World Heritage Sites

世界遺産一覧

("大航海時代"関連)

アゾレス諸島の港町アングラ・ド・エロイズモ

Central Zone of the Town of Angra do Heroismo in the Azores
アゾレス諸島の港町アングラ・ド・エロイズモ
ポルトガル本土から飛行機で約2時間半、北大西洋に浮かぶアゾレス諸島は9つの島から成る火山群島です。15世紀初頭にポルトガル人が発見し、植民地としました。この群島の中心部、テルセイラ島にある「アングラ・ド・エロイズモ」は、大航海時代に、欧州と新大陸、アフリカ西海岸とを行き交う船の寄港地として栄えた港湾都市です。ここは、天然の港に恵まれ、航海に欠かせない真水の供給が可能であったこと、防御に最適な環境であることなど、港湾都市としての要素を備えていました。そして、戦略的にも有利なロケーションにあったことから、19世紀に蒸気船が登場するまで、新大陸への中継地として発展しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (iv)(vi)
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石見銀山遺跡とその文化的景観

Iwami Ginzan Silver Mine and its Cultural Landscape
石見銀山遺跡とその文化的景観
石見銀山は、16世紀から20世紀にかけて銀の採掘が行われた鉱山遺跡で、鉱山跡、精錬施設、鉱山町、街道、港町などが含まれます。これらの遺構は、当時の銀生産技術や人々の暮らしを物語っており、特に600ほどある手掘りの坑道「間歩」は、ノミと金槌で掘られた跡が残っており、当時の技術を今に伝えています。 また、銀生活や住民たちの生活で仕様された薪炭材の供給源であった森林をはじめ、豊かな自然環境も残されています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古遺跡

Historic Centre of Oaxaca and Archaeological Site of Monte Albán
オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古遺跡
メキシコ南部のオアハカ州に位置する「オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古遺跡」はモンテ・アルバンの考古遺跡とオアハカ・デ・フアレス(オアハカ)の歴史地区の異なる2つの文化遺産で構成されます。モンテ・アルバン考古遺跡はサポテカ文明の中心都市として繁栄したオアハカ渓谷における重要な考古遺跡です。一方でオアハカは16世紀のスペイン植民地時代の植民都市や都市計画の好例となった歴史都市です。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ガーナのベナン湾沿いの城塞群

Forts and Castles, Volta, Greater Accra, Central and Western Regions
ガーナのベナン湾沿いの城塞群
西アフリカ・ガーナのベナン湾沿いには、およそ500㎞にわたり城塞群が点在します。これは、15世紀末から18世紀末にかけてヨーロッパ人により築かれたものです。もとは、ポルトガルからの航海者たちが、この地の金鉱脈に目をつけ、交易拠点として建設したのが始まりです。ガーナは「黄金(ゴールド)海岸(コースト)」という呼び名があるほどの金の産地で、そのほかにも、象牙や香辛料などが取引されていました。やがて、スペイン人、デンマーク人、スウェーデン人、オランダ人、ドイツ人、イギリス人も交易に参入し、覇権争いが繰り広げられることになります。そのような歴史のなかで築かれた城塞は60にも及びました。そのうちの3分の1程度が現存し、博物館や学校として活用されているものもあります。
地域: アフリカ / 国名: ガーナ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (vi)
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カセレスの旧市街

Old Town of Cáceres
カセレスの旧市街
カセレスの旧市街は、イベリア半島南西部に位置する1,174mの城壁に取り囲まれた街です。かつてローマ帝国によって築かれた旧市街は、8世紀初頭にイスラム教徒の支配下になりました。現存する城壁はローマ時代の基盤を利用して、12世紀のムワッヒド朝時代に大規模に再建されたものです。城壁沿いには旧市街を見渡せるブハコの塔や、八角形の形が特徴のモチャダの塔、近くにパン焼き窯があったことからその名がついたオルノの塔(オルノはスペイン語で「オーブン」の意)など、イスラム建築の特徴を持つ塔が複数現存しています。一方、城壁内にはイスラム時代の建造物はあまり残っていません。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (iii)(iv)
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カルタヘナの港、要塞、歴史的建造物群

Port, Fortresses and Group of Monuments, Cartagena
カルタヘナの港、要塞、歴史的建造物群
スペインが他のヨーロッパ諸国に先駆けて新大陸に進出したことは有名ですが、本遺産はそのスペイン黄金時代を今に伝えるものです。1533年6月1日、スペイン人のペドロ・デ・エレディアによって、カリブ海に面した半島に都市カルタヘナ(カルタヘナ・デ・インディアス)が建設されました。細長い地形をもつカルタヘナは、新大陸で産出された金銀やエメラルド、香辛料などを本国スペインへ積み出す港であり、多くの船が停泊できる複数の湾と天然の防御線となる狭い水路を兼ね備えた良港として発展しました。
地域: 南米 / 国名: コロンビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (iv)(vi)
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キトの市街

City of Quito
キトの市街
アンデス山脈の高地に築かれたエクアドルの首都キトは、新大陸における宗教の中心地のひとつとなった都市です。もともとこの地は、先住民のキトス族が築いた街でしたが、15世紀末にインカ帝国の支配下に入ると、クスコに次ぐインカ第2の都市として繁栄しました。しかし、1533年にスペイン人による侵略が始まると、インカの人々は自ら街を焼き払い、16世紀半ばには廃墟と化した街の跡にスペイン人が都市計画に沿った植民都市キトを建設しました。
地域: 南米 / 国名: エクアドル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1978年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ケープ植物区保護地域群

Cape Floral Region Protected Areas
ケープ植物区保護地域群
世界的にもまれな植物地域として認識される「ケープ植物区保護地域群」は、南アフリカの南端に広がる自然遺産です。地球上の植物相の特徴から6つの区域に分けたものを「植物区」と言います。その植物区のなかで最も小さいケープ植物区はアフリカ大陸の0.5%にも満たない面積ですが、圧倒的な生物多様性を誇ります。実にアフリカ大陸全体の約2割に及ぶ約9,000種が集中し、そのうちの69%が固有種という植物のホットスポットです。
地域: アフリカ / 国名: 南アフリカ共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ix)(x)
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ゴアの聖堂と修道院

Churches and Convents of Goa
ゴアの聖堂と修道院
インド西部の港町「オールド・ゴア」と呼ばれる地には、多くのキリスト教の聖堂と修道院があります。ここは15世紀にビジャープル王国が建設した町でしたが、16世紀にポルトガルが占領し、ポルトガル領インドの行政府が置かれました。貿易で栄え、人口20万人以上の都市となります。16世紀の前半は目立ったキリスト教化は行われませんでしたが、16世紀半ば以降はヒンドゥー教寺院などが破壊され、キリスト教化が進みました。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ゴフ島及びインアクセシブル島

Gough and Inaccessible Islands
ゴフ島及びインアクセシブル島
英国の世界遺産であるゴフ島とインアクセシブル島は、アフリカ大陸の南端と南アメリカ大陸の南端との中間に位置する、南大西洋上に浮かぶ島です。この2つの島は人間界から隔絶され、亜寒帯の海洋性気候でしばしば暴風雨に見舞われる厳しい自然環境にあります。断崖が続く海岸線には、アルバトロス(アホウドリ)などの海鳥が、巨大な集団営巣地を形成しています。ゴフ島には、固有種の陸鳥が2種、固有種の植物が12種生息しており、また、インアクセシブル島ではマメクロクイナが有名ですが、これは「飛べない鳥」として世界で最も小さい種です。
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コロとその港

Coro and its Port
コロとその港
コロとその港は、1527年にスペイン人によって建設された、ベネズエラ最古の植民都市の一つです。17世紀以降、カリブ海に浮かぶオランダ領アンティル諸島との密貿易で繁栄しました。この町はカリブ海沿岸におけるスペイン初期の植民地開発の中心地であり、当時の都市計画がそのまま保存されています。ボリバル広場に面した16世紀建造の教会など、約600もの歴史的建造物が残されており、ヨーロッパ列強の進出と植民地時代の生活様式を今に伝える貴重な文化的遺産として、その歴史的価値が認められています。
地域: 南米 / 国名: ベネズエラ・ボリバル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (iv)(v)
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サルヴァドル・デ・バイアの歴史地区

Historic Centre of Salvador de Bahia
サルヴァドル・デ・バイアの歴史地区
サルヴァドル・デ・バイアは、1549年から1763年までブラジルの初代首都であり、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ先住民の文化が融合した都市です。​特に1558年からは、新世界初の奴隷市場が設けられ、サトウキビプランテーションでの労働力として多くのアフリカ人が連れてこられました。​この歴史的背景は、現在のサルヴァドルの文化や社会に深く影響を与えています。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (iv)(vi)
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サン・クリストバル・デ・ラ・ラグナ

San Cristóbal de La Laguna
サン・クリストバル・デ・ラ・ラグナ
大西洋のアフリカ沖に浮かぶカナリア諸島最大の島テネリフェ島に『サン・クリストバル・デ・ラ・ラグナ』は位置しています。ここは後のアメリカ大陸における植民地政策のモデルとなった都市です。1497年、アケレ谷の標高550mにある山の手地区の旧市街(アッパータウン)とは別に、新たな都市計画として新街区の下町地区(ロワータウン)が開発されます。旧市街の東1kmにある下町地区では、広々とした区間に大聖堂や病院などが規則正しく配列されました。サン・クリストバル・デ・ラ・ラグナは、要塞を持たない最初のスペイン植民都市であり、現在は大学都市としても広く知られています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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シダーデ・ヴェーリャ、リベイラ・グランデの歴史地区

Cidade Velha, Historic Centre of Ribeira Grande
シダーデ・ヴェーリャ、リベイラ・グランデの歴史地区
アフリカ西部セネガルの西方沖合の大西洋に浮かぶ島国カーボ・ヴェルデには、15世紀半ばにポルトガルが建設した植民都市リベイラ・グランデがあります。1494年のスペインとのトルデシリャス条約により、アフリカにおける交易の独占権を得ていたポルトガルはここに交易の拠点として、ヨーロッパ諸国としては初の熱帯地域における植民都市を建設しました。しかし、その交易による富を狙って、他のヨーロッパ諸国から度々攻撃を受けることになり、要塞(サン・フェリペ要塞)も造られました。一方で文化の面では、植民政策や奴隷貿易の拠点であったことから、各地の文化が混ざり合い「クレオール文化」といわれる文化が花開きました。18世紀以降、都市は荒廃し「古い町」という意味のシターデ・ヴェーリャと呼ばれることになります。
地域: アフリカ / 国名: カーボヴェルデ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2009年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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植民都市サント・ドミンゴ

Colonial City of Santo Domingo
植民都市サント・ドミンゴ
カリブ海に浮かぶ島国ドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴは、1492年にクリストファー・コロンブスが到着してから、新大陸最古のスペイン植民地政策の活動拠点となった都市です。都市は1498年にコロンブスの弟バーソロミュー・コロンブスによって築かれました。マヨール広場を中心に格子状に街路が交わる配置は、その後の新世界における都市計画に影響を与えました。代表的な建築物には、16世紀初めに完成した新大陸最古の病院サン・ニコラス・デ・パリ病院があります。新大陸最古の大聖堂であるサンタ・マリア・ラ・メノール大聖堂はゴシック様式とルネサンス様式の特徴を併せ持っています。コロンブスの遺骨を納めた棺が安置されていましたが、1992年にコロンブス記念灯台に移されました。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: ドミニカ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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セビーリャの大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館

Cathedral, Alcázar and Archivo de Indias in Seville
セビーリャの大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館
スペイン南西部の都市セビーリャに残る大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館は、イスラム文化の痕跡、カトリック教会の権力、王室の主権、そしてスペインがアメリカ大陸の植民地を通じて獲得した貿易力を示す建造物群です。1403年にモスクの跡地に建設された大聖堂は、五廊式の構造をもつ世界で最も広大で豪華な宗教建築のひとつです。クリストファー・コロンブスの墓があることでも知られています。隣接する「ヒラルダの塔」は、1172〜98年にムワッヒド朝のヤアクーブ・アルマンスールが、大モスクのミナレットとして建設したもので、レコンキスタ(国土回復運動)後に鐘楼に転用されました。頂上には塔の名前の由来となった、キリスト教信仰の勝利を表す女性の銅像「ヒラルディージョ」が設置されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(vi)
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チロエの教会堂群

Churches of Chiloé
チロエの教会堂群
チリ南部にあるチロエ諸島には、1567年からのスペイン統治下で建てられた木材教会堂が残されています。17世紀のイエズス会は、年に一度各地のミッションを巡回・滞在する「巡回宣教」を行っており、その活動のため教会堂が建設されるようになりました。19世紀末までに100棟以上が建てられ、50棟あまりが現存しています。1767年にイエズス会がスペインの海外領土から追放された後は、フランシスコ会がチロエでの活動を継承しました。教会群は現在も信仰の場であり、地元コミュニティによる宗教行事が定期的に行われています。
地域: 南米 / 国名: チリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)
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パドレ・テンブレケ水利施設の水道橋

Aqueduct of Padre Tembleque Hydraulic System
パドレ・テンブレケ水利施設の水道橋
パドレ・テンブレケ水利施設の水道橋は、メキシコ中央高原のメキシコ州からイダルゴ州にかけて約48kmにわたり延びる水道橋です。1555年から1572年にかけて建設されました。一段のアーチで築かれた水路としては最も高いものを組み合わせて建設されています。テペヤワルコにあるアーチ型の水道橋は水路の部分で約40mの高さがあり、アーチの部分でも約34mの高さがあります。水利システムは古代ローマ時代の水利技術から受け継がれるヨーロッパ伝統の技術とアドベ(日干しレンガ)を用いた伝統的なメソアメリカの建築技術との交流を示す一例となっています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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パナマの植民地時代の地峡横断ルート

The Colonial Transisthmian Route of Panamá
パナマの植民地時代の地峡横断ルート
「パナマの植民地時代の地峡横断ルート」は、2025年にフランス・パリで開催された第47回世界遺産委員会で、世界遺産に登録されました。これに先立ち、1997年には「パナマ・ビエホ考古遺跡とパナマの歴史地区」が独立した世界遺産として登録されていましたが、2025年の登録に伴い、それらは新たな遺産「パナマの植民地時代の地峡横断ルート」の構成資産として統合されました。16世紀以降、パナマ地峡はイベリア半島とアメリカのスペイン王国の植民地、フィリピン諸島、カナリア諸島間の物資や人の輸送を円滑にする世界的な戦略的資産となりました。連続した土地は、地峡を横断した証拠であり、戦略的に要塞化された集落、歴史的な町、考古学的遺跡、そしてカリブ海と太平洋を結ぶ道路などが含まれています。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: パナマ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ハバナの旧市街と要塞群

Old Havana and its Fortification System
ハバナの旧市街と要塞群
この地にスペイン人が入ってきたのは、1492年のコロンブスのキューバ上陸の頃です。彼は約40日間に渡りキューバを探検しましたが、彼は亡くなるまでこの地をアジアと思っていました。その後、この地はアジアではなく一つの島であることが判明し、1511年、ディエゴ・ベラスケスがキューバを征服してからは、キューバに居住区が次々と建設されていきます。しかし、16世紀まではまだまだ街といえるほどのものではなく、街が発展していくのは17世紀に入ってからです。徐々に発展し、バロック様式とイスラームの要素を取り入れたスペインのムデハル様式が合体したスペイン・バロック様式が採用されていき、後述する要塞と合わせて、ヨーロッパの世界観を醸し出す市街が形成されていくのです。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: キューバ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (iv)(v)
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ビガンの歴史地区

Historic City of Vigan
ビガンの歴史地区
フィリピン北部、ルソン島の南シナ海を望む港街ビガンは、スペイン植民地時代の面影を色濃く残しています。 16世紀後半にスペインの植民地として築かれ、中国やメキシコとの交易の拠点として繁栄しました。街はスペインの都市計画に基づいて碁盤目状に整備されています。石畳の通りには、外観はスペイン風だが、中国やフィリピンの伝統的な建築様式が採用された家屋が並んでいます。石と木を組み合わせた家屋はタガログ語で「バハイ・ナ・バト」と呼ばれています。中国やイロカノ、フィリピンの要素が混在しているという点で、スペイン植民地であったラテンアメリカの諸都市とは顕著な違いが見られます。イロカノとは、ルソン島北西部のイロコス地域に住むマレー系の民族のことです。
地域: 東・東南アジア / 国名: フィリピン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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プエルト・リコの要塞とサン・フアン国立歴史地区

La Fortaleza and San Juan National Historic Site in Puerto Rico
プエルト・リコの要塞とサン・フアン国立歴史地区
プエルト・リコ島は、カリブ海の大アンティル諸島の最東端に位置しており、サン・フアン国立歴史地区には、スペイン統治時代の堅固な要塞と美しい町並みが残されています。16世紀初頭にスペイン人がこの地に入植して間もなく、広大な植民地が新大陸に形成され、プエルト・リコはその玄関口として機能するようになりました。スペインはこの貴重な島を250年以上かけて要塞化し、約400年にわたって精力的に防衛・支配を続けました。「豊かな港」を意味する「プエルト・リコ」の名の由来となったサン・フアン港の要塞群は、この地がいかに戦略的に重要であったかを如実に物語っています。
地域: 北米 / 国名: アメリカ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (vi)
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ブリムストーン・ヒル要塞国立公園

Brimstone Hill Fortress National Park
ブリムストーン・ヒル要塞国立公園
カリブ海のセント・キッツ島にあるブリムストーン・ヒル要塞は、17~18世紀のイギリスの軍事建設として、典型的な要塞です。英国軍の設計に基づき、アフリカ人奴隷によって建設され、100年以上の建築期間を経て巨大な要塞となりました。この要塞は、高さ230mの2つの峰を持つ火山丘の地形を利用して、沿岸防衛と市民の避難場所として機能しました。セント・キッツ島は、ヨーロッパ人(特にフランス人とイギリス人)によって植民地化された最初の西インド諸島として、この地域の覇権をめぐる戦いの舞台でした。ブリムストーン・ヒルがヨーロッパ人の軍事目的に使われたのは、1690年にイギリス人がフランス人を追い出すために大砲を設置したのが始まりです。1853年に英国軍が撤退した後も多くの遺構が残されており、植民地時代の歴史と軍事建築の発展を物語る貴重な遺産です。
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ポトシの市街

City of Potosí
ポトシの市街
ボリビア南部、植民地時代の記憶を今に伝えるポトシは、アンデス山の標高約4,000mに位置します。1542~1545年にかけて、ここで世界最大級の銀鉱脈が発見され、ヨーロッパの経済を一変させることになりました。後に「セロ・リコ」(富の山)と名付けられたこの銀山を効率的に運営するために、スペイン人によって建設された街がこのポトシです。銀を精錬する際には、水銀を用いたアマルガム法という当時の最新技術が用いられ、17世紀半ばまでの約100年間で、世界の銀産出量の約半分を占めました。ヨーロッパへの莫大な銀の流入は価格革命をもたらし、後の資本主義体制への移行の基盤となったとも言われています。
地域: 南米 / 国名: ボリビア多民族国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ポルトの歴史地区、ルイス1世橋とセラ・ド・ピラール修道院

Historic Centre of Oporto, Luiz I Bridge and Monastery of Serra do Pilar
ポルトの歴史地区、ルイス1世橋とセラ・ド・ピラール修道院
ドウロ川の河口に位置するポルトは海洋通商の中心地として発展したポルトガル第2の都市です。15世紀には大航海時代を導いたエンリケ航海王子の海外進出を支援しました。ポルトには12世紀以来、ポルトガル経済を支えた商人たちが築いた数多くの建造物が残っています。建造物にはロマネスクやゴシック、ルネサンス、バロック、新古典主義、近代といった時代を超えた様々な建築様式が存在しています。世界遺産に登録されているのはフェルナンド王の市壁の内側の部分です。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iv)
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メラカとジョージ・タウン:マラッカ海峡の歴史都市

Melaka and George Town, historic cities of the Straits of Malacca
メラカとジョージ・タウン:マラッカ海峡の歴史都市
マラッカ海峡に面した、古都メラカとペナン島のジョージ・タウンは、東洋と西洋の文化が重層的に融合した独自の都市景観を今に伝える港町です。ヨーロッパとアジアを結ぶ最短航路だったマラッカ海峡は、大航海時代から数多くの船が行き交う場所でした。この海峡の周辺はモンスーンの変わり目に位置するため、これらの港町は、風待ちのために停泊する中継地として栄えていきました。結果的にさまざまな国の人々が交流したことで、この場所では文化的な多様性が育まれ、非常に魅力的な都市となったのです。 
地域: 東・東南アジア / 国名: マレーシア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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モザンビーク島

Island of Mozambique
モザンビーク島
モザンビーク島は、モザンビーク共和国ナンプラ州にあり、インド洋のモスリル湾の入り口に位置しています。本土の海岸からは約4㎞沖合にある石灰質サンゴ礁で,1960年代に建設された橋によって本土と結ばれています。島は東にゴア島とセナ島という2つの小さな無人島を持ち、群島を形成しています。この島は10世紀頃からアラブの品物とアフリカで産出される金を交換するインド洋貿易の拠点として栄えてきました。アラブ商人たちは街を建設し、真珠、象牙、銀などを使った象嵌細工の技術や、繊細な彫刻が施された建築物など、アラブの文化を伝えました。
地域: アフリカ / 国名: モザンビーク共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iv)(vi)
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リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔

Monastery of the Hieronymites and Tower of Belém in Lisbon
リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔
ジェロニモス修道院は1502年に建設が始まり、ポルトガルの黄金時代を象徴する建築物です。ベレンの塔は、マヌエル1世が、エンリケ航海王子の偉業とヴァスコ・ダ・ガマの功績を記念して1514年に建設されました。両者はリスボン港の入り口に位置し、大航海時代の歴史的背景を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (iii)(vi)
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リマの歴史地区

Historic Centre of Lima
リマの歴史地区
リマの歴史地区は、1535年にフランシスコ・ピサロによって設立され、スペイン植民地時代の都市計画と建築が色濃く残る地域です。アルマス広場を中心に放射状に広がる街路網や、石畳の通り、アーチ型の橋など、当時の都市設計が今も息づいています。これらの要素は、南米の植民地都市の発展を示す貴重な証拠とされています。
地域: 南米 / 国名: ペルー共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (iv)
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レオン・ビエホの遺跡群

Ruins of León Viejo
レオン・ビエホの遺跡群
中米ニカラグア西部レオン市の東、プエルト・モトトンボの町の近くにある遺跡で、約32haにわたって広がっています。ここはスペイン植民地時代の1524年に建設されたアメリカ大陸における最古の西欧式都市のひとつです。この街は1578年に近くにあるモモトンボ火山の噴火で大きく破壊され、さらに1610年の大地震で壊滅しました。1968年になって、工事中に火山灰に埋もれていたラ・メルセー教会が偶然発見され、これをきっかけに広範な調査が開始され、現在17の植民地時代の遺構が発掘されています。この地は植民都市として大きく発展しなかったため、16世紀当時の姿がそのまま埋もれており、その遺構は当時の植民都市とスペイン本国の社会構造を知る上で貴重な手がかりを残しています。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: ニカラグア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (iii)(iv)
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