World Heritage Sites

西・南アジア | 世界遺産一覧

アーグラ城

Agra Fort
アーグラ城
インド北部、ニューデリーの南約200kmの古都アーグラにあるムガル帝国の旧都城です。16世紀に第3代皇帝アクバルが建設しましたが、現在城内に残る建築物の大部分は第5代シャー・ジャハーン時代の造営です。外見は赤砂岩造りの二重の城壁と門が象徴的で「赤い城」の名の由来となっています。シャー・ジャハーンの時代には宮廷建築群など華麗なムガル朝の建築が花開きましたが、17世紀のデリーへの遷都、その後の反乱や略奪などでその栄華は衰えました。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (iii)
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アーメダバードの歴史都市

Historic City of Ahmadabad
アーメダバードの歴史都市
インド西部にある「アフマダの都市」という名の「アフマダーバード」(英語読みでは「アーメダバード」)は、15世紀にこの地を支配していたイスラム系のグジャラート・スルタン朝のアフマド・シャー1世により建設されました。ここにはこのスルタン統治時代の建築物も数多く残っています。その後16世紀からムガル帝国の支配下に、さらに18世紀からはマラータ同盟都市となりましたが、約600年間繁栄し続け、ほぼ原形を保ってきた街並みが残されています。「プーラ」と呼ばれる伝統的な通りや「ポル」という門を持つ集合住宅が特徴的です。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (ii)(v)
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アジャンターの石窟寺院群

Ajanta Caves
アジャンターの石窟寺院群
インド西部ムンバイから北東に360kmの岩崖に、インド最古期の仏教壁画が残る石窟寺院があります。約600mほどの岩崖に点在する大小30の石窟は、前期(紀元前2世紀〜後2世紀)と後期(グプタ朝最盛期の5世紀〜7世紀)にかけて造営されました。高さ 石窟寺院群は、インドにおける仏教の衰退とともに忘れ去られていましたが、19世紀初頭に英国駐留軍の士官がトラ狩りの最中に偶然「発見」し、再び日の目を見ることとなりました。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(vi)
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アッコの旧市街

Old City of Acre
アッコの旧市街
イスラエル北部の地中海に面するアッコは、フェニキア時代から継続的に居住されてきた、城壁に囲まれた港街です。1104年、第1回十字軍の指導者の1人であるボードゥアン1世がアッコを占領し、パレスチナにおける十字軍活動の拠点として港湾都市が築かれました。1187年、アイユーブ朝のサラディン軍によってエルサレムが征服された後、アッコはエルサレム王国最後の拠点となりましたが、1291年にマムルーク朝の攻撃を受けて陥落しました。その後、200年以上にわたりマムルーク朝によって統治されました。アッコの地下には、十字軍によって築かれた要塞やキリスト教の礼拝堂、要塞と港をつなぐトンネル、商店街など十字軍の遺構がそのまま埋もれており、十字軍によって築かれた街全体が遺跡として残っている唯一の例であるとされています。
地域: 西・南アジア / 国名: イスラエル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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アッシュル(カラット・シェルカット)

Ashur (Qal'at Sherqat)
アッシュル(カラット・シェルカット)
バグダッドの北約390km、メソポタミアのチグリス川中流域に位置するアッシュルは、かつて存在したアッシリア帝国最初の首都となった都市です。現在ではカラット・シェルカットと呼ばれています。都市の起源は紀元前3千年紀前半、シュメール人の初期王朝が存在していた時代に遡ります。アッカド帝国(紀元前2334~前2154年頃)の時代には重要な中心地であり、ウル第3王朝(紀元2112~前2004年頃)には統治下に置かれていました。紀元前14世紀から前9世紀にかけては、アッシリア帝国の都が置かれ、西アジアの交易都市として発展していきます。しかし、紀元前612年に新バビロニアとメディアにより破壊され、その後1~2世紀のパルティア時代に都市は再建されました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラク共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (iii)(iv)
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アフラージュ-オマーンの灌漑システム

Aflaj Irrigation Systems of Oman
アフラージュ-オマーンの灌漑システム
アフラージュとは、井戸の底を横穴でつなげた灌漑システムのことです。そのもととなるファラジ(アフラージュはファラジの複数形)はオマーンに約3,000あると言われています。その歴史は古く、紀元前2500年頃から存在していたという説もあります。アフラージュでは地下水や地表水などの限られた水資源が収集され、家庭用およびナツメヤシを含めた農業用水として公平に分配されました。その際、日時計などで各水路に水を流す時間を管理していました。このあたりは年間降水量が非常に少ないため、水の分配は命に関わることでした。先人たちの知恵により造られたこれらの灌漑施設は、今でも現役で稼働しており、重要な役割を果たしています。
地域: 西・南アジア / 国名: オマーン国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (v)
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アル・アハサ・オアシス:進化する文化的景観

Al-Ahsa Oasis, an Evolving Cultural Landscape
アル・アハサ・オアシス:進化する文化的景観
アラビア半島東部に位置するアル・アハサ・オアシスは紀元前の新石器時代から人々が住んでいることが証明されている、世界最大のオアシスです。また、250万本ものナツメヤシが生育し、1960年代に大量生産技術が導入されるまでは、世界最大のナツメヤシ生産地でありました。今でもナツメヤシはこの地の人々にとっては主食であり、地元住民はナツメヤシの包装や販売、流通に深く携わっています。また、このオアシスには庭園や運河、農業用排水湖など12の構成資産が残り、素晴らしい文化的景観が広がっています。
地域: 西・南アジア / 国名: サウジアラビア王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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アル・ズバラ考古学的地区

Al Zubarah Archaeological Site
アル・ズバラ考古学的地区
ペルシャ湾沿岸の城壁に囲まれた町アル・ズバラは、18世紀後半から19世紀初頭にかけての約50年間という短い期間に真珠採取と貿易の中心地として繁栄しました。クウェート出身のウトゥブ商人によって築かれ、真珠の輸出で大きな役割を果たし、最盛期にはインド洋、アラビア半島、西アジアとの広範な貿易関係が築かれました。アル・ズバラは現在のカタール沿岸部やペルシャ湾岸地域に栄えた要塞化された交易都市の一つであり、イスラム初期あるいはそれ以前から20世紀にかけて続いた沿岸都市の交易と真珠採取の伝統を示す優れた証拠とされています。また、オスマン帝国やヨーロッパ諸国、ペルシャなどの大国の支配を受けることなく繁栄した小さな独立国家群の発展を促し、最終的には現代の湾岸諸国の成立につながった都市基盤の好例と見なされています。
地域: 西・南アジア / 国名: カタール国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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アルダビールのシャイフ・サフィ・アッディーン廟と関連建造物群

Sheikh Safi al-din Khānegāh and Shrine Ensemble in Ardabil
アルダビールのシャイフ・サフィ・アッディーン廟と関連建造物群
イラン北西部のアルダビールはイスラム王朝サファヴィー朝の前身であるイスラム教神秘主義(スーフィズム)のサファヴィー教団発祥の地です。ここには16世紀から18世紀初頭にかけてサファヴィー朝王家の関連建物が建設され、複数の王や王族も埋葬されました。この地には霊廟の他にモスク・図書館・学校・公衆浴場・バザール等様々な施設が限られた空間を最大限に活用して建てられており、さながら小さな都市のようです。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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アル・ヒジルの考古遺跡(マダイン・サレハ)

Hegra Archaeological Site (al-Hijr / Madā ͐ in Ṣāliḥ)
アル・ヒジルの考古遺跡(マダイン・サレハ)
以前は「ヘグラ」の名称で呼ばれていたこの「アル・ヒジルの考古遺跡」は、サウジアラビアで最初に登録された世界遺産です。紀元前1世紀から紀元後1世紀ごろにかけて栄えた遊牧民族のナバテア人が築いた街で、預言者サレハの名から「サレハの街」と呼ばれています。同じナバテア人によるヨルダンのペトラ遺跡より南に現存するナバテア文明の中では最大の遺跡です。4つの大規模な墓地があり、装飾された94基の墓石群のほか、神殿、用水路や貯水槽などの遺跡が良好な状態で保存されています。また、ナバテア文明以前の洞窟画や碑文も約50発見されており、これらは紀元前3~前2世紀頃にこの地に住んでいたリヤーン人のものであると考えられています。
地域: 西・南アジア / 国名: サウジアラビア王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (ii)(iii)
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イエス洗礼の地「ヨルダン川対岸のベタニア」(アル・マグタス)

Baptism Site “Bethany Beyond the Jordan” (Al-Maghtas)
イエス洗礼の地「ヨルダン川対岸のベタニア」(アル・マグタス)
死海から北に9kmのヨルダン川の東岸に位置するこの考古遺跡は、ナザレのイエスが洗礼者ヨハネから洗礼を受けた場所であるといわれています。遺跡は預言者エリヤが天に昇ったとされる聖エリヤの丘と、洗礼者である聖ヨハネ教会群の2つの地区で構成されています。ローマ帝国やビザンツ帝国の時代の教会や礼拝堂、修道院、洗礼のための水場などが残っており、古くからキリスト教徒の重要な巡礼地になっています。そのためカトリック教徒だけでなく、正教会や英国国教会など様々な宗派のキリスト教徒がこの地を訪れており、先代のローマ教皇であるフランシスコ法王も2014年に訪れています。
地域: 西・南アジア / 国名: ヨルダン・ハシェミット王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (iii)(vi)
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イスファハーンのイマーム広場

Meidan Emam, Esfahan
イスファハーンのイマーム広場
1598年、サファヴィー朝の第5代王アッバース1世(在位:1588~1629年)は首都をイスファハーンに定め、壮大な都市建設に着手しました。旧市街に隣接して新市街を建設し、その新旧をつなぐ地に築かれたのがイマーム広場です。南北510m、東西160m、面積約9万㎡の広大な長方形の広場は、上下2層構造の回廊アーケードで囲まれており、1階部分には現在も店舗などが入っています。また、アーケードの4辺にはそれぞれ重要な建造物が配置され、東にシェイフ・ロトフォッラー・モスク、西にアリー・カプー宮殿、南にイマーム・モスク、北にはバザールの入口となるカイセリーヤ門があります。現在では芝生や池が配され公園のようになっていますが、元は一面砂地の平らなグラウンドで、各種の儀式やペルシア発祥のポロ競技、さらには公開処刑などが行われていました。1979年のイラン革命以後は「王(シャー)」という名称をやめ、イスラムの宗教指導者を意味する「イマーム」という名を冠して呼ぶようになりました。ペルシア語では「世界の写絵」を意味するナクシェ・ジャハーン広場とも呼ばれています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(v)(vi)
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イスファハーンのマスジェデ・ジャーメ(金曜モスク)

Masjed-e Jāmé of Isfahan
イスファハーンのマスジェデ・ジャーメ(金曜モスク)
イスファハーンのマスジェデ・ジャーメ(金曜モスク)は、8世紀後半のアッバース朝時代につくられたモスクを起源とする、イスファハーンで最も古いモスクです。創建時は日干しレンガ造りでしたが、12世紀の大火後に再建され、ササン朝ペルシア時代の宮殿建築で用いられた「4(チャハル)イーワーン」と呼ばれる様式をイスラム教の宗教建築と融合させた最初の建築となりました。「イーワーン」とは、三方を壁で囲み、開けた前方部たアーチが設けられた空間のことです。それを4つ向かい合わせ、中庭を4方向から取り囲むのが「4イーワーン」です。これによりモスクはより壮大なものとなり、モスク設計における新しいレイアウトと美学の原型となる建築物となりました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (ii)
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イラク南部のアフワル:生物多様性の保護地域とメソポタミアの都市の残存景観

The Ahwar of Southern Iraq: Refuge of Biodiversity and the Relict Landscape of the Mesopotamian Cities
イラク南部のアフワル:生物多様性の保護地域とメソポタミアの都市の残存景観
紀元前5000年から前3000年ごろ、一帯の海水面は現在の海岸線よりも約200㎞内側にあり、湿地帯はさらに内陸に広がっていました。前4000~前3000年にかけて、ティグリス川とユーフラテス川が合流するデルタ地帯周辺に、ウルク、ウル、エリドゥといったシュメール都市が発展しました。前2000年以降、2本の川は分岐して海岸線は南東に後退を始め、気候の乾燥化が進んで湿地が干上がると、メソポタミア南部の諸都市は衰退しました。一方で、川の下流では新たな沼地が形成され、現在見られるアフワルの湿地はこの時期に形成されたものと考えられています。イラク南部の極度に高温で乾燥している環境下では、湿原は多くの生物の生息地であり、かつ生物多様性が見られる重要な場所となっており、水鳥たちの保護を目的としたラムサール条約にも登録されています。また、2つの川の沼沢デルタ地域には、ウルクやウルといった古代メソポタミア文明初期のシュメールの都市遺跡があり、紀元前4000年に遡る建造物や遺物が残る、考古学的に重要なエリアとなっています。イラク南部の4つの湿原と3つの考古遺跡を含むエリアが複合遺産として登録されています。 
地域: 西・南アジア / 国名: イラク共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iii)(v)(ix)(x)
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イラン縦貫鉄道

Trans-Iranian Railway
イラン縦貫鉄道
『イラン縦貫鉄道』は、イラン北部のカスピ海に面する都市バンダレ・トルキャマンから、南部のペルシア湾沿岸のバンダレ・エマーム・ホメイニーまでを結ぶ、全長1,394?の路線です。首都のテヘランを境に、北側の路線は461?に30駅を擁し、南側の933?には59駅があります。この間、鉄道は4つの異なる気候帯(カスピ海周辺の湿潤温暖気候、山岳地帯の寒冷気候、中央高原の乾燥気候、ペルシア湾周辺の高温多湿気候)を通過し、森林や高山、砂漠など多様な地形を横断します。 鉄道のレール幅(軌間)は、現在世界で最も普及している1,435?(標準軌)が採用されました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)(iv)
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イランのアルメニア教会修道院群

Armenian Monastic Ensembles of Iran
イランのアルメニア教会修道院群
イラン北西部、アルメニアとの国境に近い地域にあるアルメニア正教会の修道院と聖堂です。ここは古代アルメニアの土地でした。古代アルメニアは4世紀初頭に世界で初めてキリスト教を公認した国です(ローマ帝国より30年ほど早いです)。そしてこの地はアルメニア正教の中心地となり、現在でも重要な巡礼地となっています。アルメニア正教の遺構として残っているのが3つの修道院と聖堂です。そのうちの最古のものは7世紀に建てられた「聖タデウス修道院」で、イエスの十二使徒の一人タデイにちなんでいます。「聖ステファノ修道院」と「生神女マリア聖堂」もアルメニアの伝統様式で建てられており、貴重な遺構です。これらの建物は、地震等での倒壊はあったもののその後再建され、この地を支配したイスラム教の王朝からも保護されてきました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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インドの山岳鉄道群

Mountain Railways of India
インドの山岳鉄道群
インドには英国統治時代に開通した山岳鉄道がいくつかあります。そのなかで、インド北東部の有名な紅茶の産地であるダージリン地方にあるのが1881年開通の「ダージリン・ヒマラヤ鉄道」で、1999年に世界遺産に登録されました。その後2005年には南西部にある「ニルギリ山岳鉄道」、2008年には北西部の「カールカ=シムラー鉄道」が世界遺産に追加登録され、現在この3路線が「インドの山岳鉄道群」として世界遺産になっています。いずれも19世紀後半の最新技術を駆使した都市と山岳地を結ぶ鉄道建設の代表例です。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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エディルネのセリミエ・モスクとその関連施設

Selimiye Mosque and its Social Complex
エディルネのセリミエ・モスクとその関連施設
エディルネはブルサに代わるオスマン帝国2番目の都であり、1453年に都がイスタンブルに移るまで都として栄えました。そのエディルネに、オスマン帝国を代表する建築家、ミマール・スィナンがセリミエ・モスクを設計したのは16世紀後半。イスタンブルが都になってからもエディルネは副都として機能し、特にセリム2世がこの地を気に入っていたため、壮大なモスクの建設をスィナンに命じました。巨大なドームと4本の細いミナレット(尖塔)からなるこのモスクは、イスタンブルにある多くのモスクにも負けない存在感を放っています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (i)(iv)
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エルビル城砦

Erbil Citadel
エルビル城砦
イラク北部のクルド人自治区の都市エルビル(アルビルとも)の楕円形の丘の上にある城砦です。ここには新石器時代~銅器時代の紀元前5,000年頃(シュメール文明以前)にはすでに人が住んでいたことが文字記録によりわかっています。その後紀元前2,000年頃には、古代アッシリアの中心都市「アルベラ」があり、アッシュールバニパル王の宮殿があったといわれています。ここは数千年に亘って人がずっと居住していた場所です。城砦は長い歴史のなかで破壊・崩壊と再建を繰り返し、現在の城塞はオスマン帝国時代に整備されたものです。堅牢な高い城壁は難攻不落の城のたたずまいです。
地域: 西・南アジア / 国名: イラク共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (iv)
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エレファンタ島の石窟寺院群

Elephanta Caves
エレファンタ島の石窟寺院群
インド西部のムンバイ湾に浮かぶ島(旧名ガラブリー島)は、16世紀にポルトガル人が上陸した際、巨大な象の石像があったことから「エレファンタ島」と名付けられました。ここにはヒンドゥー教の石窟寺院があり、シヴァ信仰の中心地となっています。石窟寺院の建造時期は諸説ありますが、概ね6世紀ごろから8世紀にかけて造られたようです。この島には他に古代の考古学遺跡がいくつか存在し、紀元前2世紀ごろから人々の居住の痕跡がみられます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(iii)
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エローラーの石窟寺院群

Ellora Caves
エローラーの石窟寺院群
『エローラーの石窟寺院群』は、5世紀頃から10世紀頃にかけて造営された石窟寺院群です。インドのデカン高原西部の岩山の南西面に約2kmにわたって、仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の3つの宗教の石窟寺院が34存在します。最初に掘られたのは仏教窟で、5世紀〜8世紀に第1窟から第12窟までつくられました。そのうち第10窟(ヴィシュヴァカルマ窟、「大工の石窟」とも)は最も有名な仏教窟のひとつで、内部には木造を模した高い天井が広がり、仏陀が椅子に座っている様子を表現した仏倚坐像が、仏塔(ストゥーパ)を背にして鎮座しています。このように、石窟寺院の内部に仏塔や仏像を安置して礼拝する祠堂をチャイティヤ窟といいます。仏教窟の最北端に位置する第12窟(ティーン・タル窟)は3層構造でつくられており、仏教窟の中では最も大きな窟です。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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カジュラーホの寺院群

Khajuraho Group of Monuments
カジュラーホの寺院群
インド中部のカジュラーホには、チャンデーラ朝時代に建設されたヒンドゥー教とジャイナ教の寺院群が残されています。10世紀から11世紀に85カ所ほどの寺院が建てられたといわれますが、現在残っているのは25カ所です。3つのエリアに分かれていて、西部はすべてヒンドゥー教寺院、東部はジャイナ教寺院が多く、南部はヒンドゥー教寺院が2つです。これらの寺院群はこの地の伝統的様式であるナガラ様式の寺院建築の独創性と高い品質を示し、北インドにおける寺院建築の頂点といわれます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(iii)
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カジランガ国立公園

Kaziranga National Park
カジランガ国立公園
インド東部アッサム州にある世界最大のインドサイの保護区です。インド第二の大河ブラフマプトラ川の流域に広がる広さ42,996haの国立公園で、定期的な川の氾濫によってできる「ジールス」と呼ばれる小湖沼が、インドサイの絶好の生息地となっています。インドサイは、その角が漢方薬として珍重されたため、密猟され絶滅の危機に瀕していました。現在地球上で2,000頭ほどが生息しているとされるインドサイのうち1,200頭がこの地で確認されています。また、トラ、象、水牛などの貴重な生物の他、多くの鳥類も生息しています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (ix)(x)
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カルハットの古代都市

Ancient City of Qalhat
カルハットの古代都市
オマーンの東海岸に位置するカルハットは、11~16世紀にかけてのホルムズ王国の主要港として栄えた都市です。都市は二重の壁で囲われており、城壁の外には共同墓地も存在していました。アラビア半島東岸沿いの重要な港として、インドと東アジア、東南アジア、そしてアラビア半島を結ぶ貿易の中心地として機能していました。ナツメヤシや真珠、馬や香料といった交易品を輸出することにより潤いましたが、ポルトガルの攻撃を受けた後、16世紀に放棄されました。
地域: 西・南アジア / 国名: オマーン国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (ii)(iii)
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カンチェンジュンガ国立公園

Khangchendzonga National Park
カンチェンジュンガ国立公園
インド北部シッキム州のヒマラヤ山脈に位置する『カンチェンジュンガ国立公園』は、標高8,586mの世界第3位の高峰カンチェンジュンガを中心とする国立公園です。標高差は最大でおよそ7.3km(標高1,220m〜8,586m)もあり、ヒマラヤ山脈の中でも非常に急峻な地形が特徴です。この高度差によって気候や降水量の違いが生じ、亜熱帯から高山地帯まで多彩な生態系を有しています。園内には非常に多様な動植物が生息しており、固有種や希少種の多さも評価されています。また、多数の湖や氷河が点在しており、その中には全長26kmのゼム氷河も含まれます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iii)(vi)(vii)(x)
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キナリグ人の文化的景観と移牧の道「カッチ・ヨル」

Cultural Landscape of Khinalig People and “Köç Yolu” Transhumance Route
キナリグ人の文化的景観と移牧の道「カッチ・ヨル」
キナリグ人の文化的景観と移牧の道「カッチ・ヨル」は,アゼルバイジャン北部の大コーカサス山脈に位置するキナリグ村と,夏営地(ヤイラク)および段々畑,さらにアゼルバイジャン中部の低地平野にある冬営地(キシュラク),そしてそれらを結ぶ200kmに及ぶ季節的な移牧ルート「カッチ・ヨル」から成る,連続した文化的景観です。標高約2,200mのキナリグ村は,半農半牧生活を営むキナリグ人の故郷であり,彼らの文化と生活様式は,ヤイラクとキシュラク間の季節的な垂直移動によって特徴づけられています。キナリグ人は,古代から伝わる長距離の移牧の方法を現在も受け継いでいます。
地域: 西・南アジア / 国名: アゼルバイジャン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iii)(v)
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グレート・ヒマラヤ国立公園保護地区

Great Himalayan National Park Conservation Area
グレート・ヒマラヤ国立公園保護地区
ここはヒマラヤ山脈西部の約90,000haに広がる国立公園です。標高2,000mの谷あいの川の流域から6,000mの高山地帯まで広がり、標高に対応した独自の生態系が見られます。山頂部の万年雪や氷河の雪解け水はいくつもの川となって下流の森林や多様な生物を育み、遠くインダスの大河へ合流していきます。ここはインド亜大陸の熱帯性の生物と中央アジアの温帯性生物がモザイク状に生息し、ヒマラヤ山脈における生物多様性のホットスポットとなっています。鳥類ではハイイロジュケイや哺乳類ではジャコウジカなどの絶滅が危惧される貴重な生物もいます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (x)
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ケオラデオ国立公園

Keoladeo National Park
ケオラデオ国立公園
インド北西部のラジャスタン州にある渡り鳥の保護区です。この地にあるシヴァ神を祀った寺院にちなんでケオラデオ(केवलादेव)と名づけられました。広さは2,873haで、湿地や森林、草原がモザイク状にひろがり、その9割は沼沢地です。北からの渡り鳥の飛行路の途中にあり、水場が豊富なため、冬にはカモ、ガン、ペリカン、シギ等の大群が飛来します。絶滅危惧種であるソデグロツルにとっての越冬地としても知られ、約350種の野鳥が生息しています。元々は19世紀にこの地のマハラジャの狩猟場として整備されたところで、今は「鳥類の楽園」となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (x)
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ゴアの聖堂と修道院

Churches and Convents of Goa
ゴアの聖堂と修道院
インド西部の港町「オールド・ゴア」と呼ばれる地には、多くのキリスト教の聖堂と修道院があります。ここは15世紀にビジャープル王国が建設した町でしたが、16世紀にポルトガルが占領し、ポルトガル領インドの行政府が置かれました。貿易で栄え、人口20万人以上の都市となります。16世紀の前半は目立ったキリスト教化は行われませんでしたが、16世紀半ば以降はヒンドゥー教寺院などが破壊され、キリスト教化が進みました。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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国立歴史文化公園“メルヴ”

State Historical and Cultural Park “Ancient Merv”
国立歴史文化公園“メルヴ”
トルクメニスタンは、中央アジア南西部に位置し、同国のカラクム砂漠南端にあるメルヴは、シルク・ロードの要衝として栄えたオアシス都市で、最も古く、かつ最も良い状態で残っている都市遺跡です。紀元前6世紀から盛衰を繰り返し、セルジューク朝の首都となった12世紀頃には最盛期を迎えました。文化の中心地としても重要となり、多くのイスラム教学者などが訪れました。一時期はさまざまな宗教が共存し、イスラム教、ゾロアスター教、キリスト教に関する遺構のほか、仏塔や僧院跡など世界最西端の仏教遺跡が現存しています。1221年にモンゴルの軍勢によって滅ぼされました。
地域: 西・南アジア / 国名: トルクメニスタン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iii)
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