World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iii))

モデナ:大聖堂と市民の塔(トッレ・チヴィカ)、グランデ広場

Cathedral, Torre Civica and Piazza Grande, Modena
モデナ:大聖堂と市民の塔(トッレ・チヴィカ)、グランデ広場
モデナはイタリア北部エミリア・ロマーニャ州にあります。モデナ市内あるいは近郊には、「マセラティ」や「フェラーリ」などの最先端のスポーツカーを製造する会社の本社があります。その一方で、旧市街では、中心にあるグランデ広場、大聖堂、鐘楼などが一体となっていて、中世の面影を今に残しています。そして、キリスト教における宗教上の結びつきの強さと、この地を支配したカノッサ家の影響を見ることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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モヘンジョ・ダーロの遺跡群

Archaeological Ruins at Moenjodaro
モヘンジョ・ダーロの遺跡群
モヘンジョ・ダーロの都市遺跡は、紀元前3千年紀初頭にまで遡れる都市遺跡で、焼成レンガによって建てられた都市は、大きく東西二つのエリアに分かれています。東側の市街地地区は碁盤目状の街路が広がっているだけでなく、高度に整備された下水道網までも設置されていることから高度に計画された都市であったことが見て取れます。西側の城塞地区の丘の上には2世紀頃に仏教徒によって建造されたストゥーパ(仏塔)が残されています。それ以外にも公衆浴場や学校、穀物倉庫なども配置されています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (ii)(iii)
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モラヴィア教会入植地

Moravian Church Settlements
モラヴィア教会入植地
モラヴィア教会は、ルター派教会のひとつで、モラヴィア兄弟団とも呼ばれています。このモラヴィア教会に関係する4つの集落が国境を超えて4ヵ国に存在し、世界遺産に登録されています。これらの集落はヘルンフート(ドイツ)、ベツレヘム(アメリカ)、グレースヒル(英国)、クリスティアンスフェル(デンマーク)です。いずれの集落も、プロテスタントの理想を反映した都市計画に基づいて設立されており、平等とヒューマニズムが重視された街づくりがなされています。
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モレリアの歴史地区

Historic Centre of Morelia
モレリアの歴史地区
モレリアは、首都メキシコ・シティと第2の都市グアダラハラの間に位置し、16世紀半ばにスペインの植民都市バリャドリードとして築かれました。1570年に司教座が置かれて以降、この地域の宗教・文化の中心として発展し、18世紀には大聖堂や市庁舎などが建設されました。現在も約250の植民地時代の建造物が残り、多くがピンク色の石材で造られています。市内にはルネサンス、バロック、新古典主義が融合した建築が並び、その様式は「モレリアのバロック」といわれています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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モンゴルのアルタイ山脈にある岩面画群

Petroglyphic Complexes of the Mongolian Altai
モンゴルのアルタイ山脈にある岩面画群
モンゴル領のアルタイ地域に残る、ツァガーン・サラー・バガ・オイゴル遺跡、上ツァガーン・ゴル遺跡、アラル・トルゴイ遺跡の3つの岩面画遺跡が世界遺産として登録されています。いずれも更新世の氷河によって削り取られた渓谷に位置しており、岩絵だけでなく葬祭儀礼等の痕跡も残されています。後期更新世(紀元前1万1,000年頃)に形成されたと考えられる最初期の岩絵にはマンモス、サイ、ダチョウなどが含まれており、北部アジアが寒く乾燥した時代の証拠となっています。その後気候環境が乾燥したステップから森林ステップへと変化していった前期完新世(約1万1,000~6,000年前)の頃ではヘラジカやオーロックス、アイベックスなどへと移っており、この時代の岩絵はこの地域が狩猟に適した地域に変化したことを示しています。さらに植生が変化した中期完新世(約6,000~4,000年前)では、狩猟に変わって牧畜がこの地域の経済基盤となっていったことを反映しており、その後も前1,000年頃のスキタイ人や7~8世紀頃のテュルク系の人々の描写など1万2,000年にもわたるこの地域の文化や社会の変遷をすることができる貴重な証拠となっています。
地域: 東・東南アジア / 国名: モンゴル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (iii)
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モン・サン・ミシェルとその湾

Mont-Saint-Michel and its Bay
モン・サン・ミシェルとその湾
モン・サン・ミシェルは、フランス北西部の英国とフランスに挟まれた湾に立つ、小高い丘の上にあります。この地域は、フランスの他の地域とは異なり、現在の英国やアイルランドなどで見られるケルトの文化が色濃く残ります。708年にケルト人のモン・トンブと呼ばれるケルト人の聖地だった場所に、聖ミカエルを祀る聖堂を築いたのが、モン・サン・ミシェル(フランス語で「聖ミカエルの山」)の始まりです。聖ミカエルの信仰は、イタリアの世界遺産『イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)』に含まれるプーリア州の洞窟教会「サントゥアリオ・ディ・サン・ミケーレ・アルカンジェロ」に始まるとも伝えられますが、モン・サン・ミシェルはその信仰が遠くフランスに北西部にまで広がったことを示しています。 
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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モンバサのフォート・ジーザス

Fort Jesus, Mombasa
モンバサのフォート・ジーザス
ケニア南部の街、モンバサの南端のサンゴ岩の尾根の上に、1593~1596年に築かれた要塞です。これは、ポルトガル人ジョバンニ・バッティスタ・カイラティの設計によるもので、モンバサ港とインド洋の海上貿易路の防衛を目的として建造されました。要塞の配置や形状は、人体には完璧なプロポーションと幾何学的な調和があるというルネサンスの理想を反映しており、上空から見ると人体を模したようにも見えます。フォート・ジーザスは、長らく東洋文明の影響下にあったインド洋海上貿易路を西洋文明が始めて支配しようとしそれに成功したことを物語る存在です。建築技術においては15世紀から16世紀にかけての軍事技術の革新を反映させる近代的な要塞ですが、1世紀ほどのポルトガル支配の後はアラビア人、スワヒリ人、イギリス人など支配者が幾度となく変わったという歴史を経ながら、その間幾度もの改修や変更があったにも拘わらず、当初の姿を保っている貴重な遺跡です。それと同時に、インド洋地域においてアフリカ、アラブ、トルコ、ペルシャそしてヨーロッパといった様々な地域の人々が交流した地としてもその価値は非常に高い遺産となっています。
地域: アフリカ / 国名: ケニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会

Churches of Peace in Jawor and Świdnica
ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会
ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会群は、17世紀中期の宗教戦争(三十年戦争)後、ハプスブルク家のカトリック支配下の中、プロテスタント社会に対する宗教的寛容さを示す必要性に迫られ建設されました。建設に際しては、石やレンガの使用が禁じられ、木材と土を主材料とするという厳しい条件下でありながらも、複雑かつ先駆的な建築技術が駆使されました。木造建築としてはヨーロッパ最大級の規模を誇り、耐久性に優れた構造を持っています。​今日までその壮麗な姿を保ち続けており、木造宗教建築の最高峰として評価されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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ヤズドの歴史都市

Historic City of Yazd
ヤズドの歴史都市
ここはイラン中央部の砂漠地帯にあるシルクロードの隊商都市です。ここには、乾燥して寒暖差が激しいという砂漠地帯の厳しい環境に適応した建築物が多くみられます。最大規模のカナート(地下水路)を始め、風を取り入れて室温調節をするバードギールや日差しを避けるための地下室などが残っています。また、日干しレンガで造られている建物が多いのも特徴です。日干しレンガは断熱性にすぐれているといわれ、夏涼しく冬は暖かいそうです。ここはその立地と厳しい気候により、他のイランの都市のような近代化から取り残された都市で、そのためこれらの伝統的な建物群が残されているのです。市内にある「ドウラトアバード庭園」は別の世界遺産「ペルシア庭園」に登録されており、日干しレンガ造りのバードギールが特徴です。これも砂漠に適応した建築の代表例です。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (iii)(v)
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ヤロスラーヴリの歴史地区

Historical Centre of the City of Yaroslavl
ヤロスラーヴリの歴史地区
モスクワの北東約250km、ヴォルガ川とコトロスリ川の合流点にあるヤロスラーヴリは、ヤロスラフ1世によって築かれ、商業中心地として11世紀以降発展した古都です。この街で有名な建物に、12世紀後半に異教徒の寺院跡に築かれたスパソ・プレオブラジェンスキー修道院があります。もとは要塞としての役割もありましたが、これはヴォルガ川流域で最古の修道院の一つです。この修道院は幾度もの火災を経てその後、長い時間をかけて再建されたので、13世紀から16世紀の様々な建築要素を確認できます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヨーロッパの大温泉都市群

The Great Spa Towns of Europe
ヨーロッパの大温泉都市群
イタリア、英国、オーストリア、チェコ、ドイツ、フランス、ベルギーの7ヵ国に点在する11の温泉都市で構成される、国境を越えたひとつの世界遺産です。18世紀初頭から1930年代にかけて、ヨーロッパにおける温泉文化が最も隆盛を極めたことを示しています。これらの都市は、互いに影響しあいながら街づくりをし、絵画のような景観の中で、美しくデザインされたレクリエーション施設や治療・療養環境が整えられていきました。ヨーロッパの温泉文化の発展に貢献した数百の温泉地の中でも、最も洗練された大規模な都市が世界遺産に選ばれました。そのひとつである英国の「バース」は、古代ローマの温泉の遺構が残る現役の温泉施設で、1987年に『バースの市街』として単独でも世界遺産に登録されています。
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要塞都市クエンカ

Historic Walled Town of Cuenca
要塞都市クエンカ
スペイン中部、マドリードの南東170kmに位置するクエンカは石灰岩の岩山の頂に築かれた要塞都市です。9世紀、立地の良さに目を付けたイスラム教徒は、この地に要塞を築きコルドバ防衛の拠点としました。しかし、1177年にレコンキスタ(国土回復運動)によりキリスト教徒が入植すると、市街には要塞を中心に聖堂、修道院などのキリスト教建築が次々と建てられました。クエンカはイスラム建築を基本とする建築物の複合体でありながら、カスティーリャ王国の主要都市として君臨し、ルネサンス期に大きな隆盛の時期を迎えます。世界遺産としての価値をなす建造物の多くは、キリスト教徒入植後にイスラム勢力からの反撃に備えるもので、堅牢な城壁に囲まれた街は自然景観すらも圧倒します。田園風景の中心にそびえる岩山の頂の街は「景観都市」の原型とも称され、その美しさを今も放ち続けています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (ii)(v)
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ヨルサファナの考古学的遺跡:ヨルサファナの入植地とカシポラ・クリークの墓地

Jodensavanne Archaeological Site: Jodensavanne Settlement and Cassipora Creek Cemetery
ヨルサファナの考古学的遺跡:ヨルサファナの入植地とカシポラ・クリークの墓地
スリナム北部、スリナム川沿いの鬱蒼とした森林地帯には、17世紀にイベリア半島の異端審問から逃れてきたユダヤ人(セファルディム)たちが築いた集落遺跡があります。当時のスリナムは英国やオランダの統治下にありましたが、彼らには広範な特権が認められていました。世界遺産になっているのは、1680年代につくられたヨルサファナの入植地と、1650年代に建設されたカシポラ・クリーク旧入植地跡にある墓地です。先住民の領土内にあったそれらの入植地は、当時世界で唯一の「ユダヤ人が所有し、統治し、居住した」場所であり、アフリカ系の奴隷や自由民の人たちも共に生活していました。
地域: 南米 / 国名: スリナム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iii)
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ライティング・オン・ストーン/アイシナイピ

Writing-on-Stone / Áísínai’pi
ライティング・オン・ストーン/アイシナイピ
アイシナイピは,北米の半乾燥地帯であるグレートプレーンズの北端、カナダとアメリカ合衆国の国境に位置する聖地であり州立公園でもあります。「アイシナイピ」とは、先住民ブラックフット族の言葉で「描かれた/書かれた」という意味です。ここを流れるミルク川の渓谷に露出している堆積岩は、約8,500万年前に広大な内海の端で形成されました。最終氷期以降、大量の融雪水が柔らかい砂岩を浸食し始め、現在見られるクーリー(谷)やフードゥー(円柱状の岩)が形成されました。
地域: 北米 / 国名: カナダ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (iii)
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ライン渓谷中流上部

Upper Middle Rhine Valley
ライン渓谷中流上部
ライン川は全長1,223km、ヨーロッパ6ヵ国にわたり流れる国際河川です。そのうち、ドイツ西部に位置するビンゲン、リューデスハイムからコブレンツにかけての中流域、約65kmの区間は、急峻な峡谷と、河岸に60以上の町や集落、段々畑のブドウ園、城や要塞が点在する独特の景観が広がります。一帯には先史時代から人類が居住し、紀元前1世紀にローマ帝国の支配下に置かれると大陸の南北を結ぶ水運路として機能しました。中世には交通の要所として繁栄し、河岸には関所となる城や城塞が40以上も築かれました。これ等の城の多くは交易路を防衛する目的を担っていましたが、17~18世紀にかけてのドイツとフランスの戦争で荒廃し、廃城となりました。しかし、自然と古城が織りなす風景がロマン主義運動の感性に強く訴え、19世紀になるとロマン主義の影響を受けたラインシュタイン城やシュトルツェンフェルス城、カッツ城(ネコ城)などが建築・再建されました。こうして形成された景観は多くの詩人や画家、作曲家に着想を与え、芸術や文学の分野にも大きな影響を及ぼしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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ラヴェンナの初期キリスト教建造物群

Early Christian Monuments of Ravenna
ラヴェンナの初期キリスト教建造物群
ラヴェンナはアドリア海に面した、フィレンツェの北東100㎞ほどの場所にある港町です。西ローマ帝国皇帝のホノリウスが、402年にローマからラヴェンナに遷都して繁栄が始まりました。476年の西ローマ帝国滅亡後は、ゲルマン王オドアケルや東ゴート王国の支配を経て、540年にビザンツ帝国の支配下となり、総督府が置かれて重要な拠点となりました。とりわけ、ユスティニアヌス帝とその皇后のテオドラは、ラヴェンナに強い思い入れを持ち、街に繁栄をもたらしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ラヴォー地域のブドウ畑

Lavaux, Vineyard Terraces
ラヴォー地域のブドウ畑
スイス、ローザンヌ東部郊外からモントレー郊外シヨン城までの約30㎞にわたって、レマン湖畔の丘陵に広がる地域はスイス屈指のワイン産地です。ローマ時代にワイン生産が始まりましたが、組織的な生産が始まったのは、カトリック修道会であるベネディクト会とシトー会がラヴォーを支配した11世紀頃とされています。その後、盛んになったワイン製造のために湖畔を徐々に開発し、14世紀には現在のような石壁で区切られた段々畑が築かれました。その結果、急斜面のブドウ畑の間に民家やワイン工場が点在する独特の景観が生まれました。段々状に続くテラスのようなブドウ畑、教会や城、ワイン貯蔵室、生産者の住居からなる村が織り成す文化的景観は、人々がこの地の都市化を拒み、伝統的なワイン生産を約10世紀にわたって受け継いできた賜物です。
地域: ヨーロッパ / 国名: スイス連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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ラジャスタン州のジャイプール市街

Jaipur City, Rajasthan
ラジャスタン州のジャイプール市街
インド北西部ラジャスタン地方に位置するジャイプール市街は、かつてこの地に割拠したラージプート諸国のひとつ、アンベール王国の藩王(マハラジャ)であったサワーイー・ジャイ・シング2世が1727年に建設した都市です。王ははじめ丘陵地帯にあった城塞アンベール城を居城としていましたが、人口の増加や水不足に対応するため、平地に新たな都を建設しました。新たな都は「ジャイプール(「ジャイの町」)」と名づけられました。ジャイプールは英国の植民地支配下に置かれていた時代でも、領地の自治を保証されていたため、他の都市と比べてよりインド的な雰囲気を残しています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ラジャスタンの丘陵城塞群

Hill Forts of Rajasthan
ラジャスタンの丘陵城塞群
インド西部のラジャスタン地方には長い歴史を持つラージプート族の諸王国が築いた城塞が残っています。ムガル帝国がこの地を支配するようになるまで、また支配されてからも数百年間にわたり各王国の政治・文化・宗教の中心となった城塞です。それぞれの城塞は長い城壁に囲まれ、その内には宮殿のほかこの地方の様式をベースにした精緻な装飾を施した建造物が並びます。また一部にはムガル帝国がもたらしたイスラム様式の影響も散見され「ラージプート=ムガル様式」とも呼ばれます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (ii)(iii)
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ラス・メドゥラス

Las Médulas
ラス・メドゥラス
『ラス・メドゥラス』は、スペイン北西部の山岳地帯にあるローマ帝国時代の金の採掘場です。1世紀、ローマ帝国はこの地域で、水力を利用した技術による金鉱脈の開発に着手しました。湧き水、雨、雪解け水を一度大きなダム(貯水池)に集め、そこから長距離にわたって延びる水路が鉱山とつながれていました。ダムの水門を開くと、大量の水が水路に流れ込み、水圧によって鉱山では土砂崩れが発生します。こうすることで露出された大量の金を一気に採取することができました。このような採掘方法は「ルイナ・モンティウム」(山崩し)と呼ばれました。採掘の過程で生じた選鉱屑は数キロにわたって堆積しており、一部では農地として利用されている場所もあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ラバト:近代の首都と歴史都市の側面を併せもつ都市

Rabat, modern capital and historic city: a shared heritage
ラバト:近代の首都と歴史都市の側面を併せもつ都市
ラバトはモロッコ北西部、ブール川の河口の大西洋岸に位置するモロッコの首都です。20世紀前半のフランス保護領時代に計画的に改造され、アフリカ北西部のマグレブ地方特有の旧市街のデザインが尊重され、その南側に新市街が組み込まれました。新市街は20世紀のヨーロッパ的都市理念がみられる一方、旧市街には12~17世紀のイスラム王朝時代の建物も残り、過去と現在の建物群が見事に調和した都市が形成されています。
地域: アフリカ / 国名: モロッコ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ラパ・ニュイ国立公園

Rapa Nui National Park
ラパ・ニュイ国立公園
ラパ・ニュイ国立公園は、チリの海岸から西に約3,700kmの南太平洋に位置するパスクア島(イースター島)にあり、約900体のモアイ像と300以上の儀式用プラットフォーム(アフ)を有しています。これらのモアイ像は、11世紀から17世紀にかけてポリネシアに起源を持つ長耳族によって先祖を祀るために造られ、島の各地に配置されています。
地域: 南米 / 国名: チリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (i)(iii)(v)
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ラホール城とシャーラマール庭園

Fort and Shalamar Gardens in Lahore
ラホール城とシャーラマール庭園
ラホールはパキスタン北東部、インドの国境付近にある都市で、ムガル帝国第3代皇帝のアクバル(在位:1542~1605)はこの地に都を置き、11世紀以前から伝わる城砦を再建する形で現在のラホール城を築きました。彼は焼成レンガと赤砂岩を特徴的に用いて、謁見の間であった「ハーネ・ハース・オ・アーム」などの象徴的な施設を建造しました。次代のジャハーンギール(在位:1605~1627)は、アクバルが着工した広大な北側の中庭を完成させると主に、砦の北壁や北西壁に装飾を施しました。さらに次代のシャー・ジャハーン(在位:1627~58)は、白大理石をふんだんに用いた「真珠のモスク」や謁見の間「ディーワーネ・アーム」、世界で最も美しい宮殿の一つとも言われる「シーシュ・マハル」などの豪奢な建造物を築いています。これらの建造物はムガル帝国の建築様式の優れた見本を構成しています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ラムの旧市街

Lamu Old Town
ラムの旧市街
ケニア南東部インド洋に浮かぶラム島の島内に広がる旧市街は、12世紀から海洋交易の拠点として発展してきた歴史を持っています。かつて東アフリカで最も重要な貿易の中心地で、宗教的、文化的、技術的に重要な影響を与えてきました。また、東アフリカのスワヒリ圏の市街地遺跡としては最も歴史が古く、かつ保存状態も良好であることで知られています。アジアから見るとアフリカ大陸の入り口に相当するこの街は、象牙や奴隷が集まる集散地となり、アラブやペルシャ、インド、ヨーロッパの商人たちによって活発な取引が行われていました。他のスワヒリ圏の古い集落と比べて、ラムの旧市街には700年以上もの長きにわたって人々が住み続け、今もなお街として機能し続けていることが特徴です。
地域: アフリカ / 国名: ケニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ラリベラの岩の聖堂群

Rock-Hewn Churches, Lalibela
ラリベラの岩の聖堂群
『ラリベラの聖堂群』は、エチオピア高原北東部、標高3,000mの場所に位置する11の岩窟キリスト教聖堂群です。12世紀末、イスラム教徒の支配下にあった聖地エルサレムへの巡礼が困難であったことから、ザグウェ朝の7代ラリベラ王は都を「第二のエルサレム」にしようと、キリスト教聖堂群の建造を始めました。地表の高さに教会の最上部を建造した後、徐々に周囲を掘り下げながら、建物全体を彫り出してつくられました。わずか二十数年という工期の早さに人々は驚き、「天使がつくった」と噂したといわれています。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1978年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ラ・ルヴィエールとル・ルー(エノー)の中央運河の4つの閘門とその周辺環境

The Four Lifts on the Canal du Centre and their Environs, La Louvière and Le Roeulx (Hainaut)
ラ・ルヴィエールとル・ルー(エノー)の中央運河の4つの閘門とその周辺環境
歴史的な中央運河のこの短い区間に集中する4つの水力式船舶リフトは、最高品質の産業遺産として位置づけられています。19世紀末から20世紀初頭にかけて建設された八つの水力式船舶リフトのうち、この中央運河の四つのリフトだけが、世界で唯一、オリジナルの稼働状態を保ちながら現存しています。これらは、経済と産業が急速に拡大した19世紀ヨーロッパにおける水力工学の目覚ましい発展を証明するものであり、運河建設における工学技術の頂点を示すものとされています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ベルギー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮

Cathedral of Notre-Dame, Former Abbey of Saint-Rémi and Palace of Tau, Reims
ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮
ランスが大きく発展したのは、496年頃にフランク王国のクローヴィス1世がこの地でキリスト教カトリックの洗礼を受けたことがきっかけです。クローヴィスはゲルマン人のフランク族を統一すると、481年にフランク王国メロヴィング朝をひらきました。彼はゲルマン人のアレマン族との戦いで、イエス・キリストが勝利に導いてくれたら洗礼を受けると天に誓います。そうして見事勝利を収めたため、王妃や約3,000人のフランク族の兵士と一緒に洗礼を受けました。このことは、カトリック教会がフランク王国という強い後ろ盾を得たことを意味しました。この時、クローヴィスに洗礼を与えたのが聖レミギウス(サン・レミ)だと伝わります。その後、1825年のシャルル10世まで32人の王がランスで戴冠式を行い、そのうち25人の王が現在のノートル・ダム大聖堂で戴冠式を行いました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(ii)(vi)
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ランメルスベルク鉱山とゴスラーの歴史地区、ハルツ山地上部の水利システム

Mines of Rammelsberg, Historic Town of Goslar and Upper Harz Water Management System
ランメルスベルク鉱山とゴスラーの歴史地区、ハルツ山地上部の水利システム
ドイツ中央部にあるゴスラーは、その南方にある銀鉱山ランメルスベルクの開発によって大きな発展を遂げた都市です。この地では11世紀初頭に後の神聖ローマ皇帝ハインリヒ2世によって、「オットー・アーデルハイト・ペニヒ」と呼ばれる銀貨を鋳造したり、鉱山の近くに宮殿を開いたり、また、1009年からは同宮殿において帝国集会が開催されました。以降神聖ローマ帝国の主要都市として栄え、13世紀頃までは帝国集会が頻繁に開催されました。その後は自治都市としての性格が強くなりハンザ同盟に加盟した後も鉱山として繁栄しましたが、16世紀頃から鉱山の権益をニーダーザクセン地方の領主に奪われたこともあり衰退しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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リートフェルト設計のシュレーダー邸

Rietveld Schröderhuis (Rietveld Schröder House)
リートフェルト設計のシュレーダー邸
『リートフェルト設計のシュレーダー邸』は、オランダの首都アムステルダムから、南に30kmほどのユトレヒトにある一戸建ての住宅です。トゥルース・シュレーダー・シュラーダー夫人の依頼により、建築家ヘリット・トマス・リートフェルトが設計し、1924年に建設されました。この小さな邸宅は、内部空間の柔軟な配置と視覚的・形式的な特徴により、1920年代のオランダの芸術家・建築家集団「デ・ステイル」が掲げた理想を大規模に表現した最初の試みとなりました。デ・ステイルとは、造形の純粋かつ抽象表現を追求する芸術運動のことです。第一次世界大戦と第二次世界大戦の間にヨーロッパで広まり、はじめは絵画、次に家具や建築へと理念を展開していきました。シュレーダー邸は、デ・ステイル運動だけでなく、近代建築運動の象徴のひとつとみなされています。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(ii)
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リヴィウ歴史地区

L'viv – the Ensemble of the Historic Centre
リヴィウ歴史地区
ウクライナの西部にあるリヴィウ歴史地区は5~6世紀に建設されました。政治的にも貿易上でも要衝となったためその歴史は波乱に満ちています。ポーランド領となった14世紀以降にこの地方の中心都市となりましたが、1772年の「ポーランド分割」ではオーストリア領に、その後ポーランド領に戻るも、今度はソ連によりウクライナに併合されるなど波乱の歴史を歩んできた背景があります。2022年2月に始まったロシアによるウクライナの軍事侵攻を受け、2023年からは危機遺産リストに記載されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ウクライナ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(v)
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