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モン・サン・ミシェルとその湾
Mont-Saint-Michel and its Bay
モン・サン・ミシェルは、フランス北西部の英国とフランスに挟まれた湾に立つ、小高い丘の上にあります。この地域は、フランスの他の地域とは異なり、現在の英国やアイルランドなどで見られるケルトの文化が色濃く残ります。708年にケルト人のモン・トンブと呼ばれるケルト人の聖地だった場所に、聖ミカエルを祀る聖堂を築いたのが、モン・サン・ミシェル(フランス語で「聖ミカエルの山」)の始まりです。聖ミカエルの信仰は、イタリアの世界遺産『イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)』に含まれるプーリア州の洞窟教会「サントゥアリオ・ディ・サン・ミケーレ・アルカンジェロ」に始まるとも伝えられますが、モン・サン・ミシェルはその信仰が遠くフランスに北西部にまで広がったことを示しています。
ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会
Churches of Peace in Jawor and Świdnica
ラサのポタラ宮歴史地区
Historic Ensemble of the Potala Palace, Lhasa
ラジャスタン州のジャイプール市街
Jaipur City, Rajasthan
ラムの旧市街
Lamu Old Town
ケニア南東部インド洋に浮かぶラム島の島内に広がる旧市街は、12世紀から海洋交易の拠点として発展してきた歴史を持っています。かつて東アフリカで最も重要な貿易の中心地で、宗教的、文化的、技術的に重要な影響を与えてきました。また、東アフリカのスワヒリ圏の市街地遺跡としては最も歴史が古く、かつ保存状態も良好であることで知られています。アジアから見るとアフリカ大陸の入り口に相当するこの街は、象牙や奴隷が集まる集散地となり、アラブやペルシャ、インド、ヨーロッパの商人たちによって活発な取引が行われていました。他のスワヒリ圏の古い集落と比べて、ラムの旧市街には700年以上もの長きにわたって人々が住み続け、今もなお街として機能し続けていることが特徴です。
ランギリ・ダンブッラの石窟寺院
Rangiri Dambulla Cave Temple
ランス・オー・メドー国立歴史公園
L’Anse aux Meadows National Historic Site
ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮
Cathedral of Notre-Dame, Former Abbey of Saint-Rémi and Palace of Tau, Reims
ランスが大きく発展したのは、496年頃にフランク王国のクローヴィス1世がこの地でキリスト教カトリックの洗礼を受けたことがきっかけです。クローヴィスはゲルマン人のフランク族を統一すると、481年にフランク王国メロヴィング朝をひらきました。彼はゲルマン人のアレマン族との戦いで、イエス・キリストが勝利に導いてくれたら洗礼を受けると天に誓います。そうして見事勝利を収めたため、王妃や約3,000人のフランク族の兵士と一緒に洗礼を受けました。このことは、カトリック教会がフランク王国という強い後ろ盾を得たことを意味しました。この時、クローヴィスに洗礼を与えたのが聖レミギウス(サン・レミ)だと伝わります。その後、1825年のシャルル10世まで32人の王がランスで戴冠式を行い、そのうち25人の王が現在のノートル・ダム大聖堂で戴冠式を行いました。
リオ・デ・ジャネイロ:山と海に囲まれたカリオカの景観
Rio de Janeiro: Carioca Landscapes between the Mountain and the Sea
リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔
Monastery of the Hieronymites and Tower of Belém in Lisbon
琉球王国のグスク及び関連遺産群
Gusuku Sites and Related Properties of the Kingdom of Ryukyu
沖縄や奄美の島々で見られる石造りの城塞のことを「グスク」と呼びます。グスクは、農村集落が営まれるようになった12世紀ごろから、按司と呼ばれる領主的な豪族が、自らの居住や防衛の拠点として築くようになりました。首里城(しゅりじょう)跡は、琉球王国の国王の居城として、政治・文化・経済の中枢となった城の遺構です。今帰仁城(なきじんじょう)跡は、14世紀の三山時代に北山王の拠点となったグスクの遺跡です。座喜味城(ざきみじょう)跡は、有力な按司であった護佐丸(ごさまる)によって15世紀に築かれた城跡です。勝蓮城(かつれんじょう)跡は、12世紀から13世紀にかけて建造された、現存する最古の沖縄のグスクで、有力按司の阿麻和利(あまわり)の居城でした。中城城(なかぐすくじょう)跡は、15世紀半ばに護佐丸が居城とし、阿麻和利との戦いで知られ、城壁には高度な石積み技術が見られます。
リュウゼツランの景観とテキーラ村の古式産業施設群
Agave Landscape and Ancient Industrial Facilities of Tequila
リラの修道院
Rila Monastery
ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献
The Architectural Work of Le Corbusier, an Outstanding Contribution to the Modern Movement
フランスで活躍した近代建築家ル・コルビュジエの建築作品のうち、日本を含む3大陸7ヵ国に点在する17の資産が、2016年に世界で初めて「トランス・コンチネンタル・サイト」として世界遺産に登録されました。これら建築作品は、建築史上初めて、ある近代建築の概念が地球規模で広がり、実際に実践されたことを証明するものです。ル・コルビュジエは20世紀を代表する建築家の1人で、「住宅は住むための機械である」という言葉に象徴されるように、機能主義の建築家として近代建築運動を推進しました。彼は、建築の際の基準となる「モデュロール」や「近代建築の五原則」、「ドミノ・システム」などの重要な概念を次々と打ち出し、過去の伝統的な建築家たちと決別を図ったのです。
ルネサンス都市フェッラーラとポー川のデルタ地帯
Ferrara, City of the Renaissance, and its Po Delta
ル・モルヌの文化的景観
Le Morne Cultural Landscape
ルワンダ虐殺の記憶の場:ニャマタ、ムランビ、ギソジ、ビセセロ
Memorial sites of the Genocide: Nyamata, Murambi, Gisozi and Bisesero
ルワンダ内戦中の1994年4月から7月の約100日間にかけて行われた「ジェノサイド(大量虐殺)」を伝える遺産です。フツ族とツチ族の民族対立から広がった争いは「インテラハムウェ」と呼ばれる民兵武装集団により、ルワンダ全土で推定100万人が犠牲となる悲劇を生むことになりました。この遺産は、将来への教訓を伝える「負の遺産」と考えられると同時に、2023年の世界遺産委員会では「近年の紛争(リーセント・コンフリクツ)」における議論を前提とした「記憶の場」に関する世界遺産として登録されたうちの1件でもあります。(残り2つは「ESMA 博物館と記憶の場:拘禁と拷問、虐殺のかつての機密拠点(アルゼンチン共和国)」「第一次世界大戦(西部戦線)の慰霊と記憶の場(ベルギー王国/フランス共和国)」)
レッド・フォート建造物群
Red Fort Complex
ムガル帝国を大国へと導いた皇帝アクバルの孫であり、同帝国の最盛期を築いた5代皇帝シャー・ジャハーンは、世界遺産『タージ・マハル』の建造者として広く知られています。しかし彼の建築への情熱はそれだけにとどまらず、生涯に数々の壮麗な建造物を残しました。その一つが、デリーにあるレッド・フォート(ヒンディー語で「ラール・キラー」)です。レッド・フォートは、シャー・ジャハーンが17世紀半ばに都をアーグラからシャージャハナバード(現在のデリー)へ移した際に築いた居城で、赤い砂岩の城壁が特徴的です。また、隣接する16世紀建造の城塞サリームガルとともに世界遺産に登録され、シャー・ジャハーンの建築美学とムガル帝国の栄華を象徴する重要な遺構となっています。
ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂
Historic Centre of Rome, the Properties of the Holy See in that City Enjoying Extraterritorial Rights and San Paolo Fuori le Mura
ローマは、「ローマの七丘」のひとつパラティーノの丘で紀元前753年に建国されたと伝わります。その後、共和制を経て、地中海沿岸から西アジア、グレートブリテン島南部までを支配する大帝国となりました。しかし、拡大しすぎた繁栄はやはり終わりを迎えます。395年にローマ帝国が東西に分割すると次第に都市としてのローマの重要性は薄れていきました。再び脚光を浴びるのはローマ教皇領としてルネサンスの中心地のひとつとなってからのことです。強大な力をもつ教皇の下、ミケランジェロなどの芸術家が活躍し、芸術の都として教皇の威光を示しました。世界遺産には、教皇ウルバヌス8世が築いた城壁の内部と、唯一城壁の外にあるサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂を含む、サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ聖堂の3つのヴァティカン市国直轄の聖堂も含まれています。
廬山国立公園
Lushan National Park
長江中流域の南岸に位置する、標高1,474mの漢陽峰を中心に171もの峰々、森林、湖、 断崖絶壁などが至るところに見られる景勝地です。秦の始皇帝など歴代皇帝が訪れた他、李白や杜甫、百居易(白楽天)など中国を代表する詩人たちがこの地で多くの山水詩を詠みました。後漢時代にいち早く仏教寺院が開かれた場所でもあり、4世紀後半に創建され、来日前の鑑真も訪れたという東林寺は浄土教発祥の地です。また中国古代の最高学府のひとつ・白鹿洞(はくろくどう)書院は朱子学を興した朱熹が再建しました。20世紀前半には中国共産党高官の山荘が多く建てられ、毛沢東はここで「廬山会議」を開きました。廬山会議とは中国共産党が大躍進政策の継続を決めた会議のことです。
ロベン島
Robben Island
ワルシャワの歴史地区
Historic Centre of Warsaw