ交通の要所であったことから、古代ローマやミラノ公国をはじめとする国々の支配を受け、多くの城塞が築かれてきました。13世紀にティチーノ渓谷全体を見渡すように築かれた「カステル・グランデ」、グランデからムラータと呼ばれる城壁で結ばれた14世紀建設の「カステッロ・ディ・モンテベッロ」、そこから少し離れた場所に建つ1480年建設の「カステッロ・ディ・サッソ・コルバーロ」の3つの城が世界遺産に登録されています。グランデを中心に、いずれも岩山の頂上にそびえ立ち、外敵の侵入に目を光らせていました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スイス連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ペルガモンとその周辺:様々な時代からなる文化的景観

Pergamon and its Multi-Layered Cultural Landscape
ペルガモンとその周辺:様々な時代からなる文化的景観
トルコ西部、エーゲ海地域の丘の上に位置するペルガモンのアクロポリス遺跡は、紀元前3~前2世紀に栄えたアッタロス朝(ペルガモン王国)の首都の都市遺跡です。この都市を築いたのはアッタロス朝の創始者であるフィレタイロス。彼は、アレクサンドロス大王の死後、後継者の一人であるリュシマコスに仕えていましたが、リュシマコスが殺されてからはこの地の統治者となりました。ここには記念碑的な聖堂群や劇場、教育機関、図書館などの遺構が、大規模な市壁に囲まれた傾斜地に残ります。紀元前133年になると、ローマに組み込まれますが、それ以降も文化都市として栄えました、やがてビザンツ帝国やオスマン帝国の時代では教会やモスクも建造されたため、この地には様々な時代の遺構が残っています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

ベルギーとフランスの鐘楼群

Belfries of Belgium and France
ベルギーとフランスの鐘楼群
ベルギーとフランス北部に点在する鐘楼は、都市の中心部に建てられた高くそびえ、広場を見下ろすように建てられた、町の構成やアイデンティティを形作る重要な存在です。かつて「ネーデルラント」と呼ばれていたベルギー、オランダ、ルクセンブルク、フランス北部にまたがる地域のうち、特に南部では11世紀~17世紀にかけて、都市の中心部に鐘楼が建てられるようになりました。鐘楼は、もともとは特許状によって得られた共同体の独立の証として建てられ、領主の「城塞」や教会の「鐘塔」と並ぶ「第三の塔」として、市民の権力や自由を象徴しました。時代を経るごとに、鐘楼は都市の繁栄や富の象徴としての役割も担うようになりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国, ベルギー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ペルシア庭園

The Persian Garden
ペルシア庭園
ペルシア庭園はイラン各地に点在する9つの庭園で構成されています。紀元前6世紀のキュロス2世の時代に起源をもつ造園様式は、乾燥地帯という厳しいイランの気候条件に合わせて発展してきました。地上の楽園の概念を具体的に表現していると言われています。ペルシア庭園は4つのセクションに分けられており、これはゾロアスター教が重視する空、土、水、植物の4つの要素を表しています。ペルシア庭園の造園様式や技術はインドやスペインまで広範囲の庭園設計に影響を与えました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

ペルシアのカナート

The Persian Qanat
ペルシアのカナート
「カナート」とは、「カレーズ」(ペルシア語)ともいわれ、乾燥地帯によくみられる地下水路です。紀元前のペルシアが発祥で、その後広く東西に伝播し、いまでは中央アジア・中国やアフリカでも見られます。水源地から水平方向へ水路を伸ばし低地へ水を供給するもので、中には長さ数キロに及ぶものもあります。この水路により農地や都市へ公平で持続可能な水の供給がなされました。現在イラン全土には4万ものカナートがあるといわれていますが、そのうちの11本が世界遺産となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)

Museumsinsel (Museum Island), Berlin
ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)
ベルリンを流れるシュプレー川の中州にあるベルリンの博物館島(ムゼウムスインゼル)は、都市の中心に位置する歴史的および芸術的に重要な個別の博物館群で構成された建築群です。これらの5つの博物館は、1824年から1930年にかけて著名なプロイセンの建築家によって建設されました。ベルリンの博物館島は、都市公共フォーラムの都市および建築的実現の驚くべき例であり、都市にとってアクロポリスのような象徴的価値を持っています。その希少な計画と建築の連続性、および1世紀以上にわたるコンセプトの一貫性が高く評価されています。建築的価値は、5つの博物館が所蔵する重要なコレクションと切り離せないものであり、それらは文明の進化を証明しています。展示されるコレクションとの有機的関係を設計した博物館内の建築空間は、内装の一部として組み込まれるか、枠組みとして解釈されるなど直接的なつながりを持っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ベルリンのモダニズム公共住宅

Berlin Modernism Housing Estates
ベルリンのモダニズム公共住宅
ドイツの首都ベルリンのモダニズム住宅団地は、1910年から1933年にかけて建設された6つの建物で構成されており、特にヴァイマール共和国時代には社会的、政治的、文化的に進歩的だったベルリンの革新的な住宅供給政策を証明するものです。この集合住宅は、低所得者層の住宅と生活環境を改善するための都市計画、建築、庭園設計の新しいアプローチを通じて建築改良運動の模範的な例となっています。集団住宅は新しい都市と建築の典型例を提供しており、斬新な設計ソリューションや技術的、そして美的な革新を備えています。ブルーノ・タウト、マルティン・ワグナー、そしてヴァルター・グロピウスなどの著名な建築家たちがこれらのプロジェクトに携わり、世界の住宅開発に多大な影響を与えました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟

Mausoleum of Khoja Ahmed Yasawi
ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟
カザフスタン南部、ヤシという町にあるホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟は1389年から1405年にかけてつくられた、現在も重要な巡礼地です。ホージャ・アフマド・ヤサヴィーとは、12世紀に中央アジアの遊牧民にイスラム教を広めたイスラーム神秘主義の指導者のことであり、中央アジアと西アジアを征服し、帝国を築いたティムールが命令を出して、もともとあった小さい廟の後に建築されました。ティムールが廟を造らせた理由として有力なのが、遊牧民に崇拝されているヤサヴィーの廟を造ることで、東方の遊牧民の支持を得るためであったということです。建設にはティムール自身も携わり、腕の立つ職人が数多く集められましたが、1405年にティムールが亡くなったことにより建設は中断され、未完成となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: カザフスタン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群

Catalan Romanesque Churches of the Vall de Boí
ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群
スペイン東部、カタルーニャ地方にあるピレネー山脈にあるボイ渓谷の小さな村々には、中世のロマネスク様式でつくられた教会が残っています。これらは11世紀から12世紀にかけてエリル領主の庇護のもとで建造されました。険しい山脈の谷あいに存在したため、イスラム勢力の影響が及びませんでした。ここにはイタリア、特にロンバルディア地方からもたらされたロンバルディア・ロマネスク(初期ロマネスク様式)で建造された9つの教会が残っており、ヨーロッパでもロマネスク美術が集中して見られる場所となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ホイサラ様式の信仰関連遺産群

Sacred Ensembles of the Hoysalas
ホイサラ様式の信仰関連遺産群
11世紀から14世紀まで南インドに栄えたホイサラ朝のヒンドゥー教関連建築物群のなかで、12世紀から13世紀にかけて建造された寺院群が世界遺産に登録されています。これらはホイサラ様式の最も代表的なものです。ホイサラ様式とは、近隣王国とは異なる独自性を確立するため、過去の様式を慎重に選択して同時代の寺院建築に取り入れ、独自の様式としたものです。その特徴は、星形の聖域、周回回廊、宗教的・叙事詩的テーマに沿った極めて写実的な彫刻などです。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

法隆寺地域の仏教建造物群

Buddhist Monuments in the Horyu-ji Area
法隆寺地域の仏教建造物群
『法隆寺地域の仏教建造物群』は、法隆寺に属する47棟と法起寺の三重塔1棟の合計48棟で構成されています。法隆寺西院の金堂、五重塔、中門、回廊、法起寺三重塔など、7世紀後半から8世紀にかけて建立された11棟の建造物は、現存する世界最古級の木造建造物です。中国の優れた政治や文化、仏教を積極的に取り入れていた厩戸王(聖徳太子)は、601年に斑鳩宮を築き、推古天皇と共に移り住みました。そして、その西に607年頃、若草伽藍(斑鳩寺)を建立しました。これが法隆寺の起源とされています。同じ頃に中宮寺や岡本宮(法起寺)も建立され、斑鳩伽藍群が完成したと考えられています。622年に厩戸王が没すると、643年には蘇我入鹿の兵によって斑鳩宮が焼き払われ、斑鳩寺も670年に焼失しました。若草伽藍の遺構は、法隆寺境内の地下に「若草伽藍跡」として残されています。現在の法隆寺は、7世紀後半から8世紀初頭にかけて、現在の法隆寺西院の位置に再建されたものです。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

ポツダムとベルリンの宮殿と庭園

Palaces and Parks of Potsdam and Berlin
ポツダムとベルリンの宮殿と庭園
ベルリン市の南西端とポツダム市にまたがるハーフェル川湖畔とグリーニッケ湖湖畔の2,064haもの広大な区域内に残る宮殿や庭園で、これらは1730年から1916年にかけて建造されました。クノーベルスドルフ、ゴンタルト、ランハンス、シンケル、レネといったドイツにおける著名な建築家、造園家によってその構想は手掛けられ、この一帯を国際的にも評価の高い総合芸術作品として作り上げられました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ポトシの市街

City of Potosí
ポトシの市街
ボリビア南部、植民地時代の記憶を今に伝えるポトシは、アンデス山の標高約4,000mに位置します。1542~1545年にかけて、ここで世界最大級の銀鉱脈が発見され、ヨーロッパの経済を一変させることになりました。後に「セロ・リコ」(富の山)と名付けられたこの銀山を効率的に運営するために、スペイン人によって建設された街がこのポトシです。銀を精錬する際には、水銀を用いたアマルガム法という当時の最新技術が用いられ、17世紀半ばまでの約100年間で、世界の銀産出量の約半分を占めました。ヨーロッパへの莫大な銀の流入は価格革命をもたらし、後の資本主義体制への移行の基盤となったとも言われています。
地域: 南米 / 国名: ボリビア多民族国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

ポブレの修道院

Poblet Monastery
ポブレの修道院
スペイン東部のカタルーニャ、モンサン山脈の麓にある『ポブレの修道院』は、スペイン最大規模のシトー会修道院として有名です。シトー会とは、11世紀末にフランスで創立されたカトリックの修道会であり、清貧を旨としている修道会です。12世紀半ばにこの地域のレコンキスタ(国土回復運動)が完結すると、バルセロナ伯であったラモン・ベレンゲール4世はシトー会に土地を与え、聖母マリアに捧げる修道院を建設しました。修道院はシトー会らしく、簡素にして荘厳な建物であり、様式的にはロマネスク様式とゴシック様式が混在しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ホベルト・ブールリ・マルクスによる庭園

Sítio Roberto Burle Marx
ホベルト・ブールリ・マルクスによる庭園
この遺産は、造園家で芸術家でもあるホベルト・ブールリ・マルクスが40年以上にわたり築き上げた「生きる芸術作品」です。モダニズムの思想を取り入れ、ブラジル固有の植物を大胆に使用しています。この庭園は、その後の国際的な現代庭園の発展に大きな影響を与えた、曲線的な形、植物の大規模な植栽、そして建築的な配置を特徴としています。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ポポカテペトル山麓の16世紀初期の修道院群

Earliest 16th-Century Monasteries on the Slopes of Popocatepetl
ポポカテペトル山麓の16世紀初期の修道院群
『ポポカテペトル山麓の16世紀初期の修道院群』は、メキシコ北部領土における福音伝道と植民地化の一環として建築されました。メキシコのモレロス州、プエブラ州、トラスカラ州に位置する15の構成資産で成り立っています。それらは16世紀前半にメキシコへ最初に辿り着いたフランシスコ会(1524年着)、ドミニコ会(1526年着)、アウグスチノ会(1533年着)の修道士たちが築いた修道院でした。いずれもスペイン本国やヨーロッパなどにおける従来の建築プランとは異なる、この地域で急速に広まった新たな建築様式が採用されました。またすでに先住民が密集して暮らしていた場所に修道院を設立し、都市集落の中心となることを目指していました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ホヤ・デ・セレンの考古遺跡

Joya de Cerén Archaeological Site
ホヤ・デ・セレンの考古遺跡
エルサルバドル西部の「ホヤ・デ・セレンの考古遺跡」は600年頃のロマ・カルデラ火山の噴火によって埋もれた農村集落の遺跡です。200人ほどの住民が暮らしていたと考えられていますが、突然の火山の噴火によって急に集落を放棄せざるを得なかったためか、豆の入った鉢などが散在した状態で見つかるなど、当時の生活の様子をそのまま伝える貴重な遺跡です。この集落跡は1976年に穀物貯蔵庫を建設する工事の際に偶然見つかったものですが、その後の発掘調査により、スペイン到達前のメソアメリカにおける村落の様子が非常に良好な保存状態で見つかっています。日干しレンガでつくられた住居跡や共同浴場跡、木製農耕具がほぼ完全な状態で発掘されたほか、陶器や香具、染料などの日用品やトウモロコシやカカオ豆といった食料までもが発見されています。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: エルサルバドル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ホラショヴィツェの歴史的集落

Holašovice Historic Village
ホラショヴィツェの歴史的集落
ホラショヴィツェは、チェコ共和国南部の南ボヘミア州で最も大きな街であるチェスケー・ブジェヨヴィツェの西15㎞に広がる田園地帯にある小さな村で、世界遺産で知られるチェスキー・クルムロフの北24㎞に位置します。この村の土地は、13世紀にボヘミア王がシトー会派のヴィシー・ブロト修道院に寄進したもので、中世から続く伝統的な農村の景観が今も残されています。南北に延びたほぼ長方形の共有の緑地広場の一角には小さな養魚池があり、その緑地を囲むように並木道に沿って120棟の民家が整然と並んでいます。そして、23の農場、ネポムクの聖ヨハネに捧げられた小さな礼拝堂、十字架、鍛冶場が配置されています。民家は18世紀から19世紀にかけてつくられた南ボヘミア地方特有の民族的バロック様式で、屋根や切妻の壁は黄色やピンクなどのパステルカラーに彩られ、装飾も施されています。礼拝堂は、高い鐘の形をしたファサードに特徴があり、屋根の上には鐘楼がもうけられています。平屋建ての鍛冶場と鍛冶屋の住居は、緑地広場の中央付近にあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: チェコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ボルドー、月の港

Bordeaux, Port of the Moon
ボルドー、月の港
「ボルドー、月の港」は、世界的に有名なワイン生産地域の中心都市としての役割と、地域および国際レベルでの商業における港の重要性により、2000年以上にわたる人類の価値交流の卓越した例です。18世紀初頭から発展した都市計画と建築の集合体は、ボルドーを古典主義や新古典主義の傑出した例として位置づけ、都市や建築の統一性と調和を際立たせています。その都市計画を代表する場所が、ガロンヌ川に面してたたずむブルス広場です。大劇場(フラン・テアトル)は、建築家ヴィクトル・ルイによって設計された建物です。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ポルトヴェーネレ、チンクエ・テッレと小島群(パルマリア島、ティーノ島、ティネット島)

Portovenere, Cinque Terre, and the Islands (Palmaria, Tino and Tinetto)
ポルトヴェーネレ、チンクエ・テッレと小島群(パルマリア島、ティーノ島、ティネット島)
広くはリヴィエラと呼ばれた地域のうち、イタリアのジェノヴァを挟んで西側の一帯は、フランスのニースまで続く国際リゾート地帯となっています。一方、東側に当たるイタリア半島北西部のリグリア海の海岸線一帯は未開発なままで1,000年にわたり自然と共存共栄を図ってきた街並を残しています。ここでは現在も、ブドウ栽培や漁業などでの伝統的な生活を送る人々が暮らしています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

ポルトの歴史地区、ルイス1世橋とセラ・ド・ピラール修道院

Historic Centre of Oporto, Luiz I Bridge and Monastery of Serra do Pilar
ポルトの歴史地区、ルイス1世橋とセラ・ド・ピラール修道院
ドウロ川の河口に位置するポルトは海洋通商の中心地として発展したポルトガル第2の都市です。15世紀には大航海時代を導いたエンリケ航海王子の海外進出を支援しました。ポルトには12世紀以来、ポルトガル経済を支えた商人たちが築いた数多くの建造物が残っています。建造物にはロマネスクやゴシック、ルネサンス、バロック、新古典主義、近代といった時代を超えた様々な建築様式が存在しています。世界遺産に登録されているのはフェルナンド王の市壁の内側の部分です。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ホルトバージ国立公園:プスタ(大平原)

Hortobágy National Park - the Puszta
ホルトバージ国立公園:プスタ(大平原)
中央ヨーロッパ西部から東ヨーロッパにかけて、プスタという大平原が広がっています。その大部分をハンガリーが領有していますが、ハンガリー東部のプスタは『ホルトバージ国立公園』の名で世界遺産に登録されています。なお、同国立公園はハンガリー初の国立公園であり、湿地林や三日月湖、沼地なども広がり、1979年にラムサール条約にも登録されています。ただ、世界遺産に関しては、プスタ自体の遺産価値は現在認められておらず、この地で2,000年以上にわたって伝統的な牧畜利用がされてきたことや、人と自然が調和した文化的景観が認められ、自然遺産ではなく文化遺産として登録されています。この地は放牧に適しており、何と紀元前2000年頃から遊牧民が移住してきたということもわかっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ハンガリー / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

ポレチュ歴史地区にあるエウフラシウス聖堂の司教関連建造物群

Episcopal Complex of the Euphrasian Basilica in the Historic Centre of Poreč
ポレチュ歴史地区にあるエウフラシウス聖堂の司教関連建造物群
クロアチア西部イストラ半島のアドリア海に面する地、ポレチュは、紀元前2世紀に古代ローマ帝国が建設した街です。ここには4世紀から6世紀にかけて建てられた初期キリスト教関連の建造物群があります。エウフラシウス聖堂は、4世紀創建の礼拝堂を6世紀中ごろ司教エウフラシウスが改築したもので、同時代のビザンツ建築の中心地であったラヴェンナの影響が強く見られ、初期キリスト教建築とビザンツ様式が融合した宗教建築の傑作といわれています。バシリカ聖堂本体に加え、中央のアプスやアトリウム、そしてモザイク画などが良好な状態で保存されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: クロアチア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ボローニャのポルティコ群

The Porticoes of Bologna
ボローニャのポルティコ群
「ポルティコ」とは建物に付属したアーケード状の建造物で、歩行者を雨や日差しから守る役目をし、ちょうど日本の雪国に見られる「雁木(がんぎ)造」に似たものです。イタリア北部のボローニャでは、中世以降建造されてきたポルティコが、市内中心部だけでも長さ30km以上にわたり残されています。ポルティコは街のシンボルであり、アイデンティティともなっています。世界遺産には、異なるタイプや年代的段階を示す12ヵ所が登録されています。最長の「聖ルカのポルティコ」は長さ4kmで666本の柱があり、昇天祭の際にはここを伝統的な行列が行進します。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ポン・デュ・ガール(ローマの水道橋)

Pont du Gard (Roman Aqueduct)
ポン・デュ・ガール(ローマの水道橋)
フランス南部オクシタニー地域に位置する「ポン・デュ・ガール」は、紀元前19年頃に古代ローマの政治家アグリッパが建設を命じた水道橋です。古代ローマの植民都市ネマウスス(現在のニーム)に水を供給するために1世紀中頃に建設された全長約50kmの水道の一部で、ユゼス近郊のウールの泉から水を運ぶ役割を果たしていました。水道橋は三層構造となっており、最上部までの高さは49m、水路部分の長さは下層から142.35m、242.55m、275mと上層になるほど長くなっています。岩盤の上に築かれた水道橋は、地形と調和しながら力強いラインを描いており、ローマ建築技術の偉業であると同時に、風景を一変させる芸術作品でもあります。 
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right