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アルマデンとイドリア:水銀鉱山の遺跡
Heritage of Mercury. Almadén and Idrija
石見銀山遺跡とその文化的景観
Iwami Ginzan Silver Mine and its Cultural Landscape
ヴィエリチカとボフニャの王立岩塩坑
Wieliczka and Bochnia Royal Salt Mines
ヴィエリチカとボフニャの岩塩坑は、13世紀から20世紀末まで稼働していた、ヨーロッパで最も古く、最も重要な王立塩採掘施設です。両坑は同一の岩塩層に位置し、これらの坑道は、塩採掘技術の歴史的発展を示す貴重な遺産として評価されています。 ヴィエリチカ岩塩坑は、11~12世紀に本格的な井戸の掘削が始まり、塩水を加熱して塩の採取が行われるようになりました。13世紀には岩塩の塊が発見され、採掘によって直接塩を得ることができるようになりました。塩による収益は王室の財源の3分の1を占め、この収入を基に、ポーランド王カジミエシュ3世はポーランド初の大学(現ヤギェウォ大学)を創設することができたと言われています。
ウェールズ北西部の粘板岩の景観
The Slate Landscape of Northwest Wales
エッセンのツォルフェライン炭鉱業遺産群
Zollverein Coal Mine Industrial Complex in Essen
19世紀から20世紀にかけてヨーロッパの重要な基幹産業の代表例とされる歴史的な炭鉱施設です。坑道やコークス工場、鉄道、鉱滓堆積場、鉱員の住居、消費・福祉施設など、当時の炭鉱業の全設備が含まれ、特にモダン・ムーブメントを象徴する建築の高い品質が特徴です。ツォルフェラインは、ドイツの政治・経済が大きく変動した時期の終盤に創設され、その変化は表現主義からキュビズム、機能主義への移行に反映されています。また、二度の世界大戦の間に訪れた短い経済的繁栄、いわゆる「狂騒の20年代」を象徴する存在でもあります。さらに、この炭鉱は産業史においても重要な意味を持ち、世界的な経済の相互依存とグローバリゼーションの時代が始まったことを示す歴史的な記念碑のひとつと言えます。
エルツ山地/クルシュネー山地鉱業地域
Erzgebirge/Krušnohoří Mining Region
カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ-メキシコ内陸部の王の道
Camino Real de Tierra Adentro
グアナフアトの歴史地区と鉱山
Historic Town of Guanajuato and Adjacent Mines
クシェミオンキにある先史時代の縞状フリント(火打石)採掘地域
Krzemionki Prehistoric Striped Flint Mining Region
クトナー・ホラ歴史地区の聖バルボラ教会とセドレツ地区の聖母マリア大聖堂
Kutná Hora: Historical Town Centre with the Church of St Barbara and the Cathedral of Our Lady at Sedlec
コーンウォールと西デヴォンの鉱山景観
Cornwall and West Devon Mining Landscape
ゴイアスの歴史地区
Historic Centre of the Town of Goiás
サカテカスの歴史地区
Historic Centre of Zacatecas
佐渡島の金山
Sado Island Gold Mines
サワルントのオンビリン炭鉱遺産
Ombilin Coal Mining Heritage of Sawahlunto
インドネシアのスマトラ島内陸部に位置する『サワルントのオンビリン炭鉱遺産』は、19世紀末から20世紀初頭にかけての世界的に重要な工業化の時代に、オランダによって建設された先駆的な鉱業システムです。オンビリン盆地には、1860年代にはすでに高品質の石炭鉱床があることが判明していましたが、鉱床が地下深部にあったことに加え、人里離れた山岳地帯という地理的条件が障壁となっていました。当時インドネシアを植民地として支配していたオランダは、石炭を効率的に採掘し、処理・輸送・出荷することを目的として、産業と社会を一体として機能させる総合技術システムを計画・建設しました。建設に際しては、鉱業の発展を目的としてヨーロッパの工学知識や産業技術が現地に体系的に移転される一方で、現地の熱帯気候や社会構造に合うように調整・融合されていきました。単なる技術移植ではなく、地域条件に即した近代産業システムの成立を物語る点に大きな特徴があります。
スクレの歴史都市
Historic City of Sucre
スピエンヌにある新石器時代の火打石の鉱山発掘地(モンス)
Neolithic Flint Mines at Spiennes (Mons)
セウェル鉱山都市
Sewell Mining Town
セウェル鉱山都市は、アンデス山脈の標高2,000mの地点、ランカグアの東60㎞に位置し、気候の極端な環境の中にあります。この町は、1905年にブレイデン・カッパー社によって建設され、後に世界最大の地下銅鉱山となるエル・テニエンテ銅山で働く労働者のための居住地として造られました。セウェルは、工業化された国の資源と現地の労働力が融合し、高価値の天然資源を採掘・加工するために世界各地の辺境に誕生した「企業町」の優れた例です。町は大型車両が通行できないほど急峻な地形に建てられており、鉄道駅から伸びる大きな中央階段を中心に構成されています。その階段沿いには、不規則な形の広場が点在し、装飾的な樹木や植物が植えられ、町の主要な公共空間となっていました。通りに並ぶ建物は木造で、鮮やかな緑、黄色、赤、青などに塗られていることが多く、町に彩りを添えています。最盛期にはセウェルには約15,000人が暮らしていましたが、1970年代にはほとんど放棄されました。
セランゴール森林公園マレーシア森林研究所
Forest Research Institute Malaysia Forest Park Selangor
タルノフスキェ・グルィの鉛・銀・亜鉛鉱山とその地下水管理システム
Tarnowskie Góry Lead-Silver-Zinc Mine and its Underground Water Management System
ポーランド南部のシロンスクに位置するタルノフスキェ・グルィ地域は、ヨーロッパ有数の鉛、銀、亜鉛鉱山として知られています。16世紀半ばから19世紀後半にかけて、鉱山の発展とともに、地下水の大量流入という難題に直面し、これを解決するために50㎞以上の主要排水トンネルや、無数の坑道・竪坑を含む広大な排水網が築かれました。18世紀後半にはイギリスから蒸気機関が導入され、地下深くの水を汲み上げることができるようになりました。重力による排水坑道と蒸気揚水技術が組み合わさることで、排水に加え、鉱山水を周辺都市や産業地区の飲料水・工業用水として活用する画期的なシステムが実現しました。このシステムは、19世紀には上シレジア工業地帯(カトヴィツェ周辺)など広域への給水も担い、2001年まで稼働が続きました。
ディアマンティーナの歴史地区
Historic Centre of the Town of Diamantina
ノール=パ・ドゥ・カレの鉱山地帯
Nord-Pas de Calais Mining Basin
ヨーロッパ随一の農業国の印象があるフランスですが、工業の分野でも発展している地帯があります。フランス北端にある『ノール=パ・ドゥ・カレの鉱山地帯』はフランス屈指の工業地帯であり、1,200㎢の中になんと109もの構成資産が存在しています。カレ地方は百年戦争でイギリスに約200年近く占領されたことでも有名です。この地で石炭の層が発見されたのは17世紀。イギリスやベルギーが産業革命を迎え、19世紀半ばにフランスも産業革命を迎えると、この地域の石炭や鉄鉱石の重要度が急激に高まりました。1850年代にはフランスで最も重要な鉱山地帯となり、坑道や石炭輸出のインフラに加えて、労働者が暮らす住宅やコミュニティ施設も次々に作られていきました。現在は閉山しているものの、20世紀後半まで現役であったため、150年近くにわたって機能してきた炭鉱都市の姿を今でもうかがえるのが貴重です。
ハルシュタット=ダッハシュタイン/ザルツカンマーグートの文化的景観
Hallstatt-Dachstein / Salzkammergut Cultural Landscape
バンスカー・シチアウニツァの鉱山都市と近隣の技術遺産
Historic Town of Banská Štiavnica and the Technical Monuments in its Vicinity
ファールンの大銅山地域
Mining Area of the Great Copper Mountain in Falun
スウェーデン中部、ダーラナ地方の山あいに位置する「ファールンの大銅山地域」は、かつて全世界の銅の3分の2を産出した大銅山の跡地です。この地での銅採掘の歴史は古く、8~9世紀から1992年まで、約1,000年にわたって採掘が続けられました。銅山跡には、深さ90mもある露天掘りの採掘坑や廃石・土砂の山、工場、住宅、最盛期であった17世紀頃の採掘設備などが残っています。また、旧市街地には17世紀に計画され、ファールン大聖堂をはじめとする街の繁栄を物語る歴史的な建造物が現存しています。ファールンの大銅山地域は、自由な鉱山労働者が株式を所有する共同運営組織であったこともあり、世界有数の鉱山地域におけるかつての生活様式が鮮やかに描き出されています。
ブルキナファソの古代製鉄遺跡群
Ancient Ferrous Metallurgy Sites of Burkina Faso
ブルキナファソは、西アフリカに位置し、北はマリ、東はニジェール、南はガーナなどに囲まれた内陸の国です。この世界遺産は、国内にあるティウェガ、ヤマネ、キンディポスカイ、ドッルラの5つの遺跡で構成されています。現在も直立している約15基の自然通風炉、溶鉱炉の土台、鉱山、住居跡などが含まれています。通風炉は高いもので5mを迎えています。最も古いドゥルラの遺跡は紀元前8世紀に歴史を遡り、アフリカにおける製鉄業の発展において最初期の段階を示しています。その他4つの遺跡には、西アフリカの社会が複雑化した2千年紀に鉄の生産が増加したことを伝えています。そして現在も村の鍛冶屋はさまざまな儀式に参加しながら、鉄の道具の供給などを行っています。
ブレナヴォン産業景観
Blaenavon Industrial Landscape
ポトシの市街
City of Potosí
明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業
Sites of Japan’s Meiji Industrial Revolution: Iron and Steel, Shipbuilding and Coal Mining
官営八幡製鐵所は、明治維新後の産業近代化に伴う鉄鋼需要の高まりに対応するため、鋼鉄を生産する日本初の銑鋼一貫製鉄所として1897年に着工され、1901年に操業を開始した官営工場です。日清戦争の下関条約によって莫大な賠償金を得た日本は、筑豊炭田に近く洞海湾に面した八幡村に、ドイツのグーテホフヌンクスヒュッテ社の設計・施工により製鉄所を建設しました。1910年には、国内鋼材生産量の90%以上を担っていました。官営八幡製鐵所は、「旧本事務所」、「修繕工場」、「旧鍛冶工場」で構成されています。「旧本事務所」は、八幡製鐵所の操業2年前の1899年に完成した初代本事務所で、中央にドームをもつ赤レンガ造りの2階建てであり、屋根は日本瓦葺きです。「修繕工場」は、製鐵所で使用する機械の修繕や部材の製作・加工を目的に1900年に建設された日本最古の鉄骨建造物で、現在も現役の工場として使用されています。「旧鍛冶工場」は、製鐵所建設に必要な鍛造品の製造を目的として1900年に建設された鉄骨建造物です。
メッセルの化石採掘地区
Messel Pit Fossil Site
19世紀からオイルシェール(油母頁岩)の鉱山として操業してきたドイツ中部のヘッセン州メッセルにあるメッセル・ピットでは1876年にワニの化石が発見されて以来、様々な化石が発見されています。これまで発掘された1000種を超える動植物の化石では、全身骨格や羽毛、皮膚、毛、胃の内容物などが非常に良好な状態で保存されており、貴重な研究材料として利用されています。特に保存状態の良質なコウモリの化石における反響定位(エコロケーション)の研究や霊長類、鳥類、昆虫の進化に関する重要な新しい発見などがなされています。鉱山としての採掘は1960年代には終了していますが、地元ヘッセン州やメッセル市とゼンケンベルク自然研究協会等によって組織されたNGOによって共同管理され貴重な遺産の保護保全を行っています。