World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iv))

メテオラの修道院群

Meteora
メテオラの修道院群
メテオラとはギリシア語で「中空に浮く」という意味であり、ギリシア中部にあるメテオラでは、奇岩群が数多くあり、その上に修道院が立っているという、世界でも類を見ない景観が見られます。この奇岩群が形成されたのは今から6,000万年前に誕生したとされ、そこから長い年月をかけて川の水が谷を削り、硬い部分だけが残った結果、このような景観が生まれました。この景観を神の地と思ったのか、古くから人々が住み着いていました。9世紀頃から、現実世界から離れて、決して住みやすいとは言えないこの場所に修道院を築き、祈りを捧げるようになるのです。修道院群があたかも空中に浮いているように見えるから、この地はメテオラと言われました。最盛期には24の修道院があり、7つの修道院が世界遺産に登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(v)(vii)
詳細ページを見る Arrow-right

メノルカ島のタライオティック文化

Talayotic Menorca
メノルカ島のタライオティック文化
地中海西部に浮かぶメノルカ島には、数多くの先史時代の巨石遺跡が残されています。島からは1,500以上の遺跡が発見されており、その中の9つの構成資産には青銅器時代(紀元前1600年頃)から後期鉄器時代(紀元前123年頃)の巨石文化を中心とした遺跡が集中しています。また、この島ではタライオティック文化の葬儀の遺構が残っていることも特徴の1つです。この地の人々は渓谷や海岸の岩壁に人工の洞窟を掘って集団墓を含む墓地をつくりました。これらの古代石造集落とその景観からは、この地域に存在した先史時代の島嶼文化を垣間見ることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

メラカとジョージ・タウン:マラッカ海峡の歴史都市

Melaka and George Town, historic cities of the Straits of Malacca
メラカとジョージ・タウン:マラッカ海峡の歴史都市
マラッカ海峡に面した、古都メラカとペナン島のジョージ・タウンは、東洋と西洋の文化が重層的に融合した独自の都市景観を今に伝える港町です。ヨーロッパとアジアを結ぶ最短航路だったマラッカ海峡は、大航海時代から数多くの船が行き交う場所でした。この海峡の周辺はモンスーンの変わり目に位置するため、これらの港町は、風待ちのために停泊する中継地として栄えていきました。結果的にさまざまな国の人々が交流したことで、この場所では文化的な多様性が育まれ、非常に魅力的な都市となったのです。 
地域: 東・東南アジア / 国名: マレーシア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

メリダの考古遺跡群

Archaeological Ensemble of Mérida
メリダの考古遺跡群
イベリア半島のスペイン南西部に位置するメリダは、初代ローマ皇帝アウグストゥスが、紀元前25年のスペインにおける戦勝を記念して建設した植民市です。植民市とは、母国に従属しないで自治独立を行う都市国家のことであり、メリダはイベリア半島の統治を万全とするために建設されました。当初は「アウグスタ・エメリタ」と呼ばれ、ローマ帝国の退役兵士たちがここで暮らしました。そして建設されてからすぐにローマ帝国ルシタニア属州の州都となり、「小ローマ」と言われるほど繁栄しました。また、4世紀になるとメリダは、イベリア半島におけるキリスト教布教の拠点にもなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

メルカ・クントゥレとバルチット:エチオピア高原地域の考古学的・古生物学的遺産群

Melka Kunture and Balchit: Archaeological and Palaeontological Sites in the Highland Area of Ethiopia
メルカ・クントゥレとバルチット:エチオピア高原地域の考古学的・古生物学的遺産群
エチオピア高原のアワッシュ川上流域にあるこの遺産群は、200万年前から人類の集団がこの地域に居住していたことを証明する先史時代の遺跡です。海抜約2,000mから2,200mにあり、地表の下は、河川による沖積堆積物と火山起源の堆積物が凝灰岩を挟んで堆積し、比較的連続した地層構造が形成されています。堆積物の下に埋もれた古景観の断片と動植物の化石から、更新世のエチオピア高地の高山生態系を復元することができます。考古学的に正確な年代測定ができる地層からは、ホモ・エレクトゥス、ホモ・ハイデルベルゲンシス、古代ホモ・サピエンスの化石が発見されています。これらは、人類が高地に居住し、低地の乾燥サバンナとは異なる高地の厳しい環境や気候条件に適応したことを示す最古の証拠の一つで、人類史の重要な段階を示すものとなっています。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

メロエ島の考古遺跡

Archaeological Sites of the Island of Meroe
メロエ島の考古遺跡
スーダン中央東部、ナイル川とアトバラ川に挟まれた半砂漠地帯には、紀元前8世紀から後4世紀にかけて栄えたクシュ王国の遺跡が残ります。クシュ王国とは、前10〜9世紀頃にナイル中部地域に興隆した大国でした。王国の文化は、ナパタ文化とメロエ文化の2つの時期に分けられます。前期は紀元前900〜前270年にかけてナパタ地域を中心に栄え、当時の支配者の埋葬地などを含む遺跡は『ゲベル・バルカルとナパタ地域の遺跡群』として世界遺産に登録されています。メロエ文化は、王国がナイル川近くのメロエへと遷都し最盛期を迎えた前270〜後350年の時期を指し、地中海からアフリカの中心部まで版図を広げました。本遺産には、メロエにあるクシュ王の王都や、内陸に位置する宗教遺跡のナカとムサワラット・エス・スフラが含まれています。ピラミッド、寺院、住宅、灌漑システム、工業地帯などがあり、1,000年以上にわたって形成されたメロエ文化の証拠でもあります。
地域: アフリカ / 国名: スーダン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

モイダム:アホム王朝の墳丘墓・埋葬システム

Moidams – the Mound-Burial System of the Ahom Dynasty
モイダム:アホム王朝の墳丘墓・埋葬システム
「モイダム」とは、丘陵・森林・水辺といった自然の地形を生かした王族のお墓(墳丘)のことです。インド北東部アッサム州のパトカイ山脈の山麓には、13世紀から19世紀まで築かれてきたタイ・アホム王家のモイダムが約90基残されています。タイ・アホム族は13世紀ごろに中国雲南省方面から移住してきた民族です。彼らは丘の高台にチャライデオ「山上のまばゆい都市」と呼ばれる首都および墓地群を建設し、そこに墳丘を築きました。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

モザンビーク島

Island of Mozambique
モザンビーク島
モザンビーク島は、モザンビーク共和国ナンプラ州にあり、インド洋のモスリル湾の入り口に位置しています。本土の海岸からは約4㎞沖合にある石灰質サンゴ礁で,1960年代に建設された橋によって本土と結ばれています。島は東にゴア島とセナ島という2つの小さな無人島を持ち、群島を形成しています。この島は10世紀頃からアラブの品物とアフリカで産出される金を交換するインド洋貿易の拠点として栄えてきました。アラブ商人たちは街を建設し、真珠、象牙、銀などを使った象嵌細工の技術や、繊細な彫刻が施された建築物など、アラブの文化を伝えました。
地域: アフリカ / 国名: モザンビーク共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

モスクワのクレムリンと赤の広場

Kremlin and Red Square, Moscow
モスクワのクレムリンと赤の広場
モスクワの歴史は、1,100年代にユーリー・ドルゴルーキーが木造の要塞を建設したところから始まったとされています。これが後のクレムリンになりますが、モスクワの街はこの要塞を中心に発展していきました。 1480年にイヴァン3世が「タタールのくびき」と呼ばれるモンゴルの支配からの脱却を果たし、城壁が強化され、城塞内にはウスペンスキー聖堂などの大聖堂が建てられることとなりました。城壁内部の中心であるサボールナヤ広場には聖堂が立ち並び、聖遺物、中世のフレスコ画、イコン、高価な写本など様々な芸術品が残されています。 15世紀末に築かれたファセット宮殿は、国家行事や祝賀行事、外国大使を迎えるために建設されました。他にも金色のドームが印象的で、荘厳かつ煌びやかなブラゴヴェシチェンシスキー聖堂などがあります。モスクワはロシア革命後の1918年から、ロシアの首都として発展していくこととなります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

百舌鳥・古市古墳群

Mozu-Furuichi Kofun Group: Mounded Tombs of Ancient Japan
百舌鳥・古市古墳群
大阪平野の台地上に位置する「百舌鳥エリア」と「古市エリア」の49基45件の古墳群は、4世紀後半から5世紀後半にかけて築造された、古代日本列島を支配していた王たちの墓です。大阪平野は、古代日本における政治文化の中心地のひとつであり、多くの大陸に向かう船や、大陸から訪れた外国船が古墳を目にすることができる場所に位置していました。百舌鳥・古市の2つのエリアでは、いずれも4㎞四方の範囲に多数の古墳が密集しています。これらの古墳は、同時代に築造されたにもかかわらず、前方後円墳、帆立貝形墳、円墳、方墳という4つの標準化された形式と、20mから500m近くに及ぶ多様な規模を備えています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

モダニズム都市カウナス:楽観主義建築(1919-1939)

Modernist Kaunas: Architecture of Optimism, 1919-1939
モダニズム都市カウナス:楽観主義建築(1919-1939)
カウナスは第一次世界大戦と第二次世界大戦の間、リトアニアの暫定首都となりました。遺産名にも入っている1919年から1939年までの期間に急速な都市化と近代化が進み、近代都市として発展しました。多くの建築家によってこの時期に建てられた建造物は、6,000棟ほどが現存しています。カウナスはまた、第二次世界大戦中に日本の外交官・杉原千畝が赴任し、多くのユダヤ人に「命のビザ」を発給した都市としても知られています。
地域: ヨーロッパ / 国名: リトアニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iv)
詳細ページを見る Arrow-right

モデナ:大聖堂と市民の塔(トッレ・チヴィカ)、グランデ広場

Cathedral, Torre Civica and Piazza Grande, Modena
モデナ:大聖堂と市民の塔(トッレ・チヴィカ)、グランデ広場
モデナはイタリア北部エミリア・ロマーニャ州にあります。モデナ市内あるいは近郊には、「マセラティ」や「フェラーリ」などの最先端のスポーツカーを製造する会社の本社があります。その一方で、旧市街では、中心にあるグランデ広場、大聖堂、鐘楼などが一体となっていて、中世の面影を今に残しています。そして、キリスト教における宗教上の結びつきの強さと、この地を支配したカノッサ家の影響を見ることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

モヘンジョ・ダーロの遺跡群

Archaeological Ruins at Moenjodaro
モヘンジョ・ダーロの遺跡群
モヘンジョ・ダーロの都市遺跡は、紀元前3千年紀初頭にまで遡れる都市遺跡で、焼成レンガによって建てられた都市は、大きく東西二つのエリアに分かれています。東側の市街地地区は碁盤目状の街路が広がっているだけでなく、高度に整備された下水道網までも設置されていることから高度に計画された都市であったことが見て取れます。西側の城塞地区の丘の上には2世紀頃に仏教徒によって建造されたストゥーパ(仏塔)が残されています。それ以外にも公衆浴場や学校、穀物倉庫なども配置されています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (ii)(iii)
詳細ページを見る Arrow-right

モラヴィア教会入植地

Moravian Church Settlements
モラヴィア教会入植地
モラヴィア教会は、ルター派教会のひとつで、モラヴィア兄弟団とも呼ばれています。このモラヴィア教会に関係する4つの集落が国境を超えて4ヵ国に存在し、世界遺産に登録されています。これらの集落はヘルンフート(ドイツ)、ベツレヘム(アメリカ)、グレースヒル(英国)、クリスティアンスフェル(デンマーク)です。いずれの集落も、プロテスタントの理想を反映した都市計画に基づいて設立されており、平等とヒューマニズムが重視された街づくりがなされています。
詳細ページを見る Arrow-right

モルドヴァ地方の教会群

Churches of Moldavia
モルドヴァ地方の教会群
ルーマニアの北部、北モルドヴァにある、ヨーロッパでも類を見ないユニークな教会群が「モルドヴァ地方の教会群」です。これらは15~16世紀にかけてシュテファン公のもと最盛期を迎えたモルドヴァ公国の遺産で、各地に点在しています。強大な権力を持ったシュテファン公は「キリスト教世界の番人」を自任していたとされ、オスマン帝国の侵略を阻止し国の自治を守った名君として知られています。彼はオスマン帝国の攻撃を撃退するたびに、新しい教会を建てたといわれています。これらの聖堂群は、シュテファン公とその後継者ペトル・ラレシュ公の時代を彷彿とさせるものであり、この遺産の見どころのひとつです。
地域: ヨーロッパ / 国名: ルーマニア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (i)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

モレリアの歴史地区

Historic Centre of Morelia
モレリアの歴史地区
モレリアは、首都メキシコ・シティと第2の都市グアダラハラの間に位置し、16世紀半ばにスペインの植民都市バリャドリードとして築かれました。1570年に司教座が置かれて以降、この地域の宗教・文化の中心として発展し、18世紀には大聖堂や市庁舎などが建設されました。現在も約250の植民地時代の建造物が残り、多くがピンク色の石材で造られています。市内にはルネサンス、バロック、新古典主義が融合した建築が並び、その様式は「モレリアのバロック」といわれています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

モンバサのフォート・ジーザス

Fort Jesus, Mombasa
モンバサのフォート・ジーザス
ケニア南部の街、モンバサの南端のサンゴ岩の尾根の上に、1593~1596年に築かれた要塞です。これは、ポルトガル人ジョバンニ・バッティスタ・カイラティの設計によるもので、モンバサ港とインド洋の海上貿易路の防衛を目的として建造されました。要塞の配置や形状は、人体には完璧なプロポーションと幾何学的な調和があるというルネサンスの理想を反映しており、上空から見ると人体を模したようにも見えます。フォート・ジーザスは、長らく東洋文明の影響下にあったインド洋海上貿易路を西洋文明が始めて支配しようとしそれに成功したことを物語る存在です。建築技術においては15世紀から16世紀にかけての軍事技術の革新を反映させる近代的な要塞ですが、1世紀ほどのポルトガル支配の後はアラビア人、スワヒリ人、イギリス人など支配者が幾度となく変わったという歴史を経ながら、その間幾度もの改修や変更があったにも拘わらず、当初の姿を保っている貴重な遺跡です。それと同時に、インド洋地域においてアフリカ、アラブ、トルコ、ペルシャそしてヨーロッパといった様々な地域の人々が交流した地としてもその価値は非常に高い遺産となっています。
地域: アフリカ / 国名: ケニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会

Churches of Peace in Jawor and Świdnica
ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会
ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会群は、17世紀中期の宗教戦争(三十年戦争)後、ハプスブルク家のカトリック支配下の中、プロテスタント社会に対する宗教的寛容さを示す必要性に迫られ建設されました。建設に際しては、石やレンガの使用が禁じられ、木材と土を主材料とするという厳しい条件下でありながらも、複雑かつ先駆的な建築技術が駆使されました。木造建築としてはヨーロッパ最大級の規模を誇り、耐久性に優れた構造を持っています。​今日までその壮麗な姿を保ち続けており、木造宗教建築の最高峰として評価されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

ヤロスラーヴリの歴史地区

Historical Centre of the City of Yaroslavl
ヤロスラーヴリの歴史地区
モスクワの北東約250km、ヴォルガ川とコトロスリ川の合流点にあるヤロスラーヴリは、ヤロスラフ1世によって築かれ、商業中心地として11世紀以降発展した古都です。この街で有名な建物に、12世紀後半に異教徒の寺院跡に築かれたスパソ・プレオブラジェンスキー修道院があります。もとは要塞としての役割もありましたが、これはヴォルガ川流域で最古の修道院の一つです。この修道院は幾度もの火災を経てその後、長い時間をかけて再建されたので、13世紀から16世紀の様々な建築要素を確認できます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ヨーロッパの大温泉都市群

The Great Spa Towns of Europe
ヨーロッパの大温泉都市群
イタリア、英国、オーストリア、チェコ、ドイツ、フランス、ベルギーの7ヵ国に点在する11の温泉都市で構成される、国境を越えたひとつの世界遺産です。18世紀初頭から1930年代にかけて、ヨーロッパにおける温泉文化が最も隆盛を極めたことを示しています。これらの都市は、互いに影響しあいながら街づくりをし、絵画のような景観の中で、美しくデザインされたレクリエーション施設や治療・療養環境が整えられていきました。ヨーロッパの温泉文化の発展に貢献した数百の温泉地の中でも、最も洗練された大規模な都市が世界遺産に選ばれました。そのひとつである英国の「バース」は、古代ローマの温泉の遺構が残る現役の温泉施設で、1987年に『バースの市街』として単独でも世界遺産に登録されています。
詳細ページを見る Arrow-right

要塞教会のあるトランシルヴァニアの村落

Villages with Fortified Churches in Transylvania
要塞教会のあるトランシルヴァニアの村落
ルーマニアの首都ブカレストの北西約220㎞、カルパティア山脈に囲まれたトランシルヴァニア地方にある7つの村が世界遺産として登録されています。12~13世紀、トランシルヴァニアに入植した「ザクセン人(ドイツ人)」は集落を築き、自身の財産と村を守るために要塞教会を設置しました。戦時にはここが軍事拠点となり、教会の内部には倉庫を置いて、長期の攻撃にも耐えられる工夫がありました。このような要塞教会をもつ集落は、トランシルヴァニア地方に250ほど築かれた歴史があります。そのうち、ビエルタン、プレジュメル、ビスクリ、ドゥルジウ、サスキズ、クルニク、バレア・ビイロルの7つの村は、13~16世紀の建築様式を残し、村の様子は中世以来の生活を今に伝えています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ルーマニア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (iv)
詳細ページを見る Arrow-right

要塞都市クエンカ

Historic Walled Town of Cuenca
要塞都市クエンカ
スペイン中部、マドリードの南東170kmに位置するクエンカは石灰岩の岩山の頂に築かれた要塞都市です。9世紀、立地の良さに目を付けたイスラム教徒は、この地に要塞を築きコルドバ防衛の拠点としました。しかし、1177年にレコンキスタ(国土回復運動)によりキリスト教徒が入植すると、市街には要塞を中心に聖堂、修道院などのキリスト教建築が次々と建てられました。クエンカはイスラム建築を基本とする建築物の複合体でありながら、カスティーリャ王国の主要都市として君臨し、ルネサンス期に大きな隆盛の時期を迎えます。世界遺産としての価値をなす建造物の多くは、キリスト教徒入植後にイスラム勢力からの反撃に備えるもので、堅牢な城壁に囲まれた街は自然景観すらも圧倒します。田園風景の中心にそびえる岩山の頂の街は「景観都市」の原型とも称され、その美しさを今も放ち続けています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (ii)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

要塞村アイット・ベン・ハドゥ

Ksar of Ait-Ben-Haddou
要塞村アイット・ベン・ハドゥ
モロッコの首都ラバトから南に約300km進んだアトラス山脈の南麓に位置するアイット・ベン・ハドゥは7世紀に北アフリカの先住民ベルベル人が築いた要塞の村です。一帯にはイスラム勢力から逃れてきた人々が建てたクサールと呼ばれる要塞化した村があります。アイット・ベン・ハドゥは保存状態が最もよいクサールのひとつです。この地域はサハラ砂漠の玄関口であり、この要塞村はサハラ砂漠手前の地域の土造り建物技術の完全な概観を示す建物です。またこの地域は古代スーダンとマラケシュとを結ぶ商業ルートの多くの交易拠点のひとつでもありました。
地域: アフリカ / 国名: モロッコ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

ライン渓谷中流上部

Upper Middle Rhine Valley
ライン渓谷中流上部
ライン川は全長1,223km、ヨーロッパ6ヵ国にわたり流れる国際河川です。そのうち、ドイツ西部に位置するビンゲン、リューデスハイムからコブレンツにかけての中流域、約65kmの区間は、急峻な峡谷と、河岸に60以上の町や集落、段々畑のブドウ園、城や要塞が点在する独特の景観が広がります。一帯には先史時代から人類が居住し、紀元前1世紀にローマ帝国の支配下に置かれると大陸の南北を結ぶ水運路として機能しました。中世には交通の要所として繁栄し、河岸には関所となる城や城塞が40以上も築かれました。これ等の城の多くは交易路を防衛する目的を担っていましたが、17~18世紀にかけてのドイツとフランスの戦争で荒廃し、廃城となりました。しかし、自然と古城が織りなす風景がロマン主義運動の感性に強く訴え、19世紀になるとロマン主義の影響を受けたラインシュタイン城やシュトルツェンフェルス城、カッツ城(ネコ城)などが建築・再建されました。こうして形成された景観は多くの詩人や画家、作曲家に着想を与え、芸術や文学の分野にも大きな影響を及ぼしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

ラヴェンナの初期キリスト教建造物群

Early Christian Monuments of Ravenna
ラヴェンナの初期キリスト教建造物群
ラヴェンナはアドリア海に面した、フィレンツェの北東100㎞ほどの場所にある港町です。西ローマ帝国皇帝のホノリウスが、402年にローマからラヴェンナに遷都して繁栄が始まりました。476年の西ローマ帝国滅亡後は、ゲルマン王オドアケルや東ゴート王国の支配を経て、540年にビザンツ帝国の支配下となり、総督府が置かれて重要な拠点となりました。とりわけ、ユスティニアヌス帝とその皇后のテオドラは、ラヴェンナに強い思い入れを持ち、街に繁栄をもたらしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ラヴォー地域のブドウ畑

Lavaux, Vineyard Terraces
ラヴォー地域のブドウ畑
スイス、ローザンヌ東部郊外からモントレー郊外シヨン城までの約30㎞にわたって、レマン湖畔の丘陵に広がる地域はスイス屈指のワイン産地です。ローマ時代にワイン生産が始まりましたが、組織的な生産が始まったのは、カトリック修道会であるベネディクト会とシトー会がラヴォーを支配した11世紀頃とされています。その後、盛んになったワイン製造のために湖畔を徐々に開発し、14世紀には現在のような石壁で区切られた段々畑が築かれました。その結果、急斜面のブドウ畑の間に民家やワイン工場が点在する独特の景観が生まれました。段々状に続くテラスのようなブドウ畑、教会や城、ワイン貯蔵室、生産者の住居からなる村が織り成す文化的景観は、人々がこの地の都市化を拒み、伝統的なワイン生産を約10世紀にわたって受け継いできた賜物です。
地域: ヨーロッパ / 国名: スイス連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

ラウマの旧市街

Old Rauma
ラウマの旧市街
ラウマの街はフィンランドの南西部に位置しています。ここは、フィンランドで数少ない中世の街です。もともと海辺にあった旧市街は、地盤の隆起により現在は海岸線から1.5kmほど内陸に入った場所にあります。旧市街は、ほとんどが個人所有の約600棟の木造建築からなり、スカンジナビア半島最大規模の木造平屋建築の家屋が残っています。ラウマ旧市街地は、北欧の伝統的な木造建築の技術と伝統がよく保存された代表的な事例です。
地域: ヨーロッパ / 国名: フィンランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

ラサのポタラ宮歴史地区

Historic Ensemble of the Potala Palace, Lhasa
ラサのポタラ宮歴史地区
チベット高原の中央部、標高約3,650mに位置するラサは、ポタラ宮を中心とするチベット仏教の聖地で、チベットの政治・文化の中枢です。チベット語では「神の地」を意味するチベットの歴史は、豪族たちがチベットの各地を支配していた7世紀の初めに、吐蕃のソンツェン・ガンポ王が初めてチベットを統一し、この地に遷都しました。ソンツェン・ガンポ王は、権力を強化しつつ、インドに派遣した家臣にチベット語を作らせて、サンスクリット語の経典をチベット語に翻訳させるなど、インドと中国の仏教文化を積極的に取り入れました。またポタラ宮の原型となる城を築き、その妃はジョカン寺(トゥルナン寺)を創建しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (i)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

ラジャスタン州のジャイプール市街

Jaipur City, Rajasthan
ラジャスタン州のジャイプール市街
インド北西部ラジャスタン地方に位置するジャイプール市街は、かつてこの地に割拠したラージプート諸国のひとつ、アンベール王国の藩王(マハラジャ)であったサワーイー・ジャイ・シング2世が1727年に建設した都市です。王ははじめ丘陵地帯にあった城塞アンベール城を居城としていましたが、人口の増加や水不足に対応するため、平地に新たな都を建設しました。新たな都は「ジャイプール(「ジャイの町」)」と名づけられました。ジャイプールは英国の植民地支配下に置かれていた時代でも、領地の自治を保証されていたため、他の都市と比べてよりインド的な雰囲気を残しています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

ラジャスタンの丘陵城塞群

Hill Forts of Rajasthan
ラジャスタンの丘陵城塞群
インド西部のラジャスタン地方には長い歴史を持つラージプート族の諸王国が築いた城塞が残っています。ムガル帝国がこの地を支配するようになるまで、また支配されてからも数百年間にわたり各王国の政治・文化・宗教の中心となった城塞です。それぞれの城塞は長い城壁に囲まれ、その内には宮殿のほかこの地方の様式をベースにした精緻な装飾を施した建造物が並びます。また一部にはムガル帝国がもたらしたイスラム様式の影響も散見され「ラージプート=ムガル様式」とも呼ばれます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (ii)(iii)
詳細ページを見る Arrow-right