1~30件を表示中(全108件中)
アタプエルカの考古遺跡群
Archaeological Site of Atapuerca
アリカ・イ・パリナコータ州におけるチンチョーロ文化の集落と人工ミイラ製造技術
Settlement and Artificial Mummification of the Chinchorro Culture in the Arica and Parinacota Region
アル・アインの文化的遺跡群(ハフィート、ヒリ、ビダ・ビント・サウードとオアシス群)
Cultural Sites of Al Ain (Hafit, Hili, Bidaa Bint Saud and Oases Areas)
アルスランテペの遺丘
Arslantepe Mound
トルコ中央部、肥沃なマラティヤ平原に位置するアルスランテペは、紀元前6000年紀には人が住んでいたことがわかる高さ30mの考古学的遺丘です。「ライオンの丘」を意味し、これはヒッタイト時代の遺跡からライオン像が発見されたことに由来因ています。ウルやウルクなどのさまざまな都市国家がメソポタミア地方で出現しますが、それらの都市国家の影響を、アルスランテペは少なからず受けていたことも知ることができます。また、世界最古の文字は、メソポタミア地方でシュメール人が使用していたとされる楔形文字と言われていますが、それよりはるか前にこの地域で、官僚制度が登場したことも判明しています。文字のなかった時代(先史時代)で官僚制度が存在したというのは俄かに信じがたいかもしれませんが、食料の分配や物資の移動を管理するために用いられた何千もの印影が発見されたことから、官僚制度が存在していたことが明らかとなりました。
アルタの岩絵群
Rock Art of Alta
アルデシュ県ポン・ダルクの装飾洞窟:ショーヴェ・ポン・ダルク洞窟
Decorated cave of Pont d’Arc, known as Grotte Chauvet-Pont d’Arc, Ardèche
アル・ファーウ考古地域の文化的景観
The Cultural Landscape of Al-Faw Archaeological Area
アルプス山脈周辺の先史時代の掘立柱住居群
Prehistoric Pile dwellings around the Alps
アンテケラの支石墓遺跡
Antequera Dolmens Site
イベリア半島の地中海沿岸の岩絵群
Rock Art of the Mediterranean Basin on the Iberian Peninsula
ヴァッハウ渓谷の文化的景観
Wachau Cultural Landscape
ドイツ南部から中・東欧を抜けて黒海へと注ぐドナウ川の流域のうち、オーストリア北東部の都市メルクとクレムスの間に広がるヴァッハウ渓谷は、特に風光明媚なことで知られ、訪れる人に感動を与えてくれます。この地域の歴史は非常に古く、先史時代の遺物が数多く出土しており、ガルケンベルクでは約3万2,000年前の、ヴィレンドルフでは約2万6,000年前のものと推定される像が発見されています。その後の青銅器時代、鉄器時代を経て、ケルト人の王国ノリクムや、ローマ帝国の国境都市マウテルンが置かれるなど、歴史の舞台となりました。中世にはバーベンベルク家の支配下で町や修道院が発展し、11〜12世紀には現在の街の基礎が築かれました。ヴァッハウはドイツ叙事詩『ニーベルンゲンの歌』にも登場し、地域の歴史的重要性を物語っています。
ヴァルカモニカ(カモニカ渓谷の岩絵群)
Rock Drawings in Valcamonica
ウィランドラ湖地域
Willandra Lakes Region
オーストラリア大陸の南部、旧マンゴ湖周辺の砂漠地帯にある約1万5,000年前に干上がった乾燥湖です。ここはアフリカ以外で現生人類ホモ・サピエンス・サピエンスが生活していた痕跡が残る最古の地で、4~5万年前から先住民アボリジナル・ピープルが暮らしていました。かれらの描いた岩絵跡も残っており、複合遺産となっています。この地域からは、26,000年前に火葬された女性の骨など百数十体のホモ・サピエンス・サピエンスの骨が出土しており、世界最古の火葬場や植物食物の採集システムの痕跡も見つかっています。ウィランドラ湖は、新生代更新世(約25万年前~約1万2000年前まで)に4回あったとされる氷河期にも凍らなかったとされ、この期間の環境や生態系の変化、さらには現生人類ホモ・サピエンス・サピエンスの文化や生活の変遷を知ることのできる貴重な場所となっています。
ヴェゼール渓谷の装飾洞窟と先史遺跡
Prehistoric Sites and Decorated Caves of the Vézère Valley
ウォータートン・グレーシャー国際平和自然公園
Waterton Glacier International Peace Park
ウルル、カタ・ジュタ国立公園
Uluru-Kata Tjuta National Park
『ウルル、カタ・ジュタ国立公園』は、オーストラリア中央の半砂漠地帯に位置し、一枚岩のウルル(エアーズ・ロック)と、そこから約45km西にある36の巨岩群カタ・ジュタから構成されています。ウルルは周囲約9km、高さ348m、全長3,400mの巨大な花崗砂岩で、一枚岩としては世界2位の大きさを誇ります。約3~4億年前の造山運動により、水平だった砂岩層がほぼ垂直に立ち上がって地表に現れ、硬い岩質のため浸食や風化を免れて現在の姿が残りました。地中には岩全体の3分の2以上が埋まっていると考えられています。カタ・ジュタも同じ過程で形成されましたが、より軟らかい岩石でできていたため浸食と風化が進み、異なる形状になりました。名称は先住民アボリジナル・ピープルのアナング族の言葉で、ウルルは「日陰の場所」、カタ・ジュタは「たくさんの頭」を意味します。
エーランド島南部の農業景観
Agricultural Landscape of Southern Öland
スウェーデン南東部バルト海に浮かぶエーランド島の南部には、先史時代から現代に至るまで、人々が農業とともに生きたことを伝える景観が残っています。石灰岩質の痩せた土壌にもかかわらず約5,000年もの間、人々はこの島の地形に適応しながら暮らしてきました。現在見られる農業景観や地域社会には、鉄器時代にまで遡る土地利用・区分、地名といった独自の文化的伝統が残されています。また、青銅器時代や鉄器時代の墓所や、16~18世紀につくられた大小400基もの風車も残っています。島民は現在でも、何世代にも渡って耕されてきた土地を耕し、何千年と受け継いできた牧草地で家畜の放牧を行っています。この類稀な文化継承は「生きた農業景観」として将来世代へ受け継ぐ重要性を語っています。
エネディ山塊:自然的・文化的景観
Ennedi Massif: Natural and Cultural Landscape
オークニー諸島の新石器時代遺跡
Heart of Neolithic Orkney
オアハカの中部渓谷にあるヤグルとミトラの先史洞窟
Prehistoric Caves of Yagul and Mitla in the Central Valley of Oaxaca
オネガ湖と白海の岩絵群
Petroglyphs of Lake Onega and the White Sea
オモ川下流域
Lower Valley of the Omo
カカドゥ国立公園
Kakadu National Park
カホキア・マウンド州立史跡
Cahokia Mounds State Historic Site
カルナックとモルビアン沿岸の巨石群
Megaliths of Carnac and of the shores of Morbihan
カルメル山の人類の進化を示す遺跡群:ナハル・メアロット/ワディ・エル・ムガラ洞窟
Sites of Human Evolution at Mount Carmel: The Nahal Me’arot / Wadi el-Mughara Caves
ギョベクリ・テペ
Göbekli Tepe
ギョベクリ・テペは、文明発祥の地とされるメソポタミア地域に位置し、アナトリア南東部シャンルウルファ県オレンジク村の近くにある遺跡です。ここでは、新石器時代の神殿と考えられている巨石建造物が発見されています。1994年、ドイツ考古学研究所によるの発掘調査の結果、人類がまだ狩猟採集の生活を営んでいた約1万1,500年前に、世界で最も古い信仰の痕跡が見られることが分かりました。それまでの研究では、農耕が始まることで人類が定住生活を送るようになり、貧富の差がうまれ、やがて宗教的権力者が現われ、神殿が建てられるという文明発達の過程が定説とされてきました。狩猟採集の時代、人々は食料を求めて移動生活を送っていたため、大規模な建造物は存在しないとされていたのです。しかし、ギョベクリ・テペの発見はこの定説を覆し、農耕が始まる以前から神殿を建設するほど発達した文明の存在を示しているのです。
ククの古代農耕遺跡
Kuk Early Agricultural Site
オーストラリア大陸の北、パプアニューギニアの南部に位置するククの古代農耕遺跡は、7,000~6,400年前頃に植物の利用から農業へと転換した技術革新を示しています。海抜1,560mのクク湿地帯は、ニューギニア高地の山間の谷に位置しています。ここに人類は2万5,000年前頃の更新世後期に定住したと考えられています。30年にわたる遺跡の発掘調査によって、少なくとも7,000年前、おそらくは1万年前までには、この遺跡で耕作が行われていた証拠が見つかっています。また、7,000年前から4,000年前までの間に、自生している植物の採集から、排水された畑での体系的な農業へと、独自の大きな進化が起こったことが明らかになっており、これはオセアニアにおける植物の栽培化に関する最古の証拠です。サトイモ、ヤムイモ、その他のデンプン質の食物の加工に関わる石器も発見されており、この地域の住民は大きな土塁の上でバナナとヤムイモを栽培し、土塁の縁などでは湿った地面に耐えられるタロイモを栽培していたようです。バナナの中には、後に世界最大の栽培化されたバナナの元となった野生種も含まれていました。最近の遺伝子研究は、バナナが当初ニューギニアで栽培化され、その後東南アジアに広まったことを示唆しています。
クシェミオンキにある先史時代の縞状フリント(火打石)採掘地域
Krzemionki Prehistoric Striped Flint Mining Region
ケブラーダ・デ・ウマウアカ
Quebrada de Humahuaca
アルゼンチン北西端、アンデス山脈上に位置する「ケブラーダ・デ・ウマウアカ」は、グランデ川の浸食作用によって形成された、南北に約155kmにわたる渓谷です。アンデス高地の寒冷な高地砂漠高原から、温暖で湿潤な気候をもつフフイ渓谷まで広がるこの地には、1万年以上にわたり交易路として渓谷が利用されてきたことを示す遺跡が点在しています。 これらの遺跡には、先史時代の狩猟採集民および初期農耕社会(紀元前9000〜後400年)、大規模に組織化された農業社会(400〜900年)、繁栄した町や村(900〜1430年または1480年)、インカ帝国時代(1430年または1480〜1535年)、さらにはスペインによる町や村、教会(1535〜1810年)、アルゼンチン独立闘争(1810年〜20世紀)の痕跡が含まれています。