World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iii))

トラムンタナ山脈の文化的景観

Cultural Landscape of the Serra de Tramuntana
トラムンタナ山脈の文化的景観
地中海に浮かぶスペイン領マヨルカ島の北西岸に連なる険しい山岳地帯の急傾斜地には、段々畑のなかに村落や水車などの水利施設が点在する景観が広がっています。ここでは資源の乏しい環境下にもかかわらず数千年間にわたり農耕が行われてきており、特に10世紀からのイスラム支配の時代には、アラブ系の人々が得意とする地下水路カナートや用水路・貯水池などの技術が生かされ、オリーヴなどの栽培が発展しました。山の斜面に蜘蛛の巣のように張り巡らされた当時の集水・貯水と排水の高度な水利システムは現在も利用されています。13世紀末からのキリスト教勢力の支配の時代にもこれら水利施設は引き継がれて、加えて入植者のための水と土地の管理システムが構築され、さらに発展していきました。ここでは、地中海世界におけるイスラム世界とキリスト教世界の農業文化の交流の典型を見ることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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トリーアのローマ遺跡、聖ペトロ大聖堂と聖母聖堂

Roman Monuments, Cathedral of St Peter and Church of Our Lady in Trier
トリーアのローマ遺跡、聖ペトロ大聖堂と聖母聖堂
ドイツ西部、モーゼル川沿いに位置するトリーアは、1世紀にローマのアウグスティヌス帝が建設した植民都市を起源とし、次の世紀の初めには大きな交易都市として発展しました。3世紀末にはテトラルキア(四分統治)の首都の一つとなり、「第二のローマ」と呼ばれました。アルプス以北で、これほど多くの重要なローマ建築物やローマ時代の遺構が集中して残されている場所は他になく、その規模と質は、ローマ文明の卓越した証拠です。後期古典時代には、トリーアはローマ帝国最大級の都市の一つであり、ガリア、ゲルマニア、ブリタニア、ヒスパニアの長官府が置かれ、ディオクレティアヌス帝の改革後には西方帝国の副帝(カエサル)の座所となりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)(vi)
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トリノのサヴォイア家の王宮と邸宅

Residences of the Royal House of Savoy
トリノのサヴォイア家の王宮と邸宅
サヴォイア家の王宮と邸宅は、イタリア北部ピエモンテ州の州都であるトリノとその周辺に立地します。サヴォイア家は、11世紀初頭にフランス領内のアルプス地方に興った王家で、13~15世紀に北イタリアに領土を拡大しサヴォイア公国となりました。さらに、18世紀にサルディーニャ島を領有してサルディーニャ王国へと名を変え、イタリア統一運動を牽引し、統一後のイタリア王国の王家となりました。サヴォイア公国時代の1562年、サヴォイア公エマヌエーレ・フィリベルトは首都をトリノに移しました。支配者としての権力を誇示するため、大規模な王宮と邸宅群の建築を指示しました。そして、フィリベルトの後継者たちも建設を継続しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(v)
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トリポリのラシード・カラーミー国際見本市会場

Rachid Karami International Fair-Tripoli
トリポリのラシード・カラーミー国際見本市会場
レバノン第二の都市、地中海に面したトリポリには、「ラシード・カラーミー国際見本市会場」があります。これはブラジルの建築家であるオスカー・ニーマイヤーによって、1962年から1967年にかけて設計されたもので、1943年に独立を果たしたレバノンにとって近代化政策の中心的なプロジェクトでした。国際見本市のメインの建物は、ブーメランの形をした、幅70m長さ750mの巨大なホールです。各国の展示パビリオンが、一つのコンクリート製屋根の下に設置できました。
地域: 西・南アジア / 国名: レバノン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (ii)(iv)
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トルンの中世都市

Medieval Town of Toruń
トルンの中世都市
トルンは13世紀中頃にドイツ騎士修道会がプロイセン征服とキリスト教伝道の拠点として城を建設したことに始まります。街はヴィスワ川沿いに発展し、バルト海と東欧を結ぶ交易の要衝として発展しました。その後、ハンザ同盟の主要都市、穀物や木材、金属、毛皮などを取引する商業拠点となりました。14世紀から15世紀の数多くの壮大な公共建築や民間建築が数多く建てられ、コペルニクスの生家もこの時期に建設されました。特に、城と二つの都市が防衛壁で囲まれた構造は、中世の集落としては稀な形態をとっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)
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トロイアの考古遺跡

Archaeological Site of Troy
トロイアの考古遺跡
「トロイアの考古遺跡」は、トルコ西部、ダーダネルス海峡の南入口から4.8km離れたヒサルルック(トルコ語で「城塞のある丘」)の地に位置し、紀元前3000年頃から500年頃までの9の層を成している東西約240m、南北180mの都市の遺跡です。紀元前8世紀頃、ホメロスは、紀元前1250年頃の出来事とされるトロイア戦争を『イリアス』で描きました。特に、「トロイの木馬」とその陥落劇はよく知られています。しかし、長い間これらは、過去の神話上の物語であるとみなされてきました。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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トロオドス地方の壁画教会群

Painted Churches in the Troodos Region
トロオドス地方の壁画教会群
キプロス島西部のトロオドス山脈南麓の丘陵地帯に残る11世紀から16世紀にかけて建造された10の教会が世界遺産に登録されています。キプロス島は7世紀から10世紀まではイスラム勢力に支配されていましたが、11世紀以降は西欧からの聖地回復の動きとともに十字軍の前線基地となりました。11世紀以降に建造されたこれらの教会は、石造りの土台の上に木造で建てられており、外見はとても素朴に見えます。しかし、内部は華麗なフレスコ画のイコンが壁一面に描かれており、これらは当時のビザンティン美術の傑作群と言えます。加えて、これらは約500年間に亘り描かれ続けてきましたので、各時代の多様な様式が見られ、ポストビザンツの宗教画の歴史を示す貴重な例ともなっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: キプロス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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敦煌の莫高窟

Mogao Caves
敦煌の莫高窟
莫高窟は、中国甘粛省敦煌市郊外にある仏教遺跡で、五胡十六国時代の前秦(351~394年)の4世紀半ばから元代の13世紀までのおよそ1,000年にわたって造営された、世界最大級の仏教石窟寺院です。鳴沙山の東側断崖面の南北1,700mには735の石窟があり、そのうち492の石窟が保存されています。敦煌の歴史は、前漢(前202~後8年)の武帝が辺境の軍事拠点として築いたことに始まり、シルク・ロードの中継地点として発展しました。莫高窟が掘り始められたのは、366年のことで、西方出身の仏僧・楽僔が築いたとされています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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ナウムブルクの大聖堂

Naumburg Cathedral
ナウムブルクの大聖堂
ナウムブルク大聖堂は、1028年に建設が始まったチューリンゲン州の大聖堂で、ロマネスク後期からゴシック初期にかけての建築様式の変遷を示しています。内部の西側聖歌隊席や創設者像、ロッドスクリーンは無名の「ナウムブルクのマイスター」と呼ばれる彫刻家の傑作で、建築、彫刻、ステンドグラスを一体化した中世美術の頂点を示しています。特に12体の等身大創設者像はリアリズムを追求し、自然観察や古典文化を反映しています。建築全体が調和する様子からは、13世紀の宗教・芸術の変化を感じることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (i)(ii)
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長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産

Hidden Christian Sites in the Nagasaki Region
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産
九州北西部に点在する『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』は、17世紀から19世紀にかけて築かれた10の集落、城郭跡、そして教会堂で構成されており、禁教下でも信仰を守り抜いた人々の歴史を今に伝えています。信者たちは弾圧を逃れるため、海辺や離島など人目を避けられる場所に移り住み、「天草の﨑津集落」や「黒島の集落」などの共同体を形成しました。彼らは仏教や神道に似せた形式で信仰を装いながら、キリスト教の精神を独自に受け継ぎ、祈りや儀礼を工夫して、2世紀にわたり信仰を継承しました。そして1873年に禁教が解かれると、彼らは再び表舞台に立ち、教会建築などを通して現代へと引き継がれていきます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (iii)
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ナスカとパルパの地上絵

Lines and Geoglyphs of Nasca and Palpa
ナスカとパルパの地上絵
ナスカとパルパの地上絵は、ペルー南部の乾燥したナスカ高原とパルパ平原に広がる約450㎢の地域に点在しており、紀元前500年から紀元後500年にかけて、数千点以上の地上絵が描かれました。この地は年間平均降水量が10mm以下の乾燥地帯で、台地の表面に広がる褐色の小石を取り除くと、白い砂が露出するため、この色の違いを利用して地上絵が制作されました。
地域: 南米 / 国名: ペルー共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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ナポリの歴史地区

Historic Centre of Naples
ナポリの歴史地区
ナポリはヨーロッパ最古の街の一つで、イタリア南部カンパーニャ州のナポリ湾に面しています。街は2,500年の歴史があり、紀元前5世紀に古代ギリシャにより地中海貿易の拠点となる植民都市して建設されました。その地名は、「新しい都市」を意味するネアポリスが転じて、ナポリと呼ばれるようになりました。その後、多くの強国から支配を受けることになります。ローマ帝国や東ゴート王国により支配された後、6世紀にはビザンツ帝国の統治下に入りました。8世紀からはナポリ公国として自治を確保しましたが、12世紀にノルマン人によるシチリア王国に征服されました。シチリア王はナポリに宮廷を移して、多くの人文学者や芸術家を招いて保護し、文化の面で繁栄をもたらしました。その後、フランスやスペインなどの支配下を経て、イタリア統一運動により1861年に成立したイタリア王国の一都市となりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (ii)(iv)
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南漢山城(ナムハンサンソン)

Namhansanseong
南漢山城(ナムハンサンソン)
ソウルの南東約25㎞、標高の高い山地に築かれた『南漢山城(ナムハンサンソン)』は、1392〜1910年の朝鮮王朝が有事の際に首都を移すために設けた要塞都市です。その起源は7世紀の古代要塞にさかのぼりますが、17世紀初頭、清の侵攻を警戒して全面的に再建されました。険しい地形を利用した堅固な石造の城壁が山々を取り囲み、内部には王宮や役所、寺院、兵舎などが整備されました。建設と防衛には僧兵も参加し、国家の存亡をかけた防衛拠点としての役割を果たしました。朝鮮王朝が直面した危機の象徴であり、山の中の首都として人々を守り続けた場所です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ナン・マトール:ミクロネシア東部の儀礼的中心地

Nan Madol: Ceremonial Centre of Eastern Micronesia
ナン・マトール:ミクロネシア東部の儀礼的中心地
ミクロネシア連邦のポンペイ島の沖合には、およそ100を数える人工島があります。現地語で「ナン・マトール」と呼ばれ、「神々と人間との間に広がる空間」という意味を持つ遺跡群です。柱状玄武岩とサンゴの巨石や小石を積み上げてつくられた人工島は、幅が約1.5㎞、奥行約700mの海域に点在します。人工島にはそれぞれ宮殿や寺院、墓所、浴場や住居といった機能がありました。外海からの入り口は一つで、人々は、カヌーに乗り移動していたとされています。ナン・マトールは太平洋地域で最大規模を誇る遺跡で、今もなお、地元民によって神聖な場所とみなされています。しかし、マングローブなど植物の繁茂や、水路でのシルト堆積といった脅威により、世界遺産リスト登録と同時に危機遺産リストにも記載されました。
地域: オセアニア / 国名: ミクロネシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)(vi)
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ニース:リヴィエラの冬のリゾート都市

Nice, Winter Resort Town of the Riviera
ニース:リヴィエラの冬のリゾート都市
地中海沿岸、アルプス山脈の麓に位置するニースは、その温暖な気候と、海と山に挟まれた美しい自然環境を活かし、18世紀半ば頃から冬のリゾート地として発展してきました。とりわけイギリスから訪れた貴族階級の家族に人気を集め、冬の避寒地として定着していきました。その後の約1世紀にわたり、滞在者の増加と社会的・文化的な多様性が、旧市街周辺での新たな都市区画の段階的な開発を促進しました。こうした冬の訪問者による影響に加え、気候や風景を最大限に活かそうとする意識が都市計画や建築様式に反映され、ニースは国際的な冬のリゾート都市としての地位を確立していきます。また、1860年までサルデーニャ王国に属していたこと、さらに欧州各地や世界中からの旅行者の流入により、ニースは特に建築の分野において、多様な文化的影響が交差する場ともなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)
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ニア国立公園の洞窟群の考古学的遺産

The Archaeological Heritage of Niah National Park’s Caves Complex
ニア国立公園の洞窟群の考古学的遺産
ボルネオ島の西海岸に位置する「ニア国立公園」には、熱帯雨林と石灰岩に囲まれた巨大な洞窟群があります。ここは5万年にわたる人と熱帯雨林との関わりを示す証拠が数多く残されている遺産です。石器や装飾品など数々の考古学的遺物のほか、東南アジア最古の人骨も見つかっています。また、〝死者の舟〟と呼ばれる舟形の棺が見つかった洞窟には、赤いヘマタイトで描かれた先史時代の岩絵が発見されています。そこに描かれているのは、戦士や狩人を表現していると推測される人物や、周辺の森に生きる動物、そして、死んだ人の魂を死後の世界へ運ぶ舟です。これらは、当時の生活様式や複雑な葬送儀礼を今の私たちに伝えるものです。この遺産は、東南アジア島嶼地域での人類の発展過程や文化、自然環境適応力についての理解を深める上で、重要な手がかりとなっています。
地域: 東・東南アジア / 国名: マレーシア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (iii)(v)
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ニサのパルティア王国の要塞

Parthian Fortresses of Nisa
ニサのパルティア王国の要塞
ニサはトルクメニスタン南西部に位置するパルティア王国最初期の重要都市です。紀元前3世紀から紀元後3世紀にかけて政治・経済の中心として繁栄し、ローマ帝国の東方進出を食い止めた拠点としても知られています。現在は「旧ニサ」と「新ニサ」という2つの丘状遺跡から成り、旧ニサでは40もの塔に囲まれた王の城砦跡が残ります。ここからは宮殿・神殿・貯水池に加え、美術品が数多く出土しています。さらに、中央アジアの南北・東西の主要交易路が交差する都市として、文化と情報が行き交う拠点でもありました。自然侵食によって姿を変えていますが、城壁の規模や遺跡の配置は当時の威容が色濃く残されています。パルティア帝国の政治・経済の中心として栄えたこの場所は、ローマと対等に渡り合った富と文化の広がりを今に伝えています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルクメニスタン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iii)
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ニュー・ラナーク

New Lanark
ニュー・ラナーク
英国スコットランドのグラスゴーの南にある美しい渓谷に綿紡績工場を中心とした村があります。紡績工場は1785年の設立で、リチャード・アークライトが開発した水力紡績機を導入し、品質の向上と大量生産を可能にしました。紡績工場や付属設備の他に、工場労働者のための住宅や諸施設があります。ここを建設したのは実業家のデヴィッド・デイルで、その娘婿のロバート・オーウェンの人道主義思想を取り入れ、数々の労働者福祉の施設を設けました。
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乳香の大地:交易路と関連遺跡群

Land of Frankincense
乳香の大地:交易路と関連遺跡群
乳香とは、カンラン科の樹木から採取された樹脂を固めたものです。ミルクのような乳白色が特徴的なことから乳香と呼ばれており、フランキンセンスとも言います。なんと紀元前1000年頃から、金と同程度の価値があるとされ、最高級の香料として珍重されていました。オマーン南部のドファール地方はその乳香の世界最大の産地として知られ、乳香貿易で栄えました。構成資産としては4つ存在し、これらは卓越した南アラビア文明の証拠として今も厳重に保全されています。
地域: 西・南アジア / 国名: オマーン国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ヌビアの遺跡群:アブ・シンベルからフィラエまで

Nubian Monuments from Abu Simbel to Philae
ヌビアの遺跡群:アブ・シンベルからフィラエまで
エジプトの最南部からスーダン北部にかけてのナイル川沿いのヌビア地方は、アフリカ奥地との交易の中継地として栄え、紀元前1500年以降のエジプト新王国時代には多くの建築物が建てられました。しかし、1959年にアスワン・ハイ・ダムの建設計画が発表されると、遺跡群が水没してしまうことになり、ユネスコが世界に向け「遺跡救済キャンペーン」を展開することとなりました。その結果、多くの国からの支援でアブ・シンベル神殿他20件以上の移築が進み、多くの遺跡が水没から救われました。この時の「人類共通の宝物」という概念が、後の世界遺産誕生のきっかけとなりました。
地域: アフリカ / 国名: エジプト・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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ネゲヴにある香料の道と砂漠都市群

Incense Route - Desert Cities in the Negev
ネゲヴにある香料の道と砂漠都市群
ネゲヴ砂漠に点在するナバテア人のハルザ、マムシト、アヴダト、シヴタの4つの都市および関連する要塞や農業景観は、香料とスパイスの交易路の地中海側につながる道沿いに点在しています。このルートは、アラビア半島南部から地中海まで乳香と没薬を運ぶために、2,000km以上にわたって広がる交易路網でした。この交易は紀元前3世紀から紀元後2世紀にかけて大いに栄え、莫大な利益を生み出し、ヘレニズム・ローマ世界における乳香の経済的、社会的、文化的な重要性を雄弁に物語っています。また、この道は物資だけでなく、人材や思想の通路にもなりました。
地域: 西・南アジア / 国名: イスラエル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (iii)(v)
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ネスヴィシにあるラジヴィル家の建築と邸宅および文化関連遺産群

Architectural, Residential and Cultural Complex of the Radziwill Family at Nesvizh
ネスヴィシにあるラジヴィル家の建築と邸宅および文化関連遺産群
ベラルーシ中央部に位置するネスヴィシにあるラジヴィル家の建築群は、16世紀から20世紀にかけてヨーロッパで絶大な権力と影響力を持ったラジヴィル家が築いたものです。この一族は、この町を科学、芸術、工芸、建築の主要な中心地へと発展させました。彼らがここに招いた傑出した文化人や芸術家たちの手によって、西欧の建築様式と地元の伝統が見事に融合し、東欧における建築思想の伝播と新たな建築様式の発展に大きな役割を果たしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ベラルーシ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ネセビルの古代都市

Ancient City of Nessebar
ネセビルの古代都市
ブルガリア東部、黒海に突き出た岩の半島に位置するネセビルは、3,000年以上の歴史を持つ場所で、もともとはメネブリアと呼ばれるトラキア人の集落でした。紀元前6世紀初頭にはギリシャの植民都市となり、主にヘレニズム時代の遺構が今も残っています。その遺構には、アクロポリス(城塞)、アポロン神殿、アゴラ(広場)、そしてトラキア時代の城壁の一部が含まれています。その他にも、中世の聖スタラ・ミトロポリア教会や要塞などがあり、当時ネセビルは黒海西岸で最も重要なビザンツ都市のひとつでした。 
地域: ヨーロッパ / 国名: ブルガリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ネムルト・ダーの巨大墳墓

Nemrut Dağ
ネムルト・ダーの巨大墳墓
トルコにネムルト山という山があります。ここは古来、信仰の対象とされてきた聖なる山でした。標高約2,200mの山頂には、噴石が50m(当時は75m)の高さに積み上げられた、直径150mの巨大な円錐型の墳墓があります。この墓が築かれたのは紀元前1世紀。コンマゲネ王国という小国の王であったアンティオコス1世が自らのために築いたものです。この墳墓は1881年に発見され、1953年には調査が始まりますが、その全貌はいまだに解明されていません。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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ノール=パ・ドゥ・カレの鉱山地帯

Nord-Pas de Calais Mining Basin
ノール=パ・ドゥ・カレの鉱山地帯
ヨーロッパ随一の農業国の印象があるフランスですが、工業の分野でも発展している地帯があります。フランス北端にある『ノール=パ・ドゥ・カレの鉱山地帯』はフランス屈指の工業地帯であり、1,200㎢の中になんと109もの構成資産が存在しています。カレ地方は百年戦争でイギリスに約200年近く占領されたことでも有名です。この地で石炭の層が発見されたのは17世紀。イギリスやベルギーが産業革命を迎え、19世紀半ばにフランスも産業革命を迎えると、この地域の石炭や鉄鉱石の重要度が急激に高まりました。1850年代にはフランスで最も重要な鉱山地帯となり、坑道や石炭輸出のインフラに加えて、労働者が暮らす住宅やコミュニティ施設も次々に作られていきました。現在は閉山しているものの、20世紀後半まで現役であったため、150年近くにわたって機能してきた炭鉱都市の姿を今でもうかがえるのが貴重です。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ノヴゴロドと周辺の歴史的建造物群

Historic Monuments of Novgorod and Surroundings
ノヴゴロドと周辺の歴史的建造物群
ノヴゴロドは、9世紀にロシアで最初の首都となり、中央アジアと北ヨーロッパを結ぶ古代の交易路に位置していました。教会や修道院に囲まれたこの都市は、正教の精神性の拠点であるとともに、ロシア建築の中心地でもありました。ノヴゴロドは、ロシアの石造建築様式の発祥地であるとともに、この地を中心に盛んとなったノヴゴロド派は最古のロシア絵画流派の一つでもあります。そのため、ノヴゴロドは中世を通じてロシア美術の発展に影響を与え、文化的創造性の発展を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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バースの市街

City of Bath
バースの市街
イギリス南西部の都市バースは、1世紀に天然温泉をローマ式浴場に利用したローマ人によって築かれました。イギリス唯一の温泉地でありキングス・スプリング、ヘトリング・スプリング、クロス・バス・スプリングの3つの主要な温泉を有しています。アングロサクソン時代には、古英語で温泉を意味する言葉から「バース」と呼ばれるようになりました。また、バースの温泉には、壮大な浴場と社交場として建てられたローマ浴場のほかに、現代のサウナに似たテウダリウムや、水風呂のようなフリギダリウムも備えられていました。温泉が癒しとレクリエーションの中心となったこの街では現在でも、ローマ浴場やスリス・ミネルヴァ神殿が良好な状態で残っており、アルプス以北で最も有名かつ重要なローマ遺跡のひとつとされています。
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バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群

Cultural Landscape and Archaeological Remains of the Bamiyan Valley
バーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群
アフガニスタン北東部に位置するバーミヤン渓谷には、1世紀から13世紀頃にかけて築かれた、約1,000基におよぶ石窟寺院からなる一大仏教遺跡群が存在しています。この地はインド、中央アジア、西アジアを結ぶ交通の要衝であり、交易の中継地として栄えました。 バーミヤンは、さまざまな宗教や民族が交差する「文明の十字路」であり、遺跡群からは、かつてギリシア人がアム川流域に建国したバクトリア王国固有の芸術や宗教が、インド、ギリシア、ササン朝などの文化と融合し、やがてガンダーラ仏教美術へと変遷していった様子をうかがうことができます。仏教が中央アジアへと伝播し、隆盛を極めたことを示す貴重な遺跡です。
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ハーンの宮殿のあるシェキの歴史地区

Historic Centre of Sheki with the Khan’s Palace
ハーンの宮殿のあるシェキの歴史地区
カフカス山脈東部の南側斜面に位置する歴史都市シェキは、紀元前6世紀にまで遡る古い歴史を持っています。現在の歴史地区は、1772年の土砂洪水の後、それまでの場所より東にある山間の谷の高台に再建されました。重要な交易路に接していることから、多様な文化的影響を受けてきました。キリスト教は1世紀にはすでに伝わり、イスラーム教は7世紀に広まりました。18世紀まで、シェキはサファヴィー朝、オスマン帝国、カージャール朝など、さまざまな勢力の支配下にありました。1743年には、コーカサス地方で最初かつ最も強力なハーン国として独立し、その後19世紀初頭にはロシアの支配を受けました。こうした多様な文化の影響は建築にも見られます。ハーンの宮殿には、ムカルナスなどのイスラーム建築技法、美しい中庭、そしてヨーロッパから持ち込まれたガラスを釘や接着剤を使わずに木で格子状に組み込んだステンドグラス「シェベケ」など、18世紀アゼルバイジャン建築の粋が凝縮されています。
地域: 西・南アジア / 国名: アゼルバイジャン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (ii)(v)
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ハイファと西ガリラヤのバハイ教聖所群

Bahá’i Holy Places in Haifa and the Western Galilee
ハイファと西ガリラヤのバハイ教聖所群
バハイ教の2大聖地であるイスラエル北部のハイファと西ガリラヤ地方のアッコ周辺には多くの聖地が点在しています。一神教であるバハイ教は、イスラム教から派生したバーブ教を前身として19世紀に発祥しました。世界中から訳500万人もの信者を集めるバハイ教ですが、毎年、聖地巡礼を目的に訪れる人が絶えません。また、世界遺産としては26の構成資産が登録されています。アッコにある創始者バハウッラーの霊廟や、ハイファのバーブ教の祖であるバーブ(サイイド・アリー・ムハンマド)の霊廟をはじめ、様々な建物や記念碑が点在しています。さらに、ハイファの万国正義院は近代的な新古典主義様式が特徴の建物として知られています。
地域: 西・南アジア / 国名: イスラエル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (iii)(vi)
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