15分圏都市に住みたい
パリでの日々は、仕事が終わった19時くらいでも明るいだけでなく、世界遺産委員会の会場と宿が近かったことがとてもよかった。少し遠回りして、カフェに寄って帰ったりしても、会場を出た1時間後には部屋に戻ることができる。東京だと、僕の場合は職場を出てまっすぐ帰っても1時間以上かかってしまう。
職場と家が近いのは精神的にも楽だし、体力的にも夜に何かしようという気になれる。映画を見たり飲みに行ったり、料理を作ったり。まぁ今回は宿に戻っても夜中まで「研究員ブログ」を書いていただけなんだけど。
これはパリが都市として目指している姿でもある。パリのアンヌ・イダルゴ市長(※)は、職場と自宅を徒歩や自転車を用いて15分以内でつなぐことを目指す「15分圏都市」という構想を掲げ、自転車レーンの整備や、地区ごとに病院や学校、スーパー、公園など生活に必要な機能が揃うようにするなど、都市改造を推進してきた。
車を使わない環境に配慮した街で、市民が健康的な生活を送ることを目指すもので、必ずしも全てがうまくいっているとは言えないのかもしれないけど、行政のトップが示す方針としては、僕は支持できる。バゲットを片手に歩いて帰るサラリーマンを見かけると羨ましくなった。東京などと比べて小さなパリだからできるのかもしれない。
自転車レーンは、車道の端に自転車のマークを印字するだけのやっつけのものではなく、車道を1車線つぶして縁石で区切り自転車専用レーンにしていたりするし、狭くても違法駐車や車の侵入ができないように縁石で区切られている。そこを結構な勢いで自転車が走っているので、ふらふらと入り込んでしまうと結構危ない。
※2014年4月~2026年3月までパリ市長を務めた。
緑の都市を目指すパリ
またイダルゴ市長はパリの都市緑化にも力を入れていて、市内の表面積の約半分を緑化するとの目標を掲げていた。なかなかハードルの高い目標だけど、実際に市長に就任してから17万本ほども植樹され、UNESCOからの帰り道でも多くの市民が木陰で過ごしていた。彼らは本当に屋外が大好きで、カフェの店内はガラガラでも、木陰のテラス席はぎゅうぎゅう詰めに座ってにぎやかにお喋りをしている。その気持ちはすごくよくわかる。
街路樹は都市景観を美しくするだけでなく、これだけ猛暑が続くと木陰の有無は命にもかかわってくる。都市の空気もきれいになるし、そうしたら呼吸器系の病気も減るに違いない。重なり合う葉は都市の騒音を緩和するし、四季も感じられてメンタルヘルス的にもよいと思う。いろいろな鳥がやってきて、暮らしているだけで将来は鳥博士になれるかもしれない。僕は街路樹や緑の豊かな公園が好きなので、「どんどんやって!」と思ってしまう。
もちろん、街路樹や公園の樹木などが増えるとメンテナンスが大変になる。パリではそこにも力を入れていて、定期的に街路樹の剪定をしているし、落ち葉の清掃などは清掃員が早朝から毎日のように行っている。世界遺産委員会が始まる前の嵐で折れた大きな枝なども最初の日は落ちていたけど、次の日にはまとめられていて、その翌日にはきれいに無くなっていた。
清掃員は落ち葉だけでなく、街路樹の下にあるゴミなども掃除していく。パリには街のいたる所にゴミ箱があって、日本から考えると信じられないほど恵まれているのに、街中にはゴミがいろいろと捨てられている。逆にこの点でも日本から考えると信じられない。食べかけのバゲットだって落ちていたし、ひどい時にはベッドのマットレスも捨てられていた。それでも、夕方に通るとどれも無くなっていて、しっかり清掃されていることがわかる。半年前に来たときは、清掃の人々が1月1日の早朝から作業をしていて驚いてしまった。
支払った税金が、このように使われるのであれば納得できる。
洗濯物は毎日手洗い
そんな初夏のパリの街並みをふらふら歩きまわって宿に戻ると、19時過ぎになっている。すぐに窓をあけて換気をすると、乾いた空気が足元を滑るように室内にはいってくる。空には青空が見えて、大きな窓の前が中庭で開けているため、室内はまだ電気をつけなくても十分に明るい。
帰ってすぐにするのが、その日に着た服の洗濯。洗濯機はあるのだけど、シャツと下着のTシャツ、靴下だけで洗濯機を回すのは洗剤や水がもったいない気がして、洗面所で手洗いする。最小限の服しか持ってきていないので、洗濯物をためてから洗うということができない。
上半身裸のままごしごし洗って、ぎゅうぎゅう絞り、脱水だけ洗濯機でやろうと思ったけど、使い方がよくわからない。洗ったシャツを洗面所のシンクに置きたくないので片手で持ったまま、シャツからポタポタたれる水に苦労しながらスマホで調べてみる。とりあえず洗濯機の中に放り込めばよかったのに、わたわたしていて思い至らない。結局わからなくて、折りたたみ式の物干しスタンドにそのまま干すことにした。あの洗濯機、なんであんなにダイヤルが多いんだろう?
もう一度ぎゅうぎゅう絞ってからシャツを平らに広げて干すと、翌日の朝にはだいたい乾いていて、夕方に帰宅した時にはしっかり乾いていた。フランスの空気って本当に乾燥している。備品にアイロンがあったのも助かった。
洗濯が終わったら、バゲットを切ってハムやチーズ、トマトなどを挟んでサンドウィッチを作り、残りの3分の1くらいのバゲットは朝食用に残す。サンドウィッチを食べながら「研究員ブログ」を書いていると、あっという間に夜中になっている。
シャワーを浴びてベッドにもぐりこみ、目を閉じてクロワッサンの数を数えていると、13個目くらいで寝てしまう。こうして、あっという間に一日が終わる。
写真・イラスト©宮澤光
執筆者PROFILE
北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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