World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(vi))

ムザブの谷

M'Zab Valley
ムザブの谷
アルジェリア北部、首都アルジェの南約450km、サハラ砂漠の涸れ谷に点在する5つのクスール(要塞都市)の建築群。異端視された「イスラム清教徒」ムザブ人が、長い流浪の末、11世紀はじめガルダイアを中心に頑強な防護壁に守られた街を築き、定住しました。砂漠で、独自の文化をもち、何世紀にもわたってその結束を維持してきた要塞の街は、シンプルでありながら機能的で、環境に適応した建築が特徴的です。
地域: アフリカ / 国名: アルジェリア民主人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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ムランジェ山の文化的景観

Mount Mulanje Cultural Landscape
ムランジェ山の文化的景観
マラウイ南部にどっしりと構えるムランジェ山は、むき出しの岩肌が特徴的で、世界最大級のインゼルベルク(残丘)のひとつとしても知られます。インゼルベルクとは、侵食から取り残された、平原に孤立した丘のことです。古くからこの山は、神々や精霊、祖先の霊が宿る聖地とされてきました。地元のヤオ族、マンガンジャ族、ロムウェ族の人々は、それぞれが異なる文化的背景を持っていますが、いずれもこの山を精神的支柱として崇敬してきました。山中の洞窟や池などでは伝統的な儀式が営まれ、精霊と交信する呪術師やヒーラー、治癒効果のある植物を用いる薬草師らは、地域共同体で不可欠な存在であるとみなされてきました。山の自然環境に根ざして受け継がれてきた伝統的慣習と信仰体系は、他の宗教が出現した後も失われることはなく、この地の独特な景観を形づくってきました。
地域: アフリカ / 国名: マラウイ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ムンバイにあるヴィクトリア朝ゴシックとアール・デコの建造物群

Victorian Gothic and Art Deco Ensembles of Mumbai
ムンバイにあるヴィクトリア朝ゴシックとアール・デコの建造物群
19世紀の後半、港湾都市として発展したムンバイは大規模な都市計画プロジェクトを実行し、その一環として様々な様式で公共建築を建てました。当初は「ヴィクトリア朝ネオ・ゴシック様式」でしたが、20世紀初頭には「アール・デコ様式」が入ってきました。市中心部の「オーヴァル・メイデン」と呼ばれる楕円形のエリアには、その東側には裁判所や大学等がネオ・ゴシック様式で建てられ、一方西側にはアール・デコ様式の住宅や映画館が並んでいます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (ii)(iv)
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明・清時代の皇帝陵墓

Imperial Tombs of the Ming and Qing Dynasties
明・清時代の皇帝陵墓
明・清時代の皇帝陵墓は、風水に基づいて慎重に選ばれた地形に位置し、自然環境との有機的な統合が図られています。陵墓と建物は中国の階層構造に従って配置され、石碑や彫刻が並ぶ神聖な通路が組み込まれています。これは、王室の儀式や死者の霊の通行を目的としたもので、5世紀にわたり明・清の統治者が堂々とした陵墓の建設を非常に重視していたことを物語っています。この自然と調和した配置は、人類の創造的才能を示す傑作です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業

Sites of Japan’s Meiji Industrial Revolution: Iron and Steel, Shipbuilding and Coal Mining
明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業
官営八幡製鐵所は、明治維新後の産業近代化に伴う鉄鋼需要の高まりに対応するため、鋼鉄を生産する日本初の銑鋼一貫製鉄所として1897年に着工され、1901年に操業を開始した官営工場です。日清戦争の下関条約によって莫大な賠償金を得た日本は、筑豊炭田に近く洞海湾に面した八幡村に、ドイツのグーテホフヌンクスヒュッテ社の設計・施工により製鉄所を建設しました。1910年には、国内鋼材生産量の90%以上を担っていました。官営八幡製鐵所は、「旧本事務所」、「修繕工場」、「旧鍛冶工場」で構成されています。「旧本事務所」は、八幡製鐵所の操業2年前の1899年に完成した初代本事務所で、中央にドームをもつ赤レンガ造りの2階建てであり、屋根は日本瓦葺きです。「修繕工場」は、製鐵所で使用する機械の修繕や部材の製作・加工を目的に1900年に建設された日本最古の鉄骨建造物で、現在も現役の工場として使用されています。「旧鍛冶工場」は、製鐵所建設に必要な鍛造品の製造を目的として1900年に建設された鉄骨建造物です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (ii)(iv)
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メキシコ国立自治大学(UNAM)の中央大学都市キャンパス

Central University City Campus of the Universidad Nacional Autónoma de México (UNAM)
メキシコ国立自治大学(UNAM)の中央大学都市キャンパス
メキシコシティー南部にあるメキシコ国立自治大学(UNAM)は敷地面積約7㎢を誇る中南米最大規模の大学です。1551年にスペイン王フェリペ2世によって開学された王立メキシコ大学を前身とし、メキシコ革命を経て1929年に自治権を獲得し、現在の名称へと改称されました。その後1949年から1952年にかけての近代化運動のなかで大学が建設されました。20世紀のモダニズムの建築工学や景観設計と、スペイン人入植以前のメキシコの伝統文化に由来する特徴とが融合した大学都市が作り上げられました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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メキシコ・シティの歴史地区とソチミルコ

Historic Centre of Mexico City and Xochimilco
メキシコ・シティの歴史地区とソチミルコ
メキシコ・シティは16世紀にスペイン人によってアステカ帝国の古都テノチティトランの遺跡の上に建設された街です。スペイン人は1521年にテノチティトランに攻め入り、都市を破壊したのち、都市の上にメキシコ・シティを建設しました。ソカロ(中央広場)を中心に碁盤の目状に道路が広がる都市構造や建築様式は新大陸における植民都市のモデルとなり、各地に影響を与えました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)
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メテオラの修道院群

Meteora
メテオラの修道院群
メテオラとはギリシア語で「中空に浮く」という意味であり、ギリシア中部にあるメテオラでは、奇岩群が数多くあり、その上に修道院が立っているという、世界でも類を見ない景観が見られます。この奇岩群が形成されたのは今から6,000万年前に誕生したとされ、そこから長い年月をかけて川の水が谷を削り、硬い部分だけが残った結果、このような景観が生まれました。この景観を神の地と思ったのか、古くから人々が住み着いていました。9世紀頃から、現実世界から離れて、決して住みやすいとは言えないこの場所に修道院を築き、祈りを捧げるようになるのです。修道院群があたかも空中に浮いているように見えるから、この地はメテオラと言われました。最盛期には24の修道院があり、7つの修道院が世界遺産に登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(v)(vii)
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メラカとジョージ・タウン:マラッカ海峡の歴史都市

Melaka and George Town, historic cities of the Straits of Malacca
メラカとジョージ・タウン:マラッカ海峡の歴史都市
マラッカ海峡に面した、古都メラカとペナン島のジョージ・タウンは、東洋と西洋の文化が重層的に融合した独自の都市景観を今に伝える港町です。ヨーロッパとアジアを結ぶ最短航路だったマラッカ海峡は、大航海時代から数多くの船が行き交う場所でした。この海峡の周辺はモンスーンの変わり目に位置するため、これらの港町は、風待ちのために停泊する中継地として栄えていきました。結果的にさまざまな国の人々が交流したことで、この場所では文化的な多様性が育まれ、非常に魅力的な都市となったのです。 
地域: 東・東南アジア / 国名: マレーシア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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メロエ島の考古遺跡

Archaeological Sites of the Island of Meroe
メロエ島の考古遺跡
スーダン中央東部、ナイル川とアトバラ川に挟まれた半砂漠地帯には、紀元前8世紀から後4世紀にかけて栄えたクシュ王国の遺跡が残ります。クシュ王国とは、前10〜9世紀頃にナイル中部地域に興隆した大国でした。王国の文化は、ナパタ文化とメロエ文化の2つの時期に分けられます。前期は紀元前900〜前270年にかけてナパタ地域を中心に栄え、当時の支配者の埋葬地などを含む遺跡は『ゲベル・バルカルとナパタ地域の遺跡群』として世界遺産に登録されています。メロエ文化は、王国がナイル川近くのメロエへと遷都し最盛期を迎えた前270〜後350年の時期を指し、地中海からアフリカの中心部まで版図を広げました。本遺産には、メロエにあるクシュ王の王都や、内陸に位置する宗教遺跡のナカとムサワラット・エス・スフラが含まれています。ピラミッド、寺院、住宅、灌漑システム、工業地帯などがあり、1,000年以上にわたって形成されたメロエ文化の証拠でもあります。
地域: アフリカ / 国名: スーダン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(v)
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メンフィスのピラミッド地帯

Memphis and its Necropolis – the Pyramid Fields from Giza to Dahshur
メンフィスのピラミッド地帯
紀元前28世紀頃から22世紀ぐらいまで続いたエジプト古王国の時代に建設されたピラミッドが、王国の都であったメンフィスの周辺(ギザからダハシュール辺り)に多く残っています。古王国第3王朝のジェセル王はそれまで日干しレンガで造られた小さいマスタバと呼ばれる墓ではなく、不滅の建材である石材を使ったピラミッドを建設しました。彼のピラミッドは方形の石段の四方を拡張し6段重ねた「階段ピラミッド」と呼ばれています。次の第4王朝のスネフェル王は途中で角度が変わる「屈折ピラミッド」や少し赤く見える石材を使った「赤のピラミッド」など在位中に3つもピラミッドを建設しました。そして最大のものは次のクフ王の時代ものです。カイロ近郊のギザの台地には、高さ146m(建設当時は150m以上あったと言われています)のクフ王のピラミッドとカフラー王・メンカフラー王のピラミッドが並び、「ギザの3大ピラミッド」と呼ばれます。しかし、これ以後のピラミッドは小規模化していきました。
地域: アフリカ / 国名: エジプト・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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モザンビーク島

Island of Mozambique
モザンビーク島
モザンビーク島は、モザンビーク共和国ナンプラ州にあり、インド洋のモスリル湾の入り口に位置しています。本土の海岸からは約4㎞沖合にある石灰質サンゴ礁で,1960年代に建設された橋によって本土と結ばれています。島は東にゴア島とセナ島という2つの小さな無人島を持ち、群島を形成しています。この島は10世紀頃からアラブの品物とアフリカで産出される金を交換するインド洋貿易の拠点として栄えてきました。アラブ商人たちは街を建設し、真珠、象牙、銀などを使った象嵌細工の技術や、繊細な彫刻が施された建築物など、アラブの文化を伝えました。
地域: アフリカ / 国名: モザンビーク共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iv)(vi)
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モスクワのクレムリンと赤の広場

Kremlin and Red Square, Moscow
モスクワのクレムリンと赤の広場
モスクワの歴史は、1,100年代にユーリー・ドルゴルーキーが木造の要塞を建設したところから始まったとされています。これが後のクレムリンになりますが、モスクワの街はこの要塞を中心に発展していきました。 1480年にイヴァン3世が「タタールのくびき」と呼ばれるモンゴルの支配からの脱却を果たし、城壁が強化され、城塞内にはウスペンスキー聖堂などの大聖堂が建てられることとなりました。城壁内部の中心であるサボールナヤ広場には聖堂が立ち並び、聖遺物、中世のフレスコ画、イコン、高価な写本など様々な芸術品が残されています。 15世紀末に築かれたファセット宮殿は、国家行事や祝賀行事、外国大使を迎えるために建設されました。他にも金色のドームが印象的で、荘厳かつ煌びやかなブラゴヴェシチェンシスキー聖堂などがあります。モスクワはロシア革命後の1918年から、ロシアの首都として発展していくこととなります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
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モスタル旧市街の石橋と周辺

Old Bridge Area of the Old City of Mostar
モスタル旧市街の石橋と周辺
モスタル旧市街は、15世紀から16世紀にかけてオスマン帝国の国境都市として発展し、19世紀から20世紀のオーストリア・ハンガリー帝国時代にも繁栄を遂げました。この地域は、オスマン帝国、地中海、西欧の建築様式が融合した独自の都市景観を形成しています。​街の中心にある石橋は、スターリ・モスト(古い橋)と呼ばれ、16世紀にミマール・スィナンの弟子ミマール・ハイルッディンが設計し、オスマン建築の傑作とされています。​1990年代のボスニア紛争で街の大部分とともに破壊されましたが、2004年に各国の援助やユニスコの支援を受けて再建され、和解と国際協力、多文化共生の象徴となっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ボスニア・ヘルツェゴビナ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (vi)
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モデナ:大聖堂と市民の塔(トッレ・チヴィカ)、グランデ広場

Cathedral, Torre Civica and Piazza Grande, Modena
モデナ:大聖堂と市民の塔(トッレ・チヴィカ)、グランデ広場
モデナはイタリア北部エミリア・ロマーニャ州にあります。モデナ市内あるいは近郊には、「マセラティ」や「フェラーリ」などの最先端のスポーツカーを製造する会社の本社があります。その一方で、旧市街では、中心にあるグランデ広場、大聖堂、鐘楼などが一体となっていて、中世の面影を今に残しています。そして、キリスト教における宗教上の結びつきの強さと、この地を支配したカノッサ家の影響を見ることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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モヘンジョ・ダーロの遺跡群

Archaeological Ruins at Moenjodaro
モヘンジョ・ダーロの遺跡群
モヘンジョ・ダーロの都市遺跡は、紀元前3千年紀初頭にまで遡れる都市遺跡で、焼成レンガによって建てられた都市は、大きく東西二つのエリアに分かれています。東側の市街地地区は碁盤目状の街路が広がっているだけでなく、高度に整備された下水道網までも設置されていることから高度に計画された都市であったことが見て取れます。西側の城塞地区の丘の上には2世紀頃に仏教徒によって建造されたストゥーパ(仏塔)が残されています。それ以外にも公衆浴場や学校、穀物倉庫なども配置されています。
地域: 西・南アジア / 国名: パキスタン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (ii)(iii)
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モレリアの歴史地区

Historic Centre of Morelia
モレリアの歴史地区
モレリアは、首都メキシコ・シティと第2の都市グアダラハラの間に位置し、16世紀半ばにスペインの植民都市バリャドリードとして築かれました。1570年に司教座が置かれて以降、この地域の宗教・文化の中心として発展し、18世紀には大聖堂や市庁舎などが建設されました。現在も約250の植民地時代の建造物が残り、多くがピンク色の石材で造られています。市内にはルネサンス、バロック、新古典主義が融合した建築が並び、その様式は「モレリアのバロック」といわれています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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モン・サン・ミシェルとその湾

Mont-Saint-Michel and its Bay
モン・サン・ミシェルとその湾
モン・サン・ミシェルは、フランス北西部の英国とフランスに挟まれた湾に立つ、小高い丘の上にあります。この地域は、フランスの他の地域とは異なり、現在の英国やアイルランドなどで見られるケルトの文化が色濃く残ります。708年にケルト人のモン・トンブと呼ばれるケルト人の聖地だった場所に、聖ミカエルを祀る聖堂を築いたのが、モン・サン・ミシェル(フランス語で「聖ミカエルの山」)の始まりです。聖ミカエルの信仰は、イタリアの世界遺産『イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)』に含まれるプーリア州の洞窟教会「サントゥアリオ・ディ・サン・ミケーレ・アルカンジェロ」に始まるとも伝えられますが、モン・サン・ミシェルはその信仰が遠くフランスに北西部にまで広がったことを示しています。 
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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モンバサのフォート・ジーザス

Fort Jesus, Mombasa
モンバサのフォート・ジーザス
ケニア南部の街、モンバサの南端のサンゴ岩の尾根の上に、1593~1596年に築かれた要塞です。これは、ポルトガル人ジョバンニ・バッティスタ・カイラティの設計によるもので、モンバサ港とインド洋の海上貿易路の防衛を目的として建造されました。要塞の配置や形状は、人体には完璧なプロポーションと幾何学的な調和があるというルネサンスの理想を反映しており、上空から見ると人体を模したようにも見えます。フォート・ジーザスは、長らく東洋文明の影響下にあったインド洋海上貿易路を西洋文明が始めて支配しようとしそれに成功したことを物語る存在です。建築技術においては15世紀から16世紀にかけての軍事技術の革新を反映させる近代的な要塞ですが、1世紀ほどのポルトガル支配の後はアラビア人、スワヒリ人、イギリス人など支配者が幾度となく変わったという歴史を経ながら、その間幾度もの改修や変更があったにも拘わらず、当初の姿を保っている貴重な遺跡です。それと同時に、インド洋地域においてアフリカ、アラブ、トルコ、ペルシャそしてヨーロッパといった様々な地域の人々が交流した地としてもその価値は非常に高い遺産となっています。
地域: アフリカ / 国名: ケニア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会

Churches of Peace in Jawor and Świdnica
ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会
ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会群は、17世紀中期の宗教戦争(三十年戦争)後、ハプスブルク家のカトリック支配下の中、プロテスタント社会に対する宗教的寛容さを示す必要性に迫られ建設されました。建設に際しては、石やレンガの使用が禁じられ、木材と土を主材料とするという厳しい条件下でありながらも、複雑かつ先駆的な建築技術が駆使されました。木造建築としてはヨーロッパ最大級の規模を誇り、耐久性に優れた構造を持っています。​今日までその壮麗な姿を保ち続けており、木造宗教建築の最高峰として評価されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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ヤロスラーヴリの歴史地区

Historical Centre of the City of Yaroslavl
ヤロスラーヴリの歴史地区
モスクワの北東約250km、ヴォルガ川とコトロスリ川の合流点にあるヤロスラーヴリは、ヤロスラフ1世によって築かれ、商業中心地として11世紀以降発展した古都です。この街で有名な建物に、12世紀後半に異教徒の寺院跡に築かれたスパソ・プレオブラジェンスキー修道院があります。もとは要塞としての役割もありましたが、これはヴォルガ川流域で最古の修道院の一つです。この修道院は幾度もの火災を経てその後、長い時間をかけて再建されたので、13世紀から16世紀の様々な建築要素を確認できます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヨーロッパの大温泉都市群

The Great Spa Towns of Europe
ヨーロッパの大温泉都市群
イタリア、英国、オーストリア、チェコ、ドイツ、フランス、ベルギーの7ヵ国に点在する11の温泉都市で構成される、国境を越えたひとつの世界遺産です。18世紀初頭から1930年代にかけて、ヨーロッパにおける温泉文化が最も隆盛を極めたことを示しています。これらの都市は、互いに影響しあいながら街づくりをし、絵画のような景観の中で、美しくデザインされたレクリエーション施設や治療・療養環境が整えられていきました。ヨーロッパの温泉文化の発展に貢献した数百の温泉地の中でも、最も洗練された大規模な都市が世界遺産に選ばれました。そのひとつである英国の「バース」は、古代ローマの温泉の遺構が残る現役の温泉施設で、1987年に『バースの市街』として単独でも世界遺産に登録されています。
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要塞都市クエンカ

Historic Walled Town of Cuenca
要塞都市クエンカ
スペイン中部、マドリードの南東170kmに位置するクエンカは石灰岩の岩山の頂に築かれた要塞都市です。9世紀、立地の良さに目を付けたイスラム教徒は、この地に要塞を築きコルドバ防衛の拠点としました。しかし、1177年にレコンキスタ(国土回復運動)によりキリスト教徒が入植すると、市街には要塞を中心に聖堂、修道院などのキリスト教建築が次々と建てられました。クエンカはイスラム建築を基本とする建築物の複合体でありながら、カスティーリャ王国の主要都市として君臨し、ルネサンス期に大きな隆盛の時期を迎えます。世界遺産としての価値をなす建造物の多くは、キリスト教徒入植後にイスラム勢力からの反撃に備えるもので、堅牢な城壁に囲まれた街は自然景観すらも圧倒します。田園風景の中心にそびえる岩山の頂の街は「景観都市」の原型とも称され、その美しさを今も放ち続けています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (ii)(v)
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ライン渓谷中流上部

Upper Middle Rhine Valley
ライン渓谷中流上部
ライン川は全長1,223km、ヨーロッパ6ヵ国にわたり流れる国際河川です。そのうち、ドイツ西部に位置するビンゲン、リューデスハイムからコブレンツにかけての中流域、約65kmの区間は、急峻な峡谷と、河岸に60以上の町や集落、段々畑のブドウ園、城や要塞が点在する独特の景観が広がります。一帯には先史時代から人類が居住し、紀元前1世紀にローマ帝国の支配下に置かれると大陸の南北を結ぶ水運路として機能しました。中世には交通の要所として繁栄し、河岸には関所となる城や城塞が40以上も築かれました。これ等の城の多くは交易路を防衛する目的を担っていましたが、17~18世紀にかけてのドイツとフランスの戦争で荒廃し、廃城となりました。しかし、自然と古城が織りなす風景がロマン主義運動の感性に強く訴え、19世紀になるとロマン主義の影響を受けたラインシュタイン城やシュトルツェンフェルス城、カッツ城(ネコ城)などが建築・再建されました。こうして形成された景観は多くの詩人や画家、作曲家に着想を与え、芸術や文学の分野にも大きな影響を及ぼしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2002年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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ラヴェンナの初期キリスト教建造物群

Early Christian Monuments of Ravenna
ラヴェンナの初期キリスト教建造物群
ラヴェンナはアドリア海に面した、フィレンツェの北東100㎞ほどの場所にある港町です。西ローマ帝国皇帝のホノリウスが、402年にローマからラヴェンナに遷都して繁栄が始まりました。476年の西ローマ帝国滅亡後は、ゲルマン王オドアケルや東ゴート王国の支配を経て、540年にビザンツ帝国の支配下となり、総督府が置かれて重要な拠点となりました。とりわけ、ユスティニアヌス帝とその皇后のテオドラは、ラヴェンナに強い思い入れを持ち、街に繁栄をもたらしました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ラサのポタラ宮歴史地区

Historic Ensemble of the Potala Palace, Lhasa
ラサのポタラ宮歴史地区
チベット高原の中央部、標高約3,650mに位置するラサは、ポタラ宮を中心とするチベット仏教の聖地で、チベットの政治・文化の中枢です。チベット語では「神の地」を意味するチベットの歴史は、豪族たちがチベットの各地を支配していた7世紀の初めに、吐蕃のソンツェン・ガンポ王が初めてチベットを統一し、この地に遷都しました。ソンツェン・ガンポ王は、権力を強化しつつ、インドに派遣した家臣にチベット語を作らせて、サンスクリット語の経典をチベット語に翻訳させるなど、インドと中国の仏教文化を積極的に取り入れました。またポタラ宮の原型となる城を築き、その妃はジョカン寺(トゥルナン寺)を創建しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (i)(iv)(vi)
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ラジャスタン州のジャイプール市街

Jaipur City, Rajasthan
ラジャスタン州のジャイプール市街
インド北西部ラジャスタン地方に位置するジャイプール市街は、かつてこの地に割拠したラージプート諸国のひとつ、アンベール王国の藩王(マハラジャ)であったサワーイー・ジャイ・シング2世が1727年に建設した都市です。王ははじめ丘陵地帯にあった城塞アンベール城を居城としていましたが、人口の増加や水不足に対応するため、平地に新たな都を建設しました。新たな都は「ジャイプール(「ジャイの町」)」と名づけられました。ジャイプールは英国の植民地支配下に置かれていた時代でも、領地の自治を保証されていたため、他の都市と比べてよりインド的な雰囲気を残しています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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ラジャスタンの丘陵城塞群

Hill Forts of Rajasthan
ラジャスタンの丘陵城塞群
インド西部のラジャスタン地方には長い歴史を持つラージプート族の諸王国が築いた城塞が残っています。ムガル帝国がこの地を支配するようになるまで、また支配されてからも数百年間にわたり各王国の政治・文化・宗教の中心となった城塞です。それぞれの城塞は長い城壁に囲まれ、その内には宮殿のほかこの地方の様式をベースにした精緻な装飾を施した建造物が並びます。また一部にはムガル帝国がもたらしたイスラム様式の影響も散見され「ラージプート=ムガル様式」とも呼ばれます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (ii)(iii)
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ラス・メドゥラス

Las Médulas
ラス・メドゥラス
『ラス・メドゥラス』は、スペイン北西部の山岳地帯にあるローマ帝国時代の金の採掘場です。1世紀、ローマ帝国はこの地域で、水力を利用した技術による金鉱脈の開発に着手しました。湧き水、雨、雪解け水を一度大きなダム(貯水池)に集め、そこから長距離にわたって延びる水路が鉱山とつながれていました。ダムの水門を開くと、大量の水が水路に流れ込み、水圧によって鉱山では土砂崩れが発生します。こうすることで露出された大量の金を一気に採取することができました。このような採掘方法は「ルイナ・モンティウム」(山崩し)と呼ばれました。採掘の過程で生じた選鉱屑は数キロにわたって堆積しており、一部では農地として利用されている場所もあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ラバト:近代の首都と歴史都市の側面を併せもつ都市

Rabat, modern capital and historic city: a shared heritage
ラバト:近代の首都と歴史都市の側面を併せもつ都市
ラバトはモロッコ北西部、ブール川の河口の大西洋岸に位置するモロッコの首都です。20世紀前半のフランス保護領時代に計画的に改造され、アフリカ北西部のマグレブ地方特有の旧市街のデザインが尊重され、その南側に新市街が組み込まれました。新市街は20世紀のヨーロッパ的都市理念がみられる一方、旧市街には12~17世紀のイスラム王朝時代の建物も残り、過去と現在の建物群が見事に調和した都市が形成されています。
地域: アフリカ / 国名: モロッコ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (ii)(iv)
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