World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii))

メキシコ・シティの歴史地区とソチミルコ

Historic Centre of Mexico City and Xochimilco
メキシコ・シティの歴史地区とソチミルコ
メキシコ・シティは16世紀にスペイン人によってアステカ帝国の古都テノチティトランの遺跡の上に建設された街です。スペイン人は1521年にテノチティトランに攻め入り、都市を破壊したのち、都市の上にメキシコ・シティを建設しました。ソカロ(中央広場)を中心に碁盤の目状に道路が広がる都市構造や建築様式は新大陸における植民都市のモデルとなり、各地に影響を与えました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)
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メテオラの修道院群

Meteora
メテオラの修道院群
メテオラとはギリシア語で「中空に浮く」という意味であり、ギリシア中部にあるメテオラでは、奇岩群が数多くあり、その上に修道院が立っているという、世界でも類を見ない景観が見られます。この奇岩群が形成されたのは今から6,000万年前に誕生したとされ、そこから長い年月をかけて川の水が谷を削り、硬い部分だけが残った結果、このような景観が生まれました。この景観を神の地と思ったのか、古くから人々が住み着いていました。9世紀頃から、現実世界から離れて、決して住みやすいとは言えないこの場所に修道院を築き、祈りを捧げるようになるのです。修道院群があたかも空中に浮いているように見えるから、この地はメテオラと言われました。最盛期には24の修道院があり、7つの修道院が世界遺産に登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(v)(vii)
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メラカとジョージ・タウン:マラッカ海峡の歴史都市

Melaka and George Town, historic cities of the Straits of Malacca
メラカとジョージ・タウン:マラッカ海峡の歴史都市
マラッカ海峡に面した、古都メラカとペナン島のジョージ・タウンは、東洋と西洋の文化が重層的に融合した独自の都市景観を今に伝える港町です。ヨーロッパとアジアを結ぶ最短航路だったマラッカ海峡は、大航海時代から数多くの船が行き交う場所でした。この海峡の周辺はモンスーンの変わり目に位置するため、これらの港町は、風待ちのために停泊する中継地として栄えていきました。結果的にさまざまな国の人々が交流したことで、この場所では文化的な多様性が育まれ、非常に魅力的な都市となったのです。 
地域: 東・東南アジア / 国名: マレーシア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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メロエ島の考古遺跡

Archaeological Sites of the Island of Meroe
メロエ島の考古遺跡
スーダン中央東部、ナイル川とアトバラ川に挟まれた半砂漠地帯には、紀元前8世紀から後4世紀にかけて栄えたクシュ王国の遺跡が残ります。クシュ王国とは、前10〜9世紀頃にナイル中部地域に興隆した大国でした。王国の文化は、ナパタ文化とメロエ文化の2つの時期に分けられます。前期は紀元前900〜前270年にかけてナパタ地域を中心に栄え、当時の支配者の埋葬地などを含む遺跡は『ゲベル・バルカルとナパタ地域の遺跡群』として世界遺産に登録されています。メロエ文化は、王国がナイル川近くのメロエへと遷都し最盛期を迎えた前270〜後350年の時期を指し、地中海からアフリカの中心部まで版図を広げました。本遺産には、メロエにあるクシュ王の王都や、内陸に位置する宗教遺跡のナカとムサワラット・エス・スフラが含まれています。ピラミッド、寺院、住宅、灌漑システム、工業地帯などがあり、1,000年以上にわたって形成されたメロエ文化の証拠でもあります。
地域: アフリカ / 国名: スーダン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)
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モスクワのクレムリンと赤の広場

Kremlin and Red Square, Moscow
モスクワのクレムリンと赤の広場
モスクワの歴史は、1,100年代にユーリー・ドルゴルーキーが木造の要塞を建設したところから始まったとされています。これが後のクレムリンになりますが、モスクワの街はこの要塞を中心に発展していきました。 1480年にイヴァン3世が「タタールのくびき」と呼ばれるモンゴルの支配からの脱却を果たし、城壁が強化され、城塞内にはウスペンスキー聖堂などの大聖堂が建てられることとなりました。城壁内部の中心であるサボールナヤ広場には聖堂が立ち並び、聖遺物、中世のフレスコ画、イコン、高価な写本など様々な芸術品が残されています。 15世紀末に築かれたファセット宮殿は、国家行事や祝賀行事、外国大使を迎えるために建設されました。他にも金色のドームが印象的で、荘厳かつ煌びやかなブラゴヴェシチェンシスキー聖堂などがあります。モスクワはロシア革命後の1918年から、ロシアの首都として発展していくこととなります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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モデナ:大聖堂と市民の塔(トッレ・チヴィカ)、グランデ広場

Cathedral, Torre Civica and Piazza Grande, Modena
モデナ:大聖堂と市民の塔(トッレ・チヴィカ)、グランデ広場
モデナはイタリア北部エミリア・ロマーニャ州にあります。モデナ市内あるいは近郊には、「マセラティ」や「フェラーリ」などの最先端のスポーツカーを製造する会社の本社があります。その一方で、旧市街では、中心にあるグランデ広場、大聖堂、鐘楼などが一体となっていて、中世の面影を今に残しています。そして、キリスト教における宗教上の結びつきの強さと、この地を支配したカノッサ家の影響を見ることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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モヘンジョ・ダーロの遺跡群

Archaeological Ruins at Moenjodaro
モヘンジョ・ダーロの遺跡群
モヘンジョ・ダーロの都市遺跡は、紀元前3千年紀初頭にまで遡れる都市遺跡で、焼成レンガによって建てられた都市は、大きく東西二つのエリアに分かれています。東側の市街地地区は碁盤目状の街路が広がっているだけでなく、高度に整備された下水道網までも設置されていることから高度に計画された都市であったことが見て取れます。西側の城塞地区の丘の上には2世紀頃に仏教徒によって建造されたストゥーパ(仏塔)が残されています。それ以外にも公衆浴場や学校、穀物倉庫なども配置されています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (ii)(iii)
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モレリアの歴史地区

Historic Centre of Morelia
モレリアの歴史地区
モレリアは、首都メキシコ・シティと第2の都市グアダラハラの間に位置し、16世紀半ばにスペインの植民都市バリャドリードとして築かれました。1570年に司教座が置かれて以降、この地域の宗教・文化の中心として発展し、18世紀には大聖堂や市庁舎などが建設されました。現在も約250の植民地時代の建造物が残り、多くがピンク色の石材で造られています。市内にはルネサンス、バロック、新古典主義が融合した建築が並び、その様式は「モレリアのバロック」といわれています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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モンバサのフォート・ジーザス

Fort Jesus, Mombasa
モンバサのフォート・ジーザス
ケニア南部の街、モンバサの南端のサンゴ岩の尾根の上に、1593~1596年に築かれた要塞です。これは、ポルトガル人ジョバンニ・バッティスタ・カイラティの設計によるもので、モンバサ港とインド洋の海上貿易路の防衛を目的として建造されました。要塞の配置や形状は、人体には完璧なプロポーションと幾何学的な調和があるというルネサンスの理想を反映しており、上空から見ると人体を模したようにも見えます。フォート・ジーザスは、長らく東洋文明の影響下にあったインド洋海上貿易路を西洋文明が始めて支配しようとしそれに成功したことを物語る存在です。建築技術においては15世紀から16世紀にかけての軍事技術の革新を反映させる近代的な要塞ですが、1世紀ほどのポルトガル支配の後はアラビア人、スワヒリ人、イギリス人など支配者が幾度となく変わったという歴史を経ながら、その間幾度もの改修や変更があったにも拘わらず、当初の姿を保っている貴重な遺跡です。それと同時に、インド洋地域においてアフリカ、アラブ、トルコ、ペルシャそしてヨーロッパといった様々な地域の人々が交流した地としてもその価値は非常に高い遺産となっています。
地域: アフリカ / 国名: ケニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヤロスラーヴリの歴史地区

Historical Centre of the City of Yaroslavl
ヤロスラーヴリの歴史地区
モスクワの北東約250km、ヴォルガ川とコトロスリ川の合流点にあるヤロスラーヴリは、ヤロスラフ1世によって築かれ、商業中心地として11世紀以降発展した古都です。この街で有名な建物に、12世紀後半に異教徒の寺院跡に築かれたスパソ・プレオブラジェンスキー修道院があります。もとは要塞としての役割もありましたが、これはヴォルガ川流域で最古の修道院の一つです。この修道院は幾度もの火災を経てその後、長い時間をかけて再建されたので、13世紀から16世紀の様々な建築要素を確認できます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヨーロッパの大温泉都市群

The Great Spa Towns of Europe
ヨーロッパの大温泉都市群
イタリア、英国、オーストリア、チェコ、ドイツ、フランス、ベルギーの7ヵ国に点在する11の温泉都市で構成される、国境を越えたひとつの世界遺産です。18世紀初頭から1930年代にかけて、ヨーロッパにおける温泉文化が最も隆盛を極めたことを示しています。これらの都市は、互いに影響しあいながら街づくりをし、絵画のような景観の中で、美しくデザインされたレクリエーション施設や治療・療養環境が整えられていきました。ヨーロッパの温泉文化の発展に貢献した数百の温泉地の中でも、最も洗練された大規模な都市が世界遺産に選ばれました。そのひとつである英国の「バース」は、古代ローマの温泉の遺構が残る現役の温泉施設で、1987年に『バースの市街』として単独でも世界遺産に登録されています。
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要塞都市クエンカ

Historic Walled Town of Cuenca
要塞都市クエンカ
スペイン中部、マドリードの南東170kmに位置するクエンカは石灰岩の岩山の頂に築かれた要塞都市です。9世紀、立地の良さに目を付けたイスラム教徒は、この地に要塞を築きコルドバ防衛の拠点としました。しかし、1177年にレコンキスタ(国土回復運動)によりキリスト教徒が入植すると、市街には要塞を中心に聖堂、修道院などのキリスト教建築が次々と建てられました。クエンカはイスラム建築を基本とする建築物の複合体でありながら、カスティーリャ王国の主要都市として君臨し、ルネサンス期に大きな隆盛の時期を迎えます。世界遺産としての価値をなす建造物の多くは、キリスト教徒入植後にイスラム勢力からの反撃に備えるもので、堅牢な城壁に囲まれた街は自然景観すらも圧倒します。田園風景の中心にそびえる岩山の頂の街は「景観都市」の原型とも称され、その美しさを今も放ち続けています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (ii)(v)
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ライン渓谷中流上部

Upper Middle Rhine Valley
ライン渓谷中流上部
ライン川は全長1,223km、ヨーロッパ6ヵ国にわたり流れる国際河川です。そのうち、ドイツ西部に位置するビンゲン、リューデスハイムからコブレンツにかけての中流域、約65kmの区間は、急峻な峡谷と、河岸に60以上の町や集落、段々畑のブドウ園、城や要塞が点在する独特の景観が広がります。一帯には先史時代から人類が居住し、紀元前1世紀にローマ帝国の支配下に置かれると大陸の南北を結ぶ水運路として機能しました。中世には交通の要所として繁栄し、河岸には関所となる城や城塞が40以上も築かれました。これ等の城の多くは交易路を防衛する目的を担っていましたが、17~18世紀にかけてのドイツとフランスの戦争で荒廃し、廃城となりました。しかし、自然と古城が織りなす風景がロマン主義運動の感性に強く訴え、19世紀になるとロマン主義の影響を受けたラインシュタイン城やシュトルツェンフェルス城、カッツ城(ネコ城)などが建築・再建されました。こうして形成された景観は多くの詩人や画家、作曲家に着想を与え、芸術や文学の分野にも大きな影響を及ぼしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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ラヴェンナの初期キリスト教建造物群

Early Christian Monuments of Ravenna
ラヴェンナの初期キリスト教建造物群
ラヴェンナはアドリア海に面した、フィレンツェの北東100㎞ほどの場所にある港町です。西ローマ帝国皇帝のホノリウスが、402年にローマからラヴェンナに遷都して繁栄が始まりました。476年の西ローマ帝国滅亡後は、ゲルマン王オドアケルや東ゴート王国の支配を経て、540年にビザンツ帝国の支配下となり、総督府が置かれて重要な拠点となりました。とりわけ、ユスティニアヌス帝とその皇后のテオドラは、ラヴェンナに強い思い入れを持ち、街に繁栄をもたらしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ラジャスタン州のジャイプール市街

Jaipur City, Rajasthan
ラジャスタン州のジャイプール市街
インド北西部ラジャスタン地方に位置するジャイプール市街は、かつてこの地に割拠したラージプート諸国のひとつ、アンベール王国の藩王(マハラジャ)であったサワーイー・ジャイ・シング2世が1727年に建設した都市です。王ははじめ丘陵地帯にあった城塞アンベール城を居城としていましたが、人口の増加や水不足に対応するため、平地に新たな都を建設しました。新たな都は「ジャイプール(「ジャイの町」)」と名づけられました。ジャイプールは英国の植民地支配下に置かれていた時代でも、領地の自治を保証されていたため、他の都市と比べてよりインド的な雰囲気を残しています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ラジャスタンの丘陵城塞群

Hill Forts of Rajasthan
ラジャスタンの丘陵城塞群
インド西部のラジャスタン地方には長い歴史を持つラージプート族の諸王国が築いた城塞が残っています。ムガル帝国がこの地を支配するようになるまで、また支配されてからも数百年間にわたり各王国の政治・文化・宗教の中心となった城塞です。それぞれの城塞は長い城壁に囲まれ、その内には宮殿のほかこの地方の様式をベースにした精緻な装飾を施した建造物が並びます。また一部にはムガル帝国がもたらしたイスラム様式の影響も散見され「ラージプート=ムガル様式」とも呼ばれます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (ii)(iii)
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ラス・メドゥラス

Las Médulas
ラス・メドゥラス
『ラス・メドゥラス』は、スペイン北西部の山岳地帯にあるローマ帝国時代の金の採掘場です。1世紀、ローマ帝国はこの地域で、水力を利用した技術による金鉱脈の開発に着手しました。湧き水、雨、雪解け水を一度大きなダム(貯水池)に集め、そこから長距離にわたって延びる水路が鉱山とつながれていました。ダムの水門を開くと、大量の水が水路に流れ込み、水圧によって鉱山では土砂崩れが発生します。こうすることで露出された大量の金を一気に採取することができました。このような採掘方法は「ルイナ・モンティウム」(山崩し)と呼ばれました。採掘の過程で生じた選鉱屑は数キロにわたって堆積しており、一部では農地として利用されている場所もあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ラバト:近代の首都と歴史都市の側面を併せもつ都市

Rabat, modern capital and historic city: a shared heritage
ラバト:近代の首都と歴史都市の側面を併せもつ都市
ラバトはモロッコ北西部、ブール川の河口の大西洋岸に位置するモロッコの首都です。20世紀前半のフランス保護領時代に計画的に改造され、アフリカ北西部のマグレブ地方特有の旧市街のデザインが尊重され、その南側に新市街が組み込まれました。新市街は20世紀のヨーロッパ的都市理念がみられる一方、旧市街には12~17世紀のイスラム王朝時代の建物も残り、過去と現在の建物群が見事に調和した都市が形成されています。
地域: アフリカ / 国名: モロッコ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ラホール城とシャーラマール庭園

Fort and Shalamar Gardens in Lahore
ラホール城とシャーラマール庭園
ラホールはパキスタン北東部、インドの国境付近にある都市で、ムガル帝国第3代皇帝のアクバル(在位:1542~1605)はこの地に都を置き、11世紀以前から伝わる城砦を再建する形で現在のラホール城を築きました。彼は焼成レンガと赤砂岩を特徴的に用いて、謁見の間であった「ハーネ・ハース・オ・アーム」などの象徴的な施設を建造しました。次代のジャハーンギール(在位:1605~1627)は、アクバルが着工した広大な北側の中庭を完成させると主に、砦の北壁や北西壁に装飾を施しました。さらに次代のシャー・ジャハーン(在位:1627~58)は、白大理石をふんだんに用いた「真珠のモスク」や謁見の間「ディーワーネ・アーム」、世界で最も美しい宮殿の一つとも言われる「シーシュ・マハル」などの豪奢な建造物を築いています。これらの建造物はムガル帝国の建築様式の優れた見本を構成しています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ラムの旧市街

Lamu Old Town
ラムの旧市街
ケニア南東部インド洋に浮かぶラム島の島内に広がる旧市街は、12世紀から海洋交易の拠点として発展してきた歴史を持っています。かつて東アフリカで最も重要な貿易の中心地で、宗教的、文化的、技術的に重要な影響を与えてきました。また、東アフリカのスワヒリ圏の市街地遺跡としては最も歴史が古く、かつ保存状態も良好であることで知られています。アジアから見るとアフリカ大陸の入り口に相当するこの街は、象牙や奴隷が集まる集散地となり、アラブやペルシャ、インド、ヨーロッパの商人たちによって活発な取引が行われていました。他のスワヒリ圏の古い集落と比べて、ラムの旧市街には700年以上もの長きにわたって人々が住み続け、今もなお街として機能し続けていることが特徴です。
地域: アフリカ / 国名: ケニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ラリベラの岩の聖堂群

Rock-Hewn Churches, Lalibela
ラリベラの岩の聖堂群
『ラリベラの聖堂群』は、エチオピア高原北東部、標高3,000mの場所に位置する11の岩窟キリスト教聖堂群です。12世紀末、イスラム教徒の支配下にあった聖地エルサレムへの巡礼が困難であったことから、ザグウェ朝の7代ラリベラ王は都を「第二のエルサレム」にしようと、キリスト教聖堂群の建造を始めました。地表の高さに教会の最上部を建造した後、徐々に周囲を掘り下げながら、建物全体を彫り出してつくられました。わずか二十数年という工期の早さに人々は驚き、「天使がつくった」と噂したといわれています。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1978年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮

Cathedral of Notre-Dame, Former Abbey of Saint-Rémi and Palace of Tau, Reims
ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮
ランスが大きく発展したのは、496年頃にフランク王国のクローヴィス1世がこの地でキリスト教カトリックの洗礼を受けたことがきっかけです。クローヴィスはゲルマン人のフランク族を統一すると、481年にフランク王国メロヴィング朝をひらきました。彼はゲルマン人のアレマン族との戦いで、イエス・キリストが勝利に導いてくれたら洗礼を受けると天に誓います。そうして見事勝利を収めたため、王妃や約3,000人のフランク族の兵士と一緒に洗礼を受けました。このことは、カトリック教会がフランク王国という強い後ろ盾を得たことを意味しました。この時、クローヴィスに洗礼を与えたのが聖レミギウス(サン・レミ)だと伝わります。その後、1825年のシャルル10世まで32人の王がランスで戴冠式を行い、そのうち25人の王が現在のノートル・ダム大聖堂で戴冠式を行いました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(ii)(vi)
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ランメルスベルク鉱山とゴスラーの歴史地区、ハルツ山地上部の水利システム

Mines of Rammelsberg, Historic Town of Goslar and Upper Harz Water Management System
ランメルスベルク鉱山とゴスラーの歴史地区、ハルツ山地上部の水利システム
ドイツ中央部にあるゴスラーは、その南方にある銀鉱山ランメルスベルクの開発によって大きな発展を遂げた都市です。この地では11世紀初頭に後の神聖ローマ皇帝ハインリヒ2世によって、「オットー・アーデルハイト・ペニヒ」と呼ばれる銀貨を鋳造したり、鉱山の近くに宮殿を開いたり、また、1009年からは同宮殿において帝国集会が開催されました。以降神聖ローマ帝国の主要都市として栄え、13世紀頃までは帝国集会が頻繁に開催されました。その後は自治都市としての性格が強くなりハンザ同盟に加盟した後も鉱山として繁栄しましたが、16世紀頃から鉱山の権益をニーダーザクセン地方の領主に奪われたこともあり衰退しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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リートフェルト設計のシュレーダー邸

Rietveld Schröderhuis (Rietveld Schröder House)
リートフェルト設計のシュレーダー邸
『リートフェルト設計のシュレーダー邸』は、オランダの首都アムステルダムから、南に30kmほどのユトレヒトにある一戸建ての住宅です。トゥルース・シュレーダー・シュラーダー夫人の依頼により、建築家ヘリット・トマス・リートフェルトが設計し、1924年に建設されました。この小さな邸宅は、内部空間の柔軟な配置と視覚的・形式的な特徴により、1920年代のオランダの芸術家・建築家集団「デ・ステイル」が掲げた理想を大規模に表現した最初の試みとなりました。デ・ステイルとは、造形の純粋かつ抽象表現を追求する芸術運動のことです。第一次世界大戦と第二次世界大戦の間にヨーロッパで広まり、はじめは絵画、次に家具や建築へと理念を展開していきました。シュレーダー邸は、デ・ステイル運動だけでなく、近代建築運動の象徴のひとつとみなされています。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(ii)
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リヴィウ歴史地区

L'viv – the Ensemble of the Historic Centre
リヴィウ歴史地区
ウクライナの西部にあるリヴィウ歴史地区は5~6世紀に建設されました。政治的にも貿易上でも要衝となったためその歴史は波乱に満ちています。ポーランド領となった14世紀以降にこの地方の中心都市となりましたが、1772年の「ポーランド分割」ではオーストリア領に、その後ポーランド領に戻るも、今度はソ連によりウクライナに併合されるなど波乱の歴史を歩んできた背景があります。2022年2月に始まったロシアによるウクライナの軍事侵攻を受け、2023年からは危機遺産リストに記載されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ウクライナ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(v)
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リガの歴史地区

Historic Centre of Riga
リガの歴史地区
ラトビアの首都リガは1201年に港街として築かれ、13~15世紀の中欧・東欧地域のハンザ同盟の主要な中心地として繁栄しました。16世紀以降はロシア、ポーランド、スウェーデンの抗争に巻き込まれ、1710年にはロシア帝国の支配を受けました。19世紀には急激な産業発展を遂げ、重要な経済的中心地となりました。初期に建築された建造物の多くは火災と戦争で破壊されましたが、ヨーロッパを代表するアール・ヌーヴォーの建築様式は現在も数多く残されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ラトビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)
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リトミシュル城

Litomyšl Castle
リトミシュル城
『リトミシュル城』は、イタリアで生まれたルネサンス建築がチェコで発展した代表的な作品として知られています。1568年に建築が始まり、1580年頃には主要な部分が完成しました。外観は当時の姿を大切に残しながらも、内部は18世紀末に美しく改修され、ルネサンスだけでなくバロックや新古典主義の装飾も施されています。チェコにおける貴族の邸宅文化と、新しい芸術運動の影響を受けた発展の様子を残す貴重な建築です。
地域: ヨーロッパ / 国名: チェコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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リューカン・ノトッデンの産業遺産

Rjukan-Notodden Industrial Heritage Site
リューカン・ノトッデンの産業遺産
産業革命期を経た急激な人口増加対応するため、食糧の増産が喫緊の課題となっていたヨーロッパにおいて、20世紀初頭に空気中の窒素を利用した合成肥料の生産方法が確立されました。この肥料の作成には大量の電力が必要であったため、生産を担ったノシュク・ハイドロ社はノルウェーの水資源に着目し、ノトッデンにスウェルグフォス水力発電所(1907年)、リューカンにヴェモルク水力発電所(1911年)を建設しました。この水力発電所を中心とした送電線、工場、交通システムや居住区などの複合施設が、ノルウェーの深い谷や豊富な水量といった自然景観を利用した20世紀初頭の新たな産業活動の事例として評価されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ノルウェー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (ii)(iv)
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琉球王国のグスク及び関連遺産群

Gusuku Sites and Related Properties of the Kingdom of Ryukyu
琉球王国のグスク及び関連遺産群
沖縄や奄美の島々で見られる石造りの城塞のことを「グスク」と呼びます。グスクは、農村集落が営まれるようになった12世紀ごろから、按司と呼ばれる領主的な豪族が、自らの居住や防衛の拠点として築くようになりました。首里城(しゅりじょう)跡は、琉球王国の国王の居城として、政治・文化・経済の中枢となった城の遺構です。今帰仁城(なきじんじょう)跡は、14世紀の三山時代に北山王の拠点となったグスクの遺跡です。座喜味城(ざきみじょう)跡は、有力な按司であった護佐丸(ごさまる)によって15世紀に築かれた城跡です。勝蓮城(かつれんじょう)跡は、12世紀から13世紀にかけて建造された、現存する最古の沖縄のグスクで、有力按司の阿麻和利(あまわり)の居城でした。中城城(なかぐすくじょう)跡は、15世紀半ばに護佐丸が居城とし、阿麻和利との戦いで知られ、城壁には高度な石積み技術が見られます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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リュウゼツランの景観とテキーラ村の古式産業施設群

Agave Landscape and Ancient Industrial Facilities of Tequila
リュウゼツランの景観とテキーラ村の古式産業施設群
メキシコ中西部のテキーラ地方には蒸留酒のテキーラの原料となるアオノリュウゼツランの高地が広がっています。テキーラ生産を始めたスペイン人の影響で、現在ものこる蒸留所にはバロック様式の装飾がみられることもあります。この地域ではリュウゼツランの栽培とリュウゼツランを発酵、蒸留する大規模な蒸留所をそなえた独特な景観も広がっています。この地は19~20世紀のテキーラの国際的な消費量の増加による繁栄やリュウゼツラン文化の国民的アイデンティティの一部とみなされています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)(vi)
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