World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(iii))

バルジェヨウ街並保存地区

Bardejov Town Conservation Reserve
バルジェヨウ街並保存地区
ポーランドとの国境付近、カルパティア山脈の中腹に位置するバルジェヨウは、ハンガリーとポーランドを結ぶ主要な交易路に近いことから税関が設置され、13世紀頃から主要な交易都市として発展しました。今も残る、町を取り囲む城壁や市門、見張り塔などは14~15世紀に市民がその権益を守るために設置したものです。城壁に囲まれた旧市街は広場の中央にルネサンス様式の旧市庁舎が残る市庁舎広場を中心とした都市計画がなされています。この広場の三方には直線的なファサードを持つ46軒の市民の住宅によって囲まれており、もう一方には聖エギディウス教会が面しています。聖エギディウス教会は、後期ゴシック様式で建造された三身廊のバシリカで、内部の11基の祭壇には貴重なコレクションが収められています。また、バルジェヨウには保存状態の良いユダヤ人街もあり、18世紀のシナゴーグのほか、食肉処理場や、浴場、集会所などのユニークな建物が残されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スロバキア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ハルシュタット=ダッハシュタイン/ザルツカンマーグートの文化的景観

Hallstatt-Dachstein / Salzkammergut Cultural Landscape
ハルシュタット=ダッハシュタイン/ザルツカンマーグートの文化的景観
オーストリアの中央部に位置する『ハルシュタット=ダッハシュタイン/ザルツカンマーグートの文化的景観』は、先史時代から続く岩塩採掘の歴史を持つ地域であり、ヨーロッパ最古の塩鉱山の一つとして知られています。「ザルツ」とはドイツ語で「塩」を意味し、「ザルツカンマーグート」とは「塩の王領地」を意味します。その名が表す通り、この地域では太古から岩塩の採掘が行われており、その歴史は有史以前に遡ります。
地域: ヨーロッパ / 国名: オーストリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (iii)(iv)
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パレンケの古代都市と国立公園

Pre-Hispanic City and National Park of Palenque
パレンケの古代都市と国立公園
メキシコ南東部に位置するパレンケは、現在のチアパス州の山岳地帯からタバスコ州の平原を支配した強大な王朝の拠点であったと考えられています。紀元500~700年にかけて最盛期を迎え、9世紀頃に放棄された後は、周囲のジャングルによって遺跡が埋もれていました。18世紀にスペイン人の宣教師によって再発見されましたが、現在もほとんどは密林の中に埋もれています。しかし遺跡は当時の良好な状態で残っており、当時のパレンケでの様子が解明されつつあります。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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盤亀川沿いの岩面彫刻群

Petroglyphs along the Bangucheon Stream
盤亀川沿いの岩面彫刻群
韓国南東部の盤亀川沿いにある『盤亀川沿いの岩面彫刻群』は、かつて盤亀川と呼ばれた、現在の大谷川流域に位置する「盤亀台岩刻画」と「川前里の銘文・岩刻画」の2つの遺跡をまとめた呼称です。約3kmにわたって層状の崖が広がる自然景観の中にあり、岩絵は紀元前5,000年頃から9世紀まで、世代を超えた人々によって石や金属の道具で刻まれました。描かれた内容は動物や人間、狩猟の場面、同心円や菱形、文字など多彩で、当時の文化や芸術表現をよく伝えています。特にクジラや狩猟の場面は、東アジアにおける先史時代の海洋漁労の最古の証拠として注目されています。岩に刻まれたこれらの絵や文字は、制作者たちの優れた観察力と創造力を示す貴重な文化遺産です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (i)(iii)
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バンチェンの考古遺跡

Ban Chiang Archaeological Site
バンチェンの考古遺跡
タイ北東部コラート高原に広がるバンチェン遺跡は、紀元前1495年頃から紀元前900年頃まで継続して人々が暮らした集落跡です。遺跡はメコン川流域に位置し、幅500メートル、長さ1,350メートル、高さ8メートルの楕円形の人工の丘として築かれました。ここでは水田稲作の痕跡や家畜の飼育、陶器や青銅器の使用が確認され、当時の生活や技術の発展がわかります。1966年に彩文土器が発見されたことで本格的な発掘が始まり、以降タイ国内外の研究者による詳細な調査が行われ、農耕や青銅器技術の早期発達を示す貴重な証拠として注目されています。
地域: 東・東南アジア / 国名: タイ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (iii)
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ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群

Humberstone and Santa Laura Saltpeter Works
ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群
ハンバーストーンとサンタ・ラウラの硝石工場群は、チリ北部に位置する、世界で最も乾燥した砂漠のひとつであるパンパ地帯に存在した200以上の硝石精製所を代表する遺構です。1880年から60年以上にわたり、「パンピーノ」と呼ばれるチリ、ペルー、ボリビアから集まった数千人の労働者たちが、過酷な環境の中で世界最大級の硝石鉱床を開発し、農業用肥料である硝酸ナトリウムを生産しました。硝石は18世紀後半に爆薬として欧米に輸出されていましたが、1830年代に肥料としての効果がヨーロッパで発見されると、アメリカやロシア、アルゼンチンやブラジル、キューバなどの地域で需要が高まりました。肥料は北米・南米、ヨーロッパの農地を変革し、チリに莫大な富をもたらしました。しかし、1930年代以降、需要の低下に伴い市場は縮小し、1959年には工場は閉鎖されました。
地域: 南米 / 国名: チリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ハンピの都市遺跡

Group of Monuments at Hampi
ハンピの都市遺跡
インド南部のハンピには、14~16世紀にかけて南インドを支配した最後のヒンドゥー教王国ヴィジャヤナガル王国(「勝利の都」という意味)の都市遺跡があります。この都市は7重の城壁を巡らせた堅固な要塞都市であったとされ、約26㎢の範囲に王宮や寺院、バザールなどが建ち並んでいました。しかし1565年にイスラム勢力によって蹂躙され放棄されました。現在残っているのは、最も神聖な聖域とされる「ヴィルーパークシャ寺院」と、石造りのラタ(山車)が有名な「ヴィッタラ寺院」などです。これらの寺院は、当時王国で広まっていたドラヴィダ様式で建てられており、規模の大きさや塔門(ゴープラ)、回廊、精緻な彫刻が特徴です。また、世俗建築にはイスラム建築の要素も取り入れられており、女王の浴場や象舎などで見ることができます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
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万里の長城

The Great Wall
万里の長城
『万里の長城』は、紀元前3世紀から17世紀まで、約2,000年にわたって築かれた中国最大の防衛施設です。総延長は2万kmを超え、河北省・山海関から甘粛省・嘉峪関まで、広大な範囲におよびます。構造は、城壁、望楼、馬道、狼煙台、関所など多様な構造からなり、地域や時代ごとに用いた素材や建築技術が異なります。特に明代には、煉瓦を用いた高度な技術が導入され、堅固な長城が形成されました。世界遺産として登録されているのは、保存状態が良好な「八達嶺」「山海関」「嘉峪関」の3つの主要なエリアです。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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ピーコ島のブドウ栽培の景観

Landscape of the Pico Island Vineyard Culture
ピーコ島のブドウ栽培の景観
リスボンから西に1,500㎞の北大西洋にあるアゾレス諸島。この中で2番目に大きな火山島であるピーコ島は、種子島ほどの面積です。この島には、伝統的な農法で築かれたブドウ園が西側の海岸沿いに広がっていますが、大きな特色は、それが石垣によって形成されていることです。約6m×3mの長方形に区切られた石垣が何千も密集しており、各区画にワイン用のブドウが植えられています。これらの石垣には、大西洋の潮風からブドウの苗木を保護し、また、畑の温度を維持する効果があります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (iii)(v)
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ビーソトゥーン

Bisotun
ビーソトゥーン
イラン西部の古代の交易路上にあるビーソトゥーン(「神々の場所」の意)には、先史時代からメディア王国、アケメネス朝、ササン朝そしてイル・ハン国時代までの遺跡が残っています。中でも、紀元前6世紀にアケメネス朝のダレイオス1世(大王)が王位についたことを記念して彫られた摩崖碑は重要で、一般には英語読みの「ベヒストゥン碑文」として知られています。ここにはダレイオス1世の等身大の浅浮彫と並んで、彼の時代の帝国統治や歴史的事件等が楔形文字で記されています。1,200行に及ぶ碑文は、エラム語とバビロニア語そして古代ペルシャ語の3か国語でほぼ同じ内容が書かれており、この時代唯一残された歴史的文書であることもあり、古代言語学的にも歴史学的にもとても価値のあるものです。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)
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ヒヴァのイチャン・カラ

Itchan Kala
ヒヴァのイチャン・カラ
ウズベキスタン、ホラズム地方のアムダリヤ川の南に位置するヒヴァは、16世紀初頭に成立したヒヴァ・ハン国の首都です。この国はウズベク人が興した国であり、隣国のブハラ・ハン国とコーカンド・ハン国で、領土をめぐって激しく争いました。首都ヒヴァは17世紀頃に首都となり、その旧市街で「内城」を意味するイチャン・カラは、二重の城壁で守られています。城壁の影響もあり、保存状態が非常に良いことから、1969年に「博物館都市」に指定されて、今も手厚く保存されています。また、イチャン・カラはヒヴァ・ハン国がこの地を治める以前から栄えており、2,000年以上の歴史を有しています。古来、ペルシア地方に向かうキャラバン達の休息地となっており、オアシス都市としても栄えていました。
地域: 西・南アジア / 国名: ウズベキスタン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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ピエモンテのブドウ園の景観:ランゲ・ロエロとモンフェッラート

Vineyard Landscape of Piedmont: Langhe-Roero and Monferrato
ピエモンテのブドウ園の景観:ランゲ・ロエロとモンフェッラート
イタリア北部ピエモンテ州に位置するランゲ・ロエロ地方とモンフェッラート地方のワイン産地5地区とカヴール城からなる世界遺産です。北はポー川、南はリグリア・アルプスの中間地域にあたるこの一帯では、長い年月をかけて土壌や野生種だったブドウを改良し、最適なワインづくりを発展させてきました。丘陵斜面を開墾して作り出されたブドウ畑が、城やロマネスク様式の教会、村落、農園など周辺の風景と調和した景観を生み出しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (iii)(v)
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ヒエラポリスとパムッカレ

Hierapolis-Pamukkale
ヒエラポリスとパムッカレ
古代都市ヒエラポリスの歴史は、紀元前2世紀にアッタロス朝(ペルガモン王国)の軍団居留地として築かれたことから始まります。後述のパムッカレの段丘の上に広がるヒエラポリスは、やがて温泉街として栄えるようになり、古代ローマに割譲されたのちに繁栄のピークを迎えます。劇場や浴場、凱旋門といったローマを象徴する建造物や、初期キリスト教建築である八角形の聖堂(マルティリウム)を現在も観ることができます。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (iii)(iv)(vii)
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ヒッタイトの首都ハットゥシャ

Hattusha: the Hittite Capital
ヒッタイトの首都ハットゥシャ
ハットゥシャはトルコの首都・アンカラから東へ約150kmのアナトリア高原に位置し、紀元前17世紀から紀元前13世紀に繁栄したヒッタイト王国の首都の遺跡で、全長約8kmに及ぶ城壁が都市全体を取り囲んでいました。ヒッタイト人は初めて鉄器を利用した民族として知られていて、めざましい製鉄技術を有していたのが特徴的です。鉄製の武器や馬に引かせた戦車を使うなどして戦況を優位に進め、強国として繁栄しました。紀元前12世紀頃に「海の民」と呼ばれる民族の襲撃に遭い、滅亡することになりますが、その実態の多くがわかっておらず、謎めいています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ヒマーの文化地域

Ḥimā Cultural Area
ヒマーの文化地域
「ヒマーの文化地域」はサウジアラビア南西部、イエメン国境に近いナジュラーン州にあり、この山岳地帯に残る岩絵や岩壁碑文は7,000年にわたる文化の一面を記録するものです。ナジュラーンは、かつて乳香や没薬など香料交易の中心地でした。貴重な水源を有していたヒマーには、アラビア南部とメソポタミア、レバント、エジプトを結ぶ隊商路が通っていました。この地を往来した旅人や商人、軍隊は、膨大な岩絵や碑文などを残しました。岩絵には、狩りの様子や野生動物、植物、道具など当時の生活をしのばせるものが描かれており、碑文からは、ムスナド文字やタムード文字、アラム・ナバテア文字、ギリシャ文字などの多様な言葉が確認されています。
地域: 西・南アジア / 国名: サウジアラビア王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (iii)
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ピマチオウィン・アキ

Pimachiowin Aki
ピマチオウィン・アキ
カナダ中部のマニトバ州にあるマニトバ湖東岸からオンタリオ州にかけて広がる面積約2万9,000㎢の広大な土地がカナダ初の複合遺産として登録されました。ベレンズ川、ブラッドベイン川、ピジョン川、ポップラー川の源流にある「ピマチオウィン・アキ」とは、先住民アニシナアベ族の言葉で「命を与えてくれる土地」という意味です。ピマチオウィン・アキには「ブラッドベイン川」「リトル・グランド・ラピッズ」「パウインガッシ」「ポップラー川」という4つのアニシナアベ族の共同体の伝統的な土地が含まれています。川や湖、湿地によって分断された森林地帯で、アニシナアベ族は7,000年以上にわたり狩猟や漁労、採集などを行いながら自然と共存してきました。
地域: 北米 / 国名: カナダ / 分類: 複合遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (iii)(vi)(ix)
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ピュー族の古代都市群

Pyu Ancient Cities
ピュー族の古代都市群
ミャンマー中部に位置するピュー族の古代都市群は、紀元前200年頃から紀元後900年頃にかけて繁栄したピュー族の王国の遺跡です。ピュー族は、ビルマ族がこの地域に進出する以前からエーヤワディー川流域に居住していた、チベット=ビルマ系の民族です。ハリン、ベイッタノ、シュリ・クシェートラの3つの都市遺跡は、いずれもレンガ造りの城壁で囲まれており、内側には宮殿や埋葬地、ボーボージーパゴダと呼ばれる仏塔が残されています。城壁で街を囲み、中央に宮殿を配置する都市構造は、古代インドの宗教観に影響を受けたものと考えられています。交易の拠点として栄えたこの地域には、約2,000年前に東南アジアに伝来した仏教によって経済的・社会的・文化的な変化がもたらされました。文献記録によると、ピュー族の王国は東南アジア最古の仏教都市国家とされています。しかし、9世紀に入ると中国雲南地方を基盤に勢力を拡大した南詔からの攻撃を受け、急速に衰退しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: ミャンマー連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ピリッポイの考古遺跡

Archaeological Site of Philippi
ピリッポイの考古遺跡
ギリシャ北東部にあるピリッポイは、マケドニアの王フィリッポス2世によって、紀元前356年に創建された都市です。ここはヨーロッパとアジアを結ぶエグナティア街道が通る、交通の要所として栄えました。また、紀元前42年にはフィリピの戦いが起き、それ以降しばらくは「小ローマ」として繁栄しました。また、49年から50年にかけては使徒パウロが訪れたとされ、その後はキリスト教信仰の中心地にもなりました。ギリシャ風の都市の様子を保ちながらも、交通の要所となり、キリスト教信仰の中心地となった場所でもあるため、大変価値の高い都市となっています。 
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ビルカとホヴゴーデン

Birka and Hovgården
ビルカとホヴゴーデン
スウェーデンで3番目に広い湖、メーラレン湖には「ビョルケー島」と「アデルスエー島」が浮かんでいます。ビルカとホヴゴーデンは、この2つの島に位置しており、ヴァイキングの交易地であった遺跡が残っています。ビョルケー島のビルカは、ヴァイキングの交易地として8~10世紀にかけて繁栄したほか、9世紀にはハンブルク=ブレーメン大司教のアンスガールが訪れたことで、スウェーデンのキリスト教化のはじまりの拠点となりました。ここでは城壁や2,000を超える墳墓、ゲルマン人が用いたとされるルーン文字の石碑などが見つかっており、墳墓の副葬品からはヴァイキングが遠く離れたビザンツ帝国とも交易を行っていたことが証明されています。また、アデルスエー島のホヴゴーデンではヴァイキング時代の王宮跡と思われる遺跡も見つかっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミヒャエル聖堂

St Mary's Cathedral and St Michael's Church at Hildesheim
ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミヒャエル聖堂
ドイツ北部のヒルデスハイムにある聖ミヒャエル聖堂と聖マリア大聖堂は、どちらもロマネスク時代の建築様式を理解するうえで非常に貴重な内部装飾の要素を数多く含んでいます。2つの建物は800mほど離れており、1015年に造られた「聖マリアの青銅の扉」は創世記とキリストの生涯を描いていて、聖ミヒャエルの青銅柱(1020年頃)はトラヤヌスの柱に着想を得た螺旋装飾で新約聖書の場面を表現しています。これらは古代以来で初めての大規模な鋳造作品で、どちらもベルンヴァルト司教の依頼によって制作されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ピレネー山脈のペルデュ山

Pyrénées - Mont Perdu
ピレネー山脈のペルデュ山
フランス・スペインの国境にまたがるピレネー山脈のペルデュ山は、標高3,352mを誇る石灰岩の山で、雄大な自然の中に希少な野生動物が暮らす地域として有名です。スペイン側にはヨーロッパ最大にして最深の渓谷が2つあり、フランス側の北斜面には3つの主要なカール壁(圏谷壁)が見られます。また、ペルデュ山に残る村落、畑、牧草地などの農業生活様式は、ヨーロッパの山岳地帯では希少となった放牧を中心とした山での伝統的な暮らしを知ることのできる重要な場所となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン, フランス共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)(vii)(viii)
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ヒロキティアの考古遺跡

Choirokoitia
ヒロキティアの考古遺跡
「ヒロキティアの考古遺跡」はキプロス島南岸から約6㎞、マロニ川の湾曲部分に囲まれた丘陵の斜面に位置し、紀元前7,000年から前4,000年頃に造られた地中海最古級の集落遺跡と考えられています。紀元前1万年頃にアジアで興った新石器文化は,紀元前8,000年から前7,000年頃にキプロス島へ伝わり、その後地中海全域へ広がりました。ヒロキティアの考古遺跡には、この伝播の過程を見ることができる点が貴重とされています。遺跡は1934年に発見され、1936年から1946年にかけて発掘調査が行われました。1977年以来、アラン・ル・ブラン(パリ国立科学研究センター)の指揮の下で発掘調査が進められています。
地域: ヨーロッパ / 国名: キプロス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ピントゥラス川のクエバ・デ・ラス・マノス

Cueva de las Manos, Río Pinturas
ピントゥラス川のクエバ・デ・ラス・マノス
アルゼンチン南部、パタゴニア地方のリオ・ピントゥラス渓谷には、紀元前11,000年頃から紀元後700年頃までの長期にわたって描かれ続けた壁画が残っています。遺産の中で最も特別な場所は、「手の洞窟」を意味するクエバ・デ・ラス・マノスと呼ばれる洞窟で、270メートルにわたって800以上の手形が岩壁を埋め尽くしています。この地域で今でも見られるラクダ科のグアナコなどの動物や、槍を持った人間、狩猟場面なども描かれています。考古学的調査により、この遺跡に最後に人が居住したのは紀元後700年頃で、パタゴニアに最初に定住したテウェルチェ族の祖先と考えられる人々が暮らしていたことが明らかになっています。
地域: 南米 / 国名: アルゼンチン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (iii)
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ビンベットカのロック・シェルター群

Rock Shelters of Bhimbetka
ビンベットカのロック・シェルター群
インド中部中央インド高原の南縁にあるヴィンディア山脈山麓には巨大な自然の砂岩塊に穿たれた約400にものぼるロック・シェルター(岩窟)があり、そこに多くの岩絵が残されています。これらは中石器時代から有史時代にかけて描かれたものです。岩絵には人々の日常生活や狩猟の光景、それに多くの動物が描かれ、当時の住民の生活がよくわかります。そして岩窟遺跡に隣接する21カ所の集落の文化的伝統がそれらの岩絵にも表現されています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (iii)(v)
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プー・プラバート:ドヴァーラヴァティー時代のセーマ石の伝統の証拠

Phu Phrabat, a testimony to the Sīma stone tradition of the Dvaravati period
プー・プラバート:ドヴァーラヴァティー時代のセーマ石の伝統の証拠
タイ東北部コラート高原にあるプー・プラバートは、7〜11世紀にかけて、ドヴァーラヴァティー時代の仏教文化の中心地となりました。仏教では儀式の場を示す境界として「シーマ石」が立てられますが、プー・プラバートには当時のまま残るシーマ石が世界で最も多く確認されています。仏典に記された配置形式がすべて揃い、様式の変化も追えることから、この地域の仏教発展を示す重要な資料となっています。また、長い年月をかけてシーマ石が点在する景観が形成され、僧侶たちの修行や儀礼の場として機能してきました。
地域: 東・東南アジア / 国名: タイ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (iii)(v)
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ファールス地方にあるササン朝の考古学的景観

Sassanid Archaeological Landscape of Fars Region
ファールス地方にあるササン朝の考古学的景観
イラン南西部のファールス地方には、3世紀から7世紀にかけてこの地を支配したササン朝時代の要塞や宮殿など8カ所の考古学遺跡が点在しています。遺跡はササン朝の最古期のものと末期のもので、最古期のものはフィールズアーバードにあるササン朝の始祖アルダシール1世の城やレリーフと円形都市跡、そしてビシャプールにある第2代シャープール1世の都市遺跡です。これらは3世紀のものです。末期の遺跡はサルヴェスターンにある7世紀の宮殿跡です。都市遺跡はいずれも周辺の自然と地形を最大限活用して建造されています。建物にはアケメネス朝やパルティアの伝統様式に加えてローマの影響も見てとれ、さらにその後のイスラム建築に大きな影響を与えました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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ファールンの大銅山地域

Mining Area of the Great Copper Mountain in Falun
ファールンの大銅山地域
スウェーデン中部、ダーラナ地方の山あいに位置する「ファールンの大銅山地域」は、かつて全世界の銅の3分の2を産出した大銅山の跡地です。この地での銅採掘の歴史は古く、8~9世紀から1992年まで、約1,000年にわたって採掘が続けられました。銅山跡には、深さ90mもある露天掘りの採掘坑や廃石・土砂の山、工場、住宅、最盛期であった17世紀頃の採掘設備などが残っています。また、旧市街地には17世紀に計画され、ファールン大聖堂をはじめとする街の繁栄を物語る歴史的な建造物が現存しています。ファールンの大銅山地域は、自由な鉱山労働者が株式を所有する共同運営組織であったこともあり、世界有数の鉱山地域におけるかつての生活様式が鮮やかに描き出されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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ファジル・ゲビ、ゴンダールの遺跡群

Fasil Ghebbi, Gondar Region
ファジル・ゲビ、ゴンダールの遺跡群
エチオピアの北西部、標高約2,000mの高地にあるゴンダールは、17世紀初頭にエチオピア帝国の首都として繁栄した町です。エチオピア帝国の始まりは、概ね13世紀頃で、以後長く繁栄し、19世紀末の列強によるアフリカ分割に際しても、リベリアとともに独立を保った、数少ないアフリカの国家でした。ゴンダールはエチオピア帝国の最初の定住首都として機能し、1979年に世界遺産に登録されました。首都を造営したのは皇帝ファシラダスであり、小高い丘の上に王宮群も造営し、それらは「ファジル・ゲビ」と呼ばれました。ファシラダスは庶民の崇敬を集め、エチオピア帝国の黄金時代をもたらしました。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (ii)(iii)
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ファテープル・シークリー

Fatehpur Sikri
ファテープル・シークリー
ファテープル・シークリーは、インドの古都アーグラ近郊にあるムガル帝国の都の遺跡です。1571年、3代皇帝アクバルは、イスラム神秘主義者スーフィーの聖者シャイフ・サリーム・チシュティーが、息子(後の4代皇帝ジャハーンギール)の誕生を予言した場所に新たな都市の建設を開始しました。当時アクバルが西部グジャラート地方での戦いに勝利したことにちなみ、「勝利の都市」を意味するファテープル・シークリーと名付けられ、1573年に完成しました。しかし水不足や酷暑、またアフガン民族との戦いから、わずか14年後の1585年にラホールへと遷都されました。1619年には、疫病が流行したアーグラから避難したジャハーンギールが約3ヵ月間滞在しましたが、その後は完全に放棄されました。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ファヤの先史景観

Faya Palaeolandscape
ファヤの先史景観
ファヤの先史景観は,アラブ首長国連邦シャルジャ首長国の中央部に位置し、西はペルシア湾、東はオマーン湾からそれぞれ内陸に約55㎞の地点にあります。資産の面積は約3万haに及び、「ジェベル」(山脈)と呼ばれるほぼ南北に伸びる石灰岩の露頭が連なる中央部、ジェベルとハジャル山脈の間に位置するムレイハ・マダム平原、そしてジェベルの西側に広がるルブ・アル・ハリ(空虚な地域)砂漠の砂丘が含まれます。乾燥した環境にもかかわらず、ここには中期旧石器時代および新石器時代(21万年前から6,000年前)の人類居住の痕跡が保存されています。
地域: 西・南アジア / 国名: アラブ首長国連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (iii)(iv)
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