World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iv))

古代都市チョガー・ザンビール

Tchogha Zanbil
古代都市チョガー・ザンビール
ここはイラン西部にある古代エラム王国の聖都遺跡です。チョガー・ザンビールとは「大きな籠のような山」という意味ですが、エラム語では「ドゥル・ウンタシュ(ウンタシュの都)」と呼ばれていました。紀元前13世紀にウンタシュ・ナビリシャ王によってエラム王国の宗教的中心地として建設されました。三重の巨大な城壁に囲まれ、中心にはインシュシナク神を祀る5層の聖塔ジッグラトが立っています。これは当時は一辺が105mで高さ53mの巨大な焼きレンガ造りのジッグラトでメソポタミア以外では最大規模のものといわれています。今はその半分の高さしかありません。壁面には楔形文字で神々の名が刻まれています。紀元前640年ごろアッシリアのアッシュールバニパル王により破壊され、それ以後放棄されていましたが、1935年の油田調査の際に発見され保存状態がきわめて良好なため、イラン最初の世界遺産となりました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (iii)(iv)
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古代都市パルミラ

Site of Palmyra
古代都市パルミラ
シリアの首都・ダマスカスの砂漠の中央にあるオアシスの都市パルミラは、かつてナツメヤシが茂る地下水に恵まれた場所でした。「パルミラ」の名は、ギリシャ語でナツメヤシを意味する「パルマ」に由来しています。紀元前1世紀ごろから後3世紀の間、シルク・ロードの拠点として交易で栄え、129年にはローマ帝国のハドリアヌス帝から自由都市の資格を与えられました。パルミラの主神を祀るベル神殿や列柱道路、商人らを楽しませた円形劇場や浴場などが作られました。ギリシャ・ローマの西方文化とパルティア・ペルシアなどの東方文化の交差点に位置するパルミラの芸術と建築は、東西の文化と地元の伝統が融合し、独創的なスタイルを築きました。しかしローマ帝国からの独立に失敗したあと、街は破壊されました。
地域: 西・南アジア / 国名: シリア・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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古代ホタールの文化遺産群

Cultural Heritage Sites of Ancient Khuttal
古代ホタールの文化遺産群
タジキスタン南部のハトロン州に広がる『古代ホタールの文化遺産群』は、7世紀から16世紀にかけてシルクロードの要衝として栄えた歴史的地域で、古代バクトリアの一部であり、中世にはトハリスタンとも呼ばれていました。ここでは灌漑技術の発展と衰退が文化景観を左右し、移住や経済の変化、多様な民族の交流が織りなされました。塩・金・銀・馬などの交易を通じて文化・技術・宗教の往来が盛んに行われ、政治的にも経済的にも重要な役割を果たしました。その中心にあったのが10〜11世紀に築かれたカライ・フルブク宮殿で、堅固な城壁や煉瓦装飾、クーフィー体銘文を備えた宮殿です。さらに浴場やモスク、水道なども確認されており、それらは高度な都市計画を物語ります。世界遺産としては仏教寺院、宮殿、集落、製造施設、隊商宿など11件の遺跡が含まれ、古代から中世にかけてのこの地の政治・経済・文化の重要性を示す貴重な証拠となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: タジキスタン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (ii)(iii)
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胡朝の要塞

Citadel of the Ho Dynasty
胡朝の要塞
14世紀に建設された胡朝の要塞は、風水の原理に従って立地が定められており、トゥオン・ソン山とドン・ソン山を結ぶ軸線上に、マー川とブオイ川に挟まれた平野という、美しい景観の場所に位置しています。この城塞建築は、東南アジアにおける新たな様式の帝国都市の顕著な例となっています。特に、内城が大きな石灰岩のブロックで建設されている点は、建築技術と都市計画における新しい発展を象徴しており、東アジアおよび東南アジアにおける風水学的な都市計画の適応を示しています。
地域: 東・東南アジア / 国名: ベトナム社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iv)
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国境防衛都市エルヴァスとその要塞群

Garrison Border Town of Elvas and its Fortifications
国境防衛都市エルヴァスとその要塞群
ポルトガルのアレンテージョ地方、平野を見下ろす丘陵上にあるエルヴァスは、人口数万人の穏やかな街です。ここは、スペインとの国境近くに位置し、古来、軍事上の要地として知られていました。大掛かりな要塞化が進められたのは17世紀に入ってからで、特に、独立をかけたスペインとの戦争において重要拠点となりました。さまざまな軍事施設が建設され、世界最大級の空堀と稜堡という防御構造を持つ街へと変貌していきました。後には、ナポレオン軍との戦闘の舞台にもなりました。構成資産のひとつでもあるアモレイラ水道橋は、全長が7㎞あり、イベリア半島最長です。要塞が長期間の包囲攻撃に耐えるために、水の供給は最重要課題となっていました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (iv)
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古都京都の文化財

Historic Monuments of Ancient Kyoto (Kyoto, Uji and Otsu Cities)
古都京都の文化財
東、北、西を豊かな緑の山で囲まれた盆地にある京都は794年に平安京として建設され、19世紀半ばまで日本の首都として栄えました。千年以上にわたり日本の政治・経済の中心地であるとともに、各時代の文化を牽引してきました。12世紀までの神社や寺院に多く見られる和様や、16世紀末から17世紀初頭に用いられた装飾の多い桃山様式などの日本を代表する建築様式の多くは、京都で洗練され日本各地に伝えられました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (ii)(iv)
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古都奈良の文化財

Historic Monuments of Ancient Nara
古都奈良の文化財
奈良の地には、唐の長安などをモデルとして、710年に平城京が建設され、784年まで日本の首都として栄えました。その間、仏教が国家の宗教として位置づけられ、一貫した仏教興隆政策のもとで多くの寺院や神社が建立されました。また、日本と中国、朝鮮との間における密接な文化的交流の歴史も示しています。中国や韓国では同年代の木造建築の大部分が失われていることからも、これら建造物群の世界史的な価値が極めて高いとされています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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古都ホイアン

Hoi An Ancient Town
古都ホイアン
ベトナム中部のトゥボン川河口に位置する港街で、16世紀から19世紀にかけて貿易港として栄えました。レンガや木造の壁を持つ1,107棟の木造建築群が良好な状態で保存されており、建築記念碑、青空市場や渡船場などの伝統的な商業・住宅建築、仏塔や家族の礼拝所といった宗教建築が含まれています。貿易港として栄えたホイアンでは、東南アジアや東アジア諸国だけでなく世界各地との交易が行われていたことから、様々な文化の影響を受けています。
地域: 東・東南アジア / 国名: ベトナム社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(v)
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古都ルアン・パバン

Town of Luang Prabang
古都ルアン・パバン
ラオス北部に位置するルアン・パバンは18世紀までこの地域に展開していたランサン王国の首都で、そこでは王国の統治の様子や仏教文化に触れることができます。ランサン王国では上座部仏教が国教として定められ、現在のカンボジアのもととなったクメール王朝から経典や高僧、セイロンから黄金の仏像であるパバンが取り寄せられ、この地域の仏教の中心地となりました。ルアン・パバンには宗教施設の他、王族や貴族の邸宅が建ち並んでいます。
地域: 東・東南アジア / 国名: ラオス人民民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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コトルの文化歴史地域と自然

Natural and Culturo-Historical Region of Kotor
コトルの文化歴史地域と自然
コトルはアドリア海に面したコトル湾に位置する港町です。古くからロヴツェン山という天然の要塞もあったことから、ローマ時代から争奪の対象となってきました。15世紀にヴェネツィア共和国の支配を受けますが、それ以前に建設された聖トリフォン大聖堂や宮殿など中世の面影も色濃く残っています。要塞都市としての景観だけでなく集落や宮殿、修道院、岩山の斜面の段々畑と海の景観とも調和した都市です。コトルは海洋交易によって栄え、何世紀にもわたり芸術活動の中心地であったため、コトルの美術や金細工、建築学校はアドリア海岸の芸術に深い影響を与えました。
地域: ヨーロッパ / 国名: モンテネグロ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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コパンのマヤ遺跡

Maya Site of Copan
コパンのマヤ遺跡
マヤ文明を代表する古代都市遺跡の一つである「コパンのマヤ遺跡」は、ホンジュラスの紙幣である1レンピラ札にも描かれています。この遺跡は、ホンジュラス最西部、グアテマラとの国境近くに位置しており、その地域には紀元前1500年頃から人が定住していた証拠が残っています。ここは黒曜石や翡翠などの産地でもあり、コパン王朝はその交易によって5世紀頃から繁栄しました。コパンを軍事や商業の両面から発展させたのは、7世紀末に即位したワシャクラフン・ウバーフ・カウィル王です。第13代目となるこの王は、石碑の表記に「18」と「ウサギ」を意味する文字が使用されていたため、研究者から「18ウサギ王」とも呼ばれます。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: ホンジュラス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (iv)(vi)
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コルヴァイの修道院に残るカロリング朝時代の西構えと修道院都市遺構

Carolingian Westwork and Civitas Corvey
コルヴァイの修道院に残るカロリング朝時代の西構えと修道院都市遺構
この遺産は、ドイツ西部のノルトライン=ヴェストファーレン州の東端に位置するヘクスター市に位置する建造物群です。コルヴァイはカロリング朝期で最も影響力があるとされた修道院の一つで、当時、最高の権威を誇る図書館があったことでも知られています。現在の修道院の大部分は17世紀末に再建されたものですが、西構え(ヴェストヴェルク)はカロリング朝期のオリジナルが保存されている数少ない例となっています。1階には円柱と支柱を備えたオリジナルのヴォールト天井のホール、2階には三方をギャラリーで囲んだメインルームなどが保存されています。これらは歴史学的に貴重な実例というだけでなく、その後のヨーロッパの文化の発展において、ロマネスクやゴシックといった教会建築の基礎となった点でも重要な意味を持っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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コルドゥアン灯台

Cordouan Lighthouse
コルドゥアン灯台
コルドゥアン灯台は、大西洋のジロンド河口にある浅い岩礁の上に立ち、非常に過酷で外洋にさらされた環境に立っています。16世紀末から17世紀初頭にかけて、技師ルイ・ド・フォワによって設計され、18世紀後半にはジョゼフ・トゥレールによって改修されました。石灰岩の切石で造られた壮麗な塔は、ピラスター(付柱)、円柱、軒持送り(モディリオン)、ガーゴイルなどで装飾されており、海抜67mまで8層にわたってそびえています。16世紀と18世紀の二度にわたる建設によって、技術的な機能が強化され、海上信号の傑作であり、現在も使用されている現役の灯台です。華麗な姿から「海のヴェルサイユ」とも呼ばれています。建築形態は、古代様式やルネサンス期のマニエリスム、またフランスの技術者要請期間である土木技術学校の独特の建築様式の影響を受けています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (i)(iv)
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コルドバのイエズス会管区教会堂と農園跡

Jesuit Block and Estancias of Córdoba
コルドバのイエズス会管区教会堂と農園跡
アルゼンチン中北部に位置するコルドバは、1573年にスペイン人が建設を始め、1615年からイエズス会の南米での活動拠点として栄えた地でした。38㏊に及ぶイエズス会地区と、その5つのエスタンシア(農業共同体)には、17世紀と18世紀に築かれた宗教建築と世俗建築が残されています。コルドバ市のイエズス会地区には、南米最古の大学である国立コルドバ大学、国立モンセラート中等学校、ラ・イエズス会管区教会堂、そして修道院が現存しています。
地域: 南米 / 国名: アルゼンチン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iv)
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コルドバの歴史地区

Historic Centre of Cordoba
コルドバの歴史地区
スペイン南西部、アンダルシア地方にあるコルドバは、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の文化が融合する歴史ある商業都市です。紀元前3世紀に共和制ローマの支配下に入った時にはカルタゴの植民都市が存在し、6世紀には西ゴート王国がこの地を統治します。その後イスラム勢力が制圧し、756年に後ウマイヤ朝の首都としてヨーロッパにおけるイスラム教の最重要拠点となります。10世紀には、コンスタンティノープル、ダマスカス、バクダードと並ぶ大都市として繁栄し、市街には300以上のモスクが立ち並びました。 一方、コルドバはキリスト教世界が目指すレコンキスタ(国土回復運動)の対象都市となります。1212年にムワッヒド朝が衰退すると、1236年にはカスティーリャ王国のフェルナンド3世によってコルドバは奪還され、大モスク「メスキータ」はキリスト教聖堂へ改修されるなど、キリスト教文化が浸透していきました。歴史地区では、それぞれの宗教文化の痕跡が今も残されています。その他にも、フェルディナント王子とイサベル女王が居城とした「カトリック両王のアルカサル」や、キリスト教支配の初期に築かれた「カラオーラの塔」など、レコンキスタを象徴する建築物も見ることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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コルフの旧市街

Old Town of Corfu
コルフの旧市街
アルバニアとギリシャの西海岸沖のコルフ島にある『コルフの旧市街』は、アドリア海の入口に存在し、昔から戦略的に重要な場所でした。起源は紀元前8世紀頃と言われており、コリント人が植民都市ケルキラを建設したのが始まりです。以降、ローマやナポリと交易をして栄えたといわれています。15世紀からは、この島は約4世紀にわたりヴェネツィア共和国の支配下に入り、ビザンツ帝国との交易路の安全確保に必要な島となりました。19世紀にはイギリスの支配下に置かれましたが、最終的にはギリシャ政府に返還されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (iv)
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ゴレスタン宮殿

Golestan Palace
ゴレスタン宮殿
テヘランの歴史地区の中心部にある『ゴレスタン宮殿』は、テヘランで現存する最古の建物のひとつです。宮殿は、18世紀末に成立し、近代化を進めたガージャール朝の時代に建てられました。ペルシア伝統の芸術品や工芸品を配しながらも、西洋の建築技術やヨーロッパの建築様式を取り入れた建物です。敷地内の北側に位置するカーフ・エ・アスリー(本館)のタラー・エ・アイネは、別名「鏡の宮殿」と言われていて、壁から天井まで鏡でびっしりと飾られており、光を反射して空間全体が輝くかのように設計されています。室の居城や行政上の拠点としてだけでなく、ガージャール朝時代の建築と芸術の中心地としての側面も持ち合わせていました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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コローメンスコエ:昇天教会(ヴォズネセーニエ教会)

Church of the Ascension, Kolomenskoye
コローメンスコエ:昇天教会(ヴォズネセーニエ教会)
ヴォズネセーニエ教会(昇天教会)は1532年、のちに「雷帝」と呼ばれたイワン4世の誕生を祝うため、モスクワ市近郊のコローメンスコエの皇帝領地に建てられました。ここはモスクワ川の氾濫原へと続く急斜面の上、モスクワ中心部近くに位置し、現在、一帯は自然保護公園になっていて、16~17世紀の聖堂や礼拝堂、木造建築物がロシア各地から移築されています。この教会は、ギリシャ十字形プランを持つ白い石造りの教会です。ロシア建築における新たな段階を示すものとして、石造としては初めて天幕の形に似た多角錐の屋根を採用しました。特徴的な多角錐の屋根は、小さなココシュニクに縁取られた八角形の基壇から立ち上がり、その基壇自体も段状の大きなココシュニクの基部からせり上がっています。教会の周囲には階段でアクセスできる回廊が巡り、東側の祭壇部には白い石のキボリウムに覆われた「王の席」があります。壁の厚さは2.5〜3メートルと非常に厚く、内部は小さいものの、高さ41メートルの天井が開放感を生み出しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (ii)
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鼓浪嶼(コロンス島):歴史的共同租界

Kulangsu, a Historic International Settlement
鼓浪嶼(コロンス島):歴史的共同租界
厦門に面した小さな島、鼓浪嶼(コロンス島)に残る931の歴史的建造物からなっています。1842年に結ばれた南京条約によって、翌1843年に厦門が開港し、1903年に鼓浪嶼に共同租界が設立されると、中国における海外貿易の重要な窓口となりました。様々な国の外国人がここに住み着いたことから、世界の様々な様式の建築が建てられ、文化的な混交が生まれました。アール・デコやモダニズムなどの西洋の建築様式と、厦門周辺地域の文化が融合して生まれた「アモイ・デコ様式」という鼓浪嶼独自の建築様式は、その一例になっています。共同租界とは、清朝や中華民国内に築かれた外国人居留地で鼓浪嶼では各国が共同で外国人居留地を管理しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (ii)(iv)
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コロとその港

Coro and its Port
コロとその港
コロとその港は、1527年にスペイン人によって建設された、ベネズエラ最古の植民都市の一つです。17世紀以降、カリブ海に浮かぶオランダ領アンティル諸島との密貿易で繁栄しました。この町はカリブ海沿岸におけるスペイン初期の植民地開発の中心地であり、当時の都市計画がそのまま保存されています。ボリバル広場に面した16世紀建造の教会など、約600もの歴史的建造物が残されており、ヨーロッパ列強の進出と植民地時代の生活様式を今に伝える貴重な文化的遺産として、その歴史的価値が認められています。
地域: 南米 / 国名: ベネズエラ・ボリバル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (iv)(v)
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コロニア・デル・サクラメントの歴史地区

Historic Quarter of the City of Colonia del Sacramento
コロニア・デル・サクラメントの歴史地区
ウルグアイ南西部、ラ・プラタ川河口の北岸にある港湾都市です。ここは1680年にポルトガルが建設した植民都市ですが、当時この地はスペイン領だったため、その後約100年間にわたり両国の領有権争いが続きました。そのため、ここにある建物はポルトガルとスペインの文化が融合したコロニアル様式となっています。また、ほとんどの建物が平屋建てで、2階建てのものはわずかにあるのみです。それは、町の景観を保つため、灯台と大聖堂(サンティシモ・サクラメント大聖堂)以外は平屋もしくは2階建て以下に制限されているからです。
地域: 南米 / 国名: ウルグアイ東方共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (iv)
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コンゴーニャスのボン・ジェズス聖域

Sanctuary of Bom Jesus do Congonhas
コンゴーニャスのボン・ジェズス聖域
ブラジルのミナス・ジェライス州に位置するこの聖域は、18世紀後半に建てられました。ロココ様式で装飾された教会、屋外の階段に並ぶ預言者の像、そして十字架の道行きを表現した7つの礼拝堂から構成されるこの複合体は、ラテンアメリカにおけるキリスト教芸術の至宝とされています。特に、ブラジルで活動した彫刻家アレジャジーニョによる、感動的で表現力豊かな彫刻作品は、バロック芸術の傑作として高く評価されています。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(iv)
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ゴンバデ・カーブース

Gonbad-e Qābus
ゴンバデ・カーブース
ゴンバデ・カーブースは、イラン北部にある、ズィヤール朝の首都だったゴルガン(またはジョルジャン)の近くに1,006年に建設された高さ53mの焼きレンガ造りの塔です。形はやや先細りの円筒形で先端部は円錐形となっています。内部は空洞で初期のムカルナス様式の装飾があり、壁の厚さは3m近くあります。土台部分の碑文にはアラビア語で「アミール・カーブース・ワシュムギール自身が生きている間に建設を命じた」と書かれており、この時期のズィヤール朝皇帝でアラビア詩人でもあったカーブースのための建造物であることがわかります。初期イスラム建築の革新的な設計と幾何学的で斬新なデザインは、これ以降イランだけでなく中東・中央アジアへと広まっていきました。建設1000年を迎えた後2012年に世界遺産に登録されました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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サーンチーの仏教遺跡

Buddhist Monuments at Sanchi
サーンチーの仏教遺跡
インド中部、マディヤプラデーシュ州にある『サーンチーの仏教遺跡』は、高さ約90mの丘の上に、宗教建築が群立しています。約50の遺跡群の中には、3つの大型のストゥーパ(仏塔)や祠堂、僧院など紀元前3世紀~後12世紀までの仏教の遺構が今に残されています。遺跡群はマウリヤ朝第3代の王であるアショーカ王がレンガ積みの小塔を建立したことから始まり、王の石柱と4頭の獅子を組み合わせた柱頭なども発見されています。また、第1ストゥーパはサーンチーを代表する建造物のひとつとして有名です。アショーカ王が各地につくった8万を超すストゥーパのひとつであり最古のもので、直径36.6m、高さ16.5mの大ストゥーパは頂上部を除いてほぼ完全な形で残されていることから、古い仏塔形式の典型として重要視されています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1989年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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サカテカスの歴史地区

Historic Centre of Zacatecas
サカテカスの歴史地区
サカテカスは、首都メキシコ・シティの北西約620km、メキシコ中央高原北端に位置する植民都市です。もとは緑豊かな土地でしたが、16世紀半ばにスペイン人が銀鉱脈を発見したことで銀の採掘と都市建設が進み、森林資源は急速に失われていきました。発見された銀はスペイン王室に莫大な富をもたらし、1552年には王室財務局、1810年には造幣局がサカテカスに設置されるほど重要な拠点都市となりました。また、サカテカスからグアナフアトを経由してメキシコ・シティへ至る道は「銀の道」と呼ばれ、17世紀前半にこの道を通って運ばれた銀は、当時スペイン全植民地で採掘された銀の約3分の2を占めていたといわれています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)
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佐渡島の金山

Sado Island Gold Mines
佐渡島の金山
『佐渡島の金山』は、新潟県佐渡島にある日本最大級の金銀山の採掘遺跡です。1601年に金が発見されると、1603年の江戸幕府の成立後には佐渡奉行が置かれ、佐渡は幕府の直轄地として統治されました。17世紀前半の最盛期には年間約400kgもの金が採れたとされています。金山の周辺には、鉱山で働く人々の町が形成され、独自の文化や生活が発展しました。明治以降は近代化が進み、昭和に入っても金の採掘が続けられましたが、1989年に閉山されました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (iv)
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サナアの旧市街

Old City of Sana'a
サナアの旧市街
イエメンの首都サナアは中世アラビア都市の様子を現代に伝える城塞都市です。紀元前10世紀頃から乳香交易で繁栄しました。多くの建築物は400~500年前に建造されたものですが、7世紀にムハンマドが建設させたといわれる大モスクのように1000年以上の建造物も数多く残っています。旧市街は6000棟以上の高層住宅が特徴で、鉄筋を一切使わず建設されており、壁面は化粧漆喰で装飾され、サナア特有の風景を引き立てています。
地域: 西・南アジア / 国名: イエメン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (iv)(v)(vi)
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砂漠の城クセイル・アムラ

Quseir Amra
砂漠の城クセイル・アムラ
ヨルダン東部の砂漠地帯に8世紀初頭に隊商宿を増改築して建設されたウマイヤ朝時代の離宮の跡です。ここには謁見の間(応接ホール)とハンマームと呼ばれる浴場施設が非常に良好な状態で残されており、いずれも当時の世俗的な題材による絵画で飾られています。謁見の間の床はモザイクタイルで覆われ、天井には神話や踊り子などのフレスコ画が描かれています。浴場施設は脱衣所や温・冷水浴室の他にカルダリウムと呼ばれるサウナのような施設もあり、そこにはイスラム社会では珍しい裸婦や異教世界の図柄も見られます。また、半球形のドーム天井には平面以外に描かれたものとしては最古の現存する天文図があります。この施設は、カリフが居住するというだけでなく、この地の部族との交流を目的にしたものであることから、娯楽的・世俗的な要素も包含した、イスラム建築としては独特なものとなっています。
地域: 西・南アジア / 国名: ヨルダン・ハシェミット王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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ザビードの歴史地区

Historic Town of Zabid
ザビードの歴史地区
ザビードはイエメン西部、紅海沿いにある古都です。820年、反乱鎮圧のため、アッバース朝の総督だったムハンマド・イブン・ズィヤードがこの地に派遣されてきたことを機に発展しました。13~15世紀の最盛期には200以上のマドラサ(高等教育施設)やモスクが林立。イスラム学者により大きく発展していた科学などを学ぼうとする学生を世界中から受け入れました。今もザビードにはイエメン最多の86のモスクが集中しています。多くは簡素なレンガ造りですが、中には精巧な彫刻や漆喰の装飾が施されたものもあります。スークに囲まれた大モスクやマドラサなど、かつての名声を偲ばせる建造物が多数原型をとどめており、それがこの都市を卓越した考古学的・歴史的遺産にしているのです。
地域: 西・南アジア / 国名: イエメン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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サフランボルの旧市街

City of Safranbolu
サフランボルの旧市街
トルコ北部、黒海沿岸に位置する『サフランボルの旧市街』は、紀元前3000年頃に起源をもつと言われています。町の名の由来は、かつてこの地に「サフラン」が群生していたためと言われています。険しい山間の谷間に広がる町は、隊商都市として発展し、13世紀から鉄道が開通する20世紀初頭まで、黒海と地中海を結ぶ交易路上の要衝として栄えました。特にオスマン帝国時代の17世紀に最も栄え、今でも山の斜面にはトルコ風の伝統的な木造建築が立ち並んでいます。世界遺産にはチュクルと呼ばれる旧市街、クランキョイと呼ばれる新市街、丘の上にあるバーラルと呼ばれる住宅地が登録されています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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