紛争も都市開発も/パリまで世界遺産委員会に来ています【第19回】
この連載は、2025年7月にパリで開催された世界遺産委員会の旅行記です。

目次

最大の敵になりつつある紛争
祝福される脱危機遺産リスト
パリのモノリス

最大の敵になりつつある紛争

朝の気温は13度ほどまで下がってきたらしく、朝6時頃の窓から入る風は、かなりひんやりしていた。

世界遺産委員会も中盤に差しかかり、世界遺産活動で最も重要ともいえる、既に世界遺産に登録されている遺産の保全状況の報告と、危機遺産リストに記載されている遺産の状況報告などの審議が始まった。

今回は、56件の危機遺産を含む248件の遺産の保全状況報告が審議される。保全状況報告書の提出が求められている遺産の97.5%が報告書を提出したということで、提出率はとてもよいというコメントがアソモ世界遺産センター長からある。

しかし、近年は紛争による危機が増えてきており、危機遺産に登録されている遺産の約半数で紛争が原因になっており、特に紛争に関する危機が多いアラブ地域では25年以上も危機遺産リストに記載されている遺産が24件もあるとのこと。これは最近の国際情勢から感じられる状況と合致している。国際政治と文化財の保護は、ここでも切り離すことができないことがわかる。

祝福される脱危機遺産リスト

みんなで守っている感じがする

全体の報告の後に個別の遺産の保全状況報告の審議に入るのだけど、その審議はICOMOSやIUCNなどの諮問機関と世界遺産センターが用意した決議文案を基に進められる。その決議文から何も修正などがなければ、審議も何もなくそのまま決議される。

「審議なしで決議します」として遺産名だけ読み上げられることもあるし、決議後に委員国や遺産保有国から簡単なコメントだけ出されることもある。審議しなければならない遺産が多いこともあり、ほとんどの遺産が審議なしで決議されていくため、会議は一気にスピードアップする。

今回は、マダガスカルの『アツィナナナの熱帯雨林』とエジプトの『聖都アブー・メナー』、リビアの『ガダーミスの旧市街』の3件が危機遺産リストから脱することとなった。危機遺産リストから脱する決議が出ると、議場全体で拍手が起こり、遺産保有国がコメントをする。マダガスカルの『アツィナナナの熱帯雨林』は2010年に危機遺産リストに記載されてから15年を経てようやく脱したため、決議のガベル(木槌)の音と同時に起こった会場内の拍手もとりわけ大きく、大使のコメントも喜びを含む熱のこもったものだった。

UNESCOの本会議場「Salle 1」はそんなに大きな議場ではなく、包み込まれるような空間にぎゅうぎゅう詰めで皆が座っているため、こういう時の一体感はかなり高く感じる。各国の遺産の保護について世界中のみんなで見守っている感じがして、僕もちょっと嬉しくなる。これで危機遺産の数は53件になった。

パリのモノリス

モノリスなの?

帰りはまた少し足を延ばして、トゥール・モンパルナス(モンパルナス・タワー)の辺りまで行ってみる。日陰は涼しいけれど、日差しの下を歩いていると汗ばんでくる。

適当に街並みなどを見ながら細い道を選んで歩き、広いモンパルナス大通りに出てモンパルナス駅に近づくと、さすがに多くの人が歩いている。フランスの学校はヴァカンスの時期に入っているので、小中学生くらいの子供を連れた観光客家族や、大通りのカフェで楽しそうに話している大学生くらいのグループがたくさんいた。モンパルナス大通り沿いには「NAGOYA」という和食レストランがあって、珍しいので名古屋の両親に写真を送る。あんなにおしゃれな名古屋は見たことがない。

トゥール・モンパルナスは、モンパルナス駅の再開発で1973年に完成した超高層ビルで、色といい質感といい、パリの街中で映画『2001年宇宙の旅』に出てくるモノリスのような異質感がある。エッフェル塔からシャン・ドゥ・マルス公園やエコール・ミリテール、その裏のUNESCO本部の方角に延びる延長線上にそびえ立っていて、かなり遠くからでも黒く光る塔が見える。

当然、トゥール・モンパルナスの建設は景観の観点から大問題となり、完成から2年後の1975年にはパリ市が7階建て以上の高層建築の建設を禁止してしまうほどのインパクトがあった。エッフェル塔が建てられた時と同じような拒否反応をパリの人々がもったのだ。しかしその後、受け入れられてパリのシンボルのひとつとなったエッフェル塔と違い、トゥール・モンパルナスには今でも拒否反応を示す人が少なくない。

真下に立って見上げてみると、なんてことのないガラス張りの超高層ビルだけど、モンパルナス大通りの整った並木と建物越しに振り返ってみると、かなり違和感がある。周囲の街並みとの調和を取る気を感じさせないその姿は、傲慢な感じがして好きになれなかった。モンパルナス駅周辺も、中途半端に古い雑多な街並みで、歩いていてもあまり楽しくない。

このトゥール・モンパルナスの建設の背景には、近代的なインフラ整備を進めるジョルジュ・ポンピドゥー大統領の方針もあって、建設計画に許可を与えたのがあのアンドレ・マルロー文化大臣でもあるので、世界遺産好きな人には全く関係のない話ではない。あのパリでさえ、都市景観は一度崩れると元に戻すのはかなり難しい。

≪前回の記事はこちら

(次回に続く)

写真・イラスト©宮澤光

執筆者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員

北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
≫世界遺産の執筆記事一覧
≫構成資産・みどころの執筆記事一覧
≫コラムの執筆記事一覧