World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iii))

サン・ミゲルの要塞都市とアトトニルコにあるナザレのイエスの聖地

Protective town of San Miguel and the Sanctuary of Jesús Nazareno de Atotonilco
サン・ミゲルの要塞都市とアトトニルコにあるナザレのイエスの聖地
『サン・ミゲルの要塞都市とアトトニルコにあるナザレのイエスの聖地』は、要塞都市と都市から14km離れたアトトニルコの聖地で構成されています。サン・ミゲルの要塞都市は16世紀に整備され、内陸部の王の道として世界遺産に登録されている『カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ』を守るために築かれました。その都市は鉱山とメキシコシティを結ぶルートを防衛する役割を果たし、後に毛皮産業で発展しました。18世紀のバロック様式から19世紀後半のネオゴシック様式まで建築様式の変化を示す重要な歴史的建造物が多く残っています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (ii)(iv)
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サン・ミリャン・ユソとスソの修道院群

San Millán Yuso and Suso Monasteries
サン・ミリャン・ユソとスソの修道院群
スペイン北部にあるユソとスソの2つの修道院は、守護聖人ミリャンゆかりのキリスト教建築です。6世紀、聖人ミリャンが丘の上(スソ)に修行場をつくったことで巡礼地となりました。10世紀になると、修行場付近にロマネスク様式の美しいサン・ミリャン・デ・スソ修道院が建てられます。一方、丘の下(ユソ)では11世紀にサン・ミリャン・デ・ユソ修道院が建設されました。その後に破壊されたため16世紀に再建され、現在の姿となっています。2つの修道院では、ロマネスク様式、モサラベ様式、バロック様式などの複数の建築要素を見ることができるのも特徴のひとつです。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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サン・ルイスの歴史地区

Historic Centre of São Luís
サン・ルイスの歴史地区
サン・ルイスは、フランス人によって建設され、その後オランダ人の支配を経てポルトガル領となった歴史を持つ都市です。砂糖と綿花の貿易港として繁栄しました。この歴史地区の中心部には、17世紀後半に遡る当初の碁盤の目状の都市設計がほぼ完全な形で残されています。この地区は、経済停滞が長期にわたったことで開発が遅れ、多数の歴史的建造物が良い状態で保存されました。イベリア植民地時代の町の優れた例証となっています。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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サン・ルイ島

Island of Saint-Louis
サン・ルイ島
セネガル川河口に浮かぶ『サン・ルイ島』は、フランスによるアフリカ貿易の重要拠点となった場所です。17世紀にフランスの植民地になると、アラビアゴムや象牙、金、さらには奴隷の貿易で発展を遂げます。かつてはフランス領西アフリカの首都でしたが、1957年のダカール遷都に伴い、フランス駐屯軍が撤退したため人口は大幅に減少しました。現在、島と本土は19世紀に建設されたフェデルブ橋で結ばれています。市街に入ると、街路が碁盤の目状に規則正しく通っており、バルコニーを備えたコロニアル様式の建物が並びます。この地は、『星の王子さま』の著者サン・テグジュペリが滞在したことでも有名です。
地域: アフリカ / 国名: セネガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iv)
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シーギリヤの古代都市

Ancient City of Sigiriya
シーギリヤの古代都市
スリランカ中部にそびえる『シーギリヤの古代都市』は、高さ約200mもある巨大な岩山の宮殿跡です。5世紀後半、シンハラ王国のカッサパ1世という王によって、岩山の頂上に都が築かれました。彼は王である父ダートゥセナを殺し、正当な継承者だった弟モッガラーナを追放して王に即位しました。その後罪の意識に苛まれ、復讐を恐れたカッサパ1世は、父を供養し、かつ弟の報復から身を守るために、父が構想していた城砦の建設に着手しました。カッサパ1世は人が簡単には登れない岩山の上に、宮殿や庭園、貯水池などを含んだ要塞都市をつくり、自らの安全を確保しました。わずか十数年この場所で暮らしましたが、最後は弟に敗れて命を絶ちます。短い歴史を持つ都ながら、その劇的な背景と大胆な建造物は、現代の私たちにも強い印象を残しています。
地域: 西・南アジア / 国名: スリランカ民主社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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シエナの歴史地区

Historic Centre of Siena
シエナの歴史地区
トスカーナの丘陵地帯に位置するシエナは、中世の雰囲気を今に伝える都市です。この街は、ローマの建国神話に登場するロムルスとレムスの双子の兄弟のうち、兄のロムルスに敗れたレムスの息子のセニウスとアスキウスが築いたとされています。12世紀に市民による政治共同体である「コムーネ」が成立すると、ローマにつながるフランチジェナ街道から近いこともあり、商業や金融業などで発展しました。15世紀末には今も活動する世界最古の銀行であるモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行も創業されます。同じくコムーネによる自治を行うフィレンツェとは、トスカーナ北部の領地や商業利権など巡るライバル関係にありました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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ジェノヴァ:レ・ストラーデ・ヌオーヴェとパラッツィ・デイ・ロッリ制度

Genoa: Le Strade Nuove and the system of the Palazzi dei Rolli
ジェノヴァ:レ・ストラーデ・ヌオーヴェとパラッツィ・デイ・ロッリ制度
イタリア北西部、リグーリア州の港街ジェノヴァには、世界遺産となっている「ストラーデ・ヌオーヴェ」と「パラッツォ」があります。16世紀半ばに、ジェノヴァの金融業者はスペイン王室へ出資し、御用銀行家となったことで、この街は経済的に最盛期を迎えました。政府の権力者でもあった貴族たちは、各国からの賓客をもてなすため、新街路(ストラーデ・ヌオーヴェ)をつくり、通り沿いに次々と宮殿や邸宅(パラッツォ)を建て、「ロッリ」と呼ばれるリストに登録しました。個人邸宅に宿泊施設としての役割も持たせたこの制度は、非常にユニークなものでした。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ジェミーラの考古遺跡

Djémila
ジェミーラの考古遺跡
アルジェリアの北東部、標高900mの山岳地帯に位置するジェミーラには、1世紀に築かれた古代ローマの都市遺跡が残っています。この地名は後に入ってきたアラブ人が、ジェミーラ(美しい街)と命名したことに由来します。古くは「クイクル」という名で知られていたこの街は、ローマ軍が城砦を築いたことに端を発します。この植民都市は、岩山の地形に適応するように街が造営されているのが特徴です。そのため、多くのローマ都市に配置されている、東西に貫く「デクマヌス」という大通りはなく、南北のメインストリートである「カルド」だけがあるという造りになっています。
地域: アフリカ / 国名: アルジェリア民主人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (iii)(iv)
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シェラン島北部の王室狩猟場の景観

The par force hunting landscape in North Zealand
シェラン島北部の王室狩猟場の景観
デンマーク王国の東部、バルト海に位置するシェラン島にあるこの文化的景観は、ストア・デュアヘーヴェとグリブスコウという2つの狩猟林、およびイェーヤスボー・ヘン/イェーヤスボー・デュアヘーヴという狩猟公園を含んでいます。これは意図的に設計された景観で、17〜18世紀の宮廷狩猟のために作られたものであり、フランスとドイツの設計モデルを融合させた中央星型の格子システムと直交格子により分割され、狩猟林、狩猟道、建物、象徴的な標識、番号付がふられたの石柱や柵などで構成されています。狩猟の機能を最適化するとともに、絶対君主の社会的役割や自然を支配する力を象徴するものとなっています。この地では、歴代のデンマーク王と王室によって猟犬を使った「パルフォース・ハンティング(par force hunting)」を行われました。この狩猟は17世紀から18世紀後半にかけて最盛期を迎え、絶対君主たちはこの地を権力の象徴としての景観へと変貌させました。
地域: ヨーロッパ / 国名: デンマーク王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ジェンネの旧市街

Old Towns of Djenné
ジェンネの旧市街
サハラ砂漠以南のアフリカで最も古い街の一つであるジェンネ。ここは、アフリカ第三の大河であるニジェール川と、その支流のバニ川に挟まれた内陸のデルタ地帯に広がる街です。この街の起源は、紀元前3世紀頃に漁労民・ボゾ族が築いた集落にあるとされ、「ジェンネ」とは、彼らの言葉で「水の精霊」を意味します。14~16世紀のマリ帝国やソンガイ帝国の時代には、多くのイスラム商人が行き来する交易都市としてトンブクトゥと共に発展しました。取引されたのは、岩塩、金、さらには奴隷など、多岐に渡りました。
地域: アフリカ / 国名: マリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (iii)(iv)
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シエンフエゴスの歴史地区

Urban Historic Centre of Cienfuegos
シエンフエゴスの歴史地区
キューバ島中南部のカリブ海沿岸に位置するシエンフエゴスは、スペインの植民地として1819年に建設されましたが、当初はボルドーやルイジアナなどのフランス植民地出身の者たちがここに定住しました。この地は元々、サトウキビやタバコなどを生産できる肥沃な農業地帯であったため、それらを生産し、街ではサトウキビやタバコなどの貿易も行なわれました。また19世紀に砂糖ブームが到来し、その影響もあり1860年代までに、シエンフエゴスはキューバで3番目に経済的に重要な都市となりました。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: キューバ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iv)
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鹿石と関連する青銅器時代の遺跡群

Deer Stone Monuments and Related Bronze Age Sites
鹿石と関連する青銅器時代の遺跡群
モンゴル中央部のハンガイ山脈の周辺には、紀元前1,200~前600年頃に建造されたと考えられる鹿石と呼ばれる巨石記念物とその周辺の祭祀跡からなる複合的な記念碑があります。ユーラシアの草原地帯では約1,500基もの鹿石が発見されており、その80%以上がモンゴルで発見されています。鹿石は概ね3つのタイプに分類されますが、そのうちのモンゴルタイプに分類されるものは様式化された牡鹿の像が刻まれているのが特徴で、大きなものは高さ4mにも及びます。このうち、世界遺産にはホイド・タミール、ジャルガランティン・アム、ウルティン・ヴラグ、オーシギーン・ウブルの4つの遺跡が登録されています。主として、鹿石、ヘレクスル(中央の丸い石塚と周辺の円形もしくは方形の石囲いを持つ積石塚)、生け贄の祭壇、人や馬の骨などで構成されており、いずれも後期青銅器時代の遊牧民族の葬送文化を知る上で貴重な遺跡とされています。
地域: 東・東南アジア / 国名: モンゴル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (i)(iii)
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シギショアラの歴史地区

Historic Centre of Sighişoara
シギショアラの歴史地区
シギショアラ歴史地区は、ハンガリー王国の移民政策によって入植したドイツ人(トランシルヴァニア・ザクセン人)が築いた城塞都市です。ゴシック様式のニコラウス教会を宗教的中心地とし、トランシルヴァニア地方の重要都市として発展しました。ドイツ人の職人や商人によってギルドが形成され、城壁には「靴職人の塔」や「仕立屋の塔」といった、ギルドの名前を冠した塔が残っています。また、中央ヨーロッパの重要な商業的役割を担ったシギショアラは、「吸血鬼ドラキュラ」のモデルとなったヴラド3世の生家があることでも有名です。1676年の大火で焼失した後、バロック様式で再建された時計塔は街のシンボルであり、14世紀に建造されたものです。現在も最上階の展望デッキから歴史ある街並みを望むことができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ルーマニア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)(v)
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始皇帝陵と兵馬俑坑

Mausoleum of the First Qin Emperor
始皇帝陵と兵馬俑坑
中国・陝西省西安近郊にある始皇帝陵は、紀元前3世紀に中国を初めて統一した秦の始皇帝の墓です。陵墓は高さ約51mの角錘台型の墳丘を中心に、東西 580m、南北1,355mの内城と、東西940m、南北2,165m の外城の二重の城壁で囲まれています。建設は即位直後の紀元前246年に始まり、死去までの数十年をかけて築かれました。『史記』によれば、全国から数十万人もの労働者が動員され、地下には壮大な「都市」が造られたと伝えられます。陵墓のある一帯は兵馬俑坑などを含めると約56㎢におよび、その規模と設計は古代中国の中央集権体制と権力を象徴するものとして、後世に大きな影響を与えました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)(vi)
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慈善のための居住地群

Colonies of Benevolence
慈善のための居住地群
『慈善のための居住地群』は、啓蒙主義思想に基づいて行われた、19世紀の社会改革の実験にまつわる遺産です。ナポレオン戦争後に成立したネーデルラント連合王国(現在のオランダとベルギー)は、経済的に疲弊し、都市部の貧困問題に頭を悩ませていました。この状況に対応するため、人里離れた荒れ地に農業を基盤とした居住地を設立するという取り組みが進められました。貧しい人々が農業を通じて生計を立てると同時に、人々が勤勉で自立した市民となり、国の富を増やす存在になることが期待されていました。最盛期の19世紀半ばには、オランダ国内の居住地だけで1万1,000人以上、ベルギーでは1910年に約6,000人が居住地で生活をしていました。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国, ベルギー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)(iv)
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シダーデ・ヴェーリャ、リベイラ・グランデの歴史地区

Cidade Velha, Historic Centre of Ribeira Grande
シダーデ・ヴェーリャ、リベイラ・グランデの歴史地区
アフリカ西部セネガルの西方沖合の大西洋に浮かぶ島国カーボ・ヴェルデには、15世紀半ばにポルトガルが建設した植民都市リベイラ・グランデがあります。1494年のスペインとのトルデシリャス条約により、アフリカにおける交易の独占権を得ていたポルトガルはここに交易の拠点として、ヨーロッパ諸国としては初の熱帯地域における植民都市を建設しました。しかし、その交易による富を狙って、他のヨーロッパ諸国から度々攻撃を受けることになり、要塞(サン・フェリペ要塞)も造られました。一方で文化の面では、植民政策や奴隷貿易の拠点であったことから、各地の文化が混ざり合い「クレオール文化」といわれる文化が花開きました。18世紀以降、都市は荒廃し「古い町」という意味のシターデ・ヴェーリャと呼ばれることになります。
地域: アフリカ / 国名: カーボヴェルデ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2009年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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ジッダの歴史地区:メッカの入口

Historic Jeddah, the Gate to Makkah
ジッダの歴史地区:メッカの入口
ジッダは紅海に面したサウジアラビア西部にある港町で、イスラム教の聖地として知られるメッカへの巡礼へと向かう玄関口です。7世紀に、第3代正統カリフのウスマーン・イブン・アッファーンが約70km東にあるメッカの外港として整備したことで巡礼者が多く訪れるようになり、中東だけでなく、アフリカやアジアのイスラム教徒が居住し、国際都市として繁栄していきました。異なる文化が背景にありながらも同じ宗教を信奉する人たちが集うことで、自然と文化の交流が生まれました。
地域: 西・南アジア / 国名: サウジアラビア王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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シ・テープの古代都市と関連するドヴァラヴァティ王国の遺跡群

The Ancient Town of Si Thep and its Associated Dvaravati Monuments
シ・テープの古代都市と関連するドヴァラヴァティ王国の遺跡群
シ・テープ古代都市は、現在のペッチャブーン県に位置しており、6世紀から10世紀にかけて繁栄したドヴァラヴァティ王朝を今に伝える貴重な遺産です。都市は、堀で囲まれた円形の「内町(ムアン・ナイ)」と長方形の「外町(ムアン・ノック)」という2つの区画からなります。主要な遺跡には、現存する最大規模のドヴァラヴァティ遺跡であるカオ・クラン・ノック、そして東南アジアで唯一とされる大乗仏教の洞窟寺院遺跡カオ・タモラットがあります。これらの遺跡は、宗教や都市計画の発展における高度な文化を物語っており、当時の社会や信仰の姿を今に伝えています。
地域: 東・東南アジア / 国名: タイ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (ii)(iii)
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シベニクの聖ヤコブ大聖堂

The Cathedral of St James in Šibenik
シベニクの聖ヤコブ大聖堂
クロアチア南西部ダルマチア地方の沿岸部のシベニクには、15世紀前半から16世紀にかけて建造された聖ヤコブ大聖堂があります。ゴシック様式からルネサンス様式への過渡期であるこの時期は、北イタリアやトスカーナ地方との芸術交流が盛んであったため、その交流の影響を如実に物語るものとなっています。建造には3名の建築家が受け継いで担当し、ゴシックとルネサンスが見事に融合したヨーロッパ有数の大聖堂となりました。20世紀後半のユーゴスラビア内戦で大きな被害を受けましたが、現在は完全に修復されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: クロアチア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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ジャームのミナレットと考古遺跡群

Minaret and Archaeological Remains of Jam
ジャームのミナレットと考古遺跡群
ジャームのミナレットは、アフガニスタンのヘラートの東約215km、ハリルド川とその支流ジャーム川の合流地点のほとり、そびえ立つ山々に挟まれた深い渓谷に位置しています。焼成レンガによって築かれた高さ65mの塔であり、基壇は八角形で直径9m、塔身は円筒形で4層構造となっています。ミナレットは幾何学模様のレリーフで全面を覆われており、トルコ石タイルで刻まれたクーフィー体アラビア文字の装飾が施されています。1194年、ゴール朝のスルタン、ギヤス・ウッディーン(1153〜1203)によって建立されたこのミナレットは、ゴール朝の夏の首都であった古代都市フィルーズクーの跡地を示すものと考えられています。建造の目的については不明であり、モスクが失われてミナレットのみが残ったという説など、諸説が存在しています。
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ジャール平原:シェンクワーン県の巨大石壺遺跡群

Megalithic Jar Sites in Xiengkhuang – Plain of Jars
ジャール平原:シェンクワーン県の巨大石壺遺跡群
ラオスのジャール平原には葬儀に使用されたと考えられる巨大な石壺が2100以上残っています。世界遺産に登録された15のエリアには1325個の巨大石壺と巨大石壺に関連する遺構や遺物が残っています。紀元前500~紀元後500年の時期と推定されており、石壺のサイズや個数に関しては他に例がありません。最大で10km以上離れた採石場から運搬されたものもあり、20トン以上ある石をどのように運搬したのかは未だに謎のままです。
地域: 東・東南アジア / 国名: ラオス人民民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (iii)
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ジャイプールのジャンタル・マンタル-マハラジャの天文台

The Jantar Mantar, Jaipur
ジャイプールのジャンタル・マンタル-マハラジャの天文台
18世紀初頭、ラージプート諸国の一つアンベール王国の藩王(マハラジャ)であったサワーイー・ジャイ・シング2世が建設した天体観測施設群です。彼は科学者でもあったので、山上のアンベール城から平地のジャイプールへ遷都するタイミングで、自身の居城シティ・パレスの一角に観測施設をつくりました。彼は他の北インドの領地5カ所にも同様の観測施設をつくりましたが、ここジャイプールのものが最も規模が大きく、かつ完全な形で保存されています。なお、ジャイ・シング2世が整備した新都ジャイプールは、『ラジャスタン州のジャイプール市街』として世界遺産に登録されており、ジャンタル・マンタルも含まれています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ジャテツとザーツ・ホップの景観

Žatec and the Landscape of Saaz Hops
ジャテツとザーツ・ホップの景観
チェコ北西部にある『ジャテツとザーツ・ホップの景観』は、700年以上にわたり世界的に有名なホップ「ザーツ・ホップ」の栽培・加工・流通が行われてきた地域です。構成要素のひとつであるジャテツの町は、19世紀にチェコ人、ドイツ人、ユダヤ人によるホップ産業の革新を経て、国際的なホップ貿易の中心地となりました。市街地には乾燥窯や包装施設、硫黄処理場などの特徴的な建造物も残ります。都市機能と農業活動が密接に結びつき、進化を続ける文化的景観が今も息づいています。
地域: ヨーロッパ / 国名: チェコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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シャフリサブズの歴史地区

Historic Centre of Shakhrisyabz
シャフリサブズの歴史地区
ウズベキスタン南東部のシャフリサブズは、古代にはケシュまたはキシュ(心休まる地)と呼ばれた、中央アジアでも最古の歴史をもつ都市のひとつです。紀元前1千年紀には農耕集落が存在していたことが判明しています。シルク・ロードの交易の主役であったソグド人の活動により発展し、その繁栄は玄奘の「大唐西域記」にも記されています。この地域がイスラム化した後はサマルカンドやブハラといった近隣の都市の発展により衰退していきました。
地域: 西・南アジア / 国名: ウズベキスタン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (iii)(iv)
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シャフリ・ソフタ

Shahr-i Sokhta
シャフリ・ソフタ
シャフリ・ソフタはペルシャ語で「焼けた街」という名の遺跡です。ここは青銅器時代からの交易路上の中継地点で、イラン東部で最も早く建設された都市です。紀元前3,200年ごろから建設され、建材は日干しレンガです。都市の内部は「モニュメント区域」「居住区域」「製造区域」「埋葬区域」の4つのエリアに区分され、非常に機能的な都市だったようです。乾燥した気候のため各区域とも保存状態は良好です。都市は紀元前1,800年ごろ突然消滅しました。原因は水系の変化や気候変動だといわれています。ここは石器時代後期から青銅器時代の西アジアの都市の様相がわかる稀有な遺跡です。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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シャルトルの大聖堂

Chartres Cathedral
シャルトルの大聖堂
シャルトル大聖堂は、13世紀初頭の宗教建築の中でも最も完全で、中世西ヨーロッパで最も人気のあった聖母マリアへの巡礼地として知られています。その建築と装飾の統一性、フランスを代表するゴシック建築であること、中世キリスト教美術に及ぼした巨大な影響により、シャルトル大聖堂は中世建築史における重要なランドマークとして位置づけられています。特に、12世紀と13世紀の際立ったステンドグラス群、記念碑的な彫刻は、シャルトル大聖堂をゴシック美術の中でも最も素晴らしく、最も保存状態の良い例の一つとしています。シャルトル大聖堂は1210年から1250年にかけて製作されたステンドグラスの窓の統一された装飾をほぼ完全に保存しています。これに加えて、王室の玄関の上に12世紀の3つのステンドグラスの窓、そして13世紀の3つのファサードに施された大きなバラ窓があります。これら3つのファサードの大きなバラ窓はそれぞれ西側が「最後の審判」、北側が「聖母の栄光」、そして南側が「キリストの栄光」と呼ばれています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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シャンパーニュの丘陵、醸造所と貯蔵庫

Champagne Hillsides, Houses and Cellars
シャンパーニュの丘陵、醸造所と貯蔵庫
この遺産は、17世紀初頭から19世紀初頭の初期産業化の時期にかけて、ボトル内での二次発酵の原理に基づいたスパークリング・ワインの生産方法が発展した場所を包含しています。遺産は、シャンパン生産の全プロセスを実証する三つの異なる要素で構成されています。一つ目は、ブドウの供給源である歴史的な丘陵(オーヴィイエ、アイ、マルイユ・シュル・アイの歴史的ブドウ畑)。二つ目は、地下貯蔵庫を含む生産拠点(ランスのサン・ニケーズの丘)。三つ目は、販売・流通センターである(エペルネのシャンパーニュ大通りとシャブロール要塞)です。これらは機能的に連携し、シャンパンの製造と流通を一体的に示しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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シューシュタルの歴史的水利システム

Shushtar Historical Hydraulic System
シューシュタルの歴史的水利システム
イラン西部にあるシューシュタルは古代ペルシャ帝国(アケメネス朝)のダレイオス1世の時代にパサルガダエから遷都されたスーサを起源とする都市で、古代以来の要衝の地です。紀元前5世紀のアケメネス朝時代の基盤の上に、紀元3世紀のササン朝ペルシャの時代になって築かれたのがこの水利システムです。シューシュタルはカルン川の中州に位置し、ササン朝の夏の都でした。ここに造られた水利施設は、古代エラム文明やメソポタミアの技術を受け継ぎ、さらにはナバテア人やローマの土木建築など様々な専門知識と技術を受け継いだものです。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2009年 / 登録基準: (i)(ii)(v)
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シュヴァーベン・ジュラにある洞窟群と氷河期の芸術

Caves and Ice Age Art in the Swabian Jura
シュヴァーベン・ジュラにある洞窟群と氷河期の芸術
現生人類がヨーロッパに初めて到達したのは、約4万3千年前の最終氷期のことでした。彼らが居住地とした地域の一つが、ドイツ南部のシュヴァーベン・ジュラです。ここでは、古代の人々が一連の洞窟の中や周辺で生活しており、現在ではこれらの洞窟は考古学的遺跡となっています。1860年代から現在に至るまで発掘が続けられており、現生人類だけでなく、それ以前に存在していたネアンデルタール人の痕跡も含む、長期にわたる人類の存在の記録が明らかになっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (iii)
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修道院の島ライヒェナウ

Monastic Island of Reichenau
修道院の島ライヒェナウ
スイスとの国境に位置するボーデン湖にあるライヒェナウには、724年に創立されたベネディクト会の修道院の痕跡が今も残されています。ライヒェナウ修道院の主聖堂である中修道院には、カロリング期に由来する十字型のバシリカがあり、これはヨーロッパの十字型聖堂の貴重な例となっています。聖マリア・マルコ聖堂はその身廊とつながっており、ヨーロッパにおける文化史の重要な証拠の一つです。下修道院の聖ペテロ・パウロ聖堂の壁画「キリストの栄光」は、ドイツの初期ロマネスク美術の傑作とされています。また、上修道院の聖ゲオルク聖堂では、10世紀から11世紀に描かれたフレスコ画が有名で、アルプス北部において10世紀以前から保存されている風景壁画としては唯一の作品となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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