World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iv))

イスファハーンのマスジェデ・ジャーメ(金曜モスク)

Masjed-e Jāmé of Isfahan
イスファハーンのマスジェデ・ジャーメ(金曜モスク)
イスファハーンのマスジェデ・ジャーメ(金曜モスク)は、8世紀後半のアッバース朝時代につくられたモスクを起源とする、イスファハーンで最も古いモスクです。創建時は日干しレンガ造りでしたが、12世紀の大火後に再建され、ササン朝ペルシア時代の宮殿建築で用いられた「4(チャハル)イーワーン」と呼ばれる様式をイスラム教の宗教建築と融合させた最初の建築となりました。「イーワーン」とは、三方を壁で囲み、開けた前方部たアーチが設けられた空間のことです。それを4つ向かい合わせ、中庭を4方向から取り囲むのが「4イーワーン」です。これによりモスクはより壮大なものとなり、モスク設計における新しいレイアウトと美学の原型となる建築物となりました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (ii)
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イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)

Longobards in Italy. Places of the power (568-774 A.D.)
イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)
この遺産はイタリア半島全土に点在する要塞、教会、修道院を含む7つの建築群によって構成されています。6~8世紀、北欧から移住してきたロンゴバルド族はイタリア半島を広く統治し、独自の文化を発展させました。これらの建築物は在りし日のロンゴバルド王国の面影を現在に残しています。その建築様式は、古代ローマの伝統やキリスト教の精神性、ビザンツ文化、北欧のゲルマン様式を統合させたもので、古代から中世へと続く時代の変遷を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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厳島神社

Itsukushima Shinto Shrine
厳島神社
厳島神社は、平清盛によって創建され、平安時代の貴族住宅である寝殿造りの様式を採用した神社建築の代表例です。弥山の深い緑を背景に、海上に浮かぶように建てられた社殿群は、自然と人工の調和を体現しています。これらの建築は、原始的な社殿を現在のような姿に発展させた平清盛の卓越した構想力と美的センスを示すとともに、日本人の信仰心や精神文化の発展の過程を理解する上でも重要な存在です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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イビサ島の生物多様性と文化

Ibiza, Biodiversity and Culture
イビサ島の生物多様性と文化
地中海西部のバレアレス諸島に位置し、現在ではリゾート地としても知られるイビサ島は、固有の生物と歴史的建造物が共存する複合遺産です。特に「ポシドニア・オセアニカ」と呼ばれる海草は、地中海沿岸にのみ分布する固有種であり、その中でもイビサ島周辺のものは最も良好な保存状態にあるとされています。この海草草原は、絶滅危惧種を含む多様な海洋生物の産卵・生育の場として重要であり、また、海岸を嵐から守る天然の防波堤としても機能しています。さらに、1ヘクタールあたり年間21トンのバイオマスを生産するなど、生物生産性も非常に高く、熱帯雨林に匹敵します。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(ix)(x)
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Ir.D.F.ヴァウダヘマール:D.F.ヴァウダ技師による蒸気水揚げポンプ場

Ir.D.F. Woudagemaal (D.F. Wouda Steam Pumping Station)
Ir.D.F.ヴァウダヘマール:D.F.ヴァウダ技師による蒸気水揚げポンプ場
オランダ北部、フリースラント州レメルにある世界最大の排水施設です。国土の大部分が海抜0mかそれ以下の低地であるオランダでは、排水設備はたいへん重要な社会インフラです。風力を利用した揚水装置「風車」はこの国の象徴となっていますが、19世紀後半以降は蒸気機関が導入され、そのひとつがこの揚水ポンプ場です。1920年に水利技師のD.F.ヴァウダが建設したもので、現在でも稼働しています。これはオランダの水力工学の頂点を極めたポンプ場で、かつ20世紀を代表する工業デザインの好例と言えます。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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イラン縦貫鉄道

Trans-Iranian Railway
イラン縦貫鉄道
『イラン縦貫鉄道』は、イラン北部のカスピ海に面する都市バンダレ・トルキャマンから、南部のペルシア湾沿岸のバンダレ・エマーム・ホメイニーまでを結ぶ、全長1,394?の路線です。首都のテヘランを境に、北側の路線は461?に30駅を擁し、南側の933?には59駅があります。この間、鉄道は4つの異なる気候帯(カスピ海周辺の湿潤温暖気候、山岳地帯の寒冷気候、中央高原の乾燥気候、ペルシア湾周辺の高温多湿気候)を通過し、森林や高山、砂漠など多様な地形を横断します。 鉄道のレール幅(軌間)は、現在世界で最も普及している1,435?(標準軌)が採用されました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)(iv)
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イランのアルメニア教会修道院群

Armenian Monastic Ensembles of Iran
イランのアルメニア教会修道院群
イラン北西部、アルメニアとの国境に近い地域にあるアルメニア正教会の修道院と聖堂です。ここは古代アルメニアの土地でした。古代アルメニアは4世紀初頭に世界で初めてキリスト教を公認した国です(ローマ帝国より30年ほど早いです)。そしてこの地はアルメニア正教の中心地となり、現在でも重要な巡礼地となっています。アルメニア正教の遺構として残っているのが3つの修道院と聖堂です。そのうちの最古のものは7世紀に建てられた「聖タデウス修道院」で、イエスの十二使徒の一人タデイにちなんでいます。「聖ステファノ修道院」と「生神女マリア聖堂」もアルメニアの伝統様式で建てられており、貴重な遺構です。これらの建物は、地震等での倒壊はあったもののその後再建され、この地を支配したイスラム教の王朝からも保護されてきました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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頤和園:北京の夏の離宮と皇帝庭園

Summer Palace, an Imperial Garden in Beijing
頤和園:北京の夏の離宮と皇帝庭園
北京の中心部から北西約15kmに位置する頤和園は、敷地総面積約290万㎡を誇り、中国に現存する最大かつ最後に建造された皇室庭園です。12世紀半ばに、金王朝時代に建造された小規模な離宮を前身とし、1750年に清の乾隆帝が広大な庭園へと整備して清漪園(せいいえん)と名付けられました。中国の名だたる庭園や名景、有名建築の精華を取り入れたものとなりました。自然景観を模倣した庭園は、建物や楼閣、橋などと見事に調和し、中国だけでなく、日本や朝鮮半島の庭園にも大きな影響を及ぼしました。第二次アヘン戦争で北京に侵攻した英仏連合軍により庭園は破壊されてしまいますが、その30年後の1886年、西太后が海軍の経費を流用して復元し、頤和園と改称しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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イワノヴォの岩窟教会群

Rock-Hewn Churches of Ivanovo
イワノヴォの岩窟教会群
ブルガリア北東部、ルセンスキー・ロム川の渓谷にあるイワノヴォ村の周辺には、岩をくり抜いて造られた石窟教会や礼拝堂、修道院、修行僧の住居などの複合施設が広がっています。隠者たちがこの地の断崖に自らの住居や教会を掘り始めたのは、12世紀頃のことです。イワノヴォの教会群に描かれたフレスコ画は、14世紀の絵画とブルガリア中世美術における卓越した芸術性と感性を示していて、南東ヨーロッパのキリスト教美術における重要な成果です。
地域: ヨーロッパ / 国名: ブルガリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (ii)(iii)
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石見銀山遺跡とその文化的景観

Iwami Ginzan Silver Mine and its Cultural Landscape
石見銀山遺跡とその文化的景観
石見銀山は、16世紀から20世紀にかけて銀の採掘が行われた鉱山遺跡で、鉱山跡、精錬施設、鉱山町、街道、港町などが含まれます。これらの遺構は、当時の銀生産技術や人々の暮らしを物語っており、特に600ほどある手掘りの坑道「間歩」は、ノミと金槌で掘られた跡が残っており、当時の技術を今に伝えています。 また、銀生活や住民たちの生活で仕様された薪炭材の供給源であった森林をはじめ、豊かな自然環境も残されています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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殷墟

Yin Xu
殷墟
殷墟は、北京の南方に位置する河南省安陽市にあり、中国最古の古代都市遺跡のひとつです。中国で現在確認できるものとしては、最古の王朝とされる殷(商)(紀元前17世紀頃〜前1046年)の最後の首都で、紀元前1300年頃に築かれたと考えられています。殷は、紀元前17世紀に夏王朝を倒して建てた王朝とされ、多数の氏族集団(邑)が王に服属して成り立つ連合体でした。紀元前1046年、周の武王が殷の紂王を打ち破り、殷王朝は滅亡しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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インドの山岳鉄道群

Mountain Railways of India
インドの山岳鉄道群
インドには英国統治時代に開通した山岳鉄道がいくつかあります。そのなかで、インド北東部の有名な紅茶の産地であるダージリン地方にあるのが1881年開通の「ダージリン・ヒマラヤ鉄道」で、1999年に世界遺産に登録されました。その後2005年には南西部にある「ニルギリ山岳鉄道」、2008年には北西部の「カールカ=シムラー鉄道」が世界遺産に追加登録され、現在この3路線が「インドの山岳鉄道群」として世界遺産になっています。いずれも19世紀後半の最新技術を駆使した都市と山岳地を結ぶ鉄道建設の代表例です。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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インドのマラーター王国の軍事景観

Maratha Military Landscapes of India
インドのマラーター王国の軍事景観
西インドの丘陵地帯や沿岸部には17世紀から19世紀にかけてマラーター王国によって築かれた軍事施設が点在しています。これらの城塞や見張り台などはこの地の地形を利用して、きわめて戦略的に配置されており、この王国の鉄壁の防衛システムを形成していました。またこの地の伝統と他の地域からの文化を融合させたマラーター王国の文化を知る上でも貴重な遺産です。マラーター王国の創始者であるシヴァージーはいまでもこの地域の英雄であり、彼が築いた王国の首都ラーイガドの要塞などを含め全部で12の軍事施設が世界遺産に登録されています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (iv)(vi)
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ヴァールベリのグリメトン無線局

Grimeton Radio Station, Varberg
ヴァールベリのグリメトン無線局
スウェーデン南部、ヴァールベリ市の東7kmにあるグリメトン無線局は、1922〜1924年にかけて建設された、大西洋を越える無線通信時代の初期を象徴する遺産です。海沿いに広がる約110万㎡の広大な敷地には、当時スウェーデン国内最高の高さを誇った127mのアンテナ鉄塔6基や、アンテナ付きの短波送信機、初代アレクサンダーソン製の送信機を持つ建物、職員のための住宅街などが含まれています。主要な建物は建築家のカール・オーケルブラッドによって新古典主義様式で設計され、当時スウェーデンで最も高い建造物となったアンテナ鉄塔は、構造エンジニアのヘンリック・クルーガーによって設計されました。大西洋を横断する無線通信初期の施設としては非常に保存状態が良いことが特徴です。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヴァティカン市国

Vatican City
ヴァティカン市国
キリスト教世界で最も神聖な場所のひとつであるヴァティカン市国は、約2,000年の歴史とカトリック教会の精神性の証として存在しています。ローマ教皇を国家元首とするこの国は人口800人、総面積0.44km2と世界最小の独立国でありながら、国全体が世界遺産に登録されている唯一の場所です。サン・ピエトロ大聖堂の立つヴァティカンの丘は、イエス・キリストの最初の弟子であり初代教皇でもある聖ペテロの墓所であったとされています。4世紀になると、ローマ帝国皇帝として最初にキリスト教を保護したコンスタンティヌス1世の命により、バシリカ式の教会堂が建てられました。主要な巡礼地でもあるヴァティカンは、キリスト教の歴史と直接的に結びついているのみならず、ルネサンスやバロック美術の理想であり、模範的な創造物でもあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ヴァティカン市国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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ヴァイキング時代の環状要塞群

Viking-Age Ring Fortresses
ヴァイキング時代の環状要塞群
アッガスボー、フィルカット、ノンネバッケン、トレルボルグ、ボルグルングの5つの要塞は、970年から980年頃、ハーラル王(青歯王)の時代に建設されたもので、卓越した軍事建築技術の象徴となっています。これらの要塞は、現代のデンマークにおけるユトランド半島やフュン島、シェラン島の重要な陸路と海路の近くに戦略的に配置されました。5つの囲いは統一された正確で幾何学的な設計に基づいて構築され、防御目的のために自然の地形を組み込んでいます。これらの構造物は、四つの方位を基準にした門を備えた円形の防御壁で要塞化されており、ほとんどの場合、同心円状の溝、環状通りに囲まれた軸通り、および四つの区画に幾何学的に配置された長屋が含まれていました。
地域: ヨーロッパ / 国名: デンマーク王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ヴァッセのアポロン・エピクリオス神殿

Temple of Apollo Epicurius at Bassae
ヴァッセのアポロン・エピクリオス神殿
ペロポネソス半島中央部のアルカディア地方の緑の丘に、壮大な神殿がそびえたっています。この神殿は紀元前5世紀後半のギリシャ文明最盛期にあたる、紀元前420~前400年頃にフィガリア人により建設されました。当時、近隣ではペストが流行していたのですが、この地方には被害が及ばなかったため、市民はそれをアポロン神の加護だと信じて、標高1,160mの地に神殿を建てました。僻地に建設されたこともあり、1765年に発見されるまで1,700年以上歴史の舞台から姿を消していましたが、同時に石材などが盗まれることもなく、結果的に保存状態の良いままで遺されました。 
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ヴァッハウ渓谷の文化的景観

Wachau Cultural Landscape
ヴァッハウ渓谷の文化的景観
ドイツ南部から中・東欧を抜けて黒海へと注ぐドナウ川の流域のうち、オーストリア北東部の都市メルクとクレムスの間に広がるヴァッハウ渓谷は、特に風光明媚なことで知られ、訪れる人に感動を与えてくれます。この地域の歴史は非常に古く、先史時代の遺物が数多く出土しており、ガルケンベルクでは約3万2,000年前の、ヴィレンドルフでは約2万6,000年前のものと推定される像が発見されています。その後の青銅器時代、鉄器時代を経て、ケルト人の王国ノリクムや、ローマ帝国の国境都市マウテルンが置かれるなど、歴史の舞台となりました。中世にはバーベンベルク家の支配下で町や修道院が発展し、11〜12世紀には現在の街の基礎が築かれました。ヴァッハウはドイツ叙事詩『ニーベルンゲンの歌』にも登場し、地域の歴史的重要性を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: オーストリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の都市景観群(シチリア島南東部)

Late Baroque Towns of the Val di Noto (South-Eastern Sicily)
ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の都市景観群(シチリア島南東部)
イタリアのシチリア島南東部の諸都市はエトナ火山の噴火や大地震でしばしば甚大な被害を受けました。そのうちのノート、カルタジローネ、カターニア、ラグーザなど8つの町は、1693年の壊滅的な大地震の後、統一的に再建されました。町の再建に際しては、元の町跡や隣接する場所に再建されたり、別の場所へ移転したりと、やり方も規模もいろいろですが、すべて後期バロック様式で統一されています。ここは都市計画と都市再建における革新性を示す顕著な事例と言えます。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(v)
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ウィーンの歴史地区

Historic Centre of Vienna
ウィーンの歴史地区
「音楽の都」として名を馳せるウィーンは、世間では「ウィーン少年合唱団」などでも有名でしょう。ウィーンの起源は紀元前1世紀までに遡り、ローマ帝国においては「ウィンドボナ」と呼ばれていました。13世紀以降ハプスブルク王家から神聖ローマ皇帝が選出されるようになってから、ウィーンは王都となりました。ウィーンが劇的な変貌を遂げるのは17世紀後半なのですが、それまでの歴史を語る建造物も多く残されています。例えばオーストリア最古の修道院であるショッテン修道院や、14~15世紀に建造された聖シュテファン大聖堂などはその代表例と言えます。
地域: ヨーロッパ / 国名: オーストリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ヴィエリチカとボフニャの王立岩塩坑

Wieliczka and Bochnia Royal Salt Mines
ヴィエリチカとボフニャの王立岩塩坑
ヴィエリチカとボフニャの岩塩坑は、13世紀から20世紀末まで稼働していた、ヨーロッパで最も古く、最も重要な王立塩採掘施設です。両坑は同一の岩塩層に位置し、これらの坑道は、塩採掘技術の歴史的発展を示す貴重な遺産として評価されています。 ヴィエリチカ岩塩坑は、11~12世紀に本格的な井戸の掘削が始まり、塩水を加熱して塩の採取が行われるようになりました。13世紀には岩塩の塊が発見され、採掘によって直接塩を得ることができるようになりました。塩による収益は王室の財源の3分の1を占め、この収入を基に、ポーランド王カジミエシュ3世はポーランド初の大学(現ヤギェウォ大学)を創設することができたと言われています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1978年 / 登録基準: (iv)
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ヴィシェグラードのメフメド・パシャ・ソコロヴィッチ橋

Mehmed Paša Sokolović Bridge in Višegrad
ヴィシェグラードのメフメド・パシャ・ソコロヴィッチ橋
ヴィシェグラードのメフメド・パシャ・ソコロヴィッチ橋は、オスマン帝国の大宰相メフメド・パシャ・ソコロヴィッチの命令により、16世紀末に宮廷建築家ミマール・コジャ・スィナンによって建設されました。この橋は、オスマン帝国の記念碑的な建築と土木工学の最盛期を特徴づけるものです。全長179.5m、11の石造アーチ(径間11m〜15m)からなり、川の左岸には直角に曲がった4つのアーチを持つアクセススロープが設けられています。橋全体の比類ない優雅な均整と荘厳な風格は、この建築様式の偉大さの証となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ボスニア・ヘルツェゴビナ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヴィチェンツァの市街とヴェネト地方のパッラーディオ様式の別荘群

City of Vicenza and the Palladian Villas of the Veneto
ヴィチェンツァの市街とヴェネト地方のパッラーディオ様式の別荘群
紀元前2世紀に設立された古い街「ヴィチェンツァ」は建築家アンドレア・パッラーディオによってルネサンス調の都市に生まれ変わりました。16世紀、ヴェネツィアの支配下にあったヴィチェンツァで「後期ルネサンス期を代表する建築家」と称されたパッラーディオは街の改修を手掛けることになります。彼は古代ローマ建築を徹底的に研究して、もともとあった建築物と新たなデザインを融合させることで、街並を刷新しました。ヴィッラ・カプラは古代ローマ建築をモデルに、柱廊やドームを世俗建築に採用した「パッラーディオ様式」を代表する建築物です。彼が築き上げた建築様式は、その後ヨーロッパやアメリカ大陸で多大な影響を与えました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (i)(ii)
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ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ(古代ローマの別荘群)

Villa Romana del Casale
ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ(古代ローマの別荘群)
ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレは、イタリアのシチリア島中央部の街ピアッツァ・アルメリーナ郊外にある古代ローマ人の貴族の別荘跡です。3~4世紀に建てられたもので、ローマ帝国の時代以降も、ビザンツ帝国や東ゴート王国などの下で住居として使用されてきました。しかし、12世紀頃には放棄されて、建物は土に埋もれていました。20世紀に入って始められた発掘作業により、32本もコリント式の円柱が並ぶ大広間を中心に、40以上も部屋があり、床いっぱいにモザイク装飾がなされている豪華で広大な別荘跡であることが知られました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ヴィルヘルムスヘーエ丘陵公園

Bergpark Wilhelmshöhe
ヴィルヘルムスヘーエ丘陵公園
ドイツ中部カッセルに位置するこの公園は、17世紀から19世紀にかけて造営されました。これは、ヨーロッパ庭園文化の発展を示す卓越した例とされ、バロックおよびロマン主義期の様式が複合して成っています。丘の頂上には高さ11.5メートルの銅板で作られたヘラクレス像が据えられており、数キロメートル先からでも見ることができるこの像は、技術的にも芸術的にも近世における最も洗練された像の一つとされています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ウィレムスタットの歴史地区:キュラソーにある内陸都市と港

Historic Area of Willemstad, Inner City and Harbour, Curaçao
ウィレムスタットの歴史地区:キュラソーにある内陸都市と港
ウィレムスタットの歴史地区は、1634年にオランダ人がカリブ海のキュラソー島のに設立した、植民地時代の貿易と行政の集落を代表する例です。セント・アナ・バーイの入り江の東岸にアムステルダム要塞が建設されたのを皮切りに、町はその後数世紀にわたって継続的に発展しました。現代の市街地は、プンダ、オトロバンダ、ピーターマーイ、スカローという4つの異なる歴史地区で構成されており、それぞれが異なる植民地時代の都市計画と開発の時代を反映しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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ウェールズ北西部の粘板岩の景観

The Slate Landscape of Northwest Wales
ウェールズ北西部の粘板岩の景観
ウェールズ北西部にあるスノードン山塊にある6つの地域で、粘板岩(スレート)の採掘や国内外への輸出によって農業景観から変容していった産業景観の好例を示しています。1780年から20世紀初頭にかけて山岳地帯で採掘されたスレートは、屋根材として世界に広く流通しました。採石の職人たちが米国などへ移住したことで技術が伝わっていき、スレート産業の発展の基礎をつくっていくことにつながりました。スレートを通じて、人々の交流や採掘技術の伝播へとつながった好例です。
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ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター・アビーとセント・マーガレット教会

Palace of Westminster and Westminster Abbey including Saint Margaret’s Church
ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター・アビーとセント・マーガレット教会
ロンドン中心部のテムズ川沿いに位置するウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター・アビー(修道院)、そしてセント・マーガレット教会は11世紀に建てられた歴史的建築物として世界中に広く知られています。何世紀にもわたって共に変化してきたこれらの建築物は、英国王室と議会、そして教会の絡み合った歴史を物語っており、今も英国の社会と政治において極めて重要な役割を果たしています。宮殿とウェストミンスター・アビーは、11世紀に敬虔なキリスト教徒であったエドワード王によって建てられました。前者は現在国会議事堂として使用されており、後者は国王及び女王の戴冠式、結婚式などの王室行事の場として機能しています。
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ヴェネツィア共和国の防衛施設群(16-17世紀):スタート・ダ・テッラと西スタート・ダ・マール

Venetian Works of Defence between the 16th and 17th Centuries: Stato da Terra – Western Stato da Mar
ヴェネツィア共和国の防衛施設群(16-17世紀):スタート・ダ・テッラと西スタート・ダ・マール
ヴェネツィア共和国は中世以来地中海東方貿易で繁栄してきましたが、16世紀から17世紀にかけて共和国防衛のための要塞施設を広範囲に建設しました。要塞群はイタリアの北部ロンバルディア地方から東アドリア海沿岸まで1,000㎞以上にわたって広がっており、そのうちのイタリア・クロアチア・モンテネグロの3ヵ国にある6つの要塞が世界遺産に登録されています。要塞には北西のヨーロッパ諸国からの防衛のための「スタート・ダ・テッラ」とアドリア海の航路と港を守る「スタート・ダ・マール」があり、それらはいずれも当時最新の設計様式「アラ・モデルナ(火器に対応した近代式デザイン)」で建設されています。
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ヴェネツィアとその潟

Venice and its Lagoon
ヴェネツィアとその潟
イタリアのアドリア海に位置するヴェネツィアは118の島と176の運河、400以上の橋からなる都市です。異民族の攻撃から避難したウェネティ人が潟(イタリア語でラグーナ)に都市を築きました。7世紀には本格的な建物が建てられ、8世紀には形式上ではビザンツ帝国に従属しつつも、実質的に独立を保ち、東方貿易の拠点として発展しました。10世紀には主要な海運国となり、1797年のナポレオン1世から侵略を受けるまで約1,100年間自治都市として独立し続けました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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