World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iii))

古代都市サーマッラー

Samarra Archaeological City
古代都市サーマッラー
イラクの首都バグダードの北西約130km、ティグリス川沿いに位置する『古代都市サーマッラー』は、9世紀にイスラム王朝のアッバース朝の首都として栄えた都市の遺跡です。当時アッバース朝は中央アジアから北アフリカまでを支配し隆盛を誇っていました。サーマッラーは、当時の都市遺跡としては現在唯一原形を残しているもので、都市計画の平面プランや数々の特徴的な建築物、彫刻やモザイクなどが残っています。また、イスラム教シーア派の聖地ともなっています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラク共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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古代都市チョガー・ザンビール

Tchogha Zanbil
古代都市チョガー・ザンビール
ここはイラン西部にある古代エラム王国の聖都遺跡です。チョガー・ザンビールとは「大きな籠のような山」という意味ですが、エラム語では「ドゥル・ウンタシュ(ウンタシュの都)」と呼ばれていました。紀元前13世紀にウンタシュ・ナビリシャ王によってエラム王国の宗教的中心地として建設されました。三重の巨大な城壁に囲まれ、中心にはインシュシナク神を祀る5層の聖塔ジッグラトが立っています。これは当時は一辺が105mで高さ53mの巨大な焼きレンガ造りのジッグラトでメソポタミア以外では最大規模のものといわれています。今はその半分の高さしかありません。壁面には楔形文字で神々の名が刻まれています。紀元前640年ごろアッシリアのアッシュールバニパル王により破壊され、それ以後放棄されていましたが、1935年の油田調査の際に発見され保存状態がきわめて良好なため、イラン最初の世界遺産となりました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (iii)(iv)
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古代都市テーベと墓地遺跡

Ancient Thebes with its Necropolis
古代都市テーベと墓地遺跡
古代エジプトには古王国時代・中王国時代・新王国時代と呼ばれる3度の繁栄期があります。中王国時代には、テーベが初めてエジプトの都となり、テーベの地方神であるアメン神をまつるカルナク神殿の造営が始まります。新王国時代にはおよそ5,000㎡の大列柱広間が完成し、カルナク神殿は古代エジプトにおいて最大規模を誇る神殿となります。新王国と都テーベの繁栄に伴って、アメン神はエジプト全土の主神として信仰されるようになり、アメン神と太陽神ラーを結び付けたアメン・ラー信仰が盛んになりました。副神殿のルクソール神殿が建設されたのも新王国時代です。
地域: アフリカ / 国名: エジプト・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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古代都市パルミラ

Site of Palmyra
古代都市パルミラ
シリアの首都・ダマスカスの砂漠の中央にあるオアシスの都市パルミラは、かつてナツメヤシが茂る地下水に恵まれた場所でした。「パルミラ」の名は、ギリシャ語でナツメヤシを意味する「パルマ」に由来しています。紀元前1世紀ごろから後3世紀の間、シルク・ロードの拠点として交易で栄え、129年にはローマ帝国のハドリアヌス帝から自由都市の資格を与えられました。パルミラの主神を祀るベル神殿や列柱道路、商人らを楽しませた円形劇場や浴場などが作られました。ギリシャ・ローマの西方文化とパルティア・ペルシアなどの東方文化の交差点に位置するパルミラの芸術と建築は、東西の文化と地元の伝統が融合し、独創的なスタイルを築きました。しかしローマ帝国からの独立に失敗したあと、街は破壊されました。
地域: 西・南アジア / 国名: シリア・アラブ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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古代ホタールの文化遺産群

Cultural Heritage Sites of Ancient Khuttal
古代ホタールの文化遺産群
タジキスタン南部のハトロン州に広がる『古代ホタールの文化遺産群』は、7世紀から16世紀にかけてシルクロードの要衝として栄えた歴史的地域で、古代バクトリアの一部であり、中世にはトハリスタンとも呼ばれていました。ここでは灌漑技術の発展と衰退が文化景観を左右し、移住や経済の変化、多様な民族の交流が織りなされました。塩・金・銀・馬などの交易を通じて文化・技術・宗教の往来が盛んに行われ、政治的にも経済的にも重要な役割を果たしました。その中心にあったのが10〜11世紀に築かれたカライ・フルブク宮殿で、堅固な城壁や煉瓦装飾、クーフィー体銘文を備えた宮殿です。さらに浴場やモスク、水道なども確認されており、それらは高度な都市計画を物語ります。世界遺産としては仏教寺院、宮殿、集落、製造施設、隊商宿など11件の遺跡が含まれ、古代から中世にかけてのこの地の政治・経済・文化の重要性を示す貴重な証拠となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: タジキスタン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (ii)(iii)
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高敞、和順、江華の支石墓跡

Gochang, Hwasun and Ganghwa Dolmen Sites
高敞、和順、江華の支石墓跡
全世界に現存するドルメンの約半数、すなわち約3万基が韓国に集中しています。ドルメンとは、巨大な頂石を2つ以上の石塊で支えた墓石のことで、すなわち支石墓です。東アジアでは、紀元前1千年紀において『高敞、和順、江華の支石墓跡』は、紀元前2000〜3000年から、その後の時代にかけて形成された巨石文化の証拠です。この遺跡は、高敞、和順、江華の3つの地域に分布しています。特に高敞には、最大かつ最も多様なドルメンが集合しており、その数は440基以上にも及びます。これらのドルメンは、故人の遺体や骨の上に建てられたと考えられています。『高敞、和順、江華の支石墓跡』のように、これほど多くのドルメンが一箇所に集まっている遺跡は世界的にも非常に珍しく、先史時代の人々の社会構造や信仰、儀式のあり方を知るうえで極めて重要な遺産です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 大韓民国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (iii)
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胡朝の要塞

Citadel of the Ho Dynasty
胡朝の要塞
14世紀に建設された胡朝の要塞は、風水の原理に従って立地が定められており、トゥオン・ソン山とドン・ソン山を結ぶ軸線上に、マー川とブオイ川に挟まれた平野という、美しい景観の場所に位置しています。この城塞建築は、東南アジアにおける新たな様式の帝国都市の顕著な例となっています。特に、内城が大きな石灰岩のブロックで建設されている点は、建築技術と都市計画における新しい発展を象徴しており、東アジアおよび東南アジアにおける風水学的な都市計画の適応を示しています。
地域: 東・東南アジア / 国名: ベトナム社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iv)
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古都京都の文化財

Historic Monuments of Ancient Kyoto (Kyoto, Uji and Otsu Cities)
古都京都の文化財
東、北、西を豊かな緑の山で囲まれた盆地にある京都は794年に平安京として建設され、19世紀半ばまで日本の首都として栄えました。千年以上にわたり日本の政治・経済の中心地であるとともに、各時代の文化を牽引してきました。12世紀までの神社や寺院に多く見られる和様や、16世紀末から17世紀初頭に用いられた装飾の多い桃山様式などの日本を代表する建築様式の多くは、京都で洗練され日本各地に伝えられました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (ii)(iv)
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古都奈良の文化財

Historic Monuments of Ancient Nara
古都奈良の文化財
奈良の地には、唐の長安などをモデルとして、710年に平城京が建設され、784年まで日本の首都として栄えました。その間、仏教が国家の宗教として位置づけられ、一貫した仏教興隆政策のもとで多くの寺院や神社が建立されました。また、日本と中国、朝鮮との間における密接な文化的交流の歴史も示しています。中国や韓国では同年代の木造建築の大部分が失われていることからも、これら建造物群の世界史的な価値が極めて高いとされています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 日本国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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古都ホイアン

Hoi An Ancient Town
古都ホイアン
ベトナム中部のトゥボン川河口に位置する港街で、16世紀から19世紀にかけて貿易港として栄えました。レンガや木造の壁を持つ1,107棟の木造建築群が良好な状態で保存されており、建築記念碑、青空市場や渡船場などの伝統的な商業・住宅建築、仏塔や家族の礼拝所といった宗教建築が含まれています。貿易港として栄えたホイアンでは、東南アジアや東アジア諸国だけでなく世界各地との交易が行われていたことから、様々な文化の影響を受けています。
地域: 東・東南アジア / 国名: ベトナム社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(v)
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古都ルアン・パバン

Town of Luang Prabang
古都ルアン・パバン
ラオス北部に位置するルアン・パバンは18世紀までこの地域に展開していたランサン王国の首都で、そこでは王国の統治の様子や仏教文化に触れることができます。ランサン王国では上座部仏教が国教として定められ、現在のカンボジアのもととなったクメール王朝から経典や高僧、セイロンから黄金の仏像であるパバンが取り寄せられ、この地域の仏教の中心地となりました。ルアン・パバンには宗教施設の他、王族や貴族の邸宅が建ち並んでいます。
地域: 東・東南アジア / 国名: ラオス人民民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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コトルの文化歴史地域と自然

Natural and Culturo-Historical Region of Kotor
コトルの文化歴史地域と自然
コトルはアドリア海に面したコトル湾に位置する港町です。古くからロヴツェン山という天然の要塞もあったことから、ローマ時代から争奪の対象となってきました。15世紀にヴェネツィア共和国の支配を受けますが、それ以前に建設された聖トリフォン大聖堂や宮殿など中世の面影も色濃く残っています。要塞都市としての景観だけでなく集落や宮殿、修道院、岩山の斜面の段々畑と海の景観とも調和した都市です。コトルは海洋交易によって栄え、何世紀にもわたり芸術活動の中心地であったため、コトルの美術や金細工、建築学校はアドリア海岸の芸術に深い影響を与えました。
地域: ヨーロッパ / 国名: モンテネグロ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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コナーラクのスーリヤ寺院

Sun Temple, Konârak
コナーラクのスーリヤ寺院
インド東部ベンガル湾を望む地にあるヒンドゥー教の寺院です。13世紀に東ガンガ朝(オリッサ王国)の王ナラシンハ・デーヴァ1世により建造されました。4万7,000㎡の広大な敷地の中央に、高さ39mのピラミッド形の前殿(謁見の間)と19世紀に破壊された本殿(主聖殿)の基壇が残され、さらにその東側には、現在は屋根を失った舞楽殿が立っています。この寺院は全体が太陽神スーリヤの戦車に見立てられており、本殿基壇には直径3mの車輪彫刻12対計24輪が数頭の馬に引かれるように彫られています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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ゴブスタン・ロック・アートの文化的景観

Gobustan Rock Art Cultural Landscape
ゴブスタン・ロック・アートの文化的景観
アゼルバイジャン中部の半砂漠地帯に位置するゴブスタンは、巨石に彫られた岩絵の宝庫です。1930年に発見され、その後本格的な調査が行われました。最終氷期以降、数万年にわたって描かれた保存状態の良い岩絵が6,000点以上残されており、有史以前の狩猟の様子や動物、植物、生活様式などが表現されています。写実的な描写を特徴とするこれらの絵には、当時この地が湿潤だった時代に生息していたと考えられるスイギュウやヤギなどの野生動物、実物よりも大きく描かれた人間、船などが題材となっています。狩猟の場面や、シカなどの動物を生贄とした宗教的あるいは呪術的な集団儀式の様子を描いたものもあり、先史時代の人々の生活様式や信仰形態を伝えています。また、この一帯には最終氷河期以降、旧石器時代後期から中世にかけてこの地に暮らしていた人々の洞窟住居や埋葬地などの遺跡も点在しています。
地域: 西・南アジア / 国名: アゼルバイジャン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (iii)
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コルヴァイの修道院に残るカロリング朝時代の西構えと修道院都市遺構

Carolingian Westwork and Civitas Corvey
コルヴァイの修道院に残るカロリング朝時代の西構えと修道院都市遺構
この遺産は、ドイツ西部のノルトライン=ヴェストファーレン州の東端に位置するヘクスター市に位置する建造物群です。コルヴァイはカロリング朝期で最も影響力があるとされた修道院の一つで、当時、最高の権威を誇る図書館があったことでも知られています。現在の修道院の大部分は17世紀末に再建されたものですが、西構え(ヴェストヴェルク)はカロリング朝期のオリジナルが保存されている数少ない例となっています。1階には円柱と支柱を備えたオリジナルのヴォールト天井のホール、2階には三方をギャラリーで囲んだメインルームなどが保存されています。これらは歴史学的に貴重な実例というだけでなく、その後のヨーロッパの文化の発展において、ロマネスクやゴシックといった教会建築の基礎となった点でも重要な意味を持っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ゴルディオン

Gordion
ゴルディオン
アンカラ南西約90kmに位置するゴルディオンは、紀元前10〜6世紀の古代フリギア王国の政治・文化の中心地でした。東西交易路の交差点にあり、要塞の門は鉄器時代の建築として現存する中でも最良の保存状態を誇ります。内部の宮殿では、小石で作られた古代のモザイク床が発見されており、大規模な食品加工や織物生産が行われたテラス複合施設も確認されています。伝説のミダス王の時代にも繁栄を極め、その名は周辺の巨大墳丘にも刻まれています。建物は、長さ10メートルを超える梁を支柱なしで架ける画期的な構造を持ち、当時の高度な技術の高さを物語っています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iii)
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コルドバのイエズス会管区教会堂と農園跡

Jesuit Block and Estancias of Córdoba
コルドバのイエズス会管区教会堂と農園跡
アルゼンチン中北部に位置するコルドバは、1573年にスペイン人が建設を始め、1615年からイエズス会の南米での活動拠点として栄えた地でした。38㏊に及ぶイエズス会地区と、その5つのエスタンシア(農業共同体)には、17世紀と18世紀に築かれた宗教建築と世俗建築が残されています。コルドバ市のイエズス会地区には、南米最古の大学である国立コルドバ大学、国立モンセラート中等学校、ラ・イエズス会管区教会堂、そして修道院が現存しています。
地域: 南米 / 国名: アルゼンチン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iv)
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コルドバの歴史地区

Historic Centre of Cordoba
コルドバの歴史地区
スペイン南西部、アンダルシア地方にあるコルドバは、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の文化が融合する歴史ある商業都市です。紀元前3世紀に共和制ローマの支配下に入った時にはカルタゴの植民都市が存在し、6世紀には西ゴート王国がこの地を統治します。その後イスラム勢力が制圧し、756年に後ウマイヤ朝の首都としてヨーロッパにおけるイスラム教の最重要拠点となります。10世紀には、コンスタンティノープル、ダマスカス、バクダードと並ぶ大都市として繁栄し、市街には300以上のモスクが立ち並びました。 一方、コルドバはキリスト教世界が目指すレコンキスタ(国土回復運動)の対象都市となります。1212年にムワッヒド朝が衰退すると、1236年にはカスティーリャ王国のフェルナンド3世によってコルドバは奪還され、大モスク「メスキータ」はキリスト教聖堂へ改修されるなど、キリスト教文化が浸透していきました。歴史地区では、それぞれの宗教文化の痕跡が今も残されています。その他にも、フェルディナント王子とイサベル女王が居城とした「カトリック両王のアルカサル」や、キリスト教支配の初期に築かれた「カラオーラの塔」など、レコンキスタを象徴する建築物も見ることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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ゴレスタン宮殿

Golestan Palace
ゴレスタン宮殿
テヘランの歴史地区の中心部にある『ゴレスタン宮殿』は、テヘランで現存する最古の建物のひとつです。宮殿は、18世紀末に成立し、近代化を進めたガージャール朝の時代に建てられました。ペルシア伝統の芸術品や工芸品を配しながらも、西洋の建築技術やヨーロッパの建築様式を取り入れた建物です。敷地内の北側に位置するカーフ・エ・アスリー(本館)のタラー・エ・アイネは、別名「鏡の宮殿」と言われていて、壁から天井まで鏡でびっしりと飾られており、光を反射して空間全体が輝くかのように設計されています。室の居城や行政上の拠点としてだけでなく、ガージャール朝時代の建築と芸術の中心地としての側面も持ち合わせていました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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コローメンスコエ:昇天教会(ヴォズネセーニエ教会)

Church of the Ascension, Kolomenskoye
コローメンスコエ:昇天教会(ヴォズネセーニエ教会)
ヴォズネセーニエ教会(昇天教会)は1532年、のちに「雷帝」と呼ばれたイワン4世の誕生を祝うため、モスクワ市近郊のコローメンスコエの皇帝領地に建てられました。ここはモスクワ川の氾濫原へと続く急斜面の上、モスクワ中心部近くに位置し、現在、一帯は自然保護公園になっていて、16~17世紀の聖堂や礼拝堂、木造建築物がロシア各地から移築されています。この教会は、ギリシャ十字形プランを持つ白い石造りの教会です。ロシア建築における新たな段階を示すものとして、石造としては初めて天幕の形に似た多角錐の屋根を採用しました。特徴的な多角錐の屋根は、小さなココシュニクに縁取られた八角形の基壇から立ち上がり、その基壇自体も段状の大きなココシュニクの基部からせり上がっています。教会の周囲には階段でアクセスできる回廊が巡り、東側の祭壇部には白い石のキボリウムに覆われた「王の席」があります。壁の厚さは2.5〜3メートルと非常に厚く、内部は小さいものの、高さ41メートルの天井が開放感を生み出しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (ii)
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鼓浪嶼(コロンス島):歴史的共同租界

Kulangsu, a Historic International Settlement
鼓浪嶼(コロンス島):歴史的共同租界
厦門に面した小さな島、鼓浪嶼(コロンス島)に残る931の歴史的建造物からなっています。1842年に結ばれた南京条約によって、翌1843年に厦門が開港し、1903年に鼓浪嶼に共同租界が設立されると、中国における海外貿易の重要な窓口となりました。様々な国の外国人がここに住み着いたことから、世界の様々な様式の建築が建てられ、文化的な混交が生まれました。アール・デコやモダニズムなどの西洋の建築様式と、厦門周辺地域の文化が融合して生まれた「アモイ・デコ様式」という鼓浪嶼独自の建築様式は、その一例になっています。共同租界とは、清朝や中華民国内に築かれた外国人居留地で鼓浪嶼では各国が共同で外国人居留地を管理しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2017年 / 登録基準: (ii)(iv)
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金剛山

Mount Kumgang – Diamond Mountain from the Sea
金剛山
北朝鮮南部の江原道(カンウォンド)にそびえ立つ金剛山(クムガンサン)は、朝鮮半島の最高峰である白頭山と並ぶ名山として知られています。標高は約1,600mで、山岳部の「内金剛(ネグムガン)」と「外金剛(ウェグムガン)」、海岸部に位置する「海金剛(ヘグムガン)」に分けられます。金剛山は、氷河の浸食作用によって形成された鋭い峰や深い谷、奇岩などが織りなす複雑な地形が特徴です。また、自然環境も非常に多様で、標高や地形の違いによって様々な植生帯が形成されています。さらに山中を流れる多数の滝は、冬には凍結して幻想的な氷瀑となります。四季折々の気象条件によって変化する自然の美しさから、金剛山は北朝鮮屈指の景勝地となっています。
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コンソの文化的景観

Konso Cultural Landscape
コンソの文化的景観
エチオピアのコンソ高原には、石積みの段々畑と要塞化された集落が広がっています。約400年前、この地に移住してきたコンソ族は、20世代以上に渡り独自の文化を育んできました。山の斜面に沿って築かれた段々畑には、土壌を浸食から守り、限られた水を確保する工夫が凝らされています。段々畑を登った丘の上には、石壁によって要塞化された集落が形成されており、茅葺の家屋や倉庫、「モラ」と呼ばれる公共広場が点在しています。また、儀礼や埋葬の際に使われる、神聖なる森林が3つあります。この地では、崇敬された人物や英雄たちの死後、「ワカ」と呼ばれる木像にしてたたえるという葬儀の習俗が続いており、カラの森やモラ、城門近くで木像を見ることができます。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (iii)(v)
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コンドアの岩絵遺跡群

Kondoa Rock-Art Sites
コンドアの岩絵遺跡群
アフリカのタンザニアの中央部にあるコンドアの岩絵遺跡群は、大地溝帯に隣接するマサイ断層の東斜面に位置する天然の岩窟や堆積岩の岩板に描かれており、その垂直な平面は、少なくとも2千年以上にわたり使用されてきました。2,336㎢以上の地域に、150以上の岩窟に描かれた画像群があり、その多くが高い芸術的価値を持っています。これらの岩絵は、南部および中央アフリカの岩絵との類似性を持ちながら、独特の筋状の様式や家畜の珍しい描写などがあり、狩猟採集民の岩絵としては最北端にある際立った例となっています。
地域: アフリカ / 国名: タンザニア連合共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ゴンバデ・カーブース

Gonbad-e Qābus
ゴンバデ・カーブース
ゴンバデ・カーブースは、イラン北部にある、ズィヤール朝の首都だったゴルガン(またはジョルジャン)の近くに1,006年に建設された高さ53mの焼きレンガ造りの塔です。形はやや先細りの円筒形で先端部は円錐形となっています。内部は空洞で初期のムカルナス様式の装飾があり、壁の厚さは3m近くあります。土台部分の碑文にはアラビア語で「アミール・カーブース・ワシュムギール自身が生きている間に建設を命じた」と書かれており、この時期のズィヤール朝皇帝でアラビア詩人でもあったカーブースのための建造物であることがわかります。初期イスラム建築の革新的な設計と幾何学的で斬新なデザインは、これ以降イランだけでなく中東・中央アジアへと広まっていきました。建設1000年を迎えた後2012年に世界遺産に登録されました。
地域: 西・南アジア / 国名: イラン・イスラム共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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サーメ人地域

Laponian Area
サーメ人地域
スウェーデン北部、北極圏のラップランドは、高い山々、原生林、広大な沼地、美しい湖や川が織りなす壮大な自然景観を有しています。この地域のうち、スウェーデン最北端に位置する4つの国立公園(パディエランタ、サーレク、ストーラ・シェーファレット、ムッドゥス)と2つの国立自然保護区(シャウンニャ、ストゥッバ)、スリチェルマ氷河地帯、チューオルタ渓谷、ラパダーレ・デルタを含む約9,400km2の地域は、氷河によって形成された自然環境と、そこに暮らすサーメ(ラップ)人の文化が息づく地域として、複合遺産に登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (iii)(v)(vii)(viii)(ix)
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サーンチーの仏教遺跡

Buddhist Monuments at Sanchi
サーンチーの仏教遺跡
インド中部、マディヤプラデーシュ州にある『サーンチーの仏教遺跡』は、高さ約90mの丘の上に、宗教建築が群立しています。約50の遺跡群の中には、3つの大型のストゥーパ(仏塔)や祠堂、僧院など紀元前3世紀~後12世紀までの仏教の遺構が今に残されています。遺跡群はマウリヤ朝第3代の王であるアショーカ王がレンガ積みの小塔を建立したことから始まり、王の石柱と4頭の獅子を組み合わせた柱頭なども発見されています。また、第1ストゥーパはサーンチーを代表する建造物のひとつとして有名です。アショーカ王が各地につくった8万を超すストゥーパのひとつであり最古のもので、直径36.6m、高さ16.5mの大ストゥーパは頂上部を除いてほぼ完全な形で残されていることから、古い仏塔形式の典型として重要視されています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1989年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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サウジアラビアのハーイル地方にある壁画

Rock Art in the Hail Region of Saudi Arabia
サウジアラビアのハーイル地方にある壁画
サウジアラビア中北部ハーイル地方にある、ジュッバとシュワイミスにある壁画群は、サウジアラビアだけでなくアラビア半島周辺でも最大規模とされるもので、古代からの砂漠地帯での生活を伝えるものです。ジュッバのジャバル・ウンム・シンマン(ウンム・シンマン山)という名前は、〝地面に伏せて休む2つのコブを持つラクダ〟に似ていることに由来します。この岩肌に残る岩絵や碑文は、その内容から、新石器時代からイスラームが誕生し発展するまでの大変長い時代を辿ることができます。また、その麓にはかつて湖が存在し、ネフド砂漠南部に生きる人たちや動物たちにとっては、新鮮な水の供給源でした。
地域: 西・南アジア / 国名: サウジアラビア王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (i)(iii)
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サカテカスの歴史地区

Historic Centre of Zacatecas
サカテカスの歴史地区
サカテカスは、首都メキシコ・シティの北西約620km、メキシコ中央高原北端に位置する植民都市です。もとは緑豊かな土地でしたが、16世紀半ばにスペイン人が銀鉱脈を発見したことで銀の採掘と都市建設が進み、森林資源は急速に失われていきました。発見された銀はスペイン王室に莫大な富をもたらし、1552年には王室財務局、1810年には造幣局がサカテカスに設置されるほど重要な拠点都市となりました。また、サカテカスからグアナフアトを経由してメキシコ・シティへ至る道は「銀の道」と呼ばれ、17世紀前半にこの道を通って運ばれた銀は、当時スペイン全植民地で採掘された銀の約3分の2を占めていたといわれています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)
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左江花山の岩絵の文化的景観

Zuojiang Huashan Rock Art Cultural Landscape
左江花山の岩絵の文化的景観
左江花山の岩絵群は、中国南西部の国境地域にある険しい崖に位置する38ヶ所の岩絵遺跡からなります。これらの岩絵は、駱越(らくえつ)族の人々の生活や儀式の様子を描いています。制作時期は、紀元前5世紀頃から紀元後2世紀にかけての長期にわたると推定されており、人物像が描かれていることが多く、その活気ある精神的および社会的な生活を鮮やかに伝えています。この岩絵は、伝統を物語る唯一の証人となっています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iii)(vi)
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