World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(vi))

ラホール城とシャーラマール庭園

Fort and Shalamar Gardens in Lahore
ラホール城とシャーラマール庭園
ラホールはパキスタン北東部、インドの国境付近にある都市で、ムガル帝国第3代皇帝のアクバル(在位:1542~1605)はこの地に都を置き、11世紀以前から伝わる城砦を再建する形で現在のラホール城を築きました。彼は焼成レンガと赤砂岩を特徴的に用いて、謁見の間であった「ハーネ・ハース・オ・アーム」などの象徴的な施設を建造しました。次代のジャハーンギール(在位:1605~1627)は、アクバルが着工した広大な北側の中庭を完成させると主に、砦の北壁や北西壁に装飾を施しました。さらに次代のシャー・ジャハーン(在位:1627~58)は、白大理石をふんだんに用いた「真珠のモスク」や謁見の間「ディーワーネ・アーム」、世界で最も美しい宮殿の一つとも言われる「シーシュ・マハル」などの豪奢な建造物を築いています。これらの建造物はムガル帝国の建築様式の優れた見本を構成しています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ラムの旧市街

Lamu Old Town
ラムの旧市街
ケニア南東部インド洋に浮かぶラム島の島内に広がる旧市街は、12世紀から海洋交易の拠点として発展してきた歴史を持っています。かつて東アフリカで最も重要な貿易の中心地で、宗教的、文化的、技術的に重要な影響を与えてきました。また、東アフリカのスワヒリ圏の市街地遺跡としては最も歴史が古く、かつ保存状態も良好であることで知られています。アジアから見るとアフリカ大陸の入り口に相当するこの街は、象牙や奴隷が集まる集散地となり、アラブやペルシャ、インド、ヨーロッパの商人たちによって活発な取引が行われていました。他のスワヒリ圏の古い集落と比べて、ラムの旧市街には700年以上もの長きにわたって人々が住み続け、今もなお街として機能し続けていることが特徴です。
地域: アフリカ / 国名: ケニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ラリベラの岩の聖堂群

Rock-Hewn Churches, Lalibela
ラリベラの岩の聖堂群
『ラリベラの聖堂群』は、エチオピア高原北東部、標高3,000mの場所に位置する11の岩窟キリスト教聖堂群です。12世紀末、イスラム教徒の支配下にあった聖地エルサレムへの巡礼が困難であったことから、ザグウェ朝の7代ラリベラ王は都を「第二のエルサレム」にしようと、キリスト教聖堂群の建造を始めました。地表の高さに教会の最上部を建造した後、徐々に周囲を掘り下げながら、建物全体を彫り出してつくられました。わずか二十数年という工期の早さに人々は驚き、「天使がつくった」と噂したといわれています。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1978年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ランギリ・ダンブッラの石窟寺院

Rangiri Dambulla Cave Temple
ランギリ・ダンブッラの石窟寺院
スリランカ中部ダンブッラの岩山にあるダンブッラ石窟寺院は、スリランカ最大の仏教石窟寺院です。この場所には元々、紀元前3世紀から仏教僧の修道施設が置かれていました。前1世紀頃、シンハラ王国第19代ワッタガーマニー・アバヤ王が、南インドのタミル人によって都を追われた際に、ダンブッラの僧に匿われたことに感謝して、この地に石窟を寄贈したのが始まりとされています。以来、ダンブッラは聖なる巡礼地として人々に敬われ、スリランカ文化を象徴する存在となりました。
地域: 西・南アジア / 国名: スリランカ民主社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(vi)
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ランス・オー・メドー国立歴史公園

L’Anse aux Meadows National Historic Site
ランス・オー・メドー国立歴史公園
ランス・オー・メドー国立歴史公園は、カナダ東部ニューファンドランド島のグレートノーザン半島の先端に位置する1,000年頃に北欧から渡来してきたヴァイキングの集落跡です。北米に初めて到達したヨーロッパ人の痕跡とされています。1960年、ノルウェーの探検家ヘルゲ・イングスタッドと考古学者である彼の妻アン・スタイン・イングスタッドによってこの遺跡は発見されました。発掘調査により8つの建物跡や溶鉱炉の跡、鉄器などの道具類のほか、ノルウェー様式の住宅の特徴を示す遺構が多数確認されています。1978年に世界で最初の世界遺産のうちの一つとして登録されました。
地域: 北米 / 国名: カナダ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1978年 / 登録基準: (vi)
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ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮

Cathedral of Notre-Dame, Former Abbey of Saint-Rémi and Palace of Tau, Reims
ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮
ランスが大きく発展したのは、496年頃にフランク王国のクローヴィス1世がこの地でキリスト教カトリックの洗礼を受けたことがきっかけです。クローヴィスはゲルマン人のフランク族を統一すると、481年にフランク王国メロヴィング朝をひらきました。彼はゲルマン人のアレマン族との戦いで、イエス・キリストが勝利に導いてくれたら洗礼を受けると天に誓います。そうして見事勝利を収めたため、王妃や約3,000人のフランク族の兵士と一緒に洗礼を受けました。このことは、カトリック教会がフランク王国という強い後ろ盾を得たことを意味しました。この時、クローヴィスに洗礼を与えたのが聖レミギウス(サン・レミ)だと伝わります。その後、1825年のシャルル10世まで32人の王がランスで戴冠式を行い、そのうち25人の王が現在のノートル・ダム大聖堂で戴冠式を行いました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(ii)(vi)
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ランメルスベルク鉱山とゴスラーの歴史地区、ハルツ山地上部の水利システム

Mines of Rammelsberg, Historic Town of Goslar and Upper Harz Water Management System
ランメルスベルク鉱山とゴスラーの歴史地区、ハルツ山地上部の水利システム
ドイツ中央部にあるゴスラーは、その南方にある銀鉱山ランメルスベルクの開発によって大きな発展を遂げた都市です。この地では11世紀初頭に後の神聖ローマ皇帝ハインリヒ2世によって、「オットー・アーデルハイト・ペニヒ」と呼ばれる銀貨を鋳造したり、鉱山の近くに宮殿を開いたり、また、1009年からは同宮殿において帝国集会が開催されました。以降神聖ローマ帝国の主要都市として栄え、13世紀頃までは帝国集会が頻繁に開催されました。その後は自治都市としての性格が強くなりハンザ同盟に加盟した後も鉱山として繁栄しましたが、16世紀頃から鉱山の権益をニーダーザクセン地方の領主に奪われたこともあり衰退しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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リートフェルト設計のシュレーダー邸

Rietveld Schröderhuis (Rietveld Schröder House)
リートフェルト設計のシュレーダー邸
『リートフェルト設計のシュレーダー邸』は、オランダの首都アムステルダムから、南に30kmほどのユトレヒトにある一戸建ての住宅です。トゥルース・シュレーダー・シュラーダー夫人の依頼により、建築家ヘリット・トマス・リートフェルトが設計し、1924年に建設されました。この小さな邸宅は、内部空間の柔軟な配置と視覚的・形式的な特徴により、1920年代のオランダの芸術家・建築家集団「デ・ステイル」が掲げた理想を大規模に表現した最初の試みとなりました。デ・ステイルとは、造形の純粋かつ抽象表現を追求する芸術運動のことです。第一次世界大戦と第二次世界大戦の間にヨーロッパで広まり、はじめは絵画、次に家具や建築へと理念を展開していきました。シュレーダー邸は、デ・ステイル運動だけでなく、近代建築運動の象徴のひとつとみなされています。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(ii)
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リヴィウ歴史地区

L'viv – the Ensemble of the Historic Centre
リヴィウ歴史地区
ウクライナの西部にあるリヴィウ歴史地区は5~6世紀に建設されました。政治的にも貿易上でも要衝となったためその歴史は波乱に満ちています。ポーランド領となった14世紀以降にこの地方の中心都市となりましたが、1772年の「ポーランド分割」ではオーストリア領に、その後ポーランド領に戻るも、今度はソ連によりウクライナに併合されるなど波乱の歴史を歩んできた背景があります。2022年2月に始まったロシアによるウクライナの軍事侵攻を受け、2023年からは危機遺産リストに記載されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ウクライナ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(v)
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リオ・デ・ジャネイロ:山と海に囲まれたカリオカの景観

Rio de Janeiro: Carioca Landscapes between the Mountain and the Sea
リオ・デ・ジャネイロ:山と海に囲まれたカリオカの景観
リオ・デ・ジャネイロは、急峻な山とコパカバーナやイパネマに代表される海岸に挟まれた独特な都市景観が特徴です。特に、コルコヴァードの丘のキリスト像、シュガーローフ、ウルカなどの特徴的な山並みが、都市と自然の調和を象徴しています。これらの地形は、都市の発展に大きな影響を与え、世界的に認知される景観を形成しています。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (v)(vi)
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リガの歴史地区

Historic Centre of Riga
リガの歴史地区
ラトビアの首都リガは1201年に港街として築かれ、13~15世紀の中欧・東欧地域のハンザ同盟の主要な中心地として繁栄しました。16世紀以降はロシア、ポーランド、スウェーデンの抗争に巻き込まれ、1710年にはロシア帝国の支配を受けました。19世紀には急激な産業発展を遂げ、重要な経済的中心地となりました。初期に建築された建造物の多くは火災と戦争で破壊されましたが、ヨーロッパを代表するアール・ヌーヴォーの建築様式は現在も数多く残されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ラトビア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)
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リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔

Monastery of the Hieronymites and Tower of Belém in Lisbon
リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔
ジェロニモス修道院は1502年に建設が始まり、ポルトガルの黄金時代を象徴する建築物です。ベレンの塔は、マヌエル1世が、エンリケ航海王子の偉業とヴァスコ・ダ・ガマの功績を記念して1514年に建設されました。両者はリスボン港の入り口に位置し、大航海時代の歴史的背景を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (iii)(vi)
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リトミシュル城

Litomyšl Castle
リトミシュル城
『リトミシュル城』は、イタリアで生まれたルネサンス建築がチェコで発展した代表的な作品として知られています。1568年に建築が始まり、1580年頃には主要な部分が完成しました。外観は当時の姿を大切に残しながらも、内部は18世紀末に美しく改修され、ルネサンスだけでなくバロックや新古典主義の装飾も施されています。チェコにおける貴族の邸宅文化と、新しい芸術運動の影響を受けた発展の様子を残す貴重な建築です。
地域: ヨーロッパ / 国名: チェコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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リューカン・ノトッデンの産業遺産

Rjukan-Notodden Industrial Heritage Site
リューカン・ノトッデンの産業遺産
産業革命期を経た急激な人口増加対応するため、食糧の増産が喫緊の課題となっていたヨーロッパにおいて、20世紀初頭に空気中の窒素を利用した合成肥料の生産方法が確立されました。この肥料の作成には大量の電力が必要であったため、生産を担ったノシュク・ハイドロ社はノルウェーの水資源に着目し、ノトッデンにスウェルグフォス水力発電所(1907年)、リューカンにヴェモルク水力発電所(1911年)を建設しました。この水力発電所を中心とした送電線、工場、交通システムや居住区などの複合施設が、ノルウェーの深い谷や豊富な水量といった自然景観を利用した20世紀初頭の新たな産業活動の事例として評価されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ノルウェー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (ii)(iv)
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琉球王国のグスク及び関連遺産群

Gusuku Sites and Related Properties of the Kingdom of Ryukyu
琉球王国のグスク及び関連遺産群
沖縄や奄美の島々で見られる石造りの城塞のことを「グスク」と呼びます。グスクは、農村集落が営まれるようになった12世紀ごろから、按司と呼ばれる領主的な豪族が、自らの居住や防衛の拠点として築くようになりました。首里城(しゅりじょう)跡は、琉球王国の国王の居城として、政治・文化・経済の中枢となった城の遺構です。今帰仁城(なきじんじょう)跡は、14世紀の三山時代に北山王の拠点となったグスクの遺跡です。座喜味城(ざきみじょう)跡は、有力な按司であった護佐丸(ごさまる)によって15世紀に築かれた城跡です。勝蓮城(かつれんじょう)跡は、12世紀から13世紀にかけて建造された、現存する最古の沖縄のグスクで、有力按司の阿麻和利(あまわり)の居城でした。中城城(なかぐすくじょう)跡は、15世紀半ばに護佐丸が居城とし、阿麻和利との戦いで知られ、城壁には高度な石積み技術が見られます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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リュウゼツランの景観とテキーラ村の古式産業施設群

Agave Landscape and Ancient Industrial Facilities of Tequila
リュウゼツランの景観とテキーラ村の古式産業施設群
メキシコ中西部のテキーラ地方には蒸留酒のテキーラの原料となるアオノリュウゼツランの高地が広がっています。テキーラ生産を始めたスペイン人の影響で、現在ものこる蒸留所にはバロック様式の装飾がみられることもあります。この地域ではリュウゼツランの栽培とリュウゼツランを発酵、蒸留する大規模な蒸留所をそなえた独特な景観も広がっています。この地は19~20世紀のテキーラの国際的な消費量の増加による繁栄やリュウゼツラン文化の国民的アイデンティティの一部とみなされています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)(vi)
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龍門石窟

Longmen Grottoes
龍門石窟
中国・河南省洛陽市の南にある龍門石窟は、伊水両岸に1kmにわたって連なる中国最大規模の石窟寺院です。493年、北魏の孝文帝が洛陽に遷都したことを機に、唐代までの4世紀以上にわたって造営が続けられました。なかでも5世紀末から8世紀半ばにかけて、石窟造営が最も集中的に行われました。石窟と仏龕の数は合計2,345で、仏像約10万体、石碑は 2,500以上が残っています。力強く大規模な雲岡の石仏に比べ、龍門の石仏は繊細な装飾が施されています。龍門石窟は北魏から唐代への長期にわたる造営を通して、芸術様式の変遷を示す例となっています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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リヨンの歴史地区

Historic Site of Lyon
リヨンの歴史地区
フランス南東部、ローヌ・アルプ地域圏に位置する都市、リヨン。ローヌ川とソーヌ川が交わり、西にフルヴィエールの丘、東にクロワ=ルースの丘を望む地に広がっています。 紀元前1世紀、ローマ時代にガリア三州の首都として築かれて以来、リヨンはヨーロッパの政治や商業、文化において重要な役割を担ってきました。16世紀にはフランス初の証券取引所が開設され、商業都市として発展。同じ頃、フランソワ1世の後押しでイタリアから絹織物産業が導入され、リヨンは世界的な絹の街として名を馳せました。さらに、イタリアとの往来が盛んな位置にあることから、芸術文化も早くから流入し、フランス・ルネサンスの先駆けともなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iv)
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リラの修道院

Rila Monastery
リラの修道院
リラの修道院は、10世紀に正教会によって列聖された隠者、イワン・リルスキー(リラのイワン)によって建立され、ブルガリア正教の最重要な修道院です。​彼の隠遁生活と墓所は、後に修道院として発展し、ブルガリア中世の宗教・社会生活において中心的な役割を果たしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ブルガリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (vi)
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ルーレオにあるガンメルスタードの教会街

Church Town of Gammelstad, Luleå
ルーレオにあるガンメルスタードの教会街
スウェーデン北部のボスニア湾奥部、ルーレ川河口に位置するガンメルスタードの教会街は15世紀頃に教会が建てられたのを機に、教区として栄えた村です。この地に石造りの教会が誕生して以来、遠方からも信者が訪れるようになり、木造平屋コテージの宿泊施設が建てられました。やがて16世紀に入ると47の村々からなる大規模な教区へとなり、より多くの人々が集まる集落へと発展を遂げます。これに伴って、教会を中心に放射状に広がる道や、教会を一周する道路が出来るなど次々と都市計画が進み、コテージの戸数は400戸を超えるまで増えていきました。教会に向かって立ち並ぶ、赤い壁と白い窓枠の小さなコテージと家屋はこの地域のシンボルとなっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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ル・アーヴル:オーギュスト・ペレにより再建された街

Le Havre, the City Rebuilt by Auguste Perret
ル・アーヴル:オーギュスト・ペレにより再建された街
ノルマンディー地方、イギリス海峡に面した都市ル・アーヴルは、第二次世界大戦中に激しい爆撃を受け、壊滅的な被害を受けました。破壊された地域は、当時70歳だったフランスの建築家オーギュスト・ペレ率いるチームの計画に基づき、1945年から1964年にかけて再建されました。旧市街の構造や現存する歴史的建築物の面影を残しつつ、新しい都市計画や建築技術の理念を融合させており、特に6.24mを基準とする碁盤目状の都市計画やプレハブ工法、鉄筋コンクリートの革新的な活用が特徴です。再建された地区は、ル・アーヴルの行政・商業・文化の中心を形成していて、数ある戦後再建都市の中でも、統一性と完全性において際立っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ルイス・バラガン邸と仕事場

Luis Barragán House and Studio
ルイス・バラガン邸と仕事場
ルイス・バラガン邸と仕事場はメキシコシティ郊外に1947~1948年に建築家ルイス・バラガン自身によって設計された彼の邸宅兼仕事場です。バラガンの作品は近代の建築運動の潮流をその土地特有の要素と適合させて作り上げられています。特に現代の庭園、広場などの景観デザインに大きな影響を与えました。バラガンは「家は決して完成することはなく、常に進化し続ける有機体である」と信じており、その言葉通り、邸宅は多くの改修が行われました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (i)(ii)
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ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献

The Architectural Work of Le Corbusier, an Outstanding Contribution to the Modern Movement
ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献
フランスで活躍した近代建築家ル・コルビュジエの建築作品のうち、日本を含む3大陸7ヵ国に点在する17の資産が、2016年に世界で初めて「トランス・コンチネンタル・サイト」として世界遺産に登録されました。これら建築作品は、建築史上初めて、ある近代建築の概念が地球規模で広がり、実際に実践されたことを証明するものです。ル・コルビュジエは20世紀を代表する建築家の1人で、「住宅は住むための機械である」という言葉に象徴されるように、機能主義の建築家として近代建築運動を推進しました。彼は、建築の際の基準となる「モデュロール」や「近代建築の五原則」、「ドミノ・システム」などの重要な概念を次々と打ち出し、過去の伝統的な建築家たちと決別を図ったのです。
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ルネサンス都市フェッラーラとポー川のデルタ地帯

Ferrara, City of the Renaissance, and its Po Delta
ルネサンス都市フェッラーラとポー川のデルタ地帯
イタリア北東部、ポー川のデルタ地帯は数千年にわたり人が定住し、中世より発展してきましたが、14世紀からのエステ家の統治下でさらに有力な都市へと発展しました。エステ家は広範な干拓事業と建設プロジェクトを展開し、都市と周辺の田園風景の調和をはかり、独特の景観を作り出しました。さらに各地からルネサンスの芸術家たちを招き、創作活動を支援しました。建築物としてはエステンセ城やスキファノイア宮殿、サン・ジョルジョ大聖堂などがあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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ル・モルヌの文化的景観

Le Morne Cultural Landscape
ル・モルヌの文化的景観
モーリシャス南西部に位置する『ル・モルヌの文化的景観』は18~19世紀にかけて脱走した奴隷たちが身を隠して生活した岩山です。逃亡奴隷たちは天然要塞としても機能したル・モルヌ山の山頂付近や洞窟に集落を形成し隠れ家として利用しました。東方奴隷貿易の重要な拠点であった、モーリシャスには多くの奴隷(マルーン)が住んでいたことから「マルーン共和国」とも呼ばれていました。またアフリカ本土だけでなく、マダガスカルや東南アジアの奴隷の出身地とも関連のある遺物も見つかっています。現在は奴隷制への抵抗や自由の象徴となっています。
地域: アフリカ / 国名: モーリシャス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ルワンダ虐殺の記憶の場:ニャマタ、ムランビ、ギソジ、ビセセロ

Memorial sites of the Genocide: Nyamata, Murambi, Gisozi and Bisesero
ルワンダ虐殺の記憶の場:ニャマタ、ムランビ、ギソジ、ビセセロ
ルワンダ内戦中の1994年4月から7月の約100日間にかけて行われた「ジェノサイド(大量虐殺)」を伝える遺産です。フツ族とツチ族の民族対立から広がった争いは「インテラハムウェ」と呼ばれる民兵武装集団により、ルワンダ全土で推定100万人が犠牲となる悲劇を生むことになりました。この遺産は、将来への教訓を伝える「負の遺産」と考えられると同時に、2023年の世界遺産委員会では「近年の紛争(リーセント・コンフリクツ)」における議論を前提とした「記憶の場」に関する世界遺産として登録されたうちの1件でもあります。(残り2つは「ESMA 博物館と記憶の場:拘禁と拷問、虐殺のかつての機密拠点(アルゼンチン共和国)」「第一次世界大戦(西部戦線)の慰霊と記憶の場(ベルギー王国/フランス共和国)」)
地域: アフリカ / 国名: ルワンダ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (vi)
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レーゲンスブルク旧市街とシュタットアムホーフ

Old town of Regensburg with Stadtamhof
レーゲンスブルク旧市街とシュタットアムホーフ
ドイツ南東部、ドナウ河畔にあるレーゲンスブルクは、古くは石器時代から人の居住が始まり、西暦80年頃にローマ軍による砦が築かれて以降、2000年もの歴史を持つ都市です。特に中世以降はイタリア、ボヘミア、ロシア、ビザンツ帝国へと続く大陸交易路の重要な中継地として栄えました。9世紀以降は政治的、宗教的、経済的にも重要な位置を占めた都市であり、古代ローマ様式、ロマネスク様式、ゴシック様式といった様々な時代の建築物が混在して保存されています。また、中世から近世のドイツを統治していた神聖ローマ帝国の帝国議会が置かれた都市としても知られ、当初は各地の持ち回りで開催されていた議会でしたが、17世紀以降は常設議会として頻繁に開催されました。その後、神聖ローマ帝国の終焉・解体につながる決議がなされた地もレーゲンスブルクであり、帝国内において重要な位置を占める都市でした。旧市街には帝国の文化的伝統を伝える証拠として9世紀の宮殿の遺跡や多数の教会群、ゴシック様式に市庁舎など多くの歴史的建造物が残されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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麗江の旧市街

Old Town of Lijiang
麗江の旧市街
中国南西部、雲南省にある麗江は、12世紀の宋代末にチベット・ビルマ語族に属する少数民族納西族(ナシ族)によって建設された古都で、万年雪が積もる標高5,596mの玉龍雪山の麓に位置する高地の街です。世界遺産に登録されているのは、麗江の旧市街の保護区と、白沙、東河の近郊2村です。麗江の旧市街は「大研鎮(だいけんちん)」と呼ばれ、かつて交易の広場だった四方街を中心に、約800年にわたって歴史を重ねてきました。この街を建設した納西族は、茶葉などの交易のためにやってきた漢族やチベット族などの諸民族の文化を取り入れて、旧市街に残された壁画や、象形文字の一種である東巴文字(トンパ文字)などをはじめとする独自の文化を生み出しました。建造物や音楽も、納西族の伝統と異文化の交流を感じさせます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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レオン大聖堂

León Cathedral
レオン大聖堂
ここはニカラグア西部レオン市にある大聖堂で、グアテマラ人建築家のディエゴ・ホセ・デ・ポレス・エスキベルの設計によって1747年から19世紀初頭にかけて建設されました。この時期は後期バロック様式から新古典主義様式への移行期にあたり、それらの折衷的特徴を有しています。豊富な自然光と落ち着きのある質素な内装をベースにしながらも、堂内の至聖所の天井周りには豪華な装飾が施されています。また、聖堂の横幅を広く柱を太くして、地震の多いこの地の環境にも配慮しているなど、スペインと現地の文化が混淆した当時の様式を反映しています。美術作品としては、フランドル様式の木製祭壇やニカラグアの芸術家アントニオ・サッリアの絵画「十字架への道の14の場面」などが残されています。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: ニカラグア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iv)
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歴史的要塞都市カンペチェ

Historic Fortified Town of Campeche
歴史的要塞都市カンペチェ
メキシコ湾岸に位置し、カンペチェ州の州都でもあるカンペチェは16世紀に入植してきたスペイン人によって建設された都市です。スペイン入植以前はマヤ地域の重要な集落で内陸部と海上交易を結ぶ拠点でもありました。スペイン入植後はスペイン本国と植民地を結ぶ貿易拠点として発展しました。カラフルな街には1,000を超えるバロック様式の建造物が点在しています。碁盤の目のような都市景観をしており、当時の植民都市のモデルにもなりました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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