World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iii))

スケリッグ・マイケル

Sceilg Mhichíl
スケリッグ・マイケル
スケリッグ・マイケル島は、アイルランド語で「天使ミカエルの岩」を意味し、アイルランド南西沖12㎞の海上に浮かぶスケリッグ諸島に属する、面積約0.219㎢の小島です。島はデボン紀の砂岩による断層により、中央に「キリストの谷」や「キリストの鞍」と呼ばれる海抜130mのU字型の窪地が形成されており、その両側には北東に185m、西南西に218mの山頂がそびえる急峻な岩山となっています。島内には上陸地点が3ヵ所あり、主要な修道院遺跡へは階段でつながっています。島はシロカツオドリの大繁殖地であり、その他にも多くの海鳥が生息していることから、自然保護区に指定されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: アイルランド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iii)(iv)
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スコータイと周辺の歴史地区

Historic Town of Sukhothai and Associated Historic Towns
スコータイと周辺の歴史地区
スコータイは、タイ族がクメール族に代わって築いた初代スコータイ王朝の都で、13世紀から15世紀にかけて繁栄しました。特に、スコータイ王朝第3代ラームカムヘーン王の時代に最盛期を迎え、タイ文字を創り出したほか、上部座部仏教を受容して数多くの仏教寺院が建てられました。最大の寺院はワット・マハータートで、初代王インタラティットによって建てられたと言われています。こうしたスコータイ王朝の繁栄は、後のタイという国の形成にも大きな影響を与えることになります。いわゆるタイ文化の基礎を築いた都市であり、当時の宗教や社会、経済の発展を今に伝えています。
地域: 東・東南アジア / 国名: タイ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(iii)
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スタリ・ラスの遺跡とソポチャニの修道院

Stari Ras and Sopoćani
スタリ・ラスの遺跡とソポチャニの修道院
スタリ・ラスは、ラシュカ川とセベチェヴォ川の合流点近くの山岳地帯に位置し、セルビア王国の最初の首都となった都市です。丘の上のグラディナ要塞や麓のトゥルゴヴィシュテの待ちなど、9世紀頃から建造された建造物が残る考古学遺跡となっています。これらは、中世においてセルビア民族がスラヴ文化や他の民族の文化にもたらした独自の貢献を象徴しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: セルビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)
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ステチュツィ:中世の墓碑の残る墓所

Stećci Medieval Tombstone Graveyards
ステチュツィ:中世の墓碑の残る墓所
ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、モンテネグロ、セルビアの4ヵ国28箇所の墓所と4,000基もの中世の墓碑がシリアル・サイトかつトランスバウンダリー・サイトとして世界遺産に登録されています。これらの墓石は12世紀後半から16世紀にかけて築かれたもので、正教会、カトリックに加えて15世紀後半まで存続していたボスニア正教会などによって埋葬に使用されていたため、宗派を超えた多様性を持つことで知られています。ステチュツィの形態はヨーロッパの広範囲な地域の影響を受けており、その形状やレリーフに用いられている装飾文様や文字などは中世におけるヨーロッパの文化の多様性の証拠となっています。
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ストーンヘンジ、エイヴベリーの巨石遺跡と関連遺跡群

Stonehenge, Avebury and Associated Sites
ストーンヘンジ、エイヴベリーの巨石遺跡と関連遺跡群
イギリス南部のソールズベリー平原にあるストーンヘンジとエイヴベリーは、先史時代に築かれたとされる、謎を秘めた巨石遺跡群です。ストーンヘンジの建設時期は大きく3つに分けられています。第1期は紀元前3100〜前2200年頃の直径100mもの外周部が形成された時期、第2期は前2100〜前2000年頃のブルー・ストーンと呼ばれる青みのある石でメンヒル群(直立石の上に水平に石を載せて連結したもの)が形成された時期、第3期は前2000〜前1100年頃の直径30mの環状列石とその内側に3つの石を門形に組んだトリリトン(三石塔)5組が馬蹄形に配置された時期とされています。これらの巨石遺跡が担っていた役割については未解明ですが、夏至の朝に環状列石の外にあるヒールストーン付近から太陽が昇り、中心部を照らすことなどから石の配置には天文学的な意味があるのではないかと考えられています。 ストーンヘンジ周辺にはダーリントン・ウォールズなどのています。
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ストゥデニツァ修道院

Studenica Monastery
ストゥデニツァ修道院
12世紀から15世紀に隆盛を誇ったセルビア王国ネマニッチ朝の始祖、ステファン・ネマニャによって創建された修道院で、セルビア盛況で最大の規模を誇っています。彼の遺体のほか、その妻アナスタシアや初代セルビア国王であるステファン1世もこの修道院に眠っています。この修道院を中心にコンスタンティノープル総主教庁からの独立によってセルビア正教会が成立しており、セルビアの文化的な中心となっていました。
地域: ヨーロッパ / 国名: セルビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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ストックレ邸

Stoclet House
ストックレ邸
ブリュッセルの高級住宅地に立つストックレ邸は、ウィーン分離派(ゼツェッション)の中心メンバーのひとり、オーストリアの建築家ヨーゼフ・ホフマンによって1905年から1911年にかけて設計・建設されました。ウィーン分離派の理念に基づき、建築、内装、家具、装飾品、庭園に至るまで一貫した美学が追求されており、ホフマンの代表作として評価されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ベルギー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2009年 / 登録基準: (i)(ii)
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ストラスブール:グラン・ディルからヌースタットのヨーロッパの都市景観

Strasbourg, Grande-Île and Neustadt
ストラスブール:グラン・ディルからヌースタットのヨーロッパの都市景観
ストラスブールの歴史は、紀元前12年ごろ、古代ローマ軍がイル川の中州に築いた駐屯地に起源を持ちます。ドイツ語で「街道の街」を意味します。ストラスブールのグラン=ディルとヌースタットは、ヨーロッパのラインラントの都市の典型的な例を構成しています。旧市街にはロマネスクとゴシック様式の混在するノートル・ダム大聖堂が位置しています。プティット・フランスと呼ばれる一角にはハーフティンバー様式のドイツ風木造家屋が立ち並んでいます。大聖堂を囲むように広がる眺望は、統一された都市空間を生み出し、河川と運河を中心とした独特の景観を形成しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (ii)(iv)
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スピエンヌにある新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)

Neolithic Flint Mines at Spiennes (Mons)
スピエンヌにある新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)
モンス市の南東に位置するスピエンヌの新石器時代の火打石鉱山は、100㏊以上の面積を有しており、ヨーロッパ北西部における最も広大かつ最古の古代鉱山の集積地です。紀元前5千年紀の最終四半期から紀元前3千年紀の前半にかけて、この場所は集中的な火打石採掘の中心地でした。地表には数百万もの加工された火打石の破片が散乱し、地下には、新石器時代の人々が掘った垂直の立坑と地上に繋がった広大な坑道網が広がっており、その規模と歴史は特筆すべきものです。
地域: ヨーロッパ / 国名: ベルギー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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スプリトのディオクレティアヌス帝の宮殿と歴史的建造物群

Historical Complex of Split with the Palace of Diocletian
スプリトのディオクレティアヌス帝の宮殿と歴史的建造物群
クロアチア南部の港町スプリトには、ローマ皇帝ディオクレティアヌス帝(在位:284〜305年)が退位後に余生を過ごした宮殿が存在しました。ディオクレティアヌスは、軍人皇帝時代を終結させた後に専制君主政を始め、またローマ帝国最大かつ最後のキリスト教徒迫害を行ったことで知られている人物です。305年に帝国の再建を見届けると、故郷サロナ近郊のスプリトに造営していた宮殿に移り住みました。東京ドーム3分の2ほどの大きさを誇る広大な宮殿に、ディオクレティアヌスは11年間過ごしたと言われていますが、没後は帝国の衰退とともに宮殿は放置されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: クロアチア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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スホクラントと周辺の干拓地

Schokland and Surroundings
スホクラントと周辺の干拓地
6,000年に及ぶ海との闘いの歴史を象徴する干拓地 スホクラントは元々半島でしたが、15世紀までに島となり、海の侵食によって人が住めなくなったため1859年に避難を余儀なくされました。しかし、20世紀初頭に始まった大規模
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (iii)(v)
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西夏王陵群

Xixia Imperial Tombs
西夏王陵群
中国寧夏回族自治区・銀川市の西方、賀蘭山東麓に広がるのが「西夏王陵群」です。11世紀から13世紀にかけてタングート族が築いた西夏王朝(1038~1227)の皇帝陵墓群です。約40㎢にわたる広大なエリアに、9基の皇帝陵を中心に271基の陪葬墓、宮殿や防御施設、治水遺構などが点在しています。中国における西夏時代最大かつ最も保存状態の良い考古遺跡であり、タングート王朝の皇統を示す唯一無二の証拠としても評価されています。その墓制や建築技術、葬送儀礼には農耕文化と遊牧文化、中国的な帝権観念、さらには仏教の要素が複雑に融合しており、多民族交流の成果が具体的な形で残されています。シルクロードの交通拠点として栄えたこの地は、中国文明の多元性と多民族融合を象徴するとともに、世界文明史においても重要な位置を占めています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (ii)(iii)
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聖カトリーナ修道院地域

Saint Catherine Area
聖カトリーナ修道院地域
聖カトリーナ修道院は、エジプト北東部のシナイ半島南部、シナイ山(標高2285m)北麓にあるギリシア正教の修道院です。この山のふもとは、『旧約聖書』でモーセが神から「十戒」を授けられた場所とされ、古くからユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒にとって宗教的に重要な意味を持つ聖地とされてきました。険しい山岳地帯の続く過酷な環境にもかかわらず、一帯には数多くの考古学的・宗教的遺跡やモニュメントがあり、巡礼者らにインスピレーションや心の平穏をもたらす景観を形成しています。初期キリスト教会では、辺境地に修道院共同体を設立して禁欲的な修道生活を送ることが広く行われましたが、聖カトリーナ修道院は、そうした修道院の中でも最も初期のものの一つです。今も修道士たちが静かな祈りの生活を続ける、世界最古のキリスト教修道院となっています。
地域: アフリカ / 国名: エジプト・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)(vi)
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聖山アトス

Mount Athos
聖山アトス
エーゲ海に突き出たアクティ半島は、全体がギリシャ正教の聖地です。その東南端にそびえる標高2,000mを越える山がアトス山であり、「聖山アトス」と呼ばれています。この世界遺産は同じくギリシャ正教徒の聖地である『メテオラの修道院群』と同じ1988年に、どちらも複合遺産として登録されました。このあたりの海岸線は非常に複雑であり、その結果、ギリシャでもっとも多くの種類の植物が育っているのです。なお、陸のルートは封鎖されており、巡礼者や観光客は船からしか聖山アトスに行けなくなっています。ダフニ港が入山するための唯一の入り口なのです。修道士がこの地に最初に修道院を築いたのは10世紀半ばと言われていて、以降、次々と修道院が建てられていきます。現在活動する修道院の数は約20です。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(v)(vi)(vii)
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聖山スレイマン・トー

Sulaiman-Too Sacred Mountain
聖山スレイマン・トー
キルギスのフェルガナ渓谷のオシ市に位置するスレイマン・トーはイスラーム以前から信仰されていた聖なる山です。この山は中央アジアシルクロードの重要な街道の交差点に位置しており、旅人にとっては灯台の役割を果たしていました。スレイマン・トーはイスラーム以前からも信仰の対象とされていて、また、イスラーム以前とイスラームの文化がうまく融合した結果、さまざまな遺跡や建築物が残っているところが非常に特徴的だと言えるでしょう。
地域: 西・南アジア / 国名: キルギス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2009年 / 登録基準: (iii)(vi)
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青城山と都江堰水利施設

Mount Qingcheng and the Dujiangyan Irrigation System
青城山と都江堰水利施設
都江堰(とこうえん)水利施設の建設は紀元前3世紀に始まり、2,250年以上経った現在も、岷江(びんこう)の水を制御し、成都平原の肥沃な農地へ水を供給し続けている生きた遺産です。この水利施設はダムを使用せず、自然の地形と水文学的特徴を活用して、灌漑用水の取水、堆積物の排出、洪水対策、流量調整といった問題を解決した生態工学上の偉業です。唐、宋、元、明の時代に改修・拡張が行われ、現在では6,687㎢の農地に灌漑を行っています。これは古代中国で達成された科学技術の大きな進歩を鮮明に示しています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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聖書ゆかりの遺丘群:メギド、ハゾル、ベエル・シェバ

Biblical Tels - Megiddo, Hazor, Beer Sheba
聖書ゆかりの遺丘群:メギド、ハゾル、ベエル・シェバ
遺丘(テル)とは、地中海東岸、特にイスラエル、シリア、レバノン、トルコ東部の平野部に、先史時代の居住地が長期間にわたり積み重なってできた丘状の遺跡です。イスラエル国内にある200以上の遺丘のうち、メギド、ハゾル、ベエル・シェバには、聖書にまつわる重要な都市遺跡が残っています。数千年にわたる遺構は、強力な中央集権的な権威、豊かな農耕活動、そしてエジプトとシリア、アナトリアとメソポタミアを結ぶ重要な交易ルートが存在したことを物語っています。これらは青銅器時代と鉄器時代の都市の富と権力を示し、失われた文明を今に伝える証拠でもあります。
地域: 西・南アジア / 国名: イスラエル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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聖地アヌラーダプラ

Sacred City of Anuradhapura
聖地アヌラーダプラ
スリランカのアヌラーダプラは、シンハラ王朝最初にして最長の都です。紀元前5世紀に興ったとされるシンハラ王朝において、ティッサ王はインドからやってきたマヒンダ王子の説法を聞きます。マヒンダ王子はマウリヤ朝の王、アショーカ王の息子であり、その説法に感銘を受けたティッサ王はすぐに仏教に帰依し、ここからスリランカ仏教の歴史が始まりました。それ以降、アヌラーダプラはシンハラ朝の都としてあり続け、10世紀末まで栄えました。10世紀には南インドのチョーラ朝の侵攻を受け衰退しましたが、ブッダにゆかりのある品々が遺されており、今でも聖地として多くの参拝者が訪れます。
地域: 西・南アジア / 国名: スリランカ民主社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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聖地群を経てウィリクタへと至るウィハリカの道(タテウアリ・ウアフイエ)

Wixárika Route through Sacred Sites to Wirikuta (Tatehuarí Huajuyé)
聖地群を経てウィリクタへと至るウィハリカの道(タテウアリ・ウアフイエ)
自然と精神世界が融合する重要な巡礼路 ウィハリカ(Wixárika)ルートはメキシコ中北部の5州にまたがり、全長500㎞以上におよぶ20の構成資産から形成される連続的文化遺産です。この巡礼路は「我が祖先の火の道(Tate
地域: 中米・カリブ海 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (iii)(vi)
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青銅器時代のサンマルラハデンマキ墓群

Bronze Age Burial Site of Sammallahdenmäki
青銅器時代のサンマルラハデンマキ墓群
フィンランド南東部にあるサンマルラハデンマキ墓群は、紀元前1500年から紀元前500年頃にかけてのスカンジナビア地方の青銅器文化の遺跡群で、36㏊の敷地には33基の埋葬墓が点在しています。墓は崖から採取された花崗岩の巨石で作られるのが通常でしたが、「フルート長石塚」と呼ばれる古い石壁に囲まれたものや「教会の床」として知られる大きな四角形をしたものなど、他では見ることのできない珍しいものも現存しています。これらの墓は、この地域に広まった太陽崇拝という新しい信仰に関係しており、農耕の導入と共に現れたと考えられている親族集団による土地所有の在り方を示しているとも考えられています。墓群は、この地域における社会的・宗教的構造を示す貴重な証拠であり、死者崇拝の文化や独特の埋葬法方など、当時の風習を物語る重要な遺産です。
地域: ヨーロッパ / 国名: フィンランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)(iv)
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聖都カイラワーン

Kairouan
聖都カイラワーン
チュニジアの中央部、海と山からほぼ等距離に位置する平野に670年に創建されたカイラワーンは、マグレブにおける最古のアラブ・イスラムの拠点であり、9世紀にアグラブ朝のもとで繁栄しました。12世紀に政治的首都がチュニスへ移された後も、カイラワーンはマグレブ地方における主要な聖都であり続けました。その豊かな建築遺産には、大理石やポルフィリー(紫斑岩)の柱を持つ壮麗な大モスク、9世紀に建てられた「三つの扉のモスク」が含まれています。5世紀にわたりイフリキヤの首都であったこの都市は、アラブ・イスラム文明の卓越した普及の場となりました。カイラワーンは、この文明の初期の時代とその建築的・都市的発展を独自に証言する存在です。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(v)(vi)
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聖都カラル・スペ

Sacred City of Caral-Supe
聖都カラル・スペ
ペルーのスペ川渓谷を見下ろす乾燥した砂漠の台地に位置する聖都カラル・スペは、およそ5,000年前の中央アンデス後期アルカイック期に遡る、アメリカ大陸で最も古い文明のひとつです。高度に発達した社会政治体制を備えており、この地域の文明の興隆を示す重要な証拠となっています。 6.26㎢にわたりデザインの洗練さと建築の複雑さが垣間見える遺跡となっており、特に、石と土で築かれた記念碑的な基壇状の構築物や、くぼんだ円形広場が特徴的です。6つの巨大なピラミッド構造物を含む複雑な都市計画は、強力な宗教的イデオロギーに基づいた祭祀機能を持っていたことも示唆しています。 遺跡から発見された「キープ」は、カラル社会が高度に発達し、複雑な情報を記録・伝達する能力を持っていたことを証明しています。この遺産は早期の放棄により、非常に良好な状態で保存されており、古代のアンデス文明を理解する上で貴重な資料となっています。
地域: 南米 / 国名: ペルー共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2009年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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聖ヒラリオン修道院/テル・ウンム・アメル

Saint Hilarion Monastery/ Tell Umm Amer
聖ヒラリオン修道院/テル・ウンム・アメル
パレスチナのガザ地区中部、ヌセイラート市域の海岸沿いの砂丘に位置する聖ヒラリオン修道院(テル・ウンム・アメル)は、4世紀に修道者ヒラリオンによって創設された、中東で最も古い修道院遺跡のひとつです。聖地における最初の修道共同体とされ、初期キリスト教修道制の成立と発展を理解するうえで極めて重要な遺跡です。古代においてこの地は、アジアとアフリカを結ぶ主要な交易路と巡礼路が交差する要衝にあり、宗教・文化・経済の交流拠点として大きな役割を果たしました。こうした立地条件により、修道院はビザンツ時代における「砂漠の修道院」文化の拠点のひとつとして発展し、周辺地域の宗教的・知的活動に大きな影響を与えました。
地域: 西・南アジア / 国名: パレスチナ国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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セウェル鉱山都市

Sewell Mining Town
セウェル鉱山都市
セウェル鉱山都市は、アンデス山脈の標高2,000mの地点、ランカグアの東60㎞に位置し、気候の極端な環境の中にあります。この町は、1905年にブレイデン・カッパー社によって建設され、後に世界最大の地下銅鉱山となるエル・テニエンテ銅山で働く労働者のための居住地として造られました。セウェルは、工業化された国の資源と現地の労働力が融合し、高価値の天然資源を採掘・加工するために世界各地の辺境に誕生した「企業町」の優れた例です。町は大型車両が通行できないほど急峻な地形に建てられており、鉄道駅から伸びる大きな中央階段を中心に構成されています。その階段沿いには、不規則な形の広場が点在し、装飾的な樹木や植物が植えられ、町の主要な公共空間となっていました。通りに並ぶ建物は木造で、鮮やかな緑、黄色、赤、青などに塗られていることが多く、町に彩りを添えています。最盛期にはセウェルには約15,000人が暮らしていましたが、1970年代にはほとんど放棄されました。
地域: 南米 / 国名: チリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)
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セゴビアの旧市街とローマ水道橋

Old Town of Segovia and its Aqueduct
セゴビアの旧市街とローマ水道橋
スペインの中心部、カスティーリャ・イ・レオン州にあるセゴビアは、エレスマ川とクラモレス川の2つの川に挟まれた地形を有効活用した要塞都市です。紀元前80年にはローマ帝国の支配下に入ったこの地は、ローマ帝国の重要拠点であり、イベリア半島の交通の要所でした。ローマ人が築いた水道橋は128本の柱が支える2層アーチで構成され、全長813m、最高部の高さ28.5mの規模を誇ります。ローマ水道橋は西暦50年頃に建設されたと考えられていますが保存状態も良好で、歴史的なセゴビアの街並みから切り離すことのできない街のシンボルとなっています。12世紀には、カスティーリャ王国のアルフォンソ6世によって、ローマ時代に要塞として建造された建物をアルカサル(王宮)へ改築します。また、1525年に建設が始まったカテドラル(司教座大聖堂)は完成までに約200年以上の歳月を要しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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セネガンビアのストーン・サークル遺跡群

Stone Circles of Senegambia
セネガンビアのストーン・サークル遺跡群
西アフリカ最西部のガンビア川沿いの長さ約350㎞、幅約100㎞の帯状地域には1,000以上の遺跡が点在しており、そのうちの4つの巨石環状列石群が世界遺産に登録されています。ガンビアのワッスとケルバッチ、セネガルのワナルとシネ・ンガネエの4か所には、合わせて93の環状列石と関連遺跡があり、その一部では発掘調査も行われています。調査によって、紀元1千年紀から2千年紀、さらに現代に至るまでの陶器や鉄器、装飾品、人骨などの考古学的資料が発見されています。これら4つの巨石遺跡は広大な地域に広がる伝統的な記念碑的巨石遺跡の象徴であり、顕著な普遍的価値を有しています。
地域: アフリカ / 国名: ガンビア共和国, セネガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (i)(iii)
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セビーリャの大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館

Cathedral, Alcázar and Archivo de Indias in Seville
セビーリャの大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館
スペイン南西部の都市セビーリャに残る大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館は、イスラム文化の痕跡、カトリック教会の権力、王室の主権、そしてスペインがアメリカ大陸の植民地を通じて獲得した貿易力を示す建造物群です。1403年にモスクの跡地に建設された大聖堂は、五廊式の構造をもつ世界で最も広大で豪華な宗教建築のひとつです。クリストファー・コロンブスの墓があることでも知られています。隣接する「ヒラルダの塔」は、1172〜98年にムワッヒド朝のヤアクーブ・アルマンスールが、大モスクのミナレットとして建設したもので、レコンキスタ(国土回復運動)後に鐘楼に転用されました。頂上には塔の名前の由来となった、キリスト教信仰の勝利を表す女性の銅像「ヒラルディージョ」が設置されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(vi)
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ゼメリング鉄道

Semmering Railway
ゼメリング鉄道
ゼメリング鉄道はアルプスを越えた最初の鉄道として世界遺産に登録されました。また、鉄道として初めて世界遺産登録された物件でもあります。ゼメリング鉄道は1848年に着工され、1854年に完成しました。それ以前はアルプスを越えるためには馬や徒歩での移動が主であり、鉄道での越境は非常に難しい課題でした。特に標高895mのゼメリング峠を越える鉄道の建設は困難とされていました。オーストリア帝国の鉄道技師カール・リッター・フォン・ゲーガは、新たな測量技術を開発し、二段アーチの高架橋やトンネルなどを建設して、わずか6年で鉄道を開通させました。ダイナマイトもない時代に、人力で岩を崩してこの難所に鉄道を開通したのはまさに奇跡の所業といえます。
地域: ヨーロッパ / 国名: オーストリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iv)
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セラ・ダ・カピバラ国立公園

Serra da Capivara National Park
セラ・ダ・カピバラ国立公園
ブラジル北東部のピアウイ州に位置するセラ・ダ・カピバラ国立公園は、アメリカ大陸における最古の人類の痕跡が発見された場所のひとつです。この公園には、旧石器時代から新石器時代にかけての人類が描いたと考えられている数万点に及ぶ岩絵が残されており、この地域の歴史や文化の変遷を物語っています。最古の遺物はおよそ5万年前に遡るものもあります。これらの発見は「人類はベーリング海峡を経て約1万2,000年前にアメリカ大陸に到達した」という従来の定説を覆し、南米における人類定住の歴史を大きく書き換えるものとなりました。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iii)
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セルギエフ・ポサドのトロイツェ・セルギエフ大修道院

Architectural Ensemble of the Trinity Sergius Lavra in Sergiev Posad
セルギエフ・ポサドのトロイツェ・セルギエフ大修道院
ロシア教会建築の「真珠」とも称されるトロイツェ・セルギエフ大修道院は、モスクワの北東70kmの地点にあるセルギエフ・ポサド市にあります。1337年、ロシアの偉大な修道院長であり、ロシア正教会の聖人の中でも最も崇敬される人物の一人である、セルギー・ラドネシスキーによって建立されました。トロイツェとは正教会の用語で他の教派でいう「三位一体」を示します。セルギーはモスクワ大公であったドミトリー・ドンスコイの精神的な助言者として高い名声を博し、1380年のクリコヴォの戦いではドンスコイに祝福を授けました。彼はまた、共住制修道生活の理念をロシアに広めたことでも有名です。この修道院はマコヴェツ丘陵の小さな木造教会として始まり、時代とともに発展し、強固なものとなっていきました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)
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