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モラヴィア教会入植地
Moravian Church Settlements
モンゴルのアルタイ山脈にある岩面画群
Petroglyphic Complexes of the Mongolian Altai
モンゴル領のアルタイ地域に残る、ツァガーン・サラー・バガ・オイゴル遺跡、上ツァガーン・ゴル遺跡、アラル・トルゴイ遺跡の3つの岩面画遺跡が世界遺産として登録されています。いずれも更新世の氷河によって削り取られた渓谷に位置しており、岩絵だけでなく葬祭儀礼等の痕跡も残されています。後期更新世(紀元前1万1,000年頃)に形成されたと考えられる最初期の岩絵にはマンモス、サイ、ダチョウなどが含まれており、北部アジアが寒く乾燥した時代の証拠となっています。その後気候環境が乾燥したステップから森林ステップへと変化していった前期完新世(約1万1,000~6,000年前)の頃ではヘラジカやオーロックス、アイベックスなどへと移っており、この時代の岩絵はこの地域が狩猟に適した地域に変化したことを示しています。さらに植生が変化した中期完新世(約6,000~4,000年前)では、狩猟に変わって牧畜がこの地域の経済基盤となっていったことを反映しており、その後も前1,000年頃のスキタイ人や7~8世紀頃のテュルク系の人々の描写など1万2,000年にもわたるこの地域の文化や社会の変遷をすることができる貴重な証拠となっています。
モン・サン・ミシェルとその湾
Mont-Saint-Michel and its Bay
モン・サン・ミシェルは、フランス北西部の英国とフランスに挟まれた湾に立つ、小高い丘の上にあります。この地域は、フランスの他の地域とは異なり、現在の英国やアイルランドなどで見られるケルトの文化が色濃く残ります。708年にケルト人のモン・トンブと呼ばれるケルト人の聖地だった場所に、聖ミカエルを祀る聖堂を築いたのが、モン・サン・ミシェル(フランス語で「聖ミカエルの山」)の始まりです。聖ミカエルの信仰は、イタリアの世界遺産『イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)』に含まれるプーリア州の洞窟教会「サントゥアリオ・ディ・サン・ミケーレ・アルカンジェロ」に始まるとも伝えられますが、モン・サン・ミシェルはその信仰が遠くフランスに北西部にまで広がったことを示しています。
ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会
Churches of Peace in Jawor and Świdnica
ヤズドの歴史都市
Historic City of Yazd
ここはイラン中央部の砂漠地帯にあるシルクロードの隊商都市です。ここには、乾燥して寒暖差が激しいという砂漠地帯の厳しい環境に適応した建築物が多くみられます。最大規模のカナート(地下水路)を始め、風を取り入れて室温調節をするバードギールや日差しを避けるための地下室などが残っています。また、日干しレンガで造られている建物が多いのも特徴です。日干しレンガは断熱性にすぐれているといわれ、夏涼しく冬は暖かいそうです。ここはその立地と厳しい気候により、他のイランの都市のような近代化から取り残された都市で、そのためこれらの伝統的な建物群が残されているのです。市内にある「ドウラトアバード庭園」は別の世界遺産「ペルシア庭園」に登録されており、日干しレンガ造りのバードギールが特徴です。これも砂漠に適応した建築の代表例です。
ヨーロッパの大温泉都市群
The Great Spa Towns of Europe
イタリア、英国、オーストリア、チェコ、ドイツ、フランス、ベルギーの7ヵ国に点在する11の温泉都市で構成される、国境を越えたひとつの世界遺産です。18世紀初頭から1930年代にかけて、ヨーロッパにおける温泉文化が最も隆盛を極めたことを示しています。これらの都市は、互いに影響しあいながら街づくりをし、絵画のような景観の中で、美しくデザインされたレクリエーション施設や治療・療養環境が整えられていきました。ヨーロッパの温泉文化の発展に貢献した数百の温泉地の中でも、最も洗練された大規模な都市が世界遺産に選ばれました。そのひとつである英国の「バース」は、古代ローマの温泉の遺構が残る現役の温泉施設で、1987年に『バースの市街』として単独でも世界遺産に登録されています。
ヨルサファナの考古学的遺跡:ヨルサファナの入植地とカシポラ・クリークの墓地
Jodensavanne Archaeological Site: Jodensavanne Settlement and Cassipora Creek Cemetery
ライティング・オン・ストーン/アイシナイピ
Writing-on-Stone / Áísínai’pi
ラヴェンナの初期キリスト教建造物群
Early Christian Monuments of Ravenna
ラヴォー地域のブドウ畑
Lavaux, Vineyard Terraces
スイス、ローザンヌ東部郊外からモントレー郊外シヨン城までの約30㎞にわたって、レマン湖畔の丘陵に広がる地域はスイス屈指のワイン産地です。ローマ時代にワイン生産が始まりましたが、組織的な生産が始まったのは、カトリック修道会であるベネディクト会とシトー会がラヴォーを支配した11世紀頃とされています。その後、盛んになったワイン製造のために湖畔を徐々に開発し、14世紀には現在のような石壁で区切られた段々畑が築かれました。その結果、急斜面のブドウ畑の間に民家やワイン工場が点在する独特の景観が生まれました。段々状に続くテラスのようなブドウ畑、教会や城、ワイン貯蔵室、生産者の住居からなる村が織り成す文化的景観は、人々がこの地の都市化を拒み、伝統的なワイン生産を約10世紀にわたって受け継いできた賜物です。
ラジャスタンの丘陵城塞群
Hill Forts of Rajasthan
ラス・メドゥラス
Las Médulas
『ラス・メドゥラス』は、スペイン北西部の山岳地帯にあるローマ帝国時代の金の採掘場です。1世紀、ローマ帝国はこの地域で、水力を利用した技術による金鉱脈の開発に着手しました。湧き水、雨、雪解け水を一度大きなダム(貯水池)に集め、そこから長距離にわたって延びる水路が鉱山とつながれていました。ダムの水門を開くと、大量の水が水路に流れ込み、水圧によって鉱山では土砂崩れが発生します。こうすることで露出された大量の金を一気に採取することができました。このような採掘方法は「ルイナ・モンティウム」(山崩し)と呼ばれました。採掘の過程で生じた選鉱屑は数キロにわたって堆積しており、一部では農地として利用されている場所もあります。
ラパ・ニュイ国立公園
Rapa Nui National Park
ラホール城とシャーラマール庭園
Fort and Shalamar Gardens in Lahore
ラホールはパキスタン北東部、インドの国境付近にある都市で、ムガル帝国第3代皇帝のアクバル(在位:1542~1605)はこの地に都を置き、11世紀以前から伝わる城砦を再建する形で現在のラホール城を築きました。彼は焼成レンガと赤砂岩を特徴的に用いて、謁見の間であった「ハーネ・ハース・オ・アーム」などの象徴的な施設を建造しました。次代のジャハーンギール(在位:1605~1627)は、アクバルが着工した広大な北側の中庭を完成させると主に、砦の北壁や北西壁に装飾を施しました。さらに次代のシャー・ジャハーン(在位:1627~58)は、白大理石をふんだんに用いた「真珠のモスク」や謁見の間「ディーワーネ・アーム」、世界で最も美しい宮殿の一つとも言われる「シーシュ・マハル」などの豪奢な建造物を築いています。これらの建造物はムガル帝国の建築様式の優れた見本を構成しています。
ラリベラの岩の聖堂群
Rock-Hewn Churches, Lalibela
ラ・ルヴィエールとル・ルー(エノー)の中央運河の4つの閘門とその周辺環境
The Four Lifts on the Canal du Centre and their Environs, La Louvière and Le Roeulx (Hainaut)
ランメルスベルク鉱山とゴスラーの歴史地区、ハルツ山地上部の水利システム
Mines of Rammelsberg, Historic Town of Goslar and Upper Harz Water Management System
リオ・アビセオ国立公園
Río Abiseo National Park
リスコ・カイドとグラン・カナリア島の聖なる山々の文化的景観
Risco Caido and the Sacred Mountains of Gran Canaria Cultural Landscape
リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔
Monastery of the Hieronymites and Tower of Belém in Lisbon
琉球王国のグスク及び関連遺産群
Gusuku Sites and Related Properties of the Kingdom of Ryukyu
沖縄や奄美の島々で見られる石造りの城塞のことを「グスク」と呼びます。グスクは、農村集落が営まれるようになった12世紀ごろから、按司と呼ばれる領主的な豪族が、自らの居住や防衛の拠点として築くようになりました。首里城(しゅりじょう)跡は、琉球王国の国王の居城として、政治・文化・経済の中枢となった城の遺構です。今帰仁城(なきじんじょう)跡は、14世紀の三山時代に北山王の拠点となったグスクの遺跡です。座喜味城(ざきみじょう)跡は、有力な按司であった護佐丸(ごさまる)によって15世紀に築かれた城跡です。勝蓮城(かつれんじょう)跡は、12世紀から13世紀にかけて建造された、現存する最古の沖縄のグスクで、有力按司の阿麻和利(あまわり)の居城でした。中城城(なかぐすくじょう)跡は、15世紀半ばに護佐丸が居城とし、阿麻和利との戦いで知られ、城壁には高度な石積み技術が見られます。
龍門石窟
Longmen Grottoes
良渚古城遺跡
Archaeological Ruins of Liangzhu City
ルネサンス都市フェッラーラとポー川のデルタ地帯
Ferrara, City of the Renaissance, and its Po Delta
ル・モルヌの文化的景観
Le Morne Cultural Landscape
レーゲンスブルク旧市街とシュタットアムホーフ
Old town of Regensburg with Stadtamhof
ドイツ南東部、ドナウ河畔にあるレーゲンスブルクは、古くは石器時代から人の居住が始まり、西暦80年頃にローマ軍による砦が築かれて以降、2000年もの歴史を持つ都市です。特に中世以降はイタリア、ボヘミア、ロシア、ビザンツ帝国へと続く大陸交易路の重要な中継地として栄えました。9世紀以降は政治的、宗教的、経済的にも重要な位置を占めた都市であり、古代ローマ様式、ロマネスク様式、ゴシック様式といった様々な時代の建築物が混在して保存されています。また、中世から近世のドイツを統治していた神聖ローマ帝国の帝国議会が置かれた都市としても知られ、当初は各地の持ち回りで開催されていた議会でしたが、17世紀以降は常設議会として頻繁に開催されました。その後、神聖ローマ帝国の終焉・解体につながる決議がなされた地もレーゲンスブルクであり、帝国内において重要な位置を占める都市でした。旧市街には帝国の文化的伝統を伝える証拠として9世紀の宮殿の遺跡や多数の教会群、ゴシック様式に市庁舎など多くの歴史的建造物が残されています。
レーロースの鉱山都市と周辺
Røros Mining Town and the Circumference
レーロースで銅鉱山が発見されたのは1644年ですが、1646年にはすでに鉱山町が形成されました。遺産は街とその産業景観、フェムンドシッタ精錬所とその周辺地域、輸送路などで構成され、1977年に銅鉱山が倒産するまでの333年もの期間操業していた銅鉱山と深く結びついています。鉱山町は1679年にスウェーデン軍の侵攻による破壊の後再建され、約2,000棟の木造住宅や精錬所が現存していますが、これらの多くの建物には黒焦げになった木造のファサードが残されています。フェムンドシッタ精錬所においては、精錬所跡を含む産業景観に加えて、水管理システムやそれらを仲介に発展したコミュニティの痕跡などが残った景観となっています。これらの景観は、採掘、輸送、生活様式などが、山岳地帯の寒冷な気候や道路のない辺境地という立地など、他の産業(農業や林業)への従事が制限される環境にいかに人間が適応していったのかを示す証拠でもあります。
レオン・ビエホの遺跡群
Ruins of León Viejo
中米ニカラグア西部レオン市の東、プエルト・モトトンボの町の近くにある遺跡で、約32haにわたって広がっています。ここはスペイン植民地時代の1524年に建設されたアメリカ大陸における最古の西欧式都市のひとつです。この街は1578年に近くにあるモモトンボ火山の噴火で大きく破壊され、さらに1610年の大地震で壊滅しました。1968年になって、工事中に火山灰に埋もれていたラ・メルセー教会が偶然発見され、これをきっかけに広範な調査が開始され、現在17の植民地時代の遺構が発掘されています。この地は植民都市として大きく発展しなかったため、16世紀当時の姿がそのまま埋もれており、その遺構は当時の植民都市とスペイン本国の社会構造を知る上で貴重な手がかりを残しています。
歴史都市トレド
Historic City of Toledo
トレドは首都マドリードから南に70kmの場所に位置する古都として有名です。三方をタホ川が取り囲む小高い丘の上に築かれた都市は、三大宗教の共存が息づく比類のない景観を今も保っています。伝承には、「方舟伝説」で知られるノアの末裔によって築かれたと伝わっています。ローマ帝国の支配下に置かれ、西ゴート王国時代は首都となり、711年からはイスラム勢力の統治下に置かれました。その後、レコンキスタによってキリスト教徒の手に戻るとカスティーリャ王国の王都となりました。当時トレドでは、キリスト、イスラム、ユダヤ教の信者が宗派を問わず暮らしていました。しかし、1492年のレコンキスタ完了後、キリスト教徒による迫害が始まると、イスラム教徒は去っていきました。街には、イスラム色の強い建物や、ユダヤ教徒の装飾品の数々が残り続け、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の三大宗教の要素が共存する特有の街並が今日のトレドに残されています。
歴史都市ブリッジタウンとその要塞
Historic Bridgetown and its Garrison