World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(iii)(viii))

ヨセミテ国立公園

Yosemite National Park
ヨセミテ国立公園
アメリカ合衆国西部、カリフォルニア州に位置するヨセミテ国立公園は、氷河期に形成されたダイナミックな地形が特徴の自然公園です。シエラネバダ山脈の中心部にあるこの地域では、約70万年前から1万年前にかけて氷河の活動が活発で、独特な地形が形づくられました。19世紀後半、カリフォルニアがゴールドラッシュに沸く中、人々の関心がヨセミテにも向けられるようになりました。アメリカ先住民を追跡していた騎兵隊が偶然この地にたどり着いたことが、公園の「発見」のきっかけとされています。その後、観光開発が進められる一方で、自然保護活動も活発化しました。とりわけ大きな役割を果たしたのが、自然保護活動家のジョン・ミューアです。彼は、ヨセミテの地形は氷河活動による産物であるという説をいち早く発表し、その保護を訴え続けました。その結果、1890年にイエローストーンに次ぐアメリカで2番目の国立公園として、ヨセミテ国立公園が誕生しました。
地域: 北米 / 国名: アメリカ合衆国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (vii)(viii)
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ヨルサファナの考古学的遺跡:ヨルサファナの入植地とカシポラ・クリークの墓地

Jodensavanne Archaeological Site: Jodensavanne Settlement and Cassipora Creek Cemetery
ヨルサファナの考古学的遺跡:ヨルサファナの入植地とカシポラ・クリークの墓地
スリナム北部、スリナム川沿いの鬱蒼とした森林地帯には、17世紀にイベリア半島の異端審問から逃れてきたユダヤ人(セファルディム)たちが築いた集落遺跡があります。当時のスリナムは英国やオランダの統治下にありましたが、彼らには広範な特権が認められていました。世界遺産になっているのは、1680年代につくられたヨルサファナの入植地と、1650年代に建設されたカシポラ・クリーク旧入植地跡にある墓地です。先住民の領土内にあったそれらの入植地は、当時世界で唯一の「ユダヤ人が所有し、統治し、居住した」場所であり、アフリカ系の奴隷や自由民の人たちも共に生活していました。
地域: 南米 / 国名: スリナム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iii)
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ライティング・オン・ストーン/アイシナイピ

Writing-on-Stone / Áísínai’pi
ライティング・オン・ストーン/アイシナイピ
アイシナイピは,北米の半乾燥地帯であるグレートプレーンズの北端、カナダとアメリカ合衆国の国境に位置する聖地であり州立公園でもあります。「アイシナイピ」とは、先住民ブラックフット族の言葉で「描かれた/書かれた」という意味です。ここを流れるミルク川の渓谷に露出している堆積岩は、約8,500万年前に広大な内海の端で形成されました。最終氷期以降、大量の融雪水が柔らかい砂岩を浸食し始め、現在見られるクーリー(谷)やフードゥー(円柱状の岩)が形成されました。
地域: 北米 / 国名: カナダ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (iii)
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ラヴェンナの初期キリスト教建造物群

Early Christian Monuments of Ravenna
ラヴェンナの初期キリスト教建造物群
ラヴェンナはアドリア海に面した、フィレンツェの北東100㎞ほどの場所にある港町です。西ローマ帝国皇帝のホノリウスが、402年にローマからラヴェンナに遷都して繁栄が始まりました。476年の西ローマ帝国滅亡後は、ゲルマン王オドアケルや東ゴート王国の支配を経て、540年にビザンツ帝国の支配下となり、総督府が置かれて重要な拠点となりました。とりわけ、ユスティニアヌス帝とその皇后のテオドラは、ラヴェンナに強い思い入れを持ち、街に繁栄をもたらしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ラヴォー地域のブドウ畑

Lavaux, Vineyard Terraces
ラヴォー地域のブドウ畑
スイス、ローザンヌ東部郊外からモントレー郊外シヨン城までの約30㎞にわたって、レマン湖畔の丘陵に広がる地域はスイス屈指のワイン産地です。ローマ時代にワイン生産が始まりましたが、組織的な生産が始まったのは、カトリック修道会であるベネディクト会とシトー会がラヴォーを支配した11世紀頃とされています。その後、盛んになったワイン製造のために湖畔を徐々に開発し、14世紀には現在のような石壁で区切られた段々畑が築かれました。その結果、急斜面のブドウ畑の間に民家やワイン工場が点在する独特の景観が生まれました。段々状に続くテラスのようなブドウ畑、教会や城、ワイン貯蔵室、生産者の住居からなる村が織り成す文化的景観は、人々がこの地の都市化を拒み、伝統的なワイン生産を約10世紀にわたって受け継いできた賜物です。
地域: ヨーロッパ / 国名: スイス連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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ラジャスタンの丘陵城塞群

Hill Forts of Rajasthan
ラジャスタンの丘陵城塞群
インド西部のラジャスタン地方には長い歴史を持つラージプート族の諸王国が築いた城塞が残っています。ムガル帝国がこの地を支配するようになるまで、また支配されてからも数百年間にわたり各王国の政治・文化・宗教の中心となった城塞です。それぞれの城塞は長い城壁に囲まれ、その内には宮殿のほかこの地方の様式をベースにした精緻な装飾を施した建造物が並びます。また一部にはムガル帝国がもたらしたイスラム様式の影響も散見され「ラージプート=ムガル様式」とも呼ばれます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (ii)(iii)
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ラス・メドゥラス

Las Médulas
ラス・メドゥラス
『ラス・メドゥラス』は、スペイン北西部の山岳地帯にあるローマ帝国時代の金の採掘場です。1世紀、ローマ帝国はこの地域で、水力を利用した技術による金鉱脈の開発に着手しました。湧き水、雨、雪解け水を一度大きなダム(貯水池)に集め、そこから長距離にわたって延びる水路が鉱山とつながれていました。ダムの水門を開くと、大量の水が水路に流れ込み、水圧によって鉱山では土砂崩れが発生します。こうすることで露出された大量の金を一気に採取することができました。このような採掘方法は「ルイナ・モンティウム」(山崩し)と呼ばれました。採掘の過程で生じた選鉱屑は数キロにわたって堆積しており、一部では農地として利用されている場所もあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ラパ・ニュイ国立公園

Rapa Nui National Park
ラパ・ニュイ国立公園
ラパ・ニュイ国立公園は、チリの海岸から西に約3,700kmの南太平洋に位置するパスクア島(イースター島)にあり、約900体のモアイ像と300以上の儀式用プラットフォーム(アフ)を有しています。これらのモアイ像は、11世紀から17世紀にかけてポリネシアに起源を持つ長耳族によって先祖を祀るために造られ、島の各地に配置されています。
地域: 南米 / 国名: チリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (i)(iii)(v)
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ラホール城とシャーラマール庭園

Fort and Shalamar Gardens in Lahore
ラホール城とシャーラマール庭園
ラホールはパキスタン北東部、インドの国境付近にある都市で、ムガル帝国第3代皇帝のアクバル(在位:1542~1605)はこの地に都を置き、11世紀以前から伝わる城砦を再建する形で現在のラホール城を築きました。彼は焼成レンガと赤砂岩を特徴的に用いて、謁見の間であった「ハーネ・ハース・オ・アーム」などの象徴的な施設を建造しました。次代のジャハーンギール(在位:1605~1627)は、アクバルが着工した広大な北側の中庭を完成させると主に、砦の北壁や北西壁に装飾を施しました。さらに次代のシャー・ジャハーン(在位:1627~58)は、白大理石をふんだんに用いた「真珠のモスク」や謁見の間「ディーワーネ・アーム」、世界で最も美しい宮殿の一つとも言われる「シーシュ・マハル」などの豪奢な建造物を築いています。これらの建造物はムガル帝国の建築様式の優れた見本を構成しています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ラリベラの岩の聖堂群

Rock-Hewn Churches, Lalibela
ラリベラの岩の聖堂群
『ラリベラの聖堂群』は、エチオピア高原北東部、標高3,000mの場所に位置する11の岩窟キリスト教聖堂群です。12世紀末、イスラム教徒の支配下にあった聖地エルサレムへの巡礼が困難であったことから、ザグウェ朝の7代ラリベラ王は都を「第二のエルサレム」にしようと、キリスト教聖堂群の建造を始めました。地表の高さに教会の最上部を建造した後、徐々に周囲を掘り下げながら、建物全体を彫り出してつくられました。わずか二十数年という工期の早さに人々は驚き、「天使がつくった」と噂したといわれています。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1978年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ラ・ルヴィエールとル・ルー(エノー)の中央運河の4つの閘門とその周辺環境

The Four Lifts on the Canal du Centre and their Environs, La Louvière and Le Roeulx (Hainaut)
ラ・ルヴィエールとル・ルー(エノー)の中央運河の4つの閘門とその周辺環境
歴史的な中央運河のこの短い区間に集中する4つの水力式船舶リフトは、最高品質の産業遺産として位置づけられています。19世紀末から20世紀初頭にかけて建設された八つの水力式船舶リフトのうち、この中央運河の四つのリフトだけが、世界で唯一、オリジナルの稼働状態を保ちながら現存しています。これらは、経済と産業が急速に拡大した19世紀ヨーロッパにおける水力工学の目覚ましい発展を証明するものであり、運河建設における工学技術の頂点を示すものとされています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ベルギー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ランメルスベルク鉱山とゴスラーの歴史地区、ハルツ山地上部の水利システム

Mines of Rammelsberg, Historic Town of Goslar and Upper Harz Water Management System
ランメルスベルク鉱山とゴスラーの歴史地区、ハルツ山地上部の水利システム
ドイツ中央部にあるゴスラーは、その南方にある銀鉱山ランメルスベルクの開発によって大きな発展を遂げた都市です。この地では11世紀初頭に後の神聖ローマ皇帝ハインリヒ2世によって、「オットー・アーデルハイト・ペニヒ」と呼ばれる銀貨を鋳造したり、鉱山の近くに宮殿を開いたり、また、1009年からは同宮殿において帝国集会が開催されました。以降神聖ローマ帝国の主要都市として栄え、13世紀頃までは帝国集会が頻繁に開催されました。その後は自治都市としての性格が強くなりハンザ同盟に加盟した後も鉱山として繁栄しましたが、16世紀頃から鉱山の権益をニーダーザクセン地方の領主に奪われたこともあり衰退しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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リオ・アビセオ国立公園

Río Abiseo National Park
リオ・アビセオ国立公園
リオ・アビセオ国立公園は、ペルー北中部の熱帯アンデス山脈東斜面に位置し、文化と自然の両方の価値が認められた複合遺産です。公園内には、多数の固有種が生息しており、動物相と植物相の驚くべき多様性が見られ、かつて絶滅したと考えられていたヘンディーウーリーモンキーは、この地域にのみ生息しています。また、この森林地域は更新世の避難場所の一部と考えられており、過去の氷河期に動植物が生存し、進化を遂げた場所であると考えられています。
地域: 南米 / 国名: ペルー共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (iii)(vii)(ix)(x)
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リオ・プラタノ生物圏保存地域

Río Plátano Biosphere Reserve
リオ・プラタノ生物圏保存地域
リオ・プラタノ生物圏保存地域はホンジュラス北東部のプラタノ川流域に広がる密林地帯です。中央アメリカに残る数少ない熱帯雨林の一つで、原生熱帯林のみならず山岳地帯や海岸など変化に富んだ自然景観がみられます。ここではコンゴウインコやジャガー、オオアリクイのほか、河口付近にはアメリカマナティなどレッドリストに登録されている動物も生息しています。また一帯は1980年にMBA計画の生物圏保存地域に指定されました。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: ホンジュラス共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (vii)(viii)(ix)(x)
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リスコ・カイドとグラン・カナリア島の聖なる山々の文化的景観

Risco Caido and the Sacred Mountains of Gran Canaria Cultural Landscape
リスコ・カイドとグラン・カナリア島の聖なる山々の文化的景観
北大西洋に浮かぶカナリア諸島グラン・カナリア島中央部の広大な山岳地帯にリスコ・カイドは位置しています。この地では、多数の岩絵がある穴居時代の考古学遺跡や、穀物倉庫や貯水槽、農耕集落からなる文化的景観が形成されています。穴居時代の考古学遺跡は21の洞窟から構成されているほか、呪術や宗教的儀式、豊作の祈りと関係していると見られる岩絵も残されています。その中の1つの洞窟の天井には小さな光の入り口があり、夏至から秋にかけて光が差し込むことで、洞窟内の岩絵が照らし出されるようにつくられています。夜空も美しいこれらの遺跡周辺では、星と母なる地球の崇拝にも関連していると考えられています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (iii)(v)
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リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔

Monastery of the Hieronymites and Tower of Belém in Lisbon
リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔
ジェロニモス修道院は1502年に建設が始まり、ポルトガルの黄金時代を象徴する建築物です。ベレンの塔は、マヌエル1世が、エンリケ航海王子の偉業とヴァスコ・ダ・ガマの功績を記念して1514年に建設されました。両者はリスボン港の入り口に位置し、大航海時代の歴史的背景を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (iii)(vi)
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琉球王国のグスク及び関連遺産群

Gusuku Sites and Related Properties of the Kingdom of Ryukyu
琉球王国のグスク及び関連遺産群
沖縄や奄美の島々で見られる石造りの城塞のことを「グスク」と呼びます。グスクは、農村集落が営まれるようになった12世紀ごろから、按司と呼ばれる領主的な豪族が、自らの居住や防衛の拠点として築くようになりました。首里城(しゅりじょう)跡は、琉球王国の国王の居城として、政治・文化・経済の中枢となった城の遺構です。今帰仁城(なきじんじょう)跡は、14世紀の三山時代に北山王の拠点となったグスクの遺跡です。座喜味城(ざきみじょう)跡は、有力な按司であった護佐丸(ごさまる)によって15世紀に築かれた城跡です。勝蓮城(かつれんじょう)跡は、12世紀から13世紀にかけて建造された、現存する最古の沖縄のグスクで、有力按司の阿麻和利(あまわり)の居城でした。中城城(なかぐすくじょう)跡は、15世紀半ばに護佐丸が居城とし、阿麻和利との戦いで知られ、城壁には高度な石積み技術が見られます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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龍門石窟

Longmen Grottoes
龍門石窟
中国・河南省洛陽市の南にある龍門石窟は、伊水両岸に1kmにわたって連なる中国最大規模の石窟寺院です。493年、北魏の孝文帝が洛陽に遷都したことを機に、唐代までの4世紀以上にわたって造営が続けられました。なかでも5世紀末から8世紀半ばにかけて、石窟造営が最も集中的に行われました。石窟と仏龕の数は合計2,345で、仏像約10万体、石碑は 2,500以上が残っています。力強く大規模な雲岡の石仏に比べ、龍門の石仏は繊細な装飾が施されています。龍門石窟は北魏から唐代への長期にわたる造営を通して、芸術様式の変遷を示す例となっています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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良渚古城遺跡

Archaeological Ruins of Liangzhu City
良渚古城遺跡
中国南東部の揚子江流域に位置する良渚古城遺跡(紀元前約3300年〜紀元前2300年)は、新石器時代後期の中国において、稲作農業を経済基盤とし、統一された信仰体系を持っていた早期の地域国家の存在を明らかにしています。この遺跡群は、長江流域が中国文明の起源に顕著な貢献をしたことを示しており、玉器類に代表される出土品などが、当時の信仰体系を示しています。良渚文化は、文化的アイデンティティ、社会・政治組織、そして社会と文化の発展の概念について、比類のない証拠を提供しています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ルート砂漠

Lut Desert
ルート砂漠
ルート砂漠は、イラン南東部に広がる乾燥地帯です。周囲を山々に囲まれた内陸盆地に位置しており、降水量が少なく乾燥しています。また、太古の昔の火山活動で形成された地表の黒い溶岩質の岩が、亜熱帯の太陽熱を吸収することで、極めて高温になります。夏の気温は70℃以上にもなり、「世界で一番暑い場所」と言われています。全体の広さはイランの総面積のおよそ1%を占めるという広大な不毛の地で、世界遺産には2万2,780㎢が登録されています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (vii)(viii)
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ルネサンス都市フェッラーラとポー川のデルタ地帯

Ferrara, City of the Renaissance, and its Po Delta
ルネサンス都市フェッラーラとポー川のデルタ地帯
イタリア北東部、ポー川のデルタ地帯は数千年にわたり人が定住し、中世より発展してきましたが、14世紀からのエステ家の統治下でさらに有力な都市へと発展しました。エステ家は広範な干拓事業と建設プロジェクトを展開し、都市と周辺の田園風景の調和をはかり、独特の景観を作り出しました。さらに各地からルネサンスの芸術家たちを招き、創作活動を支援しました。建築物としてはエステンセ城やスキファノイア宮殿、サン・ジョルジョ大聖堂などがあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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ル・モルヌの文化的景観

Le Morne Cultural Landscape
ル・モルヌの文化的景観
モーリシャス南西部に位置する『ル・モルヌの文化的景観』は18~19世紀にかけて脱走した奴隷たちが身を隠して生活した岩山です。逃亡奴隷たちは天然要塞としても機能したル・モルヌ山の山頂付近や洞窟に集落を形成し隠れ家として利用しました。東方奴隷貿易の重要な拠点であった、モーリシャスには多くの奴隷(マルーン)が住んでいたことから「マルーン共和国」とも呼ばれていました。またアフリカ本土だけでなく、マダガスカルや東南アジアの奴隷の出身地とも関連のある遺物も見つかっています。現在は奴隷制への抵抗や自由の象徴となっています。
地域: アフリカ / 国名: モーリシャス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (iii)(vi)
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レーゲンスブルク旧市街とシュタットアムホーフ

Old town of Regensburg with Stadtamhof
レーゲンスブルク旧市街とシュタットアムホーフ
ドイツ南東部、ドナウ河畔にあるレーゲンスブルクは、古くは石器時代から人の居住が始まり、西暦80年頃にローマ軍による砦が築かれて以降、2000年もの歴史を持つ都市です。特に中世以降はイタリア、ボヘミア、ロシア、ビザンツ帝国へと続く大陸交易路の重要な中継地として栄えました。9世紀以降は政治的、宗教的、経済的にも重要な位置を占めた都市であり、古代ローマ様式、ロマネスク様式、ゴシック様式といった様々な時代の建築物が混在して保存されています。また、中世から近世のドイツを統治していた神聖ローマ帝国の帝国議会が置かれた都市としても知られ、当初は各地の持ち回りで開催されていた議会でしたが、17世紀以降は常設議会として頻繁に開催されました。その後、神聖ローマ帝国の終焉・解体につながる決議がなされた地もレーゲンスブルクであり、帝国内において重要な位置を占める都市でした。旧市街には帝国の文化的伝統を伝える証拠として9世紀の宮殿の遺跡や多数の教会群、ゴシック様式に市庁舎など多くの歴史的建造物が残されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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レーロースの鉱山都市と周辺

Røros Mining Town and the Circumference
レーロースの鉱山都市と周辺
レーロースで銅鉱山が発見されたのは1644年ですが、1646年にはすでに鉱山町が形成されました。遺産は街とその産業景観、フェムンドシッタ精錬所とその周辺地域、輸送路などで構成され、1977年に銅鉱山が倒産するまでの333年もの期間操業していた銅鉱山と深く結びついています。鉱山町は1679年にスウェーデン軍の侵攻による破壊の後再建され、約2,000棟の木造住宅や精錬所が現存していますが、これらの多くの建物には黒焦げになった木造のファサードが残されています。フェムンドシッタ精錬所においては、精錬所跡を含む産業景観に加えて、水管理システムやそれらを仲介に発展したコミュニティの痕跡などが残った景観となっています。これらの景観は、採掘、輸送、生活様式などが、山岳地帯の寒冷な気候や道路のない辺境地という立地など、他の産業(農業や林業)への従事が制限される環境にいかに人間が適応していったのかを示す証拠でもあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ノルウェー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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レオン・ビエホの遺跡群

Ruins of León Viejo
レオン・ビエホの遺跡群
中米ニカラグア西部レオン市の東、プエルト・モトトンボの町の近くにある遺跡で、約32haにわたって広がっています。ここはスペイン植民地時代の1524年に建設されたアメリカ大陸における最古の西欧式都市のひとつです。この街は1578年に近くにあるモモトンボ火山の噴火で大きく破壊され、さらに1610年の大地震で壊滅しました。1968年になって、工事中に火山灰に埋もれていたラ・メルセー教会が偶然発見され、これをきっかけに広範な調査が開始され、現在17の植民地時代の遺構が発掘されています。この地は植民都市として大きく発展しなかったため、16世紀当時の姿がそのまま埋もれており、その遺構は当時の植民都市とスペイン本国の社会構造を知る上で貴重な手がかりを残しています。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: ニカラグア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (iii)(iv)
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歴史都市トレド

Historic City of Toledo
歴史都市トレド
トレドは首都マドリードから南に70kmの場所に位置する古都として有名です。三方をタホ川が取り囲む小高い丘の上に築かれた都市は、三大宗教の共存が息づく比類のない景観を今も保っています。伝承には、「方舟伝説」で知られるノアの末裔によって築かれたと伝わっています。ローマ帝国の支配下に置かれ、西ゴート王国時代は首都となり、711年からはイスラム勢力の統治下に置かれました。その後、レコンキスタによってキリスト教徒の手に戻るとカスティーリャ王国の王都となりました。当時トレドでは、キリスト、イスラム、ユダヤ教の信者が宗派を問わず暮らしていました。しかし、1492年のレコンキスタ完了後、キリスト教徒による迫害が始まると、イスラム教徒は去っていきました。街には、イスラム色の強い建物や、ユダヤ教徒の装飾品の数々が残り続け、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の三大宗教の要素が共存する特有の街並が今日のトレドに残されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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歴史都市ブリッジタウンとその要塞

Historic Bridgetown and its Garrison
歴史都市ブリッジタウンとその要塞
バルバドスは、カリブ海に浮かぶ小アンティル諸島南東端に位置する島国です。この島国にある、英国植民地時代の17世紀から19世紀にかけて建設された都市が世界遺産に登録されています。中南米地域からヨーロッパに向かう航路上で、カーライル湾は最初の大きな中継基地であったため、イギリス人による都市開発が進みました。多くの歴史的建造物から構成されている他、一部には 軍の駐屯地が含まれています。ブリッジタウンの街路は不規則に配置されており、格子状の都市が多い他国とは異なった植民地都市計画であったことがわかります。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: バルバドス / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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レッド・フォート建造物群

Red Fort Complex
レッド・フォート建造物群
ムガル帝国を大国へと導いた皇帝アクバルの孫であり、同帝国の最盛期を築いた5代皇帝シャー・ジャハーンは、世界遺産『タージ・マハル』の建造者として広く知られています。しかし彼の建築への情熱はそれだけにとどまらず、生涯に数々の壮麗な建造物を残しました。その一つが、デリーにあるレッド・フォート(ヒンディー語で「ラール・キラー」)です。レッド・フォートは、シャー・ジャハーンが17世紀半ばに都をアーグラからシャージャハナバード(現在のデリー)へ移した際に築いた居城で、赤い砂岩の城壁が特徴的です。また、隣接する16世紀建造の城塞サリームガルとともに世界遺産に登録され、シャー・ジャハーンの建築美学とムガル帝国の栄華を象徴する重要な遺構となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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レッド・ベイのバスク人捕鯨基地

Red Bay Basque Whaling Station
レッド・ベイのバスク人捕鯨基地
カナダ北東部、ベルアイル海峡沿岸に位置するレッド・ベイは、16世紀にバスク人船乗りたちの北極海航海の基地として栄えました。1530年代に基地を設立した人々はここをグラン・ベイヤと呼び、夏の沿岸捕鯨や捕獲した鯨の解体、鯨の脂肪を絞って油を精製・貯蔵をするための拠点として利用。やがて鯨油の主要な供給地となり、輸出された鯨油は主に灯火用としてヨーロッパで販売されるようになりました。基地は、地元の鯨の個体数が激減するまで約70年間、使用されました。
地域: 北米 / 国名: カナダ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (iii)(iv)
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レナ石柱自然公園

Lena Pillars Nature Park
レナ石柱自然公園
ロシアの極東にあるサハ共和国は、東シベリアの広大な面積を占めます。サハ共和国の中央を流れるレナ川の河岸には、壮大な石柱群を見ることができます。高さが100m、より高いものだと200mを超える石柱が連続して40㎞以上も続き、遠くからは、川に垂直に突き刺さっている一枚岩の壁のようにも見えます。これらの石柱群は、年間100℃に達する寒暖差(冬季は-60℃、夏季は+40℃)という、サハの大陸性気候によって形成されました。岩の表面から染み込んだ水が凍結すると、後に凍結融解作用が起きて岩に亀裂が生じます。この繰り返しにより柱間の溝が広がったことで、独特の景観となりました。また、この場所には、カンブリア紀に遡る化石が多数存在し、化石の産地としての重要性も高いことが特徴です。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (viii)
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