World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(vi))

モン・サン・ミシェルとその湾

Mont-Saint-Michel and its Bay
モン・サン・ミシェルとその湾
モン・サン・ミシェルは、フランス北西部の英国とフランスに挟まれた湾に立つ、小高い丘の上にあります。この地域は、フランスの他の地域とは異なり、現在の英国やアイルランドなどで見られるケルトの文化が色濃く残ります。708年にケルト人のモン・トンブと呼ばれるケルト人の聖地だった場所に、聖ミカエルを祀る聖堂を築いたのが、モン・サン・ミシェル(フランス語で「聖ミカエルの山」)の始まりです。聖ミカエルの信仰は、イタリアの世界遺産『イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)』に含まれるプーリア州の洞窟教会「サントゥアリオ・ディ・サン・ミケーレ・アルカンジェロ」に始まるとも伝えられますが、モン・サン・ミシェルはその信仰が遠くフランスに北西部にまで広がったことを示しています。 
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会

Churches of Peace in Jawor and Świdnica
ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会
ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会群は、17世紀中期の宗教戦争(三十年戦争)後、ハプスブルク家のカトリック支配下の中、プロテスタント社会に対する宗教的寛容さを示す必要性に迫られ建設されました。建設に際しては、石やレンガの使用が禁じられ、木材と土を主材料とするという厳しい条件下でありながらも、複雑かつ先駆的な建築技術が駆使されました。木造建築としてはヨーロッパ最大級の規模を誇り、耐久性に優れた構造を持っています。​今日までその壮麗な姿を保ち続けており、木造宗教建築の最高峰として評価されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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ラサのポタラ宮歴史地区

Historic Ensemble of the Potala Palace, Lhasa
ラサのポタラ宮歴史地区
チベット高原の中央部、標高約3,650mに位置するラサは、ポタラ宮を中心とするチベット仏教の聖地で、チベットの政治・文化の中枢です。チベット語では「神の地」を意味するチベットの歴史は、豪族たちがチベットの各地を支配していた7世紀の初めに、吐蕃のソンツェン・ガンポ王が初めてチベットを統一し、この地に遷都しました。ソンツェン・ガンポ王は、権力を強化しつつ、インドに派遣した家臣にチベット語を作らせて、サンスクリット語の経典をチベット語に翻訳させるなど、インドと中国の仏教文化を積極的に取り入れました。またポタラ宮の原型となる城を築き、その妃はジョカン寺(トゥルナン寺)を創建しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (i)(iv)(vi)
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ラジャスタン州のジャイプール市街

Jaipur City, Rajasthan
ラジャスタン州のジャイプール市街
インド北西部ラジャスタン地方に位置するジャイプール市街は、かつてこの地に割拠したラージプート諸国のひとつ、アンベール王国の藩王(マハラジャ)であったサワーイー・ジャイ・シング2世が1727年に建設した都市です。王ははじめ丘陵地帯にあった城塞アンベール城を居城としていましたが、人口の増加や水不足に対応するため、平地に新たな都を建設しました。新たな都は「ジャイプール(「ジャイの町」)」と名づけられました。ジャイプールは英国の植民地支配下に置かれていた時代でも、領地の自治を保証されていたため、他の都市と比べてよりインド的な雰囲気を残しています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ラムの旧市街

Lamu Old Town
ラムの旧市街
ケニア南東部インド洋に浮かぶラム島の島内に広がる旧市街は、12世紀から海洋交易の拠点として発展してきた歴史を持っています。かつて東アフリカで最も重要な貿易の中心地で、宗教的、文化的、技術的に重要な影響を与えてきました。また、東アフリカのスワヒリ圏の市街地遺跡としては最も歴史が古く、かつ保存状態も良好であることで知られています。アジアから見るとアフリカ大陸の入り口に相当するこの街は、象牙や奴隷が集まる集散地となり、アラブやペルシャ、インド、ヨーロッパの商人たちによって活発な取引が行われていました。他のスワヒリ圏の古い集落と比べて、ラムの旧市街には700年以上もの長きにわたって人々が住み続け、今もなお街として機能し続けていることが特徴です。
地域: アフリカ / 国名: ケニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ランギリ・ダンブッラの石窟寺院

Rangiri Dambulla Cave Temple
ランギリ・ダンブッラの石窟寺院
スリランカ中部ダンブッラの岩山にあるダンブッラ石窟寺院は、スリランカ最大の仏教石窟寺院です。この場所には元々、紀元前3世紀から仏教僧の修道施設が置かれていました。前1世紀頃、シンハラ王国第19代ワッタガーマニー・アバヤ王が、南インドのタミル人によって都を追われた際に、ダンブッラの僧に匿われたことに感謝して、この地に石窟を寄贈したのが始まりとされています。以来、ダンブッラは聖なる巡礼地として人々に敬われ、スリランカ文化を象徴する存在となりました。
地域: 西・南アジア / 国名: スリランカ民主社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(vi)
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ランス・オー・メドー国立歴史公園

L’Anse aux Meadows National Historic Site
ランス・オー・メドー国立歴史公園
ランス・オー・メドー国立歴史公園は、カナダ東部ニューファンドランド島のグレートノーザン半島の先端に位置する1,000年頃に北欧から渡来してきたヴァイキングの集落跡です。北米に初めて到達したヨーロッパ人の痕跡とされています。1960年、ノルウェーの探検家ヘルゲ・イングスタッドと考古学者である彼の妻アン・スタイン・イングスタッドによってこの遺跡は発見されました。発掘調査により8つの建物跡や溶鉱炉の跡、鉄器などの道具類のほか、ノルウェー様式の住宅の特徴を示す遺構が多数確認されています。1978年に世界で最初の世界遺産のうちの一つとして登録されました。
地域: 北米 / 国名: カナダ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1978年 / 登録基準: (vi)
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ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮

Cathedral of Notre-Dame, Former Abbey of Saint-Rémi and Palace of Tau, Reims
ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮
ランスが大きく発展したのは、496年頃にフランク王国のクローヴィス1世がこの地でキリスト教カトリックの洗礼を受けたことがきっかけです。クローヴィスはゲルマン人のフランク族を統一すると、481年にフランク王国メロヴィング朝をひらきました。彼はゲルマン人のアレマン族との戦いで、イエス・キリストが勝利に導いてくれたら洗礼を受けると天に誓います。そうして見事勝利を収めたため、王妃や約3,000人のフランク族の兵士と一緒に洗礼を受けました。このことは、カトリック教会がフランク王国という強い後ろ盾を得たことを意味しました。この時、クローヴィスに洗礼を与えたのが聖レミギウス(サン・レミ)だと伝わります。その後、1825年のシャルル10世まで32人の王がランスで戴冠式を行い、そのうち25人の王が現在のノートル・ダム大聖堂で戴冠式を行いました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(ii)(vi)
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リオ・デ・ジャネイロ:山と海に囲まれたカリオカの景観

Rio de Janeiro: Carioca Landscapes between the Mountain and the Sea
リオ・デ・ジャネイロ:山と海に囲まれたカリオカの景観
リオ・デ・ジャネイロは、急峻な山とコパカバーナやイパネマに代表される海岸に挟まれた独特な都市景観が特徴です。特に、コルコヴァードの丘のキリスト像、シュガーローフ、ウルカなどの特徴的な山並みが、都市と自然の調和を象徴しています。これらの地形は、都市の発展に大きな影響を与え、世界的に認知される景観を形成しています。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (v)(vi)
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リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔

Monastery of the Hieronymites and Tower of Belém in Lisbon
リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔
ジェロニモス修道院は1502年に建設が始まり、ポルトガルの黄金時代を象徴する建築物です。ベレンの塔は、マヌエル1世が、エンリケ航海王子の偉業とヴァスコ・ダ・ガマの功績を記念して1514年に建設されました。両者はリスボン港の入り口に位置し、大航海時代の歴史的背景を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (iii)(vi)
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琉球王国のグスク及び関連遺産群

Gusuku Sites and Related Properties of the Kingdom of Ryukyu
琉球王国のグスク及び関連遺産群
沖縄や奄美の島々で見られる石造りの城塞のことを「グスク」と呼びます。グスクは、農村集落が営まれるようになった12世紀ごろから、按司と呼ばれる領主的な豪族が、自らの居住や防衛の拠点として築くようになりました。首里城(しゅりじょう)跡は、琉球王国の国王の居城として、政治・文化・経済の中枢となった城の遺構です。今帰仁城(なきじんじょう)跡は、14世紀の三山時代に北山王の拠点となったグスクの遺跡です。座喜味城(ざきみじょう)跡は、有力な按司であった護佐丸(ごさまる)によって15世紀に築かれた城跡です。勝蓮城(かつれんじょう)跡は、12世紀から13世紀にかけて建造された、現存する最古の沖縄のグスクで、有力按司の阿麻和利(あまわり)の居城でした。中城城(なかぐすくじょう)跡は、15世紀半ばに護佐丸が居城とし、阿麻和利との戦いで知られ、城壁には高度な石積み技術が見られます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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リュウゼツランの景観とテキーラ村の古式産業施設群

Agave Landscape and Ancient Industrial Facilities of Tequila
リュウゼツランの景観とテキーラ村の古式産業施設群
メキシコ中西部のテキーラ地方には蒸留酒のテキーラの原料となるアオノリュウゼツランの高地が広がっています。テキーラ生産を始めたスペイン人の影響で、現在ものこる蒸留所にはバロック様式の装飾がみられることもあります。この地域ではリュウゼツランの栽培とリュウゼツランを発酵、蒸留する大規模な蒸留所をそなえた独特な景観も広がっています。この地は19~20世紀のテキーラの国際的な消費量の増加による繁栄やリュウゼツラン文化の国民的アイデンティティの一部とみなされています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)(vi)
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リラの修道院

Rila Monastery
リラの修道院
リラの修道院は、10世紀に正教会によって列聖された隠者、イワン・リルスキー(リラのイワン)によって建立され、ブルガリア正教の最重要な修道院です。​彼の隠遁生活と墓所は、後に修道院として発展し、ブルガリア中世の宗教・社会生活において中心的な役割を果たしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ブルガリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (vi)
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ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献

The Architectural Work of Le Corbusier, an Outstanding Contribution to the Modern Movement
ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献
フランスで活躍した近代建築家ル・コルビュジエの建築作品のうち、日本を含む3大陸7ヵ国に点在する17の資産が、2016年に世界で初めて「トランス・コンチネンタル・サイト」として世界遺産に登録されました。これら建築作品は、建築史上初めて、ある近代建築の概念が地球規模で広がり、実際に実践されたことを証明するものです。ル・コルビュジエは20世紀を代表する建築家の1人で、「住宅は住むための機械である」という言葉に象徴されるように、機能主義の建築家として近代建築運動を推進しました。彼は、建築の際の基準となる「モデュロール」や「近代建築の五原則」、「ドミノ・システム」などの重要な概念を次々と打ち出し、過去の伝統的な建築家たちと決別を図ったのです。
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ルネサンス都市フェッラーラとポー川のデルタ地帯

Ferrara, City of the Renaissance, and its Po Delta
ルネサンス都市フェッラーラとポー川のデルタ地帯
イタリア北東部、ポー川のデルタ地帯は数千年にわたり人が定住し、中世より発展してきましたが、14世紀からのエステ家の統治下でさらに有力な都市へと発展しました。エステ家は広範な干拓事業と建設プロジェクトを展開し、都市と周辺の田園風景の調和をはかり、独特の景観を作り出しました。さらに各地からルネサンスの芸術家たちを招き、創作活動を支援しました。建築物としてはエステンセ城やスキファノイア宮殿、サン・ジョルジョ大聖堂などがあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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ル・モルヌの文化的景観

Le Morne Cultural Landscape
ル・モルヌの文化的景観
モーリシャス南西部に位置する『ル・モルヌの文化的景観』は18~19世紀にかけて脱走した奴隷たちが身を隠して生活した岩山です。逃亡奴隷たちは天然要塞としても機能したル・モルヌ山の山頂付近や洞窟に集落を形成し隠れ家として利用しました。東方奴隷貿易の重要な拠点であった、モーリシャスには多くの奴隷(マルーン)が住んでいたことから「マルーン共和国」とも呼ばれていました。またアフリカ本土だけでなく、マダガスカルや東南アジアの奴隷の出身地とも関連のある遺物も見つかっています。現在は奴隷制への抵抗や自由の象徴となっています。
地域: アフリカ / 国名: モーリシャス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ルワンダ虐殺の記憶の場:ニャマタ、ムランビ、ギソジ、ビセセロ

Memorial sites of the Genocide: Nyamata, Murambi, Gisozi and Bisesero
ルワンダ虐殺の記憶の場:ニャマタ、ムランビ、ギソジ、ビセセロ
ルワンダ内戦中の1994年4月から7月の約100日間にかけて行われた「ジェノサイド(大量虐殺)」を伝える遺産です。フツ族とツチ族の民族対立から広がった争いは「インテラハムウェ」と呼ばれる民兵武装集団により、ルワンダ全土で推定100万人が犠牲となる悲劇を生むことになりました。この遺産は、将来への教訓を伝える「負の遺産」と考えられると同時に、2023年の世界遺産委員会では「近年の紛争(リーセント・コンフリクツ)」における議論を前提とした「記憶の場」に関する世界遺産として登録されたうちの1件でもあります。(残り2つは「ESMA 博物館と記憶の場:拘禁と拷問、虐殺のかつての機密拠点(アルゼンチン共和国)」「第一次世界大戦(西部戦線)の慰霊と記憶の場(ベルギー王国/フランス共和国)」)
地域: アフリカ / 国名: ルワンダ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (vi)
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レッド・フォート建造物群

Red Fort Complex
レッド・フォート建造物群
ムガル帝国を大国へと導いた皇帝アクバルの孫であり、同帝国の最盛期を築いた5代皇帝シャー・ジャハーンは、世界遺産『タージ・マハル』の建造者として広く知られています。しかし彼の建築への情熱はそれだけにとどまらず、生涯に数々の壮麗な建造物を残しました。その一つが、デリーにあるレッド・フォート(ヒンディー語で「ラール・キラー」)です。レッド・フォートは、シャー・ジャハーンが17世紀半ばに都をアーグラからシャージャハナバード(現在のデリー)へ移した際に築いた居城で、赤い砂岩の城壁が特徴的です。また、隣接する16世紀建造の城塞サリームガルとともに世界遺産に登録され、シャー・ジャハーンの建築美学とムガル帝国の栄華を象徴する重要な遺構となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂

Historic Centre of Rome, the Properties of the Holy See in that City Enjoying Extraterritorial Rights and San Paolo Fuori le Mura
ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂
ローマは、「ローマの七丘」のひとつパラティーノの丘で紀元前753年に建国されたと伝わります。その後、共和制を経て、地中海沿岸から西アジア、グレートブリテン島南部までを支配する大帝国となりました。しかし、拡大しすぎた繁栄はやはり終わりを迎えます。395年にローマ帝国が東西に分割すると次第に都市としてのローマの重要性は薄れていきました。再び脚光を浴びるのはローマ教皇領としてルネサンスの中心地のひとつとなってからのことです。強大な力をもつ教皇の下、ミケランジェロなどの芸術家が活躍し、芸術の都として教皇の威光を示しました。世界遺産には、教皇ウルバヌス8世が築いた城壁の内部と、唯一城壁の外にあるサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂を含む、サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ聖堂の3つのヴァティカン市国直轄の聖堂も含まれています。
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廬山国立公園

Lushan National Park
廬山国立公園
長江中流域の南岸に位置する、標高1,474mの漢陽峰を中心に171もの峰々、森林、湖、 断崖絶壁などが至るところに見られる景勝地です。秦の始皇帝など歴代皇帝が訪れた他、李白や杜甫、百居易(白楽天)など中国を代表する詩人たちがこの地で多くの山水詩を詠みました。後漢時代にいち早く仏教寺院が開かれた場所でもあり、4世紀後半に創建され、来日前の鑑真も訪れたという東林寺は浄土教発祥の地です。また中国古代の最高学府のひとつ・白鹿洞(はくろくどう)書院は朱子学を興した朱熹が再建しました。20世紀前半には中国共産党高官の山荘が多く建てられ、毛沢東はここで「廬山会議」を開きました。廬山会議とは中国共産党が大躍進政策の継続を決めた会議のことです。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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ロベン島

Robben Island
ロベン島
南アフリカ南部、ケープタウンの沖合に浮かぶロベン島は、今でこそ島全体が博物館になり、観光客が日々訪れていますが、1991年までは監獄として使われていました。この島には、人種差別や人権抑圧に抵抗し、民主主義と自由のために闘った歴史を伝える建造物が残っています。周囲の海流が激しく、自力で脱出することは困難であったため、17世紀頃、オランダやイギリスの植民地時代から流刑地として使われていました。また、時代によって、ハンセン病患者の隔離施設や精神病院、さらには国防訓練基地としても用いられてきました。
地域: アフリカ / 国名: 南アフリカ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ワルシャワの歴史地区

Historic Centre of Warsaw
ワルシャワの歴史地区
国土の大半が平地であるポーランドは幾度となく周辺国や他民族の侵害を受け、ポーランド分裂でポーランド王国は消滅しました。第一次世界大戦後には再度独立が認められたものの、第二次世界大戦中のワルシャワ蜂起でナチス・ドイツ軍によってワルシャワの歴史地区の85%以上が破壊されました。戦後、ベルナルド・ベロットの風景画を基に、市民が20年の歳月をかけて徹底的な復元作業を行い、13世紀から20世紀の街並の完全な復元がされました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (ii)(vi)
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