World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(i)(vi))

パドレ・テンブレケ水利施設の水道橋

Aqueduct of Padre Tembleque Hydraulic System
パドレ・テンブレケ水利施設の水道橋
パドレ・テンブレケ水利施設の水道橋は、メキシコ中央高原のメキシコ州からイダルゴ州にかけて約48kmにわたり延びる水道橋です。1555年から1572年にかけて建設されました。一段のアーチで築かれた水路としては最も高いものを組み合わせて建設されています。テペヤワルコにあるアーチ型の水道橋は水路の部分で約40mの高さがあり、アーチの部分でも約34mの高さがあります。水利システムは古代ローマ時代の水利技術から受け継がれるヨーロッパ伝統の技術とアドベ(日干しレンガ)を用いた伝統的なメソアメリカの建築技術との交流を示す一例となっています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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パナマのカリブ海側の要塞群:ポルトベロとサン・ロレンツォ

Fortifications on the Caribbean Side of Panama: Portobelo-San Lorenzo
パナマのカリブ海側の要塞群:ポルトベロとサン・ロレンツォ
「ポルトベロ(美しい港)」の名を持つパナマ地峡北部の湾にスペイン人が整備した防衛施設群と、そこから南西に約43㎞離れたチャグレス川河口近くのサン・ロレンツォ要塞がこの遺産の構成資産となっています。ポルトベロとチャグレス川河口を要塞化するという最初の計画は、1586年にバッティスタ・アントネッリによって策定され、最初の要塞は1590年代に着工されました。これらは、パナマ地峡を横断する道のカリブ海側の終点であったこの地を守るための防衛線として機能しており、アメリカ大陸の植民地からスペインへ送られる物資を守るために、約3世紀にわたって重要な役割を果たしました。初期の建造物は中世の特徴を持つ軍事建築様式が主流でしたが、度重なる襲撃による破壊を受け幾度も再建・修復されました。18世紀には新古典主義様式で再建が進められ、サンティアゴ、サン・ヘロニモ、サン・フェルナンド、サン・ロレンツォの各防衛施設にその特徴を見ることができます。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: パナマ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (i)(iv)
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ハノイにあるタン・ロン皇城遺跡の中心地

Central Sector of the Imperial Citadel of Thang Long - Hanoi
ハノイにあるタン・ロン皇城遺跡の中心地
タン・ロン皇城は、11世紀にベトナム李王朝によって建設され、ダイヴィト王朝の独立を象徴するものとなりました。皇城は、7世紀に遡る中国の要塞跡、ハノイの紅河デルタを埋め立てた土地に築かれました。この地は7世紀から19世紀までの期間にわたり、約13世紀の間途切れることなく政治権力の中心地であり続けました。さまざまな考古学的階層や記念碑によって証明されており、権力の座が長きにわたる存続と継続を特徴としています。
地域: 東・東南アジア / 国名: ベトナム社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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パパハナウモクアケア

Papahānaumokuākea
パパハナウモクアケア
パパハナウモクアケアは、ハワイ諸島の北西250~1931kmの広範囲に連なる小島と環礁からなる、広大かつ孤立した島嶼群に付けられた名称です。総面積は約362,075㎢におよび、世界最大級の海洋保護区の一つとされています。この地域は、比較的静止したホットスポットと安定したプレート運動の結果として形成された海山列を示す好例であり、ハワイ・エンペラー海山列の大部分を占めています。世界最長かつ最古の火山列の大半を構成するパパハナウモクアケアは、プレートテクトニクス理論およびホットスポットに関する理解を形成する上で、極めて重要な役割を果たしてきました。地質学的にはハワイ火山国立公園と密接に関連しており、ホットスポット火山活動の重要な証拠を共有しています。
地域: 北米 / 国名: アメリカ合衆国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (iii)(vi)(viii)(ix)(x)
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パハルプールの仏教遺跡

Ruins of the Buddhist Vihara at Paharpur
パハルプールの仏教遺跡
『パハルプールの仏教遺跡』は、ベンガル地方に栄えたパーラ朝の国王ダルマパーラが8世紀末に創建した仏教寺院遺跡です。ソーマプラ大僧院(マハーヴィハーラ)では、アジア各地から僧侶が集まり修行に勤しみました。約300m四方の敷地を177室の僧坊が囲み、中央には十字型の大祠堂がそびえます。三層構造となっている大祠堂ですが、現在は基壇部分しか残っていません。しかしながら、表面は神々や動物等の彫刻が施された約3,000枚もの素焼き板で覆われており、在りし日の栄華を今に物語っています。
地域: 西・南アジア / 国名: バングラデシュ人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(ii)(vi)
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バビロン

Babylon
バビロン
バグダードの南約85kmに位置する『バビロン』は古代世界で最も強い影響力を持った帝国が存在したことを示す遺跡です。「バビロン」の名は古代アッカド語で「神の門」という意味の言葉に由来します。この地が最初に歴史に登場するのは紀元前23世紀ごろの古代アッカド帝国時代に遡ります。紀元前19世紀ごろに「ハンムラビ法典」で知られる古バビロニア王国(バビロン第1王朝)が興り、ここを首都としました。その後ヒッタイトやアッシリアなどの支配を受けますが、紀元前7世紀に新バビロニア王国その都となりました。「ユダヤ人のバビロン捕囚」で有名なネブカドネザル2世の時代には、当時の世界でもっとも人口の多い繁栄した都市であったと伝わっています。その後のペルシャ帝国やアレクサンダー大王の時代にも繁栄は続きましたが、7世紀のイスラム勢力の侵攻による破壊以降衰退し、10世紀以降は打ち捨てられました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラク共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (iii)(vi)
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パフォスの考古遺跡

Paphos
パフォスの考古遺跡
キプロス島南西部にあるパフォスには、新石器時代から人が住んでおり、古代ギリシャ文明に先立つ時代においては「豊穣の神々」の信仰の地としてされていました。そして何より「美と愛の女神アフロディーテ(ヴィーナス)」の生誕地として古代ギリシャ世界の女神信仰の中心地として広く知られています。ここには古代ギリシャ人が基礎を築き、その後の古代ローマに引き継がれて発展した都市遺跡が残っています。紀元前12世紀ごろにミュケナイ人により建てられたアフロディーテ神殿をはじめ、ヴィラや劇場などの遺構が残る広大な考古遺跡です。ヴィラの床のモザイクは古代ギリシャ神話の彩り豊かなもので、世界で最も美しいモザイク床といわれています。
地域: ヨーロッパ / 国名: キプロス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (iii)(vi)
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パリのセーヌ河岸

Paris, Banks of the Seine
パリのセーヌ河岸
パリの歴史は、セーヌ川に浮かぶシテ島から始まります。今はパリのシンボルのひとつとなっているノートル・ダム大聖堂が立つ、文字通りパリの中心となる島です。この島に紀元前3世紀頃からケルト系のパリシイ人が集落を作って暮らし始めました。その後、紀元前52年頃にガリア遠征中のカエサルが率いるローマ軍に侵略されるとローマ風の都市が築かれ、河川交通の重要拠点として発展しました。4世紀中頃にパリと呼ばれるようになり、彼らが話す言葉が現在のフランス語へと発展しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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バリの文化的景観:バリ・ヒンドゥー哲学トリ・ヒタ・カラナを表す水利システム「スバック」

Cultural Landscape of Bali Province: the Subak System as a Manifestation of the Tri Hita Karana Philosophy
バリの文化的景観:バリ・ヒンドゥー哲学トリ・ヒタ・カラナを表す水利システム「スバック」
インドネシアのジャワ島の東に浮かぶバリ島には、湖、寺院、そして優れた灌漑システムを持つ棚田景観など5つの地域で構成された世界遺産があります。それらは、神、人、自然の調和を表す文化的景観として登録されました。5つの構成資産のなかで、「バトゥール湖」は泉や川の起源である女神が住むとされていて、「ウルン・ダヌ・バトゥール寺院」は、湖の水の女神を祀っています。そして、バリ島最大規模の「タマン・アユン寺院」は、水を司る王立寺院とされています。このように、バリでは水に関わる遺産が見られます。
地域: 東・東南アジア / 国名: インドネシア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (iii)(v)(vi)
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バルーミニのスー・ヌラージ

Su Nuraxi di Barumini
バルーミニのスー・ヌラージ
イタリア半島の西方の地中海に浮かぶサルディーニャ島には、ヌラーゲと呼ばれる特異な形をした建造物が多く見られます。その数は7,000におよび、石を積み上げてつくられ円筒状や先端を切った円錐状になっています。青銅器時代中期から後期(紀元前1600~前1200年頃)に築かれたと考えられ、内部には天井がアーチ状になった部屋があります。これらはサルディーニャ島特有のもので、当初はその場所に住む一族によって建造され、後に社会がより複雑な階層社会になるにつれ防御施設になっていきました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院

Palau de la Música Catalana and Hospital de Sant Pau, Barcelona
バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院
『バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院』は、アントニ・ガウディと同じ時代に活躍したモデルニスモ建築の巨匠、ルイス・ドメネク・イ・モンタネルによって設計された建造物群です。なかでもカタルーニャ音楽堂は、ドメネクの最高傑作との呼び声が高く、随所でユニークな設計を見ることができます。1905〜1908年にかけて建設された初期の鉄骨造りの建築で、鉄骨の骨組みの大部分をガラス張りのカーテンウォールで閉じた構造となっています。鋼鉄の骨組みを使用することで、内部の間取りを自由にできる工夫が施されていて、コンサートホールには大きなオープンスペースが連続して設けられています。ホール中央の天窓には太陽が描かれています。この天窓には、陽の光でホール内を明るく照らすなど、自然光を最大限に活用するドメネクの工夫が凝らされています。また、当時の澄明な芸術家たちが装飾を手掛けていることも特徴で、外壁には美しい虹色のモザイク・タイルで覆われています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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バレッタの市街

City of Valletta
バレッタの市街
街全体が世界遺産のバレッタは地中海に浮かぶ島国・マルタ共和国の首都です。真っ青な海の上には、ハチミツ色に輝くマルタ石でできた建物が目立ちます。ここは16世紀に、聖ヨハネ騎士団が新たな拠点とした城塞都市です。聖ヨハネ騎士団は、第1回十字軍の時代に成立しました。彼らは地中海で活躍し、ロドス島を拠点としていましたが、オスマン帝国の進出により、そこから撤退せざるを得なくなり、1530年、マルタ島に拠点を移します。1565年のマルタ大包囲戦でオスマン帝国に勝利すると、翌年から街の建設を始めました。街は、当時の聖ヨハネ騎士団団長のジャン・パリソー・ド・ラ・バレッテの名前に由来します。 
地域: ヨーロッパ / 国名: マルタ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (i)(vi)
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パレンケの古代都市と国立公園

Pre-Hispanic City and National Park of Palenque
パレンケの古代都市と国立公園
メキシコ南東部に位置するパレンケは、現在のチアパス州の山岳地帯からタバスコ州の平原を支配した強大な王朝の拠点であったと考えられています。紀元500~700年にかけて最盛期を迎え、9世紀頃に放棄された後は、周囲のジャングルによって遺跡が埋もれていました。18世紀にスペイン人の宣教師によって再発見されましたが、現在もほとんどは密林の中に埋もれています。しかし遺跡は当時の良好な状態で残っており、当時のパレンケでの様子が解明されつつあります。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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バレンシアのラ・ロンハ・デ・ラ・セダ

La Lonja de la Seda de Valencia
バレンシアのラ・ロンハ・デ・ラ・セダ
15~16世紀にかけて、イベリア半島の商人たちは地中海を中心とする交易で大いに栄えました。その栄光の強さを物語るのが、バレンシアにあるラ・ロンハ・デ・ラ・セダです。スペイン語で「ラ・ロンハ」は「商品取引所/市場」、「ラ・セダ」が「絹」を意味するので、「ラ・ロンハ・デ・ラ・セダ」とは「絹の商品取引所」という意味になります。絹の取引所として建てられましたが、長い歴史の中で絹のほかにも油や穀物類なども扱われました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(iv)
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盤亀川沿いの岩面彫刻群

Petroglyphs along the Bangucheon Stream
盤亀川沿いの岩面彫刻群
韓国南東部の盤亀川沿いにある『盤亀川沿いの岩面彫刻群』は、かつて盤亀川と呼ばれた、現在の大谷川流域に位置する「盤亀台岩刻画」と「川前里の銘文・岩刻画」の2つの遺跡をまとめた呼称です。約3kmにわたって層状の崖が広がる自然景観の中にあり、岩絵は紀元前5,000年頃から9世紀まで、世代を超えた人々によって石や金属の道具で刻まれました。描かれた内容は動物や人間、狩猟の場面、同心円や菱形、文字など多彩で、当時の文化や芸術表現をよく伝えています。特にクジラや狩猟の場面は、東アジアにおける先史時代の海洋漁労の最古の証拠として注目されています。岩に刻まれたこれらの絵や文字は、制作者たちの優れた観察力と創造力を示す貴重な文化遺産です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (i)(iii)
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パンノンハルマの千年の歴史をもつベネディクト会修道院と周辺の自然環境

Millenary Benedictine Abbey of Pannonhalma and its Natural Environment
パンノンハルマの千年の歴史をもつベネディクト会修道院と周辺の自然環境
996年に創建された大修道院は、ハンガリー最古の修道院であり、中世の中央ヨーロッパにおけるキリスト教の普及に大きな役割を果たしました。現在の教会は1224年に再建されたものですが、その後も増改築が繰り返されたため、ロマネスク様式やゴシック様式、新古典様式などが混在する建造物となっています。三廊式の聖歌隊席は、この建物で最も古い部分とされ、その下にある同じく三廊式の地下聖堂は再建以前の遺構と考えられています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ハンガリー / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iv)(vi)
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ハンピの都市遺跡

Group of Monuments at Hampi
ハンピの都市遺跡
インド南部のハンピには、14~16世紀にかけて南インドを支配した最後のヒンドゥー教王国ヴィジャヤナガル王国(「勝利の都」という意味)の都市遺跡があります。この都市は7重の城壁を巡らせた堅固な要塞都市であったとされ、約26㎢の範囲に王宮や寺院、バザールなどが建ち並んでいました。しかし1565年にイスラム勢力によって蹂躙され放棄されました。現在残っているのは、最も神聖な聖域とされる「ヴィルーパークシャ寺院」と、石造りのラタ(山車)が有名な「ヴィッタラ寺院」などです。これらの寺院は、当時王国で広まっていたドラヴィダ様式で建てられており、規模の大きさや塔門(ゴープラ)、回廊、精緻な彫刻が特徴です。また、世俗建築にはイスラム建築の要素も取り入れられており、女王の浴場や象舎などで見ることができます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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パンプーリャの近代建造物群

Pampulha Modern Ensemble
パンプーリャの近代建造物群
パンプーリャの近代建造物群は、1940年代にブラジルのミナス・ジェライス州ベロオリゾンテで生まれた、革新的な庭園都市プロジェクトの中心です。人工湖の周囲に配置されたこれらの建造物は、建築家オスカー・ニーマイヤーが設計を手がけました。カジノ、ダンスホール、教会などからなるこの複合施設は、単なる建築物の集合ではなく、都市計画と建築が一体となった先進的なモダニズムの理念を体現しています。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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万里の長城

The Great Wall
万里の長城
『万里の長城』は、紀元前3世紀から17世紀まで、約2,000年にわたって築かれた中国最大の防衛施設です。総延長は2万kmを超え、河北省・山海関から甘粛省・嘉峪関まで、広大な範囲におよびます。構造は、城壁、望楼、馬道、狼煙台、関所など多様な構造からなり、地域や時代ごとに用いた素材や建築技術が異なります。特に明代には、煉瓦を用いた高度な技術が導入され、堅固な長城が形成されました。世界遺産として登録されているのは、保存状態が良好な「八達嶺」「山海関」「嘉峪関」の3つの主要なエリアです。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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ピエンツァの歴史地区

Historic Centre of the City of Pienza
ピエンツァの歴史地区
ピエンツァはイタリア中部のトスカーナ地方にあり、15世紀半ば、都市計画に基づいてつくられた街です。それ以前は、コルシニャーノと呼ばれた小村でしたが、この地の出身で1458年にローマ教皇に選出されたピウス2世は、ルネサンス様式による「理想の街」に改造することを決めました。翌1459年に、フィレンツェの建築家であるベルナルド・ロッセリーノに設計を依頼し、3年後の1462年に大聖堂とピウス2世広場を完成させました。そして街の名称も、創建者のピウス2世にちなんで、「ピウスの町」という意味の「ピエンツァ」に改められました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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ビキニ環礁-核実験場となった海

Bikini Atoll Nuclear Test Site
ビキニ環礁-核実験場となった海
日本から南東に約4,600㎞離れた太平洋の島国、マーシャル諸島共和国のビキニ環礁は、第2次世界大戦後に始まった冷戦下において、アメリカの核実験場となった場所です。アメリカは、住民を別の場所に強制的に移住させたうえで、1946年から1958年までマーシャル諸島のビキニ環礁及びエニウェトク環礁で合計67回の核実験を実施しました。一連の実験で使用された核兵器の累積は、広島型原爆の約7,000回分に匹敵し、環礁の地質や自然環境、生態系、被曝による人びとの健康被害など、重大な影響を及ぼしました。特に、23回もの核実験が行われたビキニ環礁はその象徴的な場所で、1946年の実験で環礁の底に沈んだ船や、1954年の水素爆弾「ブラボー」の実験でできた直径約2㎞の巨大なブラボー・クレーターなど、核実験の威力を伝える上で非常に重要かつ直接的な痕跡が残っています。アメリカによって10年あまり続いた核実験は、ビキニ環礁とマーシャル諸島の歴史を変えました。そしてビキニ環礁は、その歴史を通して、平和と地上の楽園という矛盾したイメージを持ちながらも、核時代の幕開けの象徴となり、同時に、軍縮を推進する国際的な運動の発展にもつながっていきました。マーシャル諸島で初の世界遺産として、2010年に登録されました。
地域: オセアニア / 国名: マーシャル諸島共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (iv)(vi)
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ピサのドゥオーモ広場

Piazza del Duomo, Pisa
ピサのドゥオーモ広場
イタリアのトスカーナ地方にあるドゥオーモ広場は、11~14世紀にかけて建設された世界的に有名な建築が残っています。広場は「ミラコリ広場」とも呼ばれます。これは、イタリアの小説家ダヌンツィオがこの広場を訪れた際に広場の風景に感嘆して「ミラコリ広場(奇跡の広場)」と称したことに由来します。広場にはヨーロッパ中世の建築様式を代表する大聖堂や洗礼堂、斜塔(ピサの斜塔)、カンポサント(墓地)があります。 
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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ビスカヤ橋

Vizcaya Bridge
ビスカヤ橋
スペイン北部バスク地方の港湾都市ビルバオ近郊のネルビオン川に架かるビスカヤ橋は、世界で初めてのゴンドラを使った運搬橋です。ポルトゥガレテとゲチョの2つの街を結ぶこの橋は、1893年に完成し、橋げたは全長160m、船の運航に支障がないよう水面から45mにあり、橋げたに吊るされた巨大なゴンドラに人や車などを乗せて対岸へ移動します。ビスカヤ橋のゴンドラは今も現役で稼働しており、約2分で対岸へ渡ることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (i)(ii)
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ヒッタイトの首都ハットゥシャ

Hattusha: the Hittite Capital
ヒッタイトの首都ハットゥシャ
ハットゥシャはトルコの首都・アンカラから東へ約150kmのアナトリア高原に位置し、紀元前17世紀から紀元前13世紀に繁栄したヒッタイト王国の首都の遺跡で、全長約8kmに及ぶ城壁が都市全体を取り囲んでいました。ヒッタイト人は初めて鉄器を利用した民族として知られていて、めざましい製鉄技術を有していたのが特徴的です。鉄製の武器や馬に引かせた戦車を使うなどして戦況を優位に進め、強国として繁栄しました。紀元前12世紀頃に「海の民」と呼ばれる民族の襲撃に遭い、滅亡することになりますが、その実態の多くがわかっておらず、謎めいています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ピマチオウィン・アキ

Pimachiowin Aki
ピマチオウィン・アキ
カナダ中部のマニトバ州にあるマニトバ湖東岸からオンタリオ州にかけて広がる面積約2万9,000㎢の広大な土地がカナダ初の複合遺産として登録されました。ベレンズ川、ブラッドベイン川、ピジョン川、ポップラー川の源流にある「ピマチオウィン・アキ」とは、先住民アニシナアベ族の言葉で「命を与えてくれる土地」という意味です。ピマチオウィン・アキには「ブラッドベイン川」「リトル・グランド・ラピッズ」「パウインガッシ」「ポップラー川」という4つのアニシナアベ族の共同体の伝統的な土地が含まれています。川や湖、湿地によって分断された森林地帯で、アニシナアベ族は7,000年以上にわたり狩猟や漁労、採集などを行いながら自然と共存してきました。
地域: 北米 / 国名: カナダ / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (iii)(vi)(ix)
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姫路城

Himeji-jo
姫路城
兵庫県姫路市の丘に立つ姫路城は、天守や櫓など82棟が現存し、約1.07㎢の広大な城郭を形成しています。白く統一された壁と重なる屋根のシルエットが織りなす優美な佇まいは、城下町からも一望できます。また、石垣には敵の侵入を防ぐため下部が緩やかで上部が急になる「扇の勾配」が施され、見た目の美しさと堅牢さを持っています。城壁に空けられた狭間と呼ばれる穴は、弓や鉄砲を構えるためのもので、丸や三角、四角など多彩な形状が用いられています。姫路城はまさに、美と戦略が融合した日本の城づくりの粋を体現する存在です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (i)(iv)
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平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-

Hiraizumi – Temples, Gardens and Archaeological Sites Representing the Buddhist Pure Land
平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-
平泉は東北地方の奥州に位置し、11~12世紀に栄えた、短命ながらも華やかな都でした。山々や池を巧みに取り入れた4つの浄土庭園は、極楽浄土の理想を現実に映し出す美しい景観で、仏の教えによる理想の世界「仏国土」を空間として表現しています。また、当時は仏の教えが衰えるとされる「末法の時代」と考えられていたことから、浄土への強い願いが込められていました。金鶏山を中心とした自然との調和も見どころで、日本の庭園文化の真髄を味わえる貴重な場所です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(vi)
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ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミヒャエル聖堂

St Mary's Cathedral and St Michael's Church at Hildesheim
ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミヒャエル聖堂
ドイツ北部のヒルデスハイムにある聖ミヒャエル聖堂と聖マリア大聖堂は、どちらもロマネスク時代の建築様式を理解するうえで非常に貴重な内部装飾の要素を数多く含んでいます。2つの建物は800mほど離れており、1015年に造られた「聖マリアの青銅の扉」は創世記とキリストの生涯を描いていて、聖ミヒャエルの青銅柱(1020年頃)はトラヤヌスの柱に着想を得た螺旋装飾で新約聖書の場面を表現しています。これらは古代以来で初めての大規模な鋳造作品で、どちらもベルンヴァルト司教の依頼によって制作されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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広島平和記念碑(原爆ドーム)

Hiroshima Peace Memorial (Genbaku Dome)
広島平和記念碑(原爆ドーム)
原爆ドームは、1945年8月6日に広島に投下された人類史上初の原子爆弾によって被曝した建物です。爆心地からわずか西北約150mの至近距離で壊滅的な被害を受けながらも、中心部分は倒壊を免れ、今なお当時の姿をとどめています。この建物は核兵器の悲惨さを伝える象徴であり、核兵器廃絶と世界の恒久平和を願う平和記念碑として、国境を越えて半世紀以上にわたり平和の尊さを伝え続けています。毎年8月6日には、原爆慰霊碑の前で「平和記念式典」が行われ、原爆投下の時刻に合わせて黙とうが捧げられます。この式典では平和宣言が読み上げられ、未来に向けた核兵器廃絶の誓いが世界に向けて発信されます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (vi)
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ブールジュの大聖堂

Bourges Cathedral
ブールジュの大聖堂
ブールジュは、古代ローマ時代には「アヴァリクム」と呼ばれていた都市で、現在のサントル=ヴァル・ド・ロワール地域に位置しています。ここはガリアで最初期のキリスト教共同体のひとつで、サン・テティエンヌ大聖堂は最初の殉教者である聖ステファノに捧げられ、3世紀から礼拝の場として使われてきた場所に建てられています。ブールジュのサン・テティエンヌ大聖堂は、12世紀末から13世紀末にかけて建てられたゴシック美術の傑作のひとつで、その均整の取れたプロポーションと統一感のある設計が高く評価されています。タンパン(半円形の彫刻部分)、彫像、ステンドグラスは特に印象的で、建築の美しさだけでなく、中世フランスにおけるキリスト教の力を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (i)(iv)
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