World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(iv))

聖地キャンディ

Sacred City of Kandy
聖地キャンディ
スリランカのキャンディには、仏教の中でも重要な遺物「ブッダの犬歯」が納められた聖地があります。16世紀にヴィマラ・ダルマ・スーリヤ1世がキャンディに都を移した際、仏歯を祀るために建てたダラダーマーリガーワ寺院です。祀られた犬歯は、4世紀にインドからスリランカに嫁いだ王女によってもたらされたもので、長い間王国の象徴として守られてきました。さらにこの犬歯は都が移るたびに一緒に移動したといわれており、仏教世界においてその存在の重要性が伝わります。
地域: 西・南アジア / 国名: スリランカ民主社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (iv)(vi)
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聖都アブー・メナー

Abu Mena
聖都アブー・メナー
エジプト北部地中海岸のアレクサンドリアの南西45kmにある、古代エジプトにおけるキリスト教巡礼の中心地で、原始キリスト教の流れをくむコプト教の聖地です。3世紀にはローマ帝国によるキリスト教弾圧が強まり、ここで聖者メナスが殉教しました。その埋葬地がここです。キリスト教が後任された後、ビザンツ帝国歴代皇帝の庇護を受け、4~5世紀にかけ巡礼地として発展しました。しかし、8世紀以降はイスラム勢力がここを支配し、10世紀には砂漠の民ベドウィンにより破壊され、13世紀には放棄されました。
地域: アフリカ / 国名: エジプト・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (iv)
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青銅器時代のサンマルラハデンマキ墓群

Bronze Age Burial Site of Sammallahdenmäki
青銅器時代のサンマルラハデンマキ墓群
フィンランド南東部にあるサンマルラハデンマキ墓群は、紀元前1500年から紀元前500年頃にかけてのスカンジナビア地方の青銅器文化の遺跡群で、36㏊の敷地には33基の埋葬墓が点在しています。墓は崖から採取された花崗岩の巨石で作られるのが通常でしたが、「フルート長石塚」と呼ばれる古い石壁に囲まれたものや「教会の床」として知られる大きな四角形をしたものなど、他では見ることのできない珍しいものも現存しています。これらの墓は、この地域に広まった太陽崇拝という新しい信仰に関係しており、農耕の導入と共に現れたと考えられている親族集団による土地所有の在り方を示しているとも考えられています。墓群は、この地域における社会的・宗教的構造を示す貴重な証拠であり、死者崇拝の文化や独特の埋葬法方など、当時の風習を物語る重要な遺産です。
地域: ヨーロッパ / 国名: フィンランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)(iv)
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聖都カラル・スペ

Sacred City of Caral-Supe
聖都カラル・スペ
ペルーのスペ川渓谷を見下ろす乾燥した砂漠の台地に位置する聖都カラル・スペは、およそ5,000年前の中央アンデス後期アルカイック期に遡る、アメリカ大陸で最も古い文明のひとつです。高度に発達した社会政治体制を備えており、この地域の文明の興隆を示す重要な証拠となっています。 6.26㎢にわたりデザインの洗練さと建築の複雑さが垣間見える遺跡となっており、特に、石と土で築かれた記念碑的な基壇状の構築物や、くぼんだ円形広場が特徴的です。6つの巨大なピラミッド構造物を含む複雑な都市計画は、強力な宗教的イデオロギーに基づいた祭祀機能を持っていたことも示唆しています。 遺跡から発見された「キープ」は、カラル社会が高度に発達し、複雑な情報を記録・伝達する能力を持っていたことを証明しています。この遺産は早期の放棄により、非常に良好な状態で保存されており、古代のアンデス文明を理解する上で貴重な資料となっています。
地域: 南米 / 国名: ペルー共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2009年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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セゴビアの旧市街とローマ水道橋

Old Town of Segovia and its Aqueduct
セゴビアの旧市街とローマ水道橋
スペインの中心部、カスティーリャ・イ・レオン州にあるセゴビアは、エレスマ川とクラモレス川の2つの川に挟まれた地形を有効活用した要塞都市です。紀元前80年にはローマ帝国の支配下に入ったこの地は、ローマ帝国の重要拠点であり、イベリア半島の交通の要所でした。ローマ人が築いた水道橋は128本の柱が支える2層アーチで構成され、全長813m、最高部の高さ28.5mの規模を誇ります。ローマ水道橋は西暦50年頃に建設されたと考えられていますが保存状態も良好で、歴史的なセゴビアの街並みから切り離すことのできない街のシンボルとなっています。12世紀には、カスティーリャ王国のアルフォンソ6世によって、ローマ時代に要塞として建造された建物をアルカサル(王宮)へ改築します。また、1525年に建設が始まったカテドラル(司教座大聖堂)は完成までに約200年以上の歳月を要しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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石窟庵と仏国寺

Seokguram Grotto and Bulguksa Temple
石窟庵と仏国寺
韓国の南東部にある吐含山(トハムサン)には、8世紀、新羅王朝の首都・慶州で栄えた仏教建築の傑作が残されています。新羅王朝中期に宰相の金大城によって建てられた、石窟庵(ソックラム)と仏国寺(プルグクサ)です。石窟庵は前世の父母のために、仏国寺は現世の父母のために建立されたと伝えられています。これらの建築物は、新羅王朝が栄えた時代の仏教建築の象徴であり、仏教の教えと精神が色濃く反映された場所でもあります。さらに、優れた石工技術の発展を証明する傑作であり、その精巧な造りは今日に至るまで多くの人々を魅了し、東アジアにおける仏教文化の重要な遺産として高く評価されています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (i)(iv)
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ゼメリング鉄道

Semmering Railway
ゼメリング鉄道
ゼメリング鉄道はアルプスを越えた最初の鉄道として世界遺産に登録されました。また、鉄道として初めて世界遺産登録された物件でもあります。ゼメリング鉄道は1848年に着工され、1854年に完成しました。それ以前はアルプスを越えるためには馬や徒歩での移動が主であり、鉄道での越境は非常に難しい課題でした。特に標高895mのゼメリング峠を越える鉄道の建設は困難とされていました。オーストリア帝国の鉄道技師カール・リッター・フォン・ゲーガは、新たな測量技術を開発し、二段アーチの高架橋やトンネルなどを建設して、わずか6年で鉄道を開通させました。ダイナマイトもない時代に、人力で岩を崩してこの難所に鉄道を開通したのはまさに奇跡の所業といえます。
地域: ヨーロッパ / 国名: オーストリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iv)
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セランゴール森林公園マレーシア森林研究所

Forest Research Institute Malaysia Forest Park Selangor
セランゴール森林公園マレーシア森林研究所
首都クアラルンプール郊外にある「マレーシア森林研究所・セランゴール森林公園」は、研究施設も備えた森林保全エリアです。ここはかつて錫の採掘が盛んに行われて劣化した土地でした。1920年代に人の手で植林し森を育てる取り組みが始められ、フタバガキ科の苗木をはじめ、当時入手可能であったあらゆる樹種が手植えされていきました。そして最終的に、成熟した低地熱帯林を再生することに成功しました。長年に及ぶ努力により、今では多くの樹木のほか、さまざまな昆虫類も生息するなど、豊かな生物多様性が維持されています。この遺産は、荒廃した錫の採掘跡地で立派な熱帯林の生態系を再生させた偉業を実証する希少な場所です。
地域: 東・東南アジア / 国名: マレーシア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (iv)
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セルギエフ・ポサドのトロイツェ・セルギエフ大修道院

Architectural Ensemble of the Trinity Sergius Lavra in Sergiev Posad
セルギエフ・ポサドのトロイツェ・セルギエフ大修道院
ロシア教会建築の「真珠」とも称されるトロイツェ・セルギエフ大修道院は、モスクワの北東70kmの地点にあるセルギエフ・ポサド市にあります。1337年、ロシアの偉大な修道院長であり、ロシア正教会の聖人の中でも最も崇敬される人物の一人である、セルギー・ラドネシスキーによって建立されました。トロイツェとは正教会の用語で他の教派でいう「三位一体」を示します。セルギーはモスクワ大公であったドミトリー・ドンスコイの精神的な助言者として高い名声を博し、1380年のクリコヴォの戦いではドンスコイに祝福を授けました。彼はまた、共住制修道生活の理念をロシアに広めたことでも有名です。この修道院はマコヴェツ丘陵の小さな木造教会として始まり、時代とともに発展し、強固なものとなっていきました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ゼレナー・ホラにあるネポムークの聖ヨハネ巡礼教会

Pilgrimage Church of St John of Nepomuk at Zelená Hora
ゼレナー・ホラにあるネポムークの聖ヨハネ巡礼教会
ゼレナー・ホラは、プラハ南東のボヘミアモラヴィア高地に位置する巡礼地です。1393年に殉教したプラハ大司教代理の聖ヤン・ネポムツキーに捧げるため、1719年から1727年にかけて建設されました。建設が始まって3年後の1722年、ネポムツキーは正式に「聖人」として認定されています。ゴシック様式とバロック様式の移行期における建築様式の優れた例とされるこの教会は、プラハ出身の建築家であるヤン・ブラジェイ・サンティーニにより、独自の様式でつくられています。
地域: ヨーロッパ / 国名: チェコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (iv)
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泉州:宋・元時代の中国における世界的な商業の中心地

Quanzhou: Emporium of the World in Song-Yuan China
泉州:宋・元時代の中国における世界的な商業の中心地
中国南西部の福建省にある泉州は、市内を流れる晋江と洛陽江が海へと注ぐ港に面した都市です。8〜9世紀頃に海上貿易の拠点として次第に発展し始め、宋代(960〜1276年)と元代(1271〜1368年)にあたる10〜14世紀にかけては世界的な貿易港として華々しい繁栄を遂げました。泉州は中国内陸部とアジアの海、そして世界とをつなぎ、「海のシルク・ロード」の東の拠点とも言われます。その名声は遠くヨーロッパまで伝わり、同時期の西洋の文献にはアラビア語でオリーブを意味する「ザイトゥーン」という名で登場します。13世紀にこの地を訪れたマルコ・ポーロは、著書「世界の記述」(東方見聞録)にて、泉州を世界最大の開港のひとつであると称賛しています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (iv)
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蘇州の園林

Classical Gardens of Suzhou
蘇州の園林
江蘇省東部、長江デルタに位置する蘇州は、いくつもの水路が張り巡らされた水郷の街です。紀元前514年に春秋時代に呉の都として築かれ、北方への物流の拠点として発展してきました。蘇州における庭園の歴史は紀元前6世紀に遡り、呉の王がつくった王室狩猟庭園が先駆けと言われています。4世紀頃に私的な庭園が築かれるようになり、18世紀に最盛期を迎えました。蘇州には50以上の庭園が残り、そのうちの9つは中国で最も優れた山水庭園であるとされています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)
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ソチカルコの古代遺跡地帯

Archaeological Monuments Zone of Xochicalco
ソチカルコの古代遺跡地帯
ソチカルコは、テオティワカンやパレンケ、ティカルなどメソアメリカの大国が崩壊した後の動乱期(紀元650〜900年頃)に築かれた要塞都市遺跡です。マヤ文化の影響に加え、メキシコ湾岸やオアハカなどメソアメリカの諸文明と交流していたことが判明しており、様々な文化が混ざり合って発展した時期の文化的・宗教的特徴が見られます。名称はナワトル語で「花々の館」を意味し、保存状態が非常に良く、当時の都市構造を今に伝えています。都市は最も高い丘を中心に6つの低い丘が取り囲み、大規模な土木工事によって階段やテラス、斜路が複雑に結ばれ、南北の大通りは基壇やピラミッドで空間が区切られていました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ソルターニーイェ

Soltaniyeh
ソルターニーイェ
「ソルターニーイェ」とは、アラビア語の『スルタンに関するもの』から転じて『スルタンの居場所』そして『首都』という意味になります。チンギス・ハンの孫のフラグが建てたイル・ハン国の古都で、第8代君主のオルジェイトゥによって14世紀初頭に都市が建設されました。ここはイラン北東部にあり、広大で緩やかな丘陵地に草原が広がり、もともとモンゴル語で「黄褐色の草地」という意味の「クンクル・ウラン」と呼ばれていた土地で、イル・ハン国の多くの君主が夏営地としていたところです。イル・ハン国はイスラム教を国教としていましたので、その世俗の君主はスルタンと呼ばれました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ソルテア

Saltaire
ソルテア
イギリス中央部の西ヨークシャー州ブラッドフォードにあるソルテアは、19世紀後半に建設された織物工場を中心とした街です。この街を建設したのは、実業家で政治家でもあったタイタス・ソルト卿です。彼の名前のソルト(Salt)と、工場の前を流れるエア(Aire)川を組み合わせて、街は「ソルテア」と名付けられました。紡績から織物まで生産工程を統合した二つの大型の工場を中心として、広い道路沿いに並ぶ800軒以上の労働者のための住宅や、学校、教会、集会所、さらには図書館やコンサートホールなどの娯楽施設も、計画的に配置されました。
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ソロヴェツキー諸島の文化歴史的建造物群

Cultural and Historic Ensemble of the Solovetsky Islands
ソロヴェツキー諸島の文化歴史的建造物群
ソロヴェツキー諸島は、白海の西部に位置する六つの島々からなる群島で、総面積は約300㎢に及びます。1430年代に創設されたソロヴェツキー修道院群は、北ヨーロッパの荒涼とした環境下におけるロシア正教会の修道士たちの粘り強さ、勇気、そして勤勉さを示す傑出した例です。15世紀以降はこの群島の活発な修道院活動の拠点となり、その後の修道院の歴史が豊富な遺構によって鮮やかに描かれています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (iv)
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ダーウェント峡谷の工場群

Derwent Valley Mills
ダーウェント峡谷の工場群
ダーウェント渓谷の北から流れるダーウェント川の周囲に、かつてはヒツジが放牧されている小さな寒村がありました。18世紀後半、産業革命の時代になると、それまで人力で木綿から糸を生成した紡績機を使っていましたが、水力を使った工場がこの寒村の一つ、クロムフォード村に造られ、クロムフォード・ミルとして稼働します。こうして世界で初めて、水力を使った紡績技術を実現させたのがリチャード・アークライトです。その後、このダーウェント川に沿って、ベルパー、ミルフォード、ダービーなど多くの村や街で工場ができ、一寒村であったこのエリアは一大工場地帯と変貌を遂げました。
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第一次世界大戦(西部戦線)の慰霊と記憶の場

Funerary and memory sites of the First World War (Western Front)
第一次世界大戦(西部戦線)の慰霊と記憶の場
1914年から1918年に、人類史上最初の世界大戦がありました。第一次世界大戦はイギリス・フランス・ロシアを軸とする連合国側と、ドイツ・オーストリアを軸とする同盟国側が衝突した戦争です。この戦争は、主にヨーロッパで展開されましたが、多くの植民地の人たちが徴兵されたことからも、世界大戦の性質を帯びています。また、これまでの戦争は、戦場における兵士たちが戦うという設定でしたが、この戦争では先述した植民地の人たちが徴兵されたり、各国の経済力・工業力・技術力、そして武器工場に従事する女性を含めた国民の全体が戦争に動員されたため、「総力戦」とも呼ばれています。以上のことから、誰もがすぐに終わると考えていたこの戦争は、実に四年間にわたり繰り広げられ、非常に多くの戦死者を出しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国, ベルギー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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泰山

Mount Taishan
泰山
中国東部の山東省にそびえる標高1,535mの泰山は、世界遺産の登録基準(i)から(vii)までの全てを認められている唯一の世界遺産です。東岳の泰山、西岳の崋山(陝西省)、南岳の衡山(湖南省)、北岳の恒山(山西省)、中岳の嵩山(河南省)という中国五岳の筆頭であり、多くの人々の信仰を集める道教の聖地です。『史記』 によると紀元前219年、秦の始皇帝はこの山の山頂で天を、そして山麓で地を祀る 「封禅」という儀式を行いました。これは始皇帝以前に72人の王が行っていた儀式を再現したものであるとされます。前漢(前202~後8年)の7代皇帝の武帝はこの儀式を国家的な祭祀として採用し、清(1636~1912年)の康熙帝まで、歴代の皇帝がこの地で封禅を行いました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)(vii)
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隊商都市ウワダン、シンゲッティ、ティシット、ウワラタ

Ancient Ksour of Ouadane, Chinguetti, Tichitt and Oualata
隊商都市ウワダン、シンゲッティ、ティシット、ウワラタ
ウワダン、シンゲッティ、ティシット、ウワラタはモーリタニア国内の4カ所に点在する都市です。これらはサハラ砂漠における重要な隊商交易路の中継地でした。サハラ砂漠の北から織物や武器、中央部からは塩、サハラ以南からは金と奴隷が運ばれ、この地を行き交いました。また、交易だけでなく宗教や文化の中心地としても発展しました。現代では砂漠化や水不足など、さまざまな環境問題に直面していますが、中世の街の特徴や機能を比較的良好な状態で残しています。
地域: アフリカ / 国名: モーリタニア・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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隊商都市ペトラ

Petra
隊商都市ペトラ
ヨルダン南部のペトラは紀元前2世紀にナバテア人によって築かれた隊商都市です。ナバテア王国の首都として機能し、古代ローマやアラビア半島、インドや中国との主要な交易中心地として発展しました。2世紀にローマ帝国に併合され、4~5世紀にはキリスト教関連の宗教施設も建設されました。ペトラは4世紀の大地震による被害と、交易路が変化されたことにより、1812年スイス人のイスラム学者によって再発見されるまで砂に埋もれていました。
地域: 西・南アジア / 国名: ヨルダン・ハシェミット王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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タオス・プエブロの伝統的集落

Taos Pueblo
タオス・プエブロの伝統的集落
タオス・プエブロは、ニューメキシコ州北部、タオス川沿いに位置する先住民タオス・プエブロ族の伝統的な集落です。タオス渓谷の古代遺跡は、タオス・プエブロ族が約1,000年前からこの地に定住していたことを示しています。現在の集落は14世紀に建設されたもので、タオス川の両岸に位置する「北の家」と「南の家」と呼ばれる集合住宅に分かれています。いずれも5階建てで、現在でも約150人がこの集落内で生活しています。そのため、タオス・プエブロはアメリカに現存する最古の現役住居群といえます。
地域: 北米 / 国名: アメリカ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (iv)
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タスマニア原生地帯

Tasmanian Wilderness
タスマニア原生地帯
オーストラリア大陸の南に位置するタスマニア島は、かつてゴンドワナ大陸の一部でオーストラリアと陸続きだった島です。2万1,000年前頃に、海水面の上昇によって本土と海峡で隔てられました。タスマニア島では、太古の姿を保った植物や独自の進化を遂げた動物が見られます。1982年に自然遺産として世界遺産登録されましたが、1989年には文化遺産の価値も認められて、複合遺産になりました。氷河の流動によって大地が浸食され、平坦な山頂や荒々しい斜面、多数の湖が誕生し、世界最大規模の壮観な原生地帯だといわれています。世界遺産には7つの国立公園にまたがる、総面積約1万5,842㎢のエリアが登録されています。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)(vii)(viii)(ix)(x)
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タヌムの岩絵群

Rock Carvings in Tanum
タヌムの岩絵群
スウェーデン西部ブーヒュースレーン地方北部に位置するタヌムの岩絵群は、紀元前1500年~紀元前500年頃に描かれた青銅器時代の岩絵が残されています。この一帯は花こう岩の岩盤に覆われた土地で、氷河の浸食によって滑らかになった岩肌が岩絵のキャンバスとなりました。ブーヒュースレーン地方北部には1,500カ所以上の岩絵遺跡があり、その中でもタヌムには360以上に及ぶ岩絵が残っています。ノミや石鎚のような工具で岩肌を削り、そこに顔料で色を施された岩絵には人間、動物、船、武器、太陽などのモチーフが描かれており、スカンジナビアの先史時代の生活と文化を今に伝えています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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タプタプアテア

Taputapuātea
タプタプアテア
タプタプアテアとは、フランス領ポリネシアのライアテア島にある文化遺産です。ハワイ諸島とラパ・ニュイ(イースター島)、ニュージーランドのアオテアロアを頂点とする三角地帯は「ポリネシアン・トライアングル」と呼ばれ、ポリネシア文化圏の定義のひとつとなっていますが、ライアテア島はこの三角地帯の中心に位置しています。ここは人類が最後にたどり着いた定住の地とされており、マラエ(祭祀場)群のある島と海、ラグーン、サンゴ礁、森林に覆われた2つの谷の美しい景観で構成されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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タフティ・バヒーの仏教遺跡とサリ・バロールの歴史的都市

Buddhist Ruins of Takht-i-Bahi and Neighbouring City Remains at Sahr-i-Bahlol
タフティ・バヒーの仏教遺跡とサリ・バロールの歴史的都市
タフティ・バヒーの仏教遺跡とサリ・バロールの歴史的都市は、パキスタンのガンダーラ地方で最も印象的な仏教遺跡のひとつで、同じ時代に属する2つの全く異なる要素で構成されています。タフティ・バヒーの仏教遺跡は1世紀初頭に建設された僧院群で、標高約36~152mの丘陵地帯に位置しています。7世紀頃まで使用されたタフティ・バヒーは、複数の仏塔を中心とした僧院や中庭、屋根付きの階段状の通路などで構成され、石材を石灰とモルタルで固めるというガンダーラ様式の技法が見られます。一方のサリ・バロールの歴史的都市は、タフティ・バヒーから5㎞ほど離れた地の細長い丘陵の上に築かれた古代の要塞都市の遺跡で、往時はガンダーラ様式の城壁に囲まれていたと考えられています。しかしながらサリ・バロールの遺跡は集落・住宅地の拡大によってその遺産の境界の管理が不十分で都市拡大による危機にさらされています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (iv)
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タフテ・ソレイマーン

Takht-e Soleyman
タフテ・ソレイマーン
イラン北西部の火山地帯にあり、「火」を神聖視するゾロアスター教の聖地となっていました。ゾロアスター教は世界最古の宗教のひとつで、紀元前6世紀のアケメネス朝ペルシア時代にはすでに信仰されており、その後のササン朝ペルシア時代には国教となりました。タフテ・ソレイマーンには国家的祭祀を行った聖なる拝火壇「アザル・ゴシュナスブ」がおかれ、聖地として発展しました。歴代のササン朝の王は王位を受け継ぐ際に、この場所で火を捧げたと言われています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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ダフニ、オシオス・ルカス、ヒオスのネア・モニの修道院群

Monasteries of Daphni, Hosios Loukas and Nea Moni of Chios
ダフニ、オシオス・ルカス、ヒオスのネア・モニの修道院群
『ダフニ、オシオス・ルカス、ヒオスのネア・モニの修道院群』は、いずれも11世紀に建造されました。ダフニ修道院はアテネ近郊にあり、南ギリシャで最も美しい修道院と言われています。オシオス・ルカス修道院はデルフィ近郊の、オリーブが茂る丘の中腹にあります。ネア・モニ修道院はエーゲ海東部にあるヒオス島に存在し、「新しい修道院」を意味しています。3つの修道院は地理的にも離れているのですが、同じ建築様式を有しており、いずれのドーム天井はモザイク画で飾られています。これらの修道院は、ビザンツ帝国が政治的に安定し、富を惜しみなく使った時代の建造物で、ビザンツ美術の粋が集められています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(iv)
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タブリーズの歴史的バザール群

Tabriz Historic Bazaar Complex
タブリーズの歴史的バザール群
イラン西部のタブリーズは、この地域の商業の拠点で地域経済の中心であり、イル・ハン国やサファヴィー朝の首都となった都市です。ここは古代から交易が盛んでシルクロードの中継地として繁栄し、商業・文化の交流の重要な拠点でした。ここにあるバザールは1,000年以上の歴史を持ち、中東最古のバザールです。ひとつながりの屋根に覆われたレンガ造りの建物群の中に、多様な機能を持つ空間が点在する複合施設で、イランの伝統的な商業と文化の繋がりが見てとれる事例です。このようなバザールの形はペルシャの都市計画のモデルの一つでした。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ダマスカスの旧市街

Ancient City of Damascus
ダマスカスの旧市街
紀元前3000年頃、メソポタミアとアラビア半島、地中海をつなぐ結節点に築かれた都市。郊外にある遺跡の調査で、紀元前10000年から紀元前8000年頃には人が定住していたことが明らかになっていて、世界最古の都市の1つと言えます。ローマ帝国やビザンツ帝国、オスマン帝国などさまざまな国家に支配され、東洋と西洋が交わる要衝としていつの時代においても文化、商業の中心地として栄えました。イスラム世界初の王朝となったウマイヤ朝の首都でもあり、アラブ世界の都市の模範となりました。
地域: 西・南アジア / 国名: シリア・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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